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LORO 欲望のイタリア

LORO_B2_N(C)2018 INDIGO FILM PATHÉ FILMS FRANCE 2 CINÉMA

イタリア

LORO 欲望のイタリア

 

Loro

監督: パオロ・ソレンティーノ
出演: トニ・セルビッロ、エレナ・ソフィア・リッチほか
日本公開:2019年

2019.11.20

ベルルスコーニという1人の男が示す、イタリアの重厚な歴史

2006年、イタリア・サルデーニャ。広大な敷地を持つゴージャスな高級ヴィラにイタリアの元首相シルヴィオ・ベルルスコーニは住んでいる。因縁の政敵であるロマーノ・プローディに敗北し失脚したベルルスコーニは、首相の座に返り咲くタイミングを虎視眈々と狙っている。

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青年実業家のセルジョは政界進出の足がかりをつかむため、ベルルスコーニに近づく。持ち前のセールストークで首相復帰に向けて足場を固めていくベルルスコーニだったが、政治家生命を揺るがす大スキャンダルが明るみに出て・・・・・・

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あらすじだけ読むと、本作は世間を騒がせつづけてきたベルルスコーニの人生のスキャンダラスな面を描いた作品のように見えます。しかし実際は、積もりに積もった瓦礫をガラガラとかきわけて「イタリアの集合的記憶」を歴史の奥底から引きずり出すような深みを持った作品です。イタリアの名匠パオロ・ソレンティーノは「2006年から2010年にかけて、ベルルスコーニにうごめいていた感情の正体を知りたい」という企画意図で本作の製作にあたったといいます。

2000年代に入ってから、国内外で転機といえる出来事が起きてきました。2001年、9.11同時多発テロ。2008年、リーマンショック。2011年、東日本大震災・福島第一原発事故などはその代表格でしょう。本作では2009年にイタリア中部で起きたラクイラ地震が、ベルルスコーニとイタリアにとっての転機として描かれています。

本作を見ながらイタリアの雄大な歴史を振り返り、私はローマ帝国の皇帝・ネロを連想しました。ネロは母親の策略によって16歳という若さで皇帝となり、54年から68年までローマを統治し、「ローマの大火」でキリスト教徒迫害を行ったとされています。そんな愚かな面が取り沙汰されることが多いネロですが、彼は芸術を愛し、絵画や読書を楽しめる浴場を建設するなどして大衆を喜ばせていたという一面もあり、その扇動的手法は後世の政治家に学ばれたといいます。

ベルルスコーニと時代を共にする私たちの時代は、後にどのように「集合的記憶」として振り返られるのか。そんな壮大な疑問を観客に突きつける本作の鑑賞体験は、まさに価値観が変わる出来事を巻き起こす旅のようです。

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ベルルスコーニのスキャンダラスな人生が豪華絢爛な美術・衣装で再現されているだけでなく、イタリアの歴史の重層性を感じさせてくれる『LORO 欲望のイタリア』は、11/15(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中。その他詳細は公式ホームページをご確認ください。

読まれなかった小説

42b6dde6ca3244a0(C)2018 Zeyno Film, Memento Films Production, RFF International, 2006 Production, Detail Film,Sisters and Brother Mitevski, FilmiVast, Chimney, NBC Film

トルコ

読まれなかった小説

 

Ahlat Ağaci

監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
出演:アイドゥン・ドウ・デミルコル、ムラト・ジェムジル、ベンヌ・ユルドゥルムラー、ハザール・エルグチュルほか
日本公開:2019年

2019.11.13

読まれない小説の価値とは?―トルコの巨匠が描く、うまくいかないことの美点

舞台はトルコ北西部。作家志望の青年シナンは、大学を卒業してからトロイ遺跡近くの故郷・チャナカレ県チャンへ戻り、初めての小説を出版しようとする。知人を辿って出資を募ったり、地元の有名作家に議論を持ちかけたりと奔走するが、どれも空回りに終わってしまう。

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シナンの父・イドリスは引退間際の教師だ。ギャンブルにおぼれている父を、シナンは疎ましく思っている。自分の小説の最も良き理解者がイドリスであるなどとは、シナンは考えもしない。

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父と同じ教師になり平凡な人生を送ることに疑問を抱きながらも、シナンは教員試験を受け、現状を好転させようと葛藤しながら日々を過ごす。

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作家志望の青年の心象風景を描いた本作は、物語の本筋とはさほど関係ないショットや想像上の光景が唐突にドラマ展開の中に挿入される点が特徴的です。一見、物語の理解を妨害するような描写でありながらも、映画鑑賞後に町中や身の回りを見渡してみると、ある面白みをじわじわと感じさせてくれます。それは「自分が世の中を見ている通りに、他人は世の中を見ているとは限らない」ということです。

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私が西遊旅行に勤めているときに、同じツアーに複数回添乗することがしばしばありました。社歴が浅い頃は、同じツアーなのだから同じように案内すれば大丈夫だろうと心のどこかで思っていましたが、それは大きな間違いであることに追々気付かされました。

前のツアーの参加者の方にとってなんでもない場所や景色でも、別の機会にはマジカルな光景となる可能性がある。あるいは、前のツアーで好評だった場所や景色が、天候・時間などといったタイミングの兼ね合いやツアーの流れによって、添乗員やガイドさんがうまく演出しないと楽しんでもらえない可能性がある。自分がごく普通だと思っても、参加者の方は美しい・おいしい・スペシャルだと思っていることがある・・・・・・そういったことが、添乗回数を重ねる度にわかってきました。

つまり、あたり前のことではあるのですが、人の頭の中にはそれぞれ違う脳が入っていて、自分が他人の脳で考えることはできない(他人のことを考えるには、自分の脳で他人のことを考えるしかない)ということです。

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本作には、3時間強という時間の中に膨大な量の哲学的会話がおさめられていますが、後味としてはまるで一枚の絵画を見たかのような印象です。トルコ・チャナカレ県の紅葉・雪・霧など美しい景観もあいまって、青年のうまくいかなさの中に隠れている前向きなパワーが、時間をかけて詩的にじっくりと浮き彫りにされていきます。

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『読まれなかった小説』は、11/29(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。(2014年のカンヌ映画祭で最高賞を受賞した過去作『雪の轍』もぜひあわせてチェックしてみてください)

雪の轍

poster2(C)2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinema NBC Film

トルコ

雪の轍

 

Kis Uykusu

監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
出演:ハルク・ビルギナー、メリサ・ソゼンほか
日本公開:2015年

2019.11.6

雪深きカッパドキアで、心の奥底にダイブする

トルコ、世界遺産のカッパドキアに佇む「ホテル・オセロ」。元舞台俳優・アイドゥンはホテルを運営しながら、親から受け継いだ膨大な遺産をやりくりしながら何不自由なく暮らしている。しかし、若く美しい妻・ニハルとの関係はうまくいっておらず、一緒に住む妹・ネジラともぎくしゃくしている。さらに、父の代から家を貸しているイスマイルの家賃滞納問題から逆恨みを買い、息子のイリヤスはアイドゥンの車に石をぶつける。兼ねてから慈善事業に興味を抱いていたニハルはイスマイル家族に憐れみを持つが、その考えの違いからアイドゥンと対立する。

やがて季節は冬になり、カッパドキアの地に雪が降り積もっていく。雪深い景観に呼応するかのように、アイドゥンを中心にした人間関係も、かねてから積もってきた軋轢が目に見える形で現れてくる・・・・・・。

本作のロケ地であるカッパドキアは、中東でも有数の観光地です。もう10年以上前になりますが、私は映画で描かれているのとちょうど同じぐらい雪が降り積もっているときにカッパドキアを訪れたことがあります。洞窟ホテルに宿泊しましたが、暖炉であたたまりながら他の宿泊者と話したり、窓の外の雪をただただ眺めたのをよく覚えています。

奇岩群を目にし、洞窟ホテルに泊まり、降り積もった雪の中を寒さにぐっと堪えながら歩く。もし冬のカッパドキアに旅をすれば、そうした経験をする可能性が高いでしょう。

旅には人を変える力があります。本作では、議論の応酬や迷いの衝突によって「心の中を巡る旅」が表現されています。奇岩群を見ることは、自分の奇妙な部分を見つめること。洞窟ホテルに泊まることは、自分の心の奥底を覗き込むこと。雪の中を歩くことは、まだ見ぬ自分に踏み入っていくこと・・・・・・人によって化学反応は異なりますが、旅におけるひとつひとつの行動は、日常生活とは違った人生の方向性を私たちにもたらしてくれます。白銀のカッパドキアでの深い思索と静かな気づきの瞬間を描いた『雪の轍』は、踏み出せばくっきりと足跡が残るような新鮮なイメージにあふれた、深く降り積もった新雪のような一作です。

 

洞窟ホテルに4連泊 カッパドキアゆったりハイキング

アナトリア高原が生み出した奇跡の奇岩群カッパドキア。ハイキングではカッパドキアの谷に分け入り、次々に現れる奇岩の造形美や洞窟住居が織り成す景観をお楽しみいただきます。

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カッパドキア

トルコ、アンカラ東南部にある世界遺産カッパドキア。まるで地の果てを思わせる不思議な奇岩群がひしめきあう風景は、思わず息を飲むほどの迫力です。古代噴火によって堆積した火山灰や岩が長い歳月をかけ浸食されて生まれた風景です。初期キリスト教の時代には多くのキリスト教徒たちが迫害や弾圧を逃れ、この地下に隠れ住んだといわれ、今も残る岩窟教会がその歴史を物語っています。

テルアビブ・オン・ファイア

8f3bfc7583fb2866(C)Samsa Film – TS Productions – Lama Films – Films From There – Artemis Productions C623

イスラエル

テルアビブ・オン・ファイア

 

Tel Aviv on Fire

監督:サメフ・ゾアビ
出演:カイス・ナシェフ、ヤニブ・ビトンほか
日本公開:2019年

2019.10.23

「イスラエル-パレスチナ問題」をネタに、思いっきり笑う

舞台はイスラエルとパレスチナ自治区。エルサレム在住のパレスチナ人青年・サラームは、第3次中東戦争が勃発した1967年を舞台にした人気メロドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』の制作現場で、脚本家を夢見ながらインターンとして働いている。撮影所はパレスチナ自治区・ラマッラーにあり、サラームはエルサレムの自宅から毎日軍の検問所を経て通勤する。

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ある日、ひょんな失言からサラームは検問所の主任・アッシの部屋に連行される。アッシの妻が『テルアビブ・オン・ファイア』の大ファンだということで事なきを得て、さらに図らずも脚本のリサーチができたサラームは、製作現場の修羅場で打開策となるアイデアを提案したことを認められ、脚本家の道を歩むチャンスを手にする。

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パレスチナ問題、シオニズム、中東戦争、ユダヤとアラブ・・・・・・日本人にとってはなかなか触れる機会がなく、理解を深めにくい事柄かもしれません。本作はもちろんそういった知識があっても楽しめますが、むしろ知識がないほうが楽しめるかもしれない稀有な作品です。言い換えると、理解が浅めのほうが、劇中のコメディ要素が強調されるように演出の計算がなされているということです。

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たとえば、エルサレム在住のサラームはパレスチナ自治区のスタジオで行われる撮影現場に、ヘブライ語の言語指導で現場に入っています。なぜ、そのような仕事が必要になるのか。なぜ、撮影所に行くために検問所を通る必要があるのか。なぜ、特定の演出が「ユダヤ的」「アラブ的」だと争点になるのか。こうした点について、作中で説明が皆無なわけではありませんが、アラブ料理・フムスなど文化的な要素を駆使しながら、説明しすぎない絶妙なバランスでコメディが展開されていきます。日本の観客の多くは「分かりすぎていると感じられない笑い」を感じることになるでしょう。

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こうしたスタンスには本作の製作経緯が関係しているかもしれません。製作国にはルクセンブルク・フランス・ベルギーという3カ国がイスラエル以外に名を連ねています。つまり、「外からの視点」が大いに反映されている作品であるということです。

エルサレムの歴史的な街並みや観光名所は作中にほぼ登場せず、スタジオ内(おそらくイスラエルではない場所で撮られたのでしょう)を中心に物事が進行していきます。検問所ももちろんセットでの撮影です。「撮れない」「映せない」という製作当時は制限だったかもしれない条件が、観客の想像力を誘発する演出に変身していて、結果的に、「想像上のイスラエル・パレスチナ」という、誰も行けない場所を脳内で旅することができる作品となっています。

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『テルアビブ・オン・ファイア』は11月22日(金)より新宿シネマカリテ・ヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国順次ロードショー。詳細は公式ホームページをご覧ください。

パレスチナ西岸と聖地エルサレム滞在

パレスチナとイスラエルの今と昔に触れる―ベツレヘムに2連泊。パレスチナ自治政府事実上の首都ラマラ、「誘惑の山」があるエリコ、旧市街が世界遺産に登録されているヘブロンなど、パレスチナ自治区の代表都市も巡ります。

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エルサレム

長い歴史を持ち、旧約聖書・新約聖書のゆかりの地にあふれ、何日滞在しても足りないエルサレム。マグダラのマリアが生きたミグダルの遺跡や、イエスが悪魔の誘惑を受けたとされるエリコ、ベエル・シェバの井戸など、通常のツアーでは訪れないエルサレムの魅力を巡るツアーも取り揃えています。(聖書の舞台を行く イスラエル周遊10日間

第三夫人と髪飾り

7b758173d43a9c4c(C)copyright Mayfair Pictures.

ベトナム

第三夫人と髪飾り

 

The Third Wife

監督:アッシュ・メイフェア
出演:グエン・フオン・チャー・ミー、トラン・ヌー・イエン・ケー、マイ・トゥー・フオンほか
日本公開:2019年

2019.9.25

「男児を生んでこそ夫人になれる」―19世紀ベトナムの価値観と、現代女性の自由

舞台は19世紀の北ベトナム。14歳の少女メイは、絹の里を治める大地主の3番目の妻として嫁いでくる。穏やかでエレガントな第一夫人には息子がひとり、美しく魅惑的な第二夫人には娘が三人いたが、一族にはさらなる男児の誕生が待ち望まれていた。

やがてメイは妊娠する。メイは身の回りに渦巻く愛憎や社会の矛盾に戸惑い悩みながらも、出産に向けての心を整えていく・・・

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19世紀・ベトナムの女性たちの物語は、現代社会に暮らす私たちに「女性の自由とは何か?」という大きな疑問を投げかけます。当時は男児を生むことが女性にとって最も重要な役割でした。劇中、メイのように現代の基準からすれば結婚にはまだ早い少女が結婚を拒否され、父親に「唯一の役目も果たせないのか」と見捨てられる、悲しい場面があります。

現代社会ではそうした悲劇は起きていないかというと、「いまだに起きている」と答えざるをえません。日本でもベトナムでもその他の国々でも、形は変われどいまだに「唯一の役目も果たせないのか」に近い言葉が発されることが往々にしてまかり通っています。

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監督のアッシュ・メイフェアは映画製作を欧米で学び、本作で母国の慣習を「外の目線」で見つめています。「旅と映画」では、『娘よ』(パキスタン)、『シアター・プノンペン』(カンボジア)、『少女は自転車に乗って』(サウジアラビア)といった同傾向の作品を今まで紹介してきましたが、本作もまたそうした新潮流の一作として、他の国の作品と見比べて鑑賞していただくと深みがさらに増すはずです。

ロケ地についても言及しておかなければいけません。本作の重要なロケ地のひとつは、ハノイから南に約90kmのところにあるチャンアンです。物語は、カルスト地形の奇岩に囲まれつつ流れる川を、舟に乗ったメイが進んでいく場面から始まります。また、川に隣接した洞窟でも撮影が行われており、「生と死」の不思議に直面するメイの心理を表現する上で重要な役割を果たしています。

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チャンアンは2014年に「景観複合体」として世界遺産に登録され、隣接しているホアルーはベトナム初の独立王朝の都が置かれた場所です。おそらくこの地の景観は太古の昔からさほど変わっておらず、様々な人の生き死にを目にしてきたのでしょう。「世代」「継承」というテーマを醸し出す本作は、ロケ地によってさらにそのメッセージ性が増しているように感じました。

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こだわり抜いたセットや衣装も必見の『第三夫人と髪飾り』は10月11日(金)よりBunkamuraル・シネマほか、全国順次ロードショー。詳細は公式ホームページをご覧ください。

ハノイからプノンペンへ陸路で繋ぐ アジアハイウェイ1号線を行く

2015年に開通した橋を利用しベトナムからカンボジアへ 7つの世界遺産も訪問

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チャンアンの景観複合体

「陸のハロン湾」と賞されるカルスト地形の景勝地・ニンビン郊外のチャンアン川にて、手漕ぎ船での川下り「チャンアンクルーズ」が楽しめます。

ヒンディー・ミディアム

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インド

ヒンディー・ミディアム

 

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監督:サケート・チョードリー
出演:イルファーン・カーン、サバー・カマルほか
日本公開:2019年

2019.8.28

英語コンプレックスのインド人夫婦が繰り広げる、ドタバタお受験戦争

デリーの下町で洋品店を営むラージと妻のミータは、娘を私立校に入れることを考えている。親の教育水準・居住地・英語能力までもが合否に影響することを知り、夫婦は娘と一緒にお受験塾に通い、高級住宅地へ引っ越しをする。しかし、結果は全滅。

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落胆した2人であったが、希望していた私立校が低所得者層のために入学の優先枠を設けているという話が報じられているのを目にする。お受験熱を再燃させたラージとミータは、優先枠での入学を狙うために貧民街への引っ越しを決行する・・・・・・

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人々の暮らしぶりを見ることは、旅において大きな楽しみの一つです。私が西遊旅行で添乗していたときには、長距離移動のバス車内でガイドさんに、教育システム・仕事事情・平均所得・食生活など人々の暮らしを知るヒントになる情報を必ずといっていいほど聞いて、ツアー参加者の皆様と質問大会をしていました。

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本作が観客に見せてくれるのは、インドの首都・デリーに暮らす中流階級(ミドルクラス)の葛藤です。ストーリーは、親の学歴によって子どもの入学が拒否された実際の事件にインスピレーションを受けているそうです。
(タイトルの「ヒンディー・ミディアム」はヒンディー語で授業を行う公立学校のことで、主人公夫婦が娘を入れようと必死になっているのは英語で授業を行う名門私立校「イングリッシュ・ミディアム」です)

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困窮している主人公が状況を打破しようと抗ったり、富や名声を得た主人公が没落してどん底に突き落とされる姿を描く映画は多くあります。しかし、本作はそうした典型的なストーリーテリングとは一線を画したユニークな切り口で、「貧富の差」や「階級社会」というヘビーなテーマを扱いながらも、コミカルに物語が展開していきます。

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本作のユニークな点とは、貧富の差が直接的に描かれるのではなく、上流でも下流でもない中流の主人公たちが、上流になりきろうとした結果、自ら下流の生活(貧民街への引っ越し)を選ぶ滑稽さにあります。そして、主人公夫婦は「本当の富や豊かさとは何なのか」を自分たちよりも圧倒的に貧しい人々から学んでいきます。

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この誰も傷つけることのない温かなストーリーテリングによって、下町生まれというラージの出自、学歴という取り返しのつかない過去、英語ができないというミータのコンプレックスは蔑まれることなく全て笑いの要素となっていきます。近年のインド映画のクオリティには圧倒されるばかりですが、本作に見られる洞察の深さ・視野の広さは、インド映画のさらなる発展を予感させるものとなっています。

ヒンディー・ミディアム/メイン

インド国内だけではなく中国でも大ヒットとなった『ヒンディー・ミディアム』は、9/6(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

ナマステ・インディア大周遊

文化と自然をたっぷり楽しむインド 15の世界遺産をめぐる少人数限定の旅

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デリー

「旅の玄関口」デリー。この都市は、はるか昔から存在した歴史的な都でもあります。 古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」では伝説の王都として登場。中世のイスラム諸王朝やムガール帝国などさまざな変遷の後、1947年にはイスラム教国家パキスタンとの分離独立を果たします。現在ではインド共和国の首都として、その政治と経済を担い、州と同格に扱われる連邦直轄領に位置づけられています。

ジョアン・ジルベルトを探して

4ba6efce99576c01©Gachot Films/Idéale Audience/Neos Film 2018

ブラジル

ジョアン・ジルベルトを探して

 

Where Are You, Joao Gilberto?

監督:ジョルジュ・ガショ
出演:ミウシャ、ジョアン・ドナート、ホベルト・メネスカル、マルコス・ヴァーリ
日本公開:2019年

2019.8.21

憧れの人々を探し求めて、ボサノヴァの聖地リオ・デ・ジャネイロへ

『イパネマの娘』『想いあふれて』などの名曲で知られる「ボサノヴァの神様」ジョアン・ジルベルト。フランス生まれでブラジル音楽をこよなく愛するジョルジュ・ガショ監督はリオ・デ・ジャネイロのどこかに今も暮らしているというジョアン・ジルベルトを訪ねる旅に出る。

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監督にはもう一人「訪ねる」人がいる。もうこの世にはいないドイツ人ジャーナリストのマーク・フィッシャーだ。

マーク・フィッシャーは、2008年を最後に公の場に出なくなったジルベルトに会うためにリオ・デ・ジャネイロに向かったが、結局会うことはかなわなかった。そして、その顛末を記した本『オバララ ジョアン・ジルベルトを探して(Ho-ba-la-lá: À Procura de João Gilberto)』が出版される1週間前、自らの命を断った。

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ジョルジュ・ガショ監督は、マーク・フィッシャーの意志を引き継ぐため、彼の本を頼りにジョアン・ジルベルトゆかりの人びとや土地を訪ねていく。

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どんな旅にも、力学のようなものが働いています。ある人は世界遺産に興味があり、ある人は食に興味があり、ある人は写真に興味があり、力の働き方は様々です。旅の目標が明確にある場合も、漠然としている場合も、その力学によって旅をしている張本人は動かされていきます。

本作で監督は自分自身の意志で旅しているというよりも、ジョアン・ジルベルトとマーク・フィッシャーという2人の亡霊が作り出す強力な磁場に身を任せるように旅をしていきます。一方は確かにこの世に存在するけれどもその姿はつかめない、幻のようなレジェンド、いわば「憧れの存在」(ジョアン・ジルベルトは2019年7月に亡くなりましたが、この旅の最中はまだ存命でした)。

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もう一方は、「永遠に追いつけない存在」である死者で、彼と会った人や、彼が存在していた証明である著作を通して、監督はその距離を縮めていきます。

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このように夢と現実の間を彷徨うような不思議な旅を演出している力学が、本作の最大の見所です。旅はジョアン・ジルベルトがかつて暮らしていた田舎町・ディアマンティーナにまで及び、磁場に引き寄せられるようにジョアン・ジルベルトを知る人々や元妻で歌手のミウシャ(撮影後の2018年12月に亡くなりました)も自ずと監督のもとに集まってきてありのままの姿を見せてくれます。

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陽気なイメージのあるリオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)の町を黙々と、亡霊に語りかけるようにひたすら練り歩くオリジナルな旅を描いた『ジョアン・ジルベルトを探して』は、8/24(土)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

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聖なる泉の少女

699738287f6e3395© BAFIS and Tremora 2017

ジョージア

聖なる泉の少女

 

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監督:ザザ・ハルヴァシ
出演:マリスカ・ディアサミゼ、アレコ・アバシゼほか
日本公開:2019年

2019.8.14

ジョージアにも存在する「八百万の神」を司る、美しい少女が抱える迷いとは?

舞台はジョージアの南西部、トルコと国境を接するアチャラ地方の山深い小さな村。村には人々の心身の傷を癒してきた聖なる泉があり、先祖代々、泉を守り、水による治療を司ってきた家族がいた。儀礼を行う父親は老い、3人の息子はジョージア正教(キリスト教)の神父、イスラム教の聖職者、無神論の科学教師になり、父の後を継ぐことはなかった。そして父親は一家の使命を、娘のツィナメ(ナーメ)に託そうとしていた。

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その宿命に、ナーメは思い悩む。彼女は村を訪れた青年に淡い恋心を抱き、他の娘のように自由に生きることを憧れる。一方で川の上流に水力発電所が建設され、少しずつ山の水に影響を及ぼしていた・・・

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科学が発達する前、世界はだいたい5つか4つの要素のバランスによって成り立っていると考えられていました。旅の醍醐味は、こうした「元素」が強く感じられることにあります。普段はあまり気にとめない雲の形をぼんやりと眺め、ビルに遮られていない爽やかな風をあび、祭事の火や人のあたたかみに触れ、一時として同じでない水の流れに気付き、見知らぬ地の土を踏みしめる・・・

空、風、火、水、地。本作はこの5元素を描くことに並々ならぬ力が注がれています。しかし、それは自然の美しさに対する賛美ではなく、消費主義・資本主義社会の矛盾を指摘するためです。

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旧約聖書 創世記第1章第2節「神の霊は水面を動いていた」という引用からはじまるものの、きっとジョージアには日本で言う「八百万の神」というような考え方が根付いているのだろうと私は鑑賞しながら思いました。それゆえに、「神が姿を消しつつある世界」に対するジョージアからの警鐘ともいえる本作の物語は、不思議なことに、日本人の心にこそ響きやすいものとなっています。

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『聖なる泉の少女』は、8/24(土)より岩波ホールにてロードショーほか、全国順次公開。詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

風が吹くまま

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イラン

風が吹くまま

 

Le vent nous emportera

監督: アッバス・キアロスタミ
出演: ベーザード・ドーラニー ほか
日本公開:1999年

2019.8.7

イラン式 ケセラセラ精神―「なるようになる」と思えない都会人

テヘランから、クルド系の小さな村を訪れたテレビ・クルーたち。彼らは村独自の珍しい風習のもと執り行われる葬儀の様子を取材しに来たのだが、村を案内する少年ファザードには自分たちの目的を秘密にするよう話して聞かせる。男たちは危篤状態のファザードの祖母の様子をうかがいながら、「そろそろ死ぬか」と撮影の準備をこっそりと進める。

数日間の撮影スケジュールだったものの、数週間経っても老婆の死は訪れず、ディレクターのべーザードやスタッフたちは苛立ちを募らせる。テヘランかにいるプロデューサーから毎日のように電話がかかってくるが、村は電波が悪くて通話するためにはわざわざ車で5分かかる丘の上に出なければいけない。都会と田舎、生と死。美しい麦畑は、そんな人間が繰り広げるドタバタ劇を気に留めることもなく風にそよいでいる。

本作は以前ご紹介した『そして人生は続く』『ホームワーク』と同じく近年デジタルリマスターされた、イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督作品のうちの1本です(撮影場所が『そして人生は続く』と同じです)。

仕事の都合で「早く死なないかなぁ」とお婆さんの死を待つというストーリーは、死という重いテーマを扱いながらもどこかおもしろおかしく、意図的に不謹慎な演出をしているのでドリフのコントを見ているようにくすっと笑ってしまうようなシーンが多くあります。

大好きな作品で機会がある度に観ていましたが、デジタル・リマスターされたということで久しぶりに鑑賞し、西遊旅行でお祭り見学ツアーの添乗や営業・企画をしたときのことを思い出しました。

私が担当していたインドやブータンのお祭りは、直前まで日にちが決まらなかったり、占い(神学者の判断?)や暦によって急に日にちが数日ずれたりすることがあります。それはそういうものなので仕方がないのですが、ツアーに添乗したり企画する側としては「仕方ない」で済ますわけにはいきません。そんなときは必死で元の旅程と合わせるように現地で奔走したり、手配での調整を試みました。

本作でお婆ちゃんの死を今か今かと待っている撮影スタッフたちが抱える「なす術なさ」というのは、現代社会ではとても稀なものです。経済・効率が重視される都会では、あらゆることをなんとかしようとして、不便・不自由が排除されていきます。

この映画では、「どうにもならなさ」と対峙する時間の豊かさに着目しています。それゆえに本作の鑑賞体験は、自分の力ではどうにもならないことがしばしば起きる旅という時間に似ていて、都会生活から田舎に旅に出たような感覚を味わえます。イランの地方に広がる美しい景観とともに、ぜひ豊かな時間の流れに身を任せてみてください。

あなたの名前を呼べたなら

ef5481c837a9cc75© 2017 Inkpot Films Private Limited,India / © Inkpot Films

インド

あなたの名前を呼べたなら

 

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監督:ロヘナ・ゲラ
出演:ティロタマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバルほか
日本公開:2019年

2019.7.31

大都会・ムンバイの片隅で―身分を越えた孤独の共鳴

南アジア最大級の国際都市・ムンバイ。農村出身のラトナはファッションデザイナーを夢見ながら、建設会社の御曹司・アシュヴィンが住む高層マンションの一室で、住み込みメイドとして働いている。

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アシュヴィンはまもなく結婚するはずだったが、婚約者の浮気が発覚して破談となる。落ち込むアシュヴィンを気遣いながら、ラトナは彼の身の回りの世話をする。

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19歳のときに夫を亡くしたラトナは、田舎に住む妹の学費を「自分とは違う人生を歩んでほしい」という想いでムンバイから仕送りしつつ、裁縫を学びはじめようとしてアシュヴィンに伺いをたてる。

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真摯に働き夢を叶えようとするラトナの姿は、心に空白を抱えたアシュヴィンにとって力強く映り、やがてアシュヴィンはラトナに心を寄せるようになる。しかし、インドに深く根付いた階級社会の壁が2人の間に立ちはだかる・・・

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日本の20倍もの国土を持つインドという国は、決して一言で語り切ることができない複雑さに満ちています。各地に根付いた文化・風習・言語もさることながら、植民地支配の名残、階級社会、カースト制度などは、旅するだけでは到底その全体像を掴むことはできません。

しかし本作では、廊下で度々すれ違い、ギフトを贈りあい、互いを励まし、思いを伝え合うラトナとアシュヴィンの「交換」から、現地人の感覚を追体験することができます。

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ユニークな点は、ラトナがムンバイという大都会にある種の希望を見出している点です。社会格差というトピックを描くために、ともすると、田舎から出てきた主人公が都会の荒波に翻弄されるという典型的なストーリーテリングになりがちなところを、本作は「未亡人になった時点で田舎では『人生終わり』だが、都会には人生を変えられるチャンスがある」という観点で物語が紡がれています。

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そのため、物語の源泉が「希望・夢」というポジティブなところから湧いていて、ムンバイという都市も「冷たさと無関心が渦巻く大都会」というイメージではなく、「ビーチがあって開放的でスタイリッシュな都市」という旅情が掻き立てられるような見え方がするはずです。

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アシュヴィン役のヴィヴェーク・ゴーンバルが出演した『裁き』(2017年公開作品)も、インドの複雑さ・多様さを垣間見れる作品なので、併せてぜひチェックしてみてください。

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シリアスさな問題を扱いながらも優美な世界観を持つ『あなたの名前を呼べたなら』は、8/2(金)よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

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ムンバイ

現在のムンバイは7つの島々から構成され、インドの中でも商業の中心地として発展してきました。その歴史は古く、最初に確認されている歴史は紀元前2世紀頃よりこの辺りには漁民が住んでいたと言われています。