レオノールの脳内ヒプナゴジア(半覚醒)

フィリピン

レオノールの脳内ヒプナゴジア(半覚醒)

 

監督:マルティカ・ラミレス・エスコバル
出演:シェイラ・フランシスコ
日本公開:2024年

2024.1.10

人ひとりの頭に宿る「歴史」―奇想天外なフィリピン映画

かつてフィリピン映画界で活躍した女性監督レオノール・レイエスは、引退して72歳になり、借金や息子との関係悪化に悩む日々を送っていた。

ある日、新聞で脚本コンクールの記事を目にした彼女は、未完だったアクション映画の脚本に取り組むことに。そんな矢先、レオノールは落ちてきたテレビに頭をぶつけてヒプナゴジアに陥り、脚本の世界に入り込んでしまう。

息子は必死に母を現実の世界へ引き戻そうとするが……。

面白い映画や奇想天外な映画を観たとき、純粋にストーリーを楽しむこととは別に「これを作った人の頭の中はどうなっているんだろうか?」と不思議に思ったことはないでしょうか。僕はスタンリー・キューブリック監督作『2001年宇宙の旅』を観た時にそう思いました。

実際、僕も脚本を書くことがありますが、現実と作り話の混同が起こることが時折あります。書き手はもちろん、現実で経験したことから多かれ少なかれ影響を受けるので、実際あったこと(もしくは少し脚色したこと)を書いたりします。

逆に、脚本に書いたことが実際に起きてしまう、脚本を知らない他者が「書いたセリフ」が実際に口にされる現場に遭遇してしまう。そんなことがしばしば起こります。そうすると書き手としては「あれ、今どっちだっけ?」という混乱に陥ります。これは本作のテーマになっている夢現な「半覚醒」の状態に似ています。

アカデミー賞で受賞をした『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督も、脚本執筆の際に「登場人物に会いに行ってインタビューする」という、ある種の儀式的プロセスを脚本執筆の際に踏むという記事を読んだことがあります。これはつまり、登場人物の声の「響き」を想像するということではないかと思います。

本コラムのテーマ「旅」に立ち返ってみると、旅の印象でより長く覚えているのは響き、香り、触感だったりするかもしれないと本作を観て思いました。

もちろんハイライト的な観光スポットを「見たこと」、それを写真や動画で「撮ること」などによって残る印象もあります。しかし僕がご一緒させてもらった西遊旅行の旅でいうと、ブータンやインドのチベット文化圏によく行かせてもらっていましたので、高度の高い平原の荒涼とした感じの音、星空をみているときの大地の音、バターランプの香り、僧院の床の感触や足音などなど・・・そんな物事のほうがよく思い出すことができます。

おそらく監督(30代前半の女性監督)の個人的な「響き」の記憶もかなり入っているのでしょう、フィリピンの数十年分の大衆文化を旅する気分も味わえる『レオノールの脳内ヒプナゴジア(半覚醒)』。2024年1月13日(金)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次上映。詳細は公式HPをご確認ください。