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オリーブの林を抜けて

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イラン

オリーブの林をぬけて

 

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監督: アッバス・キアロスタミ
出演: ホセイン・レザイほか
日本公開:1994年

2022.6.22

「映画のようなこと」を求めて、フィクションとリアルの間を旅する

1990年、大地震がイラン北部を襲った。石工の青年・ホセインはひょんなきっかけから、都心からやって来た映画クルーの撮影に、俳優として参加することとなる。

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カメラがまわっていないときに、地震で家族を亡くしたタヘレという女性にホセインはプロポーズをする。貧しく読み書きができないホセインからの求婚を、タヘレの家族は反対する。しかし、そうした状況下でタヘレは映画の中でホセインと共演しなければならず、戸惑う。撮影クルーも徐々に異変に気づいていき、映画の枠を越えて2人に関与していく・・・

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この2-3年の間、コロナ禍によって「映画のようなこと」が次々と起こっていき、映画を生業にしている身にしても「現実のほうが映画っぽい」と感じるような光景にしばしば遭遇してきました。ですが、ようやく元通りに国内外を旅できる兆しが見えてきて、旅という「非日常」を日常生活が受け止められるバランス感覚が社会の中に戻ってきているように思えます。

そんな今だからこそ観たくなる(観ていただきたい)作品が、本コラムで度々ご紹介しているアッバス・キアロスタミ監督作品です。本作は2019年にご紹介した『そして人生はつづく』とセットのような作品なのですが、片方だけ観ても、(2本観る場合であっても)どちらを先に観ても楽しめるセット作品です。

フランスでもリメイクがなされた邦画『カメラを止めるな』のように「映画を撮る映画」というのは、映画史において恒常的にあり続けていますが、『オリーブの林をぬけて』に関しては、「映画が撮られているのか撮られていないのか、わからなくなってくる映画」と言えるかと思います。

上記のあらすじにも紹介したように、主要登場人物の2人は「映画内映画」で演じているときに話すことと、「映画外」で話すことがゴチャゴチャになってきます。

さらに映画鑑賞者(私たち)にとって良い意味でややこしいのは、2人を演じているのは地元で暮らしを営むアマチュア俳優であるという点です。そのため、彼らが演じているのか演じていないのかがわからなくなってきます。

また、「映画内映画のカメラ」はまわっていないけれども、「映画のカメラ」はまわっているというシーンのとき話されていることが、筋書きに書かれたまぎれもない「映画」なのか、自然の流れの中で立ち起こってきた「映画のようなこと」なのかわからなくなってきます。

と、書いている私自身もなかなかこんがらがってくるような構造をしている本作ですが、結果的に観客がこのような映画を観てこそ受け取れるのは「自分の今見聞きしている世界は映画のようだ」と思える感覚です。旅という非日常をよりビビッドにとらえることが可能になる「映画のようなことセンサー」を、ぜひキアロスタミ監督作品から感覚に取り入れてみてください。

歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡

歩いてみた世界_B5_H1_N©️SIDEWAYS FILM

イギリス・アルゼンチン・オーストラリア・ガーナ・チャド等

歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡

 

Nomad: In the Footsteps of Bruce Chatwin

監督:ベルナー・ヘルツォーク
出演:ブルース・チャトウィン、ベルナー・ヘルツォーク
ほか
日本公開:2022年

2022.5.25

歩き、放浪するという生き方―作家・ブルース・チャトウィンに、今こそ出会う

ドイツの名匠ベルナー・ヘルツォークは、『パタゴニア』『ソングライン』等の著作で有名なイギリス人紀行作家ブルース・チャトウィン(1940-1989)と親交を持っていた。

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死後30年以上経っても色褪せないどころか輝きを増すブルース・チャトウィンの著作と彼の存在自体が、ヘルツォーク監督自身のナレーションやさまざまなインタビューを交えながら、全8章構成で振り返られていく・・・

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ベルナー・ヘルツォーク監督はフィルモグラフィー(映画制作歴)に「旅」にかかわる作品が多い監督で、西遊旅行のお客様にピッタリの作家なのでいつかご紹介できればと機会を伺っていました。

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本作では対談・インタビューだけではなく、ヘルツォーク監督の過去作からの引用も収録されていて、一作の中で全世界様々な場所へ旅した気分が味わえます。

対談・インタビューは例えば、19世紀初頭ブラジルからダホメ王国(現ベナン)に追放された総督を描いた1987年の『コブラ・ヴェルデ』のガーナでの撮影舞台裏や、パタゴニアの鋭鋒セロトーレ山に挑む男たちの姿を捉えた1991年の『彼方へ』の撮影で山岳ガイドを務めたスタッフとの対話など。撮影場所も秘境、エピソードもユニークすぎるものが連続して展開されていきます。

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HIVが進行して生気を失っていくブルース・チャトウィンをヘルツォーク監督が励ますために使ったのは、チャドのボロロ族の祭典の様子をとらえた映像だったといいます。ボロロ族たち自身もびっくりの、作家同士らしいコミュニケーション方法の話もご注目ください。

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ブルース・チャトウィンは、幼少の頃、祖母の家のガラス張りの飾り棚にあった「ブロントサウルスの毛皮」(あとあと恐竜の毛皮でないことが判明するのですが・・・)をきっかけに、先史時代や人類史に関心を抱くようになったといいます。

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そこから「ノマド」(放浪)の生き方を追求し、全世界を「自らの足で旅をする」ことを通して、作品を紡いでいきました。

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「世界は徒歩で旅する人にその姿を見せるのだ」と映画のキャッチコピーにありますが、私も全く同じことをぼんやりと感じていたので、それをブルース・チャトウィンが言語化してくれていて嬉しく思いました。

私の場合、ペーパードライバーなこともあり、人が車で行くようなところを歩き・自転車・公共交通機関で行くことが多いのですが、やはり自分で地面に足をつけて歩くのと、車や電車で通過するのとでは根本的に感覚に訴えるものが違ってきます。

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自分で歩いて発見する一番のメリットは、他の人が「何もない」と思っているところに「何か」を見出せることだと思います。

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『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』は、岩波ホール約50年の歴史を締めくくる作品でもあります。6月4日(土)より岩波ホール他全国公開ですが、ぜひ「自分の足で」劇場に足を運んでブルース・チャトウィンの揺るぎない世界観を発見してみてください。その他詳細は公式ホームページをご確認ください。

ワン・セカンド 永遠の24フレーム

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中国

ワン・セカンド 永遠の24フレーム

 

一秒钟

監督:チャン・イ―モウ
出演:チャン・イー、リウ・ハオツン、ファン・ウェイ
ほか
日本公開:2022年

2022.5.18

「たった数秒」という永遠―巨匠チャン・イーモウの若かりし日の思い出

1969年、文化大革命下の中国・陝西省。造反派に抵抗したことで強制労働所送りになった男は、妻に愛想を尽かされ離婚となり、最愛の娘とも親子の縁を切られてしまう。数年後、「22号」という映画の本編前に流れるニュースフィルムに娘の姿が1秒だけ映っているとの手紙を受け取った男は、娘の姿をひと目見たいという思いから強制労働所を脱走し、逃亡者となりながらフィルムを探し続ける。

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男は「22号」が上映される小さな村の映画館を目指すが、ある子どもが映画館に運ばれるフィルムの缶を盗みだすところを目撃する。フィルムを盗んだその子どもは、孤児の少女リウだった。

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トラブルを乗り越えつつやっとの思いで「22号」を観るに至った男を待つ運命とは・・・

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北京2022冬季オリンピック・パラリンピックで開閉会式の総監督を務めたことでも注目を集めた巨匠チャン・イーモウ監督は、とても個人的な記憶をまじえて本作を撮ったそうですが、そのことは言われなくても何となく観客には伝わるような気がします。物語の本筋よりも、記憶の1シーン1シーンを再現することを重視してドラマが描かれているような感じがしました。

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今でこそ撮った映像をすぐ再生できたり、好きな映画を様々な場所で思い思いのタイミングで鑑賞できますが、テレビも普及していない環境で映画は貴重な情報源でした。

もちろん、戦時中の日本がプロパガンダに映画を利用したように、文化革命当時の体制維持・増強においても映画は欠かせないツールでした。映画が上映されるホールの入口には「毛沢東思想宣伝センター」というサインがあります。

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私が子どもの頃にはまだ1000席や700-800席の映画館がちらほらあり、色々な映画をそういう空間で観て育ちましたが、今700席(ましてや1000席)以上の映画館で映画を鑑賞するとなったら、数えるほどしか場所はありません。先日娘を連れて300席ほどの映画館を訪れたときに「広い」と娘が口にしていましたが、私は内心「いやいや広い劇場というものはこんなものではないと」思っていました。

1秒(24フレーム)のために決死の思いで駆け回る主人公を見ていると、現代社会の人々の映画の見方(ひいては世界の見方)というのは、50-60年前からするとあまりにも劇的に変わってしまったのだと痛感します。そして同時に、私が子どもだった頃の1990年代という時代も、本作のように「価値観が全く違った時代」としていつか描かれるのだと思いました。本作を描く際に監督が抱いたであろうような憧憬の念に、自分がいつか身を浸す日が来るというのは若干怖くもあり、楽しみでもあります。

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1秒1秒の重みを噛みしめるような機会はどんどん少なくなり、フィルムのようなテクスチャー(手触り)を感じる瞬間も稀少になりつつあります。時に滑稽なまで「たった数秒」のために奔走する主人公の姿は、現代人に対して深い示唆を与える比喩表現のような形でストーリーの中で機能しています。

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現代社会に失われつつある大事な人間の感性を今一度復興させてくれる力を持つ『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』は、5月20日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ 他全国公開。その他詳細は公式ホームページをご確認ください。

ヨナグニ 旅立ちの島

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日本(与那国島)

ヨナグニ 旅立ちの島

 

監督:アヌシュ・ハムゼヒアン、ビットーリオ・モルタロッティ
公開年:2022年

2022.5.11

「旅立ち」という進路―高校がない与那国島、迷いと決断のひととき

与那国島には高校がなく、若者たちは中学校を卒業すると一度は島を離れることになる。イタリア出身の映像作家アヌシュ・ハムゼヒアンと写真家ビットーリオ・モルタロッティは、中学校卒業前の少年少女たちにカメラを向け、学校生活や豊かな自然の中で過ごす放課後の様子、思春期の本音をのぞかせる会話などを通し、多感な10代の日常をありのままに映し出していく。

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先週の『ばちらぬん』に続き、日本最西端の与那国島でうまれた作品をご紹介します。『ばちらぬん』はどちらかというとフィクション寄りな作品で与那国島出身の監督が描いた作品でしたが、本作はイタリアからの「来訪者」が撮ったドキュメンタリー作品です。

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『ばちらぬん』と『ヨナグニ 旅立ちの島』の2作観る場合、もちろんどのような順番で観るかは観客の自由なのですが、私の場合は熟考の末に本作を後で観ました。長い間潜水した後で水面にブワッと出て呼吸したかのように「ああそうか、『ばちらぬん』が撮られた場所ではこういう日常生活が送られているのか」と、ぬかるんだ田んぼを長靴を履いて歩くような心地で鑑賞することができました。

今の時代、「離島で暮らす/生まれる」ということは、半自動的に「消滅の危機がある文化をどのように受け継いでいくか」という課題を考えることとセットになっているように思えます。

卓球部の女の子が、ひたすら壁打ちをして練習している。稼ぎ頭の親は都会で働いて島を不在にしていて、子どもは祖父母と暮らしている。そのように文化伝承の機会と対象が極めて限られている中で、島の言葉「どぅなんむぬい(与那国語)」をはじめとした伝統文化をどのように残していこうとしているのかを、本作のカメラはひたすらじっと見つめます。

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進学面接で面接官が「もし与那国に高校があったら、そこに行っていたか?」という質問を10代半ばの生徒たちに投げかけていくシーンが印象的です。「歴史に『もしも』はない」という言葉がありますが、客観的にいうならば現実にも「もしも」はありません。しかし、やはりそれを考えてしまうのが人間ですし、「もしも」と空想・想像したことから世の中が変わっていくこともあります。

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「旅立ちの島」という題名がついていますが、何かしらの決断がもたらす「旅立ち」という行動は、ある「もしも」を捨てて、また新たな「もしも」を探し求めることなのかもしれないと、本作を見て感じました。

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『ヨナグニ 旅立ちの島』は『ばちらぬん』と共に、2022年5月7日より新宿K’s Cinemaほか全国順次上映中。詳細は公式ホームページをご確認ください。

日本最西端・与那国島ホーストレッキングと
西表島の自然を遊ぶ

晴れた日には台湾の山も見渡せる国境の島・与那国に連泊。日帰りでは決して感じることのできない、島の自然や人々の暮らし、ゆったりとした時の流れを堪能していただけます。

ばちらぬん

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日本(与那国島)

ばちらぬん

 

監督:東盛あいか
公開年:2022年

2022.5.4

与那国島出身の若手監督が描く「島の記憶」

日本の最西端に位置する離島・与那国島。主人公兼監督の東盛あいかは、花・果実・骨・儀式などをモチーフにした幻想的な世界と、日常・漁業の様子・祭事を記録したドキュメンタリーや年配の島民へのインタビューを混ぜあわせながら、島の言葉である与那国語で物語を紡いでいく。

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「三つ子の魂百まで」という言葉がありますが、人がどこで生まれ育つかというのは、当人の一生を左右することが少なくないです。私は(一切記憶はないですが)4歳までシンガポールで育ち、物心ついてからは東京で暮らし、30歳前後で第一子が生まれたタイミングで福岡で暮らすようになりましたが、自分が生まれ育った東京やシンガポールなどのことはやはり折に触れてあれこれ考えます。

与那国島出身の東盛あいか監督は1997年生まれで、京都芸術大学で俳優業から映画を学んだそうですが、『ばちらぬん』は監督が故郷・与那国島をしばらくの間離れた望郷の念を、映画というにしてなんとか残しておかなければならないという使命に導かれたかのような、不思議なパワーに満ちている作品です。

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本作のセリフの多くは与那国語で、日本語字幕を時おり見ながら鑑賞するのですが、何語か知らないで映画を観たら日本国内の言語であると気付かないかもしれないと思いました。

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響き的には、ベトナム語のように聞こえる瞬間もありました。題名の「ばちらぬん」は与那国語で「忘れない」の意味だそうです。「ぬん」は何となく「ない」の意味だとわかりますが、「ばちら」は「忘れる」とは程遠い響きがするように感じます。

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「忘れない」と思わなくても、監督は与那国で過ごした時間を忘れることはなかったのでしょう。きれいな川のど真ん中にマリンブルーの郵便ポストが植わっているシーンが要所要所で出てきますが、監督が与那国で過ごしてきたと過ごさ(せ)なかった時間が溶け合わさって、映画のジャンル・撮影フォーマット・過去と未来などというあらゆる軸が結晶になった稀有な作品です。

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忘れられない瞬間の集積が「旅の思い出」だとするならば、喜怒哀楽関わらず、忘れられない思いの集積が「人生」あるいは「映画」なのだと思わせてくれる『ばちらぬん』は、2022年5月7日より新宿K’s Cinemaほか全国順次上映。詳細は公式ホームページをご確認ください。

8島巡る!自然と民俗の八重山諸島大周遊 8日間

石垣島から黒島、新城島、波照間島、西表島、小浜島、竹富島、そして与那国島へ。8日間で八重山諸島8島を周遊し、離島に残る沖縄の原風景とともに、亜熱帯の自然と歴史・文化にふれます。

セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター

poster2(C)Sebastiao Salgado (C)Donata Wenders (C)Sara Rangel (C)Juliano Ribeiro Salgado

ブラジル

セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター

 

Le sel de la terre

監督:ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド
出演:セバスチャン・サルガド
日本公開:2015年

2022.4.6

世界中のあらゆる光景を目にしてきた写真家 セバスチャン・サルガドの人生

1944年ブラジル出身の「神の眼を持つ」写真家、セバスチャン・サルガド。モノクロ基調で人間の死・破壊・腐敗といった根源的なテーマを撮り続け、人間という存在の暴力性に絶望を感じてきた。

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しかし、2000年代に入ってから大自然の神秘に目を向けることで、「人間性」の見直しを希求しはじめる。

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地球上の最も美しい場所を探し求め、ガラパゴスやアラスカ、サハラ砂漠などで撮影を行い、圧巻の風景を写し出したサルガドのプロジェクト「ジェネシス」の現場に、ドイツの世界的監督ヴィム・ヴェンダースとサルガドの息子ジュリアーノ・リベイロ・サルガドが同行。2人の視点から、写真家サルガドの足跡が解き明かされていく。

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西遊旅行のお客さまにも、セバスチャン・サルガドファンの方は多いのではと思います 。「世界中を旅している」というキャッチーな言葉で仕事の説明がなされる際、当人が旅先の土地土地にどの程度どのように関与しているかという観点は置いてけぼりにされがちです。本作は、彼ほど政治・経済・文化等あらゆる分野に、旅をしながらも深く関与している人物はいないかもしれないと観客に思わせるパワーにみなぎっています。

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本記事の関連する国の表記も、あまりに多すぎるため、出身国・ブラジルのみ記載しました。

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本作はサルガドの素晴らしい(かつ ときに目を塞ぎたくなるような)作品が随時映りながら展開していきますが、あたかも昨今のロシア・ウクライナ情勢に関して示唆しているかのような内容となっています。

サルガドはバルカンやアフリカにおける、想像を絶するようなジェノサイドや貧困・飢餓の現場に身を置いてきました。様々な被写体の思いが自身に伝播したサルガドは、あらすじに記載した通り心をズタズタに引き裂かれます。そこから、それでも希望を見出すために人から自然に被写体を変え、自身の復興に取り組みました。

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ロシア・ウクライナ情勢や母国を追われた人々の生活の今後を思うと、問題・課題が巨大すぎて為す術がない虚無感におちいってしまうかもしれません。しかし、絶望を目の当たりにした上で、それでも希望を抱く、それでも旅をするという思いを抱くパワーを、サルガドが辿った足跡は与えてくれます。

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特に、妻と共に自分の故郷に20年をかけて200万本を超える植樹を行った「インスティテュート・テラ」プロジェクトの存在は本作の基軸になっています。自分自身はどんな根・幹・葉・花を持っていて、それをどのように周りに伝播できる存在なのかと、サルガドの人柄から感じ取れる作品です。

メイド・イン・バングラデシュ

e8a2c3ad29be5251(C)2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES – BEOFILM – MIDAS FILMES

バングラデシュ

メイド・イン・バングラデシュ

Made in Bangladesh

監督:ルバイヤット・ホセイン
出演:出演:リキタ・ナンディニ・シム、ノベラ・ラフマンほか
日本公開:2022年

2022.3.30

「どう生きたいか」で「どう働くか」を決める―バングラデシュ女性たちの働き方改革

2010年代前半、大手アパレルブランドの工場が集まるバングラデシュの首都ダッカ。衣料品の工場で働く既婚女性シムは、失業中の夫に代わり一家の大黒柱として働く最中、厳しい労働環境に苦しむ同僚たちと労働組合を結成するべく立ち上がる。

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工場幹部による脅しや周囲の人々からの反対に遭いながらも自ら労働法を学び、自分の理想とする暮らしを手にするために、シムは伝統・慣習の力に抗いはじめる……

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「ラナ・プラザ」と聞けばピンとくる方はピンとくる出来事が2013年にバングラデシュで起こりました。大手グローバル・ファッションブランドの商品も扱う縫製工場が入っている8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩落し、1100人超の死者が出た事件です。犠牲者の多くは、働き手の女性たちで、彼女たちは男性オーナーたちの支配的経営やずさんな人事・労務管理体制に苦しんできました。

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本作はそういった出来事と、10代半ばからバングラデシュの労働闘争に関わってきたダリヤ・アクター・ドリという女性の実話をもとにつくられたフィクション作品です。

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『メイド・イン・バングラデシュ』で描かれる男性たちは、ストーリー上は、一見すると主人公・シムの思いを阻む「敵・悪者」といった見え方をします。

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「正義を掲げる女性たちが、悪に抗う話」、より俯瞰した目線で見れば、「グローバル資本主義という悪に、女性たちが疑問を投げかける話」と見えやすいということです。

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もちろんそういった側面もあると思いますし、そう観ていただいても楽しめる作品だと思うのですが、私は「良い/悪い」というフィルターを極力はずして本作を鑑賞することをオススメします。

鑑賞中、最近福岡で行ったある取材撮影を思い出していました。銀行の休眠預金を活用したソーシャルビジネス事業の取材です。女性のエンパワーメント(能力開花)事業・不動産事業・コワーキングスペース運営を連動させて、「どう働くか」に従属して「どう生きるか」が決まってしまうのではなく、「どう生きたいか」という思いによって「どう働きたいか」が自ずと導かれるような社会を目指す。そんな未来を志向するアライアンス企業でした。

本作の作り手のスタンスも、そのアライアンス企業と同様であると私は感じました。

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「やりたいか/やりたくないか」、つまり「どう生きたいか」という尺度が主人公・シムの中で育ち始め、多くの人が変えられないと思い込んでいる「どう働くか」を揺り動かしはじめる話を描く意図が最も強いということです。
(その点に最大限集中するにあたって、男性たちや大手ファッション・ブランドが「良いか/悪いか」という尺度は若干邪魔だと私は思うので、「良い/悪い」というフィルターは極力はずすことをオススメしました)

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そのようなシムの心中で沸き起こるダイナミズムに触れることは、旅先で全く知らない人との邂逅の中で、生きる勇気をもらう感覚にとてもよく似ています。

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旅から戻ってきた後しばらくして「あの人は今頃どうしているかな」と思い返すことがあるように、「バングラデシュの女性たちは今頃どう生きているかな」と鑑賞後に思いを馳せるようになるはずの『メイド・イン・バングラデシュ』は、4/16(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。詳細は公式サイトからご確認ください。

黄金のベンガル バングラデシュ

豊かな北部と世界最大のマングローブ、美しい月夜のシュンドルボンの森へ。

バングラデシュを撮る

写真撮影に徹底的にこだわった特別企画 通常ツアーで訪れないような厳選の撮影スポットへ。

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ダッカ

バングラデシュへの旅は、たくさんの人々との出会いも大きな魅力のひとつです。畑で働く人々、漁をする人々、雑踏のなか力一杯リキシャのペダルを踏む人や、エネルギッシュに逞しく生きるベンガルの人々はとても人懐っこく、たくさんの笑顔で迎えてくれます。

MEMORIA メモリア

084c93148674193c(C)Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

コロンビア

MEMORIA メモリア

 

Memoria

監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:ティルダ・ウィンストンほか
日本公開:2022年

2022.3.9

コロンビアのジャングル×タイの熱帯雨林のサウンドスケープ

イギリス人のジェシカは、姉が暮らすコロンビアの首都・ボゴタに滞在している。ホテルの一室で眠っていると、大きな爆発音で目を覚ます。それ以来、彼女は自分にしか聞こえない爆発音に悩まされるようになる。

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ジェシカは建設中のトンネルから発見された人骨を研究する考古学者アグネスと親しくなり、彼女に会うため発掘現場近くの町を訪れる。

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そこでジェシカは魚の鱗取り職人エルナンと出会い、川のほとりで思い出を語り合う・・・

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「頭内爆発音症候群」という実際にある症状に戸惑いながら異国の地・コロンビアの町で暮らしさまよう主人公ジェシカは、自分の頭の中を旅するようになります。

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観客は広い画角(ワイドショット)を中心にジェシカの旅を見守りますが、折に触れてジェシカの頭の中の音を共に体験します。画は遠いけれども、音は近い。このミスマッチにおそらく大半の観客は戸惑いを覚えながらも、だんだんと距離感が麻痺していき、遠い画全体に深く没入していくかのような世界観が展開されていきます。そして、「音の橋」がジェシカ以外にも架けられていることが示されたとき、鳥が電線を伝って歩くように、ジェシカ以外の頭の中に観客は自由に動くことができるようになっています。

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爆発音ではないですが、私も3-4年に一回、頭の中で導火線に火が灯るような電撃音がすることがあります。それは例えば、ずっと分からなかったことが分かるようになったとき、突如思わぬ発見をしたときなどです。逆に、糸が切れるような音がしたこともあります。それは、こだわり続けた物事を手放すときでした。

本作で描かれている爆発音というのは、都市生活や資本主義・市場経済のストレス、そして自然・死との接点の欠如が象徴されていると思います。

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私はアピチャッポン監督に、福岡・天神で開催された数日間のマスタークラスで指導を直接受けたことがありますが、音にとても敏感な監督でした。福岡市は空港が中心部に隣接していて、市内で頻繁に飛行音がするのですが、そのことにアピチャッポン監督はとても気を留めていました。

また、マスタークラスが開催されたのは2016年4月中旬のことでしたが、最終日前夜に熊本地震が起きて、福岡市もそれなりに揺れたことに加えて地震の被害情報が次々と入ってくるという出来事がありました。海外の人にとっては地震はかなり怖いのではと思っていましたが、そのことに関してはさほど動揺せず落ち着いて受け止めていました。監督が拠点にされているチェンマイは自然豊かで、毎朝音に身を浸しながら瞑想をしているという話などもマスタークラスで聞きましたが、地震という「災害」というよりも「自然現象」としてアピチャッポン監督は受け止められていたのかなと、本作を観ながら当時を思い返しました。

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特に私が好きだったのは、あるシーンで登場する「雨が降り始めるまで」のサウンドスケープ(ランドスケープの音版)が提示されたシーンです。雨という天気の中にも小宇宙があって、そこを伝っていけば国境や遠く離れた場所に易々と旅できるという想像が掻き立てられるような、シンプルで力強く、でも幻想的な描写でした。

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「音映画」とでも言うべき『MEMORIA メモリア』は、3/4(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷、シネマカリテほか全国順次公開中。詳細は公式ホームページをご確認ください。

黄金郷 コロンビア探訪

コロンビア南部、マグダレナ川上流の標高1000~2000mの山岳地帯に500㎢にわたって点在する遺跡群を訪れます。紀元前500年前まで遡る遺跡からは、ペルーのチャビン文明を彷彿とさせる独特の石彫が数多く発見されており、インカ文明に滅ぼされた文明の面影や当時の影響力を垣間見ることができます。

放浪の画家ピロスマニ

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ジョージア

放浪の画家ピロスマニ

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監督:ギオルギ・シェンゲラヤ
出演:アフタンジル・ワラジほか
日本公開:1978年

2022.1.19

帝政ロシア下のジョージアを生きた、孤高の画家ニコ・ピロスマニの盛衰

ジョージアを代表する画家ニコ・ピロスマニ(1862-1918)の半生を描いた伝記映画。

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幼くして両親を亡くしたピロスマニは、店の看板や壁に飾る動物画・人物画を描きながら放浪の日々を送るようになる。

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人々に一目置かれるようになっていくピロスマニだったが、酒場で見初めた踊り子マルガリータへの報われない愛が、ピロスマニを孤独な生活へと追い込んでいく。

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ロシア革命の前夜、一杯の酒を得るために画材をかかえて居酒屋を渡り歩く生活を送っていたピロスマニは、作品がある芸術家の眼にとまったことをきっかけに、美術界から注目されるようになるが・・・

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作品について書く前に、約45年前に本作を日本で紹介した岩波ホールについてすこし書きたいと思います。

『放浪の画家ピロスマニ』は、ジョージアがソ連の構成国だった1969年に制作され、日本では9年後の1978年に、まずは『ピロスマニ』のタイトルでロシア語吹き替え版が劇場公開されました。その後の2015年、『放浪の画家ピロスマニ』と改題した上で、吹き替えではないオリジナル版(ジョージア語)のデジタル・リマスターが公開となりました。その立役者は、西遊旅行本社のすぐ近く(靖国通りを挟んだ向かい)にある、1968年創設の岩波ホールでした。その岩波ホールが、今年7月29日で閉館となるニュースが1月中旬に発表されました。

大変残念ではありますが、「旅と映画」では、1月から2月にかけて岩波ホールで行われるジョージア映画祭の関連作品を紹介したいと思います。

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実在の画家・ピロスマニの絵は、美術史の中では「素朴派」とカテゴライズされています。絵の多くは動物たちや食卓を囲む人々の姿で、ピロスマニは放浪しながら出会う人々との関係性の中から紡ぐように絵を描いて、生活に関しては、飾り気のないその日暮らしを続けたといいます。

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映画の序盤から中盤では、そのように全く商売っ気のないピロスマニの姿が描かれていて、文字通り「絵と共に生きる」人生を全うしている人物であったことがわかります。

映画の中盤では、ロシアの美術界から注目されるようになるのですが、革命前夜におけるピリピリとした時勢の中においては、ピロスマニの純朴な絵は「幼稚」であると受容され、茶化しの対象にまで成り下がっていく様子が描かれています。

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こうしたピロスマニの悲劇には、当時のロシア帝政への風刺的な要素も含まれていますが、その風刺は現代日本に生きる私たちにとっては、「幸福とはなにか」を考える上で示唆深いと思います。

特に都市生活においてはこちらから求めなくても、華美でビビッドな視覚情報が入れ代わり立ち代わり現れるという状況に人々は晒されています。そうした環境下での暮らしというものにおいては、日々の生活を豊かさで満たしてくれる「素朴さ」という地味で気づきにくい小さな幸福は、置いてけぼりにされてしまいがちです。

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絵を描くことと一杯のワインを嗜むという一握りの幸せに没入するピロスマニの姿は、ジョージアの風土・歴史とともに、日常そのものを旅として捉えるような人生との向き合い方を、観客に教えてくれます。

『放浪の画家ピロスマニ』も上映されるジョージア映画祭2022は、2022年1月29日(土)~2月25日(金)、東京/岩波ホールにて開催。以降、全国巡回予定です。詳細は公式ホームページでご確認ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

Tbilisi

トビリシ

クラ川に面したジョージア(グルジア)の首都。ペルシャ系、トルコ系、モンゴル系と様々な民族の侵略を受けて来た歴史を持ちます。市内を一望できる丘の上にはジョージア正教のメテヒ教会が建ち、旧市街の中にも数多くの教会やシナゴーグが建っています。

金の糸

196cfea02009436f©️ 3003 film production, 2019

ジョージア

金の糸

OKROS DZAPI

監督:ラナ・ゴゴベリゼ
出演:ナナ・ジョルジャゼ、 グランダ・ガブニアほか
日本公開:2022年2月26日(岩波ホールほか全国)

2022.1.12

継ぎ継ぎと、継ぎ継ぎと―90代現役のジョージア人監督が思い描く「次の時代」

ジョージア・トビリシの旧市街の片隅にある古い家で娘夫婦と暮らす作家のエレネは79歳の誕生日を迎えるが、娘のナトだけでなく、エレネと同じ名前を持つ孫ですらそのことを忘れている。

メイン

ナトは、姑のミランダにアルツハイマーの症状が出始めたので、一緒に暮らせないかと母・エレネに打診する。エレネとは旧知の間柄のミランダは、ジョージアのソビエト時代に政府の高官だった女性だ。19世紀に祖先が建てた持ち家を誇りに思っているエレネだったが、渋々容認する。

サブ4

そこに、かつての恋人・アルチルから数10年ぶりに電話がかかってくる・・・

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距離的に遠く離れていて何の関連性も無いように見える文化・伝統同士が、思わぬ形でひかれあうことがあります。制作時点で91歳、2022年1月現在では93歳のラナ監督は、あるときたまたま知った日本の「金継ぎ」(陶磁器の破損部分を漆によって接着し 金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法)という技法にインスピレーションを得ました。そして、およそ100年にわたる人生分の過去を、そっくりそのまま次の時代めがけて差し出すかのような物語をつくりあげました。

サブ2

こうした文化交流の経緯もあってか、僕にとって本作は不思議にも、103歳まで生き2010年に亡くなった、日本を代表する舞踏家・大野一雄へのオマージュがなされているように終始感じました(エンドクレジットや資料を隈なくみましたが、そうとは書いていませんでした)。

ジョージアと本作の話にしっかり戻ってきますので、大野一雄のことについて少し書きたいと思います。大野一雄は1929年にスペインの舞踊家アントニア・メルセに強い影響を受け(大野一雄の人生でもやはりこのような文化交流がなされています)、舞踊の道を志しました。太平洋戦争で軍務を終えた後、「見せ物」として踊りではなく、「命がけで突っ立った死体」を理想とした舞踏を追求しました。日常的な細かな所作をも舞踊に昇華する創作精神で、晩年は車椅子に乗っても舞踏をつづけました。日本で舞踏は前衛芸術として捉えられることも多いですが、今ではbutohとして、日本を代表するダンススタイルとして海外でのほうがよく知られています(一度僕は舞踏ワークショップに参加したことがありますが、参加者の大半は外国人でした)。

本作のエレネ・アルチル・ミランダ、人生の大半を旧ソ時代のジョージアの地で過ごした「旧世代組」は、作中でしっかりと現在という時間を生きているのですが、どこかお化けのような、まさに「突っ立っている」かのような描き方がなされています。

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たとえば、誕生日を忘れられる、居住している家から離れられない(出歩いたとしても知り合いがいなく助けてもらえない)、掃除(掃除機がけ)という現実的所作を異様なまでに厭う、などといった場面です。胴体から「足場」が置いてけぼりにされている感じ、とでも言えばよいでしょうか・・・

「旧世代組」は、効率・利便性を重視した社会では「お荷物」なのでしょう(同様のテーマは昨年本コラムでご紹介した日本の名画『東京物語』などでも描かれてきました)。

サブ6

メインのロケ地となっているジョージアの首都・トビリシの伝統的地区界隈も、最近は老朽化が激しく、取り壊しが多くなってきていると資料に記載があるので、撮影場所もそうした監督の洞察を表象しているように思えました。

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そんな世の流れの中で、ジョージア人(ひいては世界中の観客)は、どこを「足場」として生きていくのかという切迫した問いかけが、春の花の香りがするような詩的なムードに包まれた上でなされている『金の糸』は2月26日(土)より岩波ホールほか全国順次上映。詳細は公式ホームページをご確認ください。

サブ1

最後に、今年日本とジョージアは国交30周年だそうで、僕がおすすめするジョージア情報を3つ添えさせてもらいます。

・駐日大使ティムラズ・レジャバのTwitter。「徒然なるままに本国ジョージアに関して発信していきます」というプロフィール文のとおり、日常が知れて親近感が湧きます

・ワイン発祥の地としてジョージアは有名ですが、「ピロスマニ」という画家にちなんだ陶器ボトルに入ったワインが、輸入食品店などやネットで2500円ぐらいで買えます

・日本にも数度来日している人気ピアニストのカティア・ブニアティシヴィリ、おすすめ曲はアルゼンチン・タンゴの伝説的バンドネオン奏者アストル・ピアソラの名曲“Liber Tango”のカバーです(お姉さんのグヴァンツァ・ブニアティシュビリとの連弾もみどころです)

 

コーカサス3ヶ国周遊

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Tbilisi

トビリシ

クラ川に面したジョージア(グルジア)の首都。ペルシャ系、トルコ系、モンゴル系と様々な民族の侵略を受けて来た歴史を持ちます。市内を一望できる丘の上にはジョージア正教のメテヒ教会が建ち、旧市街の中にも数多くの教会やシナゴーグが建っています。