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女性の休日

(C)2024 Other Noises and Krumma Films.

アイスランド

女性の休日

 

監督:パメラ・ホーガン
出演:ヴィグディス・フィンボガドッティル、グズルン・エルレンズドッティル、アウグスタ・ソルケルスドッティル 他
日本公開:2025年

2025.10.1

「きっかけ」は振り返ってわかるもの―アイスランドの歴史を変えた1日

1975年10月24日、北欧アイスランドが「ジェンダー平等先進国」となる大きなきっかけとなった「女性の休日」。この1日の出来事で国は機能不全となり、女性がいないと社会がまわらないことを証明した。

その後、アイスランドは1980年に世界初の民主的選挙による女性大統領が誕生し、16年連続でジェンダーギャップ指数1位(2025年現在、世界経済フォーラム発表。日本は118位)を維持している。

アイスランドが「ジェンダー平等先進国」となる大きなきっかけとなった、知られざる運命の1日を振り返るドキュメンタリー。

アイスランド映画というと、大自然や動物などが題材の作品が多いです。このようなアイスランド社会に関するドキュメンタリーというのは初めてめぐり逢いました。

監督はアメリカ人の女性で、アイスランド旅行中に偶然ガイドブックで「女性の休日」の情報を目にして、当時90%の女性が同時に行動したという事実にインスピレーションを受けたそうです。

本作を観て僕は「きっかけ」というものの大事さを感じました。

ある出来事が起こる時、その出来事自体から時が流れ始めるのではなく、きっかけから流れ始めているではと思います。「家に帰るまでが旅」とよく言われますが、スタート地点のことを言うならば、きっかけからすでに旅は始まっています。でも、きっかけの面白いところというのは、後々振り返ってみないと何がきっかけだったのかわからないことが多いということです。

たとえばインタビューの中で印象的だったエピソードは、「裁縫しない裁縫クラブ」というものが存在していたことです。裁縫は口実で、集まってあれこれと話し合うことがメインだったといいます。その多様な話題は大半が「男性と対等に扱われないこと」ということに紐づいていて、そこに時間の渦のようなものが起きた。それが1970年代、ネットもSNSも無い時代に、女性たちを一致団結して「休み」という形をとったストライキを起こすきっかけの一つになったのでしょう。

当事者たちが、まるで昨日の出来事かのように「歴史を変えた1日」のきっかけを生き生きとした言葉で振り返る『女性の休日』は、10月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。

落下の王国 4Kデジタルリマスター

(C)2006 Googly Films, LLC. All Rights Reserved.

インド・イタリア・ナミビア など

落下の王国 4Kデジタルリマスター

 

The Fall

監督:ターセム
出演:リー・ペイス、カティアンカ・アンタルーほか
日本公開:2025年

2025.9.17

「旅映画」を語る上で絶対にはずせない1本―24カ国以上を空想で旅する

1915年、映画の撮影中に橋から落ちて大怪我を負ったスタントマンのロイは、病室のベッドで絶望の淵にあり、自暴自棄になっていた。そんな彼は、木から落ちて腕を骨折し入院していた5歳の無垢な少女アレクサンドリアと出会う。ロイは動けない自分の代わりに、アレクサンドリアに薬剤室から自殺用の薬を持ってこさせようと考え、彼女の気を引くために即興の冒険物語を語り始める。

それは、愛する者や誇りを失い、深い闇に沈んだ6人の勇者たちが力を合わせて悪に立ち向かう壮大な物語だった。

この映画を観て、西遊旅行が取り扱っているインド等の旅行の行先に「行きたい!」と思った方は、多いのではないでしょうか。驚愕の自主映画『落下の王国』(元々は2006年公開、日本では2008年)が4Kデジタル・リマスターで劇場公開されます。

世界24カ国以上でロケがなされていますが、特にインドのロケ地が印象的です。

北インド旅行でおなじみのタージマハルやファティプールシクリなども登場しますが、片っ端から有名なところで撮っているわけではもちろんありません。全て「落下」というコンセプトで一貫性が保たれています。

スタントマンのロイは、「落下」することが日常茶飯事ですが、仕事でもプライベートでもどん底の状態で病院で半身不随の状態にあります。でも、想像では浮遊することができ、5歳のアレクサンドリアがそれを手伝います。

こちらはラジャスタン州ジャイプール郊外の村にある階段井戸チャンド・バオリのショット。終盤で登場するのですが、落下と浮上のせめぎわいが最も強い場面のひとつです。

本作では、この場面写真のような遠めのショット(ロングショット)が印象的です。もちろん景観や建築をダイナミックに映し取る意図もあるかと思います。しかし、おそらく制作陣が言わずして強くこめている思いがあると、約15年ぶりに鑑賞して僕は改めて思いました。

遠めや俯瞰のショットは、映画文法では「神の目線」とも言われます。「落下」するようなこと、つまり絶望とか挫折とか敗北とか失敗とか、そういうことがあっても「浮上」することはかならずできる。そんなメッセージを、矛盾しているようですが、悲しく美しいストーリーから強く感じられる作品です。

ナミビアのナミブ砂漠、トルコのアヤソフィア、アルゼンチンのブエノスアイレス植物園など、名実ともに世界を旅する映画『落下の王国 4Kデジタルリマスター』は、11月21日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下、グランドシネマサンシャイン池袋ほか、全国順次公開。その他詳細は公式HPをご確認ください。

天空のチベット ラダック

5,000m級の山々に囲まれた山岳地帯に位置するラダック地方。外界から隔絶されたこの地域は、チベット文化が今も深く根付いています。ツアーでは8日間で厳選した見どころを巡り、ラダックの文化と自然を堪能します。

天空の湖 パンゴン・ツォ

インドと中国にまたがり横たわる巨大な湖パンゴン・ツォ。レーからは、5,320mの峠チャン・ラを越えてゆきます。標高約4,250mに位置するこの高山湖は塩気を含み、藻が生えず、魚が生息しません。そのため、水は透き通り鮮烈な紺碧の輝きを放ちます。6,000m級のヒマラヤの山々に囲まれた湖の絶景をお楽しみください。

サン・セバスチャンへ、ようこそ

(C)2020 Mediaproduccion S.L.U., Gravier Productions, Inc. & Wildside S.r.L.

スペイン

サン・セバスチャンへ、ようこそ

 

Rifkin’s Festival

監督: ウッディ・アレン
日本公開:2020年

2025.8.27

巨匠ウッディ・アレンが描く、サン・セバスチャンの魅了

ニューヨークの大学の映画学を専門とする教授で、売れない作家のモート・リフキンは、有名なフランス人監督フィリップの広報を担当している妻のスーに同行して、サン・セバスチャン映画祭にやってくる。

リフキンはいつも楽しそうな妻とフィリップの浮気を疑っているが、そんな彼が街を歩くと、フェデリコ・フェリーニ監督の「8 1/2」の世界が突然目の前に現れる。

さらには、夢の中でオーソン・ウェルズ監督の「市民ケーン」、ジャン=リュック・ゴダール監督の「勝手にしやがれ」の世界に自身が登場するなど、クラシック映画の世界に没入する不思議な体験が次々と巻き起こる。そんな中、リフキンは地元で医師として働く1人の女性と出会い・・・

コメディや脚本の巧みさで世界的に有名なウッディ・アレン監督が、美食の町サン・セバスチャンで映画を撮るとこうなるのかという一作。

サン・セバスチャンは映画の町でもあります。世界三大映画祭はカンヌ・ベネチア・ベルリンですが、五大まで数えるとスイス・ロカルノ映画祭、そしてスペインのサン・セバスチャン映画祭が毎年9月に開催されます。

本作の映画祭期間中の物語で、ウッディ・アレン監督らしく皮肉も混じっているのですが、映画祭への皮肉もまじっていて「巨匠だから許される」表現がちらほらあります。

映画祭で世界各地に行くとなると「いいなぁ」と思われがちですが、実は商談やパーティー続きで観光はほとんどできないし、体力的にもかなりキツいです 笑

主人公のリフキンは映画祭から脱線して、地元に住む女性と観光しつつ親睦を深めていきます。

サン・セバスチャンの食の魅力がメインとして語られる物語ではありませんが、サン・セバスチャンが風光明媚で素晴らしい食文化があるということが「あたりまえの前提」として描く。そんな場所だからこそ、こんなロマンチックな出来事が起こるのだというのが巨匠ウッディ・アレンの映画文法です。

ウッディ・アレンが他のヨーロッパで撮った『ミッドナイト・イン・パリ』『ローマでアモーレ』などとあわせて、『サン・セバスチャンへ、ようこそ』をぜひ楽しんでみてください。

ガストロノミー・ウォーキング
【スペイン&フレンチバスク&アンドラ公国編】

スペイン、フランス、アンドラ公国・3ヶ国をハイキングで楽しみ、お腹を空かして美味しいものを食べる!秋の恵み「旬」を楽しむコースです。美味しいレストランにも行きますが、それ以外に、美食の街としても名高いバスク州のビルバオとサン・セバスティアンの旧市街でのバル巡りや、地元ガイドとベルゲダの森を散策し、きのこ狩りも楽しみます。また、スペイン産スパークリングワイン「CAVA」の老舗ワイナリーにも訪れます。食文化を楽しむガストロノミーというテーマに加えて、歩いて自然の恵みを享受する「ガストロノミー・ウォーキング」を考えてみました。スペイン再訪にもおすすめのコースです。

パトリックとクジラ 6000日の絆

(C)Terra Mater Studios GmbH 2023

オーストリア・ドミニカ

パトリックとクジラ 6000日の絆

 

Patrick and the Whale

監督:マーク・フレッチャー
出演:パトリック・ダイクストラほか
日本公開:2025年

2025.8.20

マッコウクジラのいる海中へ、「見たことのない光景」を求めて

アメリカ出身の水中カメラマン、パトリック・ダイクストラ。10 代の頃、博物館で巨大なシロナガスクジラの レプリカを見て衝撃を受け、いつかこの地球史上最大の動物に会おうと心に誓う。

大学卒業後は弁護士として 活躍していたが、野生動物への情熱を諦めきれずカメラマンに転身。シロナガスクジラに会うために様々な海に出かけ、クジラ全般に関心を持つようになる。

ある日、パトリックがドミニカの海中でクジラを探していると、1頭のメスのマッコウクジラが近づいてくる。「ドローレス」と名付けたそのクジラに1年 後に再会すると、ドローレスはまっしぐらにパトリックに近づき、興味津々な様子でスキンシップをとってくるのだった。

ほどなくしてイギリスでオスのマッコウクジラの集団座礁に遭遇したパトリックは、悲惨な出来事を減らすため、マッコウクジラの生態をもっと知りたいと願い、マッコウクジラにカメラを装着して彼らが一生の大半を過ごす深海での様子を撮影しようと試みる。その相手は、ドローレスしかいないと考え、ドローレスを再び探し始める・・・

皆さんは、「1万時間の法則」のことを聞いたことはあるでしょうか。ビジネスなどで時折引き合いに出される考え方ですが、ある分野で秀でた存在になるには、約1万時間(毎日8時間だと約3.4年)の練習や学習が必要だという法則です。

題名からお気づきの通り、本作の主人公のパトリック・ダイクストラ氏が海やクジラにかけている時間はそれをはるかに超えています。その強力な好奇心のなす業の恩恵を、映画鑑賞を通じて観客は受け取ることができます。

何がそこまで彼を引きつけるのでしょうか。単純にクジラのことを知りたい、生態系や環境を守りたいといった目的もあることが語られます。しかし、彼が何より強く追い求めているのは「見たことのない光景」というものです。

クジラ個体の姿・部分・アングル、クジラのいる海や海域が見せる表情。それらをおさめると共に、パトリック氏が「こんな光景は始めて見た」と見出す姿も、カメラ(映画撮影のほう)は静かに見つめます。

僕はこの画にとても惹かれるものがありました。「こんなクジラの姿、海中の光景があるのか」と単純に思いました。

そういう発見・気付きから得られるパワーというのは、積み重なっていくと日々を生きる力に変わると思います。そしてそれは誰のおかげなのかというと、日々クジラや海のことを見つめているパトリック氏のおかげで、彼に対する感謝と尊敬の念がとても鑑賞後にじわじわと湧いてきました。

『パトリックとクジラ 6000日の絆』は829()より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中。詳細は公式HPをご確認ください。

知床・羅臼のヒグマ観察と
根室海峡のマッコウクジラに出会う

8月下旬から9月はサケ、マスが産卵のため遡上(川上り)し、それを狙うヒグマが河口あたりで観察しやすくなる時期。1日は知床半島の羅臼側で漁師がコンブやウニ漁で使う瀬渡し船を利用、もう1日は西側のウトロから観光船を利用し、ヒグマ観察率が高いルシャ川付近での観察を狙います。この時期、オスのマッコウクジラは、採餌のために根室海峡へとやってきます。体長15~18mにもなるマッコウクジラが高く尾びれを上げる「フルークアップ」をすると、船上からは大きな歓声が上がります。

アイム・スティル・ヒア

©2024 VideoFilmes/RT Features/Globoplay/Conspiração/MACT Productions/ARTE France Cinéma

ブラジル

アイム・スティル・ヒア

 

Ainda estou aqui

監督: ウォルター・サレス
出演:フェルナンダ・トーレス、セルトン・メロ、フェルナンダ・モンテネグロほか
日本公開:2025年

2025.8.13

1970年代ブラジル、夫の「長き不在」を必死で埋める妻の抵抗

1971年ブラジルのリオデジャネイロ。軍事独裁政権に批判的だった元下院議員のルーベンス・パイバが、供述を求められて政府に連行され、そのまま行方不明となる。

残された妻のエウニセは、5人の子どもを抱えながら夫が戻ってくることを信じて待つが、やがて彼女自身も拘束され、政権を批判する人物の告発を強要される。

釈放された後、エウニセは軍事政権による横暴を暴くため、また夫の失踪の真相を求め、不屈の人生を送る。

旅行パンフレットの見出し写真1枚だけで、「行ってみたい!」と旅に導かれることがあるかと思います。同様に、内容はともかく予告編の雰囲気だけで、ポスターだけで、見出し写真1枚で惹かれる映画というのがあると思います。本作はまぎれもなくそのタイプの作品です。

「1970年代のブラジルの話」と聞いて即座に「お〜それは観たい!」となる日本人はなかなかいないのではないでしょうか(そうでもなかったらすみません)。というのも、ブラジル移民などのゆかりはあるとはいえ、ブラジルというのは日本からはとてもとても遠い国で、描かれている時代が1970年代となるととてもイメージしにくいだろうと思うからです。

しかし、本作の写真を観たときに僕はとても惹かれるものがありました。それはテクスチャといいますか、映画の「手触り感」です。

実際本編を観てみると、様々な時代考証がされていることが、ほのかな懐かしさに包まれて伝わります。現代のブラジルで撮ったとは思えないほど、人々が着ているもの、振る舞い、行き交う車、家具などまで徹底されています。おそらくポルトガル語の喋り方なども徹底されているでしょう。

なぜそこまで徹底されているのか? それは監督・脚本家・制作陣たちの個人的な思いや記憶によるものだと思います。この時代の、この家族を、この主人公を描くことが自分たちにとって大切だと信じたチームの素晴らしい仕事だと感じました。

「最も個人的なことが、最もクリエイティブなことである」という映画監督マーティン・スコセッシの言葉でがありますが、題名にI(アイ)と入っている通り、とても個人的な思いが、一つの「時代」を大胆に映し出している作品です。『アイム・スティル・ヒア』は8月8日より新宿武蔵野館ほか全国公開中。詳細は公式HPをご確認ください。

東西ブラジル リオデジャネイロからマナウスへ

世界遺産の古都オウロ・プレト、アフリカ黒人文化が色濃く残るサルバ ドール、砂糖貿易で栄えたオリンダ、ブラジルアマゾンの中心マナウスへ

わたしは異邦人

(C)Rosa Film, Ursula Film

トルコ

わたしは異邦人

 

Dafne

監督: エミネ・ユルドゥルム
出演:エズキ・チェリキ、バルシュ・ギョネネンほか
日本公開:2025年

2025.7.30

トルコ南部を幽霊に導かれ行く、急がない旅

イスタンブールで生まれ孤児として育った新米霊能力者ダフネは、長い間行方のわからない母親を探すため、古代遺跡の残る地中海の町シデへやって来る。

ダフネのもとに残された手がかりは、はるか昔にトルコの名もない遺跡で撮影された、母親のぼやけた写真だけだった。

マルクス主義の革命家、娼婦、原始の巫女といった不思議な人たちと出会い、彼らの協力を得て母親の行方を探すダフネはアンタルヤへ辿り着き・・・

トルコというと「文明の十字路」というキャッチフレーズや、イスラーム文化なイメージが連想されることが多いかもしれません。現在のトルコの国境線が敷かれてからは約100年。歴史的には「アナトリア」(ギリシャ語の「アナトリコン(Anatolikon)」が由来で「日の出」や「東方」を意味する)として知られ、北は黒海、西はエーゲ海、南は地中海にはさまれている地です。

本作の舞台になっているトルコ南部は、列柱がそこかしこに建ち並び、ギリシャやローマと見違えるような光景が広がっています。

僕も学生時代にトルコへ旅した時は、ギリシャから鉄道を乗り継いでイスタンブールに入り、ローマ帝国時代の円形劇場や温泉の残るパムッカレやカッパドキアを巡りましたが、ヨーロッパとトルコ「地続き」であることをその時体感したのをよく覚えています。

この映画が描く旅(そして鑑賞しているひととき)は、とても「贅沢」だと僕は感じました。それはダフネの旅に全く「急ぐ」という場面がないからだと思います。

じっくりと、かつてこの世を去った亡霊たちの思いを聴き、自分自身のルーツとこれからを見つめる。

そして、ダフネの表情や声の張りが明らかに(でも静かに)変わっていく。そうした一連の流れは、忙しない日常を送りがちな現代日本の観客を癒やしてくれることでしょう。

本作は幽霊が出てきますが決してホラーではありません。生死の境目をゆるりと越えて、ダフネは出会う人々と別け隔てなく対話していきます。人間界と霊界の境目があいまいな感覚が、トルコでは普通なのか珍しいのかはわかりませんが、日本人にはとても親しみやすい感覚であると思いました(だから昨年の東京国際映画祭で作品賞をとったのかもしれませんね)。

作中の不思議なテンポを後押しするサウンドトラックも、「文明の十字路」的にボーダレスな響きで素敵な『わたしは異邦人』。8月23日から渋谷ユーロスペースほか全国順次公開。詳細は公式HPをご確認ください。

南アナトリア考古紀行

トルコ南部のアランヤからボドルムまで、地中海岸を縦断し点在する史跡群を訪ねる考古学ファンに向けたアナトリア考古紀行シリーズ第二弾。。

ムガリッツ

©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

スペイン

ムガリッツ

 

MUGARITZ. NO BREAD NO DESSERT

監督: パコ・プラサ
日本公開:2025年

2025.7.23

美食の地、スペイン・バスクから世界を見渡す

ミシュランガイドに「レストランを超えた存在」と評され2つ星を獲得した、スペイン・バスク地方の名店「ムガリッツ」。

アーティスティックなオブジェだけを乗せたテーブル、カトラリーを使用せず手や舌を直接使って味わう料理など、従来のレストランコードを崩した独自の世界観で、これまでにない食空間を生み出してきた。

毎年11月から4月の6カ月間は休業し、スタッフ総出でメニュー開発に専念する。その年に誕生した料理が翌年以降に提供されることはなく、革新的なメニューはつねに更新され続ける。

次年のテーマは「目に見えないもの」。数十皿の料理は、どのように生み出されるのか? その過程をカメラは追う・・・

旅のさまざまな魅力の中で、はずせない要素といえば料理です。各地の伝統食材、名物料理を嗜む中で、その土地の歴史・風土を感じるのは、いつでも楽しいものです。

本作の舞台となっているムガリッツで提供される料理は、名物料理とは一線を画しています。

歴史・風土性というよりも「料理文化が栄えた地の料理人は、どのように世界を見渡しているか」ということが一皿一皿で表現されているのだと本作を観てわかりました。作品づくり、芸術の域で、映画制作者の僕にとっては「同業者」のように感じる瞬間もありました。

そして日本人の観客にとってひときわ面白いポイントは、会話を聞いていると、日本文化が彼らにとても影響を及ぼしていることがわかる点です。「うまみ」という日本語は、世界のシェフの間ではもう共通言語になっている姿が映し出されます。

そして「目に見えない」といえば、発酵。そのカルチャーの中で、今日本はひときわ注目されていますが、納豆に好き嫌いがあるのはスペインでも同じなんだなというクスッと笑ってしまうようなシーンもあります。

総じて料理人たちは、ラテン気質といいますか、子どもが公園で遊ぶような感じで戯れながら料理の開発を進めていきます。

ですが「アルゴリズムのリコメンドを飛び越えて、まだ出会ったことがないものた感情に料理を通じて出会ってもらう」というように、キュッと締めるところはちゃんと締める、野心的な姿も目撃できます。

鑑賞後はきっとどこかレストランに立ち寄りたくなる『ムガリッツ』は9月19日からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。詳細は公式HPをご確認ください。

ガストロノミー・ウォーキング
【スペイン&フレンチバスク&アンドラ公国編】

スペイン、フランス、アンドラ公国・3ヶ国をハイキングで楽しみ、お腹を空かして美味しいものを食べる!秋の恵み「旬」を楽しむコースです。美味しいレストランにも行きますが、それ以外に、美食の街としても名高いバスク州のビルバオとサン・セバスティアンの旧市街でのバル巡りや、地元ガイドとベルゲダの森を散策し、きのこ狩りも楽しみます。また、スペイン産スパークリングワイン「CAVA」の老舗ワイナリーにも訪れます。食文化を楽しむガストロノミーというテーマに加えて、歩いて自然の恵みを享受する「ガストロノミー・ウォーキング」を考えてみました。スペイン再訪にもおすすめのコースです。

パルテノペ ナポリの宝石

(C)2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathe Films – Piperfilm Srl

イタリア

パルテノペ ナポリの宝石

 

PARTHENOPE

監督: パオロ・ソレンティーノ
出演: シルビオ・オルランド、ルイーザ・ラニエリほか
日本公開:2025年

2025.7.9

ある美女の生涯が体現する、ナポリの街の美

1950年、南イタリア・ナポリで生まれた女児は、人魚の名でナポリの街を意味する“パルテノペ”と名付けられた。美しく聡明で誰からも愛される女性に育ったパルテノペは、兄のライモンドと深い絆で結ばれていた。

年齢と出会いを重ねるにつれ、さらに美しく変貌を遂げてゆくパルテノペ。だが彼女の輝きが増すほど、対照的に兄の孤独が暴かれていく。そしてある夏、兄は自ら死を選んだ……。彼女に幸せをもたらしていた<美>が、愛する人々に悲劇を招く刃へと変わる。それでも人生を歩み続けるパルテノペはどこへ向かっていくのか・・・

店舗であれば看板娘・名物店長といった人物がいるように、「その街っぽい人」というのは国内外問わずいるものです。日本にも「ミス◯◯」「ミスター〇〇」「親善大使」というように、街を代表する肩書や役職があります。

本作の主人公のパルテノペは、人魚伝説が根付くナポリの街自体を象徴するように描かれ、彼女の美やそれゆえの葛藤とあわせて、数十年の時代の変遷が描かれます。

作家目線としては、本人を描くのか、都市を描くのか、とてもバランスが難しいように思えました。つまり、パルテノペという人物を撮っているときも、いくらかナポリという都市(旧称パルテノペ)のことを撮っている気分でいなければいけないということです。

これは「観光」ということにも、とても似通っているように思えます。イタリア・ナポリに2025年訪れたとして、紀元前からはギリシア、そしてローマ・ビザンツ・ノルマンなど様々な歴史・文化的背景というのは、自分の頭で想像するしかありません。眼の前の景色という「現在」と、おびただしい出来事を経た「過去」。それが一刻一刻更新される中で、何かしらの「光」を「観る」のが観光というものです。

愛と自由を追い求めるパルテノペ。そして「太陽の街」ナポリそのもの。この2つを皆さんなりに交差させながら観ると、物語を追うだけではないとても独特な鑑賞体験ができると思います。

とにかく映像が美しいので、それだけでもあっという間に鑑賞時間が終わってしまうかと思いますし、間違いなくナポリに行きたくなる作品です。

『パルテノペ ナポリの宝石』は8月22日から新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほか全国順次公開。詳細は公式HPをご確認ください。

南イタリアを歩く

地中海沿岸部に爽やかな風が吹く、秋の季節限定企画。ティレニア海に浮かぶ美しきエオリエ諸島やシチリア島、カプリ島、アマルフィ海岸など、南イタリアの自然を歩いて楽しみます。また、洞窟住居で知られるマテーラや、アルベロベッロの美しき村々も巡ります。

青春―帰―

(C)2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinéma – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing

中国

青春―帰―

 

Youth Homecoming

監督:ワン・ビン
出演:織里の人々
日本公開:2025年

2025.6.4

中国・浙江省の若者たちの様子を、透明人間のように眺める

春節の休暇が近づき閑散とする中国・浙江省にある織里の縫製工場。わずかに残っていた労働者たちも、それぞれの故郷で春節を祝うため帰省する。

休暇中に結婚式を挙げる者もいるが、故郷には仕事がない。

青年・ミンイェンの故郷である雲南は寒く、家の中にいても手がかじかんでしまう。

やがて休暇が終わり、労働者たちは工場に戻ってくる。新たに雇われた若い世代の出稼ぎ労働者たちも加わり、工場には少年少女の幼い声が響く・・・

「ドキュメンタリー」ときいて、どんなイメージを皆さんは思い浮かべるでしょうか? 僕自身はフィクションから映画を始めて、どちらかというとドキュメンタリーに今は比重を置いていますが、「ドキュメンタリー」という言葉が使われるとき、しばしば「真実を明るみにする」「衝撃の事実が明らかになる」「インタビューをもとに構成されている」というイメージが伴うように感じます。こうした一般通念は、テレビ番組におけるドキュメンタリーの影響が強いと思います。目的意識を持って撮影されるということです。

本作を監督したワン・ビンのスタイルは、それとは一線を画しています。「壁に張り付いた虫の目線」とか「透明なカメラ」と表現されることが多く、観客は「なぜ自分は今この光景を観ている(観れている)のだろう?」と不思議に思うことも少なからずあるかと思います。

もちろんワン・ビン監督にも、この映画を撮る目的意識というのはあります。ですがそれは、全く前面に出ることはなく映画の奥底に潜んでおり、空中を浮遊しているかのような時間感覚に変わって表現されています。

おそらく、映画が撮られても撮られていなくても、スクリーンに映る光景はほぼ変わらない形で織里の町に生じたことでしょう。しかし、劇中に登場する人々が数十年後に振り返るとき、間違いなく「映画を撮った」という経験が共にあることでしょう。そこにこの映画の、タイムトラベルかタイムカプセルのような真髄があると思います。

本作は『青春』シリーズとして2作(劇場によっては3作)同時に、2025年4月26日(土)より全国順次上映中。詳細は公式HPをご確認ください。

ただ、愛を選ぶこと

(C)A5 Film AS 2024

ノルウェー

ただ、愛を選ぶこと

 

監督:シルエ・エベンスモ・ヤコブセン
出演:ペイン家の人々
日本公開:2025年

2025.4.30

ノルウェーの自然の中で生きる一家の暮らしが映画になった、奇跡的な経緯

お金で買うことのできない豊かさと自由を求め、美しい北欧の森で自給自足の暮らしを送るペイン家。子どもたちは学校へ通わずに両親から学び、自然の恵みを浴びながら成長してきた。

しかし、家族の中心だった母マリアが病死したことで、すべてが一変してしまう。父と血のつながりのない長女は家を出ていき、父は実子3人とこれまで通りの暮らしを続けようとするが、家計や教育などさまざまな問題に直面していく。

時折僕は映画や芸術作品を審査する側にまわることがあるのですが、回数を重ねてからより強く審査時に意識するようになったのは「なぜ制作者はこの作品をつくろうと思ったのか」という点です。いわゆる企画意図というものです。

企画意図は必ずしも明瞭であればいいというものではありません。ときには「なぜこんな不思議な映画がこの世に存在することになったんだろう、わからない」という気持ちが、作品の世界に引き込んでくれることもあります。この作品はそういうタイプの映画です。奇跡的なめぐり合わせが制作背景にあります。

もともとこの作品は監督が、マリアさんを含む家族の暮らしぶりを撮ろうとしたところから始まりました。自然の中の暮らしを綴ったマリアさんのブログ「wild+free」は人気で、監督も読者の1人だったそうです。しかしその時には企画は実現しませんでした。

次に一家と連絡をとった時、マリアさんは癌を発症。そしてマリさんの死後、夫のニックさんに連絡を取って映画作りを受け入れてもらったのだといいます。この「どうしても撮りたい」という熱意の結果、カメラに映った光景というのは、きわめて日常的な風景の連続です。

なにかスペクタクルなことがなくても、伏線回収のようなことをしなくても、日常の中にストーリー・旅があふれているということが感じられます。でも、それらのあまりにも日常的すぎて、ふつうに考えるとカメラを回すようなタイミングではないような光景が本作の多くを占めています。

撮影は3年間おこなわれていますが、その経過時間もあまり感じられません。でももちろん子どもたちはぐんぐん大きくなっています。そういった要員で、とても不思議な雰囲気が終始たちこめています。

父と4人の子どもたちの後を、思い出を拾い集めながらゆっくり追っていくような『ただ、愛を選ぶこと』は、4月25日(金)よりシネスイッチ銀座で上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。