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旅するローマ教皇

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バチカン・イタリア

旅するローマ教皇

 

In viaggio

監督:ジャンフランコ・ロージ
出演:ローマ教皇フランシスコ
日本公開:2023年

2023.10.4

世界を駆け巡る、ローマ教皇の旅を追体験

ローマ教皇フランシスコは、9年間で37回旅に出て、53か国を訪問した。

カメラは2013年のイタリア・ランペドゥーサ島から2022年のマルタ共和国まで、ローマ教皇の旅に密着する中で、さまざまな人に語りかけ、対話し、世に山積する問題と向き合う教皇の人間性を映し出していく。

もしも「自分たちの町にローマ教皇がやって来る」と聞いたら、どんな心地がするでしょうか。聞くだけでご利益があるような「ありがたいお言葉」を頂戴しに行くという印象を持たれる方も多いのではと思います。

実際、立ち会うことができませんでしたが、僕の母校・上智大学にローマ教皇が来たというニュースを見たときには、「ありがたい言葉を人々が聞いた」というように映像が仕上げられているように思えました。しかし、本作の切り取り方は、それとは少し違います。

本作ではローマ教皇の姿もさることながら、「まわり」に焦点があたっています。
ブラジル、キューバ、アメリカ、チリ、フィリピン、ケニア、イスラエル、パレスチナ、メキシコ、アルメニア、UAE、マダガスカル、日本、カナダ、イラク、マルタ・・・
教皇が訪問している場所はどういう場所で、どういう問題があるのかということが、簡潔でありつつも観客の心にグサッと刺さるような形で提示されていきます。

各地での人々の様子は、もちろん喜ぶ姿も多いですが、フッテージの多くは決して明るくはない内容です。特に、中央アフリカ共和国で、少年が慣れた様子で発砲する様子は衝撃的でした。

また、「訪問」ではないですが対話先として宇宙ステーションがあったのも、教皇だからこその「旅の形」を表していました。

僕は本作を観ながら、オバマ元大統領が2016年に広島を訪問した時のことを思い出しました。広島の歴史には、映画のテーマにしたほど思い入れがあるのですが、様々な歴史が文脈が渦巻く中で、オバマがどのように振る舞い、何を言うのか。テレビにかじりつくようにして様子を見守った記憶がよみがえりました。

ローマ教皇も、「世界を背負う」という重圧をしばしば感じながら旅しているのでしょう。にこやかに振る舞いつつも、時に重々しい表情をする姿が印象的です。

世界でたった1人だけに許された旅の形に触れられる『旅するローマ教皇』は、2023年10月6日(金)よりBunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館ほか全国順次上映。詳細は公式HPをご確認ください。

わたしはダフネ

190c7237c229bf3d(C)2019, Vivo film – tutti i diritti riservati

イタリア

わたしはダフネ

 

Dafne

監督:フェデリコ・ボンディ
出演: カロリーナ・ラスパンティ、アントニオ・ピオヴァネッリほか
日本公開:2021年

2021.6.2

母亡き後も人生は続く ― イタリア人父娘の、切なくも万事快調な巡礼の旅

いつも明るくまわりの人々に慕われているなダウン症のイタリア人女性・ダフネは、都市部にあるスーパーで働きながら両親と平穏に暮らしていた。しかし、母・マリアが亡くなったことで生活が一変。年老いた父ルイジは自分が死んだら娘がひとり残されてしまうという不安にかられ、ふさぎ込んでしまう。そんな父にダフネは、一緒にトスカーナ地方にある母の故郷を訪ねてみようと提案する。その旅は、母であり妻であった愛する人の死を乗り越え、父と娘が互いを理解しあうための、かけがえのない時間になっていく・・・

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コロナ以前に制作された映画に意図せずしてコロナ以降の意味合いが生まれた例をいくつか知っていますが、本作で描かれている「”なんてことなさ”の尊さ」はその最たる例だと思います。

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ダウン症という設定の主人公・ダフネを演じるカロリーナは、自身もダウン症で、監督は脚本を一切カロリーナに見せないまま撮影を進めたそうです。シナリオのあるフィクションでありつつも日常をありのままに記録したドキュメンタリーのようなタッチで、静かな湖面に吹くそよ風のようなストーリーが観客を包み込みます。

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ダフネはまるで子どものように「あれは何?」「これは何?」「なんで?」と身の回りの物事に興味を持ち、父・ルイジに尋ねます。煩わしさを感じながら接していたルイジが、だんだんとダフネのペースにまきこまれていく様子は、コロナ禍以降の観客にとっては「身の回りのありふれた物事の素晴らしさに、もっと目を向けてみたら?」という投げかけにも思えることでしょう。

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私が好きなシーンは、ダフネが旅の途中で出会う若き森林警備員との別れのシーンです。彼らは爽やかに「チャオ、アリベデルチ、ボン・ビアッジョ」(「じゃ、さよなら、良い旅を」というような感じかと思います)という3つの言葉でダフネたちを見守ります。この瞬間は、ダフネの陽気さに魅入られて、挨拶の言葉を思わず3つも重ねてしまったかのような表情と声のトーンが記録されています。

「自分がした旅でもこんなふうに見送られたことがあったなぁ」と、一瞬の仕草とセリフでしたが懐かしい気持ちにさせられるとともに、自分が見送られるときは決して見ることができない、見送る側の表情をじっくりと見させてくれました。

人とは違うところに気が付き思いもよらぬ心の引き出しを開けるダフネから、幸福のパワーをもらえる『わたしはダフネ』は、7/3(土)より岩波ホールほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご確認ください。

軽蔑

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イタリア(カプリ島)

軽蔑

 

Le Mepris

監督: ジャン・リュック・ゴダール
出演:ブリジット・バルドー、ミシェル・ピコリほか
日本公開:1964年

2020.4.29

青の洞窟で有名なカプリ島で―南イタリアの光が照らす恋愛悲劇

脚本家のポールは映画プロデューサーのプロコシュから、オーストリアの巨匠であるフリッツ・ラングが監督する大作映画『オデュッセイア』の脚本の手直しを依頼される。

ある日ローマにある国立撮影所・チネチッタを、ポールは妻で女優のカミーユとともに訪れていた。用事を済ませると、ポールとカミーユはプロコシュから自宅へ招かれる。カミーユとプロコシュは先にスポーツカーで向かい、ポールは後から到着する。すると、カミーユの態度はなぜか豹変しており、彼に対して軽蔑のまなざしを向ける。

後日、ポールとカミーユは映画のロケのため、2人の関係をめぐる悲劇の幕開けとも知らずに、カプリ島にあるプロコシュの別荘を訪れる。

本作は、いまだなお斬新な作品をつくり続けているフランスの巨匠 ジャン・リュック・ゴダールのキャリアの中でも最も有名な作品の一つです。ブリジット・バルドーなど、豪華出演陣や耽美的な世界観も見どころですが、「旅」という意味では断崖絶壁が連なるカプリ島・ナポリ湾の絶景と、その大自然の中に堂々と建つ現代建築 ヴィラ・マラパルテの存在感が必見です。

私は学生時代に、シチリアのパレルモからカターニャに行く途中で、わざわざ迂回してフェリーに乗ってナポリ行き、この建築を見に行くためだけにカプリ島を訪れたことがあります(一応青の洞窟にも行きましたが)。そして、「南イタリアを歩く」のコースの一つでもあるカプリ島・東海岸トレイルを歩きました。

ヴィラ・マラパルテは私有地のため、遠くからしか眺めることができませんでしたが、素晴らしい建築でした。機能としては別荘なのですが、階段があって屋上にのぼれて、舞台であるかのような構造になっています。まるで、まわりの岩山が意志を持って伸びてきて、人間のために舞台を作っているかのような建築です。

そこで往年のスターであるブリジット・バルドーとミシェル・ピコリの悲しい恋愛劇が展開されるわけですが、建築や衣装の色彩と南イタリアの光がそのドラマを盛り立てます。『軽蔑』というタイトルのイメージとは裏腹に、ついロケ地を巡礼したくなってしまうような一作です。

南イタリアを歩く

地中海沿岸部が最も過ごしやすい、初夏の季節限定企画。ティレニア海に浮かぶ美しきエオリエ諸島やシチリア島、カプリ島、アマルフィなど、南イタリアの自然を歩いて楽しみます。また、洞窟住居で知られるマテーラや、アルベロベッロの美しき村々も巡ります。。

LORO 欲望のイタリア

LORO_B2_N(C)2018 INDIGO FILM PATHÉ FILMS FRANCE 2 CINÉMA

イタリア

LORO 欲望のイタリア

 

Loro

監督: パオロ・ソレンティーノ
出演: トニ・セルビッロ、エレナ・ソフィア・リッチほか
日本公開:2019年

2019.11.20

ベルルスコーニという1人の男が示す、イタリアの重厚な歴史

2006年、イタリア・サルデーニャ。広大な敷地を持つゴージャスな高級ヴィラにイタリアの元首相シルヴィオ・ベルルスコーニは住んでいる。因縁の政敵であるロマーノ・プローディに敗北し失脚したベルルスコーニは、首相の座に返り咲くタイミングを虎視眈々と狙っている。

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青年実業家のセルジョは政界進出の足がかりをつかむため、ベルルスコーニに近づく。持ち前のセールストークで首相復帰に向けて足場を固めていくベルルスコーニだったが、政治家生命を揺るがす大スキャンダルが明るみに出て・・・・・・

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あらすじだけ読むと、本作は世間を騒がせつづけてきたベルルスコーニの人生のスキャンダラスな面を描いた作品のように見えます。しかし実際は、積もりに積もった瓦礫をガラガラとかきわけて「イタリアの集合的記憶」を歴史の奥底から引きずり出すような深みを持った作品です。イタリアの名匠パオロ・ソレンティーノは「2006年から2010年にかけて、ベルルスコーニにうごめいていた感情の正体を知りたい」という企画意図で本作の製作にあたったといいます。

2000年代に入ってから、国内外で転機といえる出来事が起きてきました。2001年、9.11同時多発テロ。2008年、リーマンショック。2011年、東日本大震災・福島第一原発事故などはその代表格でしょう。本作では2009年にイタリア中部で起きたラクイラ地震が、ベルルスコーニとイタリアにとっての転機として描かれています。

本作を見ながらイタリアの雄大な歴史を振り返り、私はローマ帝国の皇帝・ネロを連想しました。ネロは母親の策略によって16歳という若さで皇帝となり、54年から68年までローマを統治し、「ローマの大火」でキリスト教徒迫害を行ったとされています。そんな愚かな面が取り沙汰されることが多いネロですが、彼は芸術を愛し、絵画や読書を楽しめる浴場を建設するなどして大衆を喜ばせていたという一面もあり、その扇動的手法は後世の政治家に学ばれたといいます。

ベルルスコーニと時代を共にする私たちの時代は、後にどのように「集合的記憶」として振り返られるのか。そんな壮大な疑問を観客に突きつける本作の鑑賞体験は、まさに価値観が変わる出来事を巻き起こす旅のようです。

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ベルルスコーニのスキャンダラスな人生が豪華絢爛な美術・衣装で再現されているだけでなく、イタリアの歴史の重層性を感じさせてくれる『LORO 欲望のイタリア』は、11/15(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中。その他詳細は公式ホームページをご確認ください。

ローマでアモーレ

poster(C)GRAVIER PRODUCTIONS,INC. photo by Philippe Antonello

イタリア(ローマ)

ローマでアモーレ

 

To Rome with Love

監督:ウディ・アレン
出演:ロベルト・ベニーニ、ペネロペ・クルス、ジェシー・アイゼンバーグほか
日本公開:2013年

2019.6.12

名匠ウディ・アレンが描く、永遠の都・ローマの魅力

娘がイタリア人と婚約した音楽プロデューサーのジェリー(ウディ・アレン監督本人)は、妻とローマを訪れる。
田舎者のアントニオは叔父から仕事を紹介され、婚約者のミリーとローマに移り住むことになる。
小市民レオポルドは妻・子供2人で平凡に暮らしている。ある日突然、なぜかレオポルドは「有名人」としてパパラッチに追いかけられ、朝ごはんの内容から妻の服まで、何から何までメディアに聞き回られるようになる。
アメリカ人有名建築家のジョンは、30年前に暮らしていたローマのアパートに現在暮らす建築家の卵・ジャックと偶然出会う。恋人がいるジョンには、最近気になる人がいて、ジョンはジャックにちょっかいを出しはじめる。

ローマにいる様々な人々のやりとりから、古都の姿が浮かび上がっていく・・・

『マンハッタン』『アニー・ホール』などの作品で有名な名匠ウディ・アレンは、2000年代に入ってからバルセロナ・パリ・ロンドン・ローマなどヨーロッパの人気観光都市で作品を撮りました。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世広場で交通整理をしているおじさんの案内から始まり、人気スターが競演する群像劇で物語が展開していくだけでなく、カンピドリオ広場、トレヴィの泉、ローマ・テルミニ駅、スペイン広場、ポポロ広場、コロッセウム、水道橋など、ローマの悠久の歴史が現在も脈々と受け継がれていることが映像的に表現されています。

「ローマでは、起こること全てがドラマになる」というような言葉もありますが、本作を見た後には間違いなくローマに「自分の物語」を探しに行きたくなるでしょう。歴史を押し付けがましく説明するのではなく、登場人物たちが心の中で次々とバトンタッチしていきながら、ローマという都市の過去・未来の俯瞰図を作っているかのようなストーリーテリングは、巨匠だからこそなせる業です。しかも監督は最もコミカルな(皮肉屋な)役柄を自分で演じていて、ローマという都市に対する並々ならぬ愛情が伺えます。

本作が気に入った方はぜひ『それでも恋するバルセロナ』、『ミッドナイト・イン・パリ』、『恋のロンドン狂騒曲』もご覧になってみてください。

ノスタルジア

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イタリア

ノスタルジア

 

Nostalghia

監督:アンドレイ・タルコフスキー
出演:オレーグ・ヤンコフスキーほか
日本公開:1984年

2019.1.16

ロシアの巨匠が遺した「巡礼者の魂」

ロシアの詩人アンドレイは、通訳のエウジェニアを連れてモスクワからイタリア・トスカーナ地方の田園にやって来る。アンドレイはある人物の足跡を追っていた。18世紀にイタリアを放浪し、ロシアに帰れば奴隷になると知りながら帰国し自殺した、音楽家のパヴェル・サスノフスキーだ。ある日シエナの湯治場で、アンドレイは「世界の終末が迫っている」という理由で家族を7年間閉じこめて周囲から狂人扱いされているドメニコという男に出会う。ドメニコはアンドレイに「ロウソクの火を消さずに広場を渡る」という、自分が成し得なかった願いを託す。ドメニコは、それが「世界の救済」に結びつくとアンドレイに話す・・・。

本作には「巡礼」という言葉がよく合います。主人公のアンドレイも詩人ゆかり場所を巡礼していますし、聖なる場所(現在進行系の場所と、かつてそうであった廃墟)が多く登場しますし、見終わった後に映画のロケ地を訪問したくなるということも含めて、「巡礼」です。

旅に行きたいと思い立った時、もう一歩踏み込んで「なぜそこに行きたいのか」と考えると、思いがけない記憶・経験・考えにたどり着くことがあります。仮に「パンフレットのきれいな写真を見たから」という場合でも、なぜきれいと思ったのか。そこには理由があっておかしくないはずです。

私は最近、舟屋群で有名な京都の伊根に仕事で訪れた時に、かつて行われていた鯨の追い込み漁の歴史を聞きました。太鼓・鐘の音や、舟底を叩いて鯨を追い込む音が、昔鯨が伊根湾に入ると村中に響き渡っていたと聞いたその瞬間に、「今はもう見られないその光景を見てみたい」と思いました。そして、なぜそう思ったのか考えてみると、自分の生い立ちにまで、思い出を掘り返すことになりました。

本作のハイライトとなる場所は、どの場所も「巡礼地」としてふさわしい歴史と風土の上に成り立っています。主人公の心象風景として描かれる、廃墟となったサン・ガルガノ大聖院。古代ローマ時代から続く神秘的な湯治場、バーニョ・ヴィニョーニ。これらはフィレンツェ、シエナ、ピサなど観光地も多いトスカーナにあります。そして、ローマ七丘で最も高い場所に位置し、ミケランジェロが設計・着工したカンピドリオ広場。

黒澤明と親交もあったロシア(ソ連)の巨匠アンドレイ・タルコフスキーは、本作が完成した翌年に亡命を宣言し、母国には帰らないまま亡くなりました。そうしたタルコフスキーの人生という「旅」とも重なる、本作の美しい映像は必見です。