青春―帰―

(C)2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinéma – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing

中国

青春―帰―

 

Youth Homecoming

監督:ワン・ビン
出演:織里の人々
日本公開:2025年

2025.6.4

中国・浙江省の若者たちの様子を、透明人間のように眺める

春節の休暇が近づき閑散とする中国・浙江省にある織里の縫製工場。わずかに残っていた労働者たちも、それぞれの故郷で春節を祝うため帰省する。

休暇中に結婚式を挙げる者もいるが、故郷には仕事がない。

青年・ミンイェンの故郷である雲南は寒く、家の中にいても手がかじかんでしまう。

やがて休暇が終わり、労働者たちは工場に戻ってくる。新たに雇われた若い世代の出稼ぎ労働者たちも加わり、工場には少年少女の幼い声が響く・・・

「ドキュメンタリー」ときいて、どんなイメージを皆さんは思い浮かべるでしょうか? 僕自身はフィクションから映画を始めて、どちらかというとドキュメンタリーに今は比重を置いていますが、「ドキュメンタリー」という言葉が使われるとき、しばしば「真実を明るみにする」「衝撃の事実が明らかになる」「インタビューをもとに構成されている」というイメージが伴うように感じます。こうした一般通念は、テレビ番組におけるドキュメンタリーの影響が強いと思います。目的意識を持って撮影されるということです。

本作を監督したワン・ビンのスタイルは、それとは一線を画しています。「壁に張り付いた虫の目線」とか「透明なカメラ」と表現されることが多く、観客は「なぜ自分は今この光景を観ている(観れている)のだろう?」と不思議に思うことも少なからずあるかと思います。

もちろんワン・ビン監督にも、この映画を撮る目的意識というのはあります。ですがそれは、全く前面に出ることはなく映画の奥底に潜んでおり、空中を浮遊しているかのような時間感覚に変わって表現されています。

おそらく、映画が撮られても撮られていなくても、スクリーンに映る光景はほぼ変わらない形で織里の町に生じたことでしょう。しかし、劇中に登場する人々が数十年後に振り返るとき、間違いなく「映画を撮った」という経験が共にあることでしょう。そこにこの映画の、タイムトラベルかタイムカプセルのような真髄があると思います。

本作は『青春』シリーズとして2作(劇場によっては3作)同時に、2025年4月26日(土)より全国順次上映中。詳細は公式HPをご確認ください。