風が吹くまま

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イラン

風が吹くまま

 

Le vent nous emportera

監督: アッバス・キアロスタミ
出演: ベーザード・ドーラニー ほか
日本公開:1999年

2019.8.7

イラン式 ケセラセラ精神―「なるようになる」と思えない都会人

テヘランから、クルド系の小さな村を訪れたテレビ・クルーたち。彼らは村独自の珍しい風習のもと執り行われる葬儀の様子を取材しに来たのだが、村を案内する少年ファザードには自分たちの目的を秘密にするよう話して聞かせる。男たちは危篤状態のファザードの祖母の様子をうかがいながら、「そろそろ死ぬか」と撮影の準備をこっそりと進める。

数日間の撮影スケジュールだったものの、数週間経っても老婆の死は訪れず、ディレクターのべーザードやスタッフたちは苛立ちを募らせる。テヘランかにいるプロデューサーから毎日のように電話がかかってくるが、村は電波が悪くて通話するためにはわざわざ車で5分かかる丘の上に出なければいけない。都会と田舎、生と死。美しい麦畑は、そんな人間が繰り広げるドタバタ劇を気に留めることもなく風にそよいでいる。

本作は以前ご紹介した『そして人生は続く』『ホームワーク』と同じく近年デジタルリマスターされた、イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督作品のうちの1本です(撮影場所が『そして人生は続く』と同じです)。

仕事の都合で「早く死なないかなぁ」とお婆さんの死を待つというストーリーは、死という重いテーマを扱いながらもどこかおもしろおかしく、意図的に不謹慎な演出をしているのでドリフのコントを見ているようにくすっと笑ってしまうようなシーンが多くあります。

大好きな作品で機会がある度に観ていましたが、デジタル・リマスターされたということで久しぶりに鑑賞し、西遊旅行でお祭り見学ツアーの添乗や営業・企画をしたときのことを思い出しました。

私が担当していたインドやブータンのお祭りは、直前まで日にちが決まらなかったり、占い(神学者の判断?)や暦によって急に日にちが数日ずれたりすることがあります。それはそういうものなので仕方がないのですが、ツアーに添乗したり企画する側としては「仕方ない」で済ますわけにはいきません。そんなときは必死で元の旅程と合わせるように現地で奔走したり、手配での調整を試みました。

本作でお婆ちゃんの死を今か今かと待っている撮影スタッフたちが抱える「なす術なさ」というのは、現代社会ではとても稀なものです。経済・効率が重視される都会では、あらゆることをなんとかしようとして、不便・不自由が排除されていきます。

この映画では、「どうにもならなさ」と対峙する時間の豊かさに着目しています。それゆえに本作の鑑賞体験は、自分の力ではどうにもならないことがしばしば起きる旅という時間に似ていて、都会生活から田舎に旅に出たような感覚を味わえます。イランの地方に広がる美しい景観とともに、ぜひ豊かな時間の流れに身を任せてみてください。