秘境ツアーのパイオニア 西遊旅行 / SINCE 1973

ジョージア・上スヴァネティ地方でのフラワーハイキング

  • ジョージア

2012.07.01 update

多くのキャラバン隊が行き交い「もうひとつのシルクロード」とも呼ばれるコーカサス地方。中でもジョージアは、黒海からカスピ海まで東西に走る大コーカサス(カフカス)山脈を挟んでロシア連邦、東にアゼルバイジャン、南にアルメニアとトルコと国境を接し、西は黒海に面しています。アジアとヨーロッパを結んだという土地柄、常にロシアやトルコ、中央アジア、ペルシャといった近隣国からの侵略と戦ってきた歴史を持ち、それゆえに入り込んだ、東西南北の諸文化を感じることができます。ソビエト連邦崩壊後1991年に独立、現在ジョージアは新しい一歩を歩きはじめています。
今回はジョージアの北西部に位置する歴史的地域「上スヴァネティ地方」をご紹介します。この地方の美しい伝統的建造物群と、文化的景観の中に咲き乱れる野花を見ながらのハイキングは短い夏の間にのみお楽しみいただける特別な旅です。

ジョージア最高峰シハラ山を眺めながら歩く
ジョージア最高峰シハラ山を眺めながら歩く
ウシュバ山麓をハイキング
ウシュバ山麓をハイキング

ヨーロッパ最後の秘境
上スヴァネティ地方

上スヴァネティ地方とは、現ジョージア共和国領の北西部の一角を占めている歴史的地域で、そこに遺る伝統的家屋、宗教建築、宗教的遺物などが世界遺産に登録されています。
トビリシから約460キロ、車で約10時間のところに、スヴァネティ地方の地方庁がおかれているメスティアがあります。トウモロコシ畑やソビエト時代の古い工場のある町を過ぎると、道の両側には深い山々が連なり、北側のロシアとの国境付近には夏場でも雪をいただく高峰を見ることができます。その形から馬の鞍とも呼ばれるウシュバ山(4,700m)や、ピラミッド型の尖峰が特徴的なテトゥヌルディ山(4,858m)などが徐々に顔を出します。

  • テトゥヌルディ山
    テトゥヌルディ山
  • スヴァネティ地方の花々
    スヴァネティ地方の花々
  • スヴァネティ地方の花々
    スヴァネティ地方の花々
  • スヴァネティ地方の花々
    スヴァネティ地方の花々

ヨーロッパで一番標高の高い常住村
ウシュグリ村へ

メスティアからさらにコーカサス山脈の奥深く、上スヴァネティ地方ウシュグリ村(2,200m)までは約45km、車で2時間ほどの道程です。一年の半分は雪が降っているため、ウシュグリへの道路は閉鎖されており、夏のわずかな間だけ通ることができます。この村は人が定住する村としてはヨーロッパの中で1番標高が高いことで知られています。村から見えるジョージア最高峰シハラ山(5,608m)はロシア連邦との国境となっており、そのシハラ氷河から流れ出たエングリ川はウシュグリ村の中を縫うようにして流れ、堅牢な石の塔が建ち並ぶ村を潤していきます。地理的に孤立した環境にある上スヴァネティ地方では何千年もの間そこに住むスヴァン人が独自の文化を作ってきました。この地域の女性が着る黒い伝統衣装は、彼らの果てしない強い誇りを示しているようです。9世紀から12世紀頃にかけてスヴァン人が防衛のために建てた石造りの塔は今でもあちこちに残っており、独特の景観を作っています。
村を囲むように迫る山々には、羊や豚が放牧される緑豊かな牧草地が広がっています。ウシュグリ村の美しい景観をつくっている石の塔と牧草地帯、そして前方に聳える高峰を見ながらのハイキングはまさにヨーロッパ最後の秘境にふさわしい雰囲気を味わえる場所となっています。

コーカサス山脈の奥深く
スヴァネティ地方のハイキング

スヴァネティ地方ではいくつかのハイキングルートがあり、そのどれもで変化に富んだ地形の中に手つかずの自然を見ることができます。ツアーでは、ウシュグリ村後方の丘の上にある「タマラ王女の塔」とよばれる場所までのルートを進みます。泊まるゲストハウスから徒歩でスタートし、背の低い草の上を行くと、塔の連なる村の景色と天気が良ければ北側に最高峰シハラ山を望めることができます。道中の丘の斜面にはたくさんのお花が咲いていました。
翌日に予定しているシハラ氷河までのハイキングは、花々が左右に咲き乱れる草地を歩いて進みます。氷河が見え出し、小川を渡ると、そこからは湿地帯や背丈ほどもある草地の間を縫っていきます。さらに、ユリが群生している木立の間を抜けると岩場があり、ここまでくると氷河もすぐそばです。また、ここでは観賞用として日本の花屋さんに並んでいるようなヨーロッパ野草の原種の多くをみることができます。絵に描いたような美しい村々と、雪をいただいた高峰群を眺めながらのハイキングはジョージアの旅の中でも最も魅力的で、思い出深いものとなるでしょう。

ジョージアの田舎を味わう

ジョージアを訪れるコースでは民家風ゲストハウスに宿泊することで、ジョージアの田舎らしい素朴な雰囲気を味わうことができます。分宿や部屋の設備などに不便な面も多いのですが、豪勢でバラエティ豊かなジョージア料理が自慢です。チーズをパンに練りこんだハチャプリや野菜の肉詰めなどの料理のほかに自家製のワインや地元のウォッカなども飲むことができ、ジョージアの家庭料理を堪能していただけます。普段は体験できないヨーロッパの田舎の雰囲気をお楽しみいただけるのも、民家に宿泊するこのツアーならではの魅力のひとつです。
弊社ではジョージアを訪れるツアーを、コーカサス地方の観光のツアーとハイキング中心の山旅のツアーと2本ご用意しております。ぜひ、この夏はコーカサス山脈の麓へ。世界遺産の村々や美しい花々が咲き乱れる景色をその目でご覧になってください。

シハラ山と放牧中のブタ
シハラ山と放牧中のブタ
ウシュグリ村でのハイキング
ウシュグリ村でのハイキング
スヴァネティ地方の花々
スヴァネティ地方の花々
スヴァネティ地方の花々
スヴァネティ地方の花々
バラエティ豊かなジョージアの家庭料理
バラエティ豊かなジョージアの家庭料理

関連ツアーのご紹介

花のジョージアハイキング
ヨーロッパ最後の秘境スヴァネティ地方を訪ねて

大コーカサス山脈の麓をフラワーハイキング 静かな世界遺産 上スヴァネティ地方を歩く。花咲くシーズン限定企画。静かな世界遺産・上スヴァネティ地方とウシュグリ村を訪れる。

民族の十字路 大コーカサス紀行

悠久の歴史と広大な自然、コーカサスを陸路で巡る充実の旅。コーカサス山中で独自の文化を守る上スヴァネティ地方も訪問。花の季節に合わせた美しきコーカサスの旅。

ラダック チャンタン高原
コルゾック祭りとツォ・モリリ

  • インド

2012.07.01 update

チベット北西部からラダック南東に広がる広大なチャンタン高原。1962年のインド・中国紛争の後、チャンタン高原の西の一部がインドに属することになりました。平均標高が4,500mの高原には湖が点在し、古くからチャンパと呼ばれるチベット遊牧民が暮らしてきました。現在は中国側から逃れてきた人々も含めておよそ9000人ほどが遊牧の生活を営んでいます。

天空の湖ツォ・モリリ
天空の湖ツォ・モリリ

チャンタン高原の人々の生活の糧は大切な家畜と、その家畜が食む草。家畜はヤク、羊、そしてパシュミナヤギです。冬はマイナス30℃以下になる厳しい環境では草が生える期間も短く、このわずかな草を食い尽くさないよう、チャンパの人々は年に8~10回キャラバンを組んで移動します。

そんなチャンタン高原の西の端、標高4,500mの土地に美しい半塩湖「ツォ・モリリ」が広がります。 湖畔の小さな村「コルゾック村」の中心にはチベット仏教のコルゾック僧院が建ち、周辺の人々の信仰の拠り所となっています。

夏の時期、このコルゾック僧院で2日間にわたって行われる「グストール祭」は村の人々だけでなく、高原を遊牧するチャンパの人達にとっても年一度の楽しみで、この時期には多くの遊牧民がツォ・モリリ近くに集まり、付近にテントを張り、お祭りに参加します。昨年、そんなお祭りの様子をお楽しみいただくツアーに添乗員として同行させていただきました。ここではその模様をお伝えいたします。

レー滞在

ツアーは、ラダック地方唯一の都市と呼べる「レー(標高3,505m)」の街から始まります。 16世紀後半からラダック王国の王都として栄えた人口5万人超のこの街は、インドの首都デリーから国内線が飛んでおり、現在ではラダック地方の玄関口となっています。 まずは、このレーの街に2日ほど滞在し、4,500mの高地に向かうため体の高度順応を済ませます。

初日にはレーの旧市街を散策したり、上ラダックの「ティクセ僧院」を訪れ、2日目には更に奥の「シャクティ谷」まで足を延ばして「タク・トク僧院」や「チュムレ僧院」などの隠れたチベット仏教の古刹を訪問します。

  • ティクセ僧院
    ティクセ僧院
  • チュムレ僧院
    チュムレ僧院

チャンタン高原へ

レーに到着して3日目、いよいよチャンタン高原のツォ・モリリに向けて移動します。 まずはレーからひたすらにインダス川沿いを上流に向かって山間道路を進みますが、この辺りの高度はまだまだ3,000m後半台。カルーの町を超えると、道中に町らしい町はなく、所々に小さな集落や商店、軍の施設を見かけるだけです。
お昼過ぎに温泉が沸くチュマタン村でお昼ご飯を取りつつその先マヘのチェックポストを目指します。 マヘでは橋の手前にチェックポストがあり、そこから先は外国人の入域が禁じられております。数十キロ先はもう中国との国境です。
マヘのチェックポストで進路を西に変え、川沿いから山の中へと入って行きます。 山の中を徐々に高度を上げて行くこと1時間弱、ヌムチャン・ラ(峠)/標高4,840mに到着。 無数のタルチョ(チベット仏教の旗)が巻きつけられた小さな仏塔(チョルテン)があるだけで、他に表示も看板もない峠です。

  • レー近郊の風景
    レー近郊の風景
  • マヘ橋
    マヘ橋
  • ヌムチャン・ラ(峠)
    ヌムチャン・ラ(峠)

峠を通り越し、タドサン・カルーと呼ばれる小さな湖を脇目に更に1時間半程進むと、ようやくツォ・モリリ湖畔に出てきました。更に湖畔を少し回り込むように走ると、そこがコルゾック村です。チェックポストで登録を済ませ、コルゾック村へと入って行きます。

村といっても僧院と50戸ほどの小さな住宅の周りを観光宿泊用キャンプが取り囲む小さな集落です。 我々の宿泊もキャンプでの常設テントでした。

  • コルゾック村キャンプ場
    コルゾック村キャンプ場
  • キャンプ場の前に広がるツォモリリ
    キャンプ場の前に広がるツォモリリ

チャンパ(遊牧民)の生活

ツォ・モリリ湖畔での初日は、周辺の遊牧民=チャンパの人達の暮らしぶりを見学に行きました。
コルゾック村から15分ほど山に入って行くと山間に開けた盆地に出ます。 山すそのあちらこちらに合計20近くのテントが張られており、15~20程のチャンパの家族が生活していました。

チャンパの人達の朝は早く、山の上に日が昇り切るころには放牧のために家畜と山に上るので、その前に朝の仕事を済ませます。乳搾り、毛刈り、家畜の健康チェック…これらの仕事は小さな子供も含めて家族総出です。

  • 家族総出で家畜の健康チェック
    家族総出で家畜の健康チェック
  • 小さな子供も手伝います
    小さな子供も手伝います

彼らは家族ごとにそれぞれの「レー」を持っています。 「レー」とは夜間にヤギや羊を集めておく石で造った囲いの事で、この中で朝の仕事を進めます。 仕事が終わると家畜を「レー」から出して群れをまとめながら山の草原地帯に追って上がるのです。

乳搾り風景は圧巻で、50頭近くの山羊の首を互い違いにロープでつなぎ、横一列に動かないように並べた上で、次から次へと手際良く乳を搾っていきます。
パシミナ山羊の毛刈りも、想像以上に豪快な作業です。 外側の硬い毛は売り物としては使えませんので、外の硬い毛を切り去ってから、毛刈りをします。実際には毛を刈るのではなく、丈夫な櫛で毛をすき取って行きます。実際にパシミナ・ウールとして製品になるには、その刈り取った羊毛の中から最も柔らかい内側の毛だけを更に選別して使用します。

ご家族のテントの中にもお邪魔させていただきました。 山羊のミルクで作ったバター茶やヨーグルトは、味や酸味が少し強くて日本人の方には好き嫌いがあるかもしれませんが、本物の味です。人懐っこい子供たちの笑顔も素敵です。

  • ロープを使って横一列に並べられたヤギ
    ロープを使って横一列に並べられたヤギ
  • 乳搾り
    乳搾り
  • テントの中にもお邪魔しました
    テントの中にもお邪魔しました
  • 家畜を「レー」から出して草原地帯へ移動します
    家畜を「レー」から出して草原地帯へ移動します

 

コルゾック僧院 グストール祭

翌日はいよいよ旅行のハイライト、コルゾック僧院の「グストール祭」です。
コルゾック僧院で2日間にわたって行われるグストール祭。「グ」とは9や19、29の「9」の付く日を表し、「ストール」とは「トルマ=麦粉やツァンパ、バターなどで作った立体的なお供え物」を表します。直訳的な意味では「9の付く日にトルマを壊すお祭り」となり、コルゾックでは毎年チベット暦の7月29日にあたる日に合わせてこのお祭りが開かれます。
このグストール祭で行われる儀式や踊りには、「善(釈迦の教え)」が「悪(悪魔や悪い心)」に打ち勝つという意味が込められていると共に、釈迦の教えを分かりやすく民衆に伝えるという目的も併せ持ちます。 仮面舞踊で僧侶が被る仮面は神や女神、護法神などを表わしていて、人々にとってはこれらの踊りを見るだけで徳を積む事ができるのです。
朝からコルゾック僧院に行き、それぞれ思い思いの場所に陣取って終日かけてお祭りを楽しみます。

  • コルゾック僧院
    コルゾック僧院
  • 着飾って祭りにやってきた遊牧民の人々
    着飾って祭りにやってきた遊牧民の人々

■始まりの儀式
家畜たちに色とりどりのペイント(お祈り)を施し、一斉に野に解き放つ儀式。解き放たれた動物達はその後決して殺して食べられることなく、寿命を全う出来ます。家畜たちを自由にする(新しい命を与える)事によって、人間自身の徳を高めるという教えを民衆に広めるための儀式です。

■大タンカご開帳
釈迦(仏陀)を描いた大タンカが僧院の壁に吊るされます。 チベット仏教の寺院では、この大タンカは各僧院の宝とされ、年に1度この日だけご開帳されます。この大タンカを一目見るだけで、人々は徳を積む事が出来、極楽浄土へ行くことができると信じられています。

■リンポチェ(住職/高僧)の入場~ラマ(僧侶)・ダンス
僧院最高位のお坊さん(リンポチェ)が入場・着席し、お祭りの開始を祝うお坊さん達の踊り(ラマ・ダンス)が踊られますと、お祭りはいよいよハイライトへと移っていきます。

  • 始まりの儀式
    始まりの儀式
  • 大タンカご開帳
    大タンカご開帳
  • 僧院の壁に掲げられた大タンカ
    僧院の壁に掲げられた大タンカ
  • リンポチェの入場
    リンポチェの入場
  • リンポチェ
    リンポチェ
  • 十三黒帽の舞
    十三黒帽の舞

あまり広いとは言えない僧院の中庭では、僧侶達によって様々な「チャム(マスク・ダンス)」が披露されていきます。様々な神や悪魔の仮面をかぶったお坊さんが、時にはダイナミックに、時にはコミカルに、時には粛々と、踊りを踊ります。
リンポチェはこの地方の人々にとっては尊い信仰の対象、一目拝むだけでもありがたいお方です。 退場の際にも一目拝もうと、そして子供の頭をなでてもらおうと、たくさんの村人がリンポチェの周りに集まってきます。リンポチェに頭を触れてもらった年配の女性が、感極まって涙を流している場面などを見ると、人々に深く息づく信仰の心を実感します。
この後、僧院の本殿では法要がとり行われ(見学不可)、最後にはお祭りの期間中飾られていたトルマを外の良い方角の地へ運び出し、水辺でお祈りと踊りの後に破壊してお祭りは終了します。

  • 会場で見かけたペラク(ラダック伝統の晴れ着)を纏った女性
    会場で見かけたペラク(ラダック伝統の晴れ着)を纏った女性
  • 僧侶達によるチャム(マスク・ダンス)
    僧侶達によるチャム(マスク・ダンス)

青の湖 ツォ・モリリ

お祭りや遊牧民キャンプの見学の合間には、湖畔を走りながらツォ・モリリの風景もご覧いただきました。 デコボコ道ですが車で湖畔を走りながら、所々景色の良い所で止まって景色を楽しみます。 太陽の光を受けて青緑に光る湖面はとても綺麗でした。
お天気に恵まれれば、風が止んで湖面が鏡のようになり、周囲の山々が湖面に映る素晴らしい景色もご覧いただけます。

  • ツォ・モリリの風景
  • ツォ・モリリの風景
  • ツォ・モリリの風景
  • ツォ・モリリの風景
  • ツォ・モリリの風景ツォ・モリリの風景
  • ツォ・モリリの風景

お祭りの翌日は、来た道とは別のルートを通り、レーへと帰ります。再び、丸一日かけての移動です。 途中では塩湖「ツォ・カール」、標高5,300m「タグラン・ラ(峠)」、かつて王都があったとされる「ギャー」の集落などの見どころがあります。

長い移動の末に、レーの街にたどり着くと、とても都会に戻って来たような気になります。

  • 崖の上に建つギャー・ゴンパ
    崖の上に建つギャー・ゴンパ
  • ギャーの集落
    ギャーの集落

レーから1週間弱の日程でしたが、天空の湖「ツォ・モリリ」湖畔で厳しい自然と共に生きる遊牧民の暮らしに人間の力強さを垣間見、また、コルゾック僧院のグストール祭では古くから脈々と受け継がれる深い信仰の文化を肌身で感じることができました。
ぜひ皆様に訪れていただきたいとっておきの場所です。

チャンタン高原に暮らす遊牧民
チャンタン高原に暮らす遊牧民

 

関連ツアーのご紹介

チャンタン高原 コルゾック祭と天空の湖ツォ・モリリ

チャンパの人々が遊牧を営むチャンタン高原、ツォ・モリリ湖畔の村に訪れる、年に一度の祭りの日。レーからツォ・モリリへは往復異なる道を通り、変化に富んだチャンタン高原の景色を満喫。

長白山の大自然と中国・延辺朝鮮自治州の文化にふれる

  • 中国

2012.07.01 update

長白山は中国吉林省・延辺朝鮮自治州と朝鮮民主主義人民共和国の両江道(リャンガンドウ)にまたがる休火山。 山頂付近に白い浮石が多い為、韓国、北朝鮮、中国の朝鮮族などでは『白頭山』と呼ばれ朝鮮民族の聖山となっています。 山頂には美しいカルデラ湖『天池』があり、中国と北朝鮮の国境を流れる鴨緑江と豆満江の源流にあたります。

今回は、2012年7月に同行させていただいた、長白山トレッキングツアーの様子をご紹介したいと思います。

冠冕峰展望台から長白天池を望む
冠冕峰展望台から長白天池を望む

長白山・南坡~高山花園

長白山・西坡から車で走る事2時間。長白山・南坡(ナンパ)の山門に到着。ここで、混載車に乗り換えて中朝国境に聳える冠冕峰(2,566m)付近の展望台に向かいます。

長白山・南坡は北朝鮮との国境が近いため長い間立ち入りが禁じられていましたが、2008年に一般解放されました。展望台近くまで行くと、稜線上に人が歩いているのが見えます。山頂付近では有刺鉄線を張れないため、見張りを立て越境者の監視をしているそうです。 冠冕峰の展望台に到着すると、もう目の前が国境です。鎖の張られた向こう側は北朝鮮なので、これをまたいで北朝鮮側に入らないよう、警備がなされています。

  • 南坡山門
    南坡山門
  • 鎖の向こうは北朝鮮
    鎖の向こうは北朝鮮

北朝鮮に一番近い展望台からは絶景が広がります。長白山には2,500m以上の峰が16峰あり、北東には北朝鮮領にある長白山最高峰の将軍峰(2,749m)、北西には、中国東北地方最高峰・白雲峰(2,691m)、西北には天池の出口を守るように立ち、二つの峰が龍のように聳え立って見える龍門峰(2,586m)などが望めます。

  • 冠冕峰展望台から白雲峰と長白天池を望む
    冠冕峰展望台から白雲峰と長白天池を望む
  • 冠冕峰展望台から将軍峰を望む
    冠冕峰展望台から将軍峰を望む

展望台を後にし、高山花園へ向かいます。この高山花園と呼ばれる野生花の群落地には、ニッコウキスゲ、キンバイソウ、ハクサンシャクナゲ、オダマキ、ハルカラマツ、トウヤクリンドウ、アツモリソウなど1800種余りの野生の花が咲き誇り、長白山を彩ります。花畑の中を西坡付近までハイキングを楽しみました。

  • 高山花園
    花畑の中を歩く(7月撮影)
  • 花畑の中を歩く
  • 高山花園
    高山花園に咲く花々(7月撮影)
  • 高山花園
  • 高山花園

長白山・北坡(白雲峰登頂)

長白山・北坡(プッパ)から中国東北地方最高峰・白雲峰(2,691m)を登頂します。北坡のシャトルバス乗り場終点へ向かい、監視員と合流。北朝鮮国境に近い為、越境しないよう監視員の同伴が義務付けられます。

歩き始めは木道の階段です。その後、急登を登りきると尾根にでてしばらく歩くと長白瀑布が展望できます。 天池から流れでる水は、ダルムンから天文峰と龍門峰の間を通り乗槎河となり、落差68mの長白瀑布をつくりあげています。

稜線上に到着するとカルデラ湖天池や長白山の絶景が広がります。中国の政治家・鄧小平は長白山に登り、そのあまりの美しさに『一生のうち一度、長白山に登らなければ、大変後悔することだろう』と発したと言われています。

  • 長白瀑布
    長白瀑布
  • 高山植物の花咲く初夏の長白天池
    高山植物の花咲く初夏の長白天池

稜線上を遮日峰(2,562m)、鹿鳴峰(2,603m)と通過し白雲峰へ到着です。中国東北地方最高峰の白雲峰は、晴れた日に他の峰が望めても、白雲峰だけは雲がかかっていることが多い為、この名がついたと言われています。途中、沢山の黄色いケシの花が咲いており、白雲峰周辺では、オヤマノエンドウ、キンバイ草やキバナシャクナゲが群落を見せていました。

登頂後は往路と同じ道を戻りホテルへ。露天風呂のある温泉ホテルで、ゆっくりと登山の疲れを癒していただけます。

  • 白雲峰山頂付近
    白雲峰山頂付近
  • 稜線上を歩く
    稜線上を歩く
  • 長白山温泉
    長白山温泉

図們~防川~延吉(北朝鮮レストラン)

北朝鮮国境の街、図們へ向かいます。 図們に近づくと右手に豆満江(図們江)と北朝鮮の町や山が見えてきます。中国側の山には多くの木が茂っていますが、北朝鮮の山には木がほとんどありません。これは木を切って燃料の替わりに使っていると言う説や、脱北を監視しやすいようにするためと言われています。バスがある場所に止まりました。対岸には北朝鮮の鉄道駅が見えます。 駅名は『朝鮮駅』、この路線は不定期線なので列車はいつ来るか分かりません。

  • 朝鮮駅
    朝鮮駅
  • 豆満江対岸に見える北朝鮮の村
    豆満江対岸に見える北朝鮮の村

図們に到着しまず見えてくるのは、中朝国境の図們大橋です。捕まった脱北者の受け渡しもここで行われます。 その後、ボート乗り場へ向かい豆満江の川下りへ。豆満江の真ん中は国境です。行きは中国側、帰りは北朝鮮側を通ります。川下りの料金の半額は北朝鮮に支払われています。川幅は狭い所で、15m~20mくらいで泳げばすぐ渡れそうですが、北朝鮮側で兵士が100m間隔で立ち双眼鏡で監視していました。対岸に見えるのは北朝鮮の南陽市で、ここに住んでいる大半は軍人です。この辺り(北朝鮮側)は電力事情が悪い為、夜になると真っ暗になります。

  • 図們大橋
    図們大橋
  • 豆満江の川下り
    豆満江の川下り
  • 対岸に見える南陽の町
    対岸に見える南陽の町

その後、褌春市にある防川(バンチェン)に向かいました。防川は中国・ロシア・北朝鮮三国の境界線です。 展望台の駐車場でシャトルバスに乗り換え、いざ、国境へ。 シャトルバスを降りると回りはフェンスだらけです。フェンスのすぐそばに中国とロシアの定界碑があります。そう、ここは中国とロシアの国境です。近くで、ロシア人の声が聞こえました。「高台から遠くを見渡すと、三国の風景が広がり、ニワトリの鳴き声は三国に聞こえ、犬の遠吠えは三国まで響き、笑い声は三国に響く」という言い伝えを実感することができました。

展望台へ向かうと、中、朝、ロの3ケ国の大展望が広がります。 ロシア側に見えるのはハサンの町です。人口約700人、その多くが鉄道関係の仕事をしています。ハサンの町の近くにハサン湖と鼓を張ったような峰があります。1938年、当時、張鼓峰を満州国の東南端と考えていた日本と、国境線は張鼓峰までと考えていたソ連の間で紛争がありました。ソ連側ではハサン湖事件と言いますが、日本では張鼓峰事件といいます。

展望台から北朝鮮側に見えるのは、羅先特別市の一部です。羅先(羅津・先鋒を含む)は2005年より50年間、中国に租借権を渡したと言われており、実際に羅津港の一部は中国が使用権を獲得しています。中国は2011年から羅先で働く自国民保護を理由に進駐したといわれています。

展望台からは2ケ国とも国境に近い場所にハサン駅(ロシア側)、豆満江駅(北朝鮮側)があります。これは2ケ国間の軌間(レール幅)が違う為で、当駅で台車の交換、貨物車の場合は荷物の積み替えが行われます。 2ケ国間に架かる『親善橋』の下を流れる豆満江の河口では、天気が良ければ15km先に日本海が見えますが、この日は曇っていて見る事ができませんでした。 見学後は延吉へ戻ります。

  • ロシアと北朝鮮を結ぶ親善橋
    ロシアと北朝鮮を結ぶ親善橋
  •  展望台からハサンの町を望む
    展望台からハサンの町を望む

夕食は北朝鮮国営のレストラン『柳京館』へ。 北朝鮮料理と韓国料理は基本的には大きな違いはありません。キムチ、チジミや北朝鮮が発祥(平壌や咸興)の冷麺などが食卓に並びました。ちなみに今回のメニューにはありませんでしたが、参鶏湯も北朝鮮(開城)が発祥です。

夕食後は『北朝鮮歌謡ショー』が始まります。 ここで働くウエイトレスは北朝鮮国籍で、平壌の大学を卒業した女性の方々です。その歌唱力はすばらしく、一度聞くと忘れられぬほど。彼女達は日本語を喋れませんが、歌詞をハングルの音読みでひたすら練習し、日本の歌を歌ってくれます。3年間、海外の国営レストランで働き、任期が終わると本国へ帰るそうです。

  • 北朝鮮レストランにて
    北朝鮮レストランにて
  • 北朝鮮レストランにて

絶景の天池を眺めながら中国東北地方最高峰・白雲峰(2,691m)を登頂。中国朝鮮族ならではの伝統文化を体験。 同じ民族でありながらも北朝鮮、韓国とはまた違う文化にふれることのできる、そんな長白山への旅に是非お出かけください。

関連ツアーのご紹介

長白山・天池展望トレッキングと北朝鮮国境を訪ねて

中国東北地方最高峰・白雲峰(2,691m)登頂。北朝鮮国境の稜線上を歩き、火口湖・天池を大展望。図們江では川下り、防川では中・朝・ロ3国の国境へ。西遊旅行ならではのこだわりの旅。

長白山・天池大展望と中・朝・ロ3国の国境を訪ねて

山岳リゾートホテル滞在で楽しむ聖山・長白山。朝鮮国境に向かい図們江では川下り、防川では、中・朝・ロ3国の国境へ。長白山を知り尽くした西遊旅行ならではのこだわりの旅。

切り立つ岩峰ミティカス・ピークへ挑戦!
「ギリシャ最高峰オリンポス山登頂と世界遺産メテオラ」

  • ギリシャ

2012.06.01 update

このギリシャの旅で特に印象に残ったのはヘルメットを装着してのスリリングな「岩峰ミティカス・ピーク登頂」、食べきれないほどの「地中海料理」、そして「世界遺産メテオラのもう一つの楽しみ方」です。

最高峰ミティカス・ピークへ
最高峰ミティカス・ピークへ

各国トレッカーを惹きつけるオリンポス山

ギリシャ最高峰オリンポス山はアテネの北、エーゲ海からほど近いリトホロの町を見下ろすように聳え立つ岩峰群です。その昔、古代ギリシャではオリンポスの神々が住まう場所として崇められていました。山の麓は色とりどりの花々が咲き誇り、その頂きには急峻な複数の岩峰がひしめき合っています。地元のギリシャ人にも人気のあるトレッキングルートですが、休日は近隣諸国からもトレッカーが訪れます。人々を惹きつけるオリンポス山の魅力は、豊かな植生と、岩場登り、そして山からエーゲ海を眺めることができる点でしょう!

登山口から山小屋へ

トレッキング一日目の登山口手前には色とりどりのベロニカ、そして山麓では、スミレ、アネモネ、ゲンチアナなどの花々が終始ルートを賑わせます。特に樹林帯を抜け、山小屋の屋根が見え始める九十九折りの坂の手前からは、まるで人工的に植えられたように道の両脇に花々が咲いていました。岩峰のオリンポス山の麓では初夏の時季であればたっぷりと植物の観察を楽しむことができます。山小屋は女主人によって切り盛りされており、トイレやお部屋も綺麗に維持されています。山小屋の外にはテーブルとイスがあり、オリンポスの山を見ながら、またエーゲ海を望みながらゆっくりと過ごすこともできます。夜になればダイニングの暖炉に火が入り、宿泊客のみんなで山小屋の素朴な食事を頂きます。平日はそれほど人は多くありませんが、休日ともなると予約で一杯になり、ダイニングにも所狭しとトレッカーが集うそうです。

オ沢山の花々を愛でながら歩く
沢山の花々を愛でながら歩く
山麓よりオリンポス山を望む
山麓よりオリンポス山を望む
山小屋前の広場にて団欒
山小屋前の広場にて団欒
沢山の花々を愛でながら歩く
沢山の花々を愛でながら歩く

エーゲ海に昇る朝日

次の日はオリンポス山登頂です。山小屋の中は出発準備を整える人々で慌ただしくなります。部屋を出ると朝日のオレンジ色の光が山小屋を照らしていました。そしてエーゲ海を望む外の広場へ行くと・・・・そこには真っ赤な朝日がエーゲ海から昇っていました。準備を整えていたトレッカーも足を止めその美しい光景に見入っていました。これから挑む登山を応援されているような嬉しい気持ちになります。オリンポス山も朝日に照らされ、ますます神々しく見えました。一瞬の出来事でしたがオリンポス山登頂に向けて力が湧いてきました。朝食後、準備体操をしていざ出発です!この時期のギリシャは毎日雲一つない青空が毎日続きます!山頂付近も風は強くなりますが、日差しの強い太陽が照りつけます。そのお陰で道中も光を反射してきらきらと輝くエーゲ海を望むことができるのです。

  • エーゲ海から昇る朝日
    エーゲ海から昇る朝日
  • トレッキング道中もエーゲ海を眺めることが出来ます
    トレッキング道中もエーゲ海を眺めることが出来ます

オリンポス山の2つのピークを登頂

まず向かったのはオリンポス山の第二の高峰スコーリオ・ピーク。標高はミティカス・ピークより5m低いだけですが、ルートは山頂まで整備され歩きやすく、体力があれば問題なく到達できるピークです。その後途中まで来た道を戻り、最高峰のミティカス・ピークへ向かいます。このピークは十分な注意が必要です。ルートのほとんどが岩場になりますのでガイドと同じステップを踏みながら登らなければなりません。足場の狭い場所もありますのでバランスを取りながら、時には手を使ってよじ登ります。簡単にはたどり着けない、まさに神々が住まう場所と称されるに値するピークです。そしてついに登頂!そこからはエーゲ海はもちろんのこと、今まで見えなかった反対側に広大な大地が広がっていました。もちろん遠くに点在する小さな町も見えますが、まだまだ自然が多く残されている国なんだと感じる光景です。山頂には大きな岩がごろごろしており、ギリシャの国旗も立っています。 その後、山小屋での一泊ののちリトホロへと下山します。

最高峰ミティカス・ピークへ
最高峰ミティカス・ピークへ
山頂を目指す
山頂を目指す
最高峰ミティカス・ピークへ
最高峰ミティカス・ピークへ
最高峰ミティカス・ピークへ
最高峰ミティカス・ピークへ
山頂から見渡すオリンポスの山々
山頂から見渡すオリンポスの山々

ギリシャ料理

下山日は半日行程ですので、昼食はリトホロの町でとりました。下山後の昼食はギリシャの海鮮料理!カリっと揚げた魚のフリッターや、カラマリ(イカ)、白身魚の塩焼きにオリーブとトマトをたっぷり使ったドマトサラダなど、次から次へと運ばれてくるお料理に夢中になってしまいました。また、カランバカでは、茄子とジャガイモを交互に重ねて焼いた「ムサカ」や、チーズを焼いた「サガナキ」など、ギリシャ料理を各所で楽しむことができました。

エーゲ海を眺めながらの食事は最高
エーゲ海を眺めながらの食事は最高
ギリシャ料理「ムサカ」
ギリシャ料理「ムサカ」

ギリシャの2つの世界遺産

世界遺産パルテノン神殿
世界遺産パルテノン神殿

 山・食、共に素晴らしいギリシャですが、まだまだ見どころがあります!もう一つの見どころは世界遺産です。
まずギリシャ神話にまつわる世界遺産が、古代の芸術や学問、そして哲学の発祥の地といわれるアテネのアクロポリスです。ここではギリシャ神話に思いを馳せ、ゆっくりパルテノン神殿などの偉大な建造物を見学できます。
また、一段と素晴らしいのが文化と自然の複合遺産メテオラです。異様でありながら素晴らしい景観を誇っており、一目見たら忘れない世界遺産です。ここでは宗教の力を実感できるとともに、もう一つの姿がありました。実はこのメテオラ、クライミングのメッカなのです。私たちのガイドさんも週に一回はアテネからカランバカに通いつめ、クライミングの練習に没頭したそうです。実際ゆっくりと岩の周りを歩いてみると、岩のあちらこちらにへばり付く人の姿が!昔の聖人たちはこんな使い方をされるとは思いもよらなかったと思いますが、レジャースポットとなっている意外な一面を見ることができました。また、地上にも散策ルートがあり、教会の見学の後は修道士たちの実際の生活に思いを馳せながら歩いてみるのもいいかもしれません。

  • 岩峰の頂に築かれた教会群メテオラ
    岩峰の頂に築かれた教会群メテオラ
  • カランバカの町
    カランバカの町
  • どこにクライマーがいるか分かりますか?
    どこにクライマーがいるか分かりますか?
  • クライミング練習中の人々
    クライミング練習中の人々

関連ツアーのご紹介

ギリシャ最高峰オリンポス山登頂と世界遺産メテオラ

ギリシャ最高峰の神々の座、オリンポスの二大ピークミティカス・ピーク(2,917m)、スコーリオ・ピーク(2,912m)を登頂。ユネスコ世界遺産に登録されているパルテノン神殿や メテオラ修道院群を見学。

憧れの西アジア最高峰ダマバンド山5671m登頂

  • イラン

2012.06.01 update

ベストシーズンに登るイラン・西アジアの最高峰ダマバンド山登頂と、
遥かなる古代より数千年にわたり繁栄した歴史遺産の数々を巡りに出発しました。

西アジア最高峰 ダマバンド山西アジア最高峰 ダマバンド山

ダマバンド山へ

イランの首都テヘランに到着後、トレッキングの拠点となるレイネへ移動。レイネでは民家風のロッジに宿泊し、美味しいイラン料理を召し上がっていただき、明日からのダマバンド山トレッキングの話で盛り上がりました。
翌日、レイネより四輪駆動車でスタート地のゴスファンドサーラに出発します。6月下旬から7月中旬は初夏になり、道中ダマバンド山麓には赤いケシの花が咲き乱れていました。 また、山麓から望むダマバンド山は、その美しい山容から「イラン富士」と呼ばれています。

山麓から望むダマバンド山
山麓から望むダマバンド山

トレッキングスタート

トレッキング出発地のゴスファンドサーラから1日目の宿泊地のアタックキャンプ(4,020m)までの道はダマバンド山麓を彩る花々を眺めながら登って行きます。所々、放牧の風景なども見ることもでき、気持ちの良いトレッキング道です。ダマバンド山は年間通して雪の多い山ですが、6月下旬から9月上旬が夏の乾季のベストシーズンにあたり、イラン人の登山家・トレッカーの方々も多くすれ違い、人懐っこい地元の方々との触れあいもダマバンドトレッキングの楽しみの1つです。
アタックキャンプ到着後、スタッフによりテントは設営され、皆さんは美味しいお食事を召し上がっていただきました。アタックキャンプは西遊グループの他にも沢山の地元の方々のテントで賑わっていました。予想通り、山小屋は地元の人たちで混みあっていたので、皆様には一人に一張ずつテントを用意し、快適に過ごしていただきました。夜、寝静まった頃には雪が降ってきましたが、寝袋の他にも温かい毛布も用意していたため温かくお休みいただく事ができました。

  • 道中での羊の放牧風景
    道中での羊の放牧風景
  • 初夏のダマバンド山麓を彩る花々
    初夏のダマバンド山麓を彩る花々
  • アタックキャンプではたくさんの登山者で賑わいます
    アタックキャンプではたくさんの登山者で賑わいます

ベースキャンプにて高度順応

アタックキャンプには、高度順応と天候予備日も兼ねて、2連泊しました。高度順応では明日の登頂の順路を途中まで確認しながら小高い丘まで登って行きました。昨晩の雪の影響も心配されましたが、本日は晴天。そして明日もこのままお天気がもつことを祈りながら明日の登頂に備えてゆっくり休養しました。

山頂アタック

本日はいよいよ山頂アタックです。頂上までは、砂利と岩場のトレイルをゆっくりと進んでいきます。先日降った雪が岩場に残っていましたが、安全第一でゆっくり両手を使いながら登って行きます。そして急な岩場をクリアして頂上付近の積雪のある道を登って無事に登頂!西アジア最高峰(5,671m)からは、真下に湖や山々が広がり言葉では表せられない美しさが目の前に広がっていました。頂上では他のイラン人グループの方々と登頂の喜びを分かち合いました。そして、往路と同じ道を一歩一歩確実にアタックキャンプへ下山していきます。アタックキャンプに到着後は、皆さんお疲れの様子でしたが、夕食時はささやかですが、ごちそうを作り登頂のお祝いをしました。

  • 岩場を登って行きます
    岩場を登って行きます
  • 頂上を目指す
    頂上を目指す
  • 頂上付近からの風景
    頂上付近からの風景

世界遺産訪問

ダマバンド山を下山後は、悠久の大ペルシャの歴史をたどる旅へ。遥かなる古代より数千年にわたり繁栄した歴史遺産の数々、王朝の栄枯盛衰を物語る都の跡。歴史・民族・宗教に触れにイスファハン、ペルセポリスやシラーズを訪れます。

イスファハン

16世紀末、1597年にサファヴィー朝のアッバース1世によって都に定められました。 「イスファハンは世界の半分」という言葉の通り、 かつての栄華を偲ばせる建造物が残ります。中でも世界遺産に登録された「イマーム広場」は、別名「全世界の図」広場とも呼ばれており、イマームモスク、シェイクルトフォラーモスク、アリカプ宮殿、バザールなどの見所が密集しています。ツアーではライトアップされた夜の広場も訪れ、昼間とは違った幻想的な光景もご覧いただきます。その他にもイマーム広場では、金曜モスク、40柱宮殿、アルメニア教会、そしてザーヤンデ川に架かる33アーチ橋なども訪問しました。

  • イスファハン・金曜モスク
    イスファハン・金曜モスク
  • シェイクルトフォラーモスク
    シェイクルトフォラーモスク

ペルセポリス

現在のパキスタンからエチオピアまで、36の州を治めた大帝国・アケメネス朝の都。 ダリウス1世(紀元前522-486)によって建設された政治的儀式のための都市でした。当時の広さは12万5000㎡にも及ぶ大都市でしたが、紀元前331年マケドニアのアレクサンダー大王によって陥落し、廃墟となりました。今もなおアケメネス朝の強大さをうかがうことができるレリーフが残っていました。

  • クセルクセス門
    クセルクセス門
  • 当時の様子を表すレリーフ
    当時の様子を表すレリーフ

シラーズ

イランの南部、ファールス州の州都。バラで有名な町です。 またイランの4大詩人のうち、ハーフェズとサアディーを輩出した町としても知られており、彼らの廟にはきれいに整備された庭園があり連日多くの人が訪れていました。

  • シラーズのバザール
    シラーズのバザール
  • イラン国民に愛され続ける詩人の廟
    イラン国民に愛され続ける詩人の廟

日本の富士山に登られた方々、次は是非、「イラン富士」に登られてみてはいかがでしょうか。
西アジア最高峰登頂と一度は訪れたいイラン世界遺産を同時に巡れる、贅沢なツアーにご満足していただけること間違いなしです!

関連ツアーのご紹介

イラン最高峰ダマバンド山(5,671m)登頂とペルシャ世界遺産

ベストシーズンに登るイラン・西アジアの最高峰と世界遺産の旅。花に埋め尽くされるダマバンド山麓。イランの最高峰登頂と一度は訪れたいイラン世界遺産を巡る。

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