
リンドグレーン
監督: ペアニレ・フィシャー・クリステンセン
出演: アルバ・アウグスト、マリア・ボネヴィー ほか
日本公開:2019年
児童文学作家 アストリッド・リンドグレーンの作風を育んだ、ひとときの旅
スウェーデンの世界的児童文学作家 アストリッド・リンドグレーンは、日々子どもたちから送られてくる手紙を読みながら、自らの青春時代に思いを馳せる。

スウェーデンのスモーランド地方で、アストリッドは兄弟姉妹と自然の中で伸び伸びと暮らしていた。思春期を迎えた彼女は、より広い世界や社会に目を向けるようになっていた。

率直で自由奔放な彼女は、しだいに村のしきたりや閉鎖的な社会に息苦しさを覚え始める。そんな中、父親の知り合いが彼女の文才を見抜き、新聞社で仕事が決まる。長かった髪をバッサリ切り、新たな人生を歩む決意をしたアストリッドは、激動の数年を過ごすことになる・・・・・・

本作はアストリッド・リンドグレーンが代表作『長くつ下のピッピ』『ロッタちゃん』を出版する数十年前を描き、彼女の人生の中でもひときわつらい時間に焦点をあてています。ある目的で彼女がスウェーデンからデンマークに移動するシーンでは、1920年代後半のパスポート印が押されます。
有名作家の伝記とはいえ、約90年前の出来事を、そして生涯ではなく限定されたひと時を映画にする意義はどこにあったのでしょうか。

それは、本作のメインテーマが「自由」であることに大きく関わっているように思えます。劇中では、彼女が女性であるがゆえに背負わなければいけない不自由さと力強く闘う姿が描かれています。

のちに彼女が子どもに勇気と感動を与える児童文学作家になることを、ほとんどの観客はわかっている状態で本作を鑑賞するはずです。劇中で21世紀の現代社会に対する言及は一切されていませんが、90年前の彼女が不自由さを乗り越えていった一連の描写を21世紀を生きる私たちが鑑賞することで、「自由」というテーマが力強く発されるようなストーリーテリングが本作ではなされています。

印象的なシーンのひとつに、アストリッドが息子に即興のつくり話をするシーンがあります。私も娘が寝る前に同じようにしたことがありますが、話してみて驚くのは、自分が過去にした旅の経験が思わぬ形で物語に反映されることです。

道路を塞ぐ羊の群れ、満点の星空、足を踏み外したら谷底に真っ逆さまのがけっぷち、数百年・数千年の歴史を持つ世界遺産、通じない言語、お湯がなかなか出ないシャワー、やっとたどり着いた宿で食べるあたたかい食事・・・・・・旅の経験は、どんな些細なことでも心の奥底に眠るものなのでしょう。自分の物語の中に異文化体験の片鱗がひょいと出てくることに驚きながら娘に話し続けたことを、本作を鑑賞しながら思い出しました。

絵本の世界の裏側を旅できるような『リンドグレーン』は12/7(土)より岩波ホールほか全国順次公開中。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。


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