インドらしい祈りの風景に出会う ソンプール・メーラ

インドには色々なお祭りがありますが、その中の一つビハール州で行われるソンプール・メーラをご紹介します。

象の沐浴は無い場合もあります

ソンプール・メーラとは・・・

ヒンドゥー暦カールティカ月の満月に合わせて、約2週間にわたり開催されるアジア最大の家畜市。インド全土から家畜が集められ市が開かれます。

ヒンドゥー教徒にとってこの満月の日は縁起の良い特別な日でもあり、ソンプールには多くの巡礼者が訪れます。ハリハルナート寺院で参拝をすませた人がガンダック川に沐浴に集い、その数は毎年数十万人を超えると言われています。

この家畜市自体の歴史は非常に古く、マウリヤ朝の初代王チャンドラグプタ(紀元前300年頃)がガンジス川を渡ってこの地に象や馬を買いにきたことが起源で、その後、中央アジアからも買い付けにきていたといわれています。

しかし、場所はソンプールではなく、ハジプールというところであった。プージャ(礼拝の儀式)だけが、ハリハルナート寺院で行われていた。しかし、ムガール朝の6代皇帝アウラングゼーブ(在位1658年~1707年)がソンプールに家畜市の場所を移したそうです。

※「メーラ」とは祭り、集まりを意味しています。

 

 

祭の初日、夜明け前のまだ暗い中ガートへと向かいます。既に沐浴を終えて帰ってくる人、これから向かう人が入り混じりとにかく混雑。

色んなひととぶつかりながらも、同じ方向に進む人の流れに沿って、ガートへ到着。

巡礼の人々に混ざって岸から見学するのも良いですが、小舟に乗って河から眺めるとまた、違った景色が広がります。

 

中州に集まる人たち。

浅いので歩いて渡る人が多いです。

 

沐浴を終えた人々は聖なるガンダック川の水を壺に入れて、ハリハルナート寺院に奉献します。

人が多すぎるので警察が制御中

 

家畜市はこんな様子。

 

祭といえば、移動遊園地

 

尚、2日目の朝も同じように見学に行きましたが、「満月の日にお祈りをする」という信仰心でしょうか。初日とは比べ物にならない人の少なさでした。

宿泊施設も近くにはないので、この時期限定で仮設の宿が建てられます。

現在はテントになっていますが、2010年頃はなんと、竹と藁のコテージでした。

もちろん火気厳禁!!

室内にはベッド、お手洗いもあり中々快適でしたよ。

大都会のデリーやムンバイとは違った、インドらしい風景に出会えるお祭りです。

是非一度訪れてみてください。

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インドのお祭り コルゾックグストール

ナマステ!西遊インディアです。

以前、デリーから陸路で行くレーの時に途中で立ち寄ったコルゾック僧院。

標高4,500mに位置するこの僧院でも、年に一度お祭りが開催されます。

グストールとは・・・

「グ」とは9や19、29の「9」の付く日を表し、「ストール」とは「トルマ=麦粉やツァンパ、バターなどで作った立体的なお供え物」のことです。「9の付く日にトルマを壊すお祭り」となり、コルゾック僧院では毎年チベット暦の7月29日にあたる日に合わせてこのお祭りが開かれます。

天空のチベット ラダック第8弾:祭り・チベット仏教の用語とマナー・お土産など

 

2日間にわたって行われるグストール祭のハイライトは2日目

(初日はディックとよばれる予行練習が行われます)

 

まずは動物達のお清めの儀からスタート

飼われている動物を開放し、新しい人生を与えてやる儀式。

ここで解放された動物は寿命を全うでき、食べられることはないそうです。

 

続いてタンカのご開帳

 

チャムが始まる前にはハトゥクと呼ばれる道化が会場整備に一役買います。

祭りをひらくには、昔も今も莫大な費用がいります。スポンサーだけでは賄えないので、寄付やお布施を集める役割も担います。

 

13黒帽の舞やチティパティの舞など、他のお祭りと共通しているチャムもありますが、午後には皆まとめて登場します。

 

会場の中央に置かれた悪の象徴“ベレ”(悪いことをすべて吸収してくれます)は、チャムの最後、大黒天により八つ裂きにされていきます。

最後はこんな姿に。

これは、トルマと一緒に焼かれるそうです。

 

チャムが終わるとハシャンの登場です。

ハシャンは日本では七福神の布袋和尚にあたるそうです。もともと中国唐の時代の禅僧であり仏教寺院に多額の金銭的な貢献をしたという伝説的な人物です。

お祭りでは人々にお布施や喜捨の大切なころを教える役目をしているそうです。ハシャンは子供を大変かわいがった人として知られ、後にハトクという子供のお面をつけた子供の僧が必ず従います。

 

先日ご紹介したツェチュとの違いがこちら

「トルマ」の破壊です。

グストールでは、最後にトルマを一定方向に向かって破壊する儀式もつきものなのですが、壊す方向はお祭り終了後に占いで決められます。

 

これは特に時間が決まっていませんので、本堂内で法要が行われていましたが、私が見学した時は2時間以上待ってようやく決まった方向へと運ばれていきました。村の端の方まで持っていき焼かれるそうです。

夏はラダックのお祭りシーズン。

大事な儀式でもありますが、地元の方たちにとっては年に一度のお楽しみでもあります。この日の為によそ行きの服を身にまとった地元の方たちとの交流もお楽しみください。

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ラダック最大のお祭り ヘミス僧院のツェチュ②

前回はツェチュの午前の部をご紹介しました。

ここからは午後の部です ↓↓

 

(4)12守護尊の舞

各僧院に描かれている守護尊の舞です。マハカーラ(大黒)やヤマ、パルデン・ラモなど。

 

(5)The four Goma

赤、白、黄、緑と4色の門番たち。幸福や豊かさの為に動く神のような存在です。フック(白)で邪気を捕まえ、ロープ(黄)でそれらを縛り付けます。鉄鎖(赤)で固定し、ベル(緑)で惑わせて逃げられなくするといったように持ち物それぞれに意味があります。

(6)チティパティの舞

チティパティ(屍陀林王)と呼ばれる骸骨の仮面です。「墓場の主」という意味を持つこの仮面は、かつては苦行僧だったそうで、祭りの時に悪霊を退散させる重要な役割を担うとされています。

 

チティパティの衣装、2015年頃にリニューアルされた模様です。

2013年時にはこんな感じでした↓

 

(7)パドマサンバヴァの忿怒の舞

平和と幸福に反する悪の心を解き放ち、浄土へと導きます。

手には剣や短剣を持っています。

 

(8)ダーキニーの舞

守護尊の一つヘールカの妃であるダーキニーの舞。赤、白、黄、赤、青色の5体のチャムです。祭り会場の中央にある、邪気を吸収させたトルマを破壊していきます。

 

(9)勇士の舞

 

大体16時前にはチャムは終了します。

お祭りの間は本堂は僧侶の方たちの控室のようになるので見学は出来ません。

内部をゆっくり見学したい方は、お祭りの後、又は別日に行くのがお勧めです。

 

ラダックのお祭りは、大切な宗教行事。地元の方たちにとっても、年に一度のお楽しみです。

マナーを守って気持ちよく見学しましょう。

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ラダック最大のお祭り ヘミス僧院のツェチュ①

夏になるとラダックではお祭りシーズン到来!

ツェチュ、グストール、カブギャットなど、由来に応じでお祭りの呼び名も様々です。

ヘミス僧院は17世紀の創建以来ラダック王家の援助の下で大きな力を持ってきたこともあり、ラダックでもっとも裕福なゴンパのひとつ。もちろんお祭も盛大で、国内外から観光客も多くやってきます。そんなヘミス僧院のツェチュについてご紹介します。

ツェチュとは・・・

チベット文化圏の寺院での祭りのことですが、本来は「(月の)十日」を意味します。

これは、紀元後八百年前後にチベット仏教をヒマラヤ一帯に流布した、ニンマ派の祖師グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)にちなんでいます。彼の生涯には十二の重大な出来事が起きたといわれ、各月の十日に、その月に該当する出来事の法要を行います。

また、「月の十日にツェチュ祭のあるところには必ず戻ってくる」という言葉を残したとも言われています。ツェチュ祭とは、グル・リンポチェを再び目の前に拝み、法要を行う、一年のうちでも大切な日です。

ヘミスツェチュはチベット歴の5月10~11日(太陽暦の6~7月)に行われます。発表される2日間のスケジュールのうち、盛り上がるのは僧侶によるチャムが行われる初日です。

(3日間開催とある場合、1日目は僧侶たちのリハーサル、2日目がチャムの日です)

 

そして、大事なイベントの一つが大タンカの御開帳。

毎年行われるのですが、12年に一度、申年にはグル・リンポチェの特別なタンカの御開帳があります。前回は2016年でしたが、この年は例年以上の人出になります。

 

■例年御開帳されるタンカ↓

 

■12年に一度ご開帳されるタンカ (2016年撮影) ↓

 

チャムは10時頃からスタート

解説等は無いのですが、プログラムは毎年同じ感じです。10時ごろ、流れに沿ってチャムもスタートします。

 

(1)13黒帽の舞

13名の僧侶によって舞われるもの。広場全体を清める意味を持ちます。口元のマスクは悪霊を吸い込まない為。彼ら黒帽の僧侶たちはシャナクと呼ばれ、ダオ(仏教における悪の象徴を表す人形)にまつわる儀式など、チャムの中でも重要な役割を果たします。

 

 

(2)祝福の儀

16名の銅製のマスクをつけた踊り手たちの舞。

会場に来ている人たちに、祭りの開始を告げ、邪気をとりはらいます。

 

(3)パドマ・サンバヴァ八変化

グル・リンポチェは8つの化身の姿を持っていたと言われています。いろいろな姿がありますが、その中でもブータンの聖地・タクツァン僧院はグル・リンポチェがグル・ツェンゲの一つ「グル・ドルジドロ」という姿で虎に乗ってやって来たという伝説が残っています。

祭りでは、お坊さん達に連れられて八変化相が次から次へと登場しますが、パドマサンバヴァは金色の傘が掲げられ人一倍大きな仮面として表現されているので、一目で判別をつけることができます。用意されたイスに座っているパドマサンバヴァの前で、八変化相が次々と舞いを披露していきます。

 

 

通常、ここまでが午前の部。

次回は午後から行われるチャムをご紹介します。

 

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ヒマーチャル・プラデーシュ州の魅力② ダラムサラ

ヒマーチャル・プラデーシュ州をご紹介する上で、忘れてはいけない場所ダラムサラ。

1959年にダライ・ラマ14世がインドに亡命し、チベット亡命政府を樹立して以来チベット仏教文化の拠点となっており、「リトル・ラサ」とも呼ばれています。標高約1,800mの涼しい丘陵地帯にあるため、イギリス統治時代にはイギリス人たちの軍駐屯地及び避暑地となっていました。1905年の壊滅的な大地震で多くのイギリス人が麓の谷に移らざるを得なくなり、1947年にインドがイギリスから独立して以降、イギリス人たちはこの地から完全にいなくなっていきました。

 

チベット本土では失われつつある伝統的な文化や宗教を守り、後世に残していくための様々な努力がなされており、異国での亡命生活を今なお強いられているチベット人たちの現在を垣間見ることができます。

 

■ナムギャル僧院(ツクラカン堂、カーラチャクラ堂)

ナムギャル僧院は、ダライ・ラマ公邸の正面に位置し、ツクラカン堂とカーラチャクラ堂からなるゲルク派の総本山です。時折、庭で僧たちが足を踏み鳴らし大げさに手をたたく身振りで教義問答する光景が見られます。 ツクラカン堂は、ラサのジョカンに相当するダラムサラでは最も重要な寺院で、マニ車が囲む堂内には、釈迦牟尼仏、観世音菩薩、パドマサンバヴァの3体の格調高い仏像が祀られています。また、ツクラカン堂の隣にある1992年建立のカーラチャクラ堂には、目の覚めるほど美しいカーラチャクラ(時輪)曼荼羅の壁画が収められています。

■チベット子供村

1960年にダライ・ラマ法王の姉によって建てられたこの施設では、チベット難民やチベット難民2世、3世が寄宿して教育を受けています。チベットの農村部では、3年間の初等教育以上を受けられる学校はほとんどなく、都市部でも中国語教育を嫌った親たちが、チベット語による伝統的なチベットの歴史や文化を尊重する教育を受けさせるために、子供たちをインドへ送るケースが増えてきているそう。

ここで学ぶ子供たちのほとんどの親はチベット本土に住んでおり、いつ再会できるか分かりません。そのような状況下にありながら、無邪気に学び、元気に遊びまわる子供たちを見ていると、逆に私たちの方が勇気付けられます。訪問の際は、事前に連絡をし、事務所で許可をもらいましょう。

■ノルブリンカ芸術文化研究所

ラサにあるダライラマ法王の夏の離宮「ノルブリンカ」から名前がつけられたこの研究所では、チベット仏教の精神的・文化的遺産、伝統芸術・技術を保存し発展させるための取り組みが行われています。チベット人が異国の地で経済的に自活することも目指しており、タンカ絵師や仏像の彫師を養成するコース、裁縫・刺繍の職業訓練の教室なども設けられています。

受付で許可をもらえば、案内人と一緒に中を見学することが出来ます。同じ敷地内には、チベット各地の民族を紹介する小さな人形博物館や、この施設で作成された質の高い手工芸品などを購入できるお店の他、ゲストハウスやカフェもあります。

 

町の中心マクロード・ガンジを歩くとチベット料理のレストランが並び、えんじ色の袈裟をまとった僧侶を見かけます。

雨の降ることの多いダラムサラ。

「リトル・ラサ」の呼び名の通り、インドにいながら海外気分を味わえる不思議な町です。

 

 

 

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インドヒマラヤ冒険行② デリーから陸路で行くラダック

前回はデリーからタボへと移動しました。

タボの観光で外せないのが『ヒマラヤのアジャンタ』と言われるタボゴンパ。

残念ながら内部の写真撮影は禁止です。

 

■タボゴンパ

996年にリンチェンサンポによって築かれた壮大なゴンパ。「ヒマラヤのアジャンタ」と形容されるそのタボ僧院を中心としてタボの街が広がっています。西チベット・グゲ王国から当時の仏教の中心地であったカシミールに派遣されたリンチェンサンポは、グゲ王国に帰国する時に絵師や工芸師など、多くの技術者を連れて帰りました。リンチェンサンポの指揮の下、その彼らによって建てられたゴンパ。入口を入ると目の前に土の固まりが飛び込んできますが、一歩お堂の中に入ってみると、そこには当時の最先端であったカシミール様式の仏教芸術が、素晴らしい保存状態で残されています。特に惹きつけらるのは大日堂のご本尊、四方向に向かって静かな微笑をたたえる大日如来と、そのご本尊を取り巻くように造られた数多くの尊格の像は必見です。

ダライ・ラマ14世は1996年にこの僧院を訪れ、カーラチャクラ大灌頂を行いました。その後、ダライ・ラマ14世はご自身のダライ・ラマとしての最後の瞬間を、この僧院のこのお堂で迎えたいとおっしゃられたといわれています。

リンチェン・サンポは2 度目にカシミールへ赴いたとき 32 人の建築家、画工、仏師を連れて帰国し、翻訳のみならず西チベット、ラダック、スピティの各地に108の寺院を建造したといわれていますが。このような建築様式、壁画の画風はカシミール様式・リンチェン ・サンポ様式と言われます。現在このカシミール様式の仏教芸術が残されているのは、 ラダックのアルチ 、 グゲ(チベット)トリン 、そしてこの スピティのタボの3か所です。

 

■高台から臨むタボ・ゴンパ

 

タボから北西に移動し、スピティ谷の中心地・カザへ。この辺りにはスピティ最古の歴史を持つキ・ゴンパがあります。

まずはスピティ川の合流ポイント

キ・ゴンパ

ゴンパからも絶景。特に7~8月にかけては小麦畑の緑がきれいです。

更に西へと移動し、クンザン・ラ(峠)を越えてラホール谷の中心地キーロンへ。

余裕があればキーロンから少し南下して3980mのロータンパスへフラワーウォッチングに出かけることも可能です。

西チベットの交易路として栄えていたキーロンでは、バザールの散策も楽しめます。この先、設備の整った宿は少ないエリアです。キーロンで宿泊し、翌日から更に北上、ついにジャンムー・カシミール州へと入ります。

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ヒンドゥー教の神・シヴァ神とリンガ信仰

ナマステ! 西遊インディアです。

ヒンドゥー教の三柱の主神の一つであるシヴァ。インド国内で圧倒的な人気を誇る神として無数の寺院が奉じられており、ヒンドゥー教の一つのシンボルともいえる存在です。

 

シヴァ・ファミリー 左からガネーシャ、シヴァ、パールヴァティ、スカンダ
シヴァ・ファミリー 左からガネーシャ、シヴァ、パールヴァティ、スカンダ (出典:長谷川 明  著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)
踊るシヴァ(ナタラージャ)の像
踊るシヴァ(ナタラージャ)の像

今でこそ主神となったシヴァですが、アーリア人の『リグ・ヴェーダ』の中ではモンスーンの神・ルドラの別称とされ、神々というよりはアスラ(神に対しての悪魔)としてとらえられており、現在のような大きな力を持つ存在ではありませんでした。

モンスーン(暴風雨)による破壊と雨の恵みという2面性は後のシヴァに引き継がれ、アーリア人のインド進出後は土着のドラヴィダ系の神を吸収してシヴァ像が形作られていきます。現在の立ち位置は仏教やジャイナ教の勢力の拡大に対抗して行われたヒンドゥー教の再編成の中で徐々に土着信仰を吸収する中で生まれたものです。そのため、シヴァは元来の破壊と創造以外にも多くの事物を司るものとされ、またそれ自体が土着の神のヒンドゥー教化であるパフラヴィーやドゥルガーなどの女神を妻とすることで多くの神の領域を受け持っています。

 

そして、シヴァ信仰の最大の特徴となるのがリンガ信仰です。シヴァ寺院の奥の本殿には必ずシヴァリンガが置かれており、礼拝者たちが香油やミルク、花、灯明などを捧げています。

 

ムンバイ:エレファンタ島のシヴァ寺院のリンガ
ムンバイ・エレファンタ島のシヴァ寺院のリンガ

シヴァリンガは男性器の象徴であるリンガと、リンガが鎮座している台座で女性器の象徴であるヨーニから構成されますが、これは男女の合一を示すと考えられ、男女の神が一つとなって初めて完全であるというヒンドゥー教の考えを表す姿です。シヴァリンガが置かれる寺院の内部は即ち女性の胎内であることを示しています。シヴァを象徴する存在でもあり、シヴァ派のヒンドゥー教徒たちは寺院だけではなく自宅でも小さなシヴァリンガを祀って礼拝をすることもあるそうです。

 

男根崇拝は世界各地にみられるものですが、アーリア人はそれを野蛮なものとして忌避していたことが『ヴェーダ』から読み取れます。しかし土地に根付いていた非アーリア的/ドラヴィダ的な宗教要素が復活してくるにつれ、リンガ信仰はシヴァ信仰と結びつき大きく発展していきました。いわばアーリア系とドラヴィダ系の信仰を結ぶ懸け橋のような存在として、シヴァ信仰は大きく広がっていったと考えられます。

 

リンガ信仰の発生を示すこんな神話として、伝えられる神話があります。

 


ヴィシュヌが原初の混沌の海を漂っていた時、光と共にブラフマーが生まれた。自分こそが世界の創造者であると主張して引かない2神が言い合っていると、突如閃光を放って巨大なリンガが現れた。2神はこのリンガの果てを見届けた者がより偉大な神であると認めることに合意し、ブラフマーは鳥となって空へ、ヴィシュヌは猪となって水中へ、上下それぞれの果てを目指した。しかしリンガは果てしなく続いており、2神は諦めて戻ってきた。するとリンガの中から三叉戟を手にしたシヴァが現れた。シヴァはヴィシュヌもブラフマーも自分から生まれた者であり、3神は本来同一の存在であると説いた。

 


 

ヒンドゥー教では宗派によって神話の内容やその主役が入れ替わりますが、シヴァが世界の創造主であるとするこの神話はもちろんシヴァ派のもの。他の宗派の神話では、それぞれの主神が世界の創造主であることを示す神話(これも様々なバリエーションがありますが…)が存在します。

 

毒を飲んだシヴァは、ニーラカンタ(青黒い頸)と呼ばれるように(出典:長谷川 明 著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

ちなみにシヴァ神は中央アジア、東南アジア、そして日本にも広まり諸宗教に取り入れられています。日本の七福神の1人である大黒天は、シヴァから発展した神格であると考えられており、財と幸運の神として人気です。

シヴァ神のエピソードその他は、またの記事でご紹介いたします。

 

 

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天空のチベット ラダック第8弾:祭り・チベット仏教の用語とマナー・お土産など

ジュレー! 西遊インディアです。

散策や観光の際には、その土地のマナーや専門用語に触れておくと、より訪問を楽しめます。また、ラダックだからこそ手に入るお勧めのお土産なども紹介しますので、出発前にぜひご一読ください。

 

■お祭りを楽しむ

折角行くなら僧院で行われるお祭りに日付を合わせるのもひとつです。各僧院、一年に一度お祭りを催します。すべての仏教関連の年中行事はチベット暦に合わせて行いますので、各地の僧院の祭りは毎年日程が変わります。お祭りを見に行く場合は開催日の確認をお忘れなく。

 

ラダックで行われるお祭りについて、一部ご紹介します。

 

▮ヘミス僧院のツェチュ祭

規模の大きさから全チベット文化圏から巡礼者が訪れるツェチュ祭は、ヘミス僧院で3日間にわたって行われるラダック最大の祭りです。開祖であるグル・リンポチェを再び目の前に拝み、法要を行う、一年のうちでも大切な日です。掛仏・タンカの開帳や数十の僧侶が仮面を被り舞う仮面舞踊チャムなど、魅力と迫力満点です。

 

ツェチュ祭の様子

 

▮ラマユル僧院のカブギャット祭

カブギャット祭は、チベットカレンダーで8のつく第四の月に行われます。広場ではタンカが掲げられ、ドゥンという大きなチベットホルンの音に合わせて、チャム(仮面舞踊)が行われます。
チャムでは、シャワ(鹿)やマヘ(スイギュウ)、ヤマ(雄牛)、そしてメインの大黒天とその化身たちが登場し、手に持った武器や法具で仏法の敵と戦います。
また後半には、ダオ(ツァンパで作られた人形)を黒帽の僧侶たちが刀や弓などで破壊します。ダオには人々の良くないものや感情が込められており、これを破壊することでそれらを取り除きます。最後に、トルマ(バターとツァンパで作ったお供え物)を燃やし、閉会となります。カブギャット祭りには、周辺各地で修行をしている行者や、ダー・ハヌーからの巡礼者もたくさん押し寄せ、会場はかなりの熱気に包まれます。

 

お祭りの後半・ダオの破壊の場面

 

▮グストール祭

ザンスカールのカルーシャ僧院や、ツォ・モリリ湖畔のコルゾック僧院などで催されています。「グ」とは9や19、29の「9」の付く日を表し、「ストール」とは「トルマ=麦粉やツァンパ、バターなどで作った立体的なお供え物」のことです。「9の付く日にトルマを壊すお祭り」となり、例えばコルゾック僧院では毎年チベット暦の7月29日にあたる日に合わせてこのお祭りが開かれます。
このグストール祭で行われる儀式や踊りには、「善(釈迦の教え)」が「悪(悪魔や悪い心)」に打ち勝つという意味が込められていると共に、釈迦の教えを分かりやすく民衆に伝えるという目的も併せ持ちます。 仮面舞踊で僧侶が被る仮面は神や女神、護法神などを表わしていて、人々にとってはこれらの踊りを見るだけで徳を積む事ができるのです。

 

グストール祭の様子

 

 

■チベット仏教の用語を知る

 

▮マンダラ

仏様の悟りの境地を視覚的・象徴的に表した図像です。サンスクリット語で「円・輪及び中心との関係」という意味で、円は完全なものと考えられています。
マンダラに関してはこちらにも紹介しておりますので、ぜひご覧ください。
ラダック第4弾: チベット仏教の世界とマンダラ

 

壁画の曼荼羅(ツァツァプリ僧院)

 

▮マニ車・マニ石

筒の中に経典を入れたもの。1回転させると1回お経を読んだことになります。マニ車の大きさは様々で、人より大きい巨大なものから、巡礼者が手に持ってくるくる回せる小さなものまであります。

 

僧院の入り口に置かれていることが多い大きなマニ車
僧院内のマニ車

 

▮チャム

お祭り(法要)のときに僧侶が舞う仮面舞踊のことです。この舞踊を観ることで、仏教の教えや教訓が分かりやすく理解できるよう、物語になっていることが多いです。

 

チャム(ピヤン僧院のドゥップ祭)
僧院の中庭を広く使って行われます (ピヤン僧院のドゥップ祭)

 

▮タンカ

掛け軸に描かれた仏画のことです。チベット仏教のお祭りでは、僧院に保存された巨大なタンカの御開帳がメインイベントとなります。

 

ピヤン僧院のタンカ

 

▮チョルテン

仏塔のこと、ストゥーパともいいます。その土地の神や高僧を祀るために建てられます。巨大なチョルテンは、内部を時計回りに頂上まで上がることができます。

 

チョルテン

 

▮タルチョ

家の屋根や僧院、山頂など風の吹く場所に結び付けられている5色の旗のことです。青が空、白が風、赤が火、緑が水、黄色が大地を表します。マントラ(真言)が印字され、風に乗って仏法が広く行き渡るように、との思いが込められています。

 

風になびくタルチョ

 

▮マントラ

尊格(神様)ごとに決まっている祈りの言葉、真言のことです。 一番有名なものは観音菩薩のマントラで、「オム・マニ・ペメ・フム(Om・Mani・Padme・Hum)」です。ラダック滞在中、必ずと言っていいほど耳にする言葉です。

 

マントラか彫られた石

■僧院巡りのマナー

どの宗教にもあるように、チベット仏教の参拝にもいくつかルールがあります。仏教徒にとっても、観光客にとっても気持ちよく参拝をするために守りたいルールを紹介します。

 

  • ゴンパ(僧院)の周囲や堂内では時計回りで歩く(コルラ)
  • 勤行中の僧侶の邪魔をしない
  • ゴンパの中では靴を脱ぎ、脱帽する
  • 静粛にする
  • 訪問の際は肌の露出を避ける
  • ゴンパ内・敷地内で飲食や喫煙をしない
  • ゴンパ内の物に手を触れない

 

 

チベット仏教では、お祈りをしながら、時計回りに回ることは「コルラ」と言われ、チベット文化圏でも参拝の際には時計回りが基本です。寺院の周りを歩くとき、マニ車を回すときなどもすべて時計回りに回すというのは覚えておきたいマナーです。

 

■ラダックのお土産

夏の間、レーの中心地は土産屋をはじめ、食料品店や日用雑貨屋、ホテル、ツアー会社、本屋などが道の両サイドにずらっと並び、人通りも多く活気に満ちています。

 

レーの街かど
春頃は、生のアンズの露店が並びます
野菜の露店も多いです

レーに到着しましたら、高度順応もかねてぜひレーの街へお散歩へ繰り出しましょう。大小様々なお店があり、見るだけでも楽しいですし、何か掘り出し物が見つかるかもしれません!

 

 

最後に、ラダック地方に訪れたら購入したいお土産4選をご紹介!

 

1.あんず

あんずが特産品のラダックでは、あんず商品がたくさんあります。乾燥させてそのまま食べる乾燥あんず、種のバター、あんずジャム、オイルやクリームなどの美容商品も人気です。

 

路面で売られている乾燥あんず
アンズのジャムなど加工製品も人気です

 

2.カシミヤ、パシュミナ

カシミヤやパシュミナは、チャンタン高原でチベット系遊牧民がカシミヤ山羊を飼っていたことから始まったといわれています。このエリアのカシミヤやパシュミナは一般的なカシミヤ繊維よりも細いため、より柔らかく、暖かく、軽い、世界でもトップクラスの品質と言われます。

 

 

3.トルコ石

トルコ石は、古くからチベット圏で採掘され、珊瑚や琥珀と並び、欠かせない装飾品の一つです。ラダックにもその文化は受け継がれ、伝統的な女性の頭飾り「ペラック」にはトルコ石がふんだんに使われています。前頭部から背中まで伸びる1mほどの帯状布地(ウール製)に、大小多くのトルコ石を縫い付けたもので、嫁入りの際に代々母から娘へと受け継がれます。お土産屋でも、トルコ石をあしらった小物がたくさん売っています。

 

トルコ石のアクセサリー

 

 

4.仏具

仏教関連のお香や仏具もラダック地方でよく見かけるお土産です。レーのメインバザールでも、お土産用のマニ車のキーホルダーや、小さなタルチョがいたるところで売られています。

 

土産屋の仏具

 

せっかく訪問するならば、お祭りや観光マナーなど、しっかりと知識をつけてから訪問したいところです。ぜひ皆さんの旅の準備に役立てください。

 

 

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天空のチベット ラダック第4弾: チベット仏教の世界とマンダラ

ジュレー! 西遊インディアです。

 

チェムレ僧院。山頂には僧院、山腹には僧房が立ち並んでいます

前回、ラダックの信仰に絡めて仏教美術のお話をいたしました。ラダックでは、美しい壁画、また僧院そのものなど、まだ現存しており今も行けば直接見ることが叶います。ですが、チベット仏教の本流の地である中国側チベットでは、中華人民共和国による文化大革命で僧院などの大半が破壊されてしまいました。ラダックは、ラダック王国という独立した仏教国であったことと、インドに帰属した後しばらくは外国人の立ち入りが禁止されていたため、チベット本土よりも建造物や仏教美術において、伝統的なチベット文化が色濃く残っています。
チベット仏教の中心地の一つとされるラダックは「小チベット」と称され、特に曼荼羅美術の集積が素晴らしいことで有名で、チベットを凌ぐとも言われています。

 

ぜひ、ラダックに訪問の際は僧院も訪問してみてください。何かの行事の際や、時に鍵番が不在で小さなお堂だと中に入れないこともありますが、だいたいは、快く迎えてくれます。

 

お勉強の時間を覗かせてくれました(カルーシャ僧院にて)
勤行の時間。見学させてもらえます。
こちらはティクセ僧院での早朝の勤行の様子

 

チベット仏教の僧院へ行くと、堂内にて壁に描かれた曼荼羅(マンダラ)や仏に目がいくと思います。

 

マンダラとは、仏教の中でも特に密教で考えられている世界や宇宙の構造を、絵柄で表したもので、真理に近づくための道しるべです。

 

金剛界曼荼羅(ツァツァプリ僧院)

金剛界曼荼羅の「金剛」とはダイヤモンドのことです。中央に座す、大日如来の智慧(ちえ)がダイヤモンドのように固く、何ものにも屈しないということを表しています。大日如来の周囲には4人の如来が位置しています。そして金剛杵が周囲を囲み、教えを守っています。

 

 


如来とは…

如来とは、一度悟りをひらいた存在を意味しています。
代表的な如来は「釈迦如来」と金剛界曼荼羅に描かれる「五仏」、そのほかお薬の壺をもった薬師如来などです。

 

<五仏>

大日(だいにち)如来   中央に配置/身体は白色
法を説くことを象徴する「転法輪印」を組む
阿閦(あしゅく)如来  東に配置/身体は青色
地に右手をつけた「触地印」を組む
宝生(ほうしょう)如来 南に配置/身体は黄色
掌を見せた「与願印」を組む
阿弥陀(あみだ)如来   西に配置/身体は赤色
深い瞑想の状態を表現する「禅定印」を組む
不空成就(ふくうじょうじゅ)如来  北に配置/身体は緑色
全ての恐れを取り除く象徴「施無畏印」を組む

 


 

僧は、頭のなかで曼荼羅を想像し、教えを自分のなかに授けていきます。

 

曼荼羅は、壁や紙に描かれたものや刺繍など手法は様々です。チベットで作られる曼荼羅は、大きく分けて砂で描く砂曼荼羅(ドゥルツォン)、布に描く絵曼荼羅(レーディ)、木や宝石で作られる立体曼荼羅(ローラン)の三種類に分類されます。

 

金剛界五仏の立体曼荼羅(ラマユル僧院)

なかでも砂曼荼羅は、寺院や団体が何らかの発願をし、その成就を願って執り行なう儀式の中で作成されます(お祭りに合わせて制作されることも多いです)。製作期間はおよそ1週間で、僧侶たちが鮮やかな色彩に着色した砂を用い、木製の壇上に描いていきます。

 

完成した砂曼荼羅
砂曼荼羅の作成の様子

銅でできた細長い漏斗に色のついた砂を入れ、その漏斗をこする振動で砂を壇上に落としていきます。以前は色のついた宝石などを使っていたましたが、現在は着色した大理石を粉にして使用するそうです。砂曼荼羅を描けるようになるまでには、約5年もの訓練が必要とのことです。

 

精魂込めて作成した美しい砂曼荼羅ですが、完成後はすぐに壊されてしまいます。砂に戻った曼荼羅の祈りは、川に流れ世界にその祈りを広げることになるのです。曼荼羅を作ることが目的なのではなく、川に流すまでの一連の流れには、永久不変なものなどないという諸行無常の教えが根底にあります。

 

 

ラダックシリーズ第5弾へと続きます。
第5弾:上ラダックの観光

 

 

カテゴリ:インドの宗教 , ラダック , ■インド山岳部・ガンジス源流
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天空のチベット ラダック第3弾: チベット仏教の世界と仏教美術の宝庫アルチ僧院

ジュレー!(ラダック語でこんにちは)
インド最北部・ラダックを紹介する第3弾です。

 

チベット僧院の前で、マニ車を回す女性

ラダックに到着するためにヒマラヤ越えをしなければならなかった時代は、ラダックエリアの住民は、チベット仏教を信仰する人がほとんどでした。大戦後、インドが隣国パキスタン、中国との関係を注視しなければならなくなったあと、両国と隣接しているラダックエリアには、多数の軍の駐屯地が置かれるようになりました。また、ラダックエリアの観光が広く開かれるようになり、夏の時期にはホテルやレストランでの季節労働者も集中しました。そのため、現在のラダックにはもともとの土着の信仰以外にも、ヒンドゥー教徒、シーク教徒も少なからずおります。また、地域によってはイスラム教徒が古くから居住しているエリアもあり、そういった街にはモスク(イスラム教の礼拝所)が街の中心にあります。シリーズ第二弾で紹介した頭飾りが特徴的な花の民・ドクパ(ダルド)の人々が住む地域は、古くから伝わる民間信仰も根強く残っています。

 

上記の通り、ラダックは宗教における多様性が認められますが、この地域に圧倒的に多いのは、チベット仏教徒(特にゲルク派、ドゥルク派が多数)です。

 

今回は、ラダックでの信仰・チベット仏教について、ご紹介します。

 

■ラダックで信仰されているチベット仏教

スムダ・チュン僧院の立体金剛界曼荼羅
ティクセ僧院全景

仏教発祥の地はインドであるということは皆様ご存知かと思います。紀元前3世紀、インドのアショカ王が仏教を庇護したことで、インド各地に仏教が広まりましたが、ラダックのお隣のエリアのカシミール地方でも、この時代に仏教が伝わりました。
ラダックは、カシミールの影響を様々な面で強く受けており、仏教の伝播についても影響は受けたものと推測されますが、残念ながら10世紀以前の記録はほとんど残されておらず詳細は分かりません。おそらく9世紀頃、チベットで起きた内乱から逃れるために多くの高僧たちがこの地にやって来たことで、本格的にラダックで仏教が栄え始めたのではないかといわれています。

インド本土においては、13世紀に仏教はほとんど滅んでしまいますが、ラダック地方においては、逆にチベット仏教が非常に盛んな時期にあたります。そしてそのまま現代まで、ラダックではチベット仏教として信仰が受け継がれているのです。

 

 

ラダック地方におけるチベット仏教を確立したのは、リンチェン・サンポと、インドのナーランダから来た学僧アティーシャとされています。

 

リンチェン・サンポ 偉大なる翻訳家

ロツァワ(大翻訳家)・リンチェン・サンポは11世紀にグゲ王の命を受け、当時仏教が盛んだったカシミールに2度留学しました。戻った後は膨大な数の経典翻訳に励んだことから、大翻訳家(ロツァワ)と呼ばれ、仏教発展に大きな足跡を残しました。ロツァワは2度目の帰路時に、カシミールから32人の大工や仏師、絵師を連れ帰ったことで、カシミール様式の仏教美術を西チベットに持ち込むことに成功し、グゲにトリン僧院、ラダックにニャルマ僧院、そして仏教美術の宝庫・アルチ僧院など、全部で108の僧院を建てました。

 

アルチ僧院 スムツェク(三層堂)
アルチ僧院仏塔内に描かれたリンチェンサンポ
アルチ僧院 木枠の装飾にはカシミールの影響が随所に

ラダックの仏教美術は11世紀のリンチェンサンポ時代と、14世紀頃からのポスト・リンチェンサンポ時代に分けることができます。リンチェンサンポ様式はカシミールや中央アジア美術の系統をひいており、壁画の着色に「群青」を多用していることが特徴として挙げられます。対してポスト・リンチェンサンポ様式はカシミールの様式が薄れ、チベットの影響を受けるようになり、「赤」の多様が目立ちます。

 

 

▮仏教美術の宝庫アルチ僧院

リンチェンサンポ様式の代表・アルチ僧院。ドゥカン(勤行堂又は大日堂)、ロツァワ・ラカン(翻訳官堂)、文殊堂、スムツェク(三層堂)と仏塔から成っています。そのなかでも11世紀のカシミール様式が良好な保存状態で残されているのが、スムツェク(三層堂)です。名前の通り三階建ての比較的こじんまりしたお堂ですが、外観だけ見ても、ギリシャ・イオニア様式の柱頭など、ギリシャの影響を受けたカシミールの様式が随所に残されています。

 

三層堂に入ると、三立像(文殊菩薩(右:東)、赤い弥勒菩薩(正面:北)、白い観音菩薩(左:西)が立ち、それぞれの菩薩の下衣に仏伝図(釈迦牟尼の一生との事)などが描かれています。壁には青を基調とした千体仏。隙間なくびっしりと埋め尽くされた壁画の数々は、じっくり見ていくと時間がいくらあっても足りない程です。
堂内で見られるカシミール様式の特徴としては、壁の隅に施された「白鳥の絵」、溝彫り式でうずまき模様が施されている柱、そして独特の明り取りの仕様であるラテルネン・デッキ(持ち送り式天井)などです。

 

仏塔内部の天井画。天井は、ラテルネン・デッキ(持ち送り式天井)
般若波羅密仏母の壁画 (アルチ僧院発行の写真集より)

そしてこの堂内での見所は何と言っても般若波羅密仏母の壁画です。堂内に入って左側、観音菩薩の立像の足元にひっそりと佇む仏母は、細字の黒色の線で美しくくま取りされ、丁寧に施された着色、ななめ下に向けられた視線は控えめな美しさを感じさせます。

般若波羅密仏母は仏を生み出す母と言われており、右手には青い蓮の花、左手には経典を持っています。

 

あまりに繊細な線と美しい着色は、思わず見入ってしまうほどです。

 

※アルチ僧院三層堂の内部は、写真撮影が禁止されております。ぜひ写真集の購入をおすすめいたします!

 

 

 

ラダックシリーズ第4弾へ続きます。
第4弾: チベット仏教の世界とマンダラ

 

 

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