インドの祝日③ 選択制の祝日

ナマステ!西遊インディアです。

 

インドの祝日をご紹介する第3回目。前回まで、インドの祝日のシステムと、「全国共通の祝日(Gazetted Holidays)」について紹介してきました。今回は、「選択制の祝日(Restricted Holidays)」についてご紹介します。

 

■選択制の祝日(Restricted Holidays)

 

「選択制の祝日」は、「全国共通の祝日」とは異なり、各州の政府が自由に設定できる祝日です。インド社会の多様性に配慮し、土地ごとに違う文化を尊重できるシステムです。

 

そして、これは州政府が設定した日が全て休みになるわけではなく、実際には州政府が「祝日の候補となる日付のリスト」を作成し、各人がそのリストの中から自分が取得したい祝日を選んで取得するというシステムになっています。同じ州の中であっても様々な人が生活するインド社会に対応するものです。

 

この「祝日の候補となる日付のリスト」として、州政府は12日間を設定することができます。その中から、祝日を取る人は3日間を自分の祝日として取得します。中央政府に限ってはこのリストの候補日として34日間を設定することができます。これは以前の記事でもご紹介しましたが、中央政府の職員や、デリー在住者には他州と比べて様々な出身地・宗教の人がいるということが背景にあり、また行政担当者の休日をある程度分散させるというものです。中央政府の管轄にある人は、この34日間の中から2日間を取得します。

 

以下では、この「選択制の祝日(Restricted Holidays)」について、2021年中央政府の設定によるリストをご紹介します。

 

 

日付 祝日名と概要
1/1 New Year’s Day
グレゴリオ暦の新年。一般的に休日となる場合が多い。
1/13 Lohri ローリー
主にパンジャブ州のシク教徒による、冬至のお祭り。冬のピークの終わりや豊穣を祝います。
1/14 Makar Sankranti マカー・サンクラーンティ
主にインド北東部で祝われる冬至のお祭り。焚火や凧揚げなどの催しが開かれます。


Pongal ポンガル
南インドで祝われる冬至のお祭り。太陽神スーリヤの祭りでもあります。祭りは3日間続き、ミルクと砂糖で甘く炊いたポンガルというミルク粥を食べ、コーラムと呼ばれる吉祥文で玄関を飾ります。

 

タミル・ナードゥ州のケーブルテレビ局:KSRによる、2020年のポンガル祭りのレポート。(出典:KSR – Youtube

1/20 Guru Gobind Singh’s Birthday グル・ゴービンド・シン生誕祭
シク教の指導者のひとり、グル・ゴービンド・シンの誕生日を記念して行われる祭り。詩の朗読や行列等が催されます。
2/16 Basant Panchami ヴァサント・パンチャミ
春の訪れを祝う、立春にあたる祝日。伝統的な凧挙げが行われます。
2/19 Shivaji Jayanti シヴァージー生誕祭
マハーラーシュトラ州の祝日。マラーター帝国の創設者であるチャトラパティ・シヴァージー生誕記念日を祝います。
2/26 Hazrat Ali’s Birthday アリー生誕祭
イスラム教の第4代正統カリフで、シーア派の初代イマームであるアリーの生誕祭。 預言者ムハンマドの父方の従弟にあたる。
2/27 Guru Ravidas’s Birthday ラヴィダース生誕祭
15~16世紀にかけてのインドのバクティ運動の活動家:ラヴィダースの生誕祭。ウッタルプラデーシュ州、ラジャスタン州、マハーラーシュトラ州、マディヤプラデーシュ州、パンジャブ州で主に祝われる。
3/8 Swami Dayananda Saraswati Jayanti スワミ・サラスワティ生誕日
後にインド独立の鍵となる「スワラージ(自治)」を唱えた哲学者・社会家のスワミ・サラスワティの生誕祭。
3/11 Maha Shivaratri マハー・シヴァラトリ
シヴァ神を讃えるヒンドゥー教の祭日。年に12回催されるシヴァラトリのうちで最も神聖な日。

 

 

バラナシのニュースサイト:Live VNSによる、2019年のバラナシでのマハー・シヴァラトリの様子。バラナシでは毎日プジャ(礼拝)を行い、また毎月のシヴァラトリも開催されますが、マハー・シヴァラトリの際にはさらに多くのヒンドゥー教徒が訪れ、盛大なお祭りになります。(出典:Live VNS – Youtube)

3/28 Holika Dahan ホ-リカ・ダーハ
インドの年末であるホーリー祭りの前日。ホーリカという女性型の人形を燃やし悪気払いをする。
4/4 Easter Sunday イースター(復活祭)
十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念する祭り。インドではこの2日前のグッド・フライデー(受難日)の方が重視されます。
4/13 Chaitra Sukladi / Gudi Padava / Ugadi / Cheti Chand / Vaisakhi / Vishu
ウガディ(アーンドラプラデーシュ州、テランガーナ州、カルナータカ州)、グディ・パドワ(マハシュトラ州・ゴア州)、チェティ・チャンド(シンドヒンズー教徒)、等、各地の新年の祭り。
4/14 Mesadi Tamil New Year’s Day
主にタミル州で祝われる、タミル暦の新年の祭り。
4/15 Vaisakhadi (Bengal) /  Bahag Bihu (Assam)
アッサムの先住民族によって北東インドのアッサム州およびその他の地域で祝われる新年祭。
5/7 Jamat-Ul-Vida
ラマダンの月の最後の金曜日を祝うイスラム教の祭り。
5/9 Guru Rabindranath’s Birthday タゴール生誕祭
ベンガルの偉大な詩人、ノーベル賞受賞者として知られるラビンドラナート・タゴールの生誕記念日。
7/12 Rath Yatra ラタ・ヤトラ
オリッサ州・プリーで行われる山車祭り。3台の巨大な山車が街を練り歩き、100万人以上が集まる大祭。

 

 

オリッサ州のテレビ局:Odhissa TVによる2019年のラタ・ヤトラ祭のレポート。巨大な山車のサイズ感や、おびただしい量の観客の様子がよくわかります。(出典:OTV – Youtube

8/16 Parsi New Year’s day / Nauraj
パールシー(ゾロアスター教)における新年祭。ゾロアスター教でも春分の日を元旦とするシャヘンシャヒ暦を使っていますが、この暦ではうるう年を考慮しないため、もともとの春分の日から大きなずれが生まれています。
8/21 Onam オーナム
インド神話のアスラ(魔族)の王 マハーバリがケララに戻ってくることを祈願する、ケララ州最大の祭。ケララ州観光局による、オーナム祭の紹介動画。最大のハイライトとなるボートレースを始め、様々な催しの様子がわかります。

 

(出典:Kerala Tourism - youtube)

8/22 Raksha Bandhan ラクシャー・バンダン
ヒンドゥー教神話を基にする、兄弟・姉妹の愛と絆を祈願する祭り。兄弟姉妹に関わらず女性が男性の右手首にラーキー(吉祥の紐)を結びつけ、男性はお返しの品を女性に贈る風習があります。
8/30 Janmashtami  ジャンマシャタミ
クリシュナ神の誕生を祝うのヒンズー教のお祭り。「ジャンマ」はクリシュナの誕生を、「アシュタミ」は「第8」の意味。クリシュナがヴィシュヌの8番目の化身であること、母デヴァーキーの8番目の子どもであることを意味します。
9/10 Ganesh Chaturthi ガネーシャ・チャトゥルティー
ヒンドゥー教の象頭の神:ガネーシャを讃える祭り。11日間行われ、マハーラーシュトラ州・プネー市の大規模な祭りが有名です。

ガネーシャ・チャトゥルティーのガネーシャ像(画像出典:Unsplash)
ガネーシャ・チャトゥルティーのガネーシャ像(画像出典:Unsplash)
10/12 Dussehra (Maha Saptami)
ダシェラー祭の7日目。ナヴラトリと呼ばれる断食や、女神サラスヴァティーへの祈りが捧げられます。
10/13 Dussehra (Maha Ashtami)
ダシェラー祭の8日目。ナヴラトリと呼ばれる断食や、女神サラスヴァティーへの祈りが捧げられます。
10/14 Dussehra (Maha Navmi)
ダシェラー祭の9日目。ナヴラトリと呼ばれる断食や、女神サラスヴァティーへの祈りが捧げられます。翌日の10/15がダシェラー祭のクライマックスとなり、この日は全州共通の祝日となっています。
10/20 Maharishi Valmiki’s Birthday ヴァールミキ生誕日
古代インド(紀元前500年頃)の詩人で、叙事詩『ラーマーヤナ』の編纂者とされる哲学者ヴァールミキの生誕祭。
10/24 Karaka Chaturthi (Karva Chouth)
主に北インドで行われるヒンドゥー教の祭日。妻が夫の安全と長壽を祈願して日の出から月の出まで断食を行います。
11/4 Naraka Chaturdasi
ディワリ祭の2日目。クリシュナがアスラ(魔族)のナラカシュラを倒し、誘拐された16,000人の王女たちを解放した日とされています。
11/5 Govardhan Puja ゴーヴァルダナ・プジャ
ディワリ祭の3日目。クリシュナが豪雨から村人を守るためにゴーヴァルダナ山を持ち上げた事件を記念し、山盛りの食べ物をクリシュナに供えます。親族が集まって宴会を開く、ヒンドゥー教暦の年末(大晦日)にあたります。爆竹や花火で賑やかな夜となります。
11/6 Bhai Duj 
ディワリ祭の4日目、ヒンドゥー教の元旦。新年を祝い、親族や友人同士で贈り物をします。

ランプを灯す女性ガネーシュ・チャトゥルティー(ムンバイ)(画像出典 沖 守弘「沖 守弘写真集「インド・祭り」」1988 学習研究社出版)
ランプを灯す女性ガネーシュ・チャトゥルティー(ムンバイ)(画像出典 沖 守弘「沖 守弘写真集「インド・祭り」」1988 学習研究社出版)
11/10 Chhath Puja チャート・プジャ(Pratihar Sashthi Surya Sashthi)
ビハール州発祥とされる、ヒンドゥー教の太陽神スーリヤを崇拝する祭り。ビハール州最大の祭りです。

チャート・プジャ(ナーランダ)(画像出典 沖 守弘「沖 守弘写真集「インド・祭り」」1988 学習研究社出版)
チャート・プジャ(ナーランダ)(画像出典 沖 守弘「沖 守弘写真集「インド・祭り」」1988 学習研究社出版)
11/24 Guru Teg Bahadur’s Martyrdom Day
17世紀のシク教の指導者のひとりグル・テグ・バハドゥールの殉教を記念する祭り。
12/24 Christmas Eve
クリスマス・イブ。翌日のクリスマスは全国共通の祝日となっています。

 

 

それぞれ祝日をかなりざっくりと説明させていただきましたが、1年を通してインド全国でどんなお祭りや伝統行事があるのか、イメージできるかと思います。

 

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インドの祝日②  全国共通の祝日

ナマステ!西遊インディアです。

インドの祝日のシステムについて紹介するシリーズ、2回目です。今回は、インドの祝日について、全国共通の祝日スケジュールなどをご紹介していきます。

 

インド共和国記念日のパレード
デリーのラール・キラーにて行われたインド共和国記念日のパレードの様子(出典:Outlook – Independence Day Celebrations – 2020)

ご存じの通りインドは、多種多様な地域文化、宗教などが入り混じっています。祝日はその土地の歴史、文化、信仰によって大きく異なるため、日本のように全国一律で祝日を敷くことは難しく、軋轢を生む原因になってしまいます。

そこで、インドでは中央政府が定める「全国一律の祝日(Gazetted Holidays)」と、各州政府が定める「選択制の祝日(Restricted Holidays)」の2種類が存在してます。さらに、同じ州といえど様々な人が暮らしていますので、各州政府が定める祝日にも独特の仕組みがあります。

 

デリーの2021年4月のカレンダー画像出典-インド政府公式We
デリーの2021年4月のカレンダー。全州共通の祝日は赤、選択制の祝日は緑で色分けされています。画像出典-インド政府公式Web

 

まず「全国一律の祝日(Gazetted Holidays)」についてご紹介します。この祝日は各州政府では14日間、中央政府では17日間が設定されています。中央政府の17日間の設定は、中央政府直轄地であるデリー地区や、その他の土地の中央政府の職員に対して適用されるものです。

 

以下、中央政府が設定する17日間の祝日一覧です。実際にはこの17日間に加え、選択制の祝日リストからさらに2日間を加えたものがデリー在住者や中央政府職員の祝日となります。

 

 

<2021年の祝日リスト>

 

日付          祝日名と概要
1/26 Republic Day [国民の祝日]

共和国記念日。1930年1月26日にインド独立宣言が宣言され、イギリスからの完全独立への契機となった日。その後インドは1947年8月15日に完全独立し、この日は独立記念日として別の祝日となっています。デリーでは各州の代表によって大規模な軍事パレードが開催されます。

 

 

インド公共放送による、2020年の共和国記念日パレードの様子(出典:Doordarshan -Youtube​​)

3/29 Holi
ヒンドゥー暦の最後の月の最後の満月の日に行われるお祭り。元々は春の始まりや豊穣を祝う祭りですが、現在では水かけ祭りとして有名。色水やカラフルな粉を掛け合う行事が行われています。

ホーリー祭り 色粉を投げ合う光景(画像出典:Unsplash)
ホーリー祭り 色粉を投げ合う光景(画像出典:Unsplash)
4/2 Good Friday
聖金曜日。キリスト教で、復活祭(イースター)前の金曜日のこと。「受難日」、「受苦日」などとも呼ばれます。インドではキリストが復活を遂げたイースターより、亡くなった日である聖金曜日が重要視されます。
4/21 Ram Navami
ヒンドゥー教の神で、叙事詩ラーマーヤナの主人公であるラーマの誕生日を祝う春のヒンドゥー教のお祭り。
4/25 Mahavir Jayanti
ジャイナ教の最後のティールカンタラ(最高指導者)であるマハーヴィーラの誕生日。
5/14 Id-ul- Fitr
イードゥル・フィトル。ラマダーン(断食)の月の終了を祝うイスラム教の祭り。イードはアラビア語で祝宴、フィトルは断食の終わりを意味し、単にイードと呼ばれることもあります。
5/26 Buddha Purnima
仏陀の生誕日。ヒンドゥー教では、ブッダはヴィシュヌ神の8番目の生まれ変わりと考えられているため、この日はヒンドゥー教徒と仏教徒の両方によって祝われます。
7/21 Id-ul-Zuha(Bakrid)
イードゥル・アズハー。イスラム教の祝日で、聖者イブラーヒームが進んで息子のイスマーイールをアッラーへの犠牲として捧げようとした事を記念する日。
8/15 Independence day   [国民の祝日]
インド独立記念日。
1947年8月15日、インドがイギリスから分離独立したことを記念する国民の祝日です。 デリーのラール・キラー(レッド・フォート)では祝賀行事の大規模パレードなどが行われます。 

 

 

 

インド公共放送による、2020年の独立記念日パレードの様子(出典:Doordarshan -Youtube​​)

建国記念日のパレード(画像出典:Unsplash)
独立記念日のパレード(画像出典:Unsplash)
8/19 Muharram
イスラム教の祝日。ヒジュラ暦の一年の最初の月の名前でもあり、イスラム教徒にとっての新年となる。
8/30 Janmashtami
ヴィシュヌの8番目の化身であるクリシュナ神の誕生を祝うのヒンドゥー教のお祭り。
10/2 Mahatma Gandhi’s Birthday [国民の祝日]
インド独立の父として称えられるマハトマ・ガンジーの生誕日。2007年6月に国連総会で採択された国際非暴力デーもこの記念日に由来します。
10/15 Dussehra
叙事詩「ラーマーヤナ」の中で、ラーマ王子が魔王ラーヴァナとの10日間の戦いの末に勝利したことを祝う祭り。ダシェラー祭までの9日間はナヴラートリと呼ばれる祭りが行われ、10日目のダシェラー祭ではラーヴァナを象った巨大な人形を燃やす催しがインド各地で開かれます。 

 

 

デリーのラール・キラーでのダシェラー祭の様子。10の顔を持つ魔王ラーヴァナを筆頭に巨大な人形が作られ、これを燃やすことで勝利を示します。(出典:Youtube : IndianExpressOnline)

10/19 Milad-un-Nabi or Id-e-Milad
ムハンマド生誕祭。イスラム教の預言者ムハンマドの、ヒジュラ暦における誕生日に行われる祭礼。
11/4 Diwali (Deepawali)
ヒンドゥー歴の新年祭。光の祭典としても知られ、この日に地上に帰ってくるとされる先祖ならびに女神ラクシュミーを迎えるため、オイルランプ(ディヤー)やライトで家をともし、お花や色粉でランゴーリーといわれる装飾を施します。数年前までは、大量の爆竹・花火の打ち上げも行われていましたが、近年は大気汚染の件もあり、花火は制限されています。

家庭でのディワリの様子( https://www.aljazeera.com/)
11/19 Guru Nanak’s Birthday
グル・ナーナク生誕祭。シク教の創始者であり、最初のシク教のグル(指導者)であったグル・ナーナクの生誕を祝う祭り。シク教徒にとっての最大の祭りであり、祭りの2日前から様々な祈りの祭礼が行われます。
12/25 Christmas Day
クリスマス。特に西海岸のゴア、ムンバイ、ケララ州ではキリスト教徒が多く、盛大に祝われます。

 

一覧を見るだけでも非常に多様性に富んだインドの一年を感じられます。数えてみると、3日間の「国民の祝日」以外は、ヒンドゥー教の祝日が5日、イスラム教が4日、キリスト教が2日、他に仏教徒ジャイナ教・シク教がそれぞれ1日と、各宗教の祝日を取り入れています。もちろんこの祝日の採択は多数派であるヒンドゥー教、そしてそれに次ぐイスラム教の祝日が多く、これには批判もありますが、それぞれの宗教、文化への配慮が見えます。

 

 

これらの祝日に選択制の祝日も含めると更に多くの休日が加わりますが、詳細についてはまた次のブログでご紹介したいと思います。

 

 

Text by Okada

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インドの祝日① インドの祝日システム解説

ナマステ!西遊インディアです。

 

インドで生活する際、またインドを観光で周る際に事前に確認しておきたいのが、「祝日」です。役所はもちろん、祝日によっては一部観光地も閉まります。インドの祝日は、毎年日付が変わる移動祝日も多く、また州によって別途定まっている祝日もあり、一見非常に複雑です。

インドの祝日について、そのシステムをご紹介します。

 

インドの祝日システムの話へと進める前に、まずは、参考として日本の祝日のシステムを考えてみましょう。下の画像は、内閣府のウェブサイトより引用した現在の日本の祝日です。

 

 

国民の祝日について-内閣府
国民の祝日について-内閣府

 

日本の祝日はまず、日付が決まっている祝日と、年によって日付が変わる祝日の2つが存在します。

 

日付が決まっているものとしては、元旦(1/1)や憲法記念日(5/3)、文化の日(11/3)など祝日の大半がこれにあたります。日付が変わるものは、ハッピーマンデー制度によって「〇月の第〇月曜日」と指定されるものに加え、天体の運行に左右される春分の日・秋分の日がこれにあたります。

 

また、2019年から2020年、そして2021年は平成から令和への切り替えや東京オリンピック関連で祝日の移動が行われています。これは少しイレギュラーなものとなりますが、基本的には毎年上述したような祝日設定となります。

 

このように年によってある程度は祝日の日付が違う日本ですが、それでも祝日は日本全国どこへ行っても同じ日ですし、県によって、もしくは人によって祝日が異なっている、というような状況はありません。また、私たちもいつどんな祝日があるかということをだいたい理解して生活しています。

 

 

■インドの祝日システムの特徴

これに対し、インドの祝日システムは全く異なった性質を見せます。全州で共通している祝日もありますが、それに加えて州ごとに異なる祝日が設定されています。また、その中でも各個人によって選択できる祝日が設定されており、人によっても祝日が異なることになります。州によって・人によって祝日が異なる、というのがインドの祝日システムです。当然、違う州へ行けば違う祝日があり、また非常に多種多様な土地文化・宗教等が混在しているインドですので、インド人であっても聞いたことのない祝日、というものがたくさん存在しています。

 

これは、インドの多様な文化をそのまま反映した結果です。様々な民族・文化・宗教が入り混じって成立しているインドでは、国として統一した祝日を敷くことはせず、各地域・各文化・各宗教・そして各人に即した祝日を取得できるようなシステムが出来上がっています。

 

また、「〇月〇日」と日付を表す場合、基本的に現代の日本人は新暦(グレゴリオ暦)に則った考え方をします。しかし日本にも旧暦(江戸時代に制定された天保暦)が存在し、現代でも伝統行事の際には旧暦を基準にするように、日付(暦)の考え方は様々あり、インドでも地域・文化・宗教等によって異なる様々な暦が使われています。インド中央政府は公式な発表の際にはグレゴリオ暦を使用しますが、その際にインド国定暦であるサカ暦(Shaka Calender)や他の暦における日付を併記することも行われています。

 

2021年のデリーの全州共通の祝日画像出典-インド政府公式Web
2019年のデリーの全州共通の祝日画像出典-インド政府公式Web

 

上の画像は2019年のデリーでの祝日(の一部)です。中央左列はグレゴリオ暦で記載されていますが、その右側の列にはインド国定暦(サカ暦)が併記されています。また、グレゴリオ暦の4月17日からは表が分かれていますが、これはインド国定暦ではこの期間に暦の1940年から1941年に年が移ったことを示しています。

 

日本でも旧暦と現在の暦で日付がずれるように、インドでも各地の伝統の暦と現代のグレゴリオ暦との間に誤差が生じるため、私たちが普段使っているグレゴリオ暦で考えると、毎年開催の日付が変わっている祭りが多く存在します。日本では主に旧暦とグレゴリオ暦だけの対比となりますが、インドではその伝統の暦も地域によって様々あり、より祝日のスケジュールが複雑になっています。インド国内で売られているカレンダーの多くには、様々な暦での日付が記載されています。

 

グレゴリオ暦・ビクラム暦・インド国定暦サカ暦などの日付が併記されているインドの2006年のカレンダー ©-The-Trustees-of-the-British-Museum
グレゴリオ暦・ビクラム暦・インド国定暦サカ暦などの日付が併記されているインドの2006年のカレンダー ©-The-Trustees-of-the-British-Museum

 

■インドの祝日システムの内容

 

それでは実際に、インドの祝日システムの内容を見てみましょう。

 

インドでもグレゴリオ暦に当てはめると毎年日付が変わる祝日が多くあるため、ここでは今年2021年の祝日に関して記載していきます。まず初めに、基本的な特徴として、インドの祝日には2種類の祝日があります。

 

全州共通の休日:Gazetted Holidays

 

一つ目は「Gazetted Holidays(全国共通の祝日)」と呼ばれる、中央政府が定めた祝日です。これはインド全州で共通する休みとなり、今年は1年のうち14  日間が設定されています。

 

14日間のうち3日間は、インドの国民の祝日(National Holiday)である下記となります。また、インドの行政は中央政府の直轄であるデリーと、各州政府に分かれています。各州政府の「全国共通の祝日(Gazetted Holidays)」は14日間ですが、デリーに限っては更にデリー固有の休日が3日間あり、デリーの「全国共通の祝日」は計17日間となっています。

 

 


①1月26日 共和国記念日

1950年の共和国憲法発布を祝う日です。デリーをはじめ、各州で大規模なパレードが行われます。

②8月15日 独立記念日

1947年イギリスからの分離独立を祝う日。首相演説がデリーのラール・キラーで行われます。

③10月2日 マハトマ・ガンディー生誕日

インド独立の父であるマハトマ・ガンディーの誕生日。

 


 

ちなみに、新型コロナウイルスの影響で例年よりも縮小しての開催ではありましたが、今年2021年の1月26日にも共和国記念日の祭典が催されました。現地のテレビ局によって撮影された、デリーでのパレードの様子が公開されていましたので、こちらも是非ご覧下さい!

 

 

 

 

選択式の休日:Restricted Holidays

 

二つ目は「Restricted Holidays」と呼ばれる、選択式の祝日です。これは各州政府が設定した祝日のリストから3日間を選び、各人ごとに自由に祝日を取得できる、というシステムです(中央政府は2日間)。この祝日リストは州政府では選択肢として12日の祝日が挙げられています。

 

州政府ではリストに並ぶ祝日は12日間ですが、中央政府のリストには全部で34日の選択肢があります。州政府のリストと比べると、選択できる祝日の幅がとても多いことに気づきます。これは中央政府の職員や、デリー在住者には他州と比べて様々な出身地・宗教の人がいるということが背景にあり、また行政担当者の休日をある程度分散させるという狙いもあります。

 

 

複雑でわかりにくいように思えるインドの祝日システムですが、各地域や宗教の伝統行事に合わせて祝日を設定できるため、多種多様な文化・宗教を抱えるインド社会の多様性に即した仕組みとなっています。全国一律の祝日を強硬に設定するのではなく、各地の伝統をある程度尊重した、非常にインドらしい制度ではないでしょうか。

 

 

「インドの祝日」その②へ続きます。

 

 

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天空のチベット ラダック第8弾:祭り・チベット仏教の用語とマナー・お土産など

ジュレー! 西遊インディアです。

散策や観光の際には、その土地のマナーや専門用語に触れておくと、より訪問を楽しめます。また、ラダックだからこそ手に入るお勧めのお土産なども紹介しますので、出発前にぜひご一読ください。

 

■お祭りを楽しむ

折角行くなら僧院で行われるお祭りに日付を合わせるのもひとつです。各僧院、一年に一度お祭りを催します。すべての仏教関連の年中行事はチベット暦に合わせて行いますので、各地の僧院の祭りは毎年日程が変わります。お祭りを見に行く場合は開催日の確認をお忘れなく。

 

ラダックで行われるお祭りについて、一部ご紹介します。

 

▮ヘミス僧院のツェチュ祭

規模の大きさから全チベット文化圏から巡礼者が訪れるツェチュ祭は、ヘミス僧院で3日間にわたって行われるラダック最大の祭りです。開祖であるグル・リンポチェを再び目の前に拝み、法要を行う、一年のうちでも大切な日です。掛仏・タンカの開帳や数十の僧侶が仮面を被り舞う仮面舞踊チャムなど、魅力と迫力満点です。

 

ツェチュ祭の様子

 

▮ラマユル僧院のカブギャット祭

カブギャット祭は、チベットカレンダーで8のつく第四の月に行われます。広場ではタンカが掲げられ、ドゥンという大きなチベットホルンの音に合わせて、チャム(仮面舞踊)が行われます。
チャムでは、シャワ(鹿)やマヘ(スイギュウ)、ヤマ(雄牛)、そしてメインの大黒天とその化身たちが登場し、手に持った武器や法具で仏法の敵と戦います。
また後半には、ダオ(ツァンパで作られた人形)を黒帽の僧侶たちが刀や弓などで破壊します。ダオには人々の良くないものや感情が込められており、これを破壊することでそれらを取り除きます。最後に、トルマ(バターとツァンパで作ったお供え物)を燃やし、閉会となります。カブギャット祭りには、周辺各地で修行をしている行者や、ダー・ハヌーからの巡礼者もたくさん押し寄せ、会場はかなりの熱気に包まれます。

 

お祭りの後半・ダオの破壊の場面

 

▮グストール祭

ザンスカールのカルーシャ僧院や、ツォ・モリリ湖畔のコルゾック僧院などで催されています。「グ」とは9や19、29の「9」の付く日を表し、「ストール」とは「トルマ=麦粉やツァンパ、バターなどで作った立体的なお供え物」のことです。「9の付く日にトルマを壊すお祭り」となり、例えばコルゾック僧院では毎年チベット暦の7月29日にあたる日に合わせてこのお祭りが開かれます。
このグストール祭で行われる儀式や踊りには、「善(釈迦の教え)」が「悪(悪魔や悪い心)」に打ち勝つという意味が込められていると共に、釈迦の教えを分かりやすく民衆に伝えるという目的も併せ持ちます。 仮面舞踊で僧侶が被る仮面は神や女神、護法神などを表わしていて、人々にとってはこれらの踊りを見るだけで徳を積む事ができるのです。

 

グストール祭の様子

 

 

■チベット仏教の用語を知る

 

▮マンダラ

仏様の悟りの境地を視覚的・象徴的に表した図像です。サンスクリット語で「円・輪及び中心との関係」という意味で、円は完全なものと考えられています。
マンダラに関してはこちらにも紹介しておりますので、ぜひご覧ください。
ラダック第4弾: チベット仏教の世界とマンダラ

 

壁画の曼荼羅(ツァツァプリ僧院)

 

▮マニ車・マニ石

筒の中に経典を入れたもの。1回転させると1回お経を読んだことになります。マニ車の大きさは様々で、人より大きい巨大なものから、巡礼者が手に持ってくるくる回せる小さなものまであります。

 

僧院の入り口に置かれていることが多い大きなマニ車
僧院内のマニ車

 

▮チャム

お祭り(法要)のときに僧侶が舞う仮面舞踊のことです。この舞踊を観ることで、仏教の教えや教訓が分かりやすく理解できるよう、物語になっていることが多いです。

 

チャム(ピヤン僧院のドゥップ祭)
僧院の中庭を広く使って行われます (ピヤン僧院のドゥップ祭)

 

▮タンカ

掛け軸に描かれた仏画のことです。チベット仏教のお祭りでは、僧院に保存された巨大なタンカの御開帳がメインイベントとなります。

 

ピヤン僧院のタンカ

 

▮チョルテン

仏塔のこと、ストゥーパともいいます。その土地の神や高僧を祀るために建てられます。巨大なチョルテンは、内部を時計回りに頂上まで上がることができます。

 

チョルテン

 

▮タルチョ

家の屋根や僧院、山頂など風の吹く場所に結び付けられている5色の旗のことです。青が空、白が風、赤が火、緑が水、黄色が大地を表します。マントラ(真言)が印字され、風に乗って仏法が広く行き渡るように、との思いが込められています。

 

風になびくタルチョ

 

▮マントラ

尊格(神様)ごとに決まっている祈りの言葉、真言のことです。 一番有名なものは観音菩薩のマントラで、「オム・マニ・ペメ・フム(Om・Mani・Padme・Hum)」です。ラダック滞在中、必ずと言っていいほど耳にする言葉です。

 

マントラか彫られた石

■僧院巡りのマナー

どの宗教にもあるように、チベット仏教の参拝にもいくつかルールがあります。仏教徒にとっても、観光客にとっても気持ちよく参拝をするために守りたいルールを紹介します。

 

  • ゴンパ(僧院)の周囲や堂内では時計回りで歩く(コルラ)
  • 勤行中の僧侶の邪魔をしない
  • ゴンパの中では靴を脱ぎ、脱帽する
  • 静粛にする
  • 訪問の際は肌の露出を避ける
  • ゴンパ内・敷地内で飲食や喫煙をしない
  • ゴンパ内の物に手を触れない

 

 

チベット仏教では、お祈りをしながら、時計回りに回ることは「コルラ」と言われ、チベット文化圏でも参拝の際には時計回りが基本です。寺院の周りを歩くとき、マニ車を回すときなどもすべて時計回りに回すというのは覚えておきたいマナーです。

 

■ラダックのお土産

夏の間、レーの中心地は土産屋をはじめ、食料品店や日用雑貨屋、ホテル、ツアー会社、本屋などが道の両サイドにずらっと並び、人通りも多く活気に満ちています。

 

レーの街かど
春頃は、生のアンズの露店が並びます
野菜の露店も多いです

レーに到着しましたら、高度順応もかねてぜひレーの街へお散歩へ繰り出しましょう。大小様々なお店があり、見るだけでも楽しいですし、何か掘り出し物が見つかるかもしれません!

 

 

最後に、ラダック地方に訪れたら購入したいお土産4選をご紹介!

 

1.あんず

あんずが特産品のラダックでは、あんず商品がたくさんあります。乾燥させてそのまま食べる乾燥あんず、種のバター、あんずジャム、オイルやクリームなどの美容商品も人気です。

 

路面で売られている乾燥あんず
アンズのジャムなど加工製品も人気です

 

2.カシミヤ、パシュミナ

カシミヤやパシュミナは、チャンタン高原でチベット系遊牧民がカシミヤ山羊を飼っていたことから始まったといわれています。このエリアのカシミヤやパシュミナは一般的なカシミヤ繊維よりも細いため、より柔らかく、暖かく、軽い、世界でもトップクラスの品質と言われます。

 

 

3.トルコ石

トルコ石は、古くからチベット圏で採掘され、珊瑚や琥珀と並び、欠かせない装飾品の一つです。ラダックにもその文化は受け継がれ、伝統的な女性の頭飾り「ペラック」にはトルコ石がふんだんに使われています。前頭部から背中まで伸びる1mほどの帯状布地(ウール製)に、大小多くのトルコ石を縫い付けたもので、嫁入りの際に代々母から娘へと受け継がれます。お土産屋でも、トルコ石をあしらった小物がたくさん売っています。

 

トルコ石のアクセサリー

 

 

4.仏具

仏教関連のお香や仏具もラダック地方でよく見かけるお土産です。レーのメインバザールでも、お土産用のマニ車のキーホルダーや、小さなタルチョがいたるところで売られています。

 

土産屋の仏具

 

せっかく訪問するならば、お祭りや観光マナーなど、しっかりと知識をつけてから訪問したいところです。ぜひ皆さんの旅の準備に役立てください。

 

 

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天空のチベット ラダック第5弾:上ラダックの観光とレー

ジュレー! 西遊インディアです。

ラダックは、大きく2つの地域に分けられ、インダス川上流は上ラダック(トゥ)、下流地域は下ラダック(シャム)と呼ばれます。まずは、上ラダックで必見の僧院などをご紹介いたします!

 

■上ラダック(トゥ)

かつての王都シェイや、王族の末裔が暮らしたストクの他、ラダックを代表する僧院が多く集まる地域です。レーからの距離が近いことから、日帰り観光ができることが魅力。

 

 

▮レー(Leh)

標高約3650mに位置するラダックの中心地です。1640年頃、センゲ・ナムギャル王がレーチェン・パルカル(レー・パレス/旧王宮)を建てると、レーは一層王都らしくなり、政治・交易の中心として栄えました。チベット文化圏に属するため大部分がチベット民族であるため、「インドのチベット」とも呼ばれます。パキスタン・中国という2国に隣接している特殊な場所柄、軍事的理由により長い間閉ざされた場所でした。外国人に開放されたのは1974年のことで、現在は訪れる観光客も増え、中心地にはゲストハウスや商店が立ち並んでいます。

 

レーの街 中心部のストリート
見上げるとレーの街から王宮跡などが見えます

 

▮シェイ王宮跡(Shey)

10世紀、ラダック初代の王であるラチェン・パルキゴンと次の王様によりシェイがラダックの都とされてから15世紀まではこの場所にラダック王国の都が置かれていました。シェイとは「水晶」の意味で、王宮や僧院から周りを見渡すと、周囲の山々を覆う万年雪がまるで水晶のように光輝いて見えたのが名前の由来となっています。

九層(9階建て)だったシェイ王宮跡ですが、現在残っているのは廃墟となった旧王宮と、その奥に建てられた僧院で、王国が滅びる時は住人は誰もおらず、廃墟のようだったそうです。

 

 

シェイ王宮跡

 

▮ナムギャル・ツェモ(Namgyal Tsemo)

レー王宮のさらに上にある小さな僧院です。レーの街を見渡すことが出来る岩山の上に建っています。小さな僧院の中には巨大な弥勒菩薩像が納められています。元々のゴンパはレー王宮より古い15世紀に建てられましたが、新たに17世紀にセンゲ・ナムギャル王を偲んで増設され今に至ります。ここから眺める夕日は一日の最後を飾るにふさわしい美しさ。晴れていればヒマラヤの奥に沈み行く太陽がレーの街を赤く染め上げていく様子を眺めることができます。

 

ナムギャル・ツェモ

 

▮シャンティ・ストゥーパ(Shanti Stupa)

レー郊外の丘の上にあるストゥーパ(仏塔)。 1985年、日本山妙法寺によって創建された新しいストゥーパです。 階段を息きらせながら登っていくと、そのストゥーパからは荒涼とした大地の中に広がるレーの街を一望することが出来ます。

 

シャンティ・ストゥーパ

 

▮シャンカール僧院(Sankar Gompa)

20世紀初頭、バクラ・リンポチェ20世によって創建されたゲルク派の僧院です。バクラ・リンポチェとは、ダライ・ラマ13世により認定された、仏陀の16人の阿羅漢の1人であるバクラの転生です。ラダックの指導者でもあります。2004年に死去されていますが、現在は21世が新たに認定されています。

 

ドゥカル(白傘蓋仏母)像

本堂には、ドゥルカルと呼ばれる白傘蓋仏母像が安置されています。「傘蓋」とは高貴な人たちのみが使う日傘で、暑さを遮ることから魔性を遮る意味となりました。「災いから守ってくれるとても強い女神」です。顔・手・足がそれぞれ千あり、一つ一つの手には目があります。白い傘で災難をよけ、左手に持つ輪玉で煩悩を打ち砕きます。この白傘蓋仏母は、シャンカール僧院とレー王宮、ザンスカールのランドゥン僧院でしか見られないそうです。

 

 

▮ティクセ僧院(Thikse Gompa)

ラダックで最も有名な僧院の一つです。15世紀にゲルク派の開祖ツォンカパの命により建てられた僧院で、創建当時の壁画が残されています。岩山の中腹を僧房が埋め尽くし、頂上には本堂がそびえています。「ポタラ宮を見た高僧が感銘受けて、紙がなかったのでカブにスケッチをしてラダックに持ち帰り、ティクセ僧院を建立した。しかし、カブが乾燥して小さくなってしまっていたので実際のティクセ僧院もポタラ宮によく似ているがポタラ宮のミニチュア版になってしまった」という逸話があります。

 

ティクセ僧院 全景

ここでの見どころといえば、入口からすぐのお堂で静かな笑みを浮かべる高さ15mの弥勒菩薩像です。弥勒菩薩は、56億7千万年後の世界に現れ、多くの人々を救済すると言われている未来仏です。弥勒菩薩は大きければ大きい程早く降臨するのだとか。この弥勒菩薩像はラダックでも最大のもので、金剛界五仏の冠を被っています。

 

弥勒菩薩像

 

▮へミス僧院(Hemis Gompa)

レーからインダス川沿いの道を東へ走り、車で約1時間半の場所に位置する、ラダック最大かつ最も有名な僧院です。ドゥクバ・カギュ派の僧院で、17世紀にラダックを治めていたナムギャル王朝のセンゲ・ナムギャル王が、ラダックを訪れていたチベットの高僧タクツァン・レーパのために創建しました。

へミス僧院は、王家の庇護の元栄えることとなり、僧院には多くの僧が集まったため、へミス僧院にはドゥカン(僧の集会所)が2つ並んでいます。現在へミス僧院の僧は60~70人ということでしたが、かつては1000人もの僧がいたそうです。

 

へミス僧院。珍しく、集会堂が2つ並ぶ構造です
集会堂内部(へミス僧院)
パドマサンバヴァ像(へミス僧院)

僧院が最も賑わうのは毎年夏に行なわれるヘミス・ツェチュ(祭)の時です。お祭りではチベットに密教を伝えたパドマサンバヴァ(グル・リンポチェ)の偉業を伝えるチャム(仮面舞踊)が披露されます。全チベット文化圏からの巡礼者、各国からの観光客で中庭が埋め尽くされます。祭りが一番盛り上がるのは最終日の早朝に行なわれるトンドル(大タンカ)のご開帳のとき。日の出前にトンドルが開帳され、その下でグル・リンポチェからの祝福が人々に与えられます。12年に一度、申年には通常とは異なる特別なトンドルがご開帳されます。

 

広い中庭でお祭りは行われます
お祭りではチャム(仮面舞踊)が披露されます

 

▮チェムレ僧院(Chemrey Gompa)

へミス僧院の分院であるチェムレ僧院。この寺院はチベット僧タクツァン・レーパがセンゲ・ナムギャル王が亡くなってから王の菩提を弔うために建てた寺院です。荒涼とした山々を背景にそびえる雄大な姿で、山と僧院が一体化しているように見えます。頂上にドゥカン(僧の集会所)があり、その下に建ち並ぶのは僧の暮らす僧坊です。

 

チェムレ僧院 遠望
タクツァン・レーパ(チェムレ僧院)

 

チベット僧タクツァン・レーパは「チベット仏教を西に伝道する」という使命を受けて、ラダックを訪れていました。彼はセンゲ王に適切な助言を与え、王の信頼を得ます。そして、王家の導師として敬われました。現在のアフガニスタンにまで布教に行ったため、イスラム風のターバンを被っています。

 

 

次回は、下ラダックの観光について紹介いたします。

 

 

 

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天空のチベット ラダック第2弾:基本情報(暮らし・民族・食)

ナマステ!西遊インディアです。
今回は、ラダックエリアの気候、暮らしや食事などについて、ご紹介いたします。

■気候

夏は短く、冬は長いラダック地方。6月~9月頃がいわゆるラダックの夏です。日中は30度前後まで気温が上がり日差しも強烈ですが、朝晩は10度以下まで下がることもあり、特に天気が悪い日は冷え込みます。青い空と、緑、雪を被った白い山脈の組み合わせが非常に美しい時期です。

 

7月撮影のレーの街。晴天率も高く、過ごしやすい時期です

10月~4月上旬はラダックの冬。日中でも氷点下まで気温が下がり、時には-20℃を超える極寒の世界となります。積雪もあり、峠道は通行不可となってしまうことも多いです。レー・デリー間の国内線も、天候不良によるフライトキャンセルが頻発する時期です。

 

1月、レー郊外の道路の様子
ルンバク村の1月

一般的には、6~9月がラダックの観光シーズンとされており、この時期はレーの街や郊外の観光地は大変賑わいます。

また、季節の見どころとして4月中旬~5月上旬頃、標高の低いインダス川沿いの村々では、杏の花が咲きます。薄いピンク色の杏の花はとても可愛く、日本の桜を思い出します。日中はまだ寒いですが、4月頃に杏の花目当てで行くのもいいですね。

 

4月、満開の杏の花

ラダックは年間降水量が非常に少なく、一年を通し非常に乾燥しています。また天気も変わりやすいです。お出かけの際は、事前に現地の気候をチェックのうえ、日よけ・乾燥・暑さ・寒さ対策が必要です。

■暮らし

家畜の世話をする女性

伝統的なラダックの暮らしは、散らばった小さな村々での営みで、主な仕事は牛の飼育と耕作です。近年までほとんど完全な自給自足が成り立っていました。標高4000m前後の土地のため耕作できる土地は少なく、また作物が育つ時期は約4ヶ月間と極めて短いです。しかし、人糞と家畜の糞尿を肥料にし、氷河から溶け出した水を畑に引く複雑な灌漑のシステムを開発。集約的な農耕農業で、1年間に必要な小麦や大麦の生産を可能にしました。

 

初春、畑作業に勤しむ女性(ラマユル村にて)

もっとも重要なものは家畜で、特にヤクが重要視されています。ヤクは穀物を脱穀したり、土地を耕したり、荷物の運搬に利用され、糞は肥料や乾燥させてこの地方唯一の燃料になります。乳を採り、肉を食べたり、毛皮を衣服・カーペットなどの原料として使用します。

 

ラダックの夏の間は大変忙しいです。大麦、小麦、豆、杏やその他果樹の収穫、干しアンズなど長い冬を越すための保存食作り等、休む暇もなく作業をこなします。

 

8-9月は刈り入れ作業の時期です
ラダックの女性は働き者!

ちなみにラダックでは、厳しい環境下で、食料や資源が少ないため、人口増加を抑えるために兄弟で妻を共有する一妻多夫性が取り入れられてきました。現在は、インドの法律で禁じられ、一夫一妻制となっています。

■民族・言語

ラダックで暮らす人々の多くは、チベット系の民族であるラダック人(ラダクスパ)です。ほとんどの人はチベット仏教を信仰していて、服装や食事、風習など、チベットと共通する部分がたくさんあります。言語はチベット語の方言、ラダック語。チベット語と文字は同じですが、発音はかなり異なります。

 

ラダック北西部のダー・ハヌーには、頭に花を飾る華やかな風習で知られる、ドクパ(ブロクパ)と呼ばれる人々が住んでいます。アーリア系民族ですが、仏教徒です。ラダック語ともバルティ語とも異なる、ドクスカットという言語を使っています。ラダック東部のチャンタン高原には、チベット人の遊牧民たちが暮らしています。

 

ダー村の女性たち。頭の花飾りが特徴的です
ダー村の男性

■民族衣装

ラダックは標高が高く、紫外線を目いっぱい浴びる場所です。夏でも肌をあまり出さず、紫外線や乾燥から体を守っています。冬は凍てつく寒さから体を守るためにしっかりとした防寒が必要です。寒くなってくると、男女ともに着用するのは、ゴンチェというウールの上着です。

その他、帽子はティビ、靴はパブーといいます。

 

「ゴンチェ」と「パブー」
ラダックの山高帽「ティビ」

ペラクは主にザンスカール地方に伝わる、トルコ石がふんだんに使われた女性用の頭飾りです。母から娘へと受け継がれる、いわゆる家宝です。お祭りや、特別な行事のときに被ります。一度被らせてもらいましたが、トルコ石が隙間なく並べられているため被るとずしっととても重いです。

 

トルコ石をあしらったぺラク

伝統的な民族衣装を纏う人は近年減ってきているそうですが、レーを離れて郊外の村まで行けば、年配の方を中心に着用している人々はまだ目にします。民家訪問でお邪魔させてもらった時、試着させてもらえることもあります!

 

■食事

ラダック地方はチベット文化圏ですので、チベット料理が主流です。主に大麦、小麦を主食とし、ラーメンのようなトゥクパ、タントゥク(ワンタンメン)、モモ(餃子)などのチベット料理は、日本人にも食べやすいあっさりした味付けです。 「ツァンパ」と呼ばれる炒った大麦を粉にしたものをお碗の中でバター茶と練って作る「コラック」。ツァンパを大鍋で水から練って作る「パバ」。これらは自家製ヨーグルトなどと一緒に食べることが多いです。また、インド料理もポピュラーで、野菜カレーやチャパティなどもよく食べられています。大きな町やムスリムの多い町では、チキンやマトンを使った料理も食べることができます。

 

モモ
トゥクパ
ラダッキ・ブレッド。焼きたては特においしい!

 

 

ラダックシリーズ③へ続きます!
ラダック第3弾: チベット仏教の世界と仏教美術の宝庫アルチ僧院

 

 

 

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ウダイプル④ チットールガル城に伝わる悲劇の女王パドマーワト

ナマステ!

西遊インディアの橋本です。
前回、ウダイプル郊外に建つチットールガル城について、紹介しました(記事はこちら)。ウダイプル4回目となる今記事では、チットールガル城を舞台として起こったイスラム王朝との攻防と、その戦に巻き込まれた悲劇の王妃・パドミニ―の伝説についてご紹介します。

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グーマルのシーンのため、ディーピカーはラージャスターンの踊りのトレーニングを毎日3時間、計12日間続けた。指先足先まで繊細な動きが要求されるこのダンスで身に着けた衣装や装飾品の重さが30キロ!彼女はこのダンスで66回も回ることになったという🌀💦
#パドマーワト

映画「パドマーワト 女神の誕生」さんの投稿 2019年5月20日月曜日

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メーワール王国と、北インドの猛威・ハルジー朝との攻防

1303年、ラージプートの国として代々繁栄してきたメーワ―ル王国にて、ラタン・シン王が即位します。その王妃として、スリランカからパドミニ―が迎えられました。
同じ時、北インドではハルジー朝の第3代スルターン(王)であるアラーウッディーンが即位します。野心に満ちた彼は、第二のアレクサンダー大王と自称し、インド各地に次々と遠征し、その勢力を広げていきました。

 

アラーウッディーンは、グジャラート侵攻に向けメーワ―ル王国内の通過を求めましたが、王のラタン・シンはこれを拒否します。その結果1303年、アラーウッディーンは、チットールガル城を包囲。メーワ―ル王国は約8か月にわたり籠城し激しい攻撃に耐えつつ応戦しましたが、最終的には陥落してしまいます。

 

 

ラージプートの風習ジョーハル

武勇と名誉を何よりも重んじていた誇り高きラージプート族の戦士たちは、最後まで戦い抜き、非業の死を遂げました。残された女性たちも、捉えられることを拒み、自ら、火の中に身を投じたといいます(このような、戦局において敗北が確実となったとき、女性たちが侵略・略奪されないように子どもや金目のものを持って集団焼身自殺を行うことを、ジョーハルといいます。この風習は、ラージプート諸王朝間の内紛に起源をもつとされています)。

 

チットールガル城は16世紀までに度重なる周辺国からの侵略を受けたことで、合計13000人を越える女性がなくなりました。15世紀に建てられた勝利の塔の周囲には、ジョーハルにより亡くなった女性たちの墓石があります。また、このエリアでは、一族の武勲をたたえジョーハルで落命した人々を悼むジョーハル・メーラ(Jauhar Mela)という追悼祭が年中行事として行われています。

 

 

悲劇の王妃パドミニーとインド映画の超大作「Padmaavat」

1540年に描かれた叙事詩「パドマーワト」は、多くのインド人が知る古典文学ですが、2017年12月、この悲劇の王妃パドミニーを主人公にした映画、その名も「Padmaavat」がインドをはじめ全世界で公開されました。

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グーマルのダンスシーンの撮影にあたっては、100人のラージャスターン職人がムンバイの撮影所に40日かけてセットを制作、照明等の撮影準備にさらに2日かかった😯バックダンサーはラージャスターンからムンバイに呼ばれ、4日間かけて撮影された。
#パドマーワト

映画「パドマーワト 女神の誕生」さんの投稿 2019年5月19日日曜日

 

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王妃パドミニ―は実在の人物ですが、その詳細については史実は残っておらず、分からない部分も多いです。叙事詩と映画は、パドミニ―を絶世の美女とし、美と愛を巡る義の戦いの物語にしたものといわれています。
しかし、「パドマーワト」の中では絶世の美女とされ、女性の尊厳を守るため悲劇的な最期も遂げたことから、インド歴史上の女傑のひとりとして、ラージャスターン地方では女神のように信仰されています(映画「パドマーワト 女神の誕生」http://padmaavat.jp/ プロダクションノートより一部抜粋)。

 

・―・―・―・―・― 簡単なあらすじ ・―・―・―・―・

 

女王・パドミニー(Padmini, Padmavati)は、その美貌ゆえにインド国全体で大変な評判になっていた。また、パドミニーは、美しさだけでなく、賢く聡明でもあった。北インド・デリーに構えるハルジー朝の王・アラーウッディーンは、メーワール王にパドミニーの姿を一目見せてくれたらメーワールへの侵略を諦めて撤退すると言った。メーワール王は水面に映るパドミニーの姿をさらに鏡に映してアラーウッディーンに見せたが、鏡に映る姿でもパドミニ―の美しさを確認したアラーウッディーンは、その美しさをどうしても自分のものにしたいと考え、猛攻を仕掛ける。応戦しつつも苦境に立たされるメーワ―ル王国のその後と、パドミニーの判断とは…。

 

・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・

 

この映画、インド映画史上最高額の制作費がかけられ人々の期待も最高潮のなか公開が待たれていましたが、直前に上映禁止を求めて大規模な反対運動が起こりました。パドミニーとアラーウッディーンのロマンスが描かれているとの噂が流れ、「夫の為に殉死したパドミニーのイメージを汚す」と行った意見が起こり、また他方イスラム指導者側からは「アラーウッディーンの描写が誤っている」として映画の上映中止を求め監督の家の前でデモがおこったり、主演女優に危害を加えるといった脅迫や、映画館が襲撃を受けたり等などが起こったためです…(実際、当時映画館の周辺に警備の人や警官が配置されていたのを見ました…)。

 

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ラタン・シン役のシャーヒド・カプールは、これまで演じてきた役とは異なり得意のダンスシーンが無かったものの、「身体的・精神的に最も挑戦的な役のひとつでありキャリアのターニングポイントになった」とインタビューで答えている👍✨

映画「パドマーワト 女神の誕生」さんの投稿 2019年5月11日土曜日

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そんな上映までに一波乱あった映画ですが、タイトルが変更されたうえで無事公開となりました(以前は、「Padmaavati」というタイトルでした)。日本でも上映されたのでご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。当時の城塞の様子や人々の衣装などがものすごく豪華で、映画の宣伝文句のとおり、まさに「究極の映像美」!(衣装やジュエリーの制作には、時代や地方の伝統を徹底的にリサーチのうえ、約2年程をかけて作成されたそうです)。

 

#パドマーワト の豪華な衣装制作には何人もの職人が携わり、メインキャストの衣装だけで150着近くを制作👗装身具もパドマーワティとラタンはラージャスターン風、アラーウッディーンはアフガニスタン風のデザインに仕上げられた✨

映画「パドマーワト 女神の誕生」さんの投稿 2019年5月14日火曜日

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内容的に一部の州では上映禁止となったそうですが、最終的には興行収入は58億ルピー越えを記録しており、最終的にはインド映画史上最も興行的に成功した映画の一つとなりました。

 

ちなみに絶世の美女・パドミニーを演じたのは「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」に出演、最近ではハリウッドにも活躍の場を広げている、ディーピカー・パドゥコーンです。パドミニー役の彼女は美しすぎて直視できないほどでした…!!

映画は既にDVD化もされていますので、ぜひご覧になってみて下さい。

 

 

映画の撮影自体は他の城塞ならびにセットで行われ、チットールガル城での撮影は行われなかったそうですが、ウダイプルならびにチットールガル城訪問予定の方は、この映画をご覧になったうえで訪問いただくと、より旅の面白さが増すこと間違いなしです!

 

 

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インドの口琴:モールシン!

ナマステ!
前回の音楽ネタに関連して、今回は一つの楽器を紹介します。

インドの口琴・モールシンです!

 

 

 

モールシンと呼ばれるこの楽器、日本語では口琴と呼ばれますが、珍しい楽器のためあまり一般的ではありません。楽器を歯に押し当てて中央の弁を指ではじき、その振動を口の中で共鳴させて音を出すという、なんとも不思議な楽器です。

 

日本では江戸時代に江戸で大流行したという記録が残されていますが、現在ではほとんど知られていません。北海道ではアイヌ民族の竹製口琴・ムックリが知られています。通常日本で口琴の音を耳にする機会はあまりありませんが、テレビ番組の効果音などで稀に用いられることもあり、テレビアニメ「ド根性ガエル」の主題歌の中でもビヨーンというその独特の音が使われています。

 

さてこの口琴、ルーツは非常に古く、つい昨年中国で4000年前の骨製の口琴が出土し最古のものと考えられています。日本でも埼玉県で平安時代の金属製口琴が出土しており、金属製の口琴としては世界最古級のものと考えられます。

 

 

埼玉県さいたま市 氷川神社東遺跡出土の平安時代の口琴
埼玉県さいたま市 氷川神社東遺跡出土の平安時代の口琴(画像出典:さいたま市教育委員会)

口琴は東は日本から西はイタリアのシチリア島まで、ユーラシア大陸の多くの地域に存在しており、中央アジアからシベリア、またインド・パキスタン地域で現在でも広く演奏されています。その中でも音楽的に最も発展しているのがインドの口琴・モールシンです。

 

世界の様々な口琴左からロシア、トルクメニスタン、タジキスタン、日本(アイヌのムックリ)
世界の様々な口琴:左からロシア、トルクメニスタン、タジキスタン、日本(アイヌのムックリ)

 

多くの地域に分布する口琴ですが、インド、また中央アジアやシベリアの一部を除いては伝統的な楽器として演奏がされている場所は少なくなってしまいました。中央アジアやシベリアにおいては、ほとんどの場合単純に音楽的というよりは宗教的な用具として用いられており、多くの場合は口琴単体で演奏されています。対して、インドの場合モールシンはリズム楽器として他の楽器とともに演奏され、非常に独特な使われ方をしています。

 

インドではラジャスタン地方と南インドの楽器として知られ、ラジャスタンのものはモルチャン、南インドのものはモールシンと呼ばれます。南インド古典音楽の中で用いられるものが特に有名です。インドは南北で音楽の伝統も異なり、南インド音楽は複雑なリズム体系がその大きな特徴の一つです。両面太鼓のムリタンガムや、打楽器として調音された素焼きの壺太鼓・ガタムなどとあわせ、複雑なパズルのようなリズム体系の中でソロの演奏を回して行きます。最後に全員でリズムをあわせての演奏は、まさにパズルのピースがはまったような気持ちよさ!

 

現代的な音楽の中でこのように口琴が他の楽器とあわせて演奏されることはありますが、伝統音楽の中でこれだけリズムや奏法が確立している口琴はインドのモールシンだけかもしれません。

 

なかなか現物を見る機会はありませんが、お土産屋などではごく稀に売っていることもありますので、珍しいお土産として買ってみるのも面白いかもしれません。

 

Text by Okada

 

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北インド古典音楽

近年、インド映画などを通して耳にする機会も多くなったインド音楽。中でも古典音楽はインド国外でも愛好家が多く、日本でも多くのインド音楽イベントがあり、またプロの日本人奏者が活躍しています。

 

インド古典音楽は主に北インドのヒンドゥスターニー音楽と南インドのカルナーティック音楽に分かれますが、今回の記事では主に北インド古典音楽について紹介していきます。

 

 

ハルモニウム(左)とドーラク(両面太鼓、右)の演奏(ラジャスタン)
ハルモニウム(手漕ぎオルガン、左)とドーラク(両面太鼓、右)の演奏 (ラジャスタンのホテルにて)

 

■北インド古典音楽の成立

いわゆる「インド古典音楽」の成立は、インド各地で継承されてきた様々な芸能を取り入れて発展させた16世紀のムガル帝国の時代でした。インド各地、またペルシア世界や中央アジア世界との関係も深かったムガル帝国では、各地からの客人と音楽を共有するため、宗教的・言語的に異なる相手にも理解されやすいように宮廷音楽として文化が開いていきました。そのためインド古典音楽では明確な歌詞がうたわれる部分は少なく、「あぁ~」と声を伸ばしたり、音階やリズムを口ずさんで歌い上げたりするものがほとんどとなっており、インド音楽の大きな特徴となっています。

 

土地や宗教、民族によっても大きくバリエーションのあるインド音楽ですが、16世紀のムガル帝国の宮廷音楽を引き継いだ北インドの古典音楽はもともと演劇に付随するもので、音楽として単体で楽しまれるものというよりは演劇とセットで考えられました。現在では音楽単体でも楽しまれるようになり、インド国内外へ大きく広がりを見せています。

 

■北インド古典音楽の特徴

インド音楽のもっとも特徴的なものは「ラーガ」と呼ばれる概念の存在です。西洋音楽に対応して音階(スケール)、あるいは旋法(モード)として捉えられることがありますが、実際のラーガはもっと多くの要素を含んでおり、インド音楽の懐の深さを生んでいると言えます。

 

実際のラーガはその一つ一つが、音階・旋法に定められるような音の上下行や、一つ一つの音の扱い方や特徴的な旋律(テーマ)・音の運びなどに加え、そのラーガで表現すべき感情、そのラーガを演奏する時間帯・季節などを要素として持っています。インド音楽には数千のラーガが存在すると言われますが、正確な数は誰にも分りません。

 

インド音楽の演奏の際には、このラーガという概念に加え、「ターラ」と呼ばれるリズムに関する決まりに則って、即興での演奏が行われます。そのため同じ奏者・同じラーガであっても一回一回異なる音楽が生まれ、それがインド音楽の魅力にもなっています。

 

他にも様々な特徴のあるインド古典音楽ですが、大きな特徴の一つはドローン音と呼ばれるものです。これは演奏中にそのBGMの様に背後で一貫して流れる基準音のことで、タンプーラという専用の弦楽器を用いて、蜂の羽音のような独特な音を奏でています。メインとなる弦とその共鳴弦の響き、また弦を微妙に触れさせて独特の音を出す「ジャワリ」の機構など、楽器自体に独自の工夫がされています。ジャワリは日本の三味線でいうところの「サワリ」にあたり、三味線の成立自体もインドの楽器からの影響が強いと考えられています。

 

インド音楽でメインとなるのは声楽、つまり歌ですが、弦楽器や管楽器がこのポジションを担うことも多くあります。冒頭でも紹介した弦楽器のシタールは日本でも有名なもので、7本のメインの弦に加え沢山の共鳴弦が張られ、メインの弦の振動に共鳴して深みのある音を奏でています。また管楽器としてはクリシュナ神のシンボルでもある竹製の横笛:バーンスリーなどが用いられます。

 

バーンスリーを携えるクリシュナ神
バーンスリーを携えるクリシュナ神(出典:長谷川 明  著「インド神話入門 (とんぼの本)」新潮社)

 

また、メインの歌を支えるリズム楽器。2つの太鼓をセットで使うタブラという太鼓が日本でも多く知られています。木製・金属製の胴に皮を張った楽器ですが、皮の中央に鉄粉や穀物の粉から作られたスヤヒと呼ばれるものが塗られており、独特の倍音を生んでいます。その他、両面太鼓のパッカワージもよく用いられるリズム楽器です。

 

インドの様々な打楽器(インド国立博物館)
インドの様々な打楽器(インド国立博物館)

 

楽団は基本的にはこのような旋律・伴奏・リズムの3つから構成されますが、他にも有名なのは弦楽器のシタールです。北インドの代表的な楽器であり、ビートルズが楽曲に用いるなど広く知られています。

 

タブラ(左)とシタール(右)による演奏
タブラ(左)とシタール(右)による演奏

 

他にも手でふいごを操って音を出すオルガンのハルモニウム、また日本から伝わった大正琴(インドではバンショーと呼ばれる)…など様々な楽器が加わっていきます。インドの音楽で用いられる伝統的な楽器は非常に種類が多く、地域ごとに様々な楽器が用いられます。ラーガに則っていれば、新しい楽器を積極的に取り入れるのもインド音楽の特徴です。バイオリンやエレキベースなどが用いられる場合もあります。

 

今回は北インドの古典音楽を紹介しましたが、北インドと南インドでは大きくスタイルが異なっています。イスラム勢力の影響が少なかった南インドでは土着的な音楽伝統が色濃く残り、北インドのヒンドゥスターニー音楽に対してカルナティック音楽と呼ばれ、複雑なリズム体系に則ったスタイルで、素焼きの壺でできた太鼓:ガタム、金属の弁の振動を口で共鳴させる口琴:モールシン、トカゲ皮製のフレームドラム:ガンジーラ等、楽器も独特のものが使われます。

 

南インドの金属製口琴:モールシン
南インドの金属製口琴:モールシン

 

 

基本的なテーマに則りながら、即興で演奏が行われるインド音楽ではやはり生演奏を見たいものです。複雑なリズムを奏でる中、最後にピタリと一致する瞬間には鳥肌が立ちそうになるほど。なかなか生演奏に立ち会える機会は少ないですが、ホテルやレストラン、時には街頭で楽団に出会うこともあります。一度体験すると癖になるような魅力を持つのがインド音楽です。

 

■インド音楽と西洋音楽

インド音楽は、根本的にいわゆる西洋音楽とは全く異なりながら、西洋の楽器や音楽を取り入れて今もなお発展し続けています。また、西洋音楽側もインド音楽に出会い、大きな影響を受けています。1950年代以降、インド音楽を西洋世界に広めた第一人者とも呼べる音楽家がラヴィ・シャンカールです。

 

ラヴィ・シャンカール(1920-2012)はバラナシ出身のシタール奏者です。1940年代からインド国内で高く評価され、また1950年代以降は積極的に海外での演奏、西洋の音楽家との交流を行いました。クラシック楽団に参加し、ビートルズのジョージ・ハリスンにシタールを教え、ジャズではジョン・コルトレーンに教えを請われるなど、多岐にわたるジャンルの音楽家と交流しています。西洋音楽とインド音楽の出会いを生んだ音楽家であり、当時の西洋の音楽シーンに大きな刺激を与えた存在です。

 

ビートルズの1965年のアルバムRubber Soulの中のNorwegian Wood (This Bird Has Flown)ではインド古典楽器のシタールがロックミュージックとしては初めて使われ、大きな反響を呼びました。この翌年にジョージ・ハリスンはラヴィと出会い、ラヴィを師としてシタールを学んでいます。ビートルズではこれ以降もシタールを利用した楽曲が作られています。

 

 

 

Text by Okada

 

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