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小笠原ツアー特集

小笠原諸島とは

東京から約1,000Km南にある小笠原諸島は誕生以来、一度も大陸と陸続きになったことがない海洋島であるため、多くの固有種・希少種が生息・生育し、特異な島嶼生態系を形成しています。2011年には世界自然遺産に登録されるなど、世界的にも貴重でかけがえのない自然の宝庫となっています。

父島列島

小笠原諸島の玄関口であり、最大の島が父島です。大自然が残る父島では、ザトウクジラやイルカ、ウミガメに会える海のアクティビティや、天然記念物のアカガシラカラスバト、小笠原唯一の哺乳類の固有種・オガサワラオオコウモリ、様々な固有植物を観察できる森のアクティビティなどが楽しめます。また、島には第2次世界大戦中に日本軍が築いた防空壕や大砲など、戦争の跡が残っています。歴史や雄大な自然を味わえる小笠原中心の島です。

父島見どころ

  • 中央山展望台
    標高319m中央山山頂の展望台。360°のパノラマが開け、周辺の島々を望めます。展望台手前には旧日本軍のレーダー台座跡が残っています。また近くにはアカガシラカラスバトの繁殖区域があり、運が良ければ見かけることもあります。
  • ウェザーステーション
    島の西側に位置しており、夕陽の名所として島民にも人気の展望台です。12月から4月のホエールウォッチングシーズンには、ここからもザトウクジラのウォッチングが楽しめます。星空観察にも最適の場所です。
  • 東平アカガシラカラスバトサンクチュアリー
    小笠原固有種のアカガシラカラスバトの生息環境を守るために林野庁が保全・整備するエリア。入林許可を持つガイドの同行が必要です。小笠原固有の樹木や希少種が多くみられます。
  • 旭平展望台
    島の東側に位置する展望台で、兄島や東島が望めます。第41代米国大統領ジョージ・ブッシュ氏は、1944年に米海軍の雷撃機のパイロットとして父島に爆弾を落とした直後、日本軍の攻撃を受け、この東島付近に撃ち落とされました。ブッシュ氏はパラシュートで脱出して米軍の潜水艦に救助されたそうです。
  • 長崎展望台
    兄島と兄島瀬戸を一望できるポイントです。父島が海底火山の隆起でできた痕跡が見れます。
  • 初寝浦展望台
    東島や初寝浦を見下ろす展望台。海軍通信隊本部跡も残っています。展望台から見下ろす初寝浦海岸の浜辺の砂は、緑色のウグイス砂です。
  • 小笠原ビジターセンター
    小笠原ビジターセンターは、小笠原の自然を中心に、歴史や文化を紹介した施設です。かつての捕鯨基地や占領地などとして特異な道を歩んだ歴史や、小笠原にしかいない固有種などの珍しい動植物を、パネルや復元模型、AVを使って分かりやすく展示・解説しています。
  • 小笠原海洋センター
    アオウミガメの保護増殖を目的とした施設で、定期船入港日午後から、定期船出港日午前中に開館しています。展示水槽ではアオウミガメが観察できるほか、クジラや海洋生物の展示もあります。
  • 境浦と濱江丸
    二見湾内東部にある波静かな海岸で、沖合にはエメラルドグリーンの海に沈む軍需輸送船「濱江丸(ひんこうまる)」を見ることができます。太平洋戦争時に日本海軍に徴用され、サイパン島から内地に戻る途中に被弾、修理のために湾に停泊していたところ空襲により大破・放棄されました。かつては船体がはっきりと見てとれ、甲板も残っていましたが、年々風化や沈降が進み朽ちていってしまっているそうです。しかしシュノーケリングでもその形を見てとれる貴重な戦跡です。
  • コぺぺ海岸
    コペペ海岸は⽗島にある扇浦海岸の南⻄に位置するプライベート感溢れるビーチです。南太平洋のギルバート諸島の先住⺠「コペペ」が住んでいたことがその名の由来です。⽩砂でサンゴや⿂も多く、シュノーケルのポイントとしても⼈気。また、夏にはアオウミガメが産卵のため上陸します。天然記念物「ムラサキオカヤドカリ」が見れることもあります。
  • ジョンビーチ
    父島ではこの南崎周辺のみが石灰岩地帯のため、浜辺の砂は純白です。海辺には砂が固まったビーチロックがあります。南島瀬戸には大小の岩礁が浮かび、変化に富む風景が魅力的です。
  • ジニービーチ
    父島最南西端のビーチ。ジョンビーチのすぐ南にありますが歩道はなく、カヤックなど利用して海上からしか行くことができません。

絶景の無人島「南島」で地球の神秘にふれる

父島の南西約10キロにある無人島、南島。南島は父島や母島のように溶岩でできた島ではなく、サンゴ礁の隆起と沈降によってできた珍しい沈水カルスト地形の島です。テレビや雑誌などでの紹介も多く、小笠原を象徴する景観のひとつにもなっています。なかでも扇池は別世界に迷い込んだような美しさで、真っ白な砂浜と青い海のコントラストが最高です。南島では”ラピエ”と呼ばれる鋭く尖った岩や、”ドリーネ”と呼ばれるすり鉢状の窪地(扇池、鮫池等)が見られます。その独特な地形から2008年には「小笠原南島の沈水カルスト地形」として国の天然記念物に指定され、新東京百景にも名を連ねています。

夏は島の南西部にカツオドリが営巣し、オナガミズナギドリやアナドリが穴を掘って巣を作ります。また、砂浜にはアオウミガメが産卵に訪れます。現在植生回復事業が行われており、島に上陸する際には東京都認定の自然ガイドの同行が義務付けられています。「適正な利用のルール」を守って大自然との遭遇を体験してください。
※入島禁止期間があります。例年11月~2月中旬です。

すり鉢状の窪地ドリーネ 扇池
侵食されてできた石灰岩柱ラピエ
抱卵するカツオドリ(7月)
鮫池

ヒロベソカタマイマイ
南島では1000年から2000年前に絶滅したと言われる小笠原の固有種ヒロベソカタマイマイの半化石が見られます。かつてはここに森があったとされています。

1000~2000年前に絶滅したと推定されており、年代測定の結果、300年くらい前までは生存していたのではと言われています。貝殻が白いものが大半でしたが、もともと白いわけではなく、埋もれていたものが地上に出て時間が経ち、紫外線で白化しました。

ヒロベソカタマイマイ

母島列島

⺟島列島は、⺟島、姉島、妹島、姪島、および、その周辺の島嶼から成る列島で、聟島列島と⽗島列島の南に位置しています。列島の中で最⼤の島が⺟島で、父島から南へ約50㎞に位置しています。母島列島の中で唯一人が住んでいる母島は、南北に細長く、山には亜熱帯の高木林が繁る緑濃い静かな島です。地球上で母島にしかないハハジメグロが生息し、1999年4月より、ダイビングも解禁されました。




・アクセスは「ははじま丸」 

母島へのアクセスは、東京から小笠原諸島の玄関口となる父島へ、「おがさわら丸」に乗船し24時間。父島から「ははじま丸」に乗り換えて2時間で母島に到着します。父島―母島間をおおむね週4~5便運航しています。冬季シーズンは、航海中にクジラと遭遇することが多く、別名「ホエールライナー」とも呼ばれています。

母島見どころ

  • 乳房山
    標高463m、父島・母島列島の最高峰。小笠原の固有植物や母島にしか見られない貴重な植物が生育しています。また、特別天然記念物のであるハハジマメグロをはじめとする野鳥も多く生息しており、間近で観察することができます。また、頂上から望む大崩湾の眺望は格別です。※「山を知る」もご覧ください
  • 堺ヶ岳・石門
    乳房山の北側、隆起カルスト地形の一帯。セキモンノキやセキモンウライソウなど母島内でもここでしか自生していない固有植物も多く見られます。森林生態系保護地域に指定されているため、入林には東京都認定ガイドの同行が必要です。また10月~3月は入域できません。※「山を知る」もご覧ください
  • 南崎・小富士
    母島最南端にある小高い山で日本一南にある“郷土富士”です。頂上に登るとテーブル珊瑚が発達した南崎の美しい景観が眼下に広がり、季節によってはカツオドリの飛び交う姿も見られます。また、この付近一帯はもともと旧日本軍の基地であり、今でもトーチカや塹壕が残っています。※「山を知る」もご覧ください
  • ロース記念館
    1987年に開館した、ロース石の外壁を持つ郷土資料館。建物はかつて砂糖倉庫として使われていたものです。ロース石は建材にも使える母島特有の石で、1870(明治3)年ごろに母島に移住したドイツ人、ロルフスが発見したことからそう名付けられました。記念館では島の生活なども紹介しており、タコの葉細工を体験することもできます。
  • 桑ノ木山
    戦前はオガサワラグワの巨木が繁っていましたが、今は外来植物アカギが繁殖し、 固有植物を脅かしています。林野庁やボランティアによりアカギ除去と植生回復が行われており、希少植物ホシツルランなど固有種を保護、増殖しています。
  • 新夕日ヶ丘
    島の夕日ポイントの一つで、向島、平島、姉島等が一望できます。12月~4月はホエールウォッチングの適地でもあります。
  • 北港
    母島北端の入江。戦前はここに人口約600名の北村の集落があり、東京からの定期船も寄港していました。北港への道中、かつてそこに集落があったとは思えないほど、道路の両サイドは深い森におおわれています。かつでの80軒以上の民家が軒を連ね、450人以上が生活していた面影は全くありません。1887年に開校した北村小学校の跡も残ります。港には桟橋が残っていましたが、ここを漁船が行き交っていたとは説明されなければ思いを馳せることすらしないような、少し寂しい光景です。

聟島(むこじま)列島

小笠原では通称ケータ列島とも呼ばれ、その名はイギリス人のキャプテン・ケーターに由来します。父島からおよそ50~70km北の海域にある19の無人島で、北から聟島、媒島(なこうどじま)、嫁島の3島とそれに付属する小島から成ります。また、聟島列島にはアホウドリ類をはじめ多くの海鳥が繁殖しています。聟島の南1.5kmほどのところには、「針之岩」と呼ばれる全長1㎞ほどの細長く侵食され尖がった奇岩が点在する岩礁地帯があります。また、この列島の海域には多くのダイビングスポットがあり、ダイバーの憧れの地です。

聟島へのアクセス

聟島(通称ケータ島)は、小笠原諸島の最北、父島から北へ約70km、ボートで約2時間半~3時間の位置にあります。戦前には牧畜を営む人が住んでいましたが、現在は無人島であるため定期航路は無く、一般の人の目に触れることのない島です。船のチャーターもしくはツアーに参加することで、浜に上陸し、一部ルートを散策することができます。なお、このルートは許可を受けたガイド等の同行が必要です。晩秋から春までは海況が悪く基本的に行くことができません。東京竹芝から父島までの航路で、竹芝出港後、翌日の午前9時頃になると、北之島、聟島、媒島、嫁島の順で見えてきます。

聟島列島の見どころ

  • 聟島・アホウドリ類の繁殖地
    聟島列島はアホウドリの繁殖地として知られますが、繁殖地に上陸することは固く禁止されており、船からの観察になります。特に聟島の北西の島ではクロアシアホウドリ、コアホウドリが繁殖し双眼鏡で雛たちを観察することができます。運が良ければ再導入されたアホウドリが見られることも。
  • 聟島のアホウドリ再導入繁殖地に設置されているデコイ
  • 針の岩
    聟島と媒島間、聟島から南1.5kmほどのところにある全長1㎞ほどの細長く侵食され尖がった奇岩の岩礁地帯です。
  • 嫁島・マグロ穴
    嫁島は聟島列島の最南端の島で、父島の北約50kmにある島。現在は無人島ですが、戦前は人が暮らしていました。その嫁島にあるマグロ岩という岩のアーチの下は夏になるとイソマグロが集まることで知られ、ダイバーの間で人気のスポットとなっています。
  • 嫁島・東の湾
    サンゴが発達し、魚影も濃い場所でダイビングだけでなくシュノーケリングでも水中世界を楽しめるポイントです。
  • 嫁島・ドルフィンスィム
    嫁島海域はイルカとの遭遇チャンスが良く、ミナミハンドウイルカと泳ぐチャンスも。

硫黄列島

硫黄島のすり鉢山に星条旗をたてる兵士の写真は有名です。その裏で、犠牲になった島の人々はあまり省みられることはありません。硫黄島は父島の南西280km沖に浮かび、北硫黄島、南硫黄島と合わせて火山列島とばれています。戦前は硫黄島と北硫黄島には集落があり、最盛期には1000人以上が暮らしていました。明治時代に硫黄の採掘のために本格的な開拓が始まりました。肥沃な土壌のため、綿花やサトウキビなどの商品作物や冬には夏野菜などを生産し内地に出荷、また海に囲まれているため豊富な海洋資源で漁業も盛んで、絶海の孤島でありながら島の暮らしは豊かでした。大戦中は、地理的な重要性から、村民は本土に強制疎開させられ軍事要塞化されました。1945年2月、凄惨な地上戦の末にアメリカ軍により占領されました。戦後もアメリカによる委任統治が行われ、1968年に小笠原諸島と同時に日本に返還されました。父島や母島へは島民の帰還が認められましたが、硫黄島は火山活動や急速な隆起などを理由として、いまも元島民は帰ることができません。現在は自衛隊が駐屯しており、定期的な戦没者慰霊訪問のほかには、一般民間人は訪れることができません。年に一度、小笠原海運が硫黄島3島を周遊するクルーズを実施しています。上陸することはできませんが、アカオネッタイチョウ、シラオネッタイチョウなど、他では見ることのできない海鳥と出会えるかもしれません。

西ノ島

父島の北西130kmに浮かぶ火山島で、今もなお活発な火山活動を続けています。大航海時代にスペイン、イギリスなどによってその存在が確認されており、日本に開国を迫ったペリー提督も父島に来航したのちに西之島の測量を行なっています。明治期になり日本の領土に組み込まれました。1973年、有史以来初めての噴火が起こり、西之島の東南に新しい島が生まれました。度重なる噴火と堆積によって2つの島は繋がり、その後も断続的に噴火が続いており、現在も面積を拡大し続けています。絶海に浮かぶ孤島は、海鳥たちにとっては外敵のいない絶好の繁殖場所となっていました。2013年に40年振りに噴火した際に海鳥のコロニーは消失しましたが、その後に実施された上陸調査によって、オナガミズナギドリやアオツラカツオドリなどが繁殖していることが確認されました。これらの海鳥は生まれた島に戻って繁殖するという習性があます。島へ帰ってきたのは海鳥だけではなく、植物の種や昆虫なども運ばれ、新しく生まれた島での生態系の形成を知るうえで、大変貴重な島として注目されていました。しかし2020年、再び島の形を変えるほどの大規模な噴火が起こり、回復した生き物たちが心配されています。

小笠原へのアクセス

小笠原諸島には空港はなく、船でしか行くことができません。「おがさわら丸」が東京竹芝桟橋から出航しています。夏休みなどは、おおむね3日に1回、それ以外はおおむね1週間に1回です。出港する曜日は決まっていません。東京・竹芝桟橋から、父島・二見港まで約1,000キロ、24時間の航路です。三代目おがさわら丸が新造船され出発時刻が変わり、関西など遠方からも当日乗船が可能となりました。

おがさわら丸航路とみどころ

11:00 東京港・竹芝出港
11:10 東京湾観光
おがさわら丸はレインボーブリッジをくぐって南へ。ここから3時間弱の間は東京湾内を航行します。普段なかなか見ることがない大型タンカーや自衛隊・米軍の戦艦、ときには潜水艦が現れることもあります。
11:20

羽田空港沖通過
天気が良い日は、羽田空港が見えた後、富士山を望むことができます。薄く雪山を頂く富士山を背景に飛び立つ飛行機が絵になります。

12:00 昼食
湾外へ出る前にランチタイム。4デッキ船内レストランや7デッキ母島ラウンジをご利用できます。船内には無料の給湯器があり、売店や自販機で買ったカップ麺を食べることもできます。
16:10 三宅島通過(右舷側)
17:20 夕方、船上からの夕日鑑賞をお楽しみください。船の周りは360度水平線。天気が良ければ西の空だけでなく、北も南も東も、そして天頂も、美しいグラデーションを望むことができます。 ※季節により時間は異なります。
水平線に沈む夕日
夕焼けに染まるおがさわら丸
18:50 八丈島通過(右舷側)
19:00 夕食
20:00 星空観察
東京から350キロ付近を航行中、周りは真っ暗です。上部デッキに出れば空には満点の星空が広がります。
22:00 消灯・就寝
外部デッキも閉鎖されます。
-- 翌朝 -- 起床
早起きして日の出を見るのもおすすめです。
8:00 朝食や朝の散歩
レストランやラウンジで海を眺めながら朝食。外部デッキに出て、海風を感じながら散歩するのも楽しみの1つです。
9:30 聟島列島通過
小笠原諸島最北端に到達。12月~4月中旬ごろならザトウクジラが見られるかもしれません。また、1年を通してイルカとの遭遇のチャンスもあります。小笠原諸島で繁殖するカツオドリは、聟島あたりから数が増え、船の進路にいるトビウオなどの魚を狙って父島近くまで小笠原丸と並走して飛びます。東京~父島航路は、海況が悪い冬季以外は、他の海鳥観察も楽しめます。春季はアホウドリ3種類(アホウドリ、コアホウドリ、クロアシアホウドリ)、トウゾクカモメ4種類(オオトウゾクカモメ、トウゾクカモメ、クロトウゾクカモメ、シロハラトウゾクカモメ)、オーストンウミツバメの群れがみどころです。夏季は、シロハラミズナキドリ、オナガミズナキドリ、アナドリ、クロアジサシ、カツオドリが見れます。
カツオドリ
アオツラカツオドリ
10:00 荷物整理
そろそろ下船準備です。午後の観光に向けての準備もしましょう!
11:00

到着
港では島の人々が看板を持って皆様お出迎えしてくれます。
※時刻は航海の状況により前後します。

父島・二見港

小笠原のベストシーズン

年間を通して温暖な生き物たちの楽園、小笠原。雄大な自然は季節によって様々な表情を見せます。山や海、生き物など目的によりベストシーズンが異なります。多くの人々が異なる魅力を求め、小笠原へと何度も訪れています。

春の海鳥

春になると小笠原では海鳥たちの繁殖のシーズンとなります。ミズナギドリ、カツオドリが船の上を優雅に飛び回り、双眼鏡がなくても間近で見られるほどです。

カツオドリ

クロアシアホウドリ

オナガミズナギドリ

夏の海遊び

海況が落ち着きドルフィンスイムや、マッコウクジラのホエールウォッチングのトップシーズンとなります。聟島列島へと遠征できるのもこの季節。美しく生命力豊かなボニンブルーの海をたっぷり楽しめます。

マッコウクジラ

アオウミガメ

ユウゼン

イソマグロ

冬のザトウクジラ

ザトウクジラが長旅を終え、小笠原へ帰って来ます。ホエールウォッチングが最盛期となり、島の高台からでもザトウクジラのブローやブリーチを見ることができます。

ザトウクジラ

ザトウクジラ

ザトウクジラ


※上記の動物は全て野生動物の為、観察を約束したものではなく、気象状況や現地の環境の変化により出現時期が変動する可能性があります。予めご了承ください。
※上記時期はあくまで目安であり、数か月ずれても確認できることがあります。

小笠原の歴史と成り立ち

19世紀初頭に欧米捕鯨船の拠点となるまで、人が定住することはありませんでした。太平洋戦争中は日本の重要な軍事拠点となりましたが、戦後はアメリカの占領下に入ります。1968年になって日本へ返還されました。このような歴史的経緯と特異な自然環境もあり、本土とは少し異なった文化が育まれました。

小笠原の歴史

小笠原諸島は1593年小笠原貞頼により発見されたと伝えられています。人が最初に定住したのは江戸時代後期の1830年、最初の定住民は日本人ではなく、ナサニェル・セボレーら欧米人と太平洋諸島民でした。彼らは、農業を営み、ウミガメ漁などによって食料を得るとともに、これらの生鮮食品を寄港する船に売って生計を立てるようになりました。今でも欧米系の人々は島に住んでおり、欧米の文化も色濃く残っています。1853年には、米海軍東インド艦隊を率いるマシュー・ペリーも日本来航の前に立ち寄り、当時盛んだった捕鯨のための薪炭の貯蔵地用としてセボレー家から土地を購入し、小笠原に関心を持っていたと言われています。大正後期には人口7,000人を超え小笠原の最盛期を迎えましたが、太平洋戦争を境に平和で美しい島の様子が大きく変わります。1944年には、6886人の島民が本土へ強制疎開させられ、硫黄島では日本軍が玉砕し、日米両国をあわせて28,721人の命が失われました。戦後、小笠原は米軍の統治下に置かれ、返還されるまで公用語は英語でした。1968年サンフランシスコ条約により正式に小笠原が返還され、全ての島民たちの帰島が可能となりました。1979年4月に村の行政が確立され、自然と共生する村をめざして新しい村づくりが始まりました。2011年、人類共通のかけがえのない財産としてユネスコ世界自然遺産に登録されました。

20世紀前半の欧米系島民

小笠原諸島の戦争の記録~戦火の跡を訪ねる~

小笠原は要塞として大正時代から整備されはじめ、アメリカとの開戦後急速に拡張されました。グアム、サイパンに続き硫黄島が米軍に占領されるなか、父島の要塞化は進み、大砲、機関砲、機関銃をはじめ、居住場所、病院、などあらゆる施設が地下壕に設置されました。島には当時の日本軍が築いた数多くの防空壕や大砲など、現在も戦争の跡が残っています。敗戦後、小笠原は無人島となり、そのため他の地域では鉄の再利用を目的とした戦跡の消滅は免れ、現代にもその姿を残していますが、経年劣化等により朽ち果ててしまうこと、そして記録があまり残っていないため、事実不明のままになってしまうことが懸念されています。森の中をハイキングしているときに戦跡を見かけることもあれば、海の中でシュノーケルやダイビング中に沈没船を見ることもあります。今の小笠原の平和を築いてくれた悲しい歴史をたどることは、かつての日本を考えるよいきっかけになるのではないでしょうか。

夜明け山に残る砲台
日本兵の方が飲んだと思われるビール瓶や徳利が残る
夜明け山戦跡 海軍通信所

小笠原諸島の成り立ち・地形

成り立ち:⼩笠原諸島は太平洋プレートが沈み込みを開始したことによって発生した火山活動によって、海洋地殻の上に誕⽣した海洋性島弧です。約4,800万年前、父島・聟島列島ができました。このとき、海洋プレートの沈み込みが始まって間もない時期にのみ発生する特殊な安山岩の1種、ボニナイト質マグマが発生しました。(図1)約4,400万年前には、より深い場所で発生した火山活動により母島列島ができました。発生するマグマも性質を変化させ、ボニナイトに代わって玄武岩質マグマが発生しました。(図2)現在もプレートの沈み込みは続き、火山列島である硫黄列島で火山活動が進行しています。(図3)小笠原では、過去の海底火山活動で発生したマグマが冷え固まってできた「枕状溶岩」、小笠原の洋名ボニンアイランズから命名された溶岩「ボニナイト」、ボニナイトに含まれる固い鉱物が削られてできた「うぐいす砂」、石灰岩が浸食や風化を受けてできたカルスト地形が海に沈んだ「沈水カルスト」、父島の千尋岩(ハートロック)に見られる高さ200mの断崖絶壁「海食崖」など、世界的にも珍しい地形・地質を見ることができます。

父島の千尋岩

東洋のガラパゴス!自然文化遺産に登録された小笠原諸島

2011年6月、小笠原諸島は世界自然遺産に登録されました。世界自然遺産の登録には、自然景観、地形・地質、生態系、生物多様性の4つの登録判断基準の内、1つ以上を満たしている必要があります。これら4つの内、小笠原が合致したのは「生態系」の基準です。世界遺産登録委員会は、小笠原諸島のことを「多くの固有種に加え、アジア各地の植物が集まっており、幅広い進化の過程を示している」と高く評価しました。観光で考えれば「海」の印象が強い小笠原ですが、世界遺産の登録にあたっては「陸」の生態系こそが理由となっています。一度も大陸と陸続きになったことがないため、独自の生態系が進化し、小笠原でしか見ることのできない固有の生物が多くあることから、「東洋のガラパゴス」とも呼ばれています。

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