ベラのケイヴシティ・ゴンドラニ石窟 Cave city of Gondrani

バロチスタンにある仏教遺跡・・・と信じられているのが「ベラのケイヴシティ Cave City of Bela」、「ゴンドラニのケイヴシティ Cave city of Gondrani」と呼ばれる石窟群です。ベラの町の郊外、4WDで行くか歩いて川を渡らなければならない場所にあります。

 

この遺跡が何だったのか、何の目的で作られたのか、時代など詳しいことはわかってませんが、この地域が仏教を信じる王国の領地であった8世紀ごろの仏教僧院の跡だろうと考えられています。

 

表の面がテラスになっていて、その奥にさらに部屋があります。

 

近くで見るとこんな感じです。これはアフガニスタンのバーミヤンの谷にある石窟を思い出させます。バーミヤンの谷の石窟遺跡との違いは、バーミヤンでは仏陀や菩薩を描いた壁画、天井装飾などが施された石窟があるのですが、ここでは一切装飾あとがありません。

 

水が流れて作り出した道を歩いていくとやがて石窟の規模が小さくなり、いびつな形になります。長い年月の風化でほとんど残っていない窟も。

 

アフガニスタンの石窟に触れましたが、これがバーミヤンの谷の石窟群、東大仏から西大仏にかけてのパノラマです。1,300mにわたり750以上の窟があります。これらは5世紀には造営が始まり、6~7世紀が最盛期、8~10世紀に終焉を迎えたと考えられています。右側の東大仏のテラスには現在も壁面装飾が残されています。

 

バーミヤンの石窟よりももっとゴンドラニ石窟に似ているのが、同じバーミヤンにあるフォラディ石窟です。

 

石窟付近には人が住み、戦時中には村人が石窟に暮らしたため、火をたいたすすで天井が黒くなっている石窟もありました。

 

それでもゴンドラニ石窟とは違い、フォラディ石窟ではこのようなラテルネンデッケの装飾などが残されています。

ゴンドラニ、ベラのケイヴシティの歴史調査が行われ、かつてパキスタンにあった仏教の歴史に光がさすことを願って。

 

Photo & Text : 澤田真理子 Mariko SAWADA

Visit : Feb 2019, Cave city of Bela / Gondrani , Balochistan

2003-2012, Bamiyan & Foladi Cave in Afghanistan

 

カテゴリ:■バロチスタン州 > 遺跡
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10月、秋のシムシャール村の風景

10月下旬のシムシャール村の風景です。パミールから家畜たちも戻り、村は厳しい冬を迎える準備です。

 

パミールから戻ったヤクたちが畑に離されていました。大きな雄や一部の雌はパミールに残り冬を越します。食料の少ない冬を乗り切るための伝統です。

 

洗濯日和・・・晴れた日のシムシャール村。

 

シムシャールの谷から見たカールンコー Karun Koh。上部フンザのスストに近い山で標高は資料によって6,977mだったり、7,164mだったり、7,350mだったり。

 

シムシャールの村を出たところにあるのが真っ黒なモロングティ氷河 Molonguti Glacierと背後にそびえるディスタギルサール  Disthagil Sar 7,885m。ここから渓谷添いのオフロードを3時間走るとパスー近くのカラコルムハイウェイへと出ます。

 

カラコルムハイウェイから1歩奥、シムシャール村へ!

 

Photo & Text : 澤田真理子 Mariko SAWADA

Visit : Oct 2014, Shimshal, Gilgit-Baltistan

カテゴリ:■ギルギット・バルティスタン州 > シムシャール村 > #パキスタンの山
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秋のシムシャール シムシャール川のつり橋で 秋のクッチ -4

ついにひと夏をパミールで過ごしたヤギ・羊たち、そして村人がシムシャール村に到着です。ほとんどの村人は家畜を運ぶために一時的にパミールへ行きますが、中にはひと夏を家畜の世話、乳製品づくりをした女性たちも。これらの伝統も無くなりつつあります。

 

川の対岸で家畜を待つ人々。シムシャール川のつり橋を渡り、家畜を連れた村人たちが到着です。

 

やってくる、羊・ヤギ、そして村人。

 

つり橋までもうすぐです。

 

家族と家畜の到着を待つ人々。この美しい光景に、夢中でシャッターを切りました。

 

まだ歩けない子羊を抱いてつり橋をわたる村人。

 

橋をわたるとそのまま村の中心へとみんなで歩いていきます。

 

村に集められた、パミールから戻ってきたばかりのヤギ・羊。

 

村に到着すると、預かっていたヤギ・羊を確認し、それぞれの持ち家へと帰っていきます。

この日、シムシャール村で見たクッチKUCHの到着・・・村人が協力し合い築いてきた、美しい伝統の景色でした。

 

Photo & Text : 澤田真理子 Mariko SAWADA

Visit : Oct 2014, Shimshal, Gilgit-Baltistan

カテゴリ:■ギルギット・バルティスタン州 > シムシャール村 > ヤク > #パキスタンの家畜、クッチ(移動)
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秋のシムシャール パミールからシムシャール村へ! 秋のクッチ -3

ついにヤクたちと一緒にシムシャール村へ戻る日です。ウッチフルズィーン Wuch Furzeen からパスフルズィーン Past Furzeenにかけては急な上り下り、スライディングエリアも。

 

岩場をゆくヤクたち。

 

下から急斜面を移動しているヤギ・羊たちが見えました。カーブの下りは滑らないか心配な個所です。

 

村へと急ぐ、ヤギ・羊たち。ヤクに比べて歩きが遅いので、村へはヤクたちの翌日に到着する予定です。

 

山の斜面を登るヤクと村人たち。

 

村への途中に見えたヤズガル氷河 Yazgar Glacier 。

 

そしてシムシャールの白い角こと、White Hornと呼ばれるアドベルサール Adver Sar (6,400m)の展望。

 

そしてガーレサール Ghare Sar の下りです。ここを降りるとシムシャール村です。

 

シムシャール川を渡ります。村人が小さなヤクが流されないように守ります。

 

川を渡り、家族の待つシムシャール村へ。

 

村人とヤクたち、シムシャール村への到着です。本当にお疲れさまでした!

 

Photo & Text : 澤田真理子 Mariko SAWADA

Visit : Oct 2014, Shimshal, Gilgit-Baltistan

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秋のシムシャール ヤク・ヤギ・羊が帰ってくる!秋のクッチ -2

アルバパリエン Arbab Parien のキャンプを出発しようとした時、「クッチ Kuch」は既にシュイジェラブを出発したと聞き、アルバパリエンから少しいった見晴らしの良い場所で「クッチ Kuch」がやってくるのを待つことにしました。

待っていると、昨日村へむかって村人と歩いていた赤ちゃんヤクがパミールに残るお母さんヤクのところへ戻ろうと逆走してきました。村人たちが赤ちゃんヤクを捕まえます。メスのヤクは冬の間、村に戻るグループとパミールに残るグループに分かれるのだそうです。この子のお母さんヤクは村には戻らず、冬をパミールで過ごすのですね。

 

シュイジェラブ Shuijerab から最初に到着したのは赤ちゃんヤクと雌の小グループ。峠を越えていきます。

 

続いて羊とヤギのグループが通過していきます。

 

歩きながらお母さん羊にミルクをもらう赤ちゃん。

 

パリエンサール Parien Sar の門をくぐって村を目指すヤク。

 

難所、パリエンベン Parien Benへの下りです。砂煙をあげて下っていくヤクたち。

 

斜面を下っていくヤクたち。ヤクに近いスピードで駆け降りるシムシャールの村人たち。そして私たちも彼らを一生懸命に追いますが、この傾斜はなかなか怖いものです。

 

続いてパリエンベン Parien Ben の川渡り。

 

つり橋を渡るヤギ、羊たち。本日のキャンプ地、ウッチフルズィーン Wuch Furzeen を目指します。

 

Photo & Text : Mariko SAWADA

Visit : Oct 2014, Shimshal, Gilgit-Baltistan

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秋のシムシャール シムシャール・パミールへ 秋のクッチ -1

シムシャール村の伝統のひとつ、クッチKUCH

クッチとは家畜を連れての大移動のことで、牧草地を求めて夏にシムシャル・パミールに行った家畜たちが一斉に戻ってくるのが”秋のクッチ”。10月、パミールから戻る”秋のクッチ”を出迎えたいと思い、シムシャール村へ向かいました。

 

シムシャール・パミールへの旅の準備

朝、荷物を運ぶヤクたちが集まってきました。シムシャール・パミールへの道は険しく、これまで2度訪問しましたが、その度に疲れてはヤクの背に乗ることを覚え、乗り心地がいいようにカスタマイズしてきました。

何よりも動物が好きな人にとってはヤクと一緒に入れること自体、大変うれしいものです。

 

こちらは「人を乗せられるヤク」。鞍をつけてマットを引いて、カスタマイズされていきます。

 

シムシャール村を出発

シムシャール村を出発すると最初にシムシャール川を渡らなくてはなりません。つり橋を渡れるヤクもいますが、ほとんどは川を歩いて渡ります。

 

シムシャール川を渡るヤク。

 

ガーレサール Ghare sar の登りです。シムシャール川によって削られた雄大な谷の景色が広がります。

 

本日のキャンプ地パスフルズィーン Past Furzeenに到着。荷を運ぶヤクさんもおつかれさまです!

 

Photo & Text : Mariko SAWADA

Visit : Oct 2014, Shimshal, Gilgit-Baltistan

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デオサイ高原のオコジョ

10月、デオサイ高原で見たオコジョです。朝晩の気温は氷点下になるこの季節、オコジョもすっかり冬毛で真っ白。

オコジョはユーラシア大陸北部、北米大陸北部に広く分布しますが、パキスタンでは北部山岳地帯で見られます。

 

誰もいないデオサイ高原のバラパニでキャンプを設営。静かで、冷たい風が吹いていました。オコジョが現れて寒さが吹っ飛びました。

 

Photo & text :Mariko SAWADA

Observation : Oct 2015,  Deosai Plateau, Gilgit-Baltistan

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北部パキスタン・秋の風物詩 秋のパスーで家畜の移動と出会う

秋の北部パキスタンの風物詩、家畜たちの大移動です。10月になると夏の間を標高の高い牧草地で過ごしたヤギ・羊・ヤクなどの家畜たちが一斉に村へ帰ってきます。

 

カラコルムハイウェイを北上していたら、パスーの山並みを背景に家畜たちを連れた村人が現れました。

 

夏を高地の放牧地で過ごした家畜たちを運ぶ村人たちです。

 

村中のいろんな家から集められたヤギ・羊たちがまとまめられ一緒に移動し、村に到着するとそれぞれの家へ分けられ、冬の準備です。

 

通り過ぎる家畜の群れ、元気な羊、ヤギの姿。

 

家畜たちを送り届ける村人たち、村はもう近くです。

 

Photo & text : Mariko SAWADA

Visit : Oct 2014, Passuパスー, Gilgit-Baltistan ギルギットバルチスタン州

カテゴリ:■ギルギット・バルティスタン州 > パスー > #パキスタンの家畜、クッチ(移動)
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カラーシャ族の宗教って・・・

2020

カラーシャ族の宗教は、インド・アーリア系の宗教の古い形態を残した貴重な存在ともいえ、ヴェーダ、先ゾロアスター⽂化に近いと考えられています。創造主としての神デサウとたくさんの神々が存在します。チョウモス祭のときに現れるバレマイン、サジゴール、マハンデーウなどの神、家を守る⼥神ジェスタックなど、暮らしと⾃然に密着した神々が存在します。祈りの場所をデワ(DEWA)といい、村ごとに⼩さな祭壇が神殿ジャスタック・ハンと村のはずれの⼭の斜⾯にあります。

 

神殿ジェスタク・ハン

ジェスタクは家庭内・家事、家族・結婚をつかさどり、神殿にいる⼥神。村ごとではなく、各⽒族ごとに神殿を持っています。⼊り⼝には⽺のモティーフ、内部の天井はラテルネンデッケがあり、典型的なパミール建築の装飾が⾒られます。神殿の奥にバレマインを現す⽊彫があり、壁にはチョウモス祭のときに描かれる壁画残っています。

ボンボレット⾕のカラカル村は2つの⽒族が暮らしていますが、この村のジャスタック・ハンは1つの建物に2つの⽒族⽤の⼊り⼝があり、2つの⽒族が共同で建てたジャスタック・ハンになっています。
写真はアニシュ村のジャスタック ・ハン。 ヤギや⽺のをモチーフとしたデザインや装飾、典型的なラテルネンデッキの天井など、⼭岳パキスタン、⼭岳タジキスタン、ワハーン回廊地域特有の建築スタイルが盛り込まれています。

 

木像ガンダウ

死んだ男性の記憶、どんな貢献、功績があったかを偲ぶために作られる像。このガンダウの制作と儀式は⾮常に⾼価で、たくさんのヤギやチーズ、ギーが必要なことから、作ることができるのは有⼒な⾦持ちの男性のみ。ボンボレット⾕では2008年にブルン村で10年以上前に亡くなった⽗とおじ(兄弟)のために息⼦がガンダウを2体作りました。(現在もブルン村の墓地で⾒ることができます)。
このガンダウは儀式の場 所の中⼼に⽴てられ、⼈々はその周りを踊り、儀式が終わるとガンダウは墓地へ運ばれていきます。

 

墓地マンダウ・ジャウ

本来の埋葬は、⽊製の棺にいれて墓地に置くだけの埋葬でしたが、50年ほど前からイスラム教徒と同様に⼟葬するようになりました。現在、⽩⾻化して⾒えるものは50年ほど前の古いものだとのこと。かつて、⽊棺にはふたはせず魂が抜けやすいよう、そして⾃然に⾵化しやすいようになっていたのだといいます。

 

バシャリ 清浄と⾮清浄の強い概念

カラーシャ族は清浄なもの=pure、⾮清浄なもの=inpureの概念を⾮常に強くもっています。そのため不浄なものを清浄にする儀式がたくさんあります。
その 代表的なものがバシャリ。⽣理中の⼥性が集まり、⼀緒に暮らす⼩屋です。出産もここで⾏なわれ、出産後は清めの儀式の後、夫の待つ家に帰ることができる。各村に1つづつあり、⽣理中のバシャリにいる⼥性は他⼈に触ってはいけません。⼿渡しなどもできないため、投げて渡したりします。

 

⼤祭壇マハンデウドゥール

各村にある⼩さな祭壇Dewaとは別に祭りに利⽤される⼤きな祭壇があります。ボンボレット⾕にある⼀番⼤きな、祭りで使⽤される祭壇はバトリック村のマハンデウドゥール。幹線道路から⼭の斜⾯にあがったところにあります。⽊の敷居があり、中に⽣贄の祭壇、サラズの煙で清める場所があり、チョウモス祭の12⽉19⽇、ここに⼈々はヤギを⽣贄にやってきます。ヤギを押さえる場所、⽣贄の⾎をかけた跡が残っていました。ここで聖なる⽊サラズを焚き、その煙で清めます。チョウモス祭以外にも、ジョシ祭、ウチャウ祭のときにもここにやってきてチーズやパンを配ります。

なかなかお話だけではわかりにくカラーシャの宗教観。⾏って、⾒て、確かめてみてください。

 

Photo & Text : Mariko SAWADA

※このブログの記事は2011年2月に西遊旅行のブログサイト「サラーム・パキスタン」に投稿したものをリメイクしたものです。写真は2006年から2014年の間の訪問時に撮影したものです。

カテゴリ:■ハイバル・パフトゥーンハー州 > カラーシャの谷
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秘境カラーシャの⾕ 「カラーシャ族はどこから来た︖」

2020

パキスタンは多⺠族国家。“多⺠族”のなかでも異⾊な存在のカラーシャ族。“パキスタン・イスラム共 和国“において、このパキスタンだけに暮らす、イスラムはなく独⾃の神を信仰する⺠族なのです。

 

1970年代にはイスラムへの改宗が推奨され⺠族の存亡が危ぶまれましたが、その後の政府によるカラーシャ族の保護もあり、過去20年ほどの間にカラーシャ族の⼈⼝は⼤幅に増加。カラーシャとしてのアイデンティティーを強く持ち、イスラムへの改宗が⾮常に少なくなったことと、⺟親たちがカラーシャの⼈⼝を増やすために7〜8⼈の⼦供を⽣むことが理由にあげられます。古いガイドブックや案内書では⼈⼝3000⼈と記載されていますが、ここ数年訪れている間、3つの⾕(ボンボレット、ランブール、ビリール)をあわせて4000⼈はいるのではないか、と聞かされます。

 

「カラーシャ族はどこから来た︖」

これには3つの説があります。ひとつは、その⽩い肌・⻘い瞳ゆえに、紀元前4世紀のアレキサンダー⼤王の軍隊の末裔であるという説。アレキサンダー⼤王の軍隊がこの付近を通過したと⾔う事以外、何の⽴証もありませんがギリシャからの観光客も多く、NGOもこの⾕で活動しています。
もうひとつ はカラーシャの伝説・叙事詩に現れる“Tsiyam”という南アジアの⼟地からアフガニスタンへ移動してきたというもの。
そしてもうひとつは通説で、彼らの祖先が紀元前2世紀ごろア フガニスタンから現在のチトラールを中⼼とする地⽅に移動し、10世紀頃にはチトラール含む地域を中⼼に勢⼒を広め、12〜14世紀には有⼒な王を持ち栄えました。が、その後周辺でのイスラムへの改宗が進み現在の3つの⾕だけに残されるようになったといわれています。

 

現在のカラーシャ族はハイバル・パフトゥーンホア州 Khyber-Paskhtunhwa チトラール県のアフガニスタン国境の⾕、ボンボレット、ランブール、ビリールの3 つの⾕に暮らしています。

 

⾔語的にはインド・ヨーロッパ諸語のインド・イラン語派、ダルド語系カラーシャ語を話すグループ。かつては国境をはさんだアフガニスタン側にも同じカラーシャ族が暮らす「カフィリスタン」がありましたが、1896年にイスラムへの改宗が徹底され「ヌリスタン【光の国、イスラムの光の国】」へと変わったことから、パキスタンのカラーシャ族だけが唯⼀の存在となったのです。
神秘に満ちた伝説、⻘い⽬、あまりに美しい⼥性の⺠族⾐装姿。

きっと虜になるはずです。

 

Photo & Text :  Mariko SAWADA

※このブログの記事は2011年2月に西遊旅行のブログサイト「サラーム・パキスタン」に投稿したものをリメイクしたものです。写真は2006年から2014年の間の訪問時に撮影したものです。

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