カラーシャの谷・ランブールへ

久しぶりにカラーシャ族の暮らすランブール谷を訪問。あまりにも美しい少女たちとの出会いにドキドキした訪問でした。

 

夕暮れ前の時間の村。谷の斜面を利用したテラスのある住居は活気にあふれていました。

 

街角ではお皿を売りに来たパシュトゥーンの商人とカラーシャの少女が交渉中です。彼女はお金の代わりに、買いたい器にいっぱいのクルミを入れて渡しました。物々交換が行われているんですね!商人の後ろにある袋の中はクルミでいっぱいです。

 

さらに村の奥へ行ってみました。水路のごみが気になります。

 

テラスでミシンかけをする女性。足ふみミシンでした。カラーシャの谷の美しい光景のひとつです。

 

石けりをして遊ぶ少女たちに出会いました。日本の昔の子供の遊びと同じでびっくりです。

 

カメラを向けても変わらず遊び続ける少女たち。「外国人は自分たちの写真を撮って、写真集を出したりするのよ」と話す子も。妖精のように美しい少女たちとの時間を楽しみ、谷を後にしました。

 

アユンの村の奥にそびえる、夕陽を浴びたヒンドゥークシュ最高峰ティリチミール(7,708m)。アユンとカラーシャの谷を移動する途中に見えるティリチミールの景色は旅のボーナスです。

 

Photo & text : Mariko SAWADA

Visit : Nov 2021, Rambur, Kalash Valley, Khyber-Pakhtunkhwa

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カラーシャの谷 11月のボンボレット村へ

11月上旬、カラーシャの谷・ボンボレット村を訪問しました。もう少し早く行くことができれば”とうもろこしの収穫”をするカラーシャ族の美しい光景を見ることができたのですが、代わりに冬支度をする村の様子を見ることができました。

この季節になると観光客の姿もほとんどなく、村の様子も落ち着いていました。

 

アユンの町を通り抜け、カラーシャの谷へと向かいます。その途中に見られるのがこの景色。アユンの丘の向こうにそびえる、ヒンドゥークシュ最高峰ティリチミール(7,708m)の雄姿です。朝の光を受け、巨大な山塊が輝いていました。

 

つり橋を渡ると、ボンボレット谷とランブール谷の分岐点につきます。ここから西側のボンボレット谷へ。

 

カラーシャ族の家屋が見えてきました。山の斜面に建てられた木造の家でテラス、屋根が効率よく利用されています。

 

民家の庭で羊を可愛がるカラーシャの少女を見つけました。その美しい光景にうっとりします。

 

木をくり抜いた階段を上がり、シャーマンの女性の家へ行ってみました。

 

シャーマンの女性の家のテラスです。話によると、彼女は未来を予知したり、失くしたものを探す力があったため、みんなの希望を受けシャーマンになったとのことでした。

 

シャーマンのお宅。灯は入り口だけで、伝統的なカラーシャ族のシンプルな暮らしでした。さらに村を散策。

 

村の葬儀場にある木像。

 

カラーシャの手作りワイン。

 

屋根の上で脱穀作業をする女性。収穫後ならではの景色。

 

うれしかったのは、以前よく訪問していたアニッシュ村の学校の先生のお宅のお嬢さんが、お母さんになっていたことです。

2年ぶりに訪れたボンボレット村。ムスリム人口が増え、カラーシャの少女たちも以前に比べヴェールを被る姿が増えています。民族衣装の刺繍の色見にも流行があり、だいぶ派手になっていました。

 

近代化、より楽な暮らしへの変化は求められるものです。しかし、急激に古来より培われてきた伝統が失われるのを見るのは残念でありません。パキスタン・イスラム共和国で生きる、貴重な信仰を持つ民族カラーシャの文化と伝統の存続を強く祈ります。

 

Photo & text : Mariko SAWADA

Visit : Nov 2021, Bumburet, Kalash Valley, Khyber-Pakhtunkhwa

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カラーシャの谷、ボンボレットとランブール

10月に訪れたカラーシャの谷の様子をまとめたビデオです。以前訪れたボンボレット村はずいぶんパキスタン国内旅行客で賑わっていましたが、10月の半ばともなると訪問者も少なく、静かな村を訪問することができました。

 

KALASH VALLEY Bumburet & Rambur|カラーシャの谷(ボンボレット&ランブール)

 

Image : Mariko SAWADA

Visit : Oct 2021, Bomboret & Rambur, Kalash valley, Khyber Pakhtunkhwa

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カラーシャ族の宗教って・・・

カラーシャ族の宗教は、インド・アーリア系の宗教の古い形態を残した貴重な存在ともいえ、ヴェーダ、先ゾロアスター⽂化に近いと考えられています。創造主としての神デサウとたくさんの神々が存在します。チョウモス祭のときに現れるバレマイン、サジゴール、マハンデーウなどの神、家を守る⼥神ジェスタックなど、暮らしと⾃然に密着した神々が存在します。祈りの場所をデワ(DEWA)といい、村ごとに⼩さな祭壇が神殿ジャスタック・ハンと村のはずれの⼭の斜⾯にあります。

 

神殿ジェスタク・ハン

ジェスタクは家庭内・家事、家族・結婚をつかさどり、神殿にいる⼥神。村ごとではなく、各⽒族ごとに神殿を持っています。⼊り⼝には⽺のモティーフ、内部の天井はラテルネンデッケがあり、典型的なパミール建築の装飾が⾒られます。神殿の奥にバレマインを現す⽊彫があり、壁にはチョウモス祭のときに描かれる壁画残っています。

ボンボレット⾕のカラカル村は2つの⽒族が暮らしていますが、この村のジャスタック・ハンは1つの建物に2つの⽒族⽤の⼊り⼝があり、2つの⽒族が共同で建てたジャスタック・ハンになっています。
写真はアニシュ村のジャスタック ・ハン。 ヤギや⽺のをモチーフとしたデザインや装飾、典型的なラテルネンデッキの天井など、⼭岳パキスタン、⼭岳タジキスタン、ワハーン回廊地域特有の建築スタイルが盛り込まれています。

 

木像ガンダウ

死んだ男性の記憶、どんな貢献、功績があったかを偲ぶために作られる像。このガンダウの制作と儀式は⾮常に⾼価で、たくさんのヤギやチーズ、ギーが必要なことから、作ることができるのは有⼒な⾦持ちの男性のみ。ボンボレット⾕では2008年にブルン村で10年以上前に亡くなった⽗とおじ(兄弟)のために息⼦がガンダウを2体作りました。(現在もブルン村の墓地で⾒ることができます)。
このガンダウは儀式の場 所の中⼼に⽴てられ、⼈々はその周りを踊り、儀式が終わるとガンダウは墓地へ運ばれていきます。

 

墓地マンダウ・ジャウ

本来の埋葬は、⽊製の棺にいれて墓地に置くだけの埋葬でしたが、50年ほど前からイスラム教徒と同様に⼟葬するようになりました。現在、⽩⾻化して⾒えるものは50年ほど前の古いものだとのこと。かつて、⽊棺にはふたはせず魂が抜けやすいよう、そして⾃然に⾵化しやすいようになっていたのだといいます。

 

バシャリ 清浄と⾮清浄の強い概念

カラーシャ族は清浄なもの=pure、⾮清浄なもの=inpureの概念を⾮常に強くもっています。そのため不浄なものを清浄にする儀式がたくさんあります。
その 代表的なものがバシャリ。⽣理中の⼥性が集まり、⼀緒に暮らす⼩屋です。出産もここで⾏なわれ、出産後は清めの儀式の後、夫の待つ家に帰ることができる。各村に1つづつあり、⽣理中のバシャリにいる⼥性は他⼈に触ってはいけません。⼿渡しなどもできないため、投げて渡したりします。

 

⼤祭壇マハンデウドゥール

各村にある⼩さな祭壇Dewaとは別に祭りに利⽤される⼤きな祭壇があります。ボンボレット⾕にある⼀番⼤きな、祭りで使⽤される祭壇はバトリック村のマハンデウドゥール。幹線道路から⼭の斜⾯にあがったところにあります。⽊の敷居があり、中に⽣贄の祭壇、サラズの煙で清める場所があり、チョウモス祭の12⽉19⽇、ここに⼈々はヤギを⽣贄にやってきます。ヤギを押さえる場所、⽣贄の⾎をかけた跡が残っていました。ここで聖なる⽊サラズを焚き、その煙で清めます。チョウモス祭以外にも、ジョシ祭、ウチャウ祭のときにもここにやってきてチーズやパンを配ります。

なかなかお話だけではわかりにくカラーシャの宗教観。⾏って、⾒て、確かめてみてください。

 

Photo & Text : Mariko SAWADA

※このブログの記事は2011年2月に西遊旅行のブログサイト「サラーム・パキスタン」に投稿したものをリメイクしたものです。写真は2006年から2014年の間の訪問時に撮影したものです。

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秘境カラーシャの⾕ 「カラーシャ族はどこから来た︖」

2020

パキスタンは多⺠族国家。“多⺠族”のなかでも異⾊な存在のカラーシャ族。“パキスタン・イスラム共 和国“において、このパキスタンだけに暮らす、”独⾃の神”を信仰する⺠族なのです。

 

1970年代にはイスラムへの改宗が推奨され⺠族の存亡が危ぶまれましたが、その後の政府によるカラーシャ族の保護もあり、過去20年ほどの間にカラーシャ族の⼈⼝は⼤幅に増加。カラーシャとしてのアイデンティティーを強く持ち、イスラムへの改宗が⾮常に少なくなったことと、⺟親たちがカラーシャの⼈⼝を増やすために7〜8⼈の⼦供を⽣むことが理由にあげられます。古いガイドブックや案内書では⼈⼝3000⼈と記載されていますが、ここ数年訪れている間、3つの⾕(ボンボレット、ランブール、ビリール)をあわせて4000⼈はいるのではないか、と聞かされます。

 

「カラーシャ族はどこから来た︖」

これには3つの説があります。ひとつは、その⽩い肌・⻘い瞳ゆえに、紀元前4世紀のアレキサンダー⼤王の軍隊の末裔であるという説。アレキサンダー⼤王の軍隊がこの付近を通過したと⾔う事以外、何の⽴証もありませんがギリシャからの観光客も多く、NGOもこの⾕で活動しています。
もうひとつ はカラーシャの伝説・叙事詩に現れる“Tsiyam”という南アジアの⼟地からアフガニスタンへ移動してきたというもの。
そしてもうひとつは通説で、彼らの祖先が紀元前2世紀ごろア フガニスタンから現在のチトラールを中⼼とする地⽅に移動し、10世紀頃にはチトラール含む地域を中⼼に勢⼒を広め、12〜14世紀には有⼒な王を持ち栄えました。が、その後周辺でのイスラムへの改宗が進み現在の3つの⾕だけに残されるようになったといわれています。

 

現在のカラーシャ族はカイバル・パクトゥンクワ州 Khyber Pakhtunkhwa チトラール県のアフガニスタン国境の⾕、ボンボレット、ランブール、ビリールの3つの⾕に暮らしています。

 

⾔語的にはインド・ヨーロッパ諸語のインド・イラン語派、ダルド語系カラーシャ語を話すグループ。かつては国境をはさんだアフガニスタン側にも同じカラーシャ族が暮らす「カフィリスタン」がありましたが、1896年にイスラムへの改宗が徹底され「ヌリスタン【光の国、イスラムの光の国】」へと変わったことから、パキスタンのカラーシャ族だけが唯⼀の存在となったのです。
神秘に満ちた伝説、⻘い⽬、あまりに美しい⼥性の⺠族⾐装姿。

きっと虜になるはずです。

 

Photo & Text :  Mariko SAWADA

※このブログの記事は2011年2月に西遊旅行のブログサイト「サラーム・パキスタン」に投稿したものをリメイクしたものです。写真は2006年から2014年の間の訪問時に撮影したものです。

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