グジャラートの魅力【3】 テキスタイルの聖地 ブジ、バンニエリア

手工芸がお好きな方にもグジャラートはお勧めの場所です。

特に、西部のブジには様々な工房があり、今も技術が受け継がれています。

〈富の象徴として発展した手工芸〉

グジャラート州は南をアラビア海に接し、いにしえから西アジアとの交易の重要な拠点となってきました。藩王や貴族、そして貿易で富を蓄えた商人たちは、自分の権力を誇示するために多くの職人を雇い、金に糸目をつけずに豪華な手工芸品を作らせました。このようなパトロンたちの金銭的支援のもとで発達した手工芸のひとつが「モチ刺繍」です。 モチ刺繍とはシルクやサテンの生地にアリと呼ばれる鈎針と絹糸で細かなチェーンステッチを施すもので、イスラム美術から影響をうけた幾何学模様や花、果物などがデザインされています。

 

「ローガンペイント」と呼ばれるオイルペインティングもまた、パトロンの支援の元、発展した手書き更紗の一種です。赤、青、緑などに染めたヒマ油を手のひらの上で混ぜ、ガム状になったものを針の先端につけて、布の上に下書きなしで描いていきます。

 

モチーフは「生命の木」や「花」「ペイズリー」など。半分描いたあとで布を二つに折ることでイン クが移り、シンメトリーのデザインが完成します。この技術はシリアを起源とし、イラン、アフガニスタン、パキスタンをへてインドに伝わったと言われています。

 

1947年にインドが英国から独立し、藩王制が解体されると、パトロンたちは財力を失い、多くのモチ刺繍やローガンペイントの職人たちも職を失いました。ローガンペイトはとても手間がかかること、高度な技術を要すること、またもともと高級品ではなく、最近では安い刺繍糸も手に入りやすいことから、後継者も少なく、現在、数家族の みがこの技術を後世に伝えています。

 

バンニエリアと呼ばれる地域には小さな工房が複数あります。

のんびりと村散策をしながら工房巡りをしていると、あっという間に時間が過ぎていきます。

ベル工房は成型から焼いて、音の調整をして完成するまで30分程で見学できます。

 

木工細工は、固めた色粉を木材にあて、木材を回転させることで熱を発生させ、色粉をとかし、塗り付けていきます。その後、木片を当ててなめらかにし、オイルを塗り、違う色を乗せていく作業を繰り返します。同じ工程で木製のボタンを作っている方もいますよ。

次回はアジュラク、絞り染めなどの手工芸をご紹介します。

 

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魅力満載 グジャラート【2】 世界遺産 ドーラビーラと大カッチ -Great Rann of Kutch-

数回に分けてグジャラートの魅力をご紹介しています。

前回はグジャラート州内にある3つの世界遺産をご紹介してきました。

4つの世界遺産のうち、一番新しく登録されたのが、こちらのドーラビーラ遺跡です。

■ドーラビーラ遺跡

2021年7月に世界遺産に登録されたばかりの遺跡です。

カッチ湿原に浮かぶカディール島にあるインダス文明の都市遺跡で、1967年に発見され、1989年から現在に至るまで発掘作業が続けられています。紀元前3000年には既に村は形成され、約1500年の間に渡って人々が住み続けました。 この地域は非常に乾燥しており、その対策として造られた用水路や貯水池の形成技術の高さが注目されています。

遥か5000年も前に、高度な技術を駆使した下水施設などが整い、当時の生活水準の高さをうかがうことができます。パキスタン南部のモヘンジョダロやハラッパといった都市が衰退した後も、グジャラート地方では交易が盛んに行われ、繁栄し続けました。グジャラートは重要な交易品・カーネリアン紅玉髄の産地であり、ビーズなどの加工品を遠くアラビア海まで輸出していたといいます。当時最先端の技術を誇った、古代の国際都市です。

アーメダバード南方に位置するロータル遺跡とセットでの見学がお勧めですが、2つの遺跡の場所は離れているので、一1日で両方周るのは難しいです。

 

■ロータル遺跡

史跡に興味がある方には是非ともセットで訪れていただきたいのが、ロータル遺跡。

1954年に発見されたインダス文明の都市遺跡です。「ロータル」とはグジャラーティ語で「死の塚」を意味し、「モヘンジョダロ」のシンド語と同じ意味です。街路が整然と配置され、排水システムが整い、几帳面に積まれたレンガの建造物等が見つかっています。

ロータル遺跡、ドック跡
井戸跡

■カッチ湿地

大カッチはグジャラート州からパキスタンのシンド州に及ぶ広大な塩性の湿地です。広大なカッチ大湿地とカッチ小湿地を合わせてカッチ湿地と呼んでいます。カッチは「亀」を意味するカチボという言葉からつけられた地名で、海抜15mの平坦な大地が広がるカッチ湿原は雨季には泥地が海水で覆われ、海水が引けて乾季になると、アラビア海から吹きつける強風などのため後に塩分が残ります。

カッチの塩原は冬になると乾燥し、一面の白い大地と化します。その光景がインド人ツーリストの間で大変な人気となり、テント村も出現するようになりました。「ホワイト・ラン」を見渡すビュー・ポイント、塩の平原をお楽しみいただけます。

 

・小カッチ湿原 Little Rann of Kutch

野生動物保護区ここでは国際保護動物のアジアノロバが見ることができます。非常に臆病な動物なので、近付くと等間隔を保ちながら逃げていきます。 他にもフラミンゴの営巣地があり渡り鳥も観察されます。 この周辺にはラバリ族やアヒール族、バハルワード族などグジャラートらしい村の光景、放牧の景色を見ることができます。

 

次回はグジャラートの最西端、大カッチからも近い手工芸の町ブジをご紹介します。

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魅力満載グジャラート【1】世界遺産 チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園とアーメダバード旧市街

現在4つの世界遺産をもつ西インドグジャラート州。

インド独立の父として知られるマハトマ・ガンディーの出身地、最近ではモディ首相の出身地としても有名ですが、手仕事、近代建築、食文化、階段井戸と沢山の魅力あふれる州でもあります。

 

これから数回に分けて、グジャラートの魅力あふれるスポットをご紹介していきます。

まずはグジャラート内にある世界遺産をご紹介。

 

■チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園

グジャラート州の中では一番早く2004年に世界遺産に登録されました。

銅器時代の遺跡に始まり8~14世紀の要塞、宮殿、宗教建築物、居住区域、農地、取水設備などが点在しています。公園内のパーヴァーガド丘の頂上に位置するカーリーカマタ寺院は重要な聖地とみなされており、いまも多くの巡礼者が訪れるスポットです。

遺産はムガル帝国支配以前の都市として、唯一完全な姿を保つことで知られています。

公園内 ジャーミーモスク
EK-MINAL KI MASJID

公園内にはヘリカルの階段井戸もありますよ。

 

ヘリカルの階段井戸

 

■女王の階段井戸 ラニ・キ・ヴァヴ

グジャラート州、ラジャスタン州には多くの芸術的な階段井戸が残っていますが、その中でも外せないのが、パリタナ郊外にあるラニ・キ・ヴァヴです。2014年に世界遺産に登録されました。

グジャラート最古の階段井戸で、その壁面は800を越えるヒンドゥーの神々の像で覆われています。特にヴィシュヌ神の化身のレリーフの美しさ、精巧さには素晴らしいものがあります。

詳しくは、こちらでもご紹介しています。

世界遺産 ラニ・キ・ヴァヴ – 女王の階段井戸

 

■アーメダバード旧市街

アーメダバードという地名は、1411年この場所を治めたグジャラートのスルターン、であったアーメド・シャー一1世により建設され、彼の名に因んで名付けられました。旧市街は2017年に世界遺産に登録されています。スワミ・ナラヤン寺院からジャマー・マスジッド、ポルと呼ばれる集合住宅を眺めながらシディ・サイヤド・モスクまでのんびり見学しながら2時間弱ほどで歩いて観光ができます。

歩くと2時間弱のコース。土日よりも平日の方が賑やかなので、ローカルな雰囲気を味わいたい方は是非平日に訪れてみてください。

《ジャマー・マスジッド(金曜モスク)》

1423年にアーメド・シャーによって建てられたアーメダバード最大のモスク。 15の異なる高さのドームを260本もの柱で支えています。ヒンドゥー教やジャイナ教の寺院の建材を使用しているため、柱には蓮や金剛杵の彫刻が残っています。

 

《シディ・サイヤド・モスク》

16世紀後半に創建された、モスクで旧市街を囲むかつての城壁の一部になっています。「生命の樹」と呼ばれる美しい透かし彫りの窓が有名です。

 

《ガンジー・アシュラム (サーバルマティー・アシュラム)》

ガンジー(本名:モーハンダース・カラムチャンド・ガンジー)は「マハトマ・ガンジー」という名で知られていますが、「マハトマ」とはインドの詩聖タゴールがガンジーに贈った称号で「偉大なる魂」を意味します。そのガンジーが活動の拠点とした場所です。 現在は彼が寝起きをした非常に質素な家に、実際に使った糸を紡ぐ車や台所が展示されており、また、併設されている小さな博物館には生前彼が受け取った手紙や写真、生涯の記録等が展示されています。 1930年3月12日に、カンベイ湾までの「塩の行進」のスタート地点となった場所です。

※少し離れているので、ここも見学するならリキシャを使って周遊するのがお勧めです。

 

次回は最近世界遺産に登録されたばかりのドーラビーラとカッチ湿原をご紹介します。

カテゴリ:インドの世界遺産 , グジャラート州
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インドの階段井戸②世界遺産 ラニ・キ・ヴァヴ – 女王の階段井戸

ナマステ!西遊インディアです。

 

全5回に渡ってお送りする、「インドの階段井戸特集」、2回目の今回は、世界遺産にも登録されているグジャラート州の階段井戸「ラニ・キ・ヴァヴ」についてご紹介します。

 

インドの階段井戸①階段井戸とは?
インドの階段井戸②世界遺産 ラニ・キ・ヴァヴ – 女王の階段井戸
インドの階段井戸③「最も美しい階段井戸」アダラジ・ヴァヴ
インドの階段井戸④「インド最大の階段井戸」チャンド・バオリ
インドの階段井戸⑤デリーの階段井戸 アグラーセン・キ・バオリ

 

 

ラニ・キ・ヴァヴ内部全景
ラニ・キ・ヴァヴ内部全景

 

ラニ・キ・ヴァヴ(Rani ki Vav)は、グジャラーティー語で「女王の井戸」を意味します。インド北西部、パタンの町のサラスヴァティ川の川岸に築かれた地下7階建ての巨大な階段井戸です。1050年に建造された、グジャラート州最古の階段井戸であり、その希少性や建築技術・彫刻群の完成度の高さから2014年に世界遺産へ登録されています。

 

 

 

 

地上から見たラニ・キ・ヴァヴ(西→東)
地上から見たラニ・キ・ヴァヴ(西→東)

階段井戸全体の構造は西から東へ潜り込むように広がっており、東西方向の奥行き64m、南北の幅20m。最も西に位置する実際の井戸の竪穴部分は、地表面から30mの深さがあります。全体で7層構造をとっています。

 

ラニ・キ・ヴァヴ断面図
ラニ・キ・ヴァヴ断面図(出典:福田眞人 | インドの水保存法としての階段井戸 | (2001)言語文化論集 23(1) 134
地上から見たラニ・キ・ヴァヴ(東→西)
地上から見たラニ・キ・ヴァヴ(東→西)

 

ラニ・キ・ヴァヴの巨大さ、壮麗さを目にするとお分かり頂けるように、階段井戸は寺院としての側面も持っています。一般的な寺院が地上から上へ向かって建造されるのとは対照的に、ラニ・キ・ヴァヴでは地下方向へ向かって寺院が展開し、最深部には竜王の上に横たわったヴィシュヌの神像が配されています。この最深部のヴィシュヌ像は、春分と秋分の日にのみ太陽の光が差し込むようになっており、建造当時の精巧な建設計画と、建設にかける情熱を感じます。

 

竜王に横たわるヴィシュヌ
竜王に横たわるヴィシュヌ

 

階段井戸の内部には主要な彫刻だけで500以上、副次的な彫刻でも1000以上の彫刻があり、ヴィシュヌの10の化身(アヴァターラ)や、ラーマーヤナ、マハーバーラタの物語に関係する神々の彫刻が施されています。また近郊のパタンの町は当時のチャウルキヤ朝(ソーランキー朝)の王都であり、このパタンの伝統のテキスタイルであるパトラ織りのモチーフにも通じる格子状や幾何学図形のレリーフも各所に点在しています。

 

ヴィシュヌの3番目の化身、猪頭の神:ヴァラーハの像
ヴィシュヌの3番目の化身、猪頭の神:ヴァラーハの像

 

ガネーシャ像
ガネーシャ像

 

格子状のモチーフのレリーフ
格子状のモチーフのレリーフ

 

「Rani」はグジャラーティー語で女王・王妃・王女等を意味する言葉であり、ラニ・キ・ヴァヴはその名の通り女王によって建設されています。ラージプート王朝の一つであるチャウルキヤ(ソーランキー)朝の王:ビーマ1世(在位1022年~1064年)の死後、遺された王妃ウダヤマティとその子カルナによって、王を偲んで建設されました。

 

ラニ・キ・ヴァヴ回廊
ラニ・キ・ヴァヴ回廊

 

そしてこのラニ・キ・ヴァヴの最大の特徴は、その保存状態にあります。ラニ・キ・ヴァヴは本来は風化しやすい砂岩を利用して建設されていますが、13世紀にサラスヴァティ川の氾濫によって泥と土に覆われたため、その後発掘までのあいだ泥土によって風化から保護され、素晴らしい彫刻群が状態良く残されたのです。

 

1955年当時 発掘途中のラニ・キ・ヴァヴ
1955年当時 発掘途中のラニ・キ・ヴァヴ©Archaeological Survey of India

 

井戸は1890年代、イギリスの考古学者ジェームズ・バージェスによって発見され、その後1940年代に本格的な発掘調査でラニ・キ・ヴァヴの存在が明らかになりました。1986年にはインド考古学調査団による大規模調査と修復作業が行われ、この際にこのラニ・キ・ヴァヴの建造者であるウダヤマティの像も出土しています。

 

グジャラート州では水と結びついた女神信仰が盛んであったため、このラニ・キ・ヴァヴ以外にも王族や貴族の女性が建設した階段井戸が多く残っています。次回は同じくグジャラート州に存在し、「最も美しい階段井戸」と謳われるアダラジ・ヴァヴ(Adalaj Vav)をご紹介します。

 

 

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インドの階段井戸①階段井戸とは?

ナマステ!西遊インディアです。

 

今回から全5回に渡り、「インドの階段井戸」について特集してご紹介していきます。

 

ラニ・キ・ヴァヴ内部全景
世界遺産にも登録された「女王の階段井戸」グジャラート州のラニ・キ・ヴァヴ

 

インドの階段井戸①階段井戸とは?
インドの階段井戸②世界遺産 ラニ・キ・ヴァヴ – 女王の階段井戸
インドの階段井戸③「最も美しい階段井戸」アダラジ・ヴァヴ
インドの階段井戸④「インド最大の階段井戸」チャンド・バオリ
インドの階段井戸⑤デリーの階段井戸 アグラーセン・キ・バオリ

 

「階段井戸」とは、英語では「step well」と訳され、その通り水面まで通じる階段が設置された井戸を指します。日本でイメージする井戸というと、縄と桶、もしくはポンプで水を引き上げる光景が目に浮かびますが、インドの階段井戸では地面を掘り下げ、階段で水面にアクセスできるようになっています。井戸を指す言葉は、ヴァヴ(vav, グジャラーティー語)やバオリ(Baoli, ヒンディー語)などが使われます。

 

インドの平野部に広く分布していますが、特に水資源の乏しい西インドの乾燥地帯、グジャラート州やラジャスタン州のものは大規模なものが多く残っており有名です。中でもグジャラート州は総数130基を超える井戸が発見されており、どれだけ井戸が重要視されていたかがわかります。

 

アダラジ・ヴァヴ
「最も美しい階段井戸」と形容されるグジャラート州のアダラジ・ヴァヴ

 

階段井戸は主に雨季の雨を貯める人工的な溜池ですが、地下の水源にアクセスするために作られているものもあります。日が差さない地下の構造物であること、また岩にしみ込んだ水の気化熱で気温が下がることにより、階段井戸の奥部では地上より6~7度程度も気温が下がります。そのため、階段井戸は夏の間の王宮、避暑地としても利用されていました。

 

チャンド・バオリ全景
王宮部分のファサードが印象的なラジャスタン州のチャンド・バオリ

 

実際に巨大な階段井戸を見ると、井戸というにはあまりにも壮麗な姿だと感じられます。もともとは純粋に水利用のために作られた井戸ですが、さきほど述べたように夏の間の王宮として利用されたのに加え、階段井戸が宗教性を伴うものとして発展したことも大きく関係します。これは、命の源である水を扱う場所である井戸が神聖視され、神々に捧げる寺院として豪奢な彫刻が施されたためです。宗教性を持った階段井戸は、神々に祈りを捧げる沐浴場としても利用されていました。

 

また巨大な井戸は、為政者の権威を示すものでもありました。より大きく、より壮麗な階段井戸はその製作者である王や国の力を示すものとなり、各地で巨大な階段井戸が建設されました。そういった意味でも、寺院や王宮と共通しています。

 

ヘリカルの階段井戸
ヘリカルの階段井戸。1485年、グジャラートのイスラム王朝:グジャラート・スルタン朝のマフムード・シャー1世によって建造。ヒンドゥー教国の階段井戸とは異なり、シンプルで装飾の無い階段井戸です。

 

階段井戸は古くは紀元前3000年までさかのぼり、隣国パキスタンのモヘンジョ・ダロ遺跡でも階段井戸の前身となると考えられるレンガ造りの井戸が見つかっています。遺跡全域では大小合わせて700以上の井戸跡が検出されており、インドの階段井戸のルーツはモヘンジョ・ダロに起源をもつという説もあります。

 

モヘンジョ・ダロのレンガ積みの井戸跡
モヘンジョ・ダロのレンガ積みの井戸跡

 

モヘンジョダロの井戸跡。上層部の井戸を掘り下げて時代を遡ると煙突の様に見えます。
モヘンジョ・ダロの井戸跡。上層部の井戸を掘り下げて時代を遡ると煙突の様に見えます。

 

現在は実際にこの階段井戸の水を生活用水として利用することはほとんどありませんが、イギリス人の入植前のインドでは貴重な水資源の源でした。イギリス人の入植後、近代化に伴って井戸水は清潔でないという理由で利用が廃止され、ポンプや上下水道の設備が整えられ、階段井戸は徐々に前時代の遺物となっていきました。

 

階段井戸で洗濯をする女性。今でも階段井戸が利用される場所も残っています。(ガンダの階段井戸、デリー)
階段井戸で洗濯をする女性。今でも階段井戸が利用される場所も残っています。(ガンダの階段井戸、デリー)

 

現在では一部の階段井戸は遺跡として保護され、あるいは観光地として整備されていますが、多くの井戸は放置され徐々に風化が進んでいます。また、大規模な階段井戸は崩壊や落下の危険があるということで封鎖されている場所もあり、文化財・歴史的な遺跡としての階段井戸の保護が問題になっています。独特のひんやりした空気や薄暗さから、中には心霊スポットとして有名になっている階段井戸も…。

 

 

以上、簡単にインドの階段井戸についてご紹介しました。次回からは、実際のインド各地の階段井戸を4回に分けてご紹介していきます。

 

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インドの山岳鉄道の旅!南インドニルギリ鉄道

ナマステ! 西遊インディアです。
インドの鉄道というと、ダージリンのトイトレインが有名かもしれませんが
これは「インドの山岳鉄道群」として国内3か所の鉄道が登録されている複合世界遺産です。
残る2つは南インドにあるニルギリ鉄道、インド北部へと続くカルカ・シムラ鉄道です。

今日はそのうちの一つ南インドのニルギリ鉄道のご紹介です。

インド最古の山岳鉄道のひとつで、2005年にダージリン・ヒマラヤ鉄道とともに、世界遺産「インドの山岳鉄道群」に指定されています。
1845年に計画が持ち上がり最終的にはイギリスの手で敷設が行われ、1899年6月にマドラス鉄道会社の経営で一般向けのものとなったこの鉄道は麓のメットゥパラヤムとウダカマンダラム(ウーティ)を結んでおり、山岳部の駅は標高 2,203mにもなります。ウーティは「青い山」を意味するというニルギリ山地の一部は高原状になっていて、イギリス統治時代の19世紀半ばに避暑地として拓かれました。

ニルギリ鉄道の蒸気機関は正面が客車に連結されています。写真はクーヌ-ル駅着後、蒸気機関のみスイッチバックして車庫に入るときに撮影したものです。 

朝、クーヌール駅で地元の方に混ざって、入線を待ちます。

ダージリン鉄道は、町中すれすれを走るのが魅力ですが、ニルギリ鉄道は何といっても茶畑を眺めながらの走行が魅力!!
景色がきれいなのはウーティからクーヌールの間、茶畑も広がりのどかな風景が広がります。

列車の最高時速は13㎞。

時折給水のために停車し、スイッチバックを繰り返しながら、高低差1,386mのニルギリの山を2時間50分かけて登ります。運行開始から100年以上変わらない、ゆったりとした列車の旅をお楽しみください。

そのまま乗車していくと列車は麓の町メットゥパラヤムに到着。下るにつれて茶畑は耕地まじりに変わっていきます。また窓を開けて走る列車、途中数々のトンネルも通りますので、乗車する際はスカーフなどあったほうがよいでしょう。

鉄道好きな方はもちろん、地元の人とも交流ができるプチ鉄道の旅です。

クーヌールでは、ホテルのお庭でティータイムや、紅茶工場の見学が可能です。

茶葉に癖がなく、すっきりとした味わいの為、フレイバーティーとして流通することの多いニルギリティー。あっさりとした紅茶がお好きな方にはおすすめです。是非、味わってみてください。

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アクセス抜群の「野鳥の楽園」:ケオラディオ国立公園①

ナマステ! 西遊インディアです。

 

インドの観光と聞くとタージ・マハルのような歴史的建造物や、バラナシのような聖地の観光を思い浮かべる、という方も多いかと思います。しかし、インドはその広い国土の中で100以上の国立公園を設定しており、サファリツアーの目的地としても世界的に非常に高い人気がある国です。

国内の全ての国立公園の面積を合わせると、なんと国土の1%以上が国立公園に指定されているほど。国立公園の設置はもちろん野生動物の保護が第一の目的ですが、現在では各地の国立公園が巨大な観光資源としての役割を果たしています。

 

今回は、デリーからのアクセスが大変よく、週末に気軽にバードウォッチングをお楽しみいただける国立公園・ケオラディオ国立公園についてご紹介します。

 

ケオラディオ国立公園ではこんなに可愛らしいインドコキンメフクロウの子どもたちと出会えるかも!

 

■ケオラディオ国立公園の概要

 

ケオラディオ国立公園付近の航空写真(Google mapより)

 

ケオラディオ国立公園は、ラジャスタン州バーラトプルの街の中に位置しており、タージ・マハルがあることで有名なアグラの街から約58㎞西に移動した場所にあります。アグラ、ジャイプル、そして首都デリーという通称”ゴールデントライアングル”の3都市からも比較的アクセスが良く、多くのバードウォッチャーが訪れる「野鳥の楽園」として知られています。周辺都市の観光にプラスして、手軽にインドの自然を楽しむことができるのが大きな魅力となっています。

 

ケオラディオ国立公園の面積は他の有名な国立公園と比較すると非常に狭く、僅か29平方キロメートルほどです。もともと付近を流れるヤムナー川の氾濫原だった公園の敷地はくぼ地になっており、美しい湖沼地帯が広がっています。ラムサール条約にも登録されている湿地帯は、375種を超える野鳥が飛来することで知られています。

 

ケオラディオ国立公園内の湿地帯
ケオラディオ国立公園内の湿地帯。バードウォッチャーでなくても自然を楽しめる美しい公園として多くの人が訪れます
ラダックから飛来するリュウキュウガモ(Lesser Whistling-Duck)

 

また、湿地帯の中に森林や草原といった陸地(ドライゾーン)がモザイク状に広がっており、このような場所ではサンバーやアクシズシカ、ニルガイなどの陸生の野生動物も観察することができます。園内には各所に遊歩道が設置されている他、メインの道路ではサイクルリキシャーを利用できるため、このメイン道路をサイクルリキシャーでのんびりと巡るお手軽なルートも人気です。

 

メイン道路を走るサイクルリキシャー
メイン道路を走るサイクルリキシャー

 

■ケオラディオ国立公園の歴史

先にも書きました通り、この場所はもともとはヤムナー水系の氾濫原の天然のくぼ地でした。18世紀半ばに当時のマハラジャにより堤防が築かれて湖が誕生し、そこに多くの水鳥が集まる様になっていきます。

ケオラディオは野鳥の飛来地として知られるようになっていきますが、1850年代から1965年までは現地のマハラジャ、そして入植してきたイギリス人の狩猟地として利用されていました。最盛期には一日に2000羽以上の鴨が狩猟された時もあったと伝えられています。その後1971年には鳥類保護区になり、1982年からは国立公園として整備が進められています。

 

公園は以前はバーラトプル鳥類保護区と呼ばれていましたが、現在は敷地内にあるシヴァ寺院の名にちなみ、ケオラディオ国立公園と呼ばれています。その後1981年にラムサール条約の登録湿地となり、1985年にはインドでは3つ目の自然遺産として、世界遺産に登録されています。

 

2004~2007年には干ばつ、そして付近住民の合意を得られず公園への水の供給が制限されたことにより生態系が激変する事態となりましたが、現在は水門によって人為的に給水量が調節され、公園内の環境は回復しています。公園は高さ2mの外壁で完全に覆われており、公園内での水牛の放牧を禁止するなど、野鳥の保護のための様々な対策が取られています。

 

早朝、ケオラディオ国立公園内の湖をボートで遊覧

 

ケオラディオには中央アジアや中国、シベリアから多くの野鳥が越冬にやってきます。アヒル、ガチョウ、ペリカン、サギなどをはじめ、オオワシやカタシロワシなどの絶滅危惧種も越冬地として利用しており、世界的にも重要な飛来地の一つとして1981年にラムサール条約にも登録されています。

 

 

間近での観察のチャンスも
間近での観察のチャンスも

サファリのシーズンは雨季の終わった10月から2月まで。早朝または夕方が観察に適しています。公園内はサイクルリキシャーで回ることができ、4WDやバスで移動する一般的なサファリとは異なり、静かな湖沼地帯の雰囲気を味わいながら野鳥を観察することができます。もちろん野鳥専門のガイドに案内をしてもらうことも可能ですが、サイクルリキシャーの運転手も簡単な英語を使って野鳥を教えてくれる方が多いようです。

 

サイクルリキシャーでケオラディオ国立公園を探索
サイクルリキシャーでケオラディオ国立公園を探索

 

来訪者の中には巨大な望遠レンズを何本も抱えて本格的に撮影をする方も多いです。公園はメインの道路の他に小さなトレイルがいくつも整備されており、時間をかけてゆっくりと回ることもできます。北インドの主要な観光地だけを巡るツアーではケオラディオ国立公園を訪れないツアーも多いのですが、賑やかな街や有名観光地とは対照的に、ゆっくりとインドの自然を楽しめるお勧めのスポットです。

 

次回の記事では、ケオラディオ国立公園で観察できる野鳥や動物について、ご紹介します。

 

「野鳥の楽園」:ケオラディオ国立公園②

 

 

Text by Okada

 

 

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異色の世界遺産:カジュラホ寺院群②

ナマステ!西遊インディアです。
今回は、カジュラホの寺院群について西群、東群、南群とそれぞれエリア毎に詳しくご紹介します。

■カジュラホの寺院群①西群のヒンドゥー教寺院

カジュラホのメインとなるのはここ、西群の寺院群です。入場ゲートを通ってまず左手に見えるのはラクシュマナ寺院。チャンデーラ朝のヤショーヴァルマン王によって8世紀中ごろに建設されたもので、ヴィシュヌ神に捧げるものとされています。中央の本殿と左右の小祠堂から成り、南北の面のミトゥナ像、また基壇部分に一列の帯状に施された長大な彫刻群が際立っています。

 

ラクシュマナ寺院
ラクシュマナ寺院

 

ラクシュマナ寺院基壇部の彫刻
ラクシュマナ寺院基壇部の彫刻

ラクシュマナ寺院の向かいにはヴァラーハ寺院が建設されています。こちらはヴィシュヌ神の2つ目の化身とされるヴァラーハ(野猪)を祀ったもので、大きな野猪の彫像が安置されています。

 

ヴァラーハ(野猪)寺院
ヴァラーハ(野猪)寺院

 

カジュラホ最大の寺院は、西群エリアの最も奥にあるカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院。11世紀初頭、チャンデーラ朝の最盛期のヴィデヤダーラ王の治世で建設されたものです。奥行33m、幅18m、高さ35mの壮大な寺院はシヴァ神に捧げられたもので、シヴァ神が住むとされるカイラス山の姿を模して建設されています。このカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院だけでも870以上の彫像が施されており、そのうちの10%ほどをミトゥナ像が占めています。

 

カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院
カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院 近寄ると凄い迫力です
カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院南壁のミトゥナ像
カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院南壁のミトゥナ像

 

また、カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院と同じ基壇上に、ジャガダンビー寺院と小さなシヴァ祠堂も建設されています。こちらはカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院より古く、一代前のダンガ王によって建設されたもの。ダンガ王の時代には、同様に西群のチトラグプタ寺院ヴィシュワナータ寺院、そして東群のジャイナ教寺院:パールシュワナータ寺院も建設されています。

 

左からカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院、シヴァ小祠堂、チトラグプタ寺院
左からカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院、シヴァ小祠堂、ジャガダンビー寺院

 

 

■カジュラホの寺院群②東群のジャイナ教寺院群

東群は主にジャイナ教の寺院群が並んでいます。西群と比べると規模は小さいものの、こちらでも精緻な彫刻群を見ることができます。ミトゥナ像はジャイナ教寺院群ではあまり顕著には施されていません。

 

東群で目を引くのはパールシュワナータ寺院。ジャイナ教の寺院ではありますが、西郡のヒンドゥー教寺院と同時期に建てられたものであるため、基本的な構造やデザインは共通するものが多くあります。しかし彫刻のモチーフはジャイナ教寺院では男女が寄り添うものの彫像が多く、穏やかな雰囲気です。

 

パールシュワナータ寺院の壁面彫刻
パールシュワナータ寺院の壁面彫刻。最下段の中央の像は「アイシャドウを塗る女性」として、その造形の素晴らしさが知られています。

 

「アイシャドウを塗る女性」

 

また、東群のシャーンティナータ寺院は現在でも信仰の場として利用されているジャイナ教寺院です。タイミングが合えば、信者の方がお祈りをしているところを見ることができます。寺院内ではジャイナ教の祖師(ティールタンカラ)たちの彫像が安置されている他、ジャイナ教徒が使用するクジャクの羽製のほうきなども展示されています。

 

シャーンティナータ寺院
シャーンティナータ寺院
寺院内のティールタンカラ像
シャーンティナータ寺院内のティールタンカラ像

 

 

■カジュラホの寺院群③南群 ヒンドゥー教寺院

南群の2寺院は点在する形となっており、カジュラホでの寺院建設の最後期となる12世紀前半に建設されたものです。南群の寺院群では、西群とは異なりミトゥナ像が見られなくなったり、他の彫像の陰になったりしており、寺院彫刻の中での主要度が低くなっていることがわかります。

 

ドゥーラーデオ寺院
シヴァ神に捧げられたドゥーラーデオ寺院

 

ヴィシュヌ神に捧げられたチャトルブジャ寺院
ヴィシュヌ神に捧げられたチャトルブジャ寺院
チャトルブジャ寺院のミトゥナ像
チャトルブジャ寺院のミトゥナ像。他の彫像と比べて奥の陰になる部分に施されており、寺院におけるミトゥナ像の主要度が減じていることがわかります。

 

■カジュラホのライトアップと祭り

カジュラホでは、夜になると西郡の主要寺院のライトアップが行われ、ヒンディー語と英語でカジュラホの歴史を開設するライトアップショーが開かれています。日中の観光を終えたうえで鑑賞すれば、より深くストーリーを理解することができます。

 

また、毎年2月20日から26日の一週間は、カジュラホ・ダンスフェスティバルが開催されています。西群の寺院群のそばに作られるステージでは、カタック、バラタナティヤム、オディッシー、クチプディ、マニプリ、カターカリ等インド各地の伝統舞踊の公演が行われます。ちょうど晴天の続く乾季のベストシーズンにあたりますので、お祭りにあわせて訪問するのも面白いかもしれません!

 

khajurahodancefestival.comより、2019年のフェスティバルの様子

 

 

 

カジュラホの遺跡は半日あればメイン所は見ることはできます。ですが、なかなかアクセスも容易ではない場所なので、ぜひ1泊して、ガイドの解説に耳を傾けつつゆっくり見学されることをお勧めします!

 

また、一点ご注意ですが、カジュラホは本当に遺跡以外何もない村です。そのため遺跡周辺で観光客が来るのを待ち構えている物売りの人たちのガッツが、他の観光地とは比べ物にならないくらい凄いです…。要らないものを押し売りされそうになった時は、はっきりと、「要らない!」と言いましょう(絶対に彼らは一度では諦めませんが…)。

 

Text by Okada

 

 

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異色の世界遺産:カジュラホ寺院群①

ナマステ!!!西遊インディアです。

今回は、インドの世界遺産の中でも異彩を放つ、カジュラホの寺院遺跡群をご紹介します。

 

カジュラホ最大の寺院:カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院
カジュラホ最大の寺院:カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院

 

■カジュラホの位置と概要

カジュラホはインド中央部のマディヤ・プラデーシュ州の北西部、デリーからは南東に約650kmに位置する町です。規模としては非常に小さな田舎の村、という具合ですが、そのユニークな遺跡群の存在のために世界的に有名です。

 

デリーからカジュラホへ行くには、乾期のシーズン中であれば、国内線が運航されますが、1日1,2便のみの運航です。もし国内線の運航がない・もしくはスケジュールが合わなければデリーから特急列車でジャンシーという街まで行き、そこから車両で約4時間程移動すると、カジュラホに到着します(長い道のりですが…)。

または、バラナシ、アグラ、ジャイプル等からカジュラホ行の列車も運行されていますので、カジュラホのみ単体で行くのではなく、周辺の観光地と一緒に組み合わせて行かれると良いかと思います。

 

 

 

カジュラホの遺跡群は東・西・南の3群に分かれており、そのうち西・南の2群がヒンドゥー教、東群はジャイナ教の寺院が残っています。最も人気があるのはメインとなる大規模な寺院が集中する西群のエリアです。それぞれのエリアは車で5分ほどの距離に位置しています。

 

巨大な寺院の壁面を覆うように施された精緻な彫刻群はまさに圧巻の迫力があり、特に男女の性行為の様子を表現したミトゥナ像と呼ばれるユニークな彫刻を見るため、多くの旅行者が訪れます。

 

 

カジュラホ
一瞬ぎょっとするカジュラホのミトゥナ像

 

これらの寺院は10世紀初頭から12世紀末までの間にこの地で栄えたチャンデーラ朝が建設したものです。チャンデーラ朝は5世紀ごろから北方の遊牧系の民族が定住化・ヒンドゥー教化して古代クシャトリヤの末裔を自称し、各地に王国を建設したラージプート族の一派です。当時は全部で85もの寺院を建設したと言われていますが、現在はそのうちの25の寺院が残されております。

 

現存する寺院の多くは970~1030年の間に建設されたもので、主要なものではヤショヴァルマン王の治世のラクシュマナ寺院ダンガ王の治世のヴィシュワナータ寺院、そしてヴィリダダーラ王の治世の建設であり現存する最大の寺院・カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院などです。また、東群のジャイナ教寺院も同時期に建設・利用されたことが分かっており、当時のカジュラホでヒンドゥー教徒とジャイナ教徒が平和的に併存していたことがわかります。

 

 

寺院群は12世紀後半までは実際の信仰の場として利用されていましたが、13世紀からはデリー・スルタン朝の支配下に入り、その後のイスラム系王朝の支配の下でもヒンドゥー教寺院の破壊が進められ、多くの寺院がそのまま放棄されました。

 

その後、19世紀に英国の測量士がカジュラホを発見するまでは寺院群はジャングルに覆われていました。カジュラホは1986年に世界遺産に登録され、柵の設置や公園内の整備、また街に空港を建設するなど観光地としての整備も進められています。

 

カジュラホ
美しく整備された公園。時期によってはブーゲンビリアが綺麗に咲きます

 

■ミトゥナ像とシャクティ信仰

カジュラホの際立った特徴はミトゥナ像と呼ばれる、男女の性行為の場面を描いた彫刻です。ミトゥナは「性的合一」を指すサンスクリット語で、カジュラホでは2人あるいはそれ以上の男女、また時には動物が交わった像が寺院の壁面に数多く彫刻されています。カジュラホのこの様なユニークな彫刻群はただ単に性行為の場面を描いたものではなく、実はヒンドゥー教のシャクティと呼ばれる独特の信仰の表現によるものです。

 

カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院南壁のミトゥナ像
カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院南壁のミトゥナ像

 

ヒンドゥー教ではシヴァ・ヴィシュヌ・ブラフマーの男性神3柱が主神とされていますが、現在ではブラフマーの人気が低くなり、それに代わって女神信仰がもう一つの主な一派となっています。現在のヒンドゥー教における女神には、もともとはヒンドゥー教由来ではない土着の地母神が多く存在します。ヒンドゥー教はそれらの地母神を男性神の伴侶の女神、またその女神の化身として設定することで、土着の信仰集団をヒンドゥー教に取り込み、勢力を拡大していきました。ヒンドゥー教の主な神々が多くの化身を持っているのも、このような宗教としての発展の歴史に由来しているものです。

 

シャクティとは「」あるいは「性力」と訳されますが、単に性的な力を指すものではなく、もともとは神の内部に宿る神聖なエネルギーを指す概念です。そして、そのシャクティは男性神としては現れず、女性の姿で顕現すると考えられました。つまり、例えばシヴァのシャクティ(神の力)は妻のパールヴァティ、あるいはその化身のドゥルガーやカーリーの姿で現れる、という考えです。

 

そこからヒンドゥー教では、男女が一つとなって初めて完全なものとなるという思想が生じます。顕著な例がシヴァ神とその妻パールヴァティが一体となったというアルダーナリシュヴァラと呼ばれる姿。右半身がシヴァ、左半身がパールヴァティのこの神の姿は、まさに男女の性的合一、完全な状態を表しています。

 

アルダーナリシュヴァラ
アルダーナリシュヴァラ

 

女神信仰はシャクティ派と呼ばれ、各地で様々な女神がシャクティの顕現として信仰されています。現在ではシヴァ派、ヴィシュヌ派に並ぶ勢力となっており、ブラフマー神に代わって新たなトリムルティを形成しているとも言えます。またシャクティ信仰の思想はシヴァ派・ヴィシュヌ派にも影響を与えており、シヴァ、ヴィシュヌのシャクティはそれぞれの妻となる神の姿で顕現すると考えられています。

 

そのようなシャクティ信仰が彫像として具体化する際には、時として特に性的な部分が強調され、非常にエロティックな像として現れます。カジュラホの寺院を装飾するミトゥナ像や天女の像はこのようなシャクティ信仰に基づくものと考えられ、カジュラホの寺院を特徴づけています。

 

 

カジュラホその②へと続きます!

 

 

 

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ジャイプル① ジャイプルと名君ジャイ・シン2世

ナマステ、西遊インディアです。

インド北部の観光名所といえば首都のデリー、そしてタージマハルを擁するアグラが人気ですが、その2都市にジャイプルを加えたルートが「ゴールデン・トライアングル」という名でよく知られています。今回はデリーからのアクセスも容易で見どころ盛りだくさんのスポット・ジャイプルについて、町の歴史、ラジャスタン州、ラージプート族についてご紹介します。

 

■ラジャスタン州の州都ジャイプル

 

ジャイプルはインドの首都デリーから南西に約260kmの距離に位置し、幹線道路や鉄道によってデリー、そして東に約240㎞離れたアグラと繋がれています。この3都市を巡るルートだけで多くの世界遺産を巡ることができることから、インド観光の”ゴールデントライアングル“とも呼ばれます。

 

 

ラジャスタン州の中では、ジャイプルは州の中部に位置し、同州の州都となっています。現在の都市は平野部に広がっていますが、18世紀以前は現在のジャイプル中心部から8㎞ほど北東の丘陵地帯に位置するアンベールに、さらに1600年以前はアンベールよりさらに山岳部へ入ったジャイガルに都が築かれていました。旧都はどちらも岩山の上に作られた都であり、人口の増加や水不足のためにジャイガルからアンベールへ、そしてアンベールから平野部のジャイプルへと新たに都を造成しています。

 

アンベール城から眺めるジャイガル要塞
アンベール城から眺めるジャイガル要塞

 

山麓から眺めるアンベール城
アンベール城

■名君ジャイ・シン2世とジャイプル建設

1728年にジャイプルの建設を行ったのが、18世紀のインドで最も啓蒙的な王と称されるジャイ・シン2世です。1688年にアンベールで生まれたジャイ・シン2世は、1699年に父王ビジャン・シンが亡くなった時から11歳でアンベール王国の王となりました。

 

ジャイ・シング2世
ジャイ・シン2世
(画像出典:The British Museum-Portrait of Maharaja Sawai Jai Singh II

 

この頃、インドではデカン戦争(又はムガル・マラーター戦争)の渦中にありました。第6代皇帝アウラングゼーブは17世紀前半からデカン高原への介入を強め、1650年代からシヴァージーを中心としたマラーター王国と、周辺の諸勢力を巻き込んだ超長期の戦争を繰り広げます。1707年のアウラングゼーブ帝の死をもって終焉したデカン戦争でしたが、ジャイ・シン2世はこの戦争の最終期にアンベール王として参戦しています。アウラングゼーブ帝のもとでマラーター王国に対して武功を治めたジャイ・シン2世は、皇帝より”Sawai(サワーイー)”の称号を与えられています。これは「4分の1」を意味する言葉で、他の者より4分の1人分優れていることを示します。

 

アウラングゼーブ帝
アウラングゼーブ帝(画像出典:The British Museum – Álamgír,ie Awrangzíb)

 

軍事や外交で手腕を振るったジャイ・シン2世は、内政でも数々の功績を遺していますが、その一つがジャイプルの新都建設です。アンベールでの人口の増加と水不足を解消するために平野部に建設された新都は、彼の名にヒンディー語で「城壁に囲まれた街」を意味する「プル」を足し”ジャイプル”と呼ばれるようになりました。

 

実際にジャイプルの中心部(現在の旧市街)は高さ6m、総延長10㎞に及ぶ堅牢な城壁で囲まれています。街は綿密な建設計画のもとに建てられており、碁盤の目状の構造を基本に整然とした街並みが建設されています。このジャイプルの市街は世界文化遺産にも指定されています。

 

航空写真で見たジャイプル中心地(シティ・パレス周辺)。
航空写真で見たジャイプル中心地(シティ・パレス周辺)。
(画像出典:Yahoo Map)

 

内政に関しては改革者としても知られ、ジャイ・シン2世は女性の人権侵害に関わる改革を行っています。夫に先立たれた妻が焼身自殺するサティー、花嫁に多額の結婚持参金を求めるダヘーズ、そして女児が生まれた際に(主に金銭的な理由で)嬰児を殺害する女児殺しの風習等、現代のインド社会においても通じる巨大な問題として残されているこれらの慣習ついて、ジャイ・シン2世は廃止のための立法を試み、撤廃のために尽力した人でした。

 

 

また、科学者・天文学者としても非凡の才を表しています。ジャイ・シン2世は海外の科学書を入手してサンスクリット語訳し、インド各地に多くの天文台を設置しました。

ジャンタル・マンタルと呼ばれるこの天文台はジャイプルの他にデリー、ウッジャイン、ヴァーラーナシー、マトゥラーにも設置され、特にジャイプルの天文台は最大のもので、後にイギリスの観測機器が持ち込まれるまではインドで最も正確な観測器として機能しました。ここは現在でも十分に観測器としての機能を保っており、実際に見学することも可能です。

 

ジャンタル・マンタルの観測器のひとつ(日時計)
ジャンタル・マンタルの観測器のひとつ(日時計)

 

ジャイ・シン2世の築いたジャイプルの街は、現在では街並みが淡い桃色で統一されていることから、”ピンク・シティ”とも呼ばれます。これは1876年にイギリスのヴィクトリア女王の息子・アルバート王子がジャイプルを訪れた際、歓迎の意を示すために市街をピンク色に飾ったことに由来しており、現在でも慣習的にピンク色の街並みの維持が続けられています。華やかな桃色の街並みを巡るのもジャイプル観光の魅力の一つです。

 

ジャイプル市街地。一般の建物もピンク色に塗られています
ジャイプル市街地。一般の建物もピンク色に塗られています

 

今回は、今もジャイプルの人々に愛され慕われているジャイ・シン2世について紹介いたしました。

次回は、ラジャスタン州とラージプート族についてご紹介します!

 

Text by Okada

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