繁殖期のカシミールマーコール

繁殖期に観察したカシミールマーコールのレポートです。前に観察に来たときはオス同士が角を会わせて戦い「順位」を決める時期でしたが、今回訪れた時期ははもう「順位」が決まっていて「アツアツ」のマーコールたちの様子が観察できました。

 

カシミールマーコール Kashmir Markhor

マーコール(Markhor)は、中央アジアから南アジアにかけての山岳地帯に生息する、世界最大級の野生のヤギです。その名前はペルシャ語で「蛇を食べる者」を意味しますが、実際には草食動物です。最大の特徴は、オスに見られる立派な螺旋状の角です。初めてこのマーコールの角を見たときは衝撃を受けました。パキスタンには現在3つの亜種が生息するとされ、このヒンドゥークシュ山脈麓に生息するものはカシミールマーコール Kashmir Markhorと呼ばれ、角のフレア(広がり)が大きく、ゆるやかな螺旋を描くのが特徴です。

 

↓↓繁殖期のカシミールマーコールの動画  Kashmir Markhor in rut 

 

動画をご覧いただくと、オスの舌がでたままになっているのが気になりますよね。

この「出たままの舌」にはいくつかの理由があり、その1つは発情期特有の興奮状態によるもの、そしてもう1つはフレーメン反応の一部と考えられます。

フレーメン反応は、上唇をめくり上げることで「ヤコブソン器官」という特殊な嗅覚器官を露出させ、ニオイ(フェロモン)を取り込む動作。また舌を出すことで、メスの尿などに含まれる化学物質をより直接的に感知したり、口の中の空気の流れを調節してヤコブソン器官へニオイを送り込みやすくしたりすると考えられています。こうやってオスは「このメスが発情しているかチェック」を行っているのです。スゴイです。

 

↓↓カシミールマーコールのフレーメン反応動画(10秒)
Flehmen response in a Markhor / マーコールのフレーメン反応

 

興奮しているオスは、メスを追いかけて川原まで降りてくることも。至近距離でマーコールを観察できるチャンスです
望遠レンズをつけていたら、近すぎて入らなくなりました
ホットなオスとメス
岩場でもオスがメスをおいかけています

余談ですが、今回KOWAのスコープに携帯アダプターをつけて撮影したのですが、これはなかなか。みんなで見ることができお勧めです。パキスタン人が大変羨ましがっていました。

 

なお、パキスタンにいるマーコール3亜種のうち、2亜種(カシミールマーコールとアストールマーコール)の観察には成功しましたが、残る1亜種スレイマンマーコール Suleiman Markhorはハードルが高く、観察に行くことすらできていません。一度この名前で画像を検索してみてください、ビックリする角を持つマーコールです!いつかこの夢がかないますように。

 

Image & Text : Mariko SAWADA

Observation : Dec 2025, Chitral, KPK

 

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【Vlog】春を呼ぶ、カラーシャの谷へ。ジョシ祭の鮮やかな儀式

5月、カラーシャの谷が最も輝く季節。静かな儀式から熱狂の最終日まで、その鼓動を詰め込んだVlogです。

 

Joshi Festival Kalash Valley / ジョシ祭 – カラーシャの谷

 

ブログ記事:カラーシャの春祭り・ジョシ祭の儀式

 

Image & Text :  Mariko SAWADA

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チョウモス祭 – マンダイク:今も息づくカラーシャの儀式

カラーシャのチョウモス祭レポートです。

「クタムル」の儀式の翌日は「マンダイク」の儀式が行われます。

 

この日は早朝4時ごろ、村人の声で目が覚めました。「チッチッチ」。前日の夜に「クタムル」の儀式で描いたり作ったりしたシャラビラ(マーコールや雄ヤギ)を伝説の地デズィラワットへ追い立てる声でした。

>カラーシャのチョウモス祭「クタムル」の儀式についてはこちら

 

マンダイク 先祖の魂を迎える儀式

「到着する」ことは「ik(イク)」、「墓地」は「Mandaw’ jaw(マンダウジャウ)」と呼ばれます。Mandaik(マンダイク)、Madahik(マダイク) とは、直訳すると「墓地から到着すること」を意味します。この日は亡くなった先祖を追悼し、は生者と死者を一つに結びつけます日となります。

人々は、朝からこの1年に家族が亡くなった家を訪ねます。

各家では神殿での儀式のために2種類のパン作りが行われ、お供えものになる果物なども用意されます。

夕暮れ時、人々はジェスタクハン神殿に集まり始めます。神殿の外に死者への食べ物が入った籠が並べられます。神殿の入り口にはチルゴザマツをスティック状にして組み立てたチリコティク(Chilikotik)と呼ばれる小さな塔のようなものが作られます。

 

村の人々はどんどん神殿へ集まってきます。そしてこのチリコティクが完成すると、人々は小さな枝をもって全員が神殿の中に入ります。チリコティクに火がつけられると神殿の扉が閉められ、チリコティクが燃え尽きるまでの時間、人々は神殿の中で火を灯して待ちます。

 

資料によると、この時、村の長老か司祭(カズィ)が、亡くなった魂に向かって大声で呼びかけると言います。「おお、先祖の方々よ。来て、食べて、飲んで、そしてお帰りください。」チリコティクが燃えている間に先祖の魂が神殿の外に到着し、供え物を食べて満足して去っていくと信じられています。その間村人は枝に火を灯して神殿の中で待ちます。

やがて神殿の扉が開かれます。外へ出るとチリコティクは燃え尽きて灰になっています。村人はお供え物を分配し、それぞれ帰路につきます。

 

また、この日は「魂」がうろうろしていると信じてみんな怖り、本来大きな声でしゃべったりはしない日なのだそうです。

 

お供え物のフルーツを持ち、今年家族が亡くなった家を回るカラーシャの女性たち。

 

訪問する人々が到着、家の人が感謝を伝えています。

 

家は集まった人々で大変賑やかでした。見学に来た私たちにもフルーツやショーシュというクルミの練り物が振舞われました。

 

村では昨日のクタムルで作ったシャラビラで遊ぶ子供の姿。もうシャラビラの魂はデズィラワットへと出て行ったので、あとは牛の餌にしたりするそうです。

 

午後、村人はマンダイクの供物となるパン作りを始めました。パンには神殿で村人に配るためのものと、死者の魂のためのものがあり、 塩の入ったパン=マンダイクタトゥーリ を3つ、 塩の入っていないパン=ビリーリを3つ、合計6つのパンを作ります。

 

タトゥーリを焼く
ビリーリを焼く

3時ごろ神殿に行くと、まだあまり人は集まっておらず、子供たちが遊んでいました。

 

間もなくチリコティク Chilikotik 作りが始まりました。

 

神殿にはバスケットにフルーツやパンなどの供物を入れた女性達が集まってきました。

 

お供えは死者の好きだったものが揃えられます。かぼちゃは死者が好む「天国の食べ物」と考えられています。

 

神殿の中では、分配される食料が集められていました。

 

大人が準備で忙しい間、神殿で遊ぶ子供たち
火を囲んで歓談する人々

外ではいよいよチリコティクが完成です。

そして、全員、手に火をともす枝を持って神殿の中へ入ります。

 

祭壇に近い囲炉裏で火がたかれ、ここから皆に火が広がっていきます。私の持っている枝にも火が付きました。

 

火はどんどん神殿内に広がっていきます
神殿の中は、とても幻想的な空間になりました
とても美しい瞬間、写真に夢中になって消えてしまった火を近くの女の子がすぐにつけてくれました

神殿のドアが開きました。チリコティクが燃え終わったということです。みな一斉に外へ。

 

人々は食べ物の分配にみんな夢中になっていましたが、暗くなるころには神殿は静かになりました。

明日はいよいよ、女性の清めの日、シシャオ・アドゥShishao Aduです。

 

Text & Photo : Mariko SAWADA

Visit: Dec 2025, Kalash Valley – Khyber Pakhtunkhwa

※情報は現地での聞き取りによるものです。資料により儀式の表記や説明が異なる場合があります、予めご理解ください。

 

チョウモス祭 – クタムル: 今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – マンダイク:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – シシャオ・アドゥ:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – プシャオ・アドゥ(生け贄の日):今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – チャンジャ・ラット:今も息づくカラーシャの儀式

カラーシャの春祭り・ジョシ祭の儀式

 

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パキスタン鉄道 Pakistan Railways お勧め区間はペシャワールからアトック!インダス川の鉄橋を渡る

パキスタンの鉄道は歴史と昔ながらの雰囲気を楽しむことができる鉄道のひとつ。各駅はイギリス植民地時代からの建物とそのシステムを踏襲し、今も大切に使われています。これまでペシャワールからイスラマバード、イスラマバードからカラチまでの区間を乗車した経験がありますが、一番好きなペシャワールからアトックまでの区間をご紹介します。

 

蒸気機関車が展示されているラワルピンディの鉄道駅

↓↓↓パキスタン鉄道・ペシャワールからラワルピンディ!

 

 

パキスタン鉄道はパキスタン国営の鉄道運営会社で、イギリス植民地(イギリス領インド帝国)時代の1861年に北西部州鉄道として設立されました。最初に作られた区間は港町カラチからコトリ(ハイデラバード)の160Km区間でした。

パキスタン鉄道の本社はラホールにあります。どうしてラホール?と思われるかもしれませんが、イギリス領インド帝国時代のラホールは大変重要な町で、鉄道網もここから西へペシャワール、東へアムリトサル(1862年に開通した最も古い路線のひとつ)、南のムルタン、カラチへのジャンクションでした。

 

ラホール駅の構内

さて、鉄道乗車の話です。

朝11時発の列車に乗るべく、30分前にペシャワール・カントンメント駅へ行きチケットを購入。ペシャワール・カントンメント駅は1898年に作られ、ペシャワールからカラチへの路線だけでなく、アフガニスタン国境・カイバル鉄道の起点にもなっていました(現在は廃線)。3つのプラットホーム、7つのトラックがある駅です。

 

ペシャワール・カントンメント駅、プラットホームへの入り口
ペシャワール駅にも蒸気機関車の展示があります。パキスタンで現在稼働できる蒸気機関車は2台でラホールに保管されています。

インドの鉄道と違って混んでいないのがパキスタン鉄道の利点。最近はバスの発達で鉄道を使う人が減ったのですが、逆に混んでいないので観光客はゆったりと乗車・撮影を楽しむことができます。

出発の時、夏休みを一緒に過ごした親せきを見送りに来た子供が泣いていました。祖父母に慰められながら子供が涙で見送る光景に、ほろっともらい泣きです。

 

ペシャワール・カントンメント駅のプラットホーム
涙で親族を見送る少年
出発時間です、ゆっくりと電車が動き始めました。線路には羊の群れが。

出発して数分でハシュナガリの市場を通過します。かつては線路にバザールの屋台がならび、1日3回通過する列車にあわせて「屋台撤収」と「店開き」がある大変おもしろい場所でした。事故をきっかけに線路上での屋台が禁止になりましたが、それでも線路ギリギリの場所まで店が迫っています。

 

線路に店が迫る、ハシュナガリの市場
ハシュナガリの踏切
ハシュナガリで列車の通過を待つ

その後、ペシャワールの史跡バラヒッサールを通過します。630年、「玄奘三蔵」が通過したときの記録にその存在が記録されているという説もある古い要塞です。ムガール帝国時代には「グランド・トランクロード」の要衝の要塞であり、1747年にはアフガニスタンの王朝がペシャワールを征服し、この要塞が「冬の首都」として使われました。その後、シク教徒対アフガンの戦争、イギリス領インド帝国時代に利用され、現在はパキスタン軍が利用しています。

 

ペシャワールの町を出た列車は、村や畑の中を走り時々駅に停車します。車内では外国人と記念撮影したい子供たちがやってきたり、改札の車掌さんが来たりとどんどん時間がたっていきます。

 

外国人観光客に話しかけに来る子供たち
切符の確認に来る車掌さん
ペシャワールからアトックの親戚の家まで遊びに行く子供たち

インダス川とカブール川が合流する地点付近はいくつもの古い小さなトンネルを通ります。そして間もなく、インダス川の鉄橋を通ります。

 

イギリス植民時代の古いトンネル(運転席より撮影)

インダス川は全長3180Kmにもなる大河で、そのうち中国内が2%、インド内が5%、93%がパキスタン内を流れ、まさに国を南北縦断する生命線の川です。

 

アトック:カブール川とインダス川の合流地点。奥の水色の川がインダス川で、手前の濁った川がカブール川
1883年に完成した、インダスにかかるアトック橋

アトック・フォートはアトック・フルドに位置する歴史的に重要な要塞。インダス川沿いの岸辺に堂々とそびえ立ち、歴史上のさまざまな帝国と紛争の証として存在しています。ムガール帝国の皇帝アクバルの命により、1581年から1583年にかけて建設されました。王の道「グランド・トランクロード」上に位置し、インダス川の戦略的な通行路を保護した要塞です。1キロメートル以上に及ぶ城壁・堡塁(ほうるい)は、この時代の特徴を色濃く残しています。独立後はパキスタン軍の管理下で牢獄があり、1999年にはナワズシャリフが、2023年にはイムランハーンが収容され、重要な政治犯を収容する場所として知られています。

 

アトック・フォート

全長425mのアトック橋はパキスタンのインダス川に架かる、歴史的にも重要な象徴的な橋で、パンジャブ州とKPK州を結んでいます。1979年に建設された新しい道路橋と区別するために、「旧アトック橋」と呼ばれることがあります。1883年5月24日に正式に開通、その後40年以上の使用を経て再設計され、1929年再建されました。橋は独自の二重構造設計を採用しており、上層部は現在も鉄道がとおっていますが下層部は道路用に計画されたものの使われていません(歩いて渡ることができます)。

 

アトック橋の西の端、いよいよインダスを渡ります(運転席より撮影)
インダス川にかかるアトック橋を行く(運転席より撮影)
アトック橋の下の自動車道は使われてませんが、歩いて渡ることができます。

橋を渡った場所にあるアトック・ホルドの鉄道駅は通過してしまいますが、この駅は内装も植民時代の風情を残している小さな可愛らしい駅です。時間があったら是非立ち寄ってみてください。

 

アトック・ホルド駅
アトック・ホルド駅の駅長室

そしてそこから間もなくで鉄道はアトック駅に到着です。

 

アトック駅で家族を見送る人々

ペシャワールからアトックまでの区間をご紹介しましたが、ラワルピンディ駅、ラホール駅、バハワルプール駅など各地の駅も魅力的です。一般車両にはエアコンなどないため、気温の涼しい時期の鉄道の旅がお勧めです。

 

Image & Text: Mariko SAWADA

 

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チョウモス祭 – チャンジャ・ラット:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭のクライマックスとも言える、バリマインを見送る大焚火の日チャンジャ・ラット。朝から他の村の人々もやってきてチェッタイTchattaiの儀式も行われます。

 

朝から着飾っている少女たち。
他の村から人々がやってきました。男性たちはこの後、サジゴールへ向かい、タリヒスティク Tali Histik の儀式を行います。
儀式に参加できない女性たちは広場でおしゃべり、そして歌と踊りを楽しみます。
サジゴールへと向かう男性たち。

タリヒスティク Tali Histik

タリヒスティク Tali Histikはカラーシャの男性が増え、氏族が栄えることを祈る儀式。細かい枝が多い柳の枝を家族の男性メンバーにつき1本用意。細かい枝が多いのは、子だくさんのイメージだそうです。もし、この家族に10名の男性がいたら+1で11本の枝を用意し、家族の代表の男性がこれを投げます。この男性の数には前日通過儀礼を迎えた男の子も含まれます。

 

儀式のために用意された柳の枝
投げる準備完了。
祭壇に向けて一斉に投げられました。
サジゴールから戻ると男性は肩に手をおいて列をつくり広場へ。

広場ではおしゃべり、そしてチョウモスの歌と踊りが続きます。午後は夜の松明と焚火に備え、少し休憩です。

 

大焚火、チャンジャ・ラット

いよいよチョウモス祭りのクライマックス、バレマインを見送る大焚火が行われます。実際に経験したチャンジャ・ラットはまさに「炎の儀式」、幻想的であり活気に満ちたものでした。

 

暗くなるころ、焚き火用の大きな木が広場へと運ばれて行きました。
松明が現れるのを待つ間、焚き火を囲んで歌う少女達。
山の上の村から松明を持った人々が下りてき始めました。
松明を持って下ってくる人々
人々が合流し、松明の光が強くなります。
松明をもった人々が広場へ向かいます。
松明を持つカラーシャの幻想的な光景。
広場に到着すると焚火に松明を投げ入れていき、大きな炎となっていきます。
炎の周りで歌い踊る人々
1年で最もカラーシャの人々が楽しむ祭りチョウモス
バリマインを見送る、チャンジャ・ラット

夢のようなチャンジャ・ラットの夜でした。チョウモス祭を経験することは、カラーシャの伝統と信仰への理解を深める素晴らしい機会となるはずです。

 

Text: Mariko SAWADA

Photo: Mariko SAWADA & Jamil

Visit: Dec 2024, Kalash Valley – Khyber Pakhtunkhwa

※情報は現地での聞き取りによるものです。資料により儀式の表記や説明が異なる場合があります、予めご理解ください。

 

チョウモス祭 – クタムル: 今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – マンダイク:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – シシャオ・アドゥ:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – プシャオ・アドゥ(生け贄の日):今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – チャンジャ・ラット:今も息づくカラーシャの儀式

カラーシャの春祭り・ジョシ祭の儀式

 

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チョウモス祭 – プシャオ・アドゥ(生け贄の日):今も息づくカラーシャの儀式

カラーシャのチョウモス祭は超神聖な期間ディッチDitchに入りました。生け贄の日プシャオ・アドゥでは、サジゴールで行われる神への生け贄プシャオ・マラットと男性を浄めるイストンガスの2つの生け贄が行われます。そしても子供の通過儀礼ゴシュニクも行われます。

 

宿の人は「バリマインが到着している」、「夜、地震があったよね?それがバリマインが到着した音だ」と言います。バリマインはサジゴールでの生け贄、そして夜の松明を見届けてからボンボレット谷に移動していくと。

 

朝、谷のすべての男性は体を洗い、新しい服、靴を着用します。女性はすべての食器を洗い、家を掃除をします。この後は、イスラム教徒に触ってはいけないなどの決まりに加え、神聖な期間が終わるまで「掃除をしてはいけない」「昨日までに作られたパンは食べてはいけない、新しい小麦粉でパンを作らなければならない」が加わります。このため、新しい小麦が間に合わないので朝食はアユンでとれたお米でした(これが大変美味)。

 

朝から歌い踊る村人

プシャウ・マラット Pushao Marat 神への生け贄 

朝から村人が広場に集まり歌い踊っていました。10時ごろ、各家族から選ばれた立派な雄ヤギがサジゴールへと連れて行かれます。男性たちがそれにあわせてサジゴールへと歩き始めました。女性は生け贄の儀式には参加できないので、写真はカラーシャの男性に撮影してもらったものです。女性たちはその間、歌って踊って楽しんでいました。

 

生け贄の雄ヤギがサジゴールへと向かいます。各ヤギ小屋の最も立派な雄が選ばれるそうです。
サジゴールに到着し、準備が進められます。
マーコールのような立派な角のヤギ
この日は30頭以上の雄ヤギが神に捧げられました。
生け贄の祭壇
生け贄のヤギの肉は特に神聖な期間に食され、プシャオ・モースと呼ばれる特別な煮込み料理にも使われます。

ゴシュニク Goshnik 

子供の通過儀礼で、この儀式が終わるとカラーシャの一員となり戒律を守ることになります。儀式を受ける子供の親は、儀式を司る叔父に果物やプレゼントを用意します。叔父は雄のヤギをプレゼントします。このお祝いに親族が集まり、親は果物やワインを振る舞います。お祝いに訪れた親族が通過儀礼を受ける子供にお金をあげているのも見ました。まるで日本のお年玉のようでした。

 

儀式を行う叔父が甥に儀式の衣装を着せます。
両親からの振る舞いを受ける親族。果物、ドライフルーツにワイン。
兄弟で儀式を受けました。男の子は3~5歳と5~8歳の2回、ゴシュニクの儀式を受けます。兄弟同時に儀式をすることで両親は経費も節約できます。ちなみに女の子のゴシュニクは1回だけです。
村人がゴシュニクの祝福に家を回り、歌い踊ります。
村人が手をたたき歌います。それにこたえて踊る儀礼を受けた子供たち

プルシュ・イストンガス Purush Istongas 男性の浄めの生け贄

ヤギ小屋の屋根の上で生け贄が行われます。その生け贄の血が並んだ男性の顔にふりかけられ、浄めの儀式となります。夕方に行われたイストンガスの儀式。写真はカラーシャの男性に撮影してもらいました。

 

ヤギ小屋の屋根の上が浄められ生け贄が執り行われます。
血がふりかけられます。
カラーシャの男性のお浄めです。

生け贄のヤギの肉はここで解体され、この神聖な期間(7日間)に食べる肉となります。生け贄という儀式が息づくカラーシャの信仰と暮らしを学んだ日でした。

 

Text: Mariko SAWADA

Photo: Mariko SAWADA & Jamil

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チョウモス祭 – クタムル: 今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – マンダイク:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – シシャオ・アドゥ:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – プシャオ・アドゥ(生け贄の日):今も息づくカラーシャの儀式

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カラーシャの春祭り・ジョシ祭の儀式

 

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チョウモス祭 – シシャオ・アドゥ:今も息づくカラーシャの儀式

カラーシャの神バリマインを迎えるための儀式が始まりました。女性の浄めの日、シシャオ・アドゥの様子です。

シシャオ・アドゥの前日は女性の浄めの儀式のためのパン、シシャオ作りのための石板を準備する日です。男性は山に入り適した石板を探し、使うまで女性が触れないように安全な場所に置いておきます。女性はシシャオ作りのための小麦粉を準備します。

 

シシャオ作りに使用する石板を運ぶ男性

シシャオ・アドゥの日の朝、川原には浄めの身支度で女性たちが集まっています。小屋で湯あみし、髪の毛を洗います。この後、聖なる期間があけるまで湯あみはできません。

 

身支度する少女たち

シシャオ・アドゥ Shishao Aduは女性を浄める日。この日以降、新しくランブール谷に入ることはできません。これは外国人も例外なく、谷に暮らすイスラム教徒もカラーシャの村には入れません。
子供の通過儀礼ゴシュニク Goshnikの祝いにボンボレットからやってくる親族の女性も、この浄めを受けなくてはなりません。私たち外国人も浄めを受けます。村を歩いていると、「シャワーした?新しい服着てる?」と聞かれ、この戒律をまもらない者が谷にいると災いがくると考えています。

 

神殿でシシャオ作りが始まりました。

 

シシャオのために準備された浄められた小麦をこねます。男性の手は浄められシシャオの材料以外のもの、自分を含めて触ることはできません。

 

山から取ってきた石板と石を使ってパンの中身となるクルミを砕きます。

 

家族の女性一人につき5枚のシシャオを焼く必要があり、メンバーの多い家庭では朝からシシャオ作りがされます。

 

女性の浄めの儀式、シシャオ・スチェクが始まりました。女性は新しい服を準備し、春のジョシ祭なみに着飾った少女達の姿もありました。

 

最初に水で手を浄めます。
5つのくるみパン、シシャオが配られます。
炎のついたジュニパーの枝の煙で浄めます。

こちらはとても画期的な頭飾りをつけた女性。お母さんが作ってくれたと。

 

伝統的なスタイルの頭飾りクッパースKupasですが、色彩はモダンです。

季刊民族学のカラーシャに関する記事やわだ晶子さんの本に登場する伝統的な素材・色彩のものは本当に見られなくなってきました。カラーシャの女性たちは常に新しいモードを追っているようです。

 

ジェスタックハン神殿でもシシャオ・スチェックの儀式が始まりました。儀式は野外でも行われます。

 

神殿に集まった家族メンバーの女性たち
浄めを受ける少女
浄めの儀式、シシャオ・スチェク

この浄めのあと、7日間は”pure”を保たなくてはなりません。「イスラム教徒に触ってはいけない」「チキンは食べない」「卵を食べない」「牛の乳と乳製品を食べない」「はちみつを食べない」など。

とても美しい、人々の暮らしと信仰を見た日でした。

 

Text & Photo: Mariko SAWADA

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※情報は現地での聞き取りによるものです。資料により儀式の表記や説明が異なる場合があります、予めご理解ください。

 

チョウモス祭 – クタムル: 今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – マンダイク:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – シシャオ・アドゥ:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – プシャオ・アドゥ(生け贄の日):今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – チャンジャ・ラット:今も息づくカラーシャの儀式

カラーシャの春祭り・ジョシ祭の儀式

 

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チョウモス祭 – クタムル: 今も息づくカラーシャの儀式

すべての収穫を終え、家畜が山から下りてきた12月上旬のカラーシャの谷。カラーシャの神バリマインを迎えるための儀式が始まりました。通過儀礼、浄めの儀式、神への生け贄が行われ、クライマックスとなる松明と大きな焚火でバリマインを見送ります。現代に生きる深い信仰と儀式に触れた旅のレポートです。

 

チョウモスの神聖な期間はイスラム教徒は谷に入れません。イスラマバードからのスタッフもガイドも谷に入れないため、アユンにカラーシャのスタッフが迎えに来てくれました。

 

カラーシャの村では、神聖な期間に新しい服を着るため、洗濯物がたくさん干されていました。浄めの儀式の前に湯あみをし、新しい服を着る必要があります。

 

家に飾られていたシャラビラ

ちょうどボンボレット谷でシャラビラ作りを見学することができました。シャラはマーコール、ビラは雄ヤギを差します。女性が翌日に配るチーズの入ったクルミのパンを焼いた後に、男性が小麦をこねてマーコールや雄ヤギの形を作ってストーブで焼きます。この儀式はクタムル Kuta Mur 言います(実際の発音はクタム、クチャムと聞こえます)。

 

シャラビラ作りは夜に行われます。ちょうど訪れた時、谷に電気がなくストーブの火の光で美しい光景を見ることができました。女性がクルミのパンを焼いていました。

 

そして浄めをした男性が浄めた小麦粉を練って動物の形を作り始めました。

 

そしてストーブで焼きます。

 

完成したシャラビラ

クタムルの儀式は各家庭で行われるほか、ジェスタック女神の神殿でも行われます。各家から集めた小麦でシャラ(マーコール)を作ります。夜、男性が集まって作り、早朝まで壁に絵をかいたり、飲んだりして過ごします。朝4時頃に、「チッチッチ(ヤギを追う時の掛け声のよう)」と、シャラビラにデズィラワトへ行くように促します。カラーシャの人々はシャラビラの魂がアフガン国境に近い場所デズィラワトへ行くと信じています。

 

ジェスタックハン神殿の壁に描かれたシャラビラの絵。祭壇のそばに3つのシャラ(マーコール)。

 

神殿の壁の絵は、女性が用意したクルミの木の皮を燃やして作った炭で描きます。

 

2024年のクタムで描かれた絵

ところでみなさんはマーコールをご存じですか?パキスタンの国獣であり、トロフィーハンティングにおいては非常に高価なことで知られている動物です。2024-25冬のハンティングシーズンにおいては3頭のカシミール・マーコールのハンティング許可が出され、それぞれ231,000ドル~27,1000(3500~4200万)ドルで落札されました。このトロフィーハンティングの収入の80%が地元に還元されるとのことで、トロフィーを増やすために保護が行われ、確かにマーコールの数は増えていますが、動物好きの自分は複雑な気持ちです。

 

カシミール・マーコール(トゥーシシャシャ野生動物保護区)

マーコールはカラーシャの人々にとって超神聖な生き物。チトラールゴル国立公園やその付近の保護区で見ることができます。角の大きなオスは普段は山の標高の高い場所におり、冬の繁殖シーズンになると低い場所まで降りてくるので観察することができます。カラーシャの村からも1時間ほど山を登ると観察できる場所があるとのことでした。ちなみに、この地域のものは亜種、カシミール・マーコールです。

 

Text & Photo: Mariko SAWADA

Visit: Dec 2024, Kalash Valley, Toshi Shasha – Khyber Pakhtunkhwa

※情報は現地での聞き取りによるものです。資料により儀式の表記や説明が異なる場合があります、予めご理解ください。

 

チョウモス祭 – クタムル: 今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – マンダイク:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – シシャオ・アドゥ:今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – プシャオ・アドゥ(生け贄の日):今も息づくカラーシャの儀式

チョウモス祭 – チャンジャ・ラット:今も息づくカラーシャの儀式

カラーシャの春祭り・ジョシ祭の儀式

 

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カテゴリ:■カイバル・パクトゥンクワ州 > カラーシャの谷
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カガン渓谷:夏のヒマラヤバードウォッチング

パキスタンのバードウォッチングで「ヒマラヤの野鳥」が見やすいのは、冬の時期のマルガラ丘陵と夏の時期のカガン渓谷。冬をマルガラ丘陵やパンジャーブ平野、遠い場所ではインド南部やスリランカで過ごした野鳥が、5月ごろになるとカガン渓谷の2,000~2,800 m付近のヒマラヤの湿潤温帯林(ほとんどが常緑針葉樹で一部に落葉樹)にやってきて繁殖し夏を過ごします。

 

5月下旬のカガン渓谷でのバードウォッチングの記録です。カガン渓谷には、ナランをはじめ、国内観光客向けに発達した(正直、オーバーツーリズム気味)場所が多く、バードウォッチャーは繁忙期や週末を避けて訪問するのがお勧めです。

松の巨木がある針葉樹林の斜面を歩き、ところどころに現れる小川、そして耕作地で探鳥します。今回の訪問では、野鳥のほか、2種のムササビ(カシミールムササビとオオアカムササビ)、希少種カシミールラングールも観察できました。

 

2泊3日の探鳥で出会った(写真が撮れた)野鳥の一部をご紹介します。

 

オオゴシキドリ  Great Barbet

何度も遭遇した種です。オオゴシキドリ Great Barbetは東南アジア~南アジアに広く分布しますが、パキスタンではカガン渓谷やマリーなど限られた地域で見られる鳥です。32~35cmと、ゴシキドリの仲間で一番大きな鳥です。

 

ロクショウヒタキ  Verditer Flycatcher

ロクショウヒタキ(雄) Verditer Flycatcher(Male)は高い木の上に留っていることが多く、観察しやすい夏鳥です。

 

キバシサンジャク  Yellow-billed Blue Magpie

キバシサンジャク Yellow-billed Blue Magpie は雑食でいろんな場面で出くわします。ヒマラヤ山麓で通年見られるカラスの仲間です。

 

ホオジロヒヨドリ  Himalayan Bulbul

ホオジロヒヨドリ Himalayan Bulbul は スワート渓谷からチトラールにかけての地域、マルガラ丘陵からカガン渓谷にかけて通年見られるヒヨドリの仲間です。

 

ムナフガビチョウ  Streaked Laughingthrush

ムナフガビチョウ Streaked Laughingthrush は パキスタン北部で通年見られる鳥で、カガン渓谷でも毎日観察できました。

 

ヤマザキヒタキ  Grey Bushchat

ヤマザキヒタキ(雄) Grey Bushchat(Male)  です。ヒマラヤの1900m~3000mの間で短い渡りをする種で、カガン渓谷ではいたるところで見ることができました。メスはバフ色(クリーム色~うす茶色)です。

 

ニュウナイスズメ  Russet Sparrow

ニュウナイスズメ(雄) Russet Sparrow(Male)  はカガン渓谷では通年見られるようですが、冬はパンジャーブ地方へも移動します。

 

モンツキイソヒヨドリイ  Blue-capped Rock Thrush

モンツキイソヒヨドリイ(繁殖期の雄) Blue-capped Rock Thrush(Breeding Male)  は北部パキスタンの夏鳥。美しい繁殖期の雄の写真が撮れるととても嬉しいものです。

 

ウスゴシムシクイ  Lemon-rumped Warbler

ウスゴシムシクイ Lemon-rumped Warbler はヒマラヤ山麓で冬と夏に短い渡りをする鳥です。

 

キバラシジュウカラ  Green-backed Tit

キバラシジュウカラ Green-backed Tit  が枯れたマツの大木の穴で繁殖していました。通年見られますが、一部は冬にマルガラ丘陵へ下ります。

 

ニシセンダイムシクイ Western Crowned Warbler

ニシセンダイムシクイ Western Crowned Warbler は パキスタン北部の夏鳥で冬はインド半島部へと移動します。

 

コチャバラオオルリ  Rufous-bellied Niltava

コチャバラオオルリ Rufous-bellied Niltava  はマリーやカガン渓谷など限られた地域で観察される夏鳥です。

 

クリハラゴジュウカラ  Chestnut-bellied Nuthach

クリハラゴジュウカラ Chestnut-bellied Nuthach  もマリーやカガン渓谷などパキスタンの限られた地域に通年いる落葉樹林の鳥です。

 

オナガベニサンショウクイ  Long-tailed Minivet

オナガベニサンショウクイ(雄) Long-tailed Minivet(Male)  です。夏はヒマラヤ山麓、冬はインダス水系に沿ってパンジャーブ平野中部まで移動します。メスは背中が灰色でお腹が黄色です。

 

アカハラコルリ  Indian Blue Robin

アカハラコルリ(雄) Indian Blue Robin(Male) はヒマラヤ温帯林の夏鳥。観察中も美しいさえずりが森に響いていました。冬はインド半島部、スリランカへと渡り、森だけではなくお茶畑などでも見られるそうです。

 

ヒゲホオジロ  Rock Bunting

ヒゲホオジロ Rock Bunting は北部パキスタンの夏鳥で冬はパンジャーブ平野、バロチスタン北部に移動します。

 

キンクロシメ  Black-and-yellow Grosbeak

キンクロシメ(雄) Black-and-yellow Grosbeak (Male) 、これは写真が取れてうれしかった鳥です。ヒマラヤ温帯林で通年見られるようです。

 

ヒマラヤルリビタキ Himalayan Bluetail

ヒマラヤルリビタキ Himalayan Bluetail は パキスタン北部の夏鳥で冬はヒマラヤ山麓へ移動します。以前はルリビタキの亜種として扱われていましたが、移動距離の違いや成鳥のオスの青色がより濃いなどの違いがあり、独立種となったそうです。

 

ヒガラ Spot-winged Tit /Black-crested Tit

ヒガラ Spot-winged Tit またはBlack-crested Titと呼ばれるヒマラヤ針葉樹林帯で通年見られる鳥で、以前は種として独立して扱われていましたが、今はヒガラ Coal Titの亜種とされているそうです。

 

ヒマラヤアカゲラ  Himalayan Woodpecker

ヒマラヤアカゲラ(雄) Himalayan Woodpecker(Male)  は パキスタン北部のヒマラヤの森で通年みられるキツツキの仲間です。

 

ニシコクマルガラス  Eurasian Jackdaw

昼食をとったバラコットBalakot の食堂の駐車場から観察したニシコクマルガラス Eurasian Jackdaw。パキスタンでこのカラスが現在確認されているのはこのバラコットだけだそうです。白い目がとても特徴的です。バラコットではカワリサンコウチョウ Asian Paradise-flycatcherも観察できました。

 

最後に、野鳥以外に出会ったワイルドライフもご紹介します。希少なカシミールラングールとの遭遇は探鳥そっちのけで夢中になってしまいました。そして夜はムササビ2種の観察。おかげで早朝から夜中まで大変忙しい3日間となりました。

 

カシミールラングール Kashmir gray langur

生息地の減少から国際自然保護連合ICUNの「絶滅危惧種」に指定されています。移動距離が大きく、遭遇するのが難しいラングールの仲間です。

 

ムササビは猛禽類に狙われなくなる夜を待って活動を開始します。2晩でオオアカムササビ Red giant flying squirrel、カシミールムササビ Kashmir flying squirrelの2種を観察しました。

 

オオアカムササビ Red giant flying squirrel
カシミールムササビ Kashmir flying squirrel

そして一緒にバードウォッチングを楽しんだメンバー。パキスタンのバーダー人口も増えてきているようです!

 

 

Photo & Text : Mariko SAWADA

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カイバル峠を越えて Over the Khyber Pass

ペシャワールからアフガニスタンとの国境の間にある「カイバル峠」。古くから中央アジア文化圏とインド文化圏を結ぶ交易路にある重要な峠でした。峠がある山はパシュトゥー語でスピンガーと呼ばれ、紀元前4世紀にアレキサンダー大王の軍隊が、7世紀に玄奘三蔵が越えた場所でもあります。ムガール朝時代にはインドのアグラからアフガニスタンのカブールへの幹線道路=グランド・トランク・ロードの一部として発達し、近代ではイギリス植民地時代のアフガン戦争において戦場となった場所でもあります。 独立後はトライバル・エリア=連邦直轄部族地域(FATA)呼ばれるパシュトゥーン族の自治区となりましたが、2018年にその制度は廃止されました。外国人の訪問には事前許可と警備の同行が必要となっています。観光客が「カイバル峠」へ行く、という場合、一般的にはカイバル・ゲートからミチニ・チェックポストまでの区間の訪問を指します。

 

カイバル・ゲートとジャムルード砦  Bab-e-Khyber and Jamrud Fort

ペシャワール中心部から18Km。カイバル・ゲートと呼ばれる記念碑の門で1963年に建てられました。記念門の横には小さな公園がありカイバル石板にカイバル峠の歴史が刻まれています。カイバル・ゲートはパキスタンのお札、10ルピー札にも登場します。

カイバル・ゲートを越えてすぐ右手にはジャムルード・フォートがあります。もともとあった古い要塞の上に1823年、シク教徒によって建てられた砦です。シク教徒の英雄だった将軍ハリ・シン・ナルワ Hari Singh Nalwaはアフガン勢力と戦いジャムルード・フォートで殺され埋葬されています。現在はパキスタン軍が駐屯し、内部に入ることはできません。

 

カイバル・ゲートを歩いて越える、パンジャブ地方から来たラクダのミルク売り
2007年までカイバル・ゲートの近くに大きなアフガン難民キャンプ(カチャガリKacha Garhi refugee camp)がありました。1979年のソ連侵攻後からアフガニスタン戦争の終結までの間、この門を通じ多くの難民が行き来しました。
パキスタンの10ルピー札に描かれているカイバルゲート

 

カイバル峠ビューポイント Khyber Pass Viewpoint

ガイドブックに紹介されている「カイバル峠の写真」は、国境へ向かう途中の道から振り返ってペシャワール方面を見た景色です。今は新しく拡張された道路になり、国境を行き来する輸送トラックが列をなして走る道ですが、かつてはアフガニスタンから来たキャラバンの目の前に「ガンダーラ平野」が広がる、ドラマチックな光景だったことでしょう。

 

カイバル峠ビューポイントより、ペシャワール方面を望む

 

シャーガイ・フォート Shagai Fort

1920年代にイギリスがカイバル峠ルートを監視するために作った要塞。現在はパキスタン軍が駐屯し監視しています。砦の反対側にはモニュメントと展望台があります。

 

シャーガイ・フォート遠景
シャーガイ・フォートの入り口

 

アリー・マスジッド Ali Masjid

カイバル峠の道で両サイドを山に挟まれた一番狭い場所。もともと荷物を積んだラクダ2頭がギリギリすれ違えるくらい細かった場所でしただったそうです。戦略上重要な位置だったため、過去の戦争の際には激戦地となりました。道は徐々に拡張されていますが、現在もこの場所は車線が別れ、ペシャワール方面へ向かう車線は崖の上に作られています。

道路沿いに小さなアリー・マスジッド(モスク)、マドラサがあり、丘の上にはパキスタン軍が駐屯するアリー・マスジッド・フォートがあります。

 

道路沿いのアリー・マスジッドモスク。より大きなモスクを建設中です
狭い道を監視するアリー・マスジッド・フォート

 

アユーブ・アフリディの豪邸  Palatial Residence (Fort) of Ayub Afridi

麻薬王であり部族政治家としても有名な人物で、アメリカとの接触についてのエピソードなどの話題で知られる人物です。道路沿いには100部屋以上あるという豪邸の壁が続きます。

 

スフォラ・ストゥーパ Sphola Stupa

2~3世紀頃のシャン朝時代のストゥーパ。3層の基壇の上にストゥーパが乗っており、20世紀初めの発掘では仏像も出土しています。2024年現在、基壇部の修復がされています。カイバル峠エリアにある唯一のガンダーラ仏教遺跡です。

 

スフォラ・ストゥーパとカイバル鉄道の線路

 

軍隊のエンブレム Emblem of the Military Corps

この地を通過した様々な時代の軍隊が、その記念として自分たちの軍隊の紋章を岩肌に刻んでいきました。

 

軍隊のエンブレム

 

カイバル鉄道 Khyber Railway

ペシャワールとランディ・コタールを往復する観光客向けの蒸気機関車が月に1回程度運行していた時代がありました。この鉄道の歴史は古く、イギリス統治下の1926年に軍事物資運搬の目的で開通しました。ペシャワールからランディ・コタールまで約40キロ・高低差600メートルの道のりを34のトンネルと92の鉄橋を渡っていきます。

2006年の大雨と洪水により壊滅的な被害を受け、復旧のめどは全く立たない状態です。現在は傷んだ線路、トンネル、鉄橋、駅の跡が見られるだけです。

 

洪水で破壊された線路
トンネル
鉄橋
保存されている蒸気機関車(ペシャワール)

 

ランディ・コタル Landi Kotal

パキスタン側の最後の町がランディ・コタル。町の表通りのさらに一段低い場所にも商店が広がっています。かつては武器や麻薬を扱う「密輸品バザール」で知られていました。現在も活気のある市場があります。

 

ランディ・コタルのカバブ店
町で人気のチャッパル・カバブの店
明るくツーリストに話しかけてくるランディ・コタルの人々
学校から帰宅途中の子供たち

 

ミチニ・チェックポスト Michini Check Post

アフガニスタンの査証なしに訪問できるパキスタン側の最後の地点が国境トルハムを展望するミチニ・チェックポストです。ここから5Km下ると国境の町・トルハムです。 また、国境をはさむ岩山には1,2,3の番号が刻まれ、その線をつないだところが両国の国境線となります。

 

ミチニ・チェックポストから国境トルハムを望む

ミチニ・チェックポストには観光客が入れるビューポイントがあります。そのビューポイントからタイモール・フォート Taimoor Fortまたはタメルラン・フォートTamerlane Fortと呼ばれる古い建物があり、ティムールのインド攻略の際に牢獄として使ったものだという伝承があります。

 

タイモール・フォート Taimoor Fort
国境のトルハムを望む展望台

 

トルハム国境  Torkham Border

国境に近づくとドライポート、そして出入国管理の建物があります。建物の前にはアフガニスタンへ向かう人々、荷物を運ぶポーターや両替商がおり国境情緒に溢れます。2024年現在、トルハムの国境はパキスタンとアフガニスタンの間で唯一開いている国境です。

 

荷物を運ぶポーター、両替商が待機する国境
パキスタンとアフガニスタンの間をつなぐ通路

アフガニスタンとの国境の間は長い通路でつながれており、国境を越えるとそこからカブールまで230Km、車で6時間ほどで到着です。

 

Photo & Text : Mariko SAWADA

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