タグ別アーカイブ: ジョージア

落葉

ジョージア

落葉

 

監督:オタール・イオセリアーニ
出演:ラマーズ・ギオルゴビアーニ、マリナ・カルツィワーゼ
日本公開:1966年

2023.2.22

道端の落葉を愛でる感性を持つ人生と、持たない人生―文化醸成は茨の道―

ワイン醸造所の新人技師・ニコは真面目で職人たちからの信頼も厚いが、出世主義の同僚は職人たちを見下していた。ニコは研究室で働く女性・マリナに想いを寄せている。

ある日、醸造所の上司は共産党幹部が定めたノルマを達成するため、未成熟の樽の開封を決める。ニコはこれに異議を唱え抵抗するが・・・

あらすじを一見すると恋愛ドラマにも見えかねない本作は、「文化とは何か」という「メタ(高次)」なメッセージを含んだ、普遍性のある物語です。作り手が「メタ」な作品に仕立て上げようとしている証拠は、時折現れる極端なトラックアップ(カメラが被写体に近づく)の動きや、ヒロインのマリナがカメラに向かってウィンクする(フランスのニューウェーブ映画へのオマージュ)からも感じられます。

その他の前提として、以前にもこの「旅と映画」でご紹介しましたが、ジョージアの最も重要な伝統産業のひとつがワイン製造であるということがあります。サペラヴィというタンニンを多く含んだブドウ品種や、陶器のボトルが特徴的です。

そしてもう一点お伝えしておきたいのは、醸造の世界史を振り返ると、「産業の圧力」に製造側が屈してしまった場合、産業自体が廃れてしまうという現象が起こったことがあるということです。たとえば、リンゴ発泡酒(英語:サイダー/仏語:シードル)の歴史を振り返ると、ローマ帝国時代からサイダーの伝統があって「水代わり」にサイダーが飲まれていたような地域もあるほど文化が根付いていたイギリスであっても、産業革命で生産・出荷を優先したばかりに悪質なサイダーが出回ったり、金属パイプが要因の中毒症状によって評判が下がり、一気に伝統が廃れてビールに取って代わられるという出来事がありました(ちなみになぜこんなに詳しいかというと、今サイダーのドキュメンタリー映画を企画開発しているからです)

本記事はまだ作品をご覧になっていない方を主な対象にしているので、物語の結末の詳述は避けますが、「本作のタイトルがなぜ『落葉』なのか」という点は、ぜひご覧いただいた後に考えていただくと楽しいと思います。

僕が思うヒントを、お伝えしておきます。
まず一つは「落ちている葉っぱの叙情にあなたは目が留まるか、そして目を留めた時にちゃんと立ち止まれるか」という作家の問いかけがタイトルにはこめられている思います。

もう一つのキーワードは「循環」です。「よい文化醸成には、気づきの循環が必要だ」ということは、戦後にスターリン独裁以来揺れに揺れてきた当時の旧ソ連体制下の国家に住む作家として、声を大にして言いたかったことなのだと想像しました。

ストーリー本筋の外側に巧みに、ワインの味わいのような深みあるメッセージを形作っている『落葉』を含む「オタール・イオセリアーニ映画祭〜ジョージア、そしてパリ〜」は2/17(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。その他詳細は公式HPよりご確認ください。

花のジョージアを歩く
秀峰カズベキの麓からヨーロッパ最後の秘境スヴァネティ地方へ

ヨーロッパで最も標高の高い常住村として知られるウシュグリ村(2,200m)と世界遺産の上スヴァネティ地方、北部ジョージア屈指の美しい山岳景観を誇るカズベキ村を訪れるこだわりのハイキング企画。独自の文化、伝統の生活を続ける人々、静かなトレイルはまさにヨーロッパ最後の秘境の名にふさわしい場所です。

放浪の画家ピロスマニ

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ジョージア

放浪の画家ピロスマニ

Pirosmani

監督:ギオルギ・シェンゲラヤ
出演:アフタンジル・ワラジほか
日本公開:1978年

2022.1.19

帝政ロシア下のジョージアを生きた、孤高の画家ニコ・ピロスマニの盛衰

ジョージアを代表する画家ニコ・ピロスマニ(1862-1918)の半生を描いた伝記映画。

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幼くして両親を亡くしたピロスマニは、店の看板や壁に飾る動物画・人物画を描きながら放浪の日々を送るようになる。

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人々に一目置かれるようになっていくピロスマニだったが、酒場で見初めた踊り子マルガリータへの報われない愛が、ピロスマニを孤独な生活へと追い込んでいく。

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ロシア革命の前夜、一杯の酒を得るために画材をかかえて居酒屋を渡り歩く生活を送っていたピロスマニは、作品がある芸術家の眼にとまったことをきっかけに、美術界から注目されるようになるが・・・

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作品について書く前に、約45年前に本作を日本で紹介した岩波ホールについてすこし書きたいと思います。

『放浪の画家ピロスマニ』は、ジョージアがソ連の構成国だった1969年に制作され、日本では9年後の1978年に、まずは『ピロスマニ』のタイトルでロシア語吹き替え版が劇場公開されました。その後の2015年、『放浪の画家ピロスマニ』と改題した上で、吹き替えではないオリジナル版(ジョージア語)のデジタル・リマスターが公開となりました。その立役者は、西遊旅行本社のすぐ近く(靖国通りを挟んだ向かい)にある、1968年創設の岩波ホールでした。その岩波ホールが、今年7月29日で閉館となるニュースが1月中旬に発表されました。

大変残念ではありますが、「旅と映画」では、1月から2月にかけて岩波ホールで行われるジョージア映画祭の関連作品を紹介したいと思います。

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実在の画家・ピロスマニの絵は、美術史の中では「素朴派」とカテゴライズされています。絵の多くは動物たちや食卓を囲む人々の姿で、ピロスマニは放浪しながら出会う人々との関係性の中から紡ぐように絵を描いて、生活に関しては、飾り気のないその日暮らしを続けたといいます。

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映画の序盤から中盤では、そのように全く商売っ気のないピロスマニの姿が描かれていて、文字通り「絵と共に生きる」人生を全うしている人物であったことがわかります。

映画の中盤では、ロシアの美術界から注目されるようになるのですが、革命前夜におけるピリピリとした時勢の中においては、ピロスマニの純朴な絵は「幼稚」であると受容され、茶化しの対象にまで成り下がっていく様子が描かれています。

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こうしたピロスマニの悲劇には、当時のロシア帝政への風刺的な要素も含まれていますが、その風刺は現代日本に生きる私たちにとっては、「幸福とはなにか」を考える上で示唆深いと思います。

特に都市生活においてはこちらから求めなくても、華美でビビッドな視覚情報が入れ代わり立ち代わり現れるという状況に人々は晒されています。そうした環境下での暮らしというものにおいては、日々の生活を豊かさで満たしてくれる「素朴さ」という地味で気づきにくい小さな幸福は、置いてけぼりにされてしまいがちです。

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絵を描くことと一杯のワインを嗜むという一握りの幸せに没入するピロスマニの姿は、ジョージアの風土・歴史とともに、日常そのものを旅として捉えるような人生との向き合い方を、観客に教えてくれます。

『放浪の画家ピロスマニ』も上映されるジョージア映画祭2022は、2022年1月29日(土)~2月25日(金)、東京/岩波ホールにて開催。以降、全国巡回予定です。詳細は公式ホームページでご確認ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

Tbilisi

トビリシ

クラ川に面したジョージア(グルジア)の首都。ペルシャ系、トルコ系、モンゴル系と様々な民族の侵略を受けて来た歴史を持ちます。市内を一望できる丘の上にはジョージア正教のメテヒ教会が建ち、旧市街の中にも数多くの教会やシナゴーグが建っています。

金の糸

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ジョージア

金の糸

OKROS DZAPI

監督:ラナ・ゴゴベリゼ
出演:ナナ・ジョルジャゼ、 グランダ・ガブニアほか
日本公開:2022年2月26日(岩波ホールほか全国)

2022.1.12

継ぎ継ぎと、継ぎ継ぎと―90代現役のジョージア人監督が思い描く「次の時代」

ジョージア・トビリシの旧市街の片隅にある古い家で娘夫婦と暮らす作家のエレネは79歳の誕生日を迎えるが、娘のナトだけでなく、エレネと同じ名前を持つ孫ですらそのことを忘れている。

メイン

ナトは、姑のミランダにアルツハイマーの症状が出始めたので、一緒に暮らせないかと母・エレネに打診する。エレネとは旧知の間柄のミランダは、ジョージアのソビエト時代に政府の高官だった女性だ。19世紀に祖先が建てた持ち家を誇りに思っているエレネだったが、渋々容認する。

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そこに、かつての恋人・アルチルから数10年ぶりに電話がかかってくる・・・

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距離的に遠く離れていて何の関連性も無いように見える文化・伝統同士が、思わぬ形でひかれあうことがあります。制作時点で91歳、2022年1月現在では93歳のラナ監督は、あるときたまたま知った日本の「金継ぎ」(陶磁器の破損部分を漆によって接着し 金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法)という技法にインスピレーションを得ました。そして、およそ100年にわたる人生分の過去を、そっくりそのまま次の時代めがけて差し出すかのような物語をつくりあげました。

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こうした文化交流の経緯もあってか、僕にとって本作は不思議にも、103歳まで生き2010年に亡くなった、日本を代表する舞踏家・大野一雄へのオマージュがなされているように終始感じました(エンドクレジットや資料を隈なくみましたが、そうとは書いていませんでした)。

ジョージアと本作の話にしっかり戻ってきますので、大野一雄のことについて少し書きたいと思います。大野一雄は1929年にスペインの舞踊家アントニア・メルセに強い影響を受け(大野一雄の人生でもやはりこのような文化交流がなされています)、舞踊の道を志しました。太平洋戦争で軍務を終えた後、「見せ物」として踊りではなく、「命がけで突っ立った死体」を理想とした舞踏を追求しました。日常的な細かな所作をも舞踊に昇華する創作精神で、晩年は車椅子に乗っても舞踏をつづけました。日本で舞踏は前衛芸術として捉えられることも多いですが、今ではbutohとして、日本を代表するダンススタイルとして海外でのほうがよく知られています(一度僕は舞踏ワークショップに参加したことがありますが、参加者の大半は外国人でした)。

本作のエレネ・アルチル・ミランダ、人生の大半を旧ソ時代のジョージアの地で過ごした「旧世代組」は、作中でしっかりと現在という時間を生きているのですが、どこかお化けのような、まさに「突っ立っている」かのような描き方がなされています。

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たとえば、誕生日を忘れられる、居住している家から離れられない(出歩いたとしても知り合いがいなく助けてもらえない)、掃除(掃除機がけ)という現実的所作を異様なまでに厭う、などといった場面です。胴体から「足場」が置いてけぼりにされている感じ、とでも言えばよいでしょうか・・・

「旧世代組」は、効率・利便性を重視した社会では「お荷物」なのでしょう(同様のテーマは昨年本コラムでご紹介した日本の名画『東京物語』などでも描かれてきました)。

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メインのロケ地となっているジョージアの首都・トビリシの伝統的地区界隈も、最近は老朽化が激しく、取り壊しが多くなってきていると資料に記載があるので、撮影場所もそうした監督の洞察を表象しているように思えました。

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そんな世の流れの中で、ジョージア人(ひいては世界中の観客)は、どこを「足場」として生きていくのかという切迫した問いかけが、春の花の香りがするような詩的なムードに包まれた上でなされている『金の糸』は2月26日(土)より岩波ホールほか全国順次上映。詳細は公式ホームページをご確認ください。

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最後に、今年日本とジョージアは国交30周年だそうで、僕がおすすめするジョージア情報を3つ添えさせてもらいます。

・駐日大使ティムラズ・レジャバのTwitter。「徒然なるままに本国ジョージアに関して発信していきます」というプロフィール文のとおり、日常が知れて親近感が湧きます

・ワイン発祥の地としてジョージアは有名ですが、「ピロスマニ」という画家にちなんだ陶器ボトルに入ったワインが、輸入食品店などやネットで2500円ぐらいで買えます

・日本にも数度来日している人気ピアニストのカティア・ブニアティシヴィリ、おすすめ曲はアルゼンチン・タンゴの伝説的バンドネオン奏者アストル・ピアソラの名曲“Liber Tango”のカバーです(お姉さんのグヴァンツァ・ブニアティシュビリとの連弾もみどころです)

 

コーカサス3ヶ国周遊

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複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

Tbilisi

トビリシ

クラ川に面したジョージア(グルジア)の首都。ペルシャ系、トルコ系、モンゴル系と様々な民族の侵略を受けて来た歴史を持ちます。市内を一望できる丘の上にはジョージア正教のメテヒ教会が建ち、旧市街の中にも数多くの教会やシナゴーグが建っています。

聖なる泉の少女

699738287f6e3395© BAFIS and Tremora 2017

ジョージア

聖なる泉の少女

 

Namme

監督:ザザ・ハルヴァシ
出演:マリスカ・ディアサミゼ、アレコ・アバシゼほか
日本公開:2019年

2019.8.14

ジョージアにも存在する「八百万の神」を司る、美しい少女が抱える迷いとは?

舞台はジョージアの南西部、トルコと国境を接するアチャラ地方の山深い小さな村。村には人々の心身の傷を癒してきた聖なる泉があり、先祖代々、泉を守り、水による治療を司ってきた家族がいた。儀礼を行う父親は老い、3人の息子はジョージア正教(キリスト教)の神父、イスラム教の聖職者、無神論の科学教師になり、父の後を継ぐことはなかった。そして父親は一家の使命を、娘のツィナメ(ナーメ)に託そうとしていた。

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その宿命に、ナーメは思い悩む。彼女は村を訪れた青年に淡い恋心を抱き、他の娘のように自由に生きることを憧れる。一方で川の上流に水力発電所が建設され、少しずつ山の水に影響を及ぼしていた・・・

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科学が発達する前、世界はだいたい5つか4つの要素のバランスによって成り立っていると考えられていました。旅の醍醐味は、こうした「元素」が強く感じられることにあります。普段はあまり気にとめない雲の形をぼんやりと眺め、ビルに遮られていない爽やかな風をあび、祭事の火や人のあたたかみに触れ、一時として同じでない水の流れに気付き、見知らぬ地の土を踏みしめる・・・

空、風、火、水、地。本作はこの5元素を描くことに並々ならぬ力が注がれています。しかし、それは自然の美しさに対する賛美ではなく、消費主義・資本主義社会の矛盾を指摘するためです。

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旧約聖書 創世記第1章第2節「神の霊は水面を動いていた」という引用からはじまるものの、きっとジョージアには日本で言う「八百万の神」というような考え方が根付いているのだろうと私は鑑賞しながら思いました。それゆえに、「神が姿を消しつつある世界」に対するジョージアからの警鐘ともいえる本作の物語は、不思議なことに、日本人の心にこそ響きやすいものとなっています。

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『聖なる泉の少女』は、8/24(土)より岩波ホールにてロードショーほか、全国順次公開。詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

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葡萄畑に帰ろう

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ジョージア

葡萄畑に帰ろう

 

The Chair

監督:エルダル・シェンゲラヤ
出演:ニカ・タヴァゼ、ニネリ・チャンクヴェタゼほか
日本公開:2018年

2018.11.28

ソ連崩壊後の暗い歴史を笑い飛ばす、ユーモラスで“新しい”ジョージア映画

ジョージア「国内避難民追い出し省」(という架空の機関)大臣ギオルギのもとに、空中浮遊もできる不思議なイスが届く。「確かな道を 掲げた目標へ」という当たり障りのないスローガンを掲げていた与党は、野党「新しい道」に選挙で負けて、ギオルギはイスと共に省から追放される。さらに不法取引で入手した家の差し押さえを言い渡され、八方塞がりとなってしまったギオルギは故郷に思いを馳せる・・・

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旅をして異なる背景を持った人々と交流していく中で、最も文化差を感じやすいことの一つは、ジョークや笑いのツボではないでしょうか。実際私も海外で「おもしろい話だ」と聞いて全く笑えなかったり、添乗中に英語ガイドさんから「こういうジョークがある」と聞かせてもらったけれども意味がわからず翻訳するのに困ったことが何度かあります。

本作は「国内避難民追い出し省」という明らかにおかしい省庁の登場や、省内を職員がローラースケートで移動しているという謎めかしい光景で幕をあけます。時代設定は「ありそうで、ない」もしくは「なさそうで、ある」現在です。「避難民」と表現されるような「何か」がジョージアの実社会にあるのだということを、背景知識がない観客にも想像させてくれます。

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「旅と映画」では既に5本のジョージア映画を紹介してきましたが、『みかんの丘』や『とうもろこしの島』の背景にあったソ連崩壊後のアブハジア紛争や南オセチア紛争について、本作の鑑賞前か後に知っておくと理解が深まります。また、架空の権力機関が存在するという点で、『独裁者と小さな孫』とストーリーの切り口を比較できます。

本作の大きな特徴は、映画全体に漲るとにかく陽気な雰囲気にあります。今まで紹介してきた5本のジョージア映画は、作品の背後に漂う闇の存在を感じさせる作品でした。本作は先行き不透明さを軽く笑い飛ばして、昔話の締めくくりのように「めでたしめでたし」で完結させてしまう寓話性を持っています。これは1933年生まれのベテラン監督だからこそなしうる業でしょう。

英題”The Chair”からは権力に対する揶揄が感じ取れますが、邦題『葡萄畑に帰ろう』はやや複雑なユーモアにしっかりと方向づけをしていて、ジョージアにとって誇るべき葡萄酒(ワイン)と同じような何かを私たち日本人も見出だせると、作品の普遍性を補足してくれています。

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ジョージアの婚礼の光景やワイン文化を見ることもできる『葡萄畑に帰ろう』は、12/15(土)より岩波ホールにてロードショーほか、全国順次公開。詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

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『祈り』三部作

4de755d517adaeb2(C)“Georgia Film” Studio, 1968 (C)RUSCICO, 2000

ジョージア

祈り 三部作

『祈り』『希望の樹』『懺悔』

Vedreba/ Drevo Zhelaniya/ Monanieba

監督:テンギズ・アブラゼ
出演:スパルタク・バガシュビリ/リカ・カブジャラゼ/アフタンディル・マハラゼほか
日本公開:2018年/1991年/2008年

2018.8.1

51年前放たれた祈りが、現代に届く
ジョージアの名匠 渾身の三部作

ジョージア山岳部に住むイスラーム教徒とキリスト教徒の対立をモノクロームの映像美で描いた『祈り』。20世紀初頭、ジョージアの農村を舞台に、革命前の社会における人々の動揺の中、村の掟や窮状によってある一つの愛が失われていく様を描く『希望の樹』。架空の地方都市で、独裁者による粛清が明らかになっていく『懺悔』。

51年前に製作された『祈り』は日本初公開。そして、『祈り』と同じく、徹底してヒューマニズムを描いた『希望の樹』『懺悔』があわせて上映されます。

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私がこの三作から強く受け取ったのは、それぞれの作品が作られた1967年、1976年、1984年という時代において、姿を変えながらジョージアに存在していた、目に見えない「権力」、そしてその恐ろしさです。

私は、現在イランと合作映画を作っていますが、イランでは政治・宗教上の表現や服装(特に女性に関わる物事)に関して規制があります。映画が作られるべきかの審査にも最低約1年を要し、その認可がない作品は国内の劇場で公開できません。しかし、そうした規制の中でも表現は生まれていき、時にそうした制限ゆえ、作品の力が強まることもあります。

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あることを描き、それとは全く違うことを言おうと試みる。これは演出の中で最も難しく、同時に美しい表現です。本三部作は、権力に屈することなく「映画言語」を新たに更新させようとしている、時代をいかに経ても色あせない瞬間に観客を立ち会わせてくれます。

例えば、『希望の樹』の冒頭で、赤い花が咲き誇る美しい花畑で、白い馬が今まさに死のうとしている場面があります。なぜ馬が美しい場所で、それも映画の冒頭で死を迎えなければいけないのか。本コラムで以前紹介したギリシャ映画『霧の中の風景』にも同じように、馬が路上で死に、「故郷」を求めて旅する少年・少女が為す術もなく立ち尽くすシーンがあります。人間にはどうすることもできないそうした無力感は、当時の混乱に対する怒りとつながっているのだと私は感じ、冒頭から強烈に惹きつけられました。

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現在、ポピュリズムが世の中を席巻し、単純で直接的な表現が世の中にあふれています。そうしたタイミングの今こそ、この一連の作品が価値を持つことにとても納得がいきます。

歴史の理解を深めるという意味では、特に旧ソ連圏を旅する上で、どのように権力が人に影響していたのかを、情報ではなくイメージとして理解する上でとても参考になる作品です。

『『祈り』三部作―『祈り』『希望の樹』『懺悔』』は8/4(土)より岩波ホールにてロードショーほか、全国順次公開。詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

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シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

花咲くころ

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ジョージア

花咲くころ

 

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監督:ナナ・エクフティミシュヴィリ、ジモン・グロス
出演:リカ・バブルアニ、マリアム・ボケリアほか
日本公開:2017年

2018.1.31

長く暗い戦争のあと、誰がために花は咲く

1992年春、ジョージアの首都・トビリシ。1991年にソ連から独立を果たしたものの、少数民族問題をめぐる武装紛争が郊外では続いている。14歳の少女エカとナティアは幼なじみで、生活物資の配給を待つ騒がしく長い列の中で、おしゃべりをするのがささやかな楽しみだった。エカの父は刑務所に入っているが、理由ははっきりわからない。ナティアに思いを寄せる青年・ラドは彼女に弾丸1発の入った銃を護身用にと手渡す。希望と不安の間を揺れ動く彼女たちの日常は、しだいに不安の方に傾いていく。

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時代の変わり目は、時に花にたとえられます。キルギスのチューリップ革命、チュニジアのジャスミン革命、そしてジョージアにも2003年にバラ革命と呼ばれる政変がありました。

『花咲くころ』というタイトルの中で、「花」という言葉が示唆するものは何なのか。「花」は何色なのか。それは観客の想像に委ねられています。主人公である2人の少女たちと想像することもできますが、私は時代の流れそのものと感じました。

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この映画で描かれている1992年ジョージアの過渡期におけるもどかしさは、「もうすぐ〜ができる」「まだ〜ができない」という社会的な制約がまだある14歳という主人公たちの年齢によって、より際立った描写になっていると感じました。この映画が製作されたのは2013年ですが、2003年のバラ革命や2008年のロシアとの紛争を経て、約20年前の出来事を振り返る必要があったのでしょう。

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日本も例外ではありませんが、過去に起きた災いや悲劇の原因を根本的に問い直すことは、未来を形作ることにつながっていきます。そして、旅や映画鑑賞を通して様々な物事を目にすることは、過去を見つめ直す重要な手段のひとつです。

本作では、ある場面でのエカのダンスが、観客を揺さぶるひときわ強い力を持っています。誰にも向けられていないようで、強く誰かに訴えかけるような迫力のシーンから、私は赤い色の花を連想しました。

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見る人によって違った花の色を想像させてくれる『花咲くころ』は、2月3日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

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民族の十字路 大コーカサス紀行

コーカサスを陸路で巡る充実の旅、ジョージア軍用道路を走りコーカサスの高みへ。
18日間コースはスヴァネティ地方も訪問。コーカサス山麓に残る独自の文化と雄大な自然を楽しむ。

Tbilisi

トビリシ

クラ川に面したジョージア(グルジア)の首都。ペルシャ系、トルコ系、モンゴル系と様々な民族の侵略を受けて来た歴史を持ちます。市内を一望できる丘の上にはジョージア正教のメテヒ教会が建ち、旧市街の中にも数多くの教会やシナゴーグが建っています。

みかんの丘

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ジョージア

みかんの丘

 

Mandarinebi

監督:ザザ・ウルシャゼ
出演:レムビット・ウルフサク、エルモ・ニュガネンほか
日本公開:2016年

2016.10.5

ジョージアとアブハジアから
ミカンのように鮮やかな色の未来を願って

ジョージアから独立を主張しているアブハジアに、100年以上前からエストニア人が住む集落があります。ジョージアとアブハジアの間で紛争が勃発しても、ミカンを栽培するイヴォとマルゴスはそこに残っていました。ある日、戦闘で負傷した2人の兵士を家の中で介抱することになります。1人はチェチェン兵のアハメド、もう1人はジョージア兵のニカです。アブハジアを支援するチェチェン人とジョージア人は、紛争の敵同士で本来ならばすぐにでも殺しあう関係ですが、イヴォの家では決して殺しあいはしないというルールが取り決められます。その中で、アハメドとニカの考え方も変わっていきます。

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旧ソ連諸国の政治状況はとても複雑ですが、日本人である私たちは逆に客観的にその状況を見れるかもしれません。アブハジアにいるエストニア人、ムスリムのチェチェン人、キリスト教徒のジョージア人…私たちには簡単に見分けることはできません。

時々私は「関係ある」ことと「関係ない」ことは何が違うのかと考えることがあり、この映画を見て再度そのことについて思い出しました。たとえばジョージアに旅したことがあれば、このアブハジア紛争問題は比較的身近な問題に感じるでしょう。シリアに行ったことがあればシリア紛争について人よりアンテナを張れるでしょう。しかし、多くの日本人にとってはアブハジア紛争やシリア紛争の前により身近な事柄があります。「関係ない」ことはどのようにすれば「関係ある」ことになるのでしょうか。

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そうしたことを監督も考えているように私には思えました。『みかんの丘』は立場の異なる兵士から戦場を奪い、ただの人間にした時に互いの関係はどのように変化するかということが描かれています。監督はアブハジア問題を世間に知らせるということよりもも、アブハジア問題を通じて「人間とは何か」という普遍的な大きなテーマを描くことを目指しているのではないかと思いました。監督が大ファンだという黒澤明監督さながらのヒューマニズムに溢れた描写が濃密に散りばめられた作品です。

『みかんの丘』は9/17より岩波ホールほかにてロードショー中。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

とうもろこしの島

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ジョージア

とうもろこしの島

 

Simindis Kundzuli

監督:ギオルギ・オヴァシュヴィリ
出演:イルヤス・サルマン、マリアム・ブトゥリシュヴィリほか
日本公開:2016年

2016.9.28

中洲に浮かぶ平和への意志
知られざるアブハジア紛争の行く末

コーカサス山脈から黒海へ流れるエングリ川に、毎年雪解けとともに肥沃な土が運ばれ中洲ができ、その場所で冬の貴重な食料となるとうもろこしが育てられる…という導入から映画は始まります。

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『とうもろこしの島』はジョージアと、ジョージアから独立を主張するアブハジアの間の川という舞台設定で、両親を亡くした孫娘と老人がとうもろこしを育てていく様子がほぼセリフ無しで語られていきます。

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アブハジアという地名を聞いて何かを連想できる日本人はそうそういないかと思います(私も今回この映画を見た後で調べて初めて知りました)。普遍性を重視したいという監督の意志で最終的に12ヶ国の合作で作りあげられたこの映画は、むしろアブハジアのことを何も知らないで見たほうが強烈な印象が残るかもしれません。のどかな日常が実は戦争の暗い影に覆われていたということが映画が進むに連れて徐々に明らかになっていきます。

この映画はセリフが本来必要かと思われるところでひたすら黙って物語が進むので、セリフが発された時には少しドキリとします。その数少ないセリフはもちろん周到に計画されているはずですが、私はそのセリフから「意志」というキーワードが思い浮かべました。

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「あたり前のことがあたり前にできる」ということは、日本にいるとなかなか享受しにくい幸福かもしれません。日常的なことであっても、何かをしようという意志があって、それが達成できるということは幸福なことです。

自然は時に人間に牙を剥き、そうした人間の自由を奪います。なぜ地震がくるのか、なぜ津波が街を飲み込むのか…「なぜ?」といくら思いを巡らせても自然は答えてくれません。しかし、戦争はその「なぜ?」という問いの矛先を何かに向けることができてしまいます。国家への怒りが個人に、個人への怒りが国家に向かいかねません。アブハジア紛争は今現在も続いているといいますが、負の意志の連鎖が続いてしまわないように願うばかりです。

『とうもろこしの島』は岩波ホールほかにて9/17からロードショー中、その他詳細は公式HP よりご確認ください。

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

独裁者と小さな孫

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ジョージア

独裁者と小さな孫

 

The President

監督:モフセン・マフマルバフ
出演:ミシャ・ゴミアシュビリ、ダチ・オルウェラシュビリほか
日本公開:2015年

2016.6.15

現代国際社会への示唆に満ちた
生々しいフィクション

今からそう昔でも未来でもないある日、地球上のどこかにあってもおかしくないないある独裁国家で突如クーデターが起きます。キューバのカストロ議長のように軍服を着こなす独裁者は孫(おそらく6歳ぐらいの少年)と宮殿を逃げ出し、民家に身を隠したり変装したりしながら逃走します。独裁者はその旅路の最中、自分の行った統治の結果を見ることになります。はたして独裁者、そしてその孫は何を思いどのような運命が彼らを待っているのでしょうか…

監督はイランの巨匠モフセン・マフマルバフ。イラク戦争・アラブの春・シリア騒乱などの国際問題を連想させつつも明らかに架空の世界と分かるタッチで進んでいく物語から、世界的巨匠の実力を伺い知れます。主人公たちが住居を追われてあてもなくさまようというストーリーは、監督自身も自由な表現を求めてイランを出てロンドン・パリを拠点に映画を作っているという事実も反映されているように思えます。

冒頭で独裁者が孫を楽しませるために街全体の電気をつけたり消したりしますが、撮影地はジョージアの首都・トビリシです。行ったことがなければまずどこだかはすぐにはわからないような、不思議な雰囲気を醸し出しています。日本人にはまだまだなじみのないジョージアの光景に、映画開始直後から引き込まれることでしょう。 コーカサス地方で撮影された映画を見てみたい方、映画の持つフィクションの力を体感したい方にオススメの映画です。

 

コーカサス3ヶ国周遊

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複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

Tbilisi

トビリシ

クラ川に面したジョージア(グルジア)の首都。ペルシャ系、トルコ系、モンゴル系と様々な民族の侵略を受けて来た歴史を持ちます。市内を一望できる丘の上にはジョージア正教のメテヒ教会が建ち、旧市街の中にも数多くの教会やシナゴーグが建っています。