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そして人生は続く

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イラン

そして人生は続く

 

And Life Goes on…

監督: アッバス・キアロスタミ
出演: ファルハッド・ケラドマンほか
日本公開:1993年

2019.1.30

人生という旅、映画という旅・・・旅の真髄、ここに極まれり

1990年、大地震がイラン北部を襲った。アッバス・キアロスタミ監督作『友だちのうちはどこ?』の撮影地は震源地のすぐ近くだ。『友だちの〜』の主役・ババク・アハマッドプールやその友人たちの安否を気遣い、地震の五日後、監督(キアロスタミ監督を演じる役者)は息子・プーヤとともに撮影の行われたコケール村に向かう。道中、多くの人々が壊滅した町で瓦礫を片づけている様子を目の当たりにしつつ、監督はコケール村へ向かっていく・・・

本作は、「旅と映画」の連載が始まった当初から書きたかった作品だったのですが、入手困難なため書くことができませんでした。近年、名作のデジタルリマスターが進み、2016年に亡くなったアッバス・キアロスタミ監督の作品もリマスター版がソフト化されました。

なぜ本作について書きたかったかというと、「旅」の真髄が映画に映っているからです。あらすじにも書いてある通り、映画は監督の実際の境遇をフィクション化しています。フィクションなのですが、物語の出発点はドキュメンタリーなのです(と、説明することが無謀なほど、フィクションとドキュメンタリーが入り混じっています)。

本作を見ると、日本とイランの自然観があまりに似通っていることに驚きます。それは、地震の後という状況によってより顕著になります。自然は人間の喜怒哀楽を知らないと言わんばかりに、大地震の後にもその荘厳さを変えません。そして、人間はただその前に立ち尽くすしかないのです。

人生と自然、どちらにも共通している要素を挙げるとすれば、それは「続く」ということでしょう。映画はいつか終わりますが、その余韻は心の中で続きます。人生もいつか終わりますが、それは自然というより大きな懐の中で続きます。そうした自然観は、車で目的地に近づいていく「旅」という最小限の設定の中で、力強く示されます。監督の旅は、映画が進むにつれて「終わり」の気配がしてくるからです。

本作の映像で特に記憶に残るのは、ジグザグな道を行く監督の車を、途方も無く遠くに置いたカメラから撮ったシーンです。インド・パキスタン・ブータンの崖っぷち、チベットの荒野、バングラデシュのマングローブ林・・・ツアー中にバスで様々な場所を走りながら、私は頻繁にカメラを遠くに置いたら、自分たちのバスがどう見えるか想像していました(遠くから撮ることを、映画用語で「ロングショット」といいます)。本作を見て、皆さんの旅にもロングショットのカメラの視点を取り入れてみてはいかがでしょうか。

ペルシャ猫を誰も知らない

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イラン

ペルシャ猫を誰も知らない

 

Kasi Az Gorbehayeh Irani Khabar Nadareh

監督:バフマン・ゴバディ
出演:ネガル・シャガギ、アシュカン・クーシャンネジャードほか
日本公開:2010年

2018.12.19

表現への渇望 知られざるテヘランのインディー・ロック事情

テヘランで音楽活動をするネガルとアシュカンはロックを愛するカップルだが、テヘランでは演奏許可が下りない。2人はロンドンでライブすることを目指し、違法にパスポートとビザを取得しようとする。そして、資金集めのライブをするためにテヘランの町中を巡り、バンドメンバーを探しはじめる・・・

行かなければ分からない世界がある。これは秘境旅行全般に言えることですが、私が一番それを実感したのはパキスタンに初めて訪れた時です。イスラマバード・カラチ・ラホールなど、都市部では治安が原因で町にピリッとした雰囲気があるのではないかと想像する時が少なからずありました。しかし、実際に行ってみると人々は親切で、若者の人口が日本と比べて圧倒的に多く、むしろポジティブなエネルギーに溢れていました。

イランに行った時もそうでした。私は2017年7月に映画祭に招待を受けて初めてイランを訪れましたが、ちょうど6月にテヘランにあるホメイニ師の廟でISISによるものとされるテロがあった後でした。いくらイラン映画ファンで、知り合いからイランの人々のフレンドリーさについて多く聞いたことがあっても、いくらか不安になりました。しかし、空港に着いて映画祭の手配してくれたタクシーに乗り、イスファハーンへの道中で運転手さんと身振り手振りで会話したり、ドライブインに寄ってご飯を食べて地元の人たちと交流するにつれてその不安はあっという間にとけていきました。

本作のストーリーは、ともすると「文化規制が厳しいイラン」という背景設定で語られてしまいます。しかし、イランでは音楽を聞くチャンスが無いわけでは全くありません。イヤホン、カーステレオ、店内BGMなどあちこちで音楽が鳴っていますし、テヘランで私が行ったカフェではイギリスのPortisheadというバンドの曲が当然のように流れていました。衛星放送も入るので、音楽はもちろんのこと、海外のニュース・映画なども幅広く見ることができます。

ただ、表現をするとなると許可が必要になります。本作には牛小屋で練習するヘビーメタルバンドなども出てきますが、「文化規制が厳しいイラン」という簡潔な情報の後ろに、何千・何万人という人々が様々な思いで暮らしていることをしっかり示してくれます。

また、テヘランの光景に様々なジャンルの音楽が合わさるという、ふつうのイラン映画ではあまり見られないマッチングを楽しむことができます。ドキュメンタリーと見せかけて実はフィクションという、監督の表現手法にもぜひ注目してみてください。

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テヘラン

イランの北西部に位置する同国の首都。エルブルース山脈の麓に広がるこの街は、全人口の10%に当たる人々が生活する大都市です。近代的な建物やモスク、道路に溢れかえる車の数、バザールなどの人々の活気など満ち溢れたエネルギーを肌で感じることが出来る街です。

ソニータ

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イラン・アフガニスタン

ソニータ

 

Sonita

監督:ロクサラ・ガエム・マガミ
出演:ソニータ・アリダザー、ロクサラ・ガエム・マガミほか
日本公開:2017年

2017.10.4

「ツバメ」という名前を持つアフガン女性の生きる道

イランの首都・テヘランで難民生活を送る16歳のソニータは、タリバン支配下のアフガニスタンから逃れてきた。パスポートも滞在許可証もない状態で、ラッパーになることを夢見ながら、不法移民としてシェルターで心の傷を癒やすためのカウンセリングや将来のアドバイスを受けている。

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ある日、アフガニスタンに住む母親が、慣習に倣ってソニータを嫁がせようと話をしにやって来る。息子の持参金9000 ドルを払うための手段として自分を嫁がせようとしている母親の目論みに悲しみつつ、そのことをもラップにしてソニータは現実に抗おうとする。彼女が歌うことで人生を切り拓こうとする様子に、イラン人女性監督ロクサラ・ガエム・マガミ自身も心を動かされ始める・・・

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この映画は、私たちが日本人としてどのような「選択の自由」を持っているのかということを想起させてくれます。劇中、シェルターの先生とソニータの母が議論するシーンがあり、イランで結婚を決めるのは女性自身であると、先生はアフガニスタンの慣習を批判します。しかし、以前このコラムでもご紹介したイラン映画「私が女になった日」などで描かれている通り、イランにも婚姻に関して女性が自由な選択権を持つことに抗う慣習があります。

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「旅に出る」という選択ができることも大きな自由の一つです。ふつうの日本人であれば、旅先から家に戻ってきた時の安堵感や、旅の余韻にひたる瞬間があるでしょう。しかし、ソニータは不法移民という常に放浪している状態にあり、「旅に出る」という選択すらできなく、どこにいても心安らぐことはありません。

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ソニータは(おそらくアフガニスタンの公用語であるパシュトー語で)ツバメという意味だといいます。16歳でもう親鳥として巣にいるヒナたちにエサを与えることができる立場の彼女は、ラップという歌の力で人々に勇気を与えようと夢見ています。しかしその選択もまた、アフガニスタンとイランで女性による歌唱が禁じられているため認められません。

(c)Rokhsareh Ghaem Maghami
(c)Rokhsareh Ghaem Maghami

私たち日本人は実に多くの選択権を持っています。「結婚する / しない」「旅に出る / 出ない」「投票する / しない」・・・思い起こすことは様々ですが、人生における選択は与えられるだけでなく自分で作り出すことができるのだと、苦しい中でも笑顔で状況を切り開いていくソニータが私たちに教えてくれます。

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『ソニータ』は、10月21日(土)よりアップリンク渋谷にてロードショーほか全国順次公開。10月13日までクラウドファンディングを実施中。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

人生タクシー

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イラン

人生タクシー

 

Taxi

監督:ジャファル・パナヒ
出演:ジャファル・パナヒほか
日本公開:2017年

2017.4.12

巨匠が運転するタクシーの車載カメラが、イランの首都の輪郭を描き出す

2010年、「反体制的」な映画を制作したとして、政府から以降20年間の映画制作・脚本執筆・海外渡航・インタビュー対応を禁止されたジャファル・パナヒ監督。テヘランの町でタクシーを走らせていると、教師、泥棒、金魚を持った老人、映画マニア、映画監督志望の学生、監督の親戚・友人・旧友など個性豊かな人々が次々に乗ってきます。ダッシュボードに置かれたカメラに映し出されたものとは・・・・・・

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タクシーというのは実は多くの国で通じる、万国共通と言ってもよい言葉です。ためしに作中で話されるペルシャ語をはじめ、スワヒリ語・ウルドゥー語・ロシア語を調べてみましたが、やはりほぼ「タクシー」という発音でした(中国は少し違った「的士」という単語で、方言によって違いますが、近い広東語でも「ディクスィ」)。

普遍性があり、ランダムに行き先がきまり、その行き先は基本的に拒否することができない・・・運命にいくらか似通っているともいえるタクシーの特性をいかして、堂々と撮影できない状況を軽々とアドバンテージにしてしまうのは、世界中で愛される巨匠だからこそ成せる技でしょう。

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このコラムでもとりあげた監督の過去作『白い風船』はドキュメンタリーと見違えるようなフィクション作品でしたが、本作でもどこまでが実際の話でどこからが作り話なのかわからなくなるようなストーリーが展開されていきます。

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鑑賞後、「同じタクシーのシートに座っていた」という共通点だけで、もはやその場にはいない乗客たちがつながっているような感覚がして、町に点在しているパズルのピースがタクシー内で合わさるような爽快感を味わえました。自分が今まさに読んでいる本に書いてあることを、通りかかりの人が偶然話していたり、喫茶店で物思いにふけっていることについて店内の赤の他人が話していたり・・・そうした経験を私が鑑賞後思い出したのは偶然ではないはずです。

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また、異国でタクシーに乗ったことがある方は、その記憶を思い出させてくれるでしょう。料金が安かったり、高かったり、交渉ベースだったり、ちょろまかされたり。私も、北アフリカのある国で手品のように高額紙幣を小額紙幣にすりかえられ、あまりにその技が見事だったので諦めた苦い思い出を、一瞬映画の途中に思い出しました。

テヘランの町の雰囲気を体感してみたい方、ユニークなテヘラン市民に会ってみたい方にオススメの映画です。

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4月15日(土)より新宿武蔵野館他、ロードショー。その他詳細は公式HPをご確認ください。

ペルシャ歴史紀行

メソポタミア文明最高のジグラット“チョガザンビル”、ゾロアスター教の聖地ヤズドも訪問。

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テヘラン

イランの北西部に位置する同国の首都。エルブルース山脈の麓に広がるこの街は、全人口の10%に当たる人々が生活する大都市です。近代的な建物やモスク、道路に溢れかえる車の数、バザールなどの人々の活気など満ち溢れたエネルギーを肌で感じることが出来る街です。

ギャベ

イラン

ギャベ

 

GABBEH

監督: モフセン・マフマルバフ
出演: シャガイエグ・ジョタトほか
日本公開:2000年

2016.12.21

ペルシャ絨毯を広げて、不思議の世界へ
ある少女の切ない恋物語

イランのどこかにあるきれいな小川に、老夫婦が絨毯を洗いにやってきます。絨毯を広げると、その絨毯と入れ替わるように若い女性・ギャベが現われます。老婆が身の上を聞くと、ギャベは自分の恋物語を話し始めます・・・

ギャベとは、シラーズなどの都市があるイラン南西部の遊牧民によって織り続けられきた絨毯の呼称で、羊・ヤギ・らくだの毛などで織られています。色は遊牧民が暮らす土地の草木によって染められ、劇中でも「ドサッ」という音とともに開かれますが、非常に丈夫で分厚い絨毯です。

ギャベの特徴は、芸術的なモチーフとその色彩にあるといいます。監督のモフセン・マフマルバフも、美しい自然や日常からにじみ出た感情を、織り手が思うがままに織っていった数々の絵柄に心を打たれたといいます。遠くに見える景色や水などから色を手で掴み取るような実験的なカットが劇中にありますが、ギャベの伝統に対する監督の愛情と敬意が、映画全体から感じられます。

私は、イランではありませんが、インドの中でも特に染物・織物・刺繍で有名なグジャラート州に行ったことがあります。私は普段自分ではなかなかそういった製品は買わないのですが、旅を通じて織物や刺繍を生業としている人々が住む村や、人間国宝の刺繍職人の方に会うことができました。彼らの仕事に取り組む姿は私に人間が昔から行ってきた営みを連想させ、なぜか石器時代に洞窟壁画を描く人を見ているような気分になったことをよく覚えています。

「なぜ映画が必要なのか」という問いに対してもよく同様のことが言われますが、生きていくためには物のデザインや色彩よりも優先すべきことが多くあります。しかし、世代を越えて引き継がれてきた伝統というのは多くの人の心を豊かにしてくれるもので、グジャラートの刺繍は外から来た私にもその豊かさを分けてくれたのでしょう。

ギャベを織るのは遊牧民の女性のたしなみとされていて、母から娘へと受け継がれてきたそうです。少女の恋という映画によって語られる物語が、そうした伝統ある絨毯の色彩・モチーフと共鳴していく姿は必見です。

フィルムにおさめられたギャベの色鮮やかさを見たい方、イランのファンタジー映画を体験してみたい方にオススメの映画です。

イン・ディス・ワールド

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パキスタン・イラン・トルコ

イン・ディス・ワールド

 

In This World

監督: マイケル・ウィンターボトム
出演: ジャマール・ウディン・トラビ、エナヤトゥーラ・ジュマディンほか
日本公開:2003年

2016.11.30

ペシャワールからロンドンへ・・・
国境の壁を乗り越える若きアフガン孤児の意志

パキスタン北西辺境州の州都・ペシャワールの難民キャンプで育ったアフガン人の少年・ジャマールと従兄弟・エナヤットは、より良い未来を求めて陸路でロンドンを目指ことになります。エナヤットの父親が密入国業者の力を借りて息子を親戚のいるロンドンに向かわせようとして、ジャマールは英語が少し話せるためエナヤットに同行することになったのです。信頼してよいかどうかわからない密入国業者だけを頼りに、常に危険と隣り合わせの6400kmの旅路が始まります。

ドキュメンタリータッチで撮られたこの作品は、製作陣による綿密なリサーチをもとにしたフィクションです。多くの亡命者たちが通過するクエッタ・テヘラン・イスタンブールといった要所や実際の国境警備員たちが映っているので、まるでジャマールとエナヤットのカバンにこっそり潜んで旅を見守っているかのような、緊迫したリアリティ溢れるカットが次々と映し出されます。また、サルコジ元大統領によって閉鎖されたにサンガット(フランス北部の港街・カレー近郊)赤十字難民センターの貴重な映像もおさめられています。

映画の大部分を占めるジャマールたちの移動風景(ある時は家畜と、ある時は穀物と・・・)は苦難の旅路の様子ですが、ずっと頭の奥底に眠っていた旅の車窓を思い出してしまうのは私だけではないはずです。移動風景だけでなく、路地裏で遊ぶ子供達たちや街の雑踏の音など何気ない描写が幾重にも重なって、イギリスにたどり着くという一点の光を求めて旅をしているジャマールの複雑な心の中に案内してくれます。

この物語の最も美しい点の一つは、ジャマール少年が物語を語るのがうまいという設定にあると私は思います。物語がどんな内容なのかは見てからのお楽しみですが、なぜ歌が生まれたかという話や、壊れた時計に蚊の死骸が入っている話などを唐突に話し出します。一度私は日本にたどり着いた難民を支援している団体を取材したことがありますが、多くの難民たちが「自分にこんなことが起こる(難民になる)とは夢にも思わなかった」と口にするという話を聞きました。きっとジャマール少年は自分の身に起きたことを物語のように思える強い心の持ち主で、そのおかげで辛い旅路にも関わらずどこか美しい感覚を観客に味わわせてくれるのだと思います。

中東からヨーロッパへの遠い遠い道のり、少年の持つ純粋さ・力強さを体感したい方にオススメの映画です。

桜桃の味

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イラン

桜桃の味

 

طعم گيلاس

監督: アッバス・キアロスタミ
出演: ホマユーン・エルシャディほか
日本公開:1998年

2016.11.23

長く曲がりくねった道の終わりを求めて
イラン映画の歴史に残る一作

この作品は2016年に惜しくも亡くなったイランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督の代表作で、「ジグザグ三部作」と言われる『友だちのうちはどこ?』『そして人生はつづく』『オリーブの林をぬけて』を経てより洗練されたキアロスタミ監督の表現が力強くにじみ出ている作品です。

舞台はイランの首都・テヘラン郊外。荒涼とした道を、中年の男バディが車で走っています。彼は職を探している男を助手席に乗せてはジグザグ道を行き、遠くに町を見下ろす小高い丘の一本の木の前まで無理矢理に連れてゆき、ある仕事を依頼します。その仕事とは、翌日の朝に同じ場所に来て穴の中に横たわっている自分の名前を呼び、もし返事をすれば助け起こし無言ならば土をかけてくれというもので、つまり自殺の手助けをしてくれという依頼です。クルド人の若い兵士も、アフガン人の神学生も、この依頼を聞き入れません。自殺を手伝う人物を探し回るうちにバディはある老人と出会います。老人は嫌々ながらも、病気の子供のために彼の頼みを聞き入れた上で、自分のある経験をバディに語って聞かせます…

映画の内容ではなくこの作品に関する私自身の思い出ですが、この映画を初めて見たのはイギリスに留学している時で、イエメン人のハウスメイトと一緒に作品を鑑賞しました。荒涼としたジグザグ道を行くシーンでアラブ圏の人が話す英語独特の巻いたrの発音とともに”Jimbo, this is the real life of us. (「これが中東の日常だよ」というようなニュアンスかと思います)”と彼から言われたのをいまだによく覚えています。イエメンでも砂漠の中の荒涼としたジグザグ道を走ることは日常的によくあることなのでしょう。この映画に劇的な展開はほとんどなく、私の友人の言葉が示す通りただ現実の延長線上を走っているようなストーリーですが、巧みに計算された演出でキアロスタミ監督は静かに物語を操っていきます。

旅先でのふとした会話や出来事に人生を動かされたことがある方、イランの”real life”を見てみたい方にオススメの作品です。

白い風船

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イラン

白い風船

 

رنگ خدا‎

監督: ジャファール・パナヒ
出演:アイーダ・モハマッドカーニ、モフセン・カリフィほか
日本公開:1996年

2016.9.7

7歳のテヘランっ子がお金をなくすと、イラン社会に風が吹く?

イランの映画には子どもが主人公の名作が多いですが、この『白い風船』 は可愛らしい女の子の主人公(素人とは思えない堂々とした演技!)や、シンプルで見やすい展開のため記憶に残りやすい作品です。

イスラーム暦の年明けをあと数時間で迎えようとしているテヘランで、7歳の女の子・ラジェが新年のお祝いのためにお気に入りの金魚がどうしても買いたいと母親にねだります。なんとかお金をもらったものの、ラジェはそれを落としてしまったり、大人の都合に巻き込まれたりしてなかなか金魚が手に入りません…

一見単純なストーリーの中に、稼ぎに苦労している大人たち、お金がなくて田舎に帰れない兵隊、アフガン難民の少年などが特に説明もなくひょっこりと登場し、ラジェとの関わりの中で巧みに社会問題が描かれていきます。イランではイスラム革命後から文化イスラム指導省が映画上映の可否を判断する規則が設けられ、どんなテーマでも映画の中で描けるというわけではありません。

実際、ジャファール・パナヒ監督は映画を撮り続ける中で2010年に反政府活動をしたということで逮捕され、6年間の実刑とイラン国内における20年間の活動禁止を言い渡されました。その後『これは映画ではない』というなんとも矛盾したタイトルの映画を自らiPhoneで撮影した動画で作り上げました。新作はテヘランを走るタクシー(監督は現在タクシー運転手をしているそうです)の中だけで物語が展開する『タクシー』で、日本での公開が待たれています。

ジャファール・パナヒ監督や、先日惜しくも亡くなった巨匠アッバース・キアロスタミ(この作品では脚本を担当)は、この映画の中で子どもの住んでいる社会問題を溶け込ませるようにしてストーリーを展開させ、制限を逆手に取ってストーリーとは別に映画が何かをささやいているような謎めかしい雰囲気を生んでいます。タイトルの『白い風船』も、映画を見ているうちに忘れてしまいそうな形で登場しますが、一体そこにどのような意味がこめられているのか、いかようにも解釈ができる描き方にご注目ください。

イランの新年(お昼に年が明けます)の様子やテヘランの市井の人の暮らしぶりを見てみたいという方から、タイトルに隠された謎を解いてみたいという方にオススメの1本です。

ペルシャ歴史紀行

精緻を極めたタイル装飾に美しいレリーフ、数々の王朝の栄華を物語る都の跡。かつてのオリエント世界の中心として君臨したペルシャの歴史を辿る、イランの旅の決定版。

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テヘラン

イランの北西部に位置する同国の首都。エルブルース山脈の麓に広がるこの街は、全人口の10%に当たる人々が生活する大都市です。近代的な建物やモスク、道路に溢れかえる車の数、バザールなどの人々の活気など満ち溢れたエネルギーを肌で感じることが出来る街です。

私が女になった日

イラン

私が女になった日

 

THE DAY I BECAME A WOMAN

監督:マルズィエ・メシュキニ
出演:ファテメ・チェラゲ・アザル
日本公開:2002年

2016.3.9

イランの青い海、そして黒いチャドル

「カンダハール」などの作品で有名なイランの巨匠モフセン・マフマルバフ監督の妻であるマルズィエ・メシュキニ監督の作品。イスラーム社会の女性をテーマに、少女・女性・老女を主人公とした三つのエピソードで物語が構成されています。映画の舞台はペルシャ湾に浮かぶキシュ島という青い海と白い砂浜がとても綺麗な島です。この場所を映像でみるというだけでも、イランという国のイメージが一新されるような風景です。そうしたイスラームらしさがない風景の中で、自然現象や人々のセリフ・行動などを通じて、イラン社会に根付く伝統が示されます。第一部では、少女が9歳の誕生日を迎えて、チャドルをかぶらなければいけない瞬間が近づくのが日時計で表現されます。第二部は夫が自転車レースに参加している妻を追いかけてくる話で、夫は自転車を「悪魔の乗り物」と呼んでいます。第三部は、老婆が有り余った遺産を手にして、今までの人生の抑圧を解放するかのように現代的なショッピングモールで花嫁道具を買う話です。セリフも最小限で静かなタッチの映画ですが、終始映画で響いているキシュ島の波の音のように、「なぜ慣習に従わなければいけないのか」という思いが力強く映画から流れてきます。