秋のカラーシャの谷

数年ぶりにカラーシャ族の暮らす谷、ボンボレット村を訪問しました。10月の半ばは色づく木々、トウモロコシの収穫の光景、大変美しい季節です。

 

2019年10月16日にRoyal Couple、英国のウィリアム王子夫妻がカラーシャの谷を訪問し伝統舞踊を楽しむ姿がニュースやSNSに流れ、一般のパキスタン人の会話に「ロイヤルカップル」「カラーシャ」という言葉が溢れました。

 

カラーシャ族について カラーシャ族の宗教について

 

幹線道路から橋を渡り、アユンの村へ。昔と変わりません。細い路地、昔ながらのパキスタンの村の景色を残すアユンの村を通過します。そして、ボンボレット村とランブール村の分岐点へ。

 

ボンボレット村への未舗装の道も昔と変わりません。相変わらず2台の小型の車がすれ違える場所も限られた道です。

 

ボンボレット村に入ってくと、その変化にちょっと驚きました。カラーシャ族の民族衣装を着た女性たちと同じくらいの数のシャルワールカミースを着た女性たち。そして、ゲストハウスの数の多さ。伝統的な建物はどこにいったの?

パキスタン国内観光客の増加に伴い宿泊施設が不足し、この数年でゲストハウスが突然増えました。経営者の多くは谷の外部の人だといいます。建築スタイルがカラーシャの谷の雰囲気に合うようなゲストハウスだったらいいのに、と思いました。

 

トウモロコシ畑の間の道を歩き知人の家を訪ねました。カラーシャ族の子供たち。

 

カラーシャ族の女子の制服姿です。以前に比べ、スカーフをまとう女の子が増えていました。

 

一歩メインロードから入ると、カラーシャ族の美しい姿と出会うことができました。

 

トウモロコシ畑で収穫する両親のまわりで遊ぶ子供たち。

 

変化は誰にも止めることはできませんが、この美しい光景が、ずっと続くことを願います。

 

カラーシャの谷からの帰り、アユンの村を見渡す場所から望むティリチミール Tirich Mir。ヒンドゥークシュ最高峰ティリチミール 7,708m が夕日を浴びていました。

 

Photo & Text : Mariko SAWADA

Visit : Oct 2019, Bomboret Village, Kalash Valley, Khyber Pakhtunkhwa

カテゴリ:カラーシャの谷 > ■カイバル・パクトゥンクワ州 > ティリチミール
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秘境カラーシャの⾕ 「カラーシャ族はどこから来た︖」

2020

パキスタンは多⺠族国家。“多⺠族”のなかでも異⾊な存在のカラーシャ族。“パキスタン・イスラム共 和国“において、このパキスタンだけに暮らす、イスラムはなく独⾃の神を信仰する⺠族なのです。

 

1970年代にはイスラムへの改宗が推奨され⺠族の存亡が危ぶまれましたが、その後の政府によるカラーシャ族の保護もあり、過去20年ほどの間にカラーシャ族の⼈⼝は⼤幅に増加。カラーシャとしてのアイデンティティーを強く持ち、イスラムへの改宗が⾮常に少なくなったことと、⺟親たちがカラーシャの⼈⼝を増やすために7〜8⼈の⼦供を⽣むことが理由にあげられます。古いガイドブックや案内書では⼈⼝3000⼈と記載されていますが、ここ数年訪れている間、3つの⾕(ボンボレット、ランブール、ビリール)をあわせて4000⼈はいるのではないか、と聞かされます。

 

「カラーシャ族はどこから来た︖」

これには3つの説があります。ひとつは、その⽩い肌・⻘い瞳ゆえに、紀元前4世紀のアレキサンダー⼤王の軍隊の末裔であるという説。アレキサンダー⼤王の軍隊がこの付近を通過したと⾔う事以外、何の⽴証もありませんがギリシャからの観光客も多く、NGOもこの⾕で活動しています。
もうひとつ はカラーシャの伝説・叙事詩に現れる“Tsiyam”という南アジアの⼟地からアフガニスタンへ移動してきたというもの。
そしてもうひとつは通説で、彼らの祖先が紀元前2世紀ごろア フガニスタンから現在のチトラールを中⼼とする地⽅に移動し、10世紀頃にはチトラール含む地域を中⼼に勢⼒を広め、12〜14世紀には有⼒な王を持ち栄えました。が、その後周辺でのイスラムへの改宗が進み現在の3つの⾕だけに残されるようになったといわれています。

 

現在のカラーシャ族はハイバル・パフトゥーンホア州 Khyber-Paskhtunhwa チトラール県のアフガニスタン国境の⾕、ボンボレット、ランブール、ビリールの3 つの⾕に暮らしています。

 

⾔語的にはインド・ヨーロッパ諸語のインド・イラン語派、ダルド語系カラーシャ語を話すグループ。かつては国境をはさんだアフガニスタン側にも同じカラーシャ族が暮らす「カフィリスタン」がありましたが、1896年にイスラムへの改宗が徹底され「ヌリスタン【光の国、イスラムの光の国】」へと変わったことから、パキスタンのカラーシャ族だけが唯⼀の存在となったのです。
神秘に満ちた伝説、⻘い⽬、あまりに美しい⼥性の⺠族⾐装姿。

きっと虜になるはずです。

 

Photo & Text :  Mariko SAWADA

※このブログの記事は2011年2月に西遊旅行のブログサイト「サラーム・パキスタン」に投稿したものをリメイクしたものです。写真は2006年から2014年の間の訪問時に撮影したものです。

カテゴリ:カラーシャの谷 > ■カイバル・パクトゥンクワ州
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