タグ別アーカイブ: ノルウェー

ただ、愛を選ぶこと

(C)A5 Film AS 2024

ノルウェー

ただ、愛を選ぶこと

 

監督:シルエ・エベンスモ・ヤコブセン
出演:ペイン家の人々
日本公開:2025年

2025.4.30

ノルウェーの自然の中で生きる一家の暮らしが映画になった、奇跡的な経緯

お金で買うことのできない豊かさと自由を求め、美しい北欧の森で自給自足の暮らしを送るペイン家。子どもたちは学校へ通わずに両親から学び、自然の恵みを浴びながら成長してきた。

しかし、家族の中心だった母マリアが病死したことで、すべてが一変してしまう。父と血のつながりのない長女は家を出ていき、父は実子3人とこれまで通りの暮らしを続けようとするが、家計や教育などさまざまな問題に直面していく。

時折僕は映画や芸術作品を審査する側にまわることがあるのですが、回数を重ねてからより強く審査時に意識するようになったのは「なぜ制作者はこの作品をつくろうと思ったのか」という点です。いわゆる企画意図というものです。

企画意図は必ずしも明瞭であればいいというものではありません。ときには「なぜこんな不思議な映画がこの世に存在することになったんだろう、わからない」という気持ちが、作品の世界に引き込んでくれることもあります。この作品はそういうタイプの映画です。奇跡的なめぐり合わせが制作背景にあります。

もともとこの作品は監督が、マリアさんを含む家族の暮らしぶりを撮ろうとしたところから始まりました。自然の中の暮らしを綴ったマリアさんのブログ「wild+free」は人気で、監督も読者の1人だったそうです。しかしその時には企画は実現しませんでした。

次に一家と連絡をとった時、マリアさんは癌を発症。そしてマリさんの死後、夫のニックさんに連絡を取って映画作りを受け入れてもらったのだといいます。この「どうしても撮りたい」という熱意の結果、カメラに映った光景というのは、きわめて日常的な風景の連続です。

なにかスペクタクルなことがなくても、伏線回収のようなことをしなくても、日常の中にストーリー・旅があふれているということが感じられます。でも、それらのあまりにも日常的すぎて、ふつうに考えるとカメラを回すようなタイミングではないような光景が本作の多くを占めています。

撮影は3年間おこなわれていますが、その経過時間もあまり感じられません。でももちろん子どもたちはぐんぐん大きくなっています。そういった要員で、とても不思議な雰囲気が終始たちこめています。

父と4人の子どもたちの後を、思い出を拾い集めながらゆっくり追っていくような『ただ、愛を選ぶこと』は、4月25日(金)よりシネスイッチ銀座で上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。

ヒューマン・ポジション

(C)Vesterhavet 2022

ノルウェー

ヒューマン・ポジション

 

監督:アンダース・エンブレム
出演:アマリエ・イプセン・ジェンセン、マリア・アグマロほか
日本公開:2024年

2024.8.7

道具に使われやすい世の中で、道具から生気を得る―北欧のある夏の回復録

ノルウェーの港町・オーレスンで新聞社に勤める若き女性・アスタは、地元のホッケーチームやアールヌーボー建築を保存するための小さなデモ、クルーズ船の景気など、地元に関するニュースを取材して記事にしている。

プライベートではデザインチェアや音楽に興味があるガールフレンドのライヴと料理を作ったり、古い映画を観たり、 ボードゲー ムをしたりして穏やかな時間を過ごしている。

そんなある日アスタは、ノルウェーに10年間住み働いていた難民が強制送還されたという記事を目にする。その事件を調べていくについれてアスタは不思議と、病気だった自分が回復の道をたしかに歩んでいることを自覚していく・・・

スマートフォンやその中のアプリケーション、そしてAIなど、現代社会では道具(ツール)であるはずのものに逆に人間が振り回されてしまうことが少なくありません。

自分で決定していると思っていても、道具に決められてしまっている。「自分らしさ」を突き詰めても、敷かれたレールの上を歩いている感覚が拭えない。そんな現代的病理がノルウェーという北の果ての国に過ごす人々にも蔓延していることが、お腹に手術痕がある回復途上の主人公の様子から感じ取れます。

しかし、道具も捨てたものではありません。万年筆のように、道具というのは使う内に「癖(痕跡)」がつき、だんだんとそこから「馴染み」が生まれてきます。

家という空間に道具的性質が見出され、「ただの箱」ではなくなったとき、住人はそこから癒やしや生気を受け取ることができるようになる。日本でも人気の高い北欧家具の力も借りながら、アスタが一歩一歩回復の道を歩んでいく様子を、家の中でも屋外でも変わらぬ調子でカメラは静かに見守ります。

本作では、あまりあちこちをカメラは旅しません。限られた行動範囲の中で、ほんの少しカメラの置き場所や人物の立ち位置・仕草・表情を変えるだけで、町や家や空間の見え方がこんなにもガラッと変わるのかという形で「映画的旅」を演出してくれます。

ノルウェー・オーレスンを必ず旅してみたくなる『ヒューマン・ポジション』は、9月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。