草原の実験

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ロシア・カザフスタン

草原の実験

 

Ispytanie

監督: アレクサンドル・コット
出演: エレーナ・アン、ダニーラ・ラッソマーヒンほか
日本公開:2015年

2017.1.4

カザフスタンで繰り返し行われた核実験に着想を得た、神の眼差しを持つ映画

大草原に建つある小さな家。そこでは少女とその父親が慎ましく暮らしていて、幼馴染の少年は少女に想いを寄せています。しかし、何事もない平和な日常に突如暗い影が差してきます。

終始セリフなしで、1シーン1シーンが映像と音のバトンを受け渡していくようなこの映画は、絵画のように緻密に構成されたシーンが連なっていきます。

たとえば、広野をトラックが等距離に並んで隊列を組み走行していくのを、少女が双眼鏡で覗いているという短いシーンがあります。そうした光景をご覧になった経験がある方もいらっしゃるかもしれませんが、トラックは軍用トラックで、時には何十台ものトラックがどこかへ向けて走っていく姿を見る機会があります。私はインドやパキスタンに添乗業務で行った時にこうした光景に遭遇し、早く目的地に着きたいのに足止めを食ったということが度々ありましたが、トラックの行く先では一体何が行われているのだろうと見るたびに疑問に思っていました。短いシーンですが、トラックがロボットのように冷たく砂ぼこりをたてて走っていく様子は、美しいシーンの間でとても印象的に機能しています。

この映画のストーリーの背景には、カザフスタンで過去に何度となく行われた核実験という事実がありますが、こうした映画ならではの表現が重なり合って、静かな映画にも関わらず力強いメッセージが発されています。

また、映画のメッセージとは別のところで私が思い出したのは、旅をしている最中の沈黙についてです。特に、一人旅をしていると、一日も話さない日というのが少なからずあります。沈黙と会話の間を行き来するのが一人旅の本質であるといっても過言ではないかもしれませんが、そうした旅の最中にはいつの間にか体に残っていた痕や手相など、普段目がいかないことに唐突に考えが及ぶものです。思考を持っているのは人間だけではなく人間の創作物である映画にもいえることで、この映画はまるで神が孤独に旅をしていて世界の出来事に心を動かされているような瞬間があります。特徴的なのは急に何かに気づくような、神さながらの冷徹な視点の中にもなにか意志を感じる瞬間です。美しさを見守ると同時に愚かさをも傍観しているその視線から、愚かさは人間自身が考えて改めるしかないという強いメッセージを私は感じました。

絵画のようなシーンを眺めてみたい方、頭のスイッチをいつもと切り替えてみたい方にオススメの映画です。