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パキスタンみどころガイド

ハラッパ

Harappa

ラヴィ川南岸に位置するインダス文明の都市跡。ハラッパ遺跡は東の城塞区と西の市街地からなり、最盛期には2万人の人々が暮らしていました。 ハラッパ南西に栄えた同インダス文明モヘンジョ・ダロと同時代のものといわれています。 ハラッパは「本当に原っぱです」と現地ガイドにたとえられてしまうこともしばしばですが、住居跡や工場跡はまだ残っています。現在も遺跡の発掘作業は続いていますが、全体的な遺跡の復元は難しいといわれています。ラヴィ川の氾濫や19世紀にラホール/カラチ間の鉄道建設が行われた際、この遺跡のレンガが大量に線路の敷石に使用されたことなどが遺跡の破壊を進めました。

ハラッパ遺跡 / Harappa

紀元前2世紀、バクトリア(アフガニスタン北部)のギリシャ人が侵入し建設した都市。その後、サカ、パルティア、クシャーン朝時代に栄えました。町はギリシャの都市計画に基づいて建設され碁盤の目のような街づくりになっています。タキシラ博物館のすぐそばにある遺跡です。 現在シルカップは、紀元前4世紀ギリシャ以前の都市からクシャン朝まで7層の都市跡が発掘されており、地上に現れている層は、上から2層目のパルティア時代のものが主となっています。 メイン・ストリートの両側には仏教寺院、ジャイナ教寺院、商店等の家屋、日時計等の跡が残っています。 外敵の進入を防ぐため、街の入り口はわざとメイン・ストリートからずらした位置に造られました。

居住区跡
遺跡公園外にも、道路沿いに未発掘のマウンドが点在
城塞区の壁のトレンチ
城塞区の壁のトレンチ(試掘)。 排水システム跡も見つかっています。
マウンドAB
1996年から発掘が開始されたエリア。 遺跡は7mの層になっており、最下部は紀元前3500~3300年に遡ると考えられています。
労働者エリア
労働者エリアの作業台の跡。作業台の中央に木製の臼を置いて使ったと考えられています。
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