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『王塚古墳』は六世紀前半に造られたと考えられ、全長約86m、後円部径約56m、前方部幅約60m、後円部高約9.5mにおよぶ、遠賀川流域では最大の前方後方墳です。方形の部分が小さい「帆立貝型」と言われる前方後円墳で、昭和9年に発見されました。

太平洋戦争後、古墳保護よりも石炭採掘を優先させる風潮の中、多くの人々によって王塚古墳は守られ、昭和27年に国の特別史跡に指定された九州の装飾古墳を代表する古墳となっています。

【帆立貝の王塚古墳】

古墳内の石室は2室に分かれており、巨石を使用した腰石や石棚の他、阿蘇泥溶岩で造られた二体分の石屋形(棺床)や燈明台石・石枕が配置されています。

この石室内は、赤・黄・白・黒・緑・灰の6色という、日本で最多の色を使用した文様が所狭しと描かれています。

古墳に隣接する王塚装飾古墳館内には、石室のサイズはおろか使用されている石の大きさ、形まで全く同じく再現し、描かれている装飾壁画も全く同じレプリカが展示されています。石室内に描かれた文様は、大きな馬や武具をはじめとする絵画的な文様の他、円文・三角文などの抽象的なものなど多くの文様が描かれています。

【石室そのもののレプリカがある王塚装飾古墳館】

 

【騎馬像】
石室内には、黒馬と赤馬の合計五頭の馬が描かれています。人間と比べると体格が大きく描かれているのが特徴です。馬の体には手綱や鞍など様々な馬具も見られるほか、手綱に飾金具が描かれるなど細かいところまで表現されています。また、馬具そのものも古墳から出土しており、国の重要文化財に指定されています。

 

【鞍や手綱まで描かれた馬の壁画】

 

【同心円文】
前室と灯明台石に描かれていますが、約10センチ程度の小型のものです。

【三角文】

石室内に一番多く描かれている文様です。特に石屋形の周辺には集中して描かれています。

【左右に石屋形(棺床)と燈明台石・石枕が置かれた石棚。ここの回りには、同心円文、三角文が集中しています】

 

【双脚輪状文】
意味については様々な説があります。貴人にかざす巨大な団扇のような「さしば」という説の他、魔除けの役割を果たす南海産のスイジガイとも言われています。事実、今でも沖縄や鹿児島の離島の家の軒先には、魔除けのためにスイジガイが吊るされています。

【緑、白、黒を使って描かれた双脚輪状文】

 

【下甑島のスイジ貝】

 

 

【与論島のスイジガイ】

 

【こちらは八女古墳群の一つ弘化谷古墳の双脚輪状文のレプリカ】

 

【わらび手文】

一種のまじないの図文と考えられます。わらび手文をもつ古墳は「王塚古墳」ほか、計7基のみしかありません。

 

【まじないの一種のわらび手文】

【靫(ゆぎ)】
矢を入れて背負う「矢筒」で、上部には弓が描かれています。一番下の写真は、テヘラン考古博物館に展示されているアケメネス朝の不死隊の兵士の像で、古今東西、兵士は矢を背負っていたことがわかります。石室内には靫の他、太刀、盾などの武具も描かれています。武具もまた、悪いものから守る魔除けの意味として多くの装飾古墳内に描かれています。

【重々しい姿で描かれた靫】

 

【こちらは茨城県の虎塚古墳内の靫や太刀などの武具の壁画】

 

【こちらは五郎山古墳の靫や弓の壁画】

 

【靫を背負ったアケメネス朝の不死隊の兵士】

次回は五郎山古墳をご紹介します。

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