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添乗員ツアーレポート  南アジア

スリランカ5つの世界遺産と高原列車で行く中央高地<後編>

  • スリランカ

2020.07.02 update

前編に続き、後編では、ツアーで訪れる4つの世界文化遺産をご紹介します。

 

■シギリヤロック
 
スリランカで最も有名な観光スポット、世界遺産シギリヤロック。ジャングルのなかに忽然と姿を現すシギリヤロックは、地上200メートルの高さを誇る巨大な一枚岩です。この岩山の上にあるのがかつての王宮跡で、築いたのはシンハラ王国の王子であったカッサパ。カッサパは477年にクーデターを起こし、王だった実父を殺害し王権を奪取しました。しかし、平民出身の母親を持つカッサパ王は、王族出身の母を持つ弟モッガラーナに王位を奪還されることを恐れ、首都であったアヌラーダプラを離れ、より安全なシギリヤへと遷都しました。弟による報復を恐れた彼は、逃げるようにして巨岩の上に宮殿を築いたのです。シギリヤロックの頂上には、現在も貯水池などの宮殿の遺構が残っています。360度を見渡せる巨岩の上から眺める密林の風景は壮観。天空の城にいるような気分が味わえます。途中の岩壁に残る神秘的な美女のフレスコ画、「シギリヤレディ」も見逃せません。

古代都市シギリヤ。頂上までは約40分です

謎の多い美人壁画


 

シギリヤロックに描かれた女性たちは天女アプサラではないかと言われていますが、未だ正体はわかっていません。現在残っているのは18名だけですが、かつては500人もの女性が描かれていたといわれています。
※写真は博物館で 撮影したレプリカです。 現在 シギリヤレディは写真撮影が禁止されています。
 
 

■ダンブラ石窟寺院
 
スリランカの仏教遺跡の中には、屋外ではなく洞窟を利用して造られたものがあります。その一つが世界遺産・ダンブラの石窟寺院。スリランカで最も大きい石窟寺院で、全部で80以上の石窟があるのですが、解放されているのは第1~5窟のみ。5つの窟では、大小の仏像と無数の壁画が見られます。紀元前3世紀ころより僧院として機能していましたが、紀元前1世紀、タミル人の侵攻によりアヌラーダプラから逃れてきた王がここに隠れていました。15年後に首都奪還したのちに、王はその感謝を忘れず寺院を保護するようになり、多くの寺院が建設されました。第1窟から順番に見学します。

 

第1窟:デーワ・ラージャ・ヴィハーラ

 
紀元前1 世紀に最初に造られたのがこの石窟 。「神々の王の寺院」といわれる デーワ・ラージャ・ヴィハーラには寺院最大の仏像があります。その大きさは全長15mの涅槃像です。全身を黄金色に染められているのに足の裏だけが真っ赤なのが特徴です。

 

第2窟:マハー・ラージャ・ヴィハーラ

 
こちらは石窟寺院のメイン、 マハー・ラージャ・ヴィハーラです。 「偉大な王の寺」を意味し、 ここでいう偉大な王とはワラガム・バーフ王のことを指します。洞内には彼の像の他、56 体もの仏像が安置されています。その他、壁や天井一面に描かれた壁画も見ものです。洞内奥の中央部には壺が置かれており、天井から湧き出る水が滴り落ちています。この聖水は高僧によって宗教行事に使われます。

 

第3窟:マハー・アルト・ヴィハーラ

 
マハー・アルト・ヴィハーラ「大きな新しい寺院」と言われており、18 世紀にキャンディ朝の キルティ・スリ・ラジャシンハラ王によって造られ、 全長9mの寝仏をはじめとする合計57m体の仏像で埋め尽くされています。

 

第4窟:パッツィーマ・ヴィハーラ
 
パッツィーマ・ヴィハーラは「西の寺院」と言われ、 規模は小さいですが入ると目の前に座禅を組んだ仏像が鎮座し、天井は色鮮やかな仏画で埋め尽くされています。

 
 

第5窟:デワナ・アルト・ヴィハーラ

 
こちらは、いったい誰が作ったのか今もはっきりしていません。 1915年に修復されており壁画はかなりきれいです。

 
 

■仏歯寺
 
キャンディ中心地に位置する、スリランカを代表する仏教寺院です。4世紀にスリランカに入ってきた仏歯が、当時の王都アヌラーダプラの礼拝堂に祀られていました。その後、12世紀に王都がポロンナルワに移り、それとあわせて仏歯も移されます。この頃には、仏歯の神秘的な力によって恵みの雨がもたらされ発展する、という信仰と、仏歯を持つ者がシンハラ王国の王位継承者であるという考えが広まります。そのため仏歯は王都が動くたびに移動し、159年、最後にキャンディの仏歯寺へとわたっていきました。

八角形のシンハラ建築「八角堂」

入り口でセキュリティチェックを受けて敷地内へ入ると、仏歯寺の紹介としてよくガイドブックなどで見かける「八角堂」が見えます。真っ白な八角形をしたシンハラ建築の建物で、もともとは王の休憩所として建てられました。イギリスに支配されていた時期には留置所にされてしまいましたが、今では図書室となっています。

本堂の脇で靴と帽子を脱ぎ中へ入ると、アーチ型をした天井に壁画が描かれた通路に出ます。天井には「ペラヘラ祭」の様子が描かれていました。ペラヘラ祭とは、仏舎利を乗せた象が街の中を練り歩く祭事で、よく「象の祭り」と紹介されることがありますが、本来は「行列の祭り」という意味です。

 
壁画の通路から先へ行くと、象が通り抜けられるだけの高さがある色鮮やかな回廊があり、その向こうに、仏歯寺の中で一番古いお堂があります。お堂は二階建てになっていて、一階に象牙が飾られた祭壇があり、二階に仏歯が祀られています。お堂の壁や梁には素晴らしい彫刻や絵があります。仏歯が祀られている二階への階段を上がっていくと、途中の踊り場に、仏塔や仏舎利を入れる入れ物、インドから仏歯が持ってこられたときの様子を描いた彫刻などが展示されていました。二階へ上がると一際立派な祭壇があり、たくさんの人が参拝をしています。ここに仏歯がおさめられていて、一日3回のプージャ(お祈り)の時に扉が開かれ、仏歯が入った金色の入れ物を見ることができます。

献花台の向こうに聖なる仏歯が祀られています

仏歯安置のお堂の奥の部屋には、仏歯がスリランカにもたらされた歴史を描いた絵画や各国から寄贈された仏像が安置されていました。

 

■ゴール旧市街
 
古くから港町として栄え、ペルシア、アラブ、ギリシア、ローマやマレー、中国など多くの地域から商人が訪れていました。1505 年にポルトガル人が築いた最初の砦を、後に支配したオランダ人が拡張して街を形成。1796年、イギリス植民地となり支配拠点として城塞都市へと発展していきました。周囲を取り囲む城塞はアジア最長で、時計台、白いモスク、石畳の小道、コロニアル調の邸宅など、旧市街地に今も植民地時代の異国情緒が残り、450 年間の植民地統治時代を今に伝える貴重な街として、世界遺産に登録されています。ツアーの最後にスリランカの植民地の歴史を今に語り継ぐ城砦都市ゴールを訪れました。

美しいインド洋に臨む白亜の灯台

美しいインド洋に臨む白亜の灯台

新旧の街を結ぶ門は二つしかなく、交通量も多く行き交う人々を眺めると、かつての城砦都市が今もなお生き続けていることを実感します。

城砦の旧門にはオランダ東インド会社の紋章「VOC」がきれいに残っています。

ダッカ教会。もともとは墓場でしたが1775年に教会となりました。

インド洋からの風が気持ちいい遊歩道

手つかずの美しい自然が残されているスリランカ、そこには自然と人々がありのままに共存しています。人も穏やかで、気候も人を優しくさせるような湿度と気温。本当に人の気持ちを癒す島だと思います。他にもサファリやホエールウォッチング、アーユルヴェーダや天然石などスリランカが誇る魅力はいっぱいです。

ぜひ一度スリランカへご旅行ください。

 

 

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