東京干潟/蟹の惑星

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日本

東京干潟/蟹の惑星

 

監督:村上浩康
公開:2019年

2021.7.13

満ち引きする小宇宙ー多摩川河口の干潟という秘境から望む、大都会・東京の眺望

しばらく海外の作品紹介が続きましたが、ふたたび邦画の紹介に戻ります。今回は多摩川河口という極めて限定された範囲を深く掘り下げた、同一監督による2作品です。

『東京干潟』
多摩川の河口で暮らす80代のホームレスの老人は、捨てられた十数匹の猫を殺処分から救うために日々世話をしながら、干潟を臨む小屋で10年以上生活している。生計の柱はシジミだが、近年は乱獲や環境変化によってシジミの数が減少してきているという。変わりゆく東京の姿を、老人は複雑な思いで干潟から日々眺めている。

『蟹の惑星』
多摩川河口の干潟で、15年にわたって独自にカニの観察を続けている吉田さんは、定年退職後にカニというライフテーマを自らの人生に添えた。干潟には狭い範囲に様々な種類のカニが生息しており、吉田さんはカニの生態記録に余念がない。その研究成果からは激変する東京にも適応ししっかりと生き残っているカニたちの、生命の神秘が明らかになる。

コロナ禍という状況がなければ、「旅」や「秘境旅行」というのは、多くの場合「遠くに行くこと」と関連深いと思います。ひとたび移動が制限されると、「近くて遠い旅」が注目されるようになりました。すぐ近くにあるけれども今まで自分が目を向けてこなかった、いわば「身近にある秘境」を旅することです。

『東京干潟』と『蟹の惑星』はまさにその「身近にある秘境」に一歩一歩深く踏み入っていく体験ができるドキュメンタリー映画です。そして、多摩川の河口で日々考えを巡らせながら探求者・探索者として生きる被写体は、西遊旅行のお客さまを想起させました(リピーターの皆様はきっと主人公たちに感情移入できるはずです)。

2020年にアカデミー賞・作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』でポン・ジュノ監督は格差社会に関する様々なシンボルを作中に点在させていましたが、本2作はそれとは全く違う形で、日本社会の現状をシンボルとして表現しています。最も強いシンボルは「干潟」「河口」です。

東京オリンピックに向けて干潟には橋がかかり、沿岸には高層ホテルが建てられていく。しかし、河口に現れては消える干潟に立ってみると、格差社会・環境破壊・高齢化問題・ペット遺棄など、現代日本が抱えるさまざまな問題が見えてくる。私は東京で生まれ育ち多摩川を毎日渡って10代の多くの時間を過ごしましたが、このように東京を眺めることができる場所があることは完全に盲点でした。知られざる多摩川河口のルポルタージュであるだけでなく、「身近にある秘境」を探そうという意志(既に見つけられている方は もっと掘り下げようと思わせてくれる力)を観客に与えてくれる一作です。