パプーシャの黒い瞳

poster2(C)ARGOMEDIA Sp. z o.o. TVP S.A. CANAL+ Studio Filmowe KADR 2013

ポーランド

パプーシャの黒い瞳

 

Papusza

監督:ヨアンナ・コス=クラウゼ、クシシュトフ・クラウゼ
出演:ヨビタ・ブドニクほか
日本公開:2015年

2019.1.9

想像力と共に放浪して生きる、ジプシー女性詩人の人生

1910年。ポーランドの小さな町で、ひとりのロマ(ジプシー)女性が出産する。人形が好きな、まだ若い母親は赤ん坊に「人形(パプーシャ)」と名付ける。

少女となったパプーシャは、ある日、泥棒が隠した盗品を偶然見つける。そこには、文字が印刷されている。文字はガジョ(よそ者)の呪文で穢れているとロマたちは忌み嫌ったが、パプーシャは文字に惹かれ、町の白人に読み書きを教えて欲しいと頼み、文字を覚える。

1949年。詩人のイェジ・フィツォフスキが、パプーシャたちの楽器の修理人によって連れて来られる。秘密警察に追われていて、パプーシャたちのもとに匿ってほしいというのだ。やがて、フィツォフスキとの出会いによって、パプーシャは一躍「ジプシー詩人」として大きな注目を集めることになる・・・

文字が不浄だという文化を初めて知った時、私は非常に驚きました。私がそれを知ったのは、古代インドの思想を学んだ時です。古代インドの聖典・ヴェーダは、現在では文書となっていますが、教えが説かれ始めた紀元前当初は文字が不浄とされていたため、口承伝統のみが許されていました。

情報・文字に溢れる世界を生きる現代人にとって「書かない」「言わない」ということは、憧れを感じさせる面もあるのではないでしょうか。私が住んでいる福岡県に宗像大社という神社があり、境内の域内とされている女人禁制の孤島・沖ノ島での出来事は、人に言ってはいけないというルールがあります。そして、その経験自体が「お言わず様」という形で呼ばれ、神聖であるとみなされています。

映画や旅の感想も、インターネット上に写真や文章という形ですぐにアップロードできるようになりました。便利な面ももちろんありますが、例えば映画に関しては、アメリカのRotten Tomatoesという映画レビューサイトの良し悪しが観客の動員に強く影響してしまう(観客が映画を鑑賞する前に、映画の評価がされてしまっている)ことが問題となっています。

本作はブロニスワヴァ・ヴァイスという実在の人物に基づいたストーリーですが、文字を禁忌するロマの文化、部族とよそ者という構図は、文字や情報に溢れる現代人に対する「わからないこと」の大切さを示す比喩表現だと私は感じました。言葉にしてしまうと何か失われてしまうものがある。2, 3年後、10年後、さらにもっと時間が経ってからふと分かることもある。そういった感覚の大切さを、本作は観客に教えてくれます。モノクロームの映像美、放浪して生きるロマの雰囲気や音楽も味わえる美しい一作です。