
カラーシャのチョウモス祭レポートです。
「クタムル」の儀式の翌日は「マンダイク」の儀式が行われます。
この日は早朝4時ごろ、村人の声で目が覚めました。「チッチッチ」。前日の夜に「クタムル」の儀式で描いたり作ったりしたシャラビラ(マーコールや雄ヤギ)を伝説の地デズィラワットへ追い立てる声でした。
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マンダイク 先祖の魂を迎える儀式
「到着する」ことは「ik(イク)」、「墓地」は「Mandaw’ jaw(マンダウジャウ)」と呼ばれます。Mandaik(マンダイク)、Madahik(マダイク) とは、直訳すると「墓地から到着すること」を意味します。この日は亡くなった先祖を追悼し、は生者と死者を一つに結びつけます日となります。
人々は、朝からこの1年に家族が亡くなった家を訪ねます。
各家では神殿での儀式のために2種類のパン作りが行われ、お供えものになる果物なども用意されます。
夕暮れ時、人々はジェスタクハン神殿に集まり始めます。神殿の外に死者への食べ物が入った籠が並べられます。神殿の入り口にはチルゴザマツをスティック状にして組み立てたチリコティク(Chilikotik)と呼ばれる小さな塔のようなものが作られます。
村の人々はどんどん神殿へ集まってきます。そしてこのチリコティクが完成すると、人々は小さな枝をもって全員が神殿の中に入ります。チリコティクに火がつけられると神殿の扉が閉められ、チリコティクが燃え尽きるまでの時間、人々は神殿の中で火を灯して待ちます。
資料によると、この時、村の長老か司祭(カズィ)が、亡くなった魂に向かって大声で呼びかけると言います。「おお、先祖の方々よ。来て、食べて、飲んで、そしてお帰りください。」チリコティクが燃えている間に先祖の魂が神殿の外に到着し、供え物を食べて満足して去っていくと信じられています。その間村人は枝に火を灯して神殿の中で待ちます。
やがて神殿の扉が開かれます。外へ出るとチリコティクは燃え尽きて灰になっています。村人はお供え物を分配し、それぞれ帰路につきます。
また、この日は「魂」がうろうろしていると信じてみんな怖り、本来大きな声でしゃべったりはしない日なのだそうです。

お供え物のフルーツを持ち、今年家族が亡くなった家を回るカラーシャの女性たち。

訪問する人々が到着、家の人が感謝を伝えています。

家は集まった人々で大変賑やかでした。見学に来た私たちにもフルーツやショーシュというクルミの練り物が振舞われました。

村では昨日のクタムルで作ったシャラビラで遊ぶ子供の姿。もうシャラビラの魂はデズィラワットへと出て行ったので、あとは牛の餌にしたりするそうです。
午後、村人はマンダイクの供物となるパン作りを始めました。パンには神殿で村人に配るためのものと、死者の魂のためのものがあり、 塩の入ったパン=マンダイクタトゥーリ を3つ、 塩の入っていないパン=ビリーリを3つ、合計6つのパンを作ります。



3時ごろ神殿に行くと、まだあまり人は集まっておらず、子供たちが遊んでいました。

間もなくチリコティク Chilikotik 作りが始まりました。

神殿にはバスケットにフルーツやパンなどの供物を入れた女性達が集まってきました。

お供えは死者の好きだったものが揃えられます。かぼちゃは死者が好む「天国の食べ物」と考えられています。

神殿の中では、分配される食料が集められていました。



外ではいよいよチリコティクが完成です。
そして、全員、手に火をともす枝を持って神殿の中へ入ります。

祭壇に近い囲炉裏で火がたかれ、ここから皆に火が広がっていきます。私の持っている枝にも火が付きました。




神殿のドアが開きました。チリコティクが燃え終わったということです。みな一斉に外へ。

人々は食べ物の分配にみんな夢中になっていましたが、暗くなるころには神殿は静かになりました。
明日はいよいよ、女性の清めの日、シシャオ・アドゥShishao Aduです。
Text & Photo : Mariko SAWADA
Visit: Dec 2025, Kalash Valley – Khyber Pakhtunkhwa
※情報は現地での聞き取りによるものです。資料により儀式の表記や説明が異なる場合があります、予めご理解ください。
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