秘境ツアーのパイオニア 西遊旅行 / SINCE 1973

添乗員ツアーレポート  南アジア

グジャラート・カッチ地方の手仕事をたずねて

  • インド

2012.05.01 update

染め・織り・刺繍 伝統の技が息づくテキスタイルファン憧れの地へ

右:軒下でおしゃべりをしながら刺繍をする少女たち。母から娘へとその技術が伝えられていきます。 左:精緻なミラー刺繍が特徴のムトワ刺繍。この地方の棘のある植物を表現したバワリヤ刺繍やチェーンステッチなどで隙間がびっしりと埋められています。
右:軒下でおしゃべりをしながら刺繍をする少女たち。母から娘へとその技術が伝えられていきます。
左:精緻なミラー刺繍が特徴のムトワ刺繍。この地方の棘のある植物を表現したバワリヤ刺繍やチェーンステッチなどで隙間がびっしりと埋められています。

インド最西端・手工芸の里カッチ地方へ

ギラギラと照りつける太陽の下、ターバンを巻いた男性がヤギの群れを追い、民族衣装に身を包んだ女性たちが家財道具一式を積んだラクダとともに後をついていきます。太陽に反射してキラキラと輝く女性たちの衣装には小さな鏡が縫いつけられ、細かな刺繍が施されていることがわかります。

一見のどかな田舎町に見えるグジャラート州のカッチ地方。実はこの地方の刺繍や染めなどの手工芸技術は海外でもトップクラスに入り、世界中のテキスタイルファンを魅了しています。インダス文明の時代から続くと言われるカッチ地方の手工芸の歴史と魅力をご紹介します。

民族衣装体験
ラクダに家財道具を積み、遊牧生活をするラバリ 族。衣服だけでなく、ラクダの背飾りや布団など も刺繍やパッチワークで飾っています。

富の象徴として発展した手工芸

グジャラート州は南をアラビア海に接し、いにしえから西アジアとの交易の重要な拠点となってきました。藩王や貴族、そして貿易で富を蓄えた商人たちは、自分の権力を誇示するために多くの職人を雇い、金に糸目をつけずに豪華な手工芸品を作らせました。このようなパトロンたちの金銭的支援のもとで発達した手工芸のひとつが「モチ刺繍」です。 モチ刺繍とはシルクやサテンの生地にアリと呼ばれる鈎針と絹糸で細かなチェーンステッチを施すもので、イスラム美術から影響をうけた幾何学模様や花、果物などがデザインさ れています。
「ローガンペイント」と呼ばれるオイルペインティングもまた、パトロンの支援の元、発展した手書き更紗の一種です。赤、青、緑などに染めたヒマ油を手のひらの上で混ぜ、ガム状になったものを針の先端につけて、布の上に下書きなしで描いていきます。モチーフは「生命の木」や「花」「ペイズリー」など。半分描いたあとで布を二つに折ることでイン クが移り、シンメトリーのデザインが完成します。この技術はシリアを起源とし、イラン、アフガニスタン、パキスタンをへてインドに伝わったと言われています。
1947年にインドが英国から独立し、藩王制が解体されると、パトロンたちは財力を失い、多くのモチ刺繍やローガンペイントの職人たちも職を失いました。現在、数家族の みがこの技術を後世に伝えています。

パトロンの庇護のもと発展したモチ刺繍。1ミリ程度のチェーンステッチを刺すもので、現在は数家族のみがその伝統を受け継いでいます。
パトロンの庇護のもと発展したモチ刺繍。1ミリ程度のチェーンステッチを刺すもので、現在は数家族のみがその伝統を受け継いでいます。
 ローガンペイントで綿布に描かれた「生命の樹」。シンメトリーのデザインが特徴です。
ローガンペイントで綿布に描かれた「生命の樹」。シンメトリーのデザインが特徴です。

人々が祈りを託したミラー刺繍

高価な一部富裕層のための手工芸に対して、一般的な家庭で作られていた手工芸もあります。その代表が、細かく割った鏡を布に縫いつけていく「ミラー刺繍」や木製の判子 を布に押して染める型染め更紗「アジュラク」などです。
このような家庭で発展した刺繍には、人々の生活の知恵や祈りの気持ちが詰まっています。たとえば、ラバリ族のミラー刺繍を裏返してみると、裏にはほとんど糸が通っていないことがわかります。これは、貴重な糸を無駄にしないための生活の知恵です。また、女性たちは糸や布の端切れも決して捨てず、大切に保管しています。それらの端切れを利用して房飾りを使ったり、パッチワークにして布団を作ったりするのです。いくつもの小さな鏡がキラキラと光るミラー刺繍は、他人からの妬みや嫉みの視線を退ける「邪視避け」の役割があると言われ、婚礼衣装や子どもの衣服にも使われています。

裏の始末も美しいミラー刺繍。貴重な糸を無駄にしないため、豪華な表の刺繍とはうらはらに裏には糸がほとんど通っていません。
裏の始末も美しいミラー刺繍。貴重な糸を無駄にしないため、豪華な表の刺繍とはうらはらに裏には糸がほとんど通っていません。
イスラムの幾何学模様をもとに発展したブロックプリント・アジュラク。藍や茜など天然染料による染色技術は近年復活・発展しました。
イスラムの幾何学模様をもとに発展したブロックプリント・アジュラク。藍や茜など天然染料による染色技術は近年復活・発展しました。
職人宅で使われていたベッドカバー。シルクの絣の端切れで作られたものです。糸くずや端切れも捨てずに再利用する生活の知恵です。
職人宅で使われていたベッドカバー。シルクの絣の端切れで作られたものです。糸くずや端切れも捨てずに再利用する生活の知恵です。

伝統技術の復興〜アジュラクの復活〜

これらの美しい手工芸は、今までに何度か絶滅の危機に瀕したことがあります。グジャラート州は年間降水量が極端に少なく、今まで地震や飢饉など多くの自然災害に見舞われてきました。生活に困った人々は刺繍や染め物などの作品を二束三文で売って生活の足しにするようになり、多くの貴重な作品が失われてしまいました。18世紀に英国でおこった産業革命後、安易な機会織りの製品が入ってくるようになり、手間暇のかかる手織り、手染めをやめる人もでてきました。グジャラートの手工芸品は質・量ともに衰退の一途を辿っていったのです。

アジュラクはグジャラート州からパキスタンのシンド州にかけて制作されている型染め更紗です。アジュラク製作で有名な村のひとつ・ダマルカ村は、今も昔ながらの天然染料を使っています。しかし、実はこの天然染料による染色の技術は1970年代に一度完全に廃れてしまいました。このアジュラク復活のきっかけになったのが、グジャラート州手工芸開発公社のバシン氏と更紗職人モハマド氏の出会いでした。偶然モハマド氏の作品を見たバシン氏は、貴重な技術が失われていくことに危機を感じ、デザインの描き方や都市向けの商品開発を教えました。一方、ムハマド氏はすでに行われなくなっていた天然染料による染色方法を再開しました。藍、茜、ターメリックなどで染めた素朴な色合いのアジュラクは海外の消費者に歓迎され、現在では世界中から染色関係の研究者が訪れるまでになっています。

世界中で愛されるグジャラートの手仕事

インド政府やNGO、製作者たちの努力により、高度な伝統技術を現代風の用途やデザインに活かした製品を作ることで、グジャラート州の手工芸品は世界中で爆発的な人気を誇るようになりました。

日本にもグジャラートテキスタイルのファンは多く、アンティークの更紗を着物の帯や袱紗に仕立てるなど和のファッションにも取り入れられています。

グジャラート伝統の技に現代風のデザインを取り入れたバッグや小物入れは、日本でも普段使いできるものばかりです。(アジアンギャラリー季節風)
グジャラート伝統の技に現代風のデザインを取り入れたバッグや小物入れは、日本でも普段使いできるものばかりです。(アジアンギャラリー季節風)
参考図書
小笠原小枝監修(2005)
『別冊太陽 更紗』平凡社 金谷美和(2007)
『布がつくる社会関係 − インド絞り染め布と ムスリム職人の民族誌 − 』思文閣出版  三尾稔、金谷美和、中谷純江編(2008)
『インド 刺繍布のきらめき』昭和堂

関連ツアー

ベトナム最北の地を行く ディエンビエンフーからハジャンへ

グジャラート テキスタイル紀行

織物・染物・刺繍に徹底的にこだわった特別企画。染織文化の中心地ブジを拠点に村や工房を巡り、村訪問やワークショップで職人と直にふれあい、NGOを訪問し伝統技術の保護活動について学ぶ。

PAGE TOP