インダス川上流域の仏教遺跡 マンタルブッダロックManthal Buddha Rockと岩刻画群

これまでチラス周辺のインダス河畔の岩刻画を多く取り上げてきましたが、その上流域スカルドゥを中心とするバルティスタン地方の岩刻画をご紹介します。実はパキスタンの他の北方地域に比べるとバルティスタン地方で知られている考古学遺跡は少ないのです。その一因として、印パ両国の考古学全盛期、オーレルスタイン卿の中央アジア探検において、バルティスタンはその「空白地帯」に位置していたためだという考古学者もいます。

スカルドゥに観光へいったら、最初に訪れる場所のひとつがここ、マンタルブッダロック。日本語名は「マンタル摩崖仏」でしょうか。

この9世紀の仏陀のレリーフは、8世紀から10世紀にかけてインダス川上流域で栄えた「仏教の黄金時代」後期の様式を伝えるものです。大きな岩に刻まれたこのレリーフには、触地印を結ぶ仏陀が描かれており、その周りを小さな20体の触地印を結ぶ坐像と2体の弥勒菩薩立像が囲んでいます。

 

仏陀を囲む触地の小さな坐像のレリーフ

岩の左側面には2体の弥勒菩薩を伴った別の仏陀の彫刻があり、地面にある岩には小さな卍が刻まれています。岩の裏側には、別の岩に仏塔の彫刻が施されています。

 

弥勒菩薩
刻まれたチベット文字

岩には文字がのこされており、チベット学者A.H.フランケにより解読されています。これらの碑文は紀元1000年頃に遡るもので、学者たちは劣化が進む前にと、その内容を記録していました。碑文はバルティ語をチベット文字で表記した貴重なものです。

 

<解読された部分の訳>

Of the offering … this secret collection  (Buddha’s religion)

as it will be taught for a long time…; as many are lost through death, all men should,

showing devotion, offer very many prayers ; henceforth for ever the faithful ones

[should] from time to time [make] the colours [of] the sculptures bright,

and make a cleaning [or, and clean] the place of offering that it may not decay.

 

Preaching perfection with body, speech, and mind, on this firm medallion here … the five [Buddhas] in the middle (surrounded by..) through mercy it originated from me [called] Great-hand…

the very good Samantabhadra.. (row?) (mother?) (earth?) to cut…

 

Salutation to the three gods! offering; children (or riches?) of men, and… of the teaching which is firmer than anything … body (or statue) … of the magnified… it was looked for by him with trouble outsiders or insiders (Buddhists or Non-buddhists )…

from this medallion, which has been shown since a long time, is very long (?) …

 

仏教の教えが、長く語り継がれていくことを願う言葉

死によって多くの人々が失われるため、すべての人が信仰心を示し、多くの祈りを捧げる

信仰心を持つ人々は、彫刻の色を定期的に鮮やかにし、供養の場が朽ちないように清掃を続ける

 

「身・口・意」をもって完全なる教えを説く

中央に位置する五仏

「大いなる手」と呼ばれる人物が慈悲をもって五仏を祀った

「善き普賢菩薩」「母」「地」

 

「三つの神々(三宝のことでしょうか)」への帰依のことば

仏教の教えが何よりも堅固なものであること

教えを求める人々が、仏教徒であるか否かを問わず苦難を乗り越えてきたこと

古くから存在し、長い歴史を持つこと

 

 

マンタルブッダロックはスカルドゥの町の近くにありますが、インダス川とその支流沿いにも岩刻画が残されています。

 

ゴールの岩刻画

ゴールのインダス河畔に残る岩刻画。古い時代のものと思われるアイベックスの絵の上に仏教後期のストゥーパが描かれています。ゴールにはほかにも岩刻画がありますが、幹線道路沿いのものはひどく落書きをされており残念な状態です。

 

ナル村の岩絵

ナル村では岩絵が見つかっています。残念ながらほとんどが失われていますが、発見された当初は下記のような図だったのだそうです。

 

Harald Haupman : Pre-Islamic Heritage in the Northern Area of Pakistanより

発見された当時のスケッチ。チベット様式の3基の仏塔とそれを礼拝する人々のようすでしょうか。今は仏塔の一部が確認できるだけになってしまいました。

 

バルガーの岩刻画

良い状態で残っているバルガー Balgharの岩刻画。後期仏教特有の2基の大きなストゥーパは、スワスティカ、ユンドゥルン(逆卍)、三叉戟、蓮の花などのチベットのボン教や仏教の聖なるシンボルで飾られています。また、チベット文字や、後期ブラフミー文字、グプタ文字に似た未解読の文字で書かれたマントラも見られます。

 

ユーゴ村の岩刻画

インダスの支流、ショヨク川 Shyok沿いのユーゴ村Yugoにも岩刻画があります。落書きがひどいですが、後期仏教のストゥーパの岩刻画です。

 

ユーゴ村の岩刻画

同じくユーゴ村にある、吉祥模様と蓮華の上の仏塔。

 

オムマニペメフムと刻まれた岩

さらにショヨク川を進むとカプルー村へ到着です。カプルーはラダックへ向かう交易路を守る上で重要な役割を担った場所です。岩刻画を求めてカプルーの夏村・ハンジョールを歩いていたとき、道に「オムマニペメフム」を刻んだ古いチベット文字の岩を見つけました。古の交易路で見つけた祈りの言葉に感動です。

 

バルティスタンのインドとの国境は外国人の制限地域が多く、行けるようになったらまだ新しい発見があるのかも?と期待してしまいます。

 

Image & Text : Mariko SAWADA

 

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タルパンのアルターロック<祭壇の岩>、インダス河畔の岩刻画

タルパンのアルターロック(Alter Rock)「祭壇の岩」はインダス川北岸の砂地にあります。仏教モチーフより動物を中心としたモチーフが描かれた岩です。この古代シルクロードの魅力に満ちた岩刻画をご紹介します。

古来より多くの旅人が行き来したタルパン。最初にこの場所を選び彫刻をしたのは遊牧民でした。アルターロックの正面の岩面はさまざまな動物、屠殺シーンが描かれ、まさに「祭壇」として使われていたのかもしれません。

 

アルターロック、全景

このアルターロック(Alter Rock)の岩の岩刻画の中でも際立つのが、この「生贄を持つ戦士」の絵。生贄なのか狩猟した動物(多くの資料にはヤギとなっていますが動物好きの私にはアイベックスに見えます)を屠るシーンのようですが、大きなナイフを持つ中央アジア風の人物の姿が大変特徴的です。
この男性の服装は当時の騎馬遊牧民の衣装だと考えられ、紀元前3世紀から紀元後3世紀までイラン高原で栄えた王朝、パルティア(Parthian)の人物ではないかとされています。

パルティアは現在のトルクメニスタンで発祥し、イラン高原を中心に紀元前3世紀から広く西アジアを支配し、その治世末期の紀元20年頃分派し、ゴンドファルネス王によってインド・パルティア王国が建てられました。タキシラも一時都としたインド・パルティアはこのインダス河一帯でも活躍していたのでしょう。

この動物を生贄(または屠る)岩刻画のモチーフは殺生を禁ずる仏教の影響より、中央アジア民族の影響が強かったことが伺えます。

 

前足を45度にまげた、デザイン化された馬(また一角獣)の図です。
このポーズは”Knielauf”と呼ばれる表現で古代ギリシャで飛翔を描く際に見られた表現で、アケメネス朝ペルシャの芸術でも見られます。この馬はたてがみと尾が結ばれまるで弓のように見えます。

 

デザイン化したアイベックスでしょうか。目が円い、ことなるスタイルのイラン的な表現です。

 

角をデザイン化したシカのような生き物と、それを追う2つの尾を持つ生き物の図です。パキスタンで野生動物の観察をしている私には、崖にいるアイベックスを襲うユキヒョウに見えます。面白いのは崖のように見えるギザギザの線の先にヘビの頭があることです。
「これは前にはヘビがいて、後ろにはユキヒョウがいて、さらに狩人と猟犬がいて、行き場を失って困っているアイベックスの図です」と教えてくれた人がいました。
このような波状のようなデザインは南シベリアのアルタイ地方の芸術によく見られる特徴だそうです。

このアルターロックにおいて、イラン的な要素の岩刻画が見られることは、すでにアケメネス朝時代にガンダーラ、タキシラがサトラップであったことから驚くことはありませんが、世界でも有数の山脈地帯を越えた北にある南シベリアのアルタイ地方とこのインダス河畔地域に交流があったことは驚かされます。

 

光背持つ大きな仏陀座像と同じく光背を持つ4つの小さな仏陀座像の図です。どの仏陀像も定印 を結び、その衣装は両肩を隠し、衣紋が平行に優雅に描かれています。このような衣紋はインドでAD320~550年に栄えたグプタ朝で見られるデザインに似ています。同じ岩にアイベックスと思われる生き物が描かれていますが、その動きと方向から先にこのアイベックスが描かれ、その上に仏陀像が描かれたと考えられます。

このアルターロック岩刻画の製作年代ですが、仏教モチーフ以外のものは紀元前1千年期半ばごろのものと推測されています。

 

アルターロックの西側のパネルも岩刻画で覆われてます。

 

インダス河畔の岩刻画の中でもマスターピースとも言えるアルターロック。
繰り返し言い続けていますが、これらの岩絵がダムにより永久に失われることが残念でありません。

 

Photo & text : Mariko SAWADA

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シャティアールの岩刻画  失われるインダス河畔の岩刻画・シルクロードの遺産

インダス川にできる2つのダムのため、永久に失われることになる貴重なシルクロードの遺産、”インダス河畔の岩刻画”について記録しています。

 

圧巻のストゥーパ描写とインスクリプション、”シャティアールの岩刻画”

 

カラコルムハイウェイから少しそれてインダス川へ下った斜面にあるシャティアールの岩刻画群。インダス川の南岸に位置し、東のダレル谷と西のタンギール谷の間にある、当時の旅人、交易キャラバン、巡礼者にとってとても重要であったことがわかります。仏教以前と考えられる岩刻画から、ガンダーラ全盛期のもの、ポスト・ガンダーラ期と考えられるものまでその図象は多岐にわたります。

まず、一番有名な岩刻画です。これは一般の観光客の方でもバスから降りてみて「あ、すごい」と思っていただける岩刻画です。

 

大きな岩の中心には、ベルをたくさんつけた繊細な描写がなされた大きなストゥーパ、左には「シビ王ジャータカ」を描いた図、右には奉献ストゥーパが描かれています。岩の左側には、このストゥーパの建立者の名前がカロシュティー文字で刻まれ5世紀ごろのものであることがわかっています。ストゥーパと奉献ストゥーパの間にはブラフミー文字とソグド文字で人物の名前が刻まれています。

 

メインストゥーパの三段の階段の両側には中央アジア風の衣装を着た信者が描かれています。この階段は4つの「階段のモチーフ」で飾られた台座へと続きます。2本の柱が梁をささえ、ドーム状のストゥーパが載っています。ベルは梁、ストゥーパ、龕にもつけられています。ストゥーパの上には傘蓋が載せられ、旗が両側にはためき、まるでアーチのように描写されています。ベルは傘蓋にもつけられ、この岩刻画を他のストゥーパとは違う、斬新なものにしています。

 

メインストゥーパの右側にある奉献ストゥーパは4段の階段が高い基壇へと続き、三角形のストゥーパ、その上に傘蓋、そして旗がうねってたなびいてる様が描かれています。メインストゥーパとは異なるスタイルのものです。

 

この左側の図は、「シビ王ジャータカ」が描かれています。

 

シビ王ジャータカについて

(ジャータカはお釈迦様が誕生される前のお話です)シビ王という心やさしい王がいました。シビ王のところに鷹に追われた鳩が飛んで来て、命ごいをしました。そこに鷹がやってきて、鷹は王様に「私は何日も食べておらず、鳩を食べないと死んでしまいます。あなたは鳩と私の命のどちらが大切だと思っているのか」と問いました。そこでシビ王は鷹の命も大切だと思い、自分の足の肉を鳩と同じ重さに切り取り天秤の上に置きました。しかし鳩の方が重かったので、再び肉を切り取って置きましたが釣り合いません。シビ王は深く考え、自分の体を天秤に乗せると釣り合ったのです。王様は鷹に「どうぞ私を食べて元気になって下さい」と言いました。シビ王は自らの命を鷹に与ることで鳩の命を救おうとしました。シビ王の心を知った鷹は帝釈天の姿で表れ、シビ王の行動を「あなたは将来仏陀になるでしょう」と敬いました。

※「シビ王ジャータカ」「シビ王と鷹と鳩」は様々なお寺さまのWEBサイトで詳しく紹介されています。ぜひ検索なさってください。

 

この岩刻画では、仏陀が洞窟の中に座し、「鳩」を手にしています。右に描かれている人物は天秤を持っています。この天秤にのっているものは鳩の命を救うために切り取られたシビ王の肉です。鳩を抱く仏陀の下には信者が両側に描かれています。

 

以上がメインストゥーパの説明ですが、シャティアールには他にも、特徴的で貴重な岩刻画がたくさん残されています。

 

ストゥーパの反対側の岩に描かれているもので、右側がヤントラ Yantra、左下がラビリンス Labyrinthとされている図象です。

これは ゾグド人のタムガです。タムガ Tamgaは、古代ユーラシア大陸の遊牧民やその影響を受けた文化圏で使用されていた紋章のようなものです。岩刻画では下記の写真のように現れます。

 

トール ( Thor ) の岩刻画にはサマルカンドの町のタムガが発見されてるそうです。

 

これはとても見えにくいのですが、中央に杯のようなものを持つ人物像がわかりますでしょうか?

祭壇の前で儀式をしているソグド人とされる岩刻画です。ソグド人なので拝火壇でしょうか。

 

 

最後に、この地を行き来した人々が描いた動物たちを紹介します。インダス川上流部やギルギット川、フンザ川流域の岩刻画はアイベックスが中心でユキヒョウやマーコールも見られますが、ここではフタコブラクダ、アジアゾウの姿が。シルクロードのキャラバンはとってもロマンですし、ゾウの描写はインドが近くなったことを感じさせます。初めてゾウを見た中央アジアの旅人はそれは驚いたことでしょう。

下記の図象以外もラクダやゾウに見える岩刻画が何点かありましたが、確実そうなものだけここにあげました。

 

フタコブラクダ の岩刻画  Petroglyph of Bactrian Camel
ガンと思われる鳥の岩刻画   Petroglyph of Goose
ゾウの岩刻画   Petroglyph of Asian Elephant
フタコブラクダ の岩刻画  Petroglyph of Bactrian Camel

何度行っても新しい発見があるシャティアールの岩刻画です。

 

ところで岩刻画のあるサイトから眺める村は、水没による補償金目当てで急ピッチで建てられた住居でいっぱいです。古の岩壁画のまわりの環境もずいぶん変わってしまいました。

 

Photo & text : Mariko SAWADA

※記事について:古い書籍をもとに記事を書いています。別の見解や説明も存在するかと思います。勉強したいので是非お知らせくださるとうれしいです。Reference:”Human records on Karakorum Highway” “The Indus, cradle and crossroads of Civilization”

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