秘境ツアーのパイオニア 西遊旅行 / SINCE 1973

金子貴一のマニアックな旅

連載|第十二回

ギルフ・ケビールと砂の大海原

グレートサンドシー
(c)Mohamed M. Abdel Aziz


グレートサンドシーでのキャンプ (c)Mohamed M. Abdel Aziz


黒砂漠


ギルフ付近のキノコ岩


ギルフ・ケビール台地の頂上より下界を望む

 「宇宙的な風景に出会えるわよ」

 視察ツアーに行った上司から言われたとおり、次から次へと目の前に現れる風景は、この世のものとは思われぬ「絶景」の連続だった。巨大な岩山の山脈、石灰の岩盤が風化してできた奇形の大岩が続く「岩石砂漠」、黒や色とりどりの石ころが地平線まで広がる「石礫(せきれき)砂漠」、大砂丘が続く「砂砂漠」、太古に隕石が集中して落下した跡が残る「クレーターエリア」と、地球というよりは月世界を思わせた。

 今回の旅の目的地は、エジプト南西部のリビアとスーダンとの国境近くに位置するギルフ・ケビールと、グレートサンドシー(砂の大海原)。ギルフ・ケビールは、「巨大な障害物」を意味するごとく、世界最大の砂漠「サハラ砂漠」の一部である広大なエジプト・西方砂漠に、300メートルの高さでそびえ立つ巨大な台地が、現地ガイドによると、「最大で南北255キロメートル、東西170キロメートル」にわたって続いている。アフリカ大陸屈指の地上の障壁だ。そのギルフは、四角の形をしたエジプトを南北に貫くナイル川から西に720キロメートルの地点にあり、その北部に500キロメートルにわたりグレートサンドシーが続く。

 我々のコースは、ナイル川の北部に位置する首都カイロから南西に進路をとり、オアシス群を経由して砂漠に入り、エジプト南西最深部のギルフから、進路を北に変え、グレートサンドシーを超えて、ギルフからは、ほぼ東京都から山口市の距離にあたる960キロメートルの地点にある地中海まで抜けていく、大砂漠でのキャンプを10泊続けてやっと見学できる地域であった。14日間で走破したカイロから出発してカイロに戻る全長3837キロメートルの行程は、日本最北の都市・稚内から出発して九州南部の都市・鹿児島で折り返し、名古屋まで走った計算だ。

 砂漠での寒暖の差は激しく、3月だというのに、前半は暑さの連続で最高気温が48度を記録し、後半は寒い日が続き最低気温は6度まで下がった。添乗員として、毎朝4時起床。6時に大声でモーニングコールを行い、各所で見学しながら一日中四輪駆動車に乗り、夕方17時ごろキャンプを張り、夜22時ごろに就寝する日々が続いた。10泊目の夜、自分の姿を写真に撮ると、顔や腕は真っ黒に日焼けして一部の皮がむけ、顔中ヒゲだらけで、砂にまみれた髪はボサボサだった。メタボ体形だった私の体は、現地スタッフが感嘆するほど、顔と腹がスリムになり、途中で砂漠ガイドにベルトの穴を一つ開けてもらわなければズボンがずり落ちるほどだった。私は、この旅で健康体を得ると共に、得難い「地球体験」をも得ることができたのだった。

 2010年1月、NHK教育テレビのETV特集でギルフ・ケビールの岩絵が90分番組として放映されたので、ご覧になった方も少なくないだろう。しかし、ここは、岩絵もさることながら、宇宙の一部としての地球の歴史が、そして、生命の歴史がそのまま刻まれた場所なのだ。

 今回は訪れなかったが、ギルフ南方にあるウワイナート山頂の岩盤は、エジプト最古の40億年前から始まる「始生代」のものだ。地球の歴史は46億年。もし、地球の誕生から現在までを1日24時間でたとえるなら、深夜0時に誕生した地球の3時7分からの歴史が見られる、地球上でも極めてまれな場所だ。25億年前の生命の誕生は10時57分。その生命が化石として残るようになる6億年前は20時52分だが、西方砂漠は「世界一化石が豊富な砂漠」ともいわれる。三葉虫から始まり、2500種類以上の化石が発見されているのだ。私たちは、砂の海原でこれらの化石群にも出会うことになる。

 私は、大学留学のため1980年代に7年間在住して以来、エジプトとの付き合いは30年になるが、世界に誇る古代文明国とはいえ、古代エジプトが始まった5000年前は、地球の歴史の中では24時になるたった0.094秒前に過ぎないのだ。今回の旅ほど、古い「エジプト」に出会ったのは初めてだった。


※朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年4月5日掲載)から



1962年、栃木県生まれ。栃木県立宇都宮高校在学中、交換留学生としてアメリカ・アイダホ州に1年間留学。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、1988年、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒。在学中より、テレビ朝日カイロ支局員を経てフリージャーナリスト、秘境添乗員としての活動を開始。仕事等で訪れた世界の国と地域は100近く。
好奇心旺盛なため話題が豊富で、優しく温かな添乗には定評がある。

NGO「中国福建省残留邦人の帰国を支援する会」代表(1995年~1998年)/ユネスコ公認プログラム「ピースボート地球大学」アカデミック・アドバイザー(1998~2001年)/陸上自衛隊イラク派遣部隊第一陣付アラビア語通訳(2004年)/FBOオープンカレッジ講師(2006年)/大阪市立大学非常勤講師「国際ジャーナリズム論」(2007年)/立教大学大学院ビジネスデザイン研究科非常勤講師「F&Bビジネスのフロンティア」「F&Bビジネスのグローバル化」(2015年)

公式ブログ:http://blog.goo.ne.jp/taka3701111/

主な連載・記事
・文藝春秋「世界遺産に戸惑うかくれキリシタン」(2017年3月号)
・朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年4月~2011年3月)
・東京新聞栃木版「下野 歴史の謎に迫る」(2004年11月~2008年10月)
・文藝春秋社 月刊『本の話』「秘境添乗員」(2006年2月号~2008年5月号)
・アルク社 月刊『THE ENGLISH JOURNAL』
・「世界各国人生模様」(1994年):世界6カ国の生活文化比較
・「世界の誰とでも仲良くなる法」(1995~6年):世界各国との異文化間交流法
・「世界丸ごと交際術」(1999年):世界主要国のビジネス文化と対応法
・「歴史の風景を訪ねて」(2000~1年):歴史と宗教から見た世界各文化圏の真髄

主な著書
・「秘境添乗員」文藝春秋、2009年、単独著書。
・「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」学研、2007年、単独著書。
・「カイロに暮らす」日本貿易振興会出版部、1988年、共著・執筆者代表。
・「地球の歩き方:エジプト編」ダイヤモンド社、1991~99年、共著・全体の執筆。
・「聖書とイエスの奇蹟」新人物往来社、1995年、共著。
・「「食」の自叙伝」文藝春秋、1997年、共著。
・「ワールドカルチャーガイド:エジプト」トラベルジャーナル、2001年、共著。
・「21世紀の戦争」文藝春秋、2001年、共著。
・「世界の宗教」実業之日本社、2006年、共著。
・「第一回神道国際学会理事専攻研究論文発表会・要旨集」NPO法人神道国際学会、2007年、発表・共著。
・「世界の辺境案内」洋泉社、2015年、共著。

※企画から添乗まで行った金子貴一プロデュースの旅

金子貴一同行 バングラデシュ仏教遺跡探訪(2019年)
金子貴一同行 西インド石窟寺院探求の旅(2019年)
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金子貴一同行 アイルランド゙古代神殿秋分の神秘に迫る旅(2018年)
金子貴一同行 南インド大乗仏教・密教(2017年)
金子貴一同行 ミャンマー仏教聖地巡礼の旅(2017年)
金子貴一同行 ベトナム北部古寺巡礼紀行(2016年)
金子貴一同行 仏陀の道インド仏教の始まりと終わり(2016年)
金子貴一同行 恵みの島スリランカ 仏教美術を巡る旅(2016年)
金子貴一同行 十字軍聖地巡礼の旅(2015年)
金子貴一同行 中秋の名月に行く 中国道教聖地巡礼の旅(2015年)
金子貴一同行 南イタリア考古紀行(2014年)
金子貴一同行 エジプト大縦断(2013年)
金子貴一同行 ローマ帝国最後の統一皇帝 聖テオドシウスの生涯(2012年)
金子貴一同行 大乗仏教の大成者龍樹菩薩の史跡 と密教誕生の地を訪ねる旅(2011年)
金子貴一同行 北部ペルーの旅(2009年)※企画:西遊旅行
金子貴一同行 古代エジプト・ピラミッド尽くし(2005年)
金子貴一同行 クルディスタン そこに眠る遺跡と諸民族の生活(2004年)
金子貴一同行 真言密教求法の足跡をたどる(2004年)
金子貴一同行 旧約聖書 「出エジプト記」モーセの道を行く(2003年)
金子貴一同行 エジプト・スペシャル(1996年)

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