秘境ツアーのパイオニア 西遊旅行 / SINCE 1973

金子貴一のマニアックな旅

連載|第三回

カンボジアの国民的スナック

プノンペンの中央市場で、国民的スナック「タランチュラの素揚げ」を頬張るおしゃれな女性。近くには、調理されたコオロギやタガメも売られていた。


中央市場で売っていた、皮をむいた食用ガエル


カンボジアの代表的な民家の風景。高床式民家と豚の親子。豚は、換金可能な大切な財産だ

「さあ、乾杯だ!」

 食文化研究で有名なA教授が音頭をとると、巨大な竹製の円形テーブルを囲んだ学生たちは、ゴクリとつばを飲み込んだまま固まってしまった。目の前に、所狭しと並べられていたのは、手のひら大の真っ黒で毛むくじゃらの「タランチュラの素揚げ」、お頭と卵巣付きでトグロを巻いた「蛇の串揚げ」、黒光りした「巨大タガメの素揚げ」……。およそ、日本では見られない料理ばかりだったからだ。

 こんなときこそ、秘境添乗員の出番だ。固まったままの総勢13名の学生や大学OBのお客様を尻目に、片っ端から口に入れてはビールで流し込んだ。タランチュラは毛がザラザラと口のなかを撫で、タガメは堅い外皮がいつまでも口に残ったが、共に中身は淡泊な味だった。

 「先生、これ、なかなかいけますね」

 すると、他のお客様も、恐る恐る「前菜」を口にした。先生もまんざらではない表情だ。

 2001年8月28日、私たちはカンボジアの首都プノンペンにいた。カンボジア各地での1週間にわたる食文化調査の前半が無事終了し、首都に戻って、高床式民家がコッテージ風に連なった湖上レストランで打ち上げをしたのだ。私たちの部屋の側面に壁はなく、日没後、ゆっくりと暗闇に消えていく湖面の美しさが大画面で迫ってきた。一方で、蒸し暑い空気が流れ込み、皆、汗だくになった。唯一の涼といえば、床下から聞こえてくるさざ波の音だけだったろう。

 「前菜」は、私たち自身が中央市場で「調査用に」買ったものだった。誰も、まさか持ち込みにするとは、夢にも思わなかったに違いない。メインディッシュは、打って変わって、レストランで調理された名物のウナギやメコン川の川魚料理となり、大量に振る舞われたお酒と相まって、皆、そのおいしさに酔いしれたのだった。

 後日調べてみると、タランチュラもタガメも、カンボジア人が食べ始めたのはつい最近のことだった。1975年から4年間、カンボジアを独裁支配したポル・ポト政権下で、干ばつ、飢餓、虐殺により、120万人とも330万人とも言われる人々が死亡。その間、生き残った人々は何でも口にしたのだ。特に、タランチュラは蒸留酒に漬け込まれ、カンボジア伝統医学のなかで、腰痛と子供の風邪に効く薬用酒とされており、食することに違和感がなかったに違いない。後には、ガーリックと塩で味付けして揚げられるようになり、フライドチキンにも似て、外はパリパリで中身はジューシーなおいしい料理に変身した。

 大量虐殺時代、ジャングルに逃げ込んだ人々が、土を掘り返して必死の思いで口にしたタランチュラは、今では養殖も行われ、カンボジアの国民的スナックの一つとなっているのである。

※朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年5月6日掲載)から



1962年、栃木県生まれ。栃木県立宇都宮高校在学中、交換留学生としてアメリカ・アイダホ州に1年間留学。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、1988年、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒。在学中より、テレビ朝日カイロ支局員を経てフリージャーナリスト、秘境添乗員としての活動を開始。仕事等で訪れた世界の国と地域は100近く。
好奇心旺盛なため話題が豊富で、優しく温かな添乗には定評がある。

NGO「中国福建省残留邦人の帰国を支援する会」代表(1995年~1998年)/ユネスコ公認プログラム「ピースボート地球大学」アカデミック・アドバイザー(1998~2001年)/陸上自衛隊イラク派遣部隊第一陣付アラビア語通訳(2004年)/FBOオープンカレッジ講師(2006年)/大阪市立大学非常勤講師「国際ジャーナリズム論」(2007年)/立教大学大学院ビジネスデザイン研究科非常勤講師「F&Bビジネスのフロンティア」「F&Bビジネスのグローバル化」(2015年)

公式ブログ:http://blog.goo.ne.jp/taka3701111/

主な連載・記事
・文藝春秋「世界遺産に戸惑うかくれキリシタン」(2017年3月号)
・朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年4月~2011年3月)
・東京新聞栃木版「下野 歴史の謎に迫る」(2004年11月~2008年10月)
・文藝春秋社 月刊『本の話』「秘境添乗員」(2006年2月号~2008年5月号)
・アルク社 月刊『THE ENGLISH JOURNAL』
・「世界各国人生模様」(1994年):世界6カ国の生活文化比較
・「世界の誰とでも仲良くなる法」(1995~6年):世界各国との異文化間交流法
・「世界丸ごと交際術」(1999年):世界主要国のビジネス文化と対応法
・「歴史の風景を訪ねて」(2000~1年):歴史と宗教から見た世界各文化圏の真髄

主な著書
・「秘境添乗員」文藝春秋、2009年、単独著書。
・「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」学研、2007年、単独著書。
・「カイロに暮らす」日本貿易振興会出版部、1988年、共著・執筆者代表。
・「地球の歩き方:エジプト編」ダイヤモンド社、1991~99年、共著・全体の執筆。
・「聖書とイエスの奇蹟」新人物往来社、1995年、共著。
・「「食」の自叙伝」文藝春秋、1997年、共著。
・「ワールドカルチャーガイド:エジプト」トラベルジャーナル、2001年、共著。
・「21世紀の戦争」文藝春秋、2001年、共著。
・「世界の宗教」実業之日本社、2006年、共著。
・「第一回神道国際学会理事専攻研究論文発表会・要旨集」NPO法人神道国際学会、2007年、発表・共著。
・「世界の辺境案内」洋泉社、2015年、共著。

※企画から添乗まで行った金子貴一プロデュースの旅

金子貴一同行 バングラデシュ仏教遺跡探訪(2019年)
金子貴一同行 西インド石窟寺院探求の旅(2019年)
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金子貴一同行 アイルランド゙古代神殿秋分の神秘に迫る旅(2018年)
金子貴一同行 南インド大乗仏教・密教(2017年)
金子貴一同行 ミャンマー仏教聖地巡礼の旅(2017年)
金子貴一同行 ベトナム北部古寺巡礼紀行(2016年)
金子貴一同行 仏陀の道インド仏教の始まりと終わり(2016年)
金子貴一同行 恵みの島スリランカ 仏教美術を巡る旅(2016年)
金子貴一同行 十字軍聖地巡礼の旅(2015年)
金子貴一同行 中秋の名月に行く 中国道教聖地巡礼の旅(2015年)
金子貴一同行 南イタリア考古紀行(2014年)
金子貴一同行 エジプト大縦断(2013年)
金子貴一同行 ローマ帝国最後の統一皇帝 聖テオドシウスの生涯(2012年)
金子貴一同行 大乗仏教の大成者龍樹菩薩の史跡 と密教誕生の地を訪ねる旅(2011年)
金子貴一同行 北部ペルーの旅(2009年)※企画:西遊旅行
金子貴一同行 古代エジプト・ピラミッド尽くし(2005年)
金子貴一同行 クルディスタン そこに眠る遺跡と諸民族の生活(2004年)
金子貴一同行 真言密教求法の足跡をたどる(2004年)
金子貴一同行 旧約聖書 「出エジプト記」モーセの道を行く(2003年)
金子貴一同行 エジプト・スペシャル(1996年)

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