秘境ツアーのパイオニア 西遊旅行 / SINCE 1973

金子貴一のマニアックな旅

連載|第九回

飛鳥・法隆寺級、ベトナム最古の寺

法雲寺の象徴「和豊塔」はれんが造りの約17メートルの三重塔で、西側入口前右側にある「石綿羊像」(写真では頭だけが見える)は、後漢代の作と言われる寺院内最古の像である


日本同様、ベトナムでも良く祀られる執金剛神像(金剛力士像)は、前堂の入口に祀られ仏法を守護する役割を担う


上堂(本堂)側面には、2体の菩薩像(右側)などが祀られていた


内部はベトナム北部の典型的な寺院構造をしていた。手前から、前堂、香堂、そして、上堂(本堂)。一番奥の本堂には、本尊である法雲女神像が鎮座する


6世紀にベトナムに禅宗を伝えた毘尼多流支(ヴィニタルシ)禅師は、達磨大師の孫弟子で、この寺に住み、ベトナム仏教の主流派の一つ「毘尼多流支禅派」を創始した


上堂に祀られた観世音菩薩像。観音像は、ベトナムで最もポピュラーな仏像のひとつだ


私たちの訪問の1カ月程前に門前に置かれていた乳児は、尼僧たちにより大切に育てられていた

首都ハノイから北東に約30キロ、田園風景に囲まれたタイン・クゥン村の一角に目的の法雲寺はあった。

 到着したのは太陽光線がジリジリと照りつけ蒸し暑い最中の午後2時で、山門は閉じたままだ。困っていると、門前にあったビニールシートで木陰を作っただけの屋台の主人が、壁を乗り越えて内側から門を開けてくれた。そして、彼は僧坊に入り、今度は、尼僧を連れ出してくれたのだ。尼僧に聞くと、「今は昼寝時間で、この寺に住む他の3人の尼僧は熟睡中」と言うではないか。私たちは無礼を詫びてから、話を聞かせてもらうことにした。

 尼僧は、釈曇心(38)と名乗った。釈師は、私たちを寺の廻廊にあるベンチに案内すると、薬草が入ったお茶を出してくれ、流れ落ちる汗を少しでも吸収しようと剃髪した頭にタオルを乗せた。廻廊の壁に日課表が張ってあったので見てみると、早朝4時の起床から21時の就寝の間には、念仏、読経や中国語、英語の勉強に混じって、しっかりと昼寝の時間も入っていた。

 「出家したのは私が30歳の時でした。それまでの人生は、何をやっても空しく、倦怠感にさいなまれていました。実は、小学校の教諭をしていたのですが、校長との人間関係が極度に悪化したのです。退職して入寺すると、毎日教え子たちが山門前まで来ては泣いていました。両親は大反対し、弟も『家に帰って来て欲しい』と懇願しましたが、私の決意は固く、しばらくすると皆あきらめたようでした」

 日本とは違い、ベトナムの出家僧は結婚せず、文字通り、家を出て寺に住むのだ。釈さんも、入寺以降はやむを得ないとき以外、両親に会ったことはないと言う。

 話が終わると、釈師は伽藍内を案内してくれた。

 一見、田舎の小寺院にしか見えない法雲寺だが、実は、その創建は紀元後1世紀まで遡るとも言われる「ベトナム最古の寺」であり、「ベトナム仏教発祥の地」なのだ。日本で言えば、「飛鳥寺」か「法隆寺」級の寺である。実際、伽藍内を進むと、第一印象とは打って変わって、各所に祀られた尊像群が歴史の重みを感じさせた。

 廻廊に囲まれた中庭には、この寺の象徴である「和豊塔」(18世紀再建)と呼ばれる高さ約17メートルのれんが造りの三重塔が建っていた。その西の入り口前には石製の羊像が置かれていた。これは法雲寺最古の像で、中国の後漢代(紀元後1~3世紀)のものと考えられている。

 実は、この地域一帯は、かつて「ルイ・ラウ」と呼ばれたベトナムの都だった。都と定められたのは紀元前2世紀にまで遡ると言われ、紀元後9世紀までは、ベトナムの政治、経済、文化、宗教の中心だった。紀元前3世紀から中国の支配下にあったベトナムは、アジアの2大文明であるインドと中国の交差点であり、その都「ルイ・ラウ」は、インド、中央アジア、中国の商人などが行き交う町だったのだ。他にインドと中国を結ぶ主要ルートと言えば、中央アジア経由の陸路しかない。

 ベトナムに仏教がもたらされたのは、後漢代の紀元後1~2世紀のことで、インドから海路と陸路を通して渡来した商人や僧侶たちによる。一説によると、中国の仏教は、最初にルイ・ラウで繁栄し、「20の仏塔が建ち、僧500人が学び、15の仏典がサンスクリット語から中国語に翻訳されたのち」に、中国本土の徐州や洛陽に伝えられたという。ここで翻訳された経典の一つが大乗仏教経典の般若経で、ルイ・ラウの仏教とは、般若経を中心とした仏教と道教が混在したものだった。

 寺院に入ると、内部は3つの部屋が一直線に並んでいた。入り口から奥に、前堂、香堂、上堂(本堂)と並ぶ、典型的なベトナム北部の寺院構造だ。ベトナムは古来、伽羅(きゃら)をはじめとする高級香木の産地として有名だが、香堂とは、焼香を尊重したベトナム独自の堂宇である。

 前堂の入り口付近には、日本の山門でもよく見られる執金剛神像(金剛力士像)が祀られていた。外部からの悪霊や悪人を追い払い、寺院内の仏・法・僧を護る守護神だ。

 上堂の一番奥には、法雲寺の本尊である高さ2メートルほどの「法雲女神坐像」が鎮座する。現在のものは18世紀作だが、寺の創建に関わる大切な尊像だ。

 伝承によると、2世紀後半に、インドから来訪した高僧「カラーチャールヤ(黒師の意で、南インドのトラヴィダ人を思わせる)」は、ガジュマルの木の下に小屋を造り仏教を広めていた。同師は数々の奇跡を起こしたのちインドに帰ったが、このガジュマルの木が嵐の際、川に流されて、現在の法雲寺の近くに漂着した。

 すると、その日の夜、村人の夢に神が現れ、「ガジュマルの木から4体の神像を彫り出すように」とのお告げを下した。早速、彫ってみると、最初の神像が完成した際、五色の雲が上空に現れたので「法雲」と名付けて、寺院に祀ったと言うのだ。

 上堂の本尊の近くには、6世紀に中国からベトナムに禅宗を伝えた毘尼多流支(ヴィニタルシ)禅師の尊像があった。インドから中国に禅をもたらした、あの達磨(だるま)大師の孫弟子である。禅師はご遷化されるまでの14年間、この寺に住み、ベトナム仏教の主流派の一つ「毘尼多流支禅派」を創始した。

 ベトナム最古の寺とは言え、李朝や陳朝(10~14世紀)まで遡るものは、伽藍の一部を飾る彫刻だけで、尊像群は、14世紀の再建と、それ以降の度重なる修復の際に造られたものだ。それでも法雲寺は、過去2000年近くにわたり、栄枯盛衰を繰り返しながら、人々によって大切に護られ、受け継がれて来たのだ。

 伽藍の外に出ると、昼寝から覚めた尼僧たちが、乳児を囲んで談笑しているところだった。聞くと、乳児は女の子で、1カ月ほど前に山門前に置かれていたのだが、こんなことは初めてだと言う。皆、なにかとても嬉しそうで、この子の「母親」にでもなったかのようだ。

 法雲寺は、また、片田舎の小寺院の顔に戻っていた。


※朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年9月9日掲載)から



1962年、栃木県生まれ。栃木県立宇都宮高校在学中、交換留学生としてアメリカ・アイダホ州に1年間留学。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、1988年、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒。在学中より、テレビ朝日カイロ支局員を経てフリージャーナリスト、秘境添乗員としての活動を開始。仕事等で訪れた世界の国と地域は100近く。
好奇心旺盛なため話題が豊富で、優しく温かな添乗には定評がある。

NGO「中国福建省残留邦人の帰国を支援する会」代表(1995年~1998年)/ユネスコ公認プログラム「ピースボート地球大学」アカデミック・アドバイザー(1998~2001年)/陸上自衛隊イラク派遣部隊第一陣付アラビア語通訳(2004年)/FBOオープンカレッジ講師(2006年)/大阪市立大学非常勤講師「国際ジャーナリズム論」(2007年)/立教大学大学院ビジネスデザイン研究科非常勤講師「F&Bビジネスのフロンティア」「F&Bビジネスのグローバル化」(2015年)

公式ブログ:http://blog.goo.ne.jp/taka3701111/

主な連載・記事
・文藝春秋「世界遺産に戸惑うかくれキリシタン」(2017年3月号)
・朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年4月~2011年3月)
・東京新聞栃木版「下野 歴史の謎に迫る」(2004年11月~2008年10月)
・文藝春秋社 月刊『本の話』「秘境添乗員」(2006年2月号~2008年5月号)
・アルク社 月刊『THE ENGLISH JOURNAL』
・「世界各国人生模様」(1994年):世界6カ国の生活文化比較
・「世界の誰とでも仲良くなる法」(1995~6年):世界各国との異文化間交流法
・「世界丸ごと交際術」(1999年):世界主要国のビジネス文化と対応法
・「歴史の風景を訪ねて」(2000~1年):歴史と宗教から見た世界各文化圏の真髄

主な著書
・「秘境添乗員」文藝春秋、2009年、単独著書。
・「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」学研、2007年、単独著書。
・「カイロに暮らす」日本貿易振興会出版部、1988年、共著・執筆者代表。
・「地球の歩き方:エジプト編」ダイヤモンド社、1991~99年、共著・全体の執筆。
・「聖書とイエスの奇蹟」新人物往来社、1995年、共著。
・「「食」の自叙伝」文藝春秋、1997年、共著。
・「ワールドカルチャーガイド:エジプト」トラベルジャーナル、2001年、共著。
・「21世紀の戦争」文藝春秋、2001年、共著。
・「世界の宗教」実業之日本社、2006年、共著。
・「第一回神道国際学会理事専攻研究論文発表会・要旨集」NPO法人神道国際学会、2007年、発表・共著。
・「世界の辺境案内」洋泉社、2015年、共著。

※企画から添乗まで行った金子貴一プロデュースの旅

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