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エリアガイド

ウズベキスタンの旅

ソビエト崩壊後、独立した中央アジアの国々の中で一番観光に力を入れている国、ウズベキスタン。14世紀に中央アジア一帯の覇者となったティムールが出身した地でもあり、ティムールや彼の子孫が作った建築物が、今なお当時の栄華を物語っています。

ウズベキスタンみどころガイド

タシケント/ Tashkent

ウズベキスタンの首都で旧名シャシュ。「石の街」を意味するこの街は中国の文献で「石国」という名でも記録されています。1966年の大地震によって、街の大部分は破壊され、ソビエト時代に新しい街が形成されましたが、旧市街には古きシルクロードの面影を残す建物が残っています。

ウズベキスタン歴史博物館
テルメズのファヤズ・テペから出土した三尊仏など、ウズベキスタン南部の仏教遺跡や、ソグド人に関する出土品が数多く展示されています。
地下鉄
1977年に中央アジアで最初の地下鉄として開業し、現在も庶民の生活の足として活躍しています。駅の設計にはウズベキスタンでも有名な建築家や芸術家が参加しており、内部は各駅ともそれぞれ異なる芸術作品となっています。
チョルスー・バザール
「四方向」と言う意のバザール。まさにタシケントの中心で、中央アジアの活気みなぎる所です。また、伝統工芸のスザニやハン・アトラスなどを売るお土産物屋も軒を連ねています。
ナヴォイ劇場
1947年完成のオペラ・バレエ劇場。この劇場は、第2次世界大戦中タシケントに抑留された日本兵が建築に強制労働として参加されました。勤勉に工事に従事した日本兵のおかげで、1966年の大地震でも全く損傷がありませんでした。この地で眠った日本兵の方々の墓地も、タシケントの郊外にあります。
ティムール像
ウズベキスタンが生んだ英雄ティムール。ソビエト時代はレーニン広場だったティムール広場にある馬上の像です。

サマルカンド/ Samarkand

建物の青いタイルの色から「青の都」とも呼ばれるサマルカンドは、中央アジア最古の都市で2500年もの歴史を持つ美しい街です。紀元前4世紀にアレキサンダー大王がこの地を訪れ、その美しさに驚嘆したといわれています。1220年のチンギス・ハーンの破壊によって、古代のサマルカンドは今はアフラシアーブの丘の下に眠っていますが、14世紀に出現したティムールは、この地をティムール帝国の首都として復興し、一大文化都市としました。

レギスタン広場
砂場という意のレギスタン広場。その美しさから、ウズベキスタンの代名詞と言っても過言ではない場所です。 モンゴル軍に破壊された後、サマルカンドはこのレギスタン広場を中心に数多くの建物が建設され、新たな栄華の時代を迎えます。ティムールの孫、ウルグベクの時代以降、ここには3つのメドレッセ(神学校)が建てられます。一つは「ウルグベクのメドレッセ」で、天文学者でもあった彼のデザインで、正面には星の文様が描かれています。 「シェルドル・メドレッセ」は、黄鹿を追うライオンの動物争闘図が描かれています。最後に造られた「ティラカリ・メドレッセ」は、金で覆われた内部が美しいメドレッセです。
グル・エミル廟
現在のカザフスタンのオトラルで没したティムールは、このグル・エミル廟に眠っています。 ティムール本人の他、ウルグベクを始め彼の息子達や、ティムールを支えた将軍も共に眠っています。ソビエト時代の調査により、埋葬された遺体からティムールは言い伝えの通り片足が不自由だったこと、ウルグベクは首をはねられたことが分かりました。ティムールが残した「私の墓を暴くと重大なことが起こる」という遺言の通り、調査の数日後にドイツ軍がソ連に侵攻して第二次大戦が勃発しました。 中央アジアの覇者の眠る場所にふさわしく、サマルカンド・ブルーのドームに64本もの溝が刻まれた壮麗な建物です。
シャーヒジンダ廟
「永遠に生きる王」という意味の聖地。もともと異教徒に殺されたイスラムの聖人で、預言者マホメットの従兄・クサム・イブン・アッバースの廟がある所で、はねられた自分の首を自ら持って井戸の中に消えたと言われています。 後年、周辺にティムールの親族の廟が建てられ、美しいタイルで装飾された数々の建物が立ち並びます。 現在でもクサム・イブン・アッバース廟に詣でる巡礼者の絶えないところです。
アフラシアブの丘
サマルカンドは紀元前7世紀から町が造られ、マラカンダと呼ばれた紀元前に4世紀には、アレキサンダー大王の軍に征服されます。7~8世紀には、中央アジア一帯から中国まで足を伸ばしたソグド人の町となり中国の文献では「康国」という名で登場します。しかし1220年、サマルカンドはモンゴル軍の前に塵と化します。 このアフラシアブの丘の下には、モンゴル破壊以前の古代サマルカンドの町が眠っており、隣接する博物館には、アフラシアブの丘のあった裕福なソグド人の家から出た鮮明な壁画が展示されています。
サマルカンドのバザール
色とりどりの香辛料、ナン、野菜、干し葡萄などの果物が並び、ウズベク人男性が被るペイズリー模様の民族帽子も売られています。バザールを歩くと、「見ていけ」「食べてけ」と人なつっこい売り子の声がかかります。

シャフリサブス/ Shahrisabz

ザラフシャン山脈を遠望する、ティムールの故郷。サマルカンドとブハラの間に位置しています。 「緑の街」という意味のシャフリサブスには、アクサライ宮殿、ティムールの親族の廟やモスクなど、彼の残した建築群が残り、 2000年に世界遺産に登録されました。

アクサライ宮殿
ティムールが建てた宮殿。当時は50m以上の高さがあったと言われ、最上階にはプールまであったと伝えられています。中央アジアを訪れたスペインの使節団が当時の建築水準に驚嘆したという記録が残っています。
ティムール像
1336年、この地に生まれたティムール。彼の像はウズベキスタンに3つあり、このシャフリサブスのものは起立した像、タシケントのものは馬上の像、サマルカンドのものは椅子に座した像です。オスマントルコ等、当時の大帝国を撃破し、一大帝国を築いたティムールは、現在でもウズベキスタンの英雄として人々から称えられています。

ブハラ/ Bukhara

ブハラはソグディアナの西端に位置するオアシスで、5世紀の唐の文書では「不花刺」と書かれたソグド人の都市国家でした。世界遺産に指定されたブハラ旧市街は、当時の隊商都市の面影をそのまま残しています。また、砂漠を行く隊商の灯台の役割をした巨大なカリヤン・ミナレットが、今もブハラの街を見下ろすようにそびえ立っています。

アルク
ブハラ・ハーン国の歴代の王が住んだ宮殿。19世紀後半にはロシア軍の空爆を受け、最後の王ムハンマド・アリム・ハーンはアフガニスタンへ逃れます。 内部には、謁見の間、王の使ったモスクなどがあり、城からはブハラの町が見下ろせます。
ナディール・ディバンベキのメドレッセ
世界遺産に登録されているブハラの旧市街は見所が詰まっています。このナディール・デバンベキのメドレッセは、イスラムには珍しい鳳凰の絵が描かれています。もともと隊商が泊まるキャラバン・サライとして建てられたといわれているこのメドレッセの内部では、現在民族舞踊ショーが行われます。
丸屋根市場タキ
古くから隊商都市として栄えたブハラ。ラクダの背に乗りはるばる運ばれた荷は、この丸屋根市場タキで商いされました。灼熱の太陽から避けるため、このような丸屋根のアーケードが発展したと言われています。 現在は、多くの土産物屋が立ち並んでいますが、昔の商人達の喧騒が、今でも聞こえてきそうな場所です。
マゴキ・アッタリ・モスク
ブハラの古い歴史を物語る建物。もともとはゾロアスター教の寺院として建てられましたが、後年モスクに改装されました。内部には、古代のブハラの地層がむき出しになっており、現在のブハラの地面の高さとの違いがわかります。 建物の壁には今でも、ゾロアスター教の四大要素の「水・火・風・土」を表す文様が描かれています。
イスマイル・サーマーニー廟
現存する中央アジア最古の建築物。紀元9世紀にブハラを首都としたサーマーン朝の始祖・イスマイル・サーマーニーの廟です。 ほぼ立方体の建物ですが、表面はレンガの組み方だけで何通りもの装飾を施しています。チンギス・ハーン襲来の時は、すでに土に埋もれていて破壊を免れました。
ボロ・ハウズ(ラビハウズ)
ハウズとは「池」の意味。かつてのブハラには、用水のためと涼を取るため、このような池が沢山ありました。ザラフシャン川から運河で水を引き、町中に水路を張り巡らしていました。
チャール・ミナル
他の建築物とは異なるユニークな形をした建物。裕福な人が四人の娘にちなんで四本のミナレットを持つ建物を造ったといわれています。

ヒヴァ(ヒワ)/ Khiva

1592年、ホラズム王国の王アラブ・ムハマンド・ハンによって首都とされ、1920年にソビエト政権が樹立されるまでヒヴァ・ハーン国の王都として栄えました。 外敵の侵略を防ぐための城壁で守られ、内城イチャン・カラは、内城そのものが世界遺産に指定され、当時のメドレッセ(神学校)、アルク(城)など様々な建物が残っています。

カリタ・ミナル
ヒヴァの西門をくぐると最初に目に入ってくるのがこのカリタ・ミナルで、別名「未完のミナレット」。 手前の建物は、このミナレット建設を命じたムハンマド・アミン・ハーンのメドレッセで、現在はホテルになっています。
イスラム・ホジャ・ミナレットとミドレッセ
ヒヴァの中で一番高いミナレットがこのイスラム・ホジャのミナレットです。イスラム・ホジャは、ヒヴァ・ハーン最後の王イスフェンディヤル・ハーンの宰相です。 現在ミナレットは登ることができ、上からは世界遺産のヒヴァのすべてを見渡すことができます。
アルクとイチャン・カラの街並み
歴代のハーン(王)の暮らしたアルク。内部には、ハーン専用のモスクや謁見の間の他、造幣所もありました。アルク上部の見晴台からは、世界遺産イチャン・カラの街並みが一望できます。
タシュ・ハウリ宮殿
歴代のハーン(王)の暮らした宮殿アルク。内部は美しいタイルで装飾され、テラスのような吹き抜けのあるアイワーンと呼ばれる中央アジア独特の建築様式になっています。アイワーンの柱は一本のニレの木で作られ、美しい彫刻が施されています。
パフラワーン・マフムド廟
ヒヴァの守護聖人パフラワーン・マフムドの廟。もともとレスラーでもあり詩人でもあった彼は、試合で稼いだお金をヒヴァの貧しい人に施したといわれており、今でも彼の廟を訪れる人が絶えません。彼がインド遠征で持ち帰った木が、ジュマ・モスクの中にあります。
ジュマモスク
現存するヒヴァの建築物で最古のモスクがこのジュマ・モスクです。イスラム教の聖日金曜日からこの名前が付けられました。総数212本の柱が並び、古くは10世紀の柱もあるといわれています。

ウズベキスタン基本情報

概要

名称 ウズベキスタン共和国
Republic of Uzbekistan
面積 447,400K㎡(日本の約1.2倍)
人口 3,440万人(2022年)
首都 タシケント Tashkent
時差 日本との時差 -4時間
主要言語 ウズベク語、ロシア語
通貨 ウズベキスタン・スム

旅のシーズン

ベストシーズンは春(3月~4月)、秋(9~10月)。湿度が低く過ごしやすいため旅行に適しています。日中は日本の春・秋と変わらないくらいの気温ですが、朝晩は急に気温が下がることがあります。
5~8月は一番熱い時期で、日中は40℃近くまで気温が上がりますが、乾燥しているため日本の夏のような不快感はあまりありません。
11月以降の冬場は、内陸気候のため-10℃近くまで気温が下がりますが、雪が大量に降ることはありません。

●イスラムの祝祭日 : 中央アジア諸国の多くの人々はイスラム教を信仰します。 そのためラマダン(絶食月)期間中は現地の人々は食事を取らないことが多いのですが、外国人旅行者にはほとんど影響はありません。 ラマダン明けや巡礼月に行われる犠牲祭(イード)の時には休日になり、日本のお正月のような雰囲気になります。 その他、春分の日に行う「ノールーズ」や、各国の独立記念日は国を挙げてのお祭りになり観光に影響することがありますので、事前にチェックが必要です。

食事・飲み物

  • ● 中央アジアの代表的な食べ物として、串焼き肉のシャシリク、ピラフ、蒸した餃子のようなマントゥが挙げられます。各国とも、旧ソ連の構成国だったため、ロシアの影響も強く、ボルシチやポトフなども召し上がれます。
  • ● お茶は、日本のほうじ茶のような「チャイ」がほとんどで、大きな陶器製のポットに、日本のお茶碗のような器で飲みます。
  • ● イスラム教を信仰する人が多いのですが、戒律はさほど厳しくなく、お酒は自由に飲めます。ビール(ロシア産含む)、ワイン、ウォッカなど、様々なお酒を召し上がれます。
  • ● なま水(水道から出る水)は絶対に飲まないでください。ミネラル・ウォーターは簡単に手に入ります。
  • ● バザールは果物などが豊富ですが、食べ物の衛生面に関してはご自身で十分にご注意ください。また、民家泊で食事の提供が ある場合は、衛生面で疑問を持つ限りは丁寧に断るなど、ご自身でしっかり管理なさってください。

  • 蒸した餃子のようなマントゥ

  • 中央アジアのピラフ

  • ラグメン

旅の注意事項

●アルコール類
ビール、ワイン、ウォッカなど、レストランや街中の商店で購入できます。公共の場での飲酒は禁止されているのでご注意ください。

●服装

ウズベキスタンはイスラム教の国ですが、女性も含め服装の制限はありません。ただし、モスクの見学の際は女性・男性を問わず夏季であってもショートパンツ・ノースリーブなど肌を露出した服装は避けてください。

●写真撮影

イスラムの戒律はあまり厳しくありませんが、保守的な女性は写真を撮られることを嫌がります。その他の人は気軽に撮らせてくれることがほとんどですが、撮影の際は、女性・男性を問わず必ず本人に確認してから撮影しましょう。各国の国境、軍事施設、橋の撮影は禁止されています。

●遺跡の見学
各地の遺跡は、ほこりが多いので、スカーフやマスク等のほこり除けをご用意ください。

●お手洗い

ホテルは洋式のところがほとんどですが、地方のレストランや民家等ではイスラム式で紙を使わず水を使います。トイレット・ペーパーは備えていない場合が多いので、ポケット・ティッシュを多めにご用意ください。

●博物館
各地の博物館は、写真・ビデオとも撮影が禁止されています。

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