アルメニアの旅
世界で最も早くキリスト教を国教とした国。10世紀には、他民族の流入により民族全体がディアスポラで世界各地に離散。その後、オスマン帝国による迫害など苦難の歴史をもちますが、指揮者のカラヤンや、ミグ戦闘機の設計者ミコヤンなど、多くの知識人を輩出した民族の国です。首都のエレヴァンはノアの方舟のアララット山を望み、アルメニア産のコニャックは、ソビエト時代からの特産物として有名です。
世界で最も早くキリスト教を国教とした国。10世紀には、他民族の流入により民族全体がディアスポラで世界各地に離散。その後、オスマン帝国による迫害など苦難の歴史をもちますが、指揮者のカラヤンや、ミグ戦闘機の設計者ミコヤンなど、多くの知識人を輩出した民族の国です。首都のエレヴァンはノアの方舟のアララット山を望み、アルメニア産のコニャックは、ソビエト時代からの特産物として有名です。
アルメニアの首都エレヴァンは、紀元前8世紀に築かれたエレブニ要塞を起源とする古都であり、現在も政治・経済・文化の中心として機能しています。ピンク色の凝灰岩で造られた街並みは「ピンク・シティ」とも呼ばれ、晴れた日には市内からアララト山を望むことができます。 周辺には、アルメニアが世界で初めてキリスト教を国教とした歴史を物語る聖地や、キリスト教以前の古代遺構が点在しています。また市内には、世界有数の古文書館であるマテナダランが建ち、アルメニア文字と学問の伝統を今に伝えています。
ギリシャヘレニズム様式のガルニ神殿
中世写本を収蔵するマテナダランアルメニア使徒教会の総本山であり、アルメニアが301年にキリスト教を国教とした歴史の中心地です。4世紀初頭、王ティリダテス3世と聖グレゴリウスによって最初の大聖堂が建立されたと伝えられ、世界最古級のキリスト教大聖堂のひとつとされています。現在の建物は4世紀を起源とし、その後の増改築を経て17世紀の大改修で現在の姿が整えられました。中央にドームを戴く十字形平面を基本とし、四つの後陣と四本の柱で支えられる構造は、アルメニア教会建築の原型となる形式です。この建築様式はビザンチン世界をはじめ、広くキリスト教建築に影響を与えました。内部にはフレスコ画が残り、18世紀にはナガシュ・ホヴナタンとその一族による装飾が施されています。信仰の場であると同時に、アルメニア美術と建築史を語る重要な空間でもあります。
アルメニア正教の総本山・エチミアジン
エチミアジン大聖堂ポーチ天井の装飾(17〜18世紀)トルコ国境近くのアララト平原に位置する修道院で、雄大なアララト山を正面に望む絶景が広がります。現在アララト山はトルコ領にありますが、アルメニア人にとって民族と信仰の象徴であり、ここはその姿を最も美しく望む場所の一つとされています。この修道院は、アルメニアが世界初のキリスト教国となるきっかけとなった聖グレゴリウスの伝承で知られています。聖グレゴリウスは、キリスト教を広めた罪により、深い地下牢(ヴィラップ)に13年間幽閉されたと伝えられます。修道院名の「ホル・ヴィラップ」は「深い穴」を意味し、現在も聖母マリア教会(17世紀半ば建立)の脇に、深さ約6メートルの地下牢が残り、急な階段を下りて見学することができます。
ホルヴィラップ修道院の聖母マリア教会
ホルヴィラップ修道院とアララト山
アザート渓谷の標高約1,700mに位置する修道院で、岩山を掘り抜いて造られた洞窟教会群で知られます。2000年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。創建は4世紀初頭。聖グレゴリウスが、古来より聖地とされた洞窟の泉の上に修道院を築いたことに始まると伝えられます。当初は「アイリヴァンク(洞窟修道院)」と呼ばれていました。13世紀に最盛期を迎え、ザカリアン家の支援により現在の主聖堂や岩窟礼拝堂が整備されます。キリストが十字架上で刺されたとされる聖遺物「聖槍」が安置されたことから、「ゲガルト(槍)」の名で呼ばれるようになりました。920年代のアラブ軍、さらにモンゴルやティムール軍による侵攻で幾度も破壊されましたが、その都度再建され、写本制作や典礼音楽の中心地としてアルメニアの精神文化を支えました。
ゲガルト修道院の岩窟聖堂と岩壁に刻まれたハチカル
ゲガルト修道院の中央聖堂
1世紀後半に建立された、アルメニアに現存する唯一のギリシャ・ローマ様式建築です。周囲を柱廊が囲むペリプテロス型で、正面6本・側面8本のイオニア式円柱を備えます。西アジアやシリアの装飾芸術の影響を受けた精巧な意匠は、当時の高度な石工技術を物語っています。神殿は光と真実を司るミフル(ミトラ)神に捧げられ、内部には神像が安置されていました。301年にアルメニアがキリスト教を国教とした後も破壊を免れ、古代異教時代を今に伝える貴重な存在です。 周辺には、7世紀建立の聖シオン教会跡(1679年の地震で崩壊)や、精緻なモザイク画が残る王宮浴場跡が残り、異教時代からキリスト教時代への歴史の重なりが感じられる場所です。
ガルニ神殿
7世紀建立の聖シオン教会跡
7世紀(650〜659年頃)、カトリコス・ネルセス3世によって建立された円形大聖堂の遺跡で、初期アルメニア教会建築の傑作とされます。建物は三層構造の円形ドーム聖堂で、外側には連続する回廊、内側には四つ葉のクローバー型(四弁形)の平面を持つ壮麗な設計でした。10世紀に地震、あるいはアラブ勢力との戦乱によって崩壊しましたが、現在も残る列柱と基壇からは、当時の高度な建築技術がうかがえます。
7世紀のズヴァルトノツ遺跡とアララト山
ビザンティンとアルメニア様式が融合した列柱装飾アルメニア東部、ゲガルクニク地方に広がるセヴァン湖は、海抜1,925mに位置するアルメニア最大の湖です。表面積は約1,360平方kmで、琵琶湖のおよそ2倍。大規模な湖としては世界でも最も高地にあるものの一つに数えられます。ソ連時代には灌漑用水として大量に利用されたため水位が大きく低下しましたが、近年は回復が進められ、環境保全も重視されています。湖畔の丘に建つ10世紀創建のセヴァン修道院は、かつて湖に浮かぶ島にありましたが、水位低下により現在は半島となっています。
セヴァン湖南岸のノラドゥーズ村は、古代から続く集落で、伝承では紀元前700年頃に創建されたとされます。ここにはアルメニア共和国最大級のハチカル(十字石)群が残され、数百基におよぶ石碑が草原に立ち並びます。墓地には十字架を刻んだハチカルだけでなく、平板墓石も多く残り、そこには狩猟や農作業、宴席の場面など、当時の暮らしや社会の様子が彫り込まれています。
湖畔に建つセヴァン修道院
ノラドゥーズのハチカル群 アルメニア北部に位置するロリ地方は、ジョージアと国境を接する山岳地域で、深いデベド渓谷と緑豊かな景観が広がります。10〜13世紀にかけては中世アルメニア文化が花開いた中心地の一つであり、学問と宗教の拠点として重要な役割を担いました。渓谷を見下ろす高台には、アルメニア建築史における成熟期を代表する修道院群が残ります。
ロリ地方の山間に位置するアフパト修道院とサナイン修道院は、10〜13世紀にかけて繁栄した中世アルメニアの宗教・学問の中心地で、1996年に世界遺産に登録されました。いずれもバグラトゥニ朝の保護のもと発展し、神学・哲学・自然科学の教育や写本制作が行われた知の拠点でもありました。 深いデベド渓谷を挟んで建つ両修道院は、石造建築の完成度の高さで知られています。重厚な聖堂、ガヴィット(前室)、鐘楼、回廊、食堂などが複合的に配置され、単なる礼拝施設ではなく、自給自足の修道共同体として機能していたことがわかります。内部には繊細な浮彫装飾やハチカル(十字石)が残り、精神性と石工技術の高さを今に伝えています。
ハフパット修道院・聖ニシャン聖堂内部のフレスコ画(12世紀)
サナイン修道院の鐘楼と聖堂群アルメニア西部に位置するアラガツォトゥン地方は、首都エレヴァンの北西に広がる高原地帯です。乾いた空気と広い空、なだらかな丘陵と放牧地が続き、アルメニアらしい高原風景が最もよく感じられる地域のひとつです。
この地方の象徴が、アルメニア最高峰のアラガツ山(標高4,090m)。巨大な火山活動によって形成された四つの峰をもつ山塊で、中央には広いカルデラが広がります。夏でも山頂付近には雪が残り、ふもとの高原では羊や牛が草を食む穏やかな景色が広がります。
アルメニア最高峰アラガツ山(4,090m)
アラガツ山麓の高原に広がる夏季放牧の風景アルメニア南部に位置するワヨツ・ゾル地方は、赤褐色の岩山と深い峡谷が続く荒々しい景観が特徴の地域です。古くから交易路が通り、ペルシャとアナトリア、コーカサスを結ぶシルクロードの一角として発展しました。岩壁に抱かれる修道院や峠の隊商宿が残り、宗教と交易が交差した歴史を今に伝えています。
ワヨツ・ゾル地方の断崖に囲まれて建つノラヴァンク修道院は、12〜14世紀に宗教・文化・教育の中心地として栄えた中世アルメニアを代表する修道院で、有力貴族オルベリアン家の庇護のもとで発展しました。精緻な浮彫装飾で知られ、特に2階へ続く急な外階段を持つスルプ・アストヴァツァツィン聖堂は修道院を象徴する存在です。とりわけ、この地で活動した芸術家モミクによるハチカル(十字石)や浮彫装飾は、写実性と象徴性を併せ持ち、中世アルメニア美術を代表する作品群として高く評価されています。1840年の地震で被害を受けましたが、1990年代から2001年にかけて修復が進められ、現在は中世アルメニア建築の重要な遺産として保存されています。
ノラヴァンク修道院の聖アスタヴァツァツィン教会
聖ステパノス・ナーセシ教会に刻まれた三位一体のレリーフ標高2,410mのセリム峠に建つセリム峠キャラバンサライは、中世アルメニアの隊商貿易を支えた重要な宿泊施設です。ワヨツ・ゾル地方を南北に貫く交易路上に位置し、シルクロードの支線を往来する商人や巡礼者たちが休息をとる場として機能しました。1332年、オルベリアン家の王子チェサール・オルベリアンとその妻ホリシャフの命により建設が始まり、14世紀前半に完成しました。建物は灰色がかった玄武岩で造られ、3つのホールから成る堅牢な構造を持ちます。内部には石の飼い葉桶を兼ねた柱が並び、広い石板で覆われた屋根からは当時の建築技術の高さが覗えます。正面の壁に刻まれた、権力を象徴するライオンと富を象徴する雄牛の彫刻は、往時の繁栄を物語る意匠です。1950年代に修復され、現在も中世隊商宿の姿をほぼ完全な形で伝えています。
ライオンと雄牛が刻まれたキャラバンサライ正面入り口
玄武岩で造られらキャラバンサライの建物内部| 名称 | アルメニア共和国 Republic of Armenia |
| 面積 | 29,800K㎡(日本の約13分の1) |
| 人口 | 約300万人(2021年) |
| 首都 | エレバン Yerevan |
| 時差 | 日本との時差 -5時間 |
| 主要言語 | アルメニア語、ロシア語 |
| 通貨 | アルメニア・ドラム |
ベストシーズンは比較的天気がいい春(4月~6月)と秋(9月~10月) 。暑くもなく寒くもなく、過ごしやすい気候です。
夏は暑さが厳しく、冬も寒さが厳しい気候となります。湿度は低く乾燥しています。
日本国籍の方は条件を満たせばアルメニアへの無査証(ビザなし)入国が認められています。旅券の残存期間は帰国時まで有効なもの、1ページ以上の余白が必要になります。
日本国籍以外の方のアルメニアビザ要否はアルメニア外務省にてご確認ください。
アルメニア共和国大使館
〒107-0052 東京都港区赤坂1-11-36 レジデンスバイカウンテス230号室
電話:03-6277-7453 FAX:03-6277-7454
古来より様々な民族が往来したこの地には、独特の食文化が残っています。キリスト教国のため豚肉を食べるアルメニアでは、イスラム圏で食されるシシケバブにあたる串焼きの素材は豚肉となり、ホロヴァッツと呼ばれています。ヨーロッパに近くなるため、肉の他に玉葱やコリアンダーといった具材が使われています。またアルメニア産のコニャックは、ソビエト時代からの特産物として有名です。
ホロヴァッツ
アルメニア産のコニャック
【燃油サーチャージ不要】花咲くベストシーズン限定企画。ヨーロッパ最後の秘境上スヴァネティ地方を歩く。クタイシ、ウシュグリ村では民家風ゲストハウスに宿泊し、ジョージアの田舎の暮らしを体験。
史跡の宝庫と呼ばれるアゼルバイジャンの飛び地ナヒチェヴァン自治共和国から東トルコに残る歴史遺産を訪ねて。シリア正教徒の街マルディンも訪問。夜明けネムルート山にも訪れます。
【燃油サーチャージ無料】コーカサス地方の豊かな自然を歩いて豊かな食文化を楽しむ旅。各地でハイキングを楽しみ、民家訪問で家庭料理を味わい、ぶどう収穫体験やワインの試飲など、一味違うコーカサスの旅。
【燃油サーチャージ無料】ペルシャとアナトリアを結んだかつてのシルクロードを行く。7つの世界遺産を訪問。各国でその土地ならではの食文化を満喫。ワイン発祥の地ジョージアではワイナリーも訪問。
【燃油サーチャージ無料】コーカサスを陸路で巡る充実の旅、ジョージア軍用道路を走りコーカサスの高みへ。ヨーロッパ最後の秘境スヴァネティ地方も訪れる、コーカサスの決定版!