
ビュルサの丘 |
カルタゴは紀元前800年頃建てられ、フェニキア語で「新しい町」を意味する「カルト・ハダシュ」と呼ばれていました。カルタゴの街の名前はこの「カルト・ハダシュ」に由来してります。
2世紀にローマの五賢帝の一人であるアントニヌス・ピウスによって建設された「共同浴場」、かつてカルタゴの繁栄を支えた「古代カルタゴの港」、「トフェ」とよばれているカルタゴの守護神が祀られていたというお墓の遺跡等が点在しています。この地に点在するローマ・カルタゴ時代の建造物は1979年ユネスコの世界遺産に登録されました。 |
●アントニヌスの共同浴場
ローマ五賢帝のひとりアントニヌス・ピウスによって2世紀に建設された公共浴場。現在は基壇の部分しか残っていませんが、当時は2階建てで高さ30mにも及ぶドームがあったと考えられています。内部にはサウナ、プール、運動場など100以上の施設が付随し、モザイクや彫刻など贅沢の限りが尽くされました。
●トフェ
現存するカルタゴ時代の数少ない遺跡のひとつです。当時、カルタゴではバール・ハモン神やタニト女神が祀られ、幼児を神への生贄に捧げたという伝説が残っています。敷地内は子供達のお墓が並び、かつては神々の聖域とされた場所です。 |

アントニヌスの共同浴場 |

トフェ |
●ビュルサの丘
ポエニ戦争によって滅びるまでカルタゴの中心街だった場所。今でもフェニキア時代の遺構が丘の上に残っています。また、博物館が建てられており、内部には周辺から発掘されたローマ時代のモザイクや彫刻の数々、ポエニ時代のお墓の埋葬品などが展示されています。
また、丘の上に建つサン・ルイ教会は19世紀に建てられたもので、現在ではコンサートや展示会に利用されています。 |

フェニキア時代の廃墟跡 |

サン・ルイ教会 |