ツアーのポイント

ポイント 対馬に残る独自の神話の世界に触れる

古事記や日本書紀には見られない独自の神々が存在する対馬。島内各地に祀られるこれらの神々を訪ね、対馬独自の信仰の世界に触れると共に、日本神道の源流を探ります。  

ポイント 百手(ももて)祭りを遠望して天照大御神の起源を探る

阿麻氐留神社で行われる、9本の矢を鬼に見立てた的に向かって放つ神事「百手祭り」の開催に合わせた設定。太陽神が祀られる阿麻氐留神社と、中国に残る9つの太陽を射落とた英雄の神話から、天照大御神の起源に迫ります。  

ポイント 日本と大陸を結ぶ対馬の歴史に迫る

古くから日本と大陸を結ぶ海上交通の要衝だった対馬。畿内系の古墳や、大陸からの侵略に備えて築造された金田城、日本最初の仏教寺院の梅林寺、元寇や秀吉の朝鮮出兵に関わる史跡、江戸時代の鎖国下での外交貿易に関わる史跡など、古くから大陸からの玄関口であったこの地の歴史に触れます。

 

PROFILE 金子貴一さんプロフィール

1962年、栃木県生まれ。栃木県立宇都宮高校在学中、交換留学生としてアメリカ・アイダホ州に1年間留学。大学時代はエジプトの首都カイロに7年間在住し、1988年、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒。在学中よりテレビ朝日カイロ支局員を経てフリージャーナリスト・西遊旅行添乗員として活躍。中国や中東、仏教などへの造詣も深く、雑誌や新聞などへの執筆も多数行っている。特に、日本の歴史と宗教に関しては、4年間に亘り、東京新聞に連載記事を執筆。

COLUMN 日本神道の源流を探り、対馬独自の神話や神々の世界に触れる

日本神話は、8世紀初めに完成した2冊の歴史書「古事記」と「日本書紀」に記載されています。その内容は、日本各地の有力氏族が祀っていた神々と神話をまとめたもので、高天原神話、出雲神話、有力氏族や渡来人等が伝える神話、各地の伝承や神話が含まれます。対馬の神話や神社では、日本神話の冒頭を飾る天地の始まりに関わる神々をはじめ、古事記や日本書紀に登場する神々が祀られていますが、出雲神話の部分は欠落しており、逆に古事記や日本書紀には見られない対馬独自の神々が存在します。

例えば、今回訪問する多久頭魂神社と天神多久頭魂神社には、高皇産霊の子とされるタクズダマと呼ばれる対馬独自の神が祀られていました。前者の近くには、対馬独自の太陽の子である天道法師の墓「八丁郭」があり、平安時代には成立したと考えられる天道信仰が残っています。一方、後者は、山を御神体とし、社殿がなく、石積みで聖地を結界する古い信仰形態を残しています。更に、日本で最初に銀が発掘された対馬にはモロクロガミと呼ばれる独自の鉱山の神が、今回訪問する銀山神社に祀られています。このツアーでは、日本神道の源流を探ると共に、対馬独自の神話や神々にも目を向け、対馬独自の信仰の世界に浸ります。

天神多久頭魂神社
八丁郭

COLUMN 天照大御神の起源は対馬にあった!?

日本書紀の顕宗天皇3年4月5日の項に以下の記載があります。 ~日の神が人に憑かれて、阿閉臣事代(あへのおみことしろ、5世紀頃の豪族)にいわれ、「倭の磐余(奈良県桜井市の古地名)の田を、我が祖高皇産霊(たかむすひのみこと)に奉れ」と。事代は奏上し、神の求めのままに、田十四町を奉った。対馬の下県直(しもつあがたのあたい、対馬の豪族)が、これをお祀りしお仕えした~ つまり、ご神託によって対馬の太陽神と高皇産霊(天地開闢の時に高天原に現れた造化三神の一神で、天照大御神と共に、高天原を主宰する)を初期ヤマト政権の中心地と考えられる纒向遺跡がある現在の奈良県桜井市に祀り、対馬の祭祀集団を移住させて神々に仕えさせたと言うことになります。

弥生時代には、後に天皇家となるヤマトの王も、他の首長たちと同様、神の意志をキャッチ出来るシャーマン的存在で、豊穣を目的とした農耕関連のまつりごとを中心に行い、水源の管理という重要な役割を担っていたと考えられています。その祭祀場は三輪山であり、三輪山自体を御神体とし、三輪神(大物主神)は、天候などを通じて大和の大地の豊穣を担う国魂(くにたま)であり、穀霊神と考えられていました。しかしヤマト政権は3世紀末頃、各地の首長の中から頭角を現し、5世紀後半には大王位を確立、6世紀半ばには東国から九州にまで支配圏を広げます。それに伴って、ヤマトの王が祀る神は三輪神から軍神へ、そして唯一の太陽神へと移行していきました。当初、大和で祀っていた天照大御神は太陽が昇る神聖な伊勢(東国)に遷され、大王の天下を照らす天津神となったのです。

今回の旅で訪れる阿麻氐留(あまてる)神社は、大陸と日本本土を繋ぐ古代航路の拠点に鎮座し、古代港である西漕手に近く、太陽神であるアマテル神、天日神(アメノヒノミタマ)を祀ります。訪問時には百手(ももて)祭りが行われている時刻で、9本の矢を、鬼に見立てた大小の丸い的に向かって放つ神事が遠望出来る予定です。中国神話には、太陽は元々10個あったが、旱魃が起きるため英雄が9つを射落としたという話が残ります。もしかすると、天照大御神の起源はこの阿麻氐留神社の太陽神であり、更に、その起源は中国まで遡るのかも知れません。このツアーでは、壮大な古代のロマンを感じさせる現場を訪れます。

古代港である西漕手
百手祭り(ツアーでは遠望します)

COLUMN 古代からの大陸との交流の歴史を見つめる

対馬は、中国の文献・魏志倭人伝(3世紀)に最初に登場する日本のクニとして描かれ、古くから日本と大陸を結ぶ海上交通の要衝でした。朝鮮半島まで約50キロに位置するにも関わらず、4世紀後半には畿内系の高塚古墳が対馬にも出現し、「古事記」の国生み神話では本州や九州と並んで最初に創造される国土として描かれるなど、一貫して日本の国土として認識されていた場所です。大陸と日本本土の海上交通の要衝となり、大陸からの船は西漕手に到着して、人と荷物は丘を越えて反対側から別に船に乗り換えて日本本土に向かいました。ツアーでは、日本最初の仏教寺院・梅林寺を訪問し、黒瀬観音堂では統一新羅時代(8~9世紀)の銅造の仏像を特別拝観して大陸との文化交流の一端を見聞します。

日本の最前線基地として重要視された対馬には、畿内系の高塚古墳である大将軍山古墳(4世紀後半)や矢立山古墳群(7世紀)などの古墳群が残ります。古代、倭国はたびたび朝鮮半島に進出しましたが、白村江の戦い(7世紀)で唐・新羅連合軍に大敗すると、朝鮮半島での足がかりを完全に失ってしまいます。ヤマト政権は、大陸からの侵攻に備えて対馬に古代山城・金田城を築きましたが、ここは後の日露戦争時にも要塞化されることとなります。ツアーでは金田城を3時間掛けてじっくりと見学します。

以来、対馬は、日本と朝鮮、中国、ロシアなど複数の国家の交流と軍事的緊張の影響を強く受けるようになります。対馬は日本と大陸との最前線となり、独自の歴史が刻まれてきたのです。今回の旅では、元寇(1274年)の際に防戦に努めて討ち死にした将士の霊を祀る小茂田浜神社や小茂田浜元寇古戦場跡、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に建てられた清水山城跡(遠望)、江戸・鎖国下の日本が正式な国交をもった唯一の独立国李氏朝鮮との外交貿易業務を独占的に担った対馬藩の金石城、旧金石城庭園、藩主宗家の菩提寺・万松院と対馬藩主宗家墓所、明治後期(1901年)、南下政策をとるロシアとの戦争の機運が高まり、日本海軍が水雷艇を対馬海峡東水道に出撃させるため万関瀬戸を開削してその上に掛けた万関橋、そして、日露戦争末期(1905年)の日本海海戦の記念碑を訪問してそれぞれの時代に想いを馳せます。

大将軍山古墳
矢立山古墳

出発日と料金

2022年 
出発日~帰着日
日数 旅行代金 催行状況
03月09日(水) ~
03月14日(月)
6日間 238,000円
発着地 現地発着
ブラッサム博多中央ホテル集合・博多港解散)
最少催行人員 5名(10名様限定)・添乗員同行
一人部屋追加代金 15,000円
  • 全行程添乗員として金子貴一さんが同行いたします。
  • 国内旅行のため、再利用割引・特別割引はありません。
  • ツアーは現地集合・解散となります。現地までの交通機関はご自身でお手配下さい。
  • 【東京方面】
    往路:ANA253   羽田/福岡 12:30/14:30
    復路:ANA264   福岡/羽田 17:55/19:35
    【関西方面】
    往路:ANA425   伊丹/福岡 15:05/16:25
    復路:ANA428   福岡/伊丹 17:40/18:50
    <福岡空港~博多港>
    タクシー:約20分
    公共交通機関(合計約1時間):「博多駅」まで地下鉄で約5分、西鉄バスに乗り換えて約20分(徒歩区間を除く)


ツアー日程表

  地名 時刻 スケジュール
1 博多   博多のホテルにお越しください。ホテルに到着後、受付。
博多:ブラッサム博多中央ホテル泊|食事:朝× 昼× 夜×
2 博多
対馬
10:30発
12:45着
午前のジェットフォイルにて、国境の島・対馬へ。着後、専用車にて対馬固有の信仰が残る厳原町豆酘地区の観光(「太陽の子」天道法師の墓と伝わる八丁郭、天道信仰の本拠地・多久頭玉神社、赤米神事で重要な赤米田等)。
対馬:万松閣泊|食事:朝○ 昼× 夜○
3 対馬
(美津島町)
(厳原町)
 

専用車にて、美津島町小船越へ。着後、日本最古の寺・梅林寺、古代国際港跡の西漕手を訪問。阿麻氐留神社の例祭・百手祭りを遠望します。その後、美津島町にて、日露戦争に備え、海軍が万関瀬戸を開削してその上に掛けた万関橋を見学。更に、厳原町樫根地区へ。着後、7世紀建立の矢立山古墳群、対馬独自の鉱山神モログロガミを祀る銀山神社、元寇の際に討死した将士を祀る小茂田濱神社小茂田浜元寇古戦場跡を訪問します。

対馬:万松閣泊|食事:朝○ 昼○ 夜○
4 対馬
(美津島町)
  専用車にて、美津島町へ。白村江の戦いで大敗した後、大陸からの侵攻に備えて建設した古代山城・金田城跡を訪れます(3時間程歩きます)。午後、美津島町で対馬独自の神仏が祀られる神社仏閣を参拝(亀卜の神を祀る名神大社・太祝詞神社、霊峰白岳嶽の遥拝所として鎮座する白嶽神社、統一新羅時代の仏像が安置される黒瀬観音堂、航海の守護神が祀られる名神大社・住吉神社)。
対馬:万松閣泊|食事:朝○ 昼○ 夜○
5

対馬
(豊玉町)
(峰町)
(上県町)
(上対馬町)

 

専用車にて、豊玉町へ。着後、海幸山幸伝承と竜宮伝説に彩られた和多都美神社を参拝。その後、峰町に移動して、古くは八幡本宮と称した名神大社・海神神社(対馬一宮)、上県町にて、日本神話の原初の神(造化三神の一神)神皇産霊尊を祀る神御魂神社、4世紀後半の大将軍山古墳、石積みで聖地を結界する古い信仰形態を残す天神多久頭魂神社、上対馬町にて、海岸の崖上に建つ祭祀遺跡・五根緒の積石塔を見学。昼食後、同じく上対馬町で、韓国まで約50キロの距離にある韓国展望所、朝鮮通信使停泊地の鰐浦を遠望、また日露戦争末期の日本海海戦記念碑、暴風神・須佐之男命などを祀る島大國魂神社・那祖師神社・若宮神社を訪問。

対馬:万松閣泊|食事:朝○ 昼○ 夜○
6

対馬
博多港

13:00発
15:15着

昼の出発まで、徒歩にて厳原町中心地の観光(神功皇后伝説が残る八幡宮神社、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に建てられた清水山城跡(遠望)や対馬藩藩主宗家の菩提寺万松院対馬藩主宗家墓所金石城跡旧金石城跡庭園)。昼のジェットフォイルにて、壱岐を経由し博多港(博多ふ頭)へ。 着後、解散。

 

食事:朝○ 昼× 夜×
  • 運輸機関のスケジュールの変更、遅延、運行の中止や道路状況などにより、宿泊地や訪問地の順序が変わったり、日程内容に変更が起こることがあります。
  • 食事回数:朝5/昼3/夜4

ご案内とご注意

気候・服装 この時期の対馬の日中の気温は14℃前後、朝夕の気温は6℃前後です。重ね着ができるように上着を必ずお持ちください。スニーカーなど歩きやすい靴でご参加ください。また雨が降ることもありますので、雨具もお持ちください。
利用予定ホテル 日程をご覧ください。
日程について フェリー運航状況、道路事情や天候により日程は変更となる場合があります。また、百手祭りは自治体の都合で日付等が変更になる場合があります。予めご了承ください。
食事について 2日目と6日目の昼食については旅行代金に含まれていません。現地にて各自でお召し上がりください。
荷物について 各地ではポーターがいないので、港から宿までなどの移動中の荷物はご自身でお持ち運びいただきます。小型のキャリーケースやザック等コンパクトなカバンでご参加ください。 
旅行条件について 詳しい取引条件を説明した書面をお渡ししますので、事前に確認の上お申し込みください。

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