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ムガリッツ

©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

スペイン

ムガリッツ

 

MUGARITZ. NO BREAD NO DESSERT

監督: パコ・プラサ
日本公開:2025年

2025.7.23

美食の地、スペイン・バスクから世界を見渡す

ミシュランガイドに「レストランを超えた存在」と評され2つ星を獲得した、スペイン・バスク地方の名店「ムガリッツ」。

アーティスティックなオブジェだけを乗せたテーブル、カトラリーを使用せず手や舌を直接使って味わう料理など、従来のレストランコードを崩した独自の世界観で、これまでにない食空間を生み出してきた。

毎年11月から4月の6カ月間は休業し、スタッフ総出でメニュー開発に専念する。その年に誕生した料理が翌年以降に提供されることはなく、革新的なメニューはつねに更新され続ける。

次年のテーマは「目に見えないもの」。数十皿の料理は、どのように生み出されるのか? その過程をカメラは追う・・・

旅のさまざまな魅力の中で、はずせない要素といえば料理です。各地の伝統食材、名物料理を嗜む中で、その土地の歴史・風土を感じるのは、いつでも楽しいものです。

本作の舞台となっているムガリッツで提供される料理は、名物料理とは一線を画しています。

歴史・風土性というよりも「料理文化が栄えた地の料理人は、どのように世界を見渡しているか」ということが一皿一皿で表現されているのだと本作を観てわかりました。作品づくり、芸術の域で、映画制作者の僕にとっては「同業者」のように感じる瞬間もありました。

そして日本人の観客にとってひときわ面白いポイントは、会話を聞いていると、日本文化が彼らにとても影響を及ぼしていることがわかる点です。「うまみ」という日本語は、世界のシェフの間ではもう共通言語になっている姿が映し出されます。

そして「目に見えない」といえば、発酵。そのカルチャーの中で、今日本はひときわ注目されていますが、納豆に好き嫌いがあるのはスペインでも同じなんだなというクスッと笑ってしまうようなシーンもあります。

総じて料理人たちは、ラテン気質といいますか、子どもが公園で遊ぶような感じで戯れながら料理の開発を進めていきます。

ですが「アルゴリズムのリコメンドを飛び越えて、まだ出会ったことがないものた感情に料理を通じて出会ってもらう」というように、キュッと締めるところはちゃんと締める、野心的な姿も目撃できます。

鑑賞後はきっとどこかレストランに立ち寄りたくなる『ムガリッツ』は9月19日からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。詳細は公式HPをご確認ください。

ガストロノミー・ウォーキング
【スペイン&フレンチバスク&アンドラ公国編】

スペイン、フランス、アンドラ公国・3ヶ国をハイキングで楽しみ、お腹を空かして美味しいものを食べる!秋の恵み「旬」を楽しむコースです。美味しいレストランにも行きますが、それ以外に、美食の街としても名高いバスク州のビルバオとサン・セバスティアンの旧市街でのバル巡りや、地元ガイドとベルゲダの森を散策し、きのこ狩りも楽しみます。また、スペイン産スパークリングワイン「CAVA」の老舗ワイナリーにも訪れます。食文化を楽しむガストロノミーというテーマに加えて、歩いて自然の恵みを享受する「ガストロノミー・ウォーキング」を考えてみました。スペイン再訪にもおすすめのコースです。

パルテノペ ナポリの宝石

(C)2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathe Films – Piperfilm Srl

イタリア

パルテノペ ナポリの宝石

 

PARTHENOPE

監督: パオロ・ソレンティーノ
出演: シルビオ・オルランド、ルイーザ・ラニエリほか
日本公開:2025年

2025.7.9

ある美女の生涯が体現する、ナポリの街の美

1950年、南イタリア・ナポリで生まれた女児は、人魚の名でナポリの街を意味する“パルテノペ”と名付けられた。美しく聡明で誰からも愛される女性に育ったパルテノペは、兄のライモンドと深い絆で結ばれていた。

年齢と出会いを重ねるにつれ、さらに美しく変貌を遂げてゆくパルテノペ。だが彼女の輝きが増すほど、対照的に兄の孤独が暴かれていく。そしてある夏、兄は自ら死を選んだ……。彼女に幸せをもたらしていた<美>が、愛する人々に悲劇を招く刃へと変わる。それでも人生を歩み続けるパルテノペはどこへ向かっていくのか・・・

店舗であれば看板娘・名物店長といった人物がいるように、「その街っぽい人」というのは国内外問わずいるものです。日本にも「ミス◯◯」「ミスター〇〇」「親善大使」というように、街を代表する肩書や役職があります。

本作の主人公のパルテノペは、人魚伝説が根付くナポリの街自体を象徴するように描かれ、彼女の美やそれゆえの葛藤とあわせて、数十年の時代の変遷が描かれます。

作家目線としては、本人を描くのか、都市を描くのか、とてもバランスが難しいように思えました。つまり、パルテノペという人物を撮っているときも、いくらかナポリという都市(旧称パルテノペ)のことを撮っている気分でいなければいけないということです。

これは「観光」ということにも、とても似通っているように思えます。イタリア・ナポリに2025年訪れたとして、紀元前からはギリシア、そしてローマ・ビザンツ・ノルマンなど様々な歴史・文化的背景というのは、自分の頭で想像するしかありません。眼の前の景色という「現在」と、おびただしい出来事を経た「過去」。それが一刻一刻更新される中で、何かしらの「光」を「観る」のが観光というものです。

愛と自由を追い求めるパルテノペ。そして「太陽の街」ナポリそのもの。この2つを皆さんなりに交差させながら観ると、物語を追うだけではないとても独特な鑑賞体験ができると思います。

とにかく映像が美しいので、それだけでもあっという間に鑑賞時間が終わってしまうかと思いますし、間違いなくナポリに行きたくなる作品です。

『パルテノペ ナポリの宝石』は8月22日から新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほか全国順次公開。詳細は公式HPをご確認ください。

南イタリアを歩く

地中海沿岸部に爽やかな風が吹く、秋の季節限定企画。ティレニア海に浮かぶ美しきエオリエ諸島やシチリア島、カプリ島、アマルフィ海岸など、南イタリアの自然を歩いて楽しみます。また、洞窟住居で知られるマテーラや、アルベロベッロの美しき村々も巡ります。

青春―帰―

(C)2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinéma – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing

中国

青春―帰―

 

Youth Homecoming

監督:ワン・ビン
出演:織里の人々
日本公開:2025年

2025.6.4

中国・浙江省の若者たちの様子を、透明人間のように眺める

春節の休暇が近づき閑散とする中国・浙江省にある織里の縫製工場。わずかに残っていた労働者たちも、それぞれの故郷で春節を祝うため帰省する。

休暇中に結婚式を挙げる者もいるが、故郷には仕事がない。

青年・ミンイェンの故郷である雲南は寒く、家の中にいても手がかじかんでしまう。

やがて休暇が終わり、労働者たちは工場に戻ってくる。新たに雇われた若い世代の出稼ぎ労働者たちも加わり、工場には少年少女の幼い声が響く・・・

「ドキュメンタリー」ときいて、どんなイメージを皆さんは思い浮かべるでしょうか? 僕自身はフィクションから映画を始めて、どちらかというとドキュメンタリーに今は比重を置いていますが、「ドキュメンタリー」という言葉が使われるとき、しばしば「真実を明るみにする」「衝撃の事実が明らかになる」「インタビューをもとに構成されている」というイメージが伴うように感じます。こうした一般通念は、テレビ番組におけるドキュメンタリーの影響が強いと思います。目的意識を持って撮影されるということです。

本作を監督したワン・ビンのスタイルは、それとは一線を画しています。「壁に張り付いた虫の目線」とか「透明なカメラ」と表現されることが多く、観客は「なぜ自分は今この光景を観ている(観れている)のだろう?」と不思議に思うことも少なからずあるかと思います。

もちろんワン・ビン監督にも、この映画を撮る目的意識というのはあります。ですがそれは、全く前面に出ることはなく映画の奥底に潜んでおり、空中を浮遊しているかのような時間感覚に変わって表現されています。

おそらく、映画が撮られても撮られていなくても、スクリーンに映る光景はほぼ変わらない形で織里の町に生じたことでしょう。しかし、劇中に登場する人々が数十年後に振り返るとき、間違いなく「映画を撮った」という経験が共にあることでしょう。そこにこの映画の、タイムトラベルかタイムカプセルのような真髄があると思います。

本作は『青春』シリーズとして2作(劇場によっては3作)同時に、2025年4月26日(土)より全国順次上映中。詳細は公式HPをご確認ください。

ただ、愛を選ぶこと

(C)A5 Film AS 2024

ノルウェー

ただ、愛を選ぶこと

 

監督:シルエ・エベンスモ・ヤコブセン
出演:ペイン家の人々
日本公開:2025年

2025.4.30

ノルウェーの自然の中で生きる一家の暮らしが映画になった、奇跡的な経緯

お金で買うことのできない豊かさと自由を求め、美しい北欧の森で自給自足の暮らしを送るペイン家。子どもたちは学校へ通わずに両親から学び、自然の恵みを浴びながら成長してきた。

しかし、家族の中心だった母マリアが病死したことで、すべてが一変してしまう。父と血のつながりのない長女は家を出ていき、父は実子3人とこれまで通りの暮らしを続けようとするが、家計や教育などさまざまな問題に直面していく。

時折僕は映画や芸術作品を審査する側にまわることがあるのですが、回数を重ねてからより強く審査時に意識するようになったのは「なぜ制作者はこの作品をつくろうと思ったのか」という点です。いわゆる企画意図というものです。

企画意図は必ずしも明瞭であればいいというものではありません。ときには「なぜこんな不思議な映画がこの世に存在することになったんだろう、わからない」という気持ちが、作品の世界に引き込んでくれることもあります。この作品はそういうタイプの映画です。奇跡的なめぐり合わせが制作背景にあります。

もともとこの作品は監督が、マリアさんを含む家族の暮らしぶりを撮ろうとしたところから始まりました。自然の中の暮らしを綴ったマリアさんのブログ「wild+free」は人気で、監督も読者の1人だったそうです。しかしその時には企画は実現しませんでした。

次に一家と連絡をとった時、マリアさんは癌を発症。そしてマリさんの死後、夫のニックさんに連絡を取って映画作りを受け入れてもらったのだといいます。この「どうしても撮りたい」という熱意の結果、カメラに映った光景というのは、きわめて日常的な風景の連続です。

なにかスペクタクルなことがなくても、伏線回収のようなことをしなくても、日常の中にストーリー・旅があふれているということが感じられます。でも、それらのあまりにも日常的すぎて、ふつうに考えるとカメラを回すようなタイミングではないような光景が本作の多くを占めています。

撮影は3年間おこなわれていますが、その経過時間もあまり感じられません。でももちろん子どもたちはぐんぐん大きくなっています。そういった要員で、とても不思議な雰囲気が終始たちこめています。

父と4人の子どもたちの後を、思い出を拾い集めながらゆっくり追っていくような『ただ、愛を選ぶこと』は、4月25日(金)よりシネスイッチ銀座で上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。

今日の海が何色でも

タイ

今日の海が何色でも

 

監督:パティパン・ブンタリク
出演:アイラダ・ピツワン、ラウィパ・スリサングアン
日本公開:2025年

2025.1.22

知られざるタイ・ムスリム圏の恋愛模様

イスラム教徒が多く暮らすタイ南部の町ソンクラー。かつてこの町には美しい砂浜があったが、高潮によって侵食され、現在は護岸用の人工の岩に置き換えられている。保守的なイスラム教徒の家庭に生まれ育ったシャティは親から結婚を急かされているが、親が決めた相手と結婚させられることに疑問を抱いていた。

そんなある日、シャティは町で防波堤をテーマにした美術展を開くため都会からやって来たビジュアルアーティストのフォンと出会い、彼女を手伝うことに。

正反対の環境に生まれ育った対照的なふたりは、互いを深く理解していくなかでひかれあうようになるが⋯⋯

タイというとどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。プーケットなど、「きれいな海」というイメージは思い浮かぶかもしれません。

宗教でいうならば、仏教のイメージが強いかと思います。本作はマレーシアにほど近いムスリム圏の町を舞台にしています。作品の写真だけ見ると、町並みや人々の顔立ちも、マレーシアやインドネシアの作品かなと思うような雰囲気がします。

そういう意味で、とてもめずらしい、知らない世界を旅したような気分を味わえる可能性が高い一作です。実は監督が友達なのですが、2018年に出会った時から本作を企画していました(企画が実現して、しかも日本で公開されてとても嬉しく思います)。

彼と直接色々話した記憶をたどりながら、本作のキーワードをひとつ挙げるとするならば「ボーダーレス」です。

何かが進展・発展すると、同時に何かが失われることがあります。本作において、まずそれは環境・景観です。防波堤によって失われた景観は、もとに戻すことはできません。

監督はその事象を「環境問題を描く」というような真正面からの描き方ではなく、あくまで人間模様を通じて、特にLGBTQといった現代的ジェンダーの「ボーダー」を通じて描いています。

海の色や状態が、片時も一様ではないように、人の気持ちや世の中のゆらぎが渾然一体となって物語が展開されているのがとてもユニークな作品です。

『今日の海が何色でも』は、1月17日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷などで上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。

苦悩のリスト

(C)Makhmalbaf Film House

アフガニスタン

苦悩のリスト

 

監督:ハナ・マフマルバフ
出演:アフガニスタンの人々、マフマルバフ一家
日本公開:2024年

2024.12.18

2021年タリバン復権―ロンドンのアパートの中で「心の中のカブール」をつくる

2021年5月、アフガニスタンからアメリカ軍が撤退。アフガニスタンでは急速にタリバンが侵攻を再開し、空港は国外脱出しようとする市民でパニックに陥る。

7月には、アフガニスタンのほぼ全土を掌握したタリバンによる迫害や処刑など、生命の危機に直面したアーティストや映画関係者のための救援グループが発足。イランの巨匠モフセン・マフマルバフ監督の次女・ハナは、ロンドンのアパート内で自身もその作業に関わりながら、スマートフォンを手に取り「苦悩の経過」を記録する。

マフマルバフ一家総出で約800人のアーティスト・映画関係者リストをもとに各所への呼びかけをおこなっていくが、やがてリストから人数を絞らなければならないという苦渋の選択を迫られる⋯

以前このコラムでもご紹介した『子供の情景』という、アフガニスタン・バーミヤンの仏像破壊に対する強烈な回答作を、フィクションとドキュメンタリー混じりで監督したハナ・マフマルバフ。

本作は大半がロンドンのアパート内のスマートフォン動画素材と、パニック渦中のアフガニスタンから集積したスマートフォン動画素材から成り立っています。

ひとつひとつの尊い命を、パソコン画面の情報として、マウスのワンクリックや送信ボタンのタップという軽い動作で取り扱わないといけないという重圧に、撮影しているハナも含めたフィルムメーカーたちが対峙していく様子が記録されます。

一つ忘れてはならない大前提があります。それは本作がコロナ禍に撮られたということです。しかし、カブールの空港でパニックになっている人混みの中で誰もマスクをしていませんし、ロンドンのアパート内のマフマルバフ一家も誰もマスクをしていません。

「それどころではなかった」というのが実際のところでしょう。調べたところ、アフガニスタンでの感染者数は何万人というレベルまでは増幅しなかったようです。しかし、社会・経済情勢や物流には甚大な影響があったはずです。

ハナ・マフマルバフの描写が巧みだなと思うのは、自分の子ども・ニカが時折登場するところです。つまり、世界情勢における苛烈な事柄を題材としながらも、母として本作をものすごく個人的な映画に仕立て上げているということです。

女性・子どもが無残にも次々と亡くなっているアフガニスタン。一方、平和なロンドンで何も知らず無邪気な自分の子ども。一見するとそのようなシンプルな対比に見えますが、より深いメッセージを僕は受け取りました。

『子供の情景』でも、「大人たちがつくった世界」で子どもたちは生きていくのだという強いメッセージがこめられていました。本作でもその核心部分は変わっていないように思えます。

情報化社会においても、スマートフォン・PCに逆に「使われる」ことが無いように、家族・芸術・文化・歴史に関する物語を語り継いで「世界をつくる」営みを止めてはいけない。そんな映画監督・アーティストとしての現代的責務を、家族ぐるみで全うしていることの記録を本作で試みているように僕には思えました。実際、この映画で最もエモーショナルなシーンのひとつは、最年少・ニカによって演出されますが、「マフマルバフ一家の精神」が受け継がれた瞬間の記録にもなっています、

マフマルバフ一家にしか撮り得ないドキュメンタリー『苦悩のリスト』は、12月28日(土)より「特集上映 ヴィジョン・オブ・マフマルバフ」の1本としてシアター・イメージフォーラムほか全国順次上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。

子どもたちはもう遊ばない

(C)Makhmalbaf Film House

イスラエル

子どもたちはもう遊ばない

 

監督:モフセン・マフマルバフ
出演:エルサレムの人々
日本公開:2024年

2024.12.11

イランの巨匠、スマホを片手にエルサレムの町をゆく

イランの巨匠モフセン・マフマルバフ監督は、映画のロケハン(下見)のため聖地・エルサレムの町を巡る。

長年続くイスラエルとパレスチナの紛争の解決の糸口を探るため、監督はユダヤ・アラブ双方や世代を問わず様々な人々に出会い、ペンでメモをとるかのようにスマートフォンでその様子を記録していく⋯

『ギャベ』『独裁者と小さな孫』など、過去にも本コラムで作品を紹介してきたモフセン・マフマルバフ監督の最新作はスマートフォンの作品です。

誰でも撮れそうでありながら、でも映画監督的洞察・直感・忍耐力がないと収録できないフッテージが、さながらエルサレムの街をグルグルとさまようかのような不思議な構成で編集されています。

僕も実は町の動態をスマホで記録することを仕事にしているのですが、スマホの良い点はまずサッと構えることができて、何気ない人の動作や言葉が収録できること。

そして、カメラを構えても被写体があまり緊張しないことです。たとえば、頬杖をつくように片手でスマホを持ってカメラをまわして、インタビュー対象者とはちゃんと目を合わせて話すことがスマホでは簡単にできます(マフマルバフ監督がそうしているかはわかりませんが、そんなようなカメラの構え方をしているかもしれないシーンがいくつかありました)

そしてフィクションとドキュメンタリーの間を行き来することを得意とするマフマルバフ監督は、アラブ・パレスチナ間の偏見を取り去るワークショップ(おそらくこれは現地の人の既存のワークショップ)の様子を、ドキュメンタリー部分のランダムな感じから一転して、テレビドラマでもあるかのようなアングルで収録します。

こうした撮影スタンスによって、「ああエルサレムではそういうことがあるのか」という他所(よそ)のことではなく「これがエルサレムの日常なのか」と、あたかも眼前の光景かのようにエルサレムでの日常的なやりとりが観客の前に立ち現れてくることでしょう。

そしてやはりさすがだなと思ったのは、『子どもたちはもう遊ばない』(原題『Here Children Do Not Play Together』)という部分に関しては、直接的にあまり描写がない点です。おそらく、目の前に見えるものというよりも、見えないもの・無くなってしまったものについて描こうと監督はしたのでしょう。

『子どもたちはもう遊ばない』は、12月28日(土)より「特集上映 ヴィジョン・オブ・マフマルバフ」の1本としてシアター・イメージフォーラムほか全国順次上映。その他詳細は公式HPでご確認ください。

お坊さまと鉄砲

(C)2023 Dangphu Dingphu: A 3 Pigs Production & Journey to the East Films Ltd. All rights reserved

ブータン

お坊さまと鉄砲

 

The Monk and the Gun

監督: パオ・チョニン・ドルジ
出演: シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップほか
日本公開:2021年

2024.12.4

ブータンらしいピースフル・クライム・サスペンス

2006年。長年にわたり国民に愛されてきた国王が退位し、民主化へと転換を図ることが決まったブータンで、選挙の実施を目指して模擬選挙が行われることに。

周囲を山に囲まれたウラの村でその報せを聞いた高僧は、なぜか次の満月までに銃を用意するよう若い僧に指示し、若い僧は銃を探しに山を下りる。

時を同じくして、アメリカからアンティークの銃コレクターが“幻の銃”を探しにやって来て、村全体を巻き込んで思いがけない騒動へと発展していく⋯

以前ご紹介した長編監督デビュー作『ブータン 山の教室』がアカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされて、世界的に注目を集めた監督の第2作目。

100年以上国王を中心とする絶対君主制だったブータンが議会制民主主義へ移行し、憲法が公布され、首相が選出されるなど立憲君主制に移行したのは2008年のことでした。そのひとときを描いた映画です。

物語の中で、さりげなくチベット仏教国・ブータンならではの文化が紹介されていきます。映画をやっている僕からすると、物語本筋もさることながら、素晴らしくプロデュースされていて「上手いな」と唸ってしまいました。

1980年代半ば以降に教育を受けた人々(2006年時点で20代後半〜30代前半)は、英語が公用語となった後なので、英語が流暢に喋れる点。

議会制民主主義が導入されようとも、秘密の任務をこなそうとしていようとも、お坊さんへの敬意や不徳を避ける精神が勝ってしまい「ブータンらしい葛藤」が生まれる点。

儀式・お祭りにおいて、男性器をかたどった祭具(家の壁にもときどき描いてあります)が使われたり大事にされていることを、映画の文法において男性性を象徴する「銃」という小道具が自然に引き出して終盤の展開に活きてくる点。

そして、そこまで計算していたかどうかわかりませんが、アメリカという国でドナルド・トランプが再選された直後にこの映画が公開になるというのは、タイミングが完璧すぎると思いました。

政治のことを描いているけれどもほのぼの平和すぎてブータンらしい映画『お坊さまと鉄砲』は、12月13日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか、全国順次ロードショー。詳細は公式ホームページをご覧ください。

幸せの王国 ブータン

ヒマラヤ東端の小さな王国ブータン。インドやネパール、チベットとも全く異なった雰囲気を持ち、のんびりとしたやすらぎを与える国です。「おとぎの国」、「桃源郷シャングリラ」と呼ばれるブータンを知りつくした西遊旅行が自信をもっておすすめするコースです。
民族衣装の試着、焼き石のお風呂「ドツォ」の入浴、ブータン料理の試食など、実際の体験を通してより深くブータンの文化にふれることができるでしょう。また、ご希望の方はツアー期間中ブータン衣装ゴ(男性)・キラ(女性)を貸し出しいたします(無料)。伝統的な民家を訪問。ご希望の方は民家にご宿泊いただき、食事支度のお手伝いや本場の家庭料理、地酒アラに舌鼓を打つひとときをお楽しみください。

場所はいつも旅先だった

(C)Mercury Inspired Films LLP

日本(アメリカ・フランス・スリランカ・台湾・オーストラリア)

場所はいつも旅先だった

 

監督:松浦弥太郎
出演:世界各地の人々
日本公開:2021年

2024.11.27

生活習慣のように録画された5カ国の旅

文筆家、書店オーナー、雑誌「暮しの手帖」の元編集長などさまざまな肩書きを持つ松浦弥太郎が初監督したドキュメンタリー。サンフランシスコ(アメリカ)、シギリア(スリランカ)、マルセイユ(フランス)、メルボルン(スペイン)、台北・台南(台湾)と、世界5カ国・6都市を旅した松浦監督が、各地で体験した出会いとかけがえのない日々を、飾らない言葉でエッセイ集のようにつづっていく。

西遊旅行で旅する皆様には、旅行記や日記を付けている方も多いのではないかと思います。今でもあるかわからないのですが、ツアーに添乗すると添乗レポート(内部用)と旅の記録(お客様用)を必ず付けていました。

前者はいわば業務的な情報で、ツアー開発や同じツアーに行く添乗員のために書かれます。基本的に情感はあまり宿りません(でも西遊旅行のツアーに添乗される方はユニークな方ばかりなのでエモーショナルな添乗レポートもたくさんあります)。

後者は「記録」といいつつも「記憶」、つまり、思い出です。そのため、書き手それぞれの思い入れが入ったり、文体に特徴が出ます。余談ですが、僕が創作を志し始めたのは、添乗レポートや各種広報誌の文章が「上手い」「独特」と言われたときからでして本当に機会に感謝しています。

特に日記ですとか旅の記録というのは、期限や時間に追われて書くようなものではありません。「さあ、書こう」と思う前に、もう書いている。いわば「習慣」です。

この『場所はいつも旅先だった』は、そういう感じで、日々の習慣として撮影された主観的アングルの映像で、人々の習慣や都市に散りばめられた生活習慣の痕跡を巡っていく映画です。監督の語らい (声の主は監督本人ではなく小林賢太郎さん) をのせた映画は、車庫に入る回送車両のように緩やかに進んでいきます。

主に早朝や深夜など、何かと何かの区切れ目的な時間帯を。観光地(たとえばスリランカのシギリヤ・ロックのようなダイナミックな場所)よりもその界隈の名もなき人々の慎ましい生活を、カメラは追います。

もちろん旅先での様々な出会いは記録されていますが、あまり一人ひとりに入り込みすぎず、気球のようにフワフワと場から場へと周遊していく映画です。

エッセイ的なので、ご飯を食べながらなどゆるりと鑑賞したりするのにぴったりな作品です。

季節風とインド洋の恵みの島スリランカ
~5大世界遺産と高原列車の旅~

シギリヤロックをはじめ文化三角地帯を構成する4つの文化遺産と、大航海時代の要塞群ゴールにも訪問します。ヌワラエリヤのナヌオヤから、スリランカ中央山地のエッラ間は、近年欧米人旅行客を始め人気の絶景区間。車では通ることのできない茶畑の美しい景色を眺めながら進んでいく列車で、緑豊かなエッラの町を目指します。紀元前3世紀に遡る僧院跡が残るリティガラ遺跡は、まだ訪れる外国人観光客がほとんどいない知られざる遺跡です。 密林の中で自然と調和する様に佇む未知なる仏教遺跡の見学をじっくりとお楽しみください。シギリヤでは、プールの奥にシギリヤロックを望む「ホテルシギリヤ」または「シギリヤビレッジ」に2連泊。エッラでは町の中心に位置する「オークレイエッラギャップ」または「オークレイラエッラブリーズ」に宿泊。お土産店やカフェが軒を連ねる町の散策もご自由にお楽しみいただけます。

不思議の国のシドニ

(C)2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM IN EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMELIA

フランス

不思議の国のシドニ

 

Sidonie au Japon

監督: エリーズ・ジラール
出演: イザベル・ユペール、伊原剛志、アウグスト・ディール ほか
日本公開:2024年

2024.11.20

京都・奈良、そして直島へ―「光」を求める再生の旅

フランスの女性作家シドニは、自身のデビュー小説『影』が日本で再販されることになり、出版社に招かれて訪日することに。見知らぬ土地への不安を感じながらも日本に到着した彼女は、寡黙な編集者・溝口健三に出迎えられる。

シドニは記者会見で、自分が家族を亡くし天涯孤独であること、喪失の闇から救い出してくれた夫のおかげで『影』を執筆できたことなどを語る。溝口に案内され、日本の読者と対話しながら各地を巡るシドニの前に、亡き夫アントワーヌの幽霊が姿を現す。

旅の季節は春。今は紅葉でさぞかし人でにぎわっているはずの京都・奈良、そして直島をフランスの名女優イザベル・ユペールが旅していきます。京都・奈良は日本人でも時の流れの深遠さを感じますし、直島はまだ行ったことはないですが、島の暮らしやアートに触れて心洗われる体験ができると多くの知り合いに聞いてきました。内容もさることながら「いい旅をしているなぁ」と、ただただボーッと眺めていられる映画です。

そんな本作のテーマは「光」であるように僕には思えました。序盤から中盤にかけて亡き夫アントワーヌが描かれるとき、違和感があるくらいに強く光(照明)があたって、まだ生きているシドニとのコントラストが描かれます。

シドニと健三は伝統建築も含めてたくさんの場所を巡っていきますが、たとえば東大寺の場面でいかにも日本の伝統建築らしい自然光の差し込み方や外と中の曖昧さが、シドニたちの心理状態と呼応するシーンはとても印象的です。

そしてアートで有名な直島に訪れますが、今度は段々とシドニの心の中に光がさしてきて、色々な意味で明るくなってきます。対象的に「影」として描かれるのは健三になりますが、服の色などもかなり計算されているかと思うのですあ、主人公たちの「光の受け渡し」が特に中盤から終盤にかけて描かれています。

あとは、秋に春の映画を観るのもまたいいなと思いました。『不思議の国のシドニ』は12/13(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国劇場にて公開中。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。