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コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~

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配給:ユナイテッド・ピープル

コスタリカ

コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~

A Bold Peace

監督:マシュー・エディー、マイケル・ドレリング
出演:ホセ・フィゲーレス・フェレール、オスカル・アリアス・サンチェス、ルイス・ギ ジェルモ・ソリス、クリスティアーナ・フィゲーレス他
日本公開:2017年

2017.6.28

世界中に平和の架け橋を築く・・・中米・コスタリカから学ぶ幸福の尺度

北アメリカ大陸と南アメリカ大陸を分ける「地峡(パナマ地峡)」と呼ばれる地域の中に、本作の舞台であるコスタリカは位置しています。人口は2015年時点で約480万人(日本で言うと500万人の福岡県とほぼ同等)。1948 年に軍隊廃止を宣言し、「兵士よりも多くの教師を」というスローガンのもと教育や福祉を充実させ、平和への姿勢を積み上げてきました。

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冷戦、ニカラグアなど隣国・近隣諸国の政情、貿易協定、新自由主義、貧富の差、アメリカ・ラテンアメリカの麻薬問題・・・数々の問題に直面しつつも平和に対する真摯さを保ち続けてきたコスタリカの姿勢は、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の間に位置する、自然豊かな小国という地理的特性をそのまま体現したかのようです。

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劇中では、元大統領などのコメントや記録写真・映像をまじえながら、平和の追求は自明で単純なのに、それがいかに難しいかが語られます。軍隊や武器を持つのではなく、その資金を教育・人に投資すること。原題が”Bold Peace”(勇敢な/大胆な 平和)とある通り、分かってはいるけれども世界中の国々がなかなか実現できなかったことを、コスタリカの人々は激動の時代の中で勇気を持ってなしとげてきました。憲法改正、新法案の成立、ドナルド・トランプ政権に翻弄される現代日本に住む私たちには、その一言一言が響きます。

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もちろんいい事尽くしではなく、コスタリカもグローバル化の波や貧富の差といった問題に直面していることが映画の後半で明らかになります。そうした困難な状況でも、おおらかで決して悲観的にならないコスタリカの人々の考え方は、私たちを勇気づけてくれます。

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中高生の時に私は地図帳を眺めるのが大好きでしたが、南北アメリカが今も逆方向に少しずつ移動していて、いつかは離れてしまうかもしれないという何億年スパンの話を聞いて、ヒモでつながれているかのような地峡と呼ばれる場所を、不思議な気持ちで眺めていました。

いつか私がコスタリカに行くことができたら、現地の言い伝えやおとぎ話を聞いてみたいと、この映画を見て強く感じました。コスタリカが細いヒモのような地形だとわかったのはさほど昔ではなく数百年前の話かと思いますが、その地形を子どもに説明するような昔話があるのではないかと思います。きっとそれは美しい物語に違いありません。

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雄大な自然と共生し、世界の幸せを願うコスタリカの精神を感じ取れる『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』。8/12(土)より横浜シネマリン、アップリンク渋谷ほかにてロードショー。その他詳細、自主上映会の問い合わせ方法は公式ホームページをご覧ください。

コスタリカ自然観察の旅

コスタリカ最後の秘境と言われるコルコバード国立公園も訪れる新企画!

ゆったり中米7ヶ国
パン・アメリカン・ハイウェイ縦断の旅

移りゆく景色を眺めながら6つの国境を陸路で越える 少人数限定の旅

裁き

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配給:トレノバ

インド

裁き

 

Court

監督: チャイタニヤ・タームハネー
出演: ビーラー・サーティダル、ビベーク・ゴーンバルほか
日本公開:2017年

2017.6.21

裁判所に渦巻く人間模様から浮かび上がる、インド社会の「分からなさ」

舞台はインドの大都会・ムンバイ。ある下水清掃人が死亡し、65歳の民謡歌手ナーラーヤン・カンブレが扇動的な歌で清掃人を自殺に駆り立てたという容疑で逮捕され、下級裁判所で裁判が始まります。そこには、人権を尊重する若手弁護士、古い法律を持ち出して刑を確定しようと急ぐ検察官、公正に裁こうとする裁判官、偽証する目撃者など、さまざまな人々が集い・・・

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私は添乗業務でインドに何度も行かせて頂きましたが、インドは行けば行くほど分からなくなる国だと常々感じていました。「分からない」というのはネガティブな意味合いではなく、むしろポジティブな、ディープで魅力的というようなイメージです。

インドの人口・国土は日本の約9倍。宗教・言語・カースト・移民事情(近隣諸国、あるいは特にムンバイに関しては近隣の州からも)・食習慣などを知れば知るほど、インド社会の複雑さ・多様さに直面することになります。

映画は裁判の行く末と同等に、弁護士・検察官・裁判官の私生活を覗き見るような一歩引いた視線で映し出していきます。電車通勤か車通勤か、休日はどこに誰と出かけるか、どのようなレストランで食事をとるか、どのような音楽を聞くか、何を生きがいとしているのか、どのような家でどのような家族と暮らしているのか・・・登場人物たちの何気ない習慣や生活環境から階級・モラル・思想の違いを描いていきます。

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本作の特筆すべき点は、計算されつくされた脚本とカメラアングルです。時に「なぜこんなシーンを入れたのだろう・・・」と思うようなシーンも挿入されます。

例えば、若手弁護士が日本にもあるようなオシャレなスーパーマーケットでワインなどを買って、車でジャズを聞きながら帰る場面。単体では不思議な存在のシーンで意図がつかみきれないまま次に進みますが、他の登場人物が全く違う生活を送っているシーンが始まった時にハッとさせられます。

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裁判所のシーンでいえば、本筋であるカンブレの裁判と全く関係ない件の裁判で、原告が裁判所にふさわしくない服装だと裁判官に言われて証言を聞いてもらえないという描写があります。モラルの食い違いを表した場面ですが、特にそれがミステリーを解く伏線であるというわけではありません。

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こうした細かいシーンの積み重ねは、「分からない」「理解し合えない」ということを前提にしていかないと、インド社会でのコミュニケーションは非常に難しいということを示唆しているように思えます。語りすぎない制作チームの語り口は、フレームの外側にある広大なインド社会に対する観客の想像力を最大限に広げてくれます。

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インド文化の奥深さが凝縮された『裁き』。7月8日(土)よりユーロスペースにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

残像

4c397ed1663c1f7b(C)2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Lodz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage- Fundacja Tumult All Rights Reserved.

配給:アルバトロス・フィルム

ポーランド

残像

 

Powidoki

監督: アンジェイ・ワイダ
出演: ボグスワフ・リンダ、ゾフィア・ヴィフワチほか
日本公開:2017年

2017.6.7

辿り着けなくても歩き続ける・・・ポーランドの名匠が最後に遺した不屈の道標

第二次大戦後、ポーランド中部・ウッチ。大戦前に名を馳せた前衛画家のヴワディスワフ・ストゥシェミンスキは、大学教授でもあり生徒たちに慕われています。しかし、芸術を政治に利用しようとするポーランド政府と対立し・・・

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2016年、惜しくも90歳でこの世を去ったアンジェイ・ワイダ監督の遺作となった本作は、映画そのものが残像を生み、心の中に光を残してくれます。タブーを描くことを恐れず、自由・抵抗を一貫して訴え続けたワイダ監督は、最後までその意志を貫いたメッセージを世界中の観客に残してくれました。

"Powidoki" 2015 rez. Andrzej Wajda Fot. Anna Wloch www.annawloch.com anna@annawloch.com Na zdj od lewej : Zosia Wichlacz, Adrian Zareba, Irena Melcer, Filip Gurlacz, Mateusz Rzezniczak, Tomasz Chodorowski, Paulina Galazka; tylem Boguslaw Linda

映画の舞台となったウッチという場所はポーランドの名匠たちを輩出した映画大学があり、第二次世界大戦で焦土と化したワルシャワの代わりに首都機能をしばらく担っていました。戦後に芸術の街として発展していったウッチで展開される本作は、自由・抵抗というワイダ監督ならではのテーマはもちろんのこと、「歩く」ということをストゥシェミンスキが描いた絵画のように、芸術的に表現しているように思えました。

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Zdjecia: Pawel Edelman
fotosy: Anna Wloch
www.annawloch.com
anna@annawloch.com

旅をすると色々な場所を歩きます。草むら、砂漠、岩場、雪原、道なき道。ストゥシェミンスキは、第一次世界大戦で右足・左手を失っていて、常に身体部位の不在を抱えています。もちろん片足を失っても足を踏み出すことはでき(また片手を失っても絵を描くことはでき)、劇中でもストゥシェミンスキは松葉杖を使って力強く移動しますが、両足がある場合とは全く違った足の踏み出し方になります。また、右足を踏み出すという行為は永遠に不可能です。

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私が「歩く」という行為をこの映画のキーポイントとして見出したのは、劇中に「足を踏み出すことができる」という自由が表された、非常に小さくも力強い演出があったからです。水たまりに、ストゥシェミンスキではない、ある人物が足を踏み出して靴が濡れてしまったことを実感するというだけのシーンなのですが、ストーリー展開ともあいまってとても美しい場面になっているので、見逃さないように登場人物の足元に時々気を払ってご鑑賞ください。

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芸術・自由とは何か・・・共謀罪法案が採決されたという最近のニュースとも関連性があり、ワイダ監督の力強いメッセージを受け取れる『残像』。6月10日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

スタンリーのお弁当箱

jon_chirashi(C)2012 FOX STAR STUDIOS INDIA PRIVATE LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED

インド

スタンリーのお弁当箱

 

Stanley Ka Dabba

監督: アモール・グプテ
出演: パルソー・A・グプテ、アモール・グプテほか
日本公開:2013年

2017.5.10

お弁当箱を開けるワクワク感のような、心優しきインド人少年の作り話

舞台はインド最大の都市・ムンバイ。Holy Family Schoolというキリスト教系の小学校に通っている少年・スタンリーは、作り話をしてクラスの皆を笑わせるのが大好きです。人気者のスタンリーですが、ある事情で学校にお弁当を持ってくることができない日々を送っていました。強がって水道水を飲んで空腹を満たしているスタンリーに、同級生たちは優しくお弁当を分けてあげます。しかし、他人のお弁当に執着を持つ一風変わった先生が、スタンリーにいちゃもんをつけてきて・・・

同じくムンバイを舞台にして、インドのお弁当の文化をストーリーに活用した映画に『めぐり逢わせのお弁当』がありますが、この作品は全く違ったアプローチでお弁当を物語に取り込んでいます。

日本でよく使われる「お母さんの愛情がたっぷりこめられたお弁当」というキャッチフレーズは(字幕で多少脚色されているかもしれませんが)インドでも変わらないようだということが、映画を見進める内にわかってきます。しかし、このフレーズはしばしば反発や苦悩を生むと聞いたことがあります。

まず、お弁当を作るのはお母さんでなくてはいけないのかということ。そして、お弁当を作れるには、それ相応の環境や時間が必要だということです。手作りではなく冷凍食品を使うこともあるでしょうし、大人がそうするように、お弁当屋さんやお惣菜屋さんでおかずを買うこともあるでしょう。つまり、「お弁当は愛情がこもっている」とされていることが、時にお弁当を用意する側の苦しみや悩みを生むということです。この映画ではそうした問題と近い切り口で、「全ての家庭がお弁当を作れる環境にあるわけではない」という視点からインドの社会を眺めています。

その張本人がスタンリーですが、映画に全く暗さはなく、むしろ彼の陽気な雰囲気が物語を引っ張っていきます。この映画の最も特徴的な点は、映画全体の流れよりも、今この瞬間を生きる子どもたちの感性のように、シーンごと、その場その場の臨場感や雰囲気が際立っている点です。

実は映画の撮影手法にその秘密があります。まず、監督は主人公・スタンリーを演じるパルシーくんの父親で、監督自身もスタンリーとお弁当を奪い合う変わり者の先生を演じています。もういくつか秘密がありますが、あとは本編をご覧になってから知るのが、充実した鑑賞体験のためによいかと思います。

少年たちの心洗われる優しさに触れたい方、ムンバイ市民の美味しそうなお弁当を覗き見たい方にオススメの作品です。(鑑賞前に、お近くのインド料理屋を調べておくことをオススメします)

世界でいちばん美しい村

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ネパール

世界でいちばん美しい村

 

監督: 石川梵
出演: ネパール・ラプラック村の人々
公開: 2017年

2017.3.8

深い悲しみの底から、新たな芽を・・・
ヒマラヤで輝かしい心を受け継ぐ人々

2015年4月にネパールで大地震が起き多くの被害が発生したことは、日本でも大きなニュースとして取り上げられました。地震直後、首都・カトマンズでもまだ混乱が続く中、石川梵監督は震源地であるラプラック村に2日間かけて向かいます。ほとんどの建物が倒壊して壊滅状態のラプラック村では、自然災害の理不尽さに負けず、強く優しく生きようとする人々がいました・・・

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このドキュメンタリーを見ながら私が思い出したのは、古代中国の哲学者・老子が著作に記した「小国寡民」という言葉でした。これは、国の理想的な形は国民の少ない小さい国で、自分の国にいるだけで満ち足りた生活を送ることができる理想郷の考え方を示した言葉です。

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自分が食べているものをおいしいと思い、着ているものを美しいと思い、住まいにくつろぎを感じ、国民は遠くに移り住むことを考える必要もない・・・もし国家に住む人々が皆そう思うようになれば、自分の国にいるだけで幸せに生涯を全うできるのではないか。春秋戦国時代という戦乱の世の中で、老子はそのように想像しました。

現代社会ではかなり極端で実現不可能な考え方に聞こえますが、生まれ育った場所を捨てるか捨てないかの選択に迫られたラプラック村の人々の反応は、小国寡民という考え方の根本にある「足るを知る」という生き方があながち夢物語ではないと私たちに思わせてくれます。

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ラプラック村の多くの人々は「いつ村が土砂崩れに飲まれてもおかしくない」と専門家に死の危険性を指摘されても「また地震がきても運が良ければ助かる、ダメだったらそれまでだ」と、そのまま留まることを選択します。危険を回避するという功利的な選択より、地震によって命を奪われた人々や祖先の魂に寄り添って暮らすほうが、彼らの人生の充足感につながるのでしょう。

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そうしたラプラック村の精神の一片を、劇中でひときわ印象的なボン教の儀式から感じ取れることができます。仏教が根付く前の土着の精霊信仰を中心に据えているボン教は、まるで一人ひとりの体から土地へ向かって根をはりめぐらしていくかのような儀式を行います。

ある儀式では、土地の記憶と魂に捧げるマントラ(真言)の中を泳ぐように、少女たちが目をつぶって足を一歩一歩前へ進めていきます。彼女たちが目をつぶっている先には、心の中に宿る理想郷・ラプラック村のイメージが見えているのでしょう。

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『世界でいちばん美しい村』は2017年3月25日より(土)より東劇ほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

ネパールの山旅

神々の棲む国ネパール。白き峰々が織りなす憧れのヒマラヤへ・・・

娘よ

7bb211b501e946bf©Dukhtar Productions LLC.

パキスタン

娘よ

 

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監督:アフィア・ナサニエル
出演:サミア・ムムターズ、サーレハ・アーレフ、モヒブ・ミルザーほか
日本公開:2017年

2017.3.1

知られざるパキスタン部族社会の掟と、母娘の自由への旅路

パキスタン・連邦直轄部族地域のある村で、部族長・ドーラットは絶え間なく続く部族間の報復の連鎖に頭を抱えていました。解決策として、ドーラットの10歳の娘・ザイナブと相手部族の老部族長との婚姻が決まります。dukhtar_still09

その事実を知ったザイナブの母・アッララキは自分自身も15歳の時に嫁がされた経験から、娘を渡したくないと強く思います。アッララキは婚礼の当日に村から脱出することを決意し、波乱万丈の旅路が始まるのでした・・・

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物語が始まる場所の設定はトライバルエリアとも呼ばれる連邦直轄部族地域で、伝統的な部族長会議による統治がなされています。パキスタンの憲法は大統領の指示がない限りは適用されません。制作スタッフはそうした特殊な場所からの脱出を演出するために、フンザ・ギルギッド・スカルドゥなど、パキスタン北部の地理的特色を最大限にいかしています。

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本作の特筆すべき点は、コロンビア大学で映画を学んだ女性監督アフィア・ナサニエルが、単純に部族社会における女性の自由を問題視するだけでなく、その背景にあるパキスタンと近隣諸国の大きな歴史の流れにしっかりと目を向けていることでしょう。

因習や悪習という言葉がありますが、本作で取り上げられているような部族社会における「目には目を、歯には歯を」の報復の連鎖や伝統的婚姻ははたして悪習といえるのでしょうか。

たとえば、かつて中国には女性の足が大きくならないように幼少期から足を強く縛る纏足という風習がありました。纏足は約1000年に渡って20世紀初頭まで続けられましたが、それには様々な文化的・社会要因がありました。このように、ある風習や社会的に続けられた行為を悪であるとみなしてしまう前に、その背景にある理由に考えを巡らせることは、異文化理解においてとても重要です。本作では部族社会における女性の自由を大きな問題として掲げながらも、単純にそれを批判するのではなく、ムジャヒディン(旧ソ連のアフガニスタン侵攻に対して戦った武装勢力)出身のトラック運転手をメインキャラクターとして登場させるなどして、歴史の流れも踏まえた大きな枠組みの中で問題の複雑さ・根深さが主張されています。

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フンザの村の狭い路地を活かした追跡劇や、黄金色に輝くアンズやポプラの木々の中行われるカーチェイスも必見です。少しハンドル操作を誤れば崖に真っ逆さまの道でのカーチェイスはスリリングで見入ってしまうのはもちろんですが、パキスタン北部を旅されたことがある方は「あの道でカーチェイスをしたのか・・・」となおさらドキドキとしてしまうはずです。パキスタン名物のド派手なデコトラも登場し、パキスタン文化入門としても多くの場面で楽しめます。

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カラコルム山脈などパキスタンの雄大な景色を見てみたい方、一歩踏み込んで南アジア・中東の歴史や女性の自由について考えてみたい方にオススメの一本です。

『娘よ』は3/25より岩波ホールほかにてロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

秋の大パキスタン紀行

北部パキスタンが「黄金」に輝く季節限定企画 南部に点在する世界遺産を巡り、桃源郷・フンザへ

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パキスタン北部の山岳地帯をめぐる決定版

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フンザ

「桃源郷」と謳われ、「長寿の里」として知られ、かねてより旅行者の憧れの土地。春の杏の花、夏の緑と山々の景色、秋の紅・黄に染まった木々・・・それぞれの季節に美しい景色を魅せます。

ククーシュカ

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フィンランド

ククーシュカ ラップランドの妖精

 

The Cuckoo

監督: アレクサンドル・ロゴシュキン
出演: アンニ=クリスティーナ・ユーソ、ヴィッレ・ハーパサロ、ヴィクトル・ブィチコフほか
日本公開:2006年

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戦争の狂気を癒やす、フィンランド最北の地の民・サーミ人の精神

サンタクロース村があることで知られているフィンランド最北の地・ラップランド。第二次世界対戦中、この地でもロシア軍・ドイツ軍・フィンランド軍による衝突が起きていました。

フィンランド軍の狙撃兵ヴェイッコは、戦争への非協力的態度が原因でSS(ナチスの親衛隊)のバッジが付いた軍服を着せられた状態で、岩に鎖でつながれて置き去りにされてしまいます。時を同じくしてロシア軍大尉イワンは、部下の密告によって秘密警察の取り調べに向かう道すがら、味方による誤爆を受けます。ヴェイッコとイワンはなんとか生き延び、付近に暮らすサーミ人の女性・アンニの家に留まることになります。こうして、互いに言葉が通じない三人の共同生活が始まります。

題名の「ククーシュカ」という言葉はロシア語でカッコーを意味しますが、同時に狙撃兵という意味もあります。カッコーは他の鳥の巣に卵を産み育てさせる「托卵」という習性で知られていますが、ロシア人のアレクサンドル・ロゴシュキン監督はこの自然界の不思議な事柄を、異なる言語を話す三人の奇妙な共同生活の描写に応用しています。たとえば、物語序盤でヴェイッコが岩山に自分をつなぐ固い鎖をはずそうと解決策をひたすら模索するシーンがありますが、この苦しいはずのシーンはさながら鳥の巣立ちを描いているようで、どこか前向きな雰囲気が漂っています。

このシーンは映画全体に対してなかなかの長さを占めますが、見ていて全く飽きがきません。「探す」という極めて単純な行為は、しばしば映画に力強い効力を与えます。いくつか思い浮かぶ映画がありますが、イラン映画の名作『鍵』は4歳の男の子がひたすら鍵を探します。スタンリー・キューブリック監督の代表作『シャイニング』では迷路が重要な役割を果たします。できれば旅先で迷子になりたくないですが、探したり迷ったりするということは旅という特別な時間の流れにおいてとても重要なことなのだと、この映画を見ながら私は感じました。

もうひとつこの映画で重要なポイントは「言葉が通じない」という点です。あらすじから予想できる程度に説明はとどめておきますが、フィンランド人がナチスのバッジをつけていることは当然誤解を生みます。誤解が解けていく流れの中では、トナカイの血におまじないをかけるなど、原初的な生活を保つサーミ人の行動が重要な役割を果たします。

『ククーシュカ』はこうした巧みなシナリオに加えて、フィンランド北部の初秋の空気やサーミ人のトナカイ飼育方法・魚捕りの仕掛けなど、ラップランドの風土を体感できるオススメ作品です。

ジプシー・キャラバン

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インド・マケドニア・ルーマニア・スペイン

ジプシー・キャラバン

 

When the Road Bends: Tales of a Gypsy Caravan

監督: ジャスミン・デラル
出演: タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、エスマ、アントニオ・エル・ピパ・フラメンコ・アンサンブル、ファンファーラ・チョクルリーア、マハラジャほか
日本公開:2008年

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千年にわたる旅路の中で紡ぎ出された、魂を揺さぶるジプシー音楽

インド北西部・ラジャスタンに起源を持つ移動民族・ロマ。約1000年前、彼らは西に向けて放浪の旅に出ました(旅に出た理由は諸説あり、定かではありません)。時に厳しい迫害や差別を受けながら、ロマはスペイン・アンダルシア地方までたどり着きました。道中に散り散りになったロマたちは、各地で独自の音楽を奏で、それを継承してきました。彼らの音楽は総称してジプシー音楽と呼ばれます。

この映画は、4カ国・5つのバンドが6週間かけて北米をツアーした「ジプシー・キャラバン」に密着し、さらにそれぞれの故郷を映し出していくドキュメンタリー映画です。

女装ダンサーが目にも留まらぬ速さの回転をみせるインドの「マハラジャ」。マケドニアの美空ひばりこと「エスマ・レジェポヴァ」。世界的なジプシー音楽ブームの火付け役であるルーマニアの「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」と、ジプシー・ブラスの代表格「ファンファーレ・チョカリーア」。ストイックさを突き詰めたスペインのアントニオ・エル・ピパ・フラメンコ・アンサンブル。

総勢35人のメンバーたちは、アメリカ各地を移動して寝食をともにする中で、音楽談義やお互いの故郷のことを話し合います。そしてそれぞれの違ったスタイルの中に、同じルーツを見出していきます。

私はタラフ・ドゥ・ハイドゥークスのコンサートを数回見に行ったことがありますが、毎回ステージ上での演奏後にコンサートホールのロビーで投げ銭を集めながらパフォーマンスを続けていました。彼らがお金を集めるのには理由があります。映画でも彼らの村の様子が映し出されますが、彼らの出身地・クレジャニ村の人々の生計はタラフ・ドゥ・ハイドゥークスの稼ぎで成り立っているのです。マケドニアのエスマ・レジェポヴァは約50人を養子として育ててきました。そうした演奏の場を離れた彼らの様子は、音楽の響きをより深みのあるものにしてくれます。

タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの大ファンであるというジョニー・デップのコメントも収録されている本作は、5グループの音楽を聞き比べることでロマたちの長い旅路が頭のなかにイメージできる、ジプシー音楽入門として最適な一本です。

マレーナ

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シチリア

マレーナ

 

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監督: ジュゼッペ・トルナトーレ
出演: モニカ・ベルッチ、ジュゼッペ・スルファーロほか
日本公開:2001年

2017.1.18

シチリアの青い空には目もくれない、
少年のひたむきな恋心

舞台はイタリア・シチリア島。第二次大戦勃発直後の1940年から物語が始まります。12歳の少年・レナートは町で一番美しい女・マレーナに一目惚れをして、彼女のすることなすことを目撃しようと追いかけ続けます。やがて、敗戦とともにマレーナの夫は戦死したことがわかり、父親も空爆で命を落とします。生きていく術をなくし落ちぶれていくマレーナを、レナートはただ見守ることしかできず・・・

シチリアで撮られた映画といえばこの作品の監督であるジュゼッペ・トルナトーレの代表作『ニュー・シネマ・パラダイス』や、『ゴッド・ファーザー』シリーズが有名ですが、この『マレーナ』もそれらの作品と全く違った切り口でシチリアの情景の美しさを映し出しています。

物語の舞台になっているのはシチリア島南東にあるシラクサの街ですが、1940年代の設定がそのままの街並みで撮られたそうです。実際私が2007年に訪れた際も、映画のような街並みだという感想を持ちました。石畳の光沢や感触、シチリアの気候と陽気な人々の醸し出す雰囲気、建築の荘厳さはいまだに脳裏に焼き付いています。

この映画の特徴的な点は、レナート少年の妄想混じりの視点で物語が進んでいくことです。レナートはシチリアの青い空や私が感動したような街並みには目もくれず、一心不乱にマレーナを追い続けます。逆説的ですが、レナートがそうした光景を見なければ見ないほど、物語の波風が立つという構造にストーリーが緻密に計算されています。

歴史と同じく映画にも”if”はありませんが、もし例えばこの映画が同じヨーロッパでもパリで撮られていたとしたら、思春期の少年の繊細な感情は描ききれなかったでしょう。ポスターの絵になっているような、シチリアのすっきりとした空と海・照りつける日差しが少年の入り組んだ心情を描くのに必要不可欠だということは、この地で育ったトルナトーレ監督が確信していたのでしょう。

シチリアの少年の青春を覗いてみたい方、『ニュー・シネマ・パラダイス』『ゴッド・ファーザー』とは違うシチリアが見てみたい方におすすめの一本です。

ハッピーエンドの選び方

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イスラエル

ハッピーエンドの選び方

 

The Farewell Party

監督: シャロン・マイモン、タル・グラニット
出演: ゼーブ・リバシュ、レバーナ・フィンケルシュタインほか
日本公開:2015年

2017.1.11

三宗教の聖地・エルサレムで、人のあるべき最期に思いを巡らす老人たちの物語

舞台はイスラエル・エルサレムのある老人ホーム。発明好きな老人ヨヘスケルは、共に老人ホームで暮らしている妻・レバーナの親友からの頼みを聞き、自らスイッチを押して苦しまずに最期を迎える装置を発明します。図らずもヨヘスケルのもとには装置を求める依頼が殺到してしまいますが、時を同じくしてレバーナに認知症の兆候が出てきます…

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地が隣接するエルサレムは、それぞれの宗教を信じる人々に限らず、歴史的ロマンゆえに一度は訪れてみたいと憧れる人が多い場所のひとつです。聖地・エルサレムの老人ホームという多くの人にとって未知の世界を見せてくれるだけでも興味深い内容ですが、そこに暮らすイスラエル人たちの人生観・死生観が、重々しくなく時に笑いすらこみ上げるユーモラスなタッチで描かれています。

思えば、観光というのは何かしら「死」について思いを巡らすことが普段より多くなるひと時ではないでしょうか。当然ですが、歴史上の人物は皆全て死んでいて、どんな顔・声・性格だったのだろうと思いを巡らすこともあるでしょう。タージ・マハルやピラミッドのように、墓に訪れる機会も多くあります。遺跡・建築・彫刻・絵画などを目の前にした際、作った人が亡くっていることのほうが多いですし、壮大な遺跡では数々の無名の労働者たちを想像してしまう時もあるでしょう。また、葬列や葬儀に遭遇することもあります。

この映画を見て私は昨秋にベトナム・ホイアンで遭遇した葬列のことを思い出しました。朝9時ぐらいににぎやかなブラスバンドの音が遠くから聞こえたので、友人に何かイベントか結婚式でもあるのかと聞きました。結婚式かと私が聞いたのは、ブラスバンドの響きがインドでしばしば遭遇した結婚披露の行列に似て聞こえたからです。その友人は”No, somebody died.”(いや、誰か死んだんだよ)と明るく答えて、私は友人の陽気さにつられて笑いが出てしまいました。そして、「ベトナムの葬儀はにぎやかだと聞いたことはあったけど、これがそうなのか・・・」と、矛盾しているように聞こえる別れの音色に不思議な気持ちでしばらく聞き入りました。

この作品にも「次は我が身」と死が目前に迫っていることを自覚しながらも、それを笑い飛ばすようなエナジーを持った登場人物たちが出てきます。エルサレムに興味がある方だけでなく、老いの中に輝く瑞々しさに触れたい方にもオススメの作品です。