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添乗員ツアーレポート  中近東・中央アジア

スパンティーク遠征隊 7,027mの頂に立つ

  • パキスタン

2014.03.01 update

2014年7月23日深夜1時、満天の星空の下アタック開始。
黎明の寒気に耐えて歩を進め、9時5分に女性のお客様とワジッド氏、次いで9時43分に男性のお客様と楠が登頂を果たしました

スパンティーク
僧侶達によるチャム(マスク・ダンス)
チョゴルンマ氷河を望む絶景が広がるスパンティークB C にて

第一高度順応

2014年7月、私たちは昨年の視察を経て、二人のお客様と共にスパンティークの登頂に挑みました。起点となるアランドゥ村から3日かけて氷河を遡り、ベースキャンプ(以下BC)に辿り着いたのが10日のこと。クレバスの多い氷河行にはジャンプや迂回を強いられましたが、無事到着し人心地がつきました。BCは、カラコルム山域中でも最美とされるチョゴルンマ氷河を望む好展望地。周囲には名立たる名峰が聳え立ち、氷河崩落や雪崩の轟音の響きと高山植物の香りに包まれ、五感が研ぎ澄まされていきました。
12日、ガレ場や雪面の急登を経て、南東稜上のキャンプ1(以下C1)を設営。スパンティークを正面に望み、士気が高まります。この先は高所テント泊。雪から水を作り、飲食に用います。行動体力、防衛力や精神力をを含めたいわゆる”山の力”が求められる世界です。

第二高度順応

標高の上げ下げを繰り返しながら体を順応させていきます。14日、一旦降りたBCから再び同ルートでC1へ。翌15日、南東稜線上をC2へ向かいます。両端が切れ落ちた箇所ではロープで互いを確保しながら登ります。写真撮影や僅かな休憩、用を足す時でさえも全員で立ち止まらねばなりません。スパンティークとの距離は更に縮まり、迫力を増すその山容に畏怖の念さえ覚えました。16日、先のルートに固定ロープを張りに行く高所ポーター達を見送り、我々はBCへと戻ります。この環境では特に高所ポーターの力は重要です。視察時と同じメンバーが揃ったため、息の合ったチームワークが見事でした。

第三高度順応からアタック

4日に渡る悪天候のサイクルをBCに留まり凌ぎます。この停滞期に極力ストレスを感じぬよう過ごすことが大切です。天候が安定し、いよいよ頂を目指して出発。C1、C2までのルートは軽い足取りで進み、22日、核心部のC3へのルートに挑みます。スパンティークの前峰にあたる尖った雪峰に、他隊と協力して張った固定ロープ約550m。これを頼りに斜度およそ40度の雪面をユマーリング。背後に広がるカラコルム山脈の大展望の中に、ここまでの足跡を辿ることができます。世界第二位峰K2(8,611m)もはっきりと目にすることができました。
C3では軽い頭痛を感じ、水分補給と深呼吸を何度も何度も繰り返しました。呼吸が浅くならぬよう敢えて深く眠りにつかずに迎えた23日深夜1時、満を持して登頂アタックを開始。お客様の体調も良好。緊急用の酸素ボンベ、携帯加圧装置、衛星電話。万が一の態勢も整っています。危惧していた雪質も膝丈のラッセルを強いられた程度でした。
力強い高所ポーター達に導かれ天候さえも味方につけ、一歩一歩自分を信じて登ります。未明に風が強まり体を芯まで冷やしました。手足の末端部の感覚が失われそうになるのを叩いて必死に防ぎます。しかし、空が白み神秘的に輝き出す山群の姿に心を奪われると、寒さに動かぬはずの指先が何度もシャッターを切っていました。
待ちわびた太陽の光を全身で浴びることができたのは7時頃。一気に身体の隅々まで生気が染み渡っていくのが分かります。前方に目をやると、女性のお客様は遥か先を着々と登り頂上間近に。ワジッド氏がそれに続きます。男性のお客様も粘り強
く足を運んでいます。

そして、頂へ。遂に成し遂げた登頂。これまでの苦労が報われる瞬間。パーティーは団結して力を尽くしましたが、誰より頑張っていたのはお客様自身に違いありません。本当におめでとうございます。360度の大展望と薄い空気に身を委ね、自分自身にもささやかな拍手を送りました。頂から望む故郷のナガール地方に祈りを捧げ涙を流したワジッド氏の姿が今も心に残ります。今回改めて感じたのは、共に登頂を果たした人数に乗じて喜びは何倍にもなると言うことです。この気持ちをより多くの方々と分かち合いたい、そんな想いを胸に、これからも皆様の挑戦の一助となれることを願っています。

カラコルムの名峰スパンティーク / SPANTIK

その美しい山容から世界の登山家に愛され数多の名を持つスパンティーク。100 年を遡る氷河探査の時代より、ゴールデン・パリ(金色の妖精)、イェングツ・サール(北部の谷の名が由来)、ゲニッシュ・キッシュ(金色の山)、ピラミッド・ピークなどの異名を取り、現在は朝夕に 光り輝く姿を例えてゴールデン・ピーク、そして土着の名、スパンティークと呼ばれています。
この山の試登は、1902年にアメリカのワークマン夫妻により氷河源頭探査を経て行われました。そして1955年、カール・クラマー率いる西ドイツ隊が南東稜より初登頂を果たします。一方、北西面に立ちはだかる大岩壁ゴールデン・ピラー(標高差約2,000m、平均斜度約70 度)は、1987 年にイギリスのミック・ファウラーとビクター・ソンダースによって初登攀され、2000年にスロベニアのマルコ・プレゼリが第2登。そしてこの初登ラインの第3登は、2009年にGIRI GIRI BOYS(佐藤裕介氏、一村文隆氏、天野和明氏)が5日間26 ピッチを経て果たしています。

眼前に広がるカラコルム山脈の大展望
眼前に広がるカラコルム山脈の大展望

隊員プロフィール / PROFILE

藤倉 歌都代氏(71歳)
埼玉出身の自称・野生人。大怪我に見舞われてもなお登り続けるチャレンジャー。
川原 康司氏(53歳)
広島出身の勤人。4年前に弊社で登ったキリマンジャロで山に目覚める。
ワジッド氏
山岳料理人。日本料理は勿論、イタリア、メキシコ料理にも定評有。
※その他、愉快な高所ポーター、チェアマン・アリ氏、フィダ・アリ氏、アシュラフ氏

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