タグ別アーカイブ: 日本

フジヤマコットントン

(C)nondelaico/mizuguchiya film

山梨

フジヤマコットントン

 

監督:青柳拓
出演:山梨県「みらいファーム」の人々
日本公開:2024年

2023.12.20

富士山のような眼差しで、障害者施設を優しく見つめるドキュメンタリー

山梨県中巨摩郡、富士山が見守る甲府盆地の中心部にある障害福祉サービス事業所「みらいファーム」。

静かで自然豊かな環境の中で、さまざまな障害を持つ人たちが思い思いの時間を過ごしている。

カメラは彼らが仕事に取り組む姿、花の世話をする姿、絵を描く姿、布を織る姿を見つめて「ありのまま」をとらえていく。

映画監督や映画製作者というのは、いわゆる「役得」で、普通は入れてもらえないような場所に入れさせてもらったり、機会がないとなかなか訪れない場所に招かれたりします。

もちろんそういう場所のことも「秘境」と呼ぶのは若干齟齬がありますが、「なかなか行か(行け)ない場所に行く」のが秘境旅行のエッセンスのひとつであることが確かなので、いくらかの共通項もあるはずです。僕が思うにそれは、「そのまんま」「ありのまま」で楽しめたり本質を享受させてもらえるということです。

そして、このドキュメンタリーで映し出される光景や映画のテンポは、まさにそういう感じです。「コットントン」という題名の響きにも、それは表れているように思います。

このドキュメンタリーの舞台になっている「みらいファーム」は、監督のお母さんの職場で、監督自身も幼い頃から親しんでいたといいます。人生まるごとな感じと、母と子の世代をまたいだ時間と、場のありのままとが掛けあわさって、「現在を旅する」タイムトラベルに観客を連れて行ってくれます。

重い描写や悲しい雰囲気は一切ない『フジヤマコットントン』は、2024年2月10日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次上映。詳細は公式HPをご確認ください。

ユンヒへ

(C)2019 FILM RUN and LITTLE BIG PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

韓国・日本(北海道)

ユンヒへ

監督:イム・デヒョン
出演:キム・ヒエ、中村優子ほか
日本公開年:2022年

2023.2.1

「あり得ないこと」はどういう時に起こるのか?―雪の小樽と結晶のような思い出

韓国の地方都市で高校生の娘と暮らすシングルマザーのユンヒの元に、小樽で暮らす友人ジュンから1通の手紙が届く。20年以上も連絡を絶っていたユンヒとジュンには、互いの家族にも明かしていない秘密があった。

手紙を盗み見てしまったユンヒの娘セボムは、そこに自分の知らない母の姿を見つけ、ジュンに会うことを決意。ユンヒはセボムに強引に誘われ、小樽へと旅立つ。

「近頃寒いので寒い映画を」と思ったときに、昨年劇場公開された本作のことがパッと思い浮かびました(「寒いから暑い国の映画を観よう」「寒いから夏の映画を観よう」というパターンもあるかと思いますので、かなり気まぐれです)。

本作は制作の経緯が面白いのでご紹介できればと思います。僕と同じく1986年生まれの男性の監督が、中年女性が主人公の脚本を書き進めていたところ、岩井俊二監督の『Love Letter』(1995年)の「聖地巡礼」の旅に友人から誘われます。そして小樽を訪れて、化学反応的に「ここで撮ろう!」と決めたのだといいます。

『Love Letter』公開時、監督は9歳かそこらだったかと思いますので、世代的には若干ストライク・ゾーンからずれていて、小樽という地を知るのに時間がかかったのが逆に功を奏したパターンではないかと思います。

冬の小樽という場所の性質も絡めて本作のエッセンスを一言でまとめるならば「映っている場所はいかにも寒そうだけれども、暖かい話」です。主人公・ユンヒは心の奥底に「ある思い」を長らく封じ込めながら生きてきた人物で、いつしかそれをギュッと抑え込んでいる手を離しても、カチコチに凍りついて動かない状態になり、「ある思い」が有る、ということも忘れてしまっていました。

「ある日手紙が来て・・・」というのは、一聴するとその重い「封印」を解くにはあまりにもベタであるように思えるかもしれません。しかし、やはり実際そういうことは起こり得るのだと、本作を観て思いました。僕の人生も、手紙パターンはないのですが、「ある日一通メールが来て・・・」という形で何度も揺り動かされてきました。

あり得ないくらい寒い中で、あり得ないくらい長い時間熟成された思いが、あり得ないような出会いの中で融解していく様というのは、とてもロマンチックでありながらリアリスティックでもあると思います。

寒い内に今すぐご覧になっても、暑い季節に熱い思いに触れる形でご覧になっても楽しめる作品です。

夏の北海道
色彩あふれる絶景アクティビティを楽しむ

富良野の大自然でのモーターパラグライダー、洞爺湖を見下ろす高台で乗馬、支笏湖でのカヌー体験。ニセコ積丹小樽海岸国定公園に位置する小樽の青の洞窟では、長い年月をかけて波風などで浸食を受けた大自然を海上より楽しむことができます。

冬の北海道
白銀の世界でアクティビティを楽しむ

富良野ではモーターパラグライダーで白銀の雪原を空から望み、美瑛では十勝連峰を、またニセコでは羊蹄山を望みながらのスノーシュー体験へご案内。その他、白銀世界での乗馬体験や雪に包まれた森の中で行うジップライン体験など、冬の北海道の自然を各所のアクティビティを楽しみながら体感していただけます。小樽での夜は、ライトアップされた小樽運河の散策をお楽しみください。

風の波紋

日本(越後妻有里)

風の波紋

監督:小林茂
出演:越後妻有の人々
日本公開:2016年

2022.12.21

雪、雪、緑、そして雪―新潟・越後妻有の生活サイクルが都市生活に示唆するもの

新潟県の豪雪地帯・越後妻有の里山に東京から15年前に移住した木暮さんは、茅葺屋根の古民家を自らの手で修繕し見よう見まねで米を作って暮らしてきた。ヤギの角が生えてこないように電気ゴテで除角する光景にも、いまだに葛藤をおぼえる。

特に冬の豪雪の間厳しい自然に悩まされながらも、個性豊かな仲間たちが木暮さん・家・集落を支えながら共に生きていく光景が映し出される。

先日福岡市で初雪が降りましたが、雪が降るとこの映画のことを思い出します。新潟の越後妻有の集落のことを、心のなかに思い描くということです。たまたま11月には新潟市に行く機会もあったのですが、新幹線に乗っているとき、魚沼を過ぎたあたりから「この辺りが越後妻有か」と西の方角を見やりました。

映画の中では、移住者の木暮さんが近隣の人々・有識者の知恵や力を得ながら、家の柱・床・茅葺屋根を一生懸命メンテナンス・リノベーションしていく過程が描かれます。それと同時に、非常に残酷ではありますが、クレーン車によって伝統家屋が壊されていく様も描かれます。家屋がなくなるということは、集落に息づく伝統文化が危機にさらされるということに等しいです。

僕は制作者として、その作業を撮影するとき業社さんに何と言って交渉しているのかを思わず想像していました。おそらくこう言ったのではないかと思います。「数百年の歴史を持つこの伝統家屋を壊す作業をしているあなたは悪くない。あなたを責めるためにこの映像を撮るのではないし、そもそも良い悪いを映し出そうとしているのではない。暮らしを紡ぎ永らえようとしている人の傍らで、こういうことが起きているのだと、そのままの姿を映したい。この地の現状を伝えるだけでなく、日本の都会でも、世界各地の都市・地方でも同じような“厳しさ”が存在しているのだと伝えたい。それは、限りある時間・空間・資源の中で、人間は何を残し、何を未来に向けて選び取っていくのかということだ」と。

越後妻有とネットで検索をすると、どんな場所なのかということよりも先に2000年から3年に一度開催されている「大地の芸術祭」の情報が出てきます。芸術祭開催期間に限らず、野外彫刻や、旧小学校での食事・宿泊を体験できるプログラムがあります。芸術というのは、そのような“厳しさ”を抽象化して、より間口を広くする手段であると思います。実際、映画の中でも印象的なシーンに活用されている廃校では、絵本作家さんが地域の人々と連携して「カラッポになった校舎を舞台に、最後の在校生と学校に住みつくオバケたちとの物語」が作り出されたそうです。

本作を観てから、あるいは越後妻有を旅してから本作を観ると、より広く深く作中で描かれている場所のことが理解でき、僕のように「雪が降ると越後妻有を思い出す」と心の中に「場」が宿るようになるかもしれません。

大地の芸術祭の里・越後妻有とみちのく現代アートの旅

ゆっくりと美術館の鑑賞をお楽しみいただくため、8名様限定コース。加賀百万⽯の城下町・⾦沢から⼤地の芸術祭の⾥・越後妻有、秋⽥、⻘森と新幹線と特急列⾞、専⽤⾞を利⽤して6⽇間で効率よく回ります。新潟県南部の越後妻有は現代アートの作品が多く残る芸術の⾥としてだけではなく、川や⼭などの豊かな⾃然に恵まれ、「清津峡」「美⼈林」「棚⽥」など美しい景⾊を鑑賞する訪問地にもご案内します。

越後妻有

新潟県の越後妻有地域は、縄⽂期からの豪雪という厳しい条件のなかで⽶づくりをしてきた⼟地で、農業を通して⼤地とかかわってきた⾥⼭の暮らしが今も豊かに残っています。この地域では2000年から3年に1度芸術祭が開催され、世界中から注⽬を集めています。芸術祭開催期間だけでなく、1年を通して⾃然を⼤きく活⽤した野外彫刻作品や、廃校や空家、トンネルを丸ごと活⽤した作品など、地域を切り拓いて⽣まれた作品が約200点常設展⽰され鑑賞することができます。

二重のまち 交代地のうたを編む

(C)KOMORI Haruka + SEO Natsumi

日本(陸前高田)

二重のまち 交代地のうたを編む

 

監督:小森はるか 瀬尾夏美
出演:古田春花、米川幸リオン、坂井遥香、三浦碧至ほか
日本公開:2021年

2022.12.14

震災後の他者の記憶中を旅する―陸前高田の過去・現在・未来

2018年、岩手県陸前高田市に4人の若き男女たちがワークショップに訪れる。東日本大震災から空間的にも時間的にも遠く離れた場所からやって来た彼らは、土地の風景の中に身を置き、人々の声に耳を傾けて対話を重ね、監督のうちの一人である画家・作家の瀬尾夏美がつづった物語「二重のまち」を地域の人々の前で朗読する。

嵩(かさ)上げ工事が今も進行していて「今の土」と「昔の土」行き来できる場で、4人は自らの言葉と身体を通して、過去・現在・未来を自分でも気付かないうちに越境していく。

東日本大震災が起きてから、まもなく干支がひとまわりしようとしています。「奇跡の一本松」で有名な陸前高田でのツーリズムはだいぶ前にもちろん再始動していますが、2011年の震災と津波がこの町に与えた爪痕はいまだに様々な形で残っています。

震災後のボランティアをきっかけに活動をはじめた監督たちがこのドキュメンタリーで焦点をあてるのは、目に見える爪痕よりも、「記憶」の中の淀みや潮流です。

インタビュー形式のシーンなどもあるにはあるのですが、通常のドキュメンタリー映画では見せ場となるような劇的だったりエモーショナルだったりする場面は、その場に居合わせたワークショップ参加者たちの記憶をヒヤリングするような形で表現されます。つまり、若干文章にすると複雑なのですが、「他者の記憶を聞いた人が、聞いた記憶について記憶していること」を観客は受け取るということです。

決して饒舌とはいえない4人が、各々の言い回しや仕草で脳内をぐるりと練り歩きながら、見聞きしたことをカメラに話す様子は、静的なものの遠くまで旅をしたような気分になります。

すこし映画の内容から話題が離れますが、西遊旅行のお客様方同士がツアーのふとした時間に「旅の記憶の交換」をしていたのを、僕はよく覚えています。「どこどこはすごい良かった、この季節がおすすめ、特に何日目に食べた何々は他の国では絶対味わえない、お土産はこれこれがオススメ」というような会話のことです。

いわゆる「口コミ」ということになるかもしれませんが、西遊旅行の場合は行き先がどこも独特なので、僕もいまだに自分の職歴について詳しめに記憶も含めて人に話すと相手の方が「エピソードを聞いているだけで旅した気分になりました」とよく言ってくれます。僕としてもこういう類の話は、何度話しても話し飽きることはなく、毎回楽しんで伝えます。

記憶というのは自分の頭の中にあるようですが、他者がいて初めてその記憶が「ある」ことになるのだなとしみじみ思います。70分強と短くて見やすいのですが、遠く深く旅をした気分になれる作品です。

みちのく潮風トレイル 三陸縦断・海のアルプス編

みちのく潮風トレイルは、三陸の太平洋沿岸に位置し、1,000km超にも及ぶ日本最長のロングトレイルです。中でも「海のアルプス」とも称される北岩手の区間では、風光明媚なリアス海岸や急峻な断崖沿いのアップダウンが要所で現れ、太平洋とリアス式海岸が織り成す壮大な景色や、三陸ジオパークのみどころを眺めながらのロングトレイルウォークをお楽しみいただけます。岩手県・陸前高田市の「奇跡の一本松」は地元語り部の方の案内で見学します。

柳川

日本(柳川)

柳川

 

漫⾧的告白

監督:チャン・リュル
出演:ニー・ニー、チャン・ルーイー、シン・バイチンほか
日本公開:2022年

2022.12.7

柳川の運河を行くような、思い出と記憶の旅

北京に住む中年男性・ドンは自分が不治の病に侵されていることを知り、長年疎遠になっていた兄・チュンを柳川への旅へと誘う。柳川は北京語で「リウチュアン」と読み、それは2人が青春時代に愛した女性「柳川(リウ・チュアン)」の名前と同じだった。

20年前、チュンの恋人だったチュアンは誰にも理由を告げぬまま突然姿を消し、現在は柳川で暮らしているという情報を頼りに、兄弟は柳川を訪れる。チュアンと再会を果たすと、過去・現在・未来が交錯したような不思議な時間が、緩やかに流れる柳川の運河の傍らで流れ始める・・・

「東洋のベニス」とよばれる地が国内外に何箇所かありますが、その一つが福岡県でも佐賀・熊本寄りにある柳川です。町中に運河が走っている場所がそのように呼ばれやすいようで、日本では他に倉敷、アジアではバングラデシュのダッカやインドのシュリーナガルなどが「東洋のベニス」の異名を持っています。柳川は運河の川下りや、雛飾り、うなぎなどが有名で、海苔で有名な有明海にも近いです。運河は当然出てきますし、雛飾りもしっかり出てくるのですが、オノ・ヨーコさんの実家があるという通なポイントもストーリーに活かされています。

中国出身の朝鮮族三世で韓国在住のチャン・リュル監督は、場所の名前そのままな映画シリーズを撮り続けてきました。今回の日本公開で同時上映される『福岡』『群山』や、『慶州』などです。

僭越ながら、チャン・リュル監督が「場」を眺める視点は、自分にとても似ているなと新作を見る度に思います。一言で言うならば「詩的な認識」ということになるかと思います。

たとえば詩的なアプローチだと、「運河」という場所があった場合に、ただ運河として見るわけでなく、「流れる」「ゆるやか」「一時として同じではない」「小舟」「船頭さんの声」「舟のきしみ」など、言葉によって場所が細分化していきます。そして、その場所に一見関係がないような物事や人(もしくは逆に如実に深く関係している物事や人)を受け止める器のようなものをつくっていきます。その「発見」のプロセスの積み重ねが、「詩的な映画作り」になっていきます。

そのため、「何でこの人がここに?」とか「何でここでそういうことが?」という出来事が本作では多く、現実的でリアルなシーンというのは少ないです。そのあたかも夢のようなひとときが本作の魅力です。ちなみに余談ですが、予告編は僕が編集させていただきました。

『柳川』は12/30(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次上映(福岡ではKBCシネマにて12/16より先行上映)。そのほか詳細は公式HPをご確認ください。

九州テキスタイル紀行
~奄美・鍋島・久留米の手仕事を訪ねて~

佐賀・福岡・鹿児島を訪問。佐賀県では、300年の歴史がある「鍋島緞通」、木版摺りと型染めを組み合わせた和更紗「木版摺更紗」、200年の歴史のある「佐賀錦」を見学。福岡県では、日本三大絣の一つ「久留米絣」、そして鹿児島では奄美大島へ渡り「本場奄美大島紬」を見学します。

Shari

27f72ba92f0e5bab(C)2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

北海道(日本)

Shari

 

監督: 吉開菜央
公開:2021年

2021.12.8

知床・斜里(しゃり)町にドロンと現れる、得体の知れない「赤いやつ」

日本最北に位置する知床半島・斜里町。希少な野生動物が人間と共存する希有な土地として知られるこの町には、羊飼いのパン屋、鹿を狩る夫婦、海のゴミを拾う漁師、秘宝館の主人、家の庭に住むモモンガを観察する人など個性的な人々が暮らし、冬になるとオホーツク海沿岸に流氷がやって来る。

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しかし2020年の冬は雪が全く降らず、流氷もなかなか姿を現さない。そんな異変続きの斜里町に、どくどくと波打つ血の塊のような空気と気配を身にまとった「赤いやつ」が突如として出現。

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「赤いやつ」は町内を自由自在にさまよい歩き、子どもの相撲大会に飛び込んでいく・・・

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本作はダンサーでもある吉開菜央さんの監督作で、「鑑賞する」というよりも、作中に込められているダンス・振り付けのような動きのパワーを「体感する」というほうが、作品の手触わりを言い表すのに相応しいかもしれません。

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「シャリッ」という雪の音を筆頭に、さまざまな擬音がカット変遷のペースを握っているのですが、擬音(オノマトペ)というのは不思議なものだなと思うことが、子育てをしてから多くなりました。

もともと、旅先で自分とは喋る言葉が違う人に会うと、擬音や畳語(繰り返し言葉)はよく話の種になるので、関心はありました。犬・鶏・羊など生き物の鳴き声、お腹の鳴る音、料理の音、ゴジラの鳴き声、ゴワゴワ・サクサク・ニヤニヤなどという言葉を、どうやって多言語に翻訳するのかに度々悩まされた記憶があります。

子育てをして気付いたのは、擬音や畳語というのは特段教え込まなくても、子どものボキャブラリーにスッと自然に加わっていくことです。とても不思議です。そして、ときどき大人がポカンとさせられるのは、モクモク・パクパク・プンプンなど、大人にとっては何ら面白くない言葉を言うだけで大爆笑になるときです。

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本作に登場する謎の存在「赤いやつ」は、そんな童心の壮大さを体現しているような気が僕はしました。可笑しく不可解で、時にはブルッと震えるような恐ろしさも持ち合わせている(「赤」は血も象徴しています)とでもいいましょうか・・・

シャリッと雪を踏んだ足音が、地球を一周回って色々貫通した末に再び自分の身体に戻ってくるような想像は、大人になるといつしかできなく(しなく)なってしまうなと、童心への憧憬を本作から僕は感じさせられました。

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体全体がグワッと映画に引き寄せられて、いつの間にかジワッと知床半島・斜里の地に身体に溶け込んでいるかのような心地がする『Shari』は、10/23(土)より全国順次上映中。詳細は公式ホームページをご確認ください。

冬の奇跡 美瑛の雪原とオホーツクの流氷世界く

ツアーでは富良野に2泊し、富良野の冬景色を上空から満喫する熱気球フライト、美瑛では白銀の世界の中でスノーシュー体験へご案内。また、冬の北海道の代名詞である流氷を堪能するための流氷クルーズはもちろんのこと、流氷を直接肌で感じていただける流氷ウォーク®にもご案内。通常の冬の北海道ツアーでは味わうことのできない体験ができる充実の5日間です。。

東京物語

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尾道(日本)

東京物語

 

監督: 小津安二郎
日本公開:1953年

2021.11.10

1953年から変わらず保たれている、港町・尾道の原風景的景観

広島県の港町・尾道で暮らす老夫婦・周吉ととみは、東京で暮らす子どもたちを訪ねるため久々に上京する。しかし医者の長男・幸一も美容院を営む長女・志げもそれぞれの生活に忙しく、両親を構ってばかりはいられない。唯一、戦死した次男の妻・紀子だけが彼らに優しい心遣いを見せるのだった・・・

(C)1953/2017 松竹株式会社
(C)1953/2017 松竹株式会社

海外の映画メディアが、往年の日本映画ベストランキングを作成する際に、必ずベスト5に入る作品が本作『東京物語』です。1953年公開の作品ですがストーリーはとても現代的(現代社会の諸現象に通ずる点が多い)で、「血縁関係のない人のほうが血縁関係がある人よりも気遣いをみせてくれる」というストーリー展開については、僕が最近監督した作品でも本作をマネました。

西遊旅行のツアーには、目的地が秘境であるがゆえによく使われるキーワードがいくらかありますが、僕が在職中に最も多く関わったのは「原風景」に関連したツアーです。特にブータンは「昔の日本はこうだった」とお客様が見入るような、四季折々の稲田の風景がツアーの魅力のひとつでした。

今回、西遊旅行の国内ツアーを眺めているときに、尾道に対して「原風景」というキーワードが使われていることに気づきました。奇しくも僕は尾道を重要なロケ地として作品を撮ったことがあるのですが、尾道の場合、「原風景」というのは何を意味するのか『東京物語』を今一度観ながら考えてみました。そして、それはおそらく「繰り返しおとずれ、かつ、変わっているようで変わらないものがある」ということかと思いました。

『東京物語』は、老夫婦の東京への旅を挟む形で、オープニングとエンディングが尾道で展開され、オープニングとエンディングを比較するとある人物の不在が際立つストーリー構成となっています。その不在を包むのは、尾道の景観と人々の日常です。尾道市街と対面する向島とを数十分単位で往復する通称「ポンポン船」、市街を走る電車、小学校から聞こえる合唱の声、尾道市街を一望する浄土寺で迎える夜明け。こういった要素で映画は始まり、終わっていきます。

そして、尾道が何より魅力的なのは、もちろん多少形は変わってはいるものの、こうした景観や地域の人々の日常がほぼそのまま残っている(変わっているようで変わらない)ことにあります。ぜひ、尾道のツアーに参加される前には、『東京物語』をご覧になってからの参加されてみてください。

日本の原風景紀行
鞆の浦と尾道&錦帯橋と厳島を歩く

鞆の浦は「潮待ちの港」として江戸時代から栄え、坂本龍馬ともゆかりの深い港町。古い町並みを歩いて散策します。近年では「崖の上のポニョ」の舞台としても有名です。尾道は多くの映画の舞台にもなった海と山と坂とお寺の町。日本遺産でもある「箱庭的都市」を歩きます。迷路のようでレトロな坂の町、そして船の行き交う海辺を歩きます。

殯の森

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日本

殯の森

 

監督:河瀬直美
出演: うだしげき、尾野真千子ほか
公開年:2007年

2020.6.10

奈良の森の奥深くで、ふたりの喪が明けるひととき

奈良県東部の山間地(ロケ地は生駒市南田原町)。自然豊かなこの里に旧家を改装したグループホームがあり、軽度の認知症を患った人たちが介護スタッフとともに共同生活をしている。その中の一人、しげきは、33年前に妻・真子が亡くなってからずっと彼女との日々を心の奥にしまい込み、仕事に人生を捧げ生きていた。

そのグループホームへ新しく介護福祉士としてやってきた真千子もまた心を閉ざして生きていた。子どもを亡くしたことがきっかけで夫との別れを余儀なくされたのだ。つらい思いを抱えながらも、真千子は懸命に生きようとしていた。

毎日の生活の中で、しげきと真千子は打ち解けあっていく。そんなある日、真千子はしげきと一緒に真子の妻の墓参りに行くことになるが、墓は森の奥深くにあり、途中で真千子が運転する車が脱輪してしまう。

河瀬直美監督作『萌の朱雀』につづきご紹介するのは、同監督が2007年にカンヌ映画祭でグランプリ(パルム・ドールに次ぐ賞)を獲得した『殯の森』です。この作品も、監督の出身地・奈良の雄大な自然を舞台に撮影がなされています。

美しい茶畑でかくれんぼをする様子がメインビジュアルなことが示す通り、本作は純然たる日本映画なのですが、私が人に鑑賞を勧めるときは「まるでチベット仏教文化圏の荘厳さに触れたかのような」という形容を以って勧めています。自然と死への強い畏敬の念が、そのように観客に感じさせると思うのです。

「殯(もがり)」というあまり聞き慣れない単語は「敬う人の死を惜しみ、しのぶ時間や場所」のことで、その語源は「喪があける」ことにあるといいます。人の死は周囲の他者に大きな喪失をもたらし、葬式が終わったり、喪が明けたりしても心にずっと残り続けます。妻を亡くしたしげき、子を亡くした真千子。二人はそれぞれの空白を心に抱え、森へと迷い込みます。

私は小学生4年生か5年生のときに修学旅行で蔵王に行って、山の中で1メートル先も見えないような濃霧が出てきたときに、初めて感じるタイプの恐怖と同時に「どうにもならない」というある種の安堵のような感覚をはじめて体験したのをよく覚えています。安堵(安心)とは違うのですが、何もできることがなく、なすがままにするしかないという感覚です。諦観とでもいうのかもしれませんが、その感覚が、「チベット仏教圏っぽい」と私がこの作品を感じる所以だと思います。

死というのはいつかやって来るのでどうにもならなく、生きているということも生まれてしまったからにはどうにもならない。年齢・性別・境遇、その他諸々の社会的属性を森の闇が帳消しにして、しげきと真千子の「どうにもならなさ」が川のように合流していく本作は、日本人にとっての自然観を今一度見つめ直すことができる一作です。

萌の朱雀

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日本

萌の朱雀

 

監督:河瀬直美
出演: 尾野真千子、柴田浩太郎ほか
公開年:1997年

2020.6.3

奈良・吉野の奥深き山々と、日本人の心

過疎化が進む奈良県吉野村、この山間の村にある田原家には、当主の孝三とその妻の泰代、母の幸子、そして孝三の姉が残していった栄介と、孝三と泰代の子・みちるの5人が暮らしている。村に鉄道を通す計画が持ち上がって15年になるが、トンネル工事に携わっていた孝三は、計画の中止を知らされすっかり気力を失っていた。

そんな孝三に代わって家計を支えるのは、町の旅館に勤める栄介である。ある日、少しでも家計の助けになればと、泰代が彼と同じ旅館に勤めることになった。ところが、元々体の弱い泰代は、体の調子を崩して倒れてしまう。泰代に秘かな想いを寄せていた栄介は彼女を心配するが、栄介を慕うみちるは母に嫉妬心を覚えた。そんなある日、突然孝三が姿を消し、警察から遺品である8ミリカメラが届けられる・・・

日本国内の景観がユニークな邦画紹介。『田園に死す』につづく2本目は、日本を代表する映画監督・河瀬直美の初期作品『萌の朱雀』です。

開始数分で「この映画はきっと良い映画」だ、と確信するような作品とたまに巡り合うことがありますが、『萌の朱雀』は多くの人にとってそんな作品だと思います。

35mmフィルムに焼き付いた日本家屋の質感、調理場に差し込む光、かまどから上る湯気、茶の間から見える吉野の山々、虫の声、坂道を登って学校から帰ってくる子どもたち。そういった「原風景」と呼ぶにふさわしいシーンが冒頭に連続するだけで物語が既に成り立っていて、あとは映画に流れる時間に引き込まれていきます。

この作品の世界観にひかれて、私は吉野とその界隈を何度かに分けて旅したことがあります。一度目は高野山、二度目は飛鳥、三度目は「日本一長い路線バス(奈良・近鉄大和八木駅から和歌山・JR新宮駅)」に乗って十津川村を訪れました。十津川村のそばには「呼ばれないと行けない」という言い伝えがある玉置神社があります。私は幸いにも行けましたが、急な雨やなぜかバスが止まってしまったなどということが時々あり、縁がないと行けないと現地の方も言っていました。玉置神社に行って何を思って何を見たのか、正直よく覚えていないのですが、「行った」という漠然とした経験がなんとなく心のどこかにずっと残っています。

場所にしても建築にしても、最近は全てが整えられすぎて味気なくなってしまいがちです。そうした中で「なんとなく」というような直感的なフィーリングをもたらしてくれる場は、価値を増してきているように思えます。尾野真千子のデビュー演技もみどころの『萌の朱雀』。なんとなく懐かしく感じる吉野の光景を、ぜひ体感してみてください。

 

大峯奥駈道 100km完全踏破

大峯奥駈道は、吉野から山上ヶ岳に登り、弥山、八経ヶ岳へ縦走し前鬼(ぜんき)へ下る前半部分と釈迦ヶ岳から笠捨山、玉置山を経て熊野本宮へ至る後半部分に分けられます。ツアーでは、実質8日間かけて100kmを歩きますが、毎日の歩行時間は8時間前後と長めです。また、吉野山(旅館泊)と前鬼(宿坊泊)、十津川温泉(ホテル泊)を除き、山中5泊は無人の避難小屋を利用する健脚向けコースです。。

田園に死す

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日本

田園に死す

 

監督:寺山修司
出演: 高野浩幸、八千草薫ほか
公開年:1974年

2020.5.20

現代人の心に”畏怖”の感情はあるか?―青森・恐山の奇怪な景観

青森県の北端、下北半島・恐山のふもとの寒村。父に早く死なれた少年は、母一人子一人で犬を飼って暮している。隣の家に嫁にきた女が少年の憧れの人だ。隣は地主で、姑がすべてを支配しており、女の夫は押花収集狂の非力な中年男。少年の唯一の愉しみは恐山の霊媒に逢いに行き、死んだ父を口寄せしてもらうことだった。ある日、村に謎のサーカス団がやって来て・・・

“見たことがないような光景”というのは、なにも海外だけではなく国内にも数多くあります。コロナ禍による様々な制限で行きたい国に思うように行けない状況が長引くことが予想されます。これは、国内の知られざる魅力に目を向ける機会かもしれません。

いままで完全に国内ロケーションの作品は本コラムで紹介していませんでしたが、これを機に何回かにわけて、別世界・異世界をみせてくれる国内の映画をご紹介できればと思います。

まず第一回目は没後35年以上経ちつつもいまだに存在感を増し続ける歌人・劇作家 寺山修司が、故郷・青森で撮影をした『田園に死す』です。

カラー映画を形容する言葉として「総天然色」という言葉があります(1951年に日本国内初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』など)が、『田園に死す』を形容するにはマンダラなどを表すのによくつかわれる「極彩色」という言葉がぴったりです。「総極彩色」な世界観の映画といえると思います。

特に物語のキーロケーションとなる恐山は、もともと天台宗の霊山として知られ、硫黄泉によって焼けた岩肌がつくりだす景観が幻想的ですが、物語が絡むとそれらは異様さに変身していきます。そこへさらに奇妙なサーカス集団が集まってくるということで、日本とは思えない謎めいたシーンが連続します。本作を初めて私が観たのは高校生のときでしたが、正直なところ怖くなってしまい、数夜夢にも謎のサーカス団のような誰かが出てきた記憶があります。

現代社会からは「怖い」という感覚や、足を踏み入れるのが怖いような空間や道というのはどんどん排除されていく流れにないでしょうか。そうなっていくと、長らく日本人の精神や連帯をささえてきた寺社仏閣や聖堂などの「神性さ」というのは、目まぐるしいスピードで従来とは違ったものに変容していくことになるでしょう。

このように『田園に死す』は1970年代に制作されながらも、時代を先取りした感性で現代人の人間の尊厳について考えさせてくれるオススメの1本です。

 

道南と青森の大自然をめぐる旅

千歳から函館の道南エリアの中々訪れることができない山々、支笏湖、洞爺湖、絶景の室蘭の地球岬などを同時にめぐります。樽前山、有珠山、駒ヶ岳、函館山は登頂やハイキングで楽しみますが2時間から4時間前後で比較的歩きやすいルートになります。これから山を楽しみたい方、しっかり歩きたい方にも楽しんでいただけるコースです。