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ハニーランド 永遠の谷

0fb58262ff6fbfe6(C)2019, Trice Films & Apollo Media

北マケドニア

ハニーランド 永遠の谷

 

Honeyland

監督: リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ
日本公開:2020年

2021.5.26

北マケドニアの養蜂家の小さな小さな生活圏と、大きな大きなグローバル化の波

北マケドニアの首都・スコピエから20キロほど離れた、電気も水道もない谷で、目が不自由で寝たきりの老母と暮らす自然養蜂家の女性は、持続可能な生活と自然を守るため「半分は自分に、半分は蜂に」を信条に、養蜂を続けていた。3年の歳月をかけた撮影を通して、彼女が暮らす谷に突然やってきた見知らぬ家族や子どもたちとの交流、病気や自然破壊など、人間と自然の存在の美しさや希望が描き出されていく・・・

北マケドニアの映画はフィクション作品の『ペトルーニャに祝福を』を紹介したばかりですが、この『ハニーランド 永遠の谷』はドキュメンタリー作品です。

どこの国のどんな場所に主人公の女性が暮らしているかについての説明的なナレーションや図示は一切なく、彼女の行動を以って所在や都市との距離感が表現されていきます。

手間ひまと人生をかけて採取された(もちろん無添加の)ハチミツは、市場経済というフィルターを通すと、一瓶せいぜい数十ユーロの「商品」として扱われます。マーケットの気さくな商人たちは彼女の老いた母親を心配するなど、まだ市場経済に人情を吸い取られていないことも描かれます。彼女は「オシャレしたいときもある」と髪染めを買います。こうした行動や、やりとりの総体によって、彼女の存在の輪郭が描きされていきます。

映画自体は86分と、劇場公開映画としては短めな部類かと思います。撮影期間は3年、フッテージの累計時間は400時間(ずっと見続けても17日弱)だそうなので、86分の中にかなりな時間の流れが凝縮されています。そのため、タイムワープしているかのような錯覚を鑑賞中に感じます。おそらくかなりの時間を被写体と一緒に過ごしているため、カメラはさながら透明人間のように、女性の生活を見守ります。

女性はハチの巣からハチミツを採取しているわけですが、制作クルーもまた、彼女の巣からハチミツを採取するように、「感情の結晶」ともいえる瞬間を次々と映し出していきます。「知られざる北マケドニアの、知られざる人生」とストーリーを眺めることもできますが、彼女にとってのハチミツのような存在が誰にとってもあるのかもしれないという意味で、「この映画で描かれている人生は、自分の人生のことかもしれない」とハッとさせられる瞬間があります。国内であれ海外であれ、旅の途中に車や電車で通り過ぎる一軒一軒の家やすれ違う一人ひとりに、人生というドラマが流れていることを想起させてくれる一作です。

古代マケドニアと南バルカンの自然

マケドニア、ギリシャ、ブルガリアの3ヶ国を巡り、各地で数々の歴史遺産を見学。かつてアジアまでの東方遠征を行い歴史に燦然とその名を残したマケドニア王・アレキサンダー大王を輩出したペラ(ギリシャ)や、その父王で強国マケドニアの礎を築いたフィリッポス2世の墳墓が発見されたヴェルギナなど、古代マケドニアに残る史跡を訪ねます。

ペトルーニャに祝福を

PETRUNYA_B5_H1_N_ol(C)Sisters and Brother Mitevski Production, Entre Chien et Loup, Vertigo.Spiritus Movens Production, DueuxiemeLigne Films, EZ Films-2019 All rights reserved

北マケドニア

ペトルーニャに祝福を

 

Gospod postoi, imeto i’ e Petrunija

監督: テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ
出演: ゾリツァ・ヌシェヴァ、ラビナ・ミテフスカほか
日本公開:2021年

2021.4.7

ぽっちゃり女性の心の中にこそ、神あり ― 北マケドニアの伝統と現代化

北マケドニアの東部にある小さな町・シュティプに暮らす32歳のペトルーニャは、美人でもなく、太めの体型で恋人もおらず、大学で良い成績で歴史学を修めて卒業したのに、仕事はウェイトレスのアルバイトしかない。

ある日、親に促されて仕方なく受けた面接でセクハラを受けたうえに不採用になったペトルーニャは、惨めな気持ちで家路につく。

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そこで偶然、ペトルーニャは地元の伝統儀式に遭遇する。「司祭が川に投げ入れる十字架を手にした者には幸せが訪れる」という由緒を持つ、女人禁制の儀式を目の前にして、ペトルーニャは本能的に十字架を追い求める。

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いつの間にか十字架を手にしていたペトルーニャは、儀式に参加していた男たちから猛反発を受け、あろうことか十字架を持ったまま逃走してしまい、警察に追われる身となってしまう・・・

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北マケドニアの作品を観る機会はそうそうありません。私はマケドニアやバルカン半島の民族音楽に興味があったので大学のときにいくらかマケドニアについては調べたことがありましたが、初めてマケドニアの映画を観たのは2018年で、韓国・釜山で自分の作品が上映されたときに併映されていたマケドニア監督の作品でした。

マケドニアは2018年に北マケドニアと国名を変えましたが、ユーゴスラビアが解体し1991年にマケドニアとして独立した際には、旧ユーゴスラビア諸国の中で最貧国だったといいます。映画の冒頭では、依然として貧困が大きな社会問題であることが示されます。

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加えて、マケドニアでも「30代女性の考え方が、両親世代の保守的な価値観と対立する」というような女性の生きづらさは、議論が足りていない(それがゆえに映画になる)トピックであることが明らかになっていきます。

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ペトルーニャの振る舞いだけでなく、「ペトルーニャ騒動」の一件を熱意をもって取材し続ける女性記者からも、いわゆるウィメンズ・ライツ(Women’s Rights)が切迫した社会課題であることを感じ取れます。

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北マケドニアは国民の約7割がキリスト教徒(のこり約3割は主にイスラム教徒)だそうですが、旧来から地域社会を束ねてきたマケドニア正教会の伝統的価値観は変容を迫られているはずです。本作の英題 “God Exists, Her Name is Petrunya”(神は存在する、彼女の名前はペトルーニャ)が示す通り「ペトルーニャという一個人にも(ひいてはどんな個人にも)神は宿っている」という、北マケドニアにおける「神」の現代的な解釈が、作品まるごとを以って表現されています。

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知られざる北マケドニアの現在を見聞できる『ペトルーニャに祝福を』は、5月22日(土)より岩波ホールほか全国順次公開。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

古代マケドニアと南バルカンの自然

マケドニア、ギリシャ、ブルガリアの3ヶ国を巡り、各地で数々の歴史遺産を見学。かつてアジアまでの東方遠征を行い歴史に燦然とその名を残したマケドニア王・アレキサンダー大王を輩出したペラ(ギリシャ)や、その父王で強国マケドニアの礎を築いたフィリッポス2世の墳墓が発見されたヴェルギナなど、古代マケドニアに残る史跡を訪ねます。