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シリアにて

f34ee7b26847b626(C)Altitude100 – Liaison Cinematographique – Minds Meet – Ne a Beyrouth Films

シリア

シリアにて

 

Insyriated

監督:フィリップ・ヴァン・レウ
出演:ヒアム・アッバス、ディアマンド・アブ・アブード
日本公開:2020年

2020.8.5

戦争と日常―シリアのアパートの一室に覆いかぶさる 分厚い闇

シリアの首都ダマスカス。未だ内戦の終息は見えず、アサド政権と反体制派、そしてISの対立が続いていたが、ロシアの軍事介入により、アサド政権が力を回復しつつある。

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そんな中、戦地に赴いた夫の留守を預かるオームは、家族と共にアパートの2階にある一室にこもりながら戦況を見守っている。さらに、同じアパートの5階に住み幼子を持つハリマ夫婦を受け入れ(彼らの部屋は見晴らしがよいためにスナイパーに乗っ取られたと思われる)、戦火の中でぎこちない共同生活を送っていた。

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ある日、ハリマの夫がレバノンへの脱出ルートを見つけ、今夜こそ逃げようとハリマに計画を話していた。脱出する手続きをするために夫はアパートを出て行くが、外に出た途端スナイパーに撃たれて駐車場の端で倒れてしまう。ここから、オームやハリマたちにとって、とてつもなく長く苦しい1日が始まる・・・

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私はシリアに行ったことはないのですが、シリアに人一倍思い入れがあります。私が西遊旅行に勤めていた頃(2009-2011年)はまだシリアにツアーが出ていて、入社して初めて配属された手配の課の仕事で、よくシリアとのやりとりをしていました。シリア・ヨルダン・レバノン3カ国周遊のツアーなどでしたが、国境を越えるときの準備に関するやりとりなど、3カ国の中でも特にシリアのエージェントが丁寧だったのを覚えています。

2011年、私が映画を志すために西遊旅行を退職した後、シリアではどんどんと紛争が激化して旅行などとてもできない状況になり、「こんなことが起き得るのだろうか?」と長きに渡って驚愕しつづけました(ちなみに、リビアに対しても同様の思い入れがあります)。

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「新しい日常」あるいは「新しい生活様式」という言葉が、いま日本中に流布しています。英語では「ニュー・ノーマル」。そのほかの言語でも、おそらくそれに該当する言葉があることでしょう。

2011年以降、シリアという国の日常は、天地が逆転するほどに変化して、その後も地盤が安定することはなくグラグラと揺れ続けています。この「変わり果てた日常」が本作の軸となっています。

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ストーリーのほとんどがアパートの密室の中で展開され、約1日というごく短い時間が描かれますが、観客は映画で描写されていない約10年の間に、日常が絶えず揺れ動いていただろうことを痛感させられます。オームが淡々と料理をしているシーンでも、オームの息子が祖父に勉強をみてもらっているシーンでも、外からは絶えず銃声・爆撃音・救急車の音などが室内に攻め入ってきます。

映画制作当初の意図とは全く関係ありませんが、家族が戦火の中でアパートの一室にこもっているというストーリーは、どうしてもコロナ禍で「ステイホーム」していることと照らし合わせて考えてしまいます。

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今年のはじめまでは、ともすれば(時間とお金の工面さえできれば)世界のどんな場所でも、行きたいところにだいたいは行ける時代だったように思えました。しかし、自分だけではどうにもならない理由で、突如として旅が気軽にできなくなりました。そんな今、どのように世界と手を取り合い、そして異文化に対する想像を膨らませればいいのか? シリアの過酷な現実は、偶然にもコロナ以降の世界に関する洞察を私に与えてくれました。

以前ご紹介した『判決、ふたつの希望』のキャストも活躍している『シリアにて』、8/22(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。詳細は公式サイトからご確認ください。