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バーナデット ママは行方不明

(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

アメリカ・南極

バーナデット ママは行方不明

 

Where’d You Go, Bernadette

監督:リチャード・リンクレイター
出演:ケイト・ブランシェット、ビリー・クラダップほか
日本公開:2023年

2023.9.13

人はなぜ南極へ旅するのか?―頓挫中の天才建築家・バーナデットの場合

アメリカ・シアトルに暮らす専業主婦のバーナデットは、一流企業に勤める夫や親友のような関係の愛娘に囲まれ、幸せな毎日を送っているかにみえる。

© 2019 ANNAPURNA PICTURES LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures

しかし彼女は極度の人間嫌いで、隣人やママ友たちと上手くつきあうことができない。かつて天才建築家として活躍しながらも20年前のある事件をきっかけに第一線から突如退いた過去を持つ彼女は、退屈な日々に息苦しさを募らせていく。

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そんなバーナデットを、南極へ向かわせた理由とは?
そして、そこで彼女は何を見出すのか?

© 2019 ANNAPURNA PICTURES LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures

ついにこの「旅と映画」のキーワード欄に、「南極」と書く日が来ました(実際、撮影はグリーンランドだったようですが、南極のフッテージも劇中に含まれているので、「南極」と書かせてください)。

正直な所、「南極と北極ってどう違うの?」と聞かれても、「場所が違って、生態系が違って、あとは氷の大地だからだいたい同じじゃない?」と答えられるほどの知識しか僕にはありません。もちろん、調べたところ全くそんなことは無かった(長くなるのでここでの詳述は避けます)のですが、南極に思いを馳せる瞬間というのは、日本に暮らしているとなかなか持ちにくいです。主人公のバーナデットの暮らすシアトルについても、それは同じでしょう。

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バーナデットはなぜ南極に旅することになったのか? 詳しくは映画を観てもらえればと思うのですが、最初のきっかけは向学心あふれる娘によってもたらされます。

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しかし、「南極に行きたい!」となったときに「じゃあ行きますか」と(金銭・時間的に)言える稀有な家庭にもかかわらず、バーナデットは「どうにか行けなくならないだろうか」と様々な理由を探し始めるひねくれ者です。ひねくれているというか、過去をこじらせてしまっている女性です。

原作小説「バーナデットをさがせ!」(彩流社/マリア・センプル)も素晴らしいのだと思いますが、僕はやはり監督・脚本を務めるリチャード・リンクレイター(『ビフォア・サンライズ』『6才のボクが、大人になるまで。』等)の手腕にうならされました。

脚本づくりにおいて、「主人公が考えるベストな出来事は、最悪な出来事」というセオリーがあります。これは言い方を変えると、「理想というのは自分で思い描ける範囲の外側にあり、自分の力だけでは叶えられない」ということです。

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バーナデットの心に約20年かけて宿った、本人自身も気付いていなかった理想は、娘・夫・大嫌いなママ友・旧友・南極関連の科学者など「様々な他者たち」が、バーナデットが考えてもなかったようなプロセスで順々に浮き彫りにしていきます。

そして、グチグチネチネチしていたバーナデットが、南極という氷の大地でパッと花開く(この「パッ」の瞬間が本当に上手い・・・)というシナリオ。これはもうさすがリチャード・リンクレイター監督としか言いようがありません。

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会話劇の名手が繰り広げるやりとりに引き込まれたらいつの間にか南極に着いている『バーナデット ママは行方不明』は、2023年9月22日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次上映。詳細は公式HPをご確認ください。

熊は、いない

(C)JP Film Production, 2021

イラン

熊は、いない

 

Khers nist

監督:ジャファル・パナヒ
出演:ジャファル・パナヒ、ナセル・ハシェミ、バヒド・モバセリほか
日本公開:2023年

2023.9.6

「張子の熊」はどこにいる?―架空と現実をあべこべにさせるイラン映画の世界観

ジャファル・パナヒ監督は、トルコで偽造パスポートを使って国外逃亡しようとしている若い男女を主人公にした映画を撮影するため、イランの国境近くの小さな村からリモートで助監督レザに指示を出す。

そんな中、イランの滞在先の村では古い掟のせいで愛し合うことが許されない恋人たちをめぐるトラブルが大事件へと発展し、パナヒ監督も巻き込まれていく。

架空のカップルと本当のカップル、2組の物語が不思議な形で絡み合い、イラン・トルコ、そしてさらにはヨーロッパの社会問題までを、限られたロケーションから浮き彫りにしていく。

イランの監督たちは「一体どうやってこの話を思いついたのだろう」「一体どうやってこの人たちに撮影交渉をしたのだろう」と、観る人に思わせるような映画を撮る名人たちが集結しています。それには映画をめぐる検閲・法律が関係しています。

専門家ではないのでトルコとイランの政治体制や、イスラーム法に関する詳述はここではしませんが、本作の冒頭で「ビールを飲む(EFESという銘柄)」というシーンがあります。これだけで「ああ、ここはイランではないな」とわかります。逆に、パナヒ監督が滞在するイランの村で出されるのは、「これは◯◯に効く」というエピソード付きの伝統的な飲食物です。

一方、パナヒ監督の滞在先のホテルは土壁で、典型的な「中東」というイメージに反しない、土埃舞うゴツゴツした岩がならぶ道を車が行きます。

こうした対比で幕を開ける本作ですが、イラン側(本当のカップル側)では「映らないもの・こと」(例えばタイトルにも入っている「熊」など)が多く、段々とそれがトルコ側(架空のカップル側)に伝染していくような構成になっています。

検閲・政治的理由でたどり着いた表現ですが、これは図らずも(あるいは図っているのかもしれません)、「映っていることが全て(映っていないことは読み取れない)」というファスト消費状態のメディア・コンテンツのあり方に対する強烈なアンチテーゼになっていると感じました。

また、映画監督はコミュニケーションが大事なのですが、イランの村で多くのアマチュアキャストに演出する上で、きっと監督は「映らないこと」まで詳しく説明したのだと思います。村のしきたりについて、村人たちが大揉めに揉める迫真の演技が収録されています。

パナヒ監督の不思議で魔法のような旅に同行して、「じゃあ自分はどう考え、どう行動を起こすか」と考えさせてくれる、普遍的な一作です。

『熊は、いない』は9/15(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次上映。そのほか詳細は公式HPをご確認ください。

イラン北西部周遊

ザグロス山脈とアララト山の山岳風景、ウルミエ湖とカスピ海が広がる肥沃な大地。
荒々しくも変化に富んだ雄大な自然を満喫する陸路の旅。

燃えあがる女性記者たち

(C)BLACK TICKET FILMS. ALL RIGHTS RESERVED

インド

燃えあがる女性記者たち

 

Writing with Fire

監督:リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ
出演:新聞社「カバル・ラハリヤ」のメンバーたち
日本公開:2023年

2023.8.30

不可触カーストの女性によるニュースメディア「カバル・ラハリヤ」の勇姿

インド北部のウッタル・プラデーシュ州で、「不可触民」として差別を受けるダリトと呼ばれるカーストの女性たちによって設立された新聞社カバル・ラハリヤ(「ニュースの波」の意)は、紙媒体ではなく、SNSやYouTubeでの発信を中心とするデジタルメディアとして新たな挑戦を開始する。

スマートフォンを武器に、女性記者たちは、夫や家族から反対を受けつつも、粘り強く取材して独自のニュースを伝え続ける。彼女たちのチャンネルの再生回数は何千万・億単位となり、反響はどんどん大きくなっていく。

「インドにはカーストがある」という事実は、特に「言ってはいけない」ことではなく、むしろインドを旅するほとんどの旅行者は知っている周知の事実かと思います。

でも、それが一体どういうことであるかというのを、旅行者が体験・目撃することは非常に難しいと思います。なぜなら、カーストを形作る出自(ジャーティ)というのは、簡単に表出してくるものではなく、歴史・文化・習慣の中に深すぎるぐらい根を張っているからです。

その膠着状況を切り拓いていくのは、当事者であり「今」を生きる女性たち自身です。「撮影」は英語で“shooting”といいますが、まさにスマートフォンで彼女たちは自分たちの興味関心を「狙い撃ち」していきます。僕がもし取材者だったら遠慮して、まず関係性を構築してからインタビューするだろうという場面でも、彼女たちは臆せずガンガンとスマートフォンを被写体に向けて質問を投げかけていきます。

なぜ、そうできるのか? それは「待ったなし」「これ以上失うものは何もない」という状況だからなのでしょう。そして彼女たちや支持者たちの団結は、カバル・ラハリヤのメンバーをジャンムー・カシミール州のシュリーナガルやスリランカに旅させる力を生み出すに至ります。

僕は「“母なるインド”というフレーズがよく使われるけれども、なぜ母にたとえられるのかに疑問を感じる」という、何気なくにこやかに発話されつつも、強烈に現状を批判する投げかけが印象に残りました。女性記者たちがメラメラと、でも静かに燃えあがる様子から、転機や「何かが変わるとき」というのはダイナミックに訪れるというよりは、意外と何気ない小さいことから訪れるものだと感じました。

アカデミー賞にもノミネートされた『燃えあがる女性記者たち』は、2023年9月16日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次上映。詳細は公式HPをご確認ください。

汚れたミルク あるセールスマンの告発

(C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

パキスタン

汚れたミルク あるセールスマンの告発

 

Tigers

監督:ダニス・タノビッチ
出演:イムラン・ハシュミ、ダニー・ヒューストンほか
日本公開:2017年

2023.8.16

水は暮らしの生命線、ミルクは生命の源泉―優秀なパキスタン人営業マンの葛藤

1994年のパキスタンで、青年・アヤンは国産の薬品を売るセールスマンをしていたが、妻・ザイナブの勧めで大手グローバル企業の面接を受け、営業マンとなる。

数年後、友人の医師から、アヤンの勤める企業の粉ミルクを不衛生な水で溶かして飲んだ乳幼児が死亡する事件が多発していることを知らされる。強引な売り込みによって、本来は母乳で充分な母親にも医師らが粉ミルクを処方していたためだ。

責任を感じたアヤンは会社を辞め、医師らへの賄賂として使った金品の領収書などの書類をもとに、無責任で強引な販売姿勢を告発するが・・・

西遊旅行のHPをご覧になっている方、ツアーに行かれる方はやや例外的かもしれませんが、パキスタンという国はまだ日本人にとっては日頃接する情報が限られており、やや「遠い国」といえるかもしれません。

しかし、最近お台場で行われていたITの展示会で、ひときわ勢いを感じたのはパキスタンとバングラデシュのブース(おそらく国の補助もあって国ごとにまとめていらしているのだと思います)でした。映像もとても凝ったもので、日本の企業のブースよりも色使いが派手でグイグイと引き込むパワーを感じました。担当者の方は「ITエンジニアの世界で次来るのはパキスタンといわれている」とおっしゃっていました。何が言いたかったかというと、やはりパキスタンもグローバル化の強い波は今まで受けてきましたし、世界進出する勢力もあるということです。

話が変わるようですが、秘境ツアーに行く際に添乗員(おそらくかつての僕だけではないはず)が常に気にかけていることは、何だかご存知でしょうか。そう、「水」です(あとは付随して「トイレ」もです)。ちなみに、久々に本HPの「西遊旅行の『旅』のかたち」のページを見ましたが、「水道水が飲めないエリアでは、毎日ウォーターサーバーなどからお水をお配りします。プラスチックゴミの削減のため、お客様にはマイボトルをご持参いただきます」と、サステナブル・ツーリズムに関する記載があり、時代の流れを感じました。

それだけやはり「水」というのは生命線ですし、日本には配給されていない映画ですが、ボスニア内戦において「川に毒を流す」という攻撃を軸に両国の関係性や人々の姿を描いた作品を映画祭で観たことがあり、「水」は権力に関わっていたり争いの火種になることもあります。

だからこそ、「水」を切り口にした本作では、既存のパキスタンに関わる映画にはない人々の姿を見ることができます。

邦題がやや旅情そそられない感じですが、英題は”Tigers”(どんな意味合いかはぜひご覧になってみてください)で、1994年当時のパキスタンに暮らす人々の人生を追体験でき、結果的にはパキスタンという国に興味を持てる内容となっています。

ファッション・リイマジン

(C)2022 Fashion Reimagined Ltd

イギリス・ウルグアイ・ペルー・トルコ

ファッション・リイマジン

 

Fashion Reimagined

監督: ベッキー・ハトナー
出演: エイミー・パウニー ほか
日本公開:2023年

2023.8.2

英・若手デザイナー、理想を追い求めてウルグアイ、ペルー、トルコへ

2017年4月、英国ファッション協議会とVOGUE誌は、ファッションブランド「Mother of Pearl」のクリエイティブ・ディレクターを務めるエイミー・パウニーをその年の英国最優秀新人デザイナーに選出する。

環境活動家の両親を持ち、大量消費が当たり前だった当時のファッション業界に危機感を抱いていたエイミーは、新人賞の賞金10万ポンドをもとに、「Mother of Pearl」をサステナブルなブランドに変革することを決意。デビューまで18カ月というタイムリミットの中、エイミーと仲間たちはさまざまな困難に遭遇しながらも、理想の素材を求めて地球の裏側まで旅をする。

「ファッションをひとつの国に見立てると世界で3番目に二酸化炭素排出量が多い」

「ひとつの服ができるまでの過程で、だいたい少なくとも5カ国を経由し、消費者はそれを知らない」

など、わかりやすくかつインパクトある事実を提示しながら、エイミーと彼女の仲間たちの「理想」を追い求める旅は始まっていきます。

最初の目的地は、ウルグアイのモンテビデオ。ミュールシング(ウジ虫の発生を防ぐために無麻酔で子羊の臀部をナイフやハサミで切り取る処置)をしていない、かつ、信頼できる生産者を探した末にたどり着いた国です。

しかし、生産者のペドロ氏は信頼に値するものの、ウルグアイでは紡績が行われていない(かつては行っていたが大量生産国の影響によって廃業した)ことや、ロット数の問題がエイミーたちの頭を悩ませます。そして、隣国のペルーや、世界有数の綿花生産量を誇りイギリスに最も近いトルコを訪れます。

最近ではマクドナルドもポテトの生産者の笑顔をトレーに乗ってくる紙で紹介している通り、トレーサビリティ(生産地・関与社が追跡できること)やサステナビリティ(持続可能であること)は世の中の大きな関心のひとつです。

僕自身も消費者としてなるべく「本当に買いたいと思ったものを、必要なだけ買いたい」と思ったり、映画・映像制作者として「もしも映画・映像が野菜だとしたら、皮・茎・根まで全て食べてもらえるような生産・出荷・販売の仕方をしたい」と思ったりすることが最近増えてきました。

本作で描かれているエイミー・パウニーさんの旅は、そうした理想を掲げ続けることの大切さと、実際にそれを行動に移す勇気、そして「仲間」の大切さを教えてくれるものでした。特に、ウルグアイのペドロ氏が、リリースにあわせてはるばるロンドンまで旅してきた光景には感動しました。

ファッションを楽しむことと、サステイナブル(持続可能)であることの両方を叶えるための旅『ファッション・リイマジン』は、9/22(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

 

アアルト

(C)FI 2020 – Euphoria Film

フィンランド

アアルト

 

Aalto

監督: ビルピ・スータリ
出演: アルバ・アアルト、アイノ・アアルト ほか
日本公開:2023年

2023.8.30

20世紀を代表するフィンランド人建築家アルバ・アアルトの人生

フィンランド出身の世界的建築家・デザイナーのアルバ・アアルトの人生と作品にスポットを当てたドキュメンタリー。

不朽の名作として愛され続ける「スツール60」、アイコン的アイテムである花器「アアルトベース」、自然との調和が見事な「ルイ・カレ邸」など、優れたデザインの家具・食器や数々の名建築を手がけたアルバ・アアルト。

同じく建築家であった妻アイノとともに物を創造していく過程とその人生の軌跡を、観客が映像ツアーに参加しているかのような独創的なスタイルで描き出す。さらに、アイノと交わした手紙の数々や、同世代の建築家、友人たちの証言を通し、アアルトの知られざる素顔を浮き彫りにしていく。

フィンランドという国のことは、「知っているようで知らない」と感じる方が少なくないはずです。デザインセンスがあるっぽい、自然が豊かっぽい、オーロラが見えるっぽい、教育・福祉が充実していそう、日本から一番近いヨーロッパ、日本人と気質が似ている、キシリトール、、、などなど。連想し得ることは様々ですが、「フィンランド人といえば」と問われたときに、20世紀を代表する建築家の一人のアルヴァ・アアルト(1898-1976)の名前を挙げる人は世界中にたくさんいるのだろうと本作を観て思いました。

と言いつつも、僕は本作がきっかけでアアルトのことを初めて知りました(「フィンランド人といえば」と問われたら映画監督のアキ・カウリスマキと答えます)が、建築だけでなく家具・ガラスなどの日用品のデザインまで手掛けたアアルトの作品は「これってアアルトのデザインだったのか」と思うものがいくつも映画の中で紹介されていました。

「丸イス」と僕が今まで呼んでいた「スツール60」は1933年(90年前!)にデザインされたものと知って驚きましたし、映画の中に出てくる建築の竣工年とデザインの先進性のギャップに目を疑いました。

アアルトの人生や建築・家具のことは映画を観ながら「ツアー」していただくとして、僕が印象に残ったナレーションやコメンタリーをいくつかご紹介します。

まず、「建築には階層(区分)があって、すべてが均一であるわけではない」というもの。
次に、「そこで可能なこと」という言い回し。
最後に、「何かを高めていなければ建築とはいえない」というもの。

ともすると忙しさや情報の洪水にさらされて表層的・一面的になってしまいがちな現代人の物事を捉え方に、「こう考えることもできる」「ああ考えることもできる」「どうすればもっと面白くなるだろうか」などと気付きがもたらされるか否かというのは、「自己責任」だったり「個人の自由」と任せられっぱなしで、結果的にその責任の重さや自由の曖昧さゆえに、盲目的に何かに従ったり強制されるという結果に陥ることが昨今は多いように感じます。

しかし、家具・建築・町に宿った多様な階調や包括的なデザイン意匠が、個々人を適度な力で「引っ張っていく」ことが今大事なのではないかと、アアルトの創作物全般が教えてくれたような気が僕はしました。

 

『アアルト』は、10/13(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、UPLINK 吉祥寺ほか全国順次ロードショー。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

 

世界のはしっこ、ちいさな教室

(C)Winds – France 2 Cinema – Daisy G. Nichols Productions LLC – Chapka – Vendome Production

バングラデシュ・ブルキナファソ・ロシア(シベリア)

世界のはしっこ、ちいさな教室

 

Etre Prof

監督:エミリー・テロン
出演:サンドリーヌ・ゾンゴ、スベトラーナ・バシレバ、タスリマ・アクテルほか
日本公開:2023年

2023.7.5

西アフリカ・シベリア・東南アジアで―女性たち三者三様の「教えと学びの旅」

ブルキナファソの首都ワガドゥグで夫と2人の娘を育てる新人教師・サンドリーヌは、6年間の任期のもと、僻地・ティオガガラ村に派遣される。50人強の児童は公用語のフランス語をほとんど理解できず、教室では5つの言語が飛び交う。

バングラデシュ北部のスナムガンジ地方。モンスーンによって村の大部分が水没した農村地帯のボートスクールに、人道支援団体から派遣されたタスリマは、女性の権利の擁護や教育の意義の啓蒙をひたむきに行う。

雪深いシベリアに暮らす遊牧民で、伝統言語・エヴァンキ語の消滅を危惧するスベトラーナ。トナカイの牧夫である両親を持つスヴェトラーナは6歳で寄宿学校に入学し、両親と一緒に伝統的な 生活を送れなかったことを悔やんできた。彼女はロシア連邦の義務教育に加え、エヴェンキ族の伝統や言語、アイデンティティを伝えるカリキュラム、魚釣りやトナカイ の捕まえ方も実地で教えている。

子どもたちに広い世界や学びの楽しさを知ってほしいという一心で教師の仕事を全うしている、3人の女性の飽くなき探求をカメラは映し出していく。

『世界の果ての通学路』という人気映画の題名を聞かれたことがある方は多いかと思いますが、本作はその製作スタッフが手掛けた作品です。英題には”Teach Me If You Can”(「私に教えられるなら、教えてみて」の意)というユーモラスな言い回しが採用されている通り、映画はほのぼのとしたタッチで進んできます。

僕自身の個人的なタイミングでいうと、子どもがこの4月から小学校に通い始めて、子どもが自分の足で通学し、帰ってきて、宿題をやっている姿が日常になったため、本作は僕にとっての「学び」「教え」の根本を問い直させてくれたように感じました。

舞台は発展途上国や僻地が中心なので、色々な意味で日本よりも「大変」な環境です。ですが、「こういう大変な思いをしながら学んでいる子どもたちや、学びたくても学べない子どもたちが世の中にはいるのだから、日本の子どもたちというのは恵まれていると思わなきゃ」というふうには感じませんでした。

映画を観ている最中ずっとぐるぐると考えを巡らせていたののは、「”学ぶ”とはどういうことなのか?」です。暗記や教科書をただこなすだけではなく、「学びたい」と思った瞬間に「学び」というのは訪れる。そう思わせてくれる瞬間が多く本作には記録されています。

もう1つは「教え」です。もちろん、「教えることによる学び」というのもありつつ、基本的には教師と親というのは教える側の人間です。しかし、「教えることできる」ということはその主体となっている人が全能的というか「全てを知っている」ということを意味しないのだと再認識しました。

むしろ、そうした「教えている」というある種の権力をうまく抑えて、「自分にも知らないことがある」という前提のもと、子どもたちと一緒に考え始めたときに、いつの間にか「教え」が手渡せている。そんな瞬間を目にしました。

『世界のはしっこ、ちいさな教室』は7/21(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次上映。そのほか詳細は公式HPをご確認ください。

黄金のベンガル バングラデシュ

世界最大のマングローブの森を縫うように進む1泊2日のクルーズの旅。冬季は渡り鳥も多く飛来し、多様な生態系の観察もお楽しみいただけます。14名様限定でクルーズでは個室のご利用も可能
少人数に限定し、ゆとりある旅をご用意。1泊2日のシュンドルボンクルーズでもご希望の方は個室をご利用いただけます。貸切クルーズ船で快適な探検旅行をお楽しみください。

君は行く先を知らない

(C)JP Film Production, 2021

イラン

君は行く先を知らない

 

Hit the Road

監督:パナー・パナヒ
出演:モハマド・ハッサン・マージュニ、パンテア・パナヒハほか
日本公開:2023年

2023.6.28

俳句・短歌のような世界観―イラン社会の葛藤をごった煮にした御伽噺

イランとトルコの国境近く。車で旅をしている4人家族と1匹の犬。大はしゃぎする幼い弟を尻目に、兄、父と母は口には出せない何かを心に抱えている。

湖の半分以上が干上がってしまっているウルミエ湖の周縁を走る車中で煮えきらない互いの思いを吐露しながら、「曖昧な目的地」へ向けて旅は進んでいく・・・

本コラムで以前にイラン映画『白い風船』『ある女優の不在』『人生タクシー』をご紹介しましたが、本作はそれら3作を監督したジャファル・パナヒ氏の息子さんの初長編作品です。ファンタジー感と皮肉が同居する本作から、最近僕が感じ続けてきたあるモヤモヤを連想しました。それは、「現代社会では比喩表現が通じにくい」ということです。

僕の比喩表現が熟練していないのもあるかもしれませんが、比喩的な映像表現を行政・企業のPRや企画に取り入れると「もうすこし直接的な表現を」ということになり、結局かなり説明的な表現に着地するということをしばしば経験してきました。

一方で場所を変えて、対話やファシリテーションについて人に教える際、「古池や蛙飛びこむ水の音」という俳句は蛙のことを話しているわけではない(その情景全体について話している)、という点から「意見の引き出し方」や「話の流れの作り方」を論じると「なるほどそう考えたことはなかった」と発見してもらえることも多く経験してきました。効率性・生産性を重視すると、対話・意見交換だけでなく普段抱く感情までもが表層的になりがちだということです。

本作では、俳句ないしは短歌のような表現が連続します。景観・地形的特色まで、画面全体をひっくるめて「映っていることを語っているわけではない」という表現が続きます。

父のジャファル・パナヒ監督をはじめとしたイランの名監督たちの影響もあるでしょうし、イランの検閲の影響もあるでしょうけれども、パナー・パナヒ監督固有のオフビートなテンポとファンタジー感で比喩表現が展開していきます。特に、「霧」の表現に注目いただきたいです。

ふつうに考えると変なシーンが多く、クラシック音楽もイランの歌謡曲も混然となっている本作は、「映っているのとは違うことを言っている」という前提に立つと物語が積乱雲のようにモクモクとふくらんでいく瞬間が訪れるのではと思います。

冒頭に言及されるウルミエ湖が半分干上がっていること、主人公たちが進む方向をずっと抜けた先にはアナトリア(小アジア)が広がっていることなども想像しながら、俳句・短歌のような世界観にぜひ浸ってみてください。

『君は行く先を知らない』は8/25(金)より新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次上映。そのほか詳細は公式HPをご確認ください。

ペルシャからアナトリアへ

古来より様々な民族や王朝が行き交い、民族の興亡が盛んだったペルシャ西部とアナトリア東部。この地に残る史跡、ウルミエ湖・ヴァン湖・アララト山といった自然を訪ねます。

白い牛のバラッド

イラン

白い牛のバラッド

 

Ghasideyeh gave sefid

監督:マリヤム・モガッダム、 ベタシュ・サナイハ
出演:マリヤム・モガッダム、アリレザ・サニファルほか
日本公開:2022年

2023.6.21

ご法度破りから知る、イラン・イスラム共和国の社会構造

テヘラン郊外の牛乳工場に勤めるシングルマザー・ミナ。夫・ババクは殺人罪で逮捕され、1年ほど前に死刑に処された。

深い喪失感を抱え続ける彼女は喪服を着続け、聴覚障害で口のきけない7歳の娘・ビタを心の拠りどころにしている。

ある日、裁判所に呼び出されたミナは、夫の事件の真犯人が他にいたことを知らされる。理不尽な現実を受け入れられず、謝罪を求めて繰り返し裁判所に足を運ぶミナだったが、夫に死刑を宣告した担当判事に会うことさえかなわない。

そこに、夫にお金を借りていたという中年男性・レザが訪ねてくる。妙に親切なレザに警戒心をさほど頂くこともなく、ミナは心を開き、しだいに関係は親密になっていく・・・

イランの厳格な法制度を背景にした本作では、イラン社会における、いわゆる「ご法度」が描かれています。法制度に対する問いかけの映画とはいえ、こんなご法度破りなシーンが描かれている作品を国内で公開できたのだろうかと思ったら、やはり上映禁止措置がされていました。

いくつか「ご法度」な描写やセリフはあるのですが、一番はスカーフ取る(厳密にいうと、スカーフを取ろうとしながら移動して取れる瞬間にフレームアウトする)というシーンです。イランでは満9歳以上の女性が、ヘジャブと呼ばれる頭髪を隠すためのスカーフと、身体のラインを隠すためのコートの着用が法律上義務付けられています(7歳の娘・ビタその義務がまだ無いのは、下の抜粋写真でも表現されています)。

その他さまざまな法律・慣習の上を、登場人物が綱渡りするように本作のは進んでいくのですが、「決まり」がどう個人(特に女性)の人生を「決めてしまう」あるいは「決めつけてしまう」かということがストーリーの核になっています。

ミナの夫は「決まり」により死刑になってしまい、親切心で来訪した男性・レザがよからぬ理由でミナの自宅を訪問したのだろうという「決めつけ」によってトラブルが生じ、その「決めつけ」は元をたどればイラン社会の「決まり」によって生じている。じゃあその「決まり」というのは何によって成り立っているのか? というように、螺旋階段を行き来するような気分になる点が、見どころの作品です。

ちなみにタイトルに入っている「白い牛」に関しては、映画冒頭にも引用される、コーランの一節に由来しています。モーセが民に「神は牛を犠牲せよと命じた」と言うと民は「我々を嘲るのですか」と返したというものです。これがどんな比喩表現なのかがぜひ鑑賞しながらあれこれ想像してみてください。地下鉄等、大都会・テヘランの日々の様子も映っている本作は「イランに行ってみたい!」となるというより「イランというのは一体どんな国なんだろう」と、一風違った角度から興味を持たせてくれる一作です。

ペルシャ歴史紀行

メソポタミア文明最高のジグラット“チョガザンビル”、ゾロアスター教の聖地ヤズドも訪問。

teheran_bazaar

テヘラン

イランの北西部に位置する同国の首都。エルブルース山脈の麓に広がるこの街は、全人口の10%に当たる人々が生活する大都市です。近代的な建物やモスク、道路に溢れかえる車の数、バザールなどの人々の活気など満ち溢れたエネルギーを肌で感じることが出来る街です。

裸足になって

(C)THE INK CONNECTION – HIGH SEA – CIRTA FILMS – SCOPE PICTURES FRANCE 2 CINÉMA – LES PRODUCTIONS DUCH’TIHI – SAME PLAYER, SOLAR ENTERTAINMENT

アルジェリア

裸足になって

 

Houria

監督:ムニア・メドゥール
出演:リナ・クードリ、ラシダ・ブラクニほか
日本公開:2023年

2023.6.14

逆境を踊りで跳ね除ける―現代アルジェリア女性の生き方

内戦の傷跡が残る北アフリカのイスラム国家アルジェリア。バレエダンサーを夢見る少女フーリアは、男に階段から突き落とされて大ケガを負い、踊ることも声を出すこともできなくなってしまう。

失意の底にいた彼女がリハビリ施設で出会ったのは、それぞれ心に傷を抱えるろう者の女性たちだった。フーリアは彼女たちにダンスを教えることで、生きる情熱を取り戻していく。

以前本コラムでもご紹介した『パピチャ 未来へのランウェイ』の監督が、主演女優はそのままに、舞台は90年代から現代に移し替えて女性の生き方を描いているのが本作『裸足になって』です。原題は主人公の名前そのままHouria(フーリア)で、アラビア語で「自由」や「天使」を意味するそうです。

アルジェリアの具体的にどこが舞台になっているのかは言及されませんが、海辺の景観や物語の特性上、おそらく首都のアルジェではないかと予想されます。

本作を観て「歴史は身体に影響する」ということを感じました。監督の前作の舞台設定だった90年代アルジェリア紛争期「暗黒の時代」や、それよりもっと前の出来事がフーリアひいては女性たちの身体に影響を及ぼしているということが、映画の言語で語られていきます。

映画の言語というのは例えば、ダンサーの主人公が足を怪我して声も失う、鳥カゴの中の鳥はカゴという不自由はあるけれども自由に動いて止まり木の上にも立てる、警察(権力サイド)の女性職員は饒舌・食欲旺盛で男性と張り合って仕事をしているなど、それらすべての連関のことです。物語序盤では比較的型にはまったクラシックダンスをしている主人公は、終盤でより現代的なダンスを志向していきます。

もう1つさりげないながらもビジュアル的に強いのは、逆光の演出です。レンズフレアという、カメラ本体内で出る光の反射も、かなり強調されています。

レンズフレアはミュージックビデオなどスタイリッシュで「撮っている」ということが自明(フィクションではない)な場面でよく使われますが、本作における逆光演出全般は「逆境」にいる主人公を象徴する意味合いがあるように思えました。

物語の後半、フーリアの身体からリハビリ施設の女性たちに有り余るエネルギーが伝播していくように、身体に宿った思いは伝播するという特性もあります。フーリアが暮らす町自体はかなり限定的にしか映らないのですが、アルジェリアに行くとふとした時にフーリアのような女性の生き方から勇気・元気をもらうような瞬間もあるのではと、不思議と旅情が湧く一作です。

『裸足になって』は7月21日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー。詳細は公式HPでご確認ください。

アルジェリア探訪

ティムガッドも訪問 望郷のアルジェに計3泊と世界遺産ムザブの谷。