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花様年華

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香港(アンコールワットロケ/チャイナドレス)

花様年華

 

花様年華

監督:ウォン・カーウァイ
出演:トニー・レオン、マギー・チャンほか
日本公開:2001年

2017.8.16

香港、シンガポール、カンボジアへ・・・移ろいゆく花のような時間

1962年、香港。新聞記者のミスター・チャウと商社で秘書として働くミセス・チャンは、同じ日に同じアパートに引越してきます。2人は互いの伴侶が不倫関係にあることに気づき、次第に時間を共有するようになっていく・・・

物語の舞台は1962年の香港から始まり、1963年にチャウが赴任したシンガポール、1966年の香港、そして同年のカンボジアと移っていきます。なぜ舞台が移るのか、その説明よりも展開のほうが先行する演出が観客の想像力をかきたててくれます。

旅先の国で、入国書類に”Purpose of Visit”(滞在目的)という項目があることは多いですが、「なんとなく / in the mood」と書くことは入国審査にとってはあまり良い回答とは言えないでしょう(ちなみに、この映画の英題は”In the Mood for Love”です)。こうしたこともあってか、私たちが旅の行き先を決める時、そこには何か理由が必要なようにも思えてしまいます。しかし、目的のない、何にも誰にも縛られることがない旅に憧れる方は少なくないはずです。もしサイコロを振るように行き先を決めて旅することができたら、思わぬ国に行くことになり大変なことも多そうですが、私の場合そうした不安よりもワクワクする気持ちのほうが勝ります。

本作の見所のひとつは、トニー・レオン演じるチャウが唐突にカンボジアのアンコールワットを訪れる場面です。1966年にフランスのド・ゴール大統領がプノンペンに訪問した記録映像などで時代背景は描かれますが、チャウが何を思ってアンコールワットに来るに至ったかの心情描写は排除されています。その描写の不在は、空白の時間に起きた出来事や気持ちを想像させてくれて、突然壮大なアンコールワットの世界にワープしたかのような幻想的なひと時を観客に与えてくれます。

約30着使用されたというチャイナドレス(1966年から中国本土で10年間続いた文化大革命の影響下では、チャイナドレスは外国に媚びているとして批判の対象になった)も見どころの一つで、”なんとなく”エキゾチックな世界観に浸りたい方にオススメの一作です。

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アンコールワット

1431年にタイのアユタヤ朝によって王都・アンコールが陥落しクメール王朝は滅亡し、600年以上に亘り繁栄を極めた壮麗な建築群は、密林に埋もれて行きました。アンコール遺跡群が、フランス人博物学者のアンリ・ムオによって広く世界に知られるようになったのはわずか150年前のことです。一旦は歴史の流れに埋没しながらも、再び光を取り戻した遺跡群。長い時を経て、遺跡は私達に往時の栄華を語りかけます。

草原に黄色い花を見つける

5cd5b64207ca28de(C)2015 Galaxy Media and Entertainment. All rights reserved.

ベトナム

草原に黄色い花を見つける

 

Toi Thay Hoa Vang Tren Co Xanh

監督:ヴィクター・ヴー
出演:ティン・ヴィン、チョン・カン、タイン・ミーほか
日本公開:2017年

2017.8.2

ベトナムのベストセラー小説を元にした、淡い初恋の物語

1989年、ベトナム中部・フーイエン省に暮らす仲良し兄弟のティエウとトゥオンは、貧しいながらものどかな自然の中で動植物にふれながら楽しく暮らしている。12歳になる兄・ティエウは、幼なじみの少女・ムーンのことが気になっているが、うまくその思いを言葉にできない。そんなある日、ムーンの家が火事で焼け落ちてしまう。ムーンはしばらくの間ティエウとトゥオンの家で過ごすことになり、ティエウの恋心は募っていく。しかし、ムーンとトゥオンの仲が深まっていくにつれて、ティエウの心に嫉妬の感情がうまれてくる。

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本作は、まだあどけなさの残る表情を見せる俳優たちの姿から、あるがままに物事を感じることの大切さを観客に思い出させてくれる作品です。

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私は昨年この映画の舞台であるベトナムに訪れた時、葬式の列に遭遇しました。その時、「あの賑やかな列は何かの祭りか?」と私は友人に尋ねました。友人は、「あれは祭りではなく葬式だ」と私に教えてくれました。「祭り」という私の認識自体は間違いでしたが、祭りだと信じ込んでいた時に私の体を流れていた感覚は、間違いというわけではありません。

旅をする時に勉強しなければわからないことは多いです。私もチベット仏教圏に多く添乗業務で足を運んだ時は、日本の仏教とは大きく異なる尊格や仏像の印相を勉強しました。もちろん知識があると色々なことがわかるようになりますが、形にばかりに気を取られていると本質を見落とす危険性があることを、多くの素晴らしい美術・遺跡・建築などから学びました。

本作の劇中では、大人が子どもに知識を伝えることや、大人の都合によって子どもの感性が失われてしまうことが象徴的に表現されます。頭のなかに渦巻く思いを、うまく言葉にすることができない・・・そうしたもどかしさは、まだボキャブラリーが限られている子どもだけでなく、大人にも時々わき起こります。緑の草原に黄色の花の道標を見つけるという詩的な題名は、そうした複雑な心持ちの中に宿る美しさを意味しているのではないかと、私には思えました。

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『草原に黄色い花を見つける』は、8月19日(土)より新宿武蔵野館にてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

ブランカとギター弾き

e5cd221f6efcc9b8(C)2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

フィリピン

ブランカとギター弾き

 

Blanka

監督:長谷井宏紀
出演:サイデル・ガブテロ、ピーター・ミラリほか
日本公開:2017年

2017.7.26

歌姫の孤児と盲目のギター弾き。心に空白を抱えた者同士の、あてのない旅

マニラのスラムで盗みや乞食をして暮らす孤児・ブランカは、有名女優が養子をとったというニュースを道端のテレビで見て、母親をお金で買うというアイデアを思いつく。手下の少年たちがしたイタズラで寝泊まりをしているダンボールの家を壊され、途方にくれていたブランカは、盲目のギター弾き・ピーターと路上で出会い、身寄りのない二人は一緒に旅に出ることにする。はじめはピーターの集金を手伝っていたブランカがギターにあわせて歌いはじめると、美しい声に魅せられたレストランのオーナーが二人を雇う。しかし、順風満帆な二人の旅路は、そう長くは続かず・・・

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この映画の最も美しい場面の一つは、ブランカとピーターがマニラの路上で出会う場面です。ブランカは、遠くから聞こえるギターの音色を聞いて、音の聞こえる方に少しずつ近づいていきます。旅がもたらす新たな出会いは、時に全く関係のない赤の他人が自分の人生を変えるという経験をもたらしますが、ブランカがピーターに一歩一歩近づいていく一連の場面は、運命を察知したブランカがピーターに引き寄せられていくような不思議な磁力が感じ取れるシーンです。

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ピーターはあるシーンで「見えるものにこだわりすぎだな」とブランカにつぶやきます。観光だけでなく日常生活において、私たちはついついスマートフォンやカメラの画面に熱中しすぎて、注意していないと実際に目の前に広がっている風景を自分の目で見て感じることをなおざりにしてしまいます。どんな感性を大切にしながら人生を送っていくべきか、ハッとさせられるシーンが映画の中に散りばめられています。

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監督は本作をつくる前も、世界中を旅した縁でセルビア・イタリアなどに滞在し、マニラのスラム街でも多くの時間を過ごしていたそうです。盲目のギター弾き・ピーターや、路上で強く生きる少年たちが映像にエネルギーを与えていますが、彼らは監督自身が自分の足で見つけ出し、主役・ブランカ役を演じるサイデル・ガブテロは、彼女がYoutubeにアップした歌の映像をプロデューサーが見つけ出したといいます。

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監督が得た出会いの数珠つなぎをそのまま見させてもらっているかのような『ブランカとギター弾き』は、7月29日(土)よりシネスイッチ銀座にてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

ハートストーン

85602b316648ecaa©SF Studios Production & Join Motion Pictures Photo Roxana Reiss

アイスランド

ハートストーン

 

Hjartasteinn

監督:グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン
出演:バルドル・エイナルソン、ブラーイル・ヒンリクソンほか
日本公開:2017年

2017.7.19

心のなかに転がる石に気づき始める少年少女たち。アイスランドの熱い青春

アイスランドの漁村に暮らす少年・ソールとクリスティアン。幼なじみの彼らは、何をするにもどこにいくにも一緒の大親友で、ソールは二人の姉にそのことを揶揄されています。

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そんなソールは思春期の真っ最中で、大人びた美少女・ベータに夢中になっています。クリスティアンは、ソールとベータとの仲がうまくいくよう後押しつつも、自分がソールに抱いている特別な好意に気づいていきます。

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『ハートストーン』という不思議な響きの題名から、私は揺れ動く土台の上で石がごろごろと転がっているイメージを思い浮かべました。アイスランド語の原題”Hjartasteinn”を直訳すると”Heart Stone”で、Hjartaには”温かい感情”、steinnには”厳しい環境”という原義から派生した意味があることに着想を得て、監督が生み出した造語だといいます。

題名のイメージを携えて映画を見進める内に、登場する少年少女たちの耳には自分にしか聞こえない、心の中にある石がゴロゴロと転がる音がしているのだろうなと思いました。誰かに押されてバランスを崩したり、自然の中に身をおいて安定させたりして、登場人物たちはそれぞれの石を落とさないように一生懸命バランスを調整しているように思えました。

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あわせて、私は添乗させて頂いたツアーの最中に各地で訪れた学校の光景を思い出しました。インド・ブータン・バングラデシュ・パキスタンなどを旅した時、旅程表には書いていない箇所で、学校に立ち寄って見学させてもらうことが多くありました。秘境と呼ばれる場所では、学校が大きな観光スポットに変わります。多くの場合彼らの方から招き入れてくれて、クラス全員で挨拶をしてくれて、ガイドさんを通じて質問をしあったりしました。

ほんの一瞬訪れた私にとって、彼らの素朴な表情は輝かしい光景として記憶として残っていますが、彼ら一人ひとりの心の中にはそれぞれの全く違った石が転がっていたのだろうと、懐かしい思い出に深みを加えてくれました。

また、私はこの映画のパンフレットでLGBTQという言葉を初めて知りました。LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)は知っていましたが、そこに加わったQとはQuestioning(疑問)かQueer(変わり者)の意味で、Questioningの意味が主流で使われるそうです。性認識を中立的に表そうとする傾向から生まれたQという要素が、『ハートストーン』では青春ドラマの展開にとてもマッチしています。

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『ハートストーン』は、7月15日(土)より恵比寿ガーデンシネマにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

アイスランド大周遊

秋・オーロラの季節限定企画!北部ミーヴァトン湖まで訪れる充実の旅

クスクス粒の秘密

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フランス(チュニジア文化)

クスクス粒の秘密

 

La graine et le mulet

監督:アブデラティフ・ケシシュ
出演:アビブ・ブファール、アフシア・エルジほか
日本公開:2013年

2017.7.11

異国の地で手を取り合うチュニジア移民の魂

舞台は南フランスの港町・セート。60代のチュニジア移民・スリマーヌは長年港湾労働者として働いてきました。前妻・ソアドとの間に4人の子と2人の孫を持ち、港で獲れたボラを届けるなどして関係を保ち続けていますが、家族はスリマーヌの関与を心からは歓迎していません。スリマーヌ自身そのことを感じながら暮らし続けていて、恋人の娘・リムはそんなスリマーヌになにかと協力的です。ある日、スリマーヌはリストラの標的とされ、勤務日数を半分にするか退職するかの選択を迫られます。スリマーヌは意を決して退職し、リムの助けを借りながら船上レストランを開く準備をはじめる・・・

チュニジア・モロッコなどの北アフリカ諸国は、日本から距離はかなりあるものの、旅行しやすい国としてワールドワイドにポピュラーな旅行先です。日本でもタジン(煮込み鍋料理)が近年大ブームとなり、南アフリカ発祥で「世界最小のパスタ」といわれるクスクスなどの食材も輸入食材を扱うスーパーで簡単に手に入るようになりました。しかし、アフリカの映画を見る機会はまだまだ日本では限られているので、本作は北アフリカの人々の文化を知ることができる映画として貴重な作品です。

クスクスはチュニジア人にとってソウルフードで、本作では食事のシーンを執拗にクローズアップで捉えるショットの繰り返しが、ストーリーに大きな効果を与えています。監督が後年カンヌ国際映画祭で最高賞を獲得して、日本でも話題になった2013年の作品『アデル、ブルーは熱い色』でも、食事を獣のように貪って口にするシーンを多用して、主人公の生命力を感じさせました。

貧しくても裕福でも、嬉しくても悲しくても、生きていくためには食事をしなければなりません。スリマーヌ自身とその親族たちが移民であるという社会的地位を跳ね返すかのように食事がなされ、笑顔の裏にある日々の苦しみが際立ちます(アブデラティフ・ケシシュ監督本人もチュニジア系移民二世です)。

欧米にやって来る移民を描いた映画は数多ありますが、本作は祖国から遠く離れた地で自国の文化を受け継ぎ続ける人々への敬意に満ちています。重要なシーンで披露される迫力あるベリーダンスにもご注目ください。

コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~

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配給:ユナイテッド・ピープル

コスタリカ

コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~

A Bold Peace

監督:マシュー・エディー、マイケル・ドレリング
出演:ホセ・フィゲーレス・フェレール、オスカル・アリアス・サンチェス、ルイス・ギ ジェルモ・ソリス、クリスティアーナ・フィゲーレス他
日本公開:2017年

2017.6.28

世界中に平和の架け橋を築く・・・中米・コスタリカから学ぶ幸福の尺度

北アメリカ大陸と南アメリカ大陸を分ける「地峡(パナマ地峡)」と呼ばれる地域の中に、本作の舞台であるコスタリカは位置しています。人口は2015年時点で約480万人(日本で言うと500万人の福岡県とほぼ同等)。1948 年に軍隊廃止を宣言し、「兵士よりも多くの教師を」というスローガンのもと教育や福祉を充実させ、平和への姿勢を積み上げてきました。

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冷戦、ニカラグアなど隣国・近隣諸国の政情、貿易協定、新自由主義、貧富の差、アメリカ・ラテンアメリカの麻薬問題・・・数々の問題に直面しつつも平和に対する真摯さを保ち続けてきたコスタリカの姿勢は、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の間に位置する、自然豊かな小国という地理的特性をそのまま体現したかのようです。

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劇中では、元大統領などのコメントや記録写真・映像をまじえながら、平和の追求は自明で単純なのに、それがいかに難しいかが語られます。軍隊や武器を持つのではなく、その資金を教育・人に投資すること。原題が”Bold Peace”(勇敢な/大胆な 平和)とある通り、分かってはいるけれども世界中の国々がなかなか実現できなかったことを、コスタリカの人々は激動の時代の中で勇気を持ってなしとげてきました。憲法改正、新法案の成立、ドナルド・トランプ政権に翻弄される現代日本に住む私たちには、その一言一言が響きます。

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もちろんいい事尽くしではなく、コスタリカもグローバル化の波や貧富の差といった問題に直面していることが映画の後半で明らかになります。そうした困難な状況でも、おおらかで決して悲観的にならないコスタリカの人々の考え方は、私たちを勇気づけてくれます。

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中高生の時に私は地図帳を眺めるのが大好きでしたが、南北アメリカが今も逆方向に少しずつ移動していて、いつかは離れてしまうかもしれないという何億年スパンの話を聞いて、ヒモでつながれているかのような地峡と呼ばれる場所を、不思議な気持ちで眺めていました。

いつか私がコスタリカに行くことができたら、現地の言い伝えやおとぎ話を聞いてみたいと、この映画を見て強く感じました。コスタリカが細いヒモのような地形だとわかったのはさほど昔ではなく数百年前の話かと思いますが、その地形を子どもに説明するような昔話があるのではないかと思います。きっとそれは美しい物語に違いありません。

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雄大な自然と共生し、世界の幸せを願うコスタリカの精神を感じ取れる『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』。8/12(土)より横浜シネマリン、アップリンク渋谷ほかにてロードショー。その他詳細、自主上映会の問い合わせ方法は公式ホームページをご覧ください。

コスタリカ自然観察の旅

コスタリカ最後の秘境と言われるコルコバード国立公園も訪れる新企画!

ゆったり中米7ヶ国
パン・アメリカン・ハイウェイ縦断の旅

移りゆく景色を眺めながら6つの国境を陸路で越える 少人数限定の旅

裁き

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配給:トレノバ

インド

裁き

 

Court

監督: チャイタニヤ・タームハネー
出演: ビーラー・サーティダル、ビベーク・ゴーンバルほか
日本公開:2017年

2017.6.21

裁判所に渦巻く人間模様から浮かび上がる、インド社会の「分からなさ」

舞台はインドの大都会・ムンバイ。ある下水清掃人が死亡し、65歳の民謡歌手ナーラーヤン・カンブレが扇動的な歌で清掃人を自殺に駆り立てたという容疑で逮捕され、下級裁判所で裁判が始まります。そこには、人権を尊重する若手弁護士、古い法律を持ち出して刑を確定しようと急ぐ検察官、公正に裁こうとする裁判官、偽証する目撃者など、さまざまな人々が集い・・・

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私は添乗業務でインドに何度も行かせて頂きましたが、インドは行けば行くほど分からなくなる国だと常々感じていました。「分からない」というのはネガティブな意味合いではなく、むしろポジティブな、ディープで魅力的というようなイメージです。

インドの人口・国土は日本の約9倍。宗教・言語・カースト・移民事情(近隣諸国、あるいは特にムンバイに関しては近隣の州からも)・食習慣などを知れば知るほど、インド社会の複雑さ・多様さに直面することになります。

映画は裁判の行く末と同等に、弁護士・検察官・裁判官の私生活を覗き見るような一歩引いた視線で映し出していきます。電車通勤か車通勤か、休日はどこに誰と出かけるか、どのようなレストランで食事をとるか、どのような音楽を聞くか、何を生きがいとしているのか、どのような家でどのような家族と暮らしているのか・・・登場人物たちの何気ない習慣や生活環境から階級・モラル・思想の違いを描いていきます。

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本作の特筆すべき点は、計算されつくされた脚本とカメラアングルです。時に「なぜこんなシーンを入れたのだろう・・・」と思うようなシーンも挿入されます。

例えば、若手弁護士が日本にもあるようなオシャレなスーパーマーケットでワインなどを買って、車でジャズを聞きながら帰る場面。単体では不思議な存在のシーンで意図がつかみきれないまま次に進みますが、他の登場人物が全く違う生活を送っているシーンが始まった時にハッとさせられます。

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裁判所のシーンでいえば、本筋であるカンブレの裁判と全く関係ない件の裁判で、原告が裁判所にふさわしくない服装だと裁判官に言われて証言を聞いてもらえないという描写があります。モラルの食い違いを表した場面ですが、特にそれがミステリーを解く伏線であるというわけではありません。

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こうした細かいシーンの積み重ねは、「分からない」「理解し合えない」ということを前提にしていかないと、インド社会でのコミュニケーションは非常に難しいということを示唆しているように思えます。語りすぎない制作チームの語り口は、フレームの外側にある広大なインド社会に対する観客の想像力を最大限に広げてくれます。

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インド文化の奥深さが凝縮された『裁き』。7月8日(土)よりユーロスペースにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

ラオス 竜の奇跡

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ラオス

ラオス 竜の奇跡

 

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監督:熊澤誓人
出演:井上雄太、ティダー・シティサイほか
日本公開:2017年

2017.6.14

日本人が失いつつある感覚がラオスから薫る・・・日本・ラオス初合作映画

急激な都市開発が進む2015年・ラオス。田舎が嫌だと農家の実家を飛び出した若き女性・ノイは、憧れだった首都・ビエンチャンで都会的な日々を過ごしていますが、理想と現実のギャップに鬱々とした日々を送っています。そんな中、週末のダブルデートの最中に一人だけ55年前の内戦中のラオスにタイムスリップしてしまいます。ダム建設調査のためラオスに来ている日本人青年・川井と出会ったノイは、1960年の農村の住民たちや川井と共同生活を送ることになります・・・

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ラオスは海がなく、川とともに生きている。ある登場人物が劇中で語る通り、未来や過去のことよりも今その瞬間を楽しんで生きようとするラオスの人々の様子は、私たち日本人が原風景(ラオスの主食はもち米で、稲田の光景も見られます)を目の前にしているかのように、心が洗われる気持ちにさせてくれます。

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「日本はどんな国か?」というラオスの子どもたちの質問に川井が回答するシーンで、川井は四季について語ります。雨季・乾季しかないラオスの子どもたちは、四季を知識としては知っていますが感覚としては分かっていません。この描写は、それぞれの国には独自の感性があり、オノマトペ(擬声語)ひとつをとっても、その国の風土に深く根付いているということを思い出させてくれました。イヌイットが雪を表す言葉を、アマゾンのジャングルに暮らす人々が緑を表す言葉を多く持つように、ラオスにも川の流れを表す言葉がきっと数多くあるのでしょう。

本作の見所のひとつは何と言ってもキャストの言語面での努力でしょう。私が昔アラビア語を習った時、先生が「アラビア語以上に、タイ・クメール・ラオス語は日本人にとって習得が非常に難しい」と言っていたのを覚えていますが、井上雄太演じる川井のラオス語はとても良い響きで映画に優しさを生んでいます。

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1960年と2015年の比較という時代設定も多くを語ってくれます。前者は東京オリンピックの4年前、日本の高度経済成長期、ラオスの内戦時代。後者は日本の戦後70周年・東京オリンピック5年前、ラオスの高度経済成長期。この映画を2017年というタイミングで鑑賞するということは、大きな変化に決して飲み込まれない心の支えを私たちに与えてくれるでしょう。

史上初、日本・ラオス初合作映画『ラオス 竜の奇跡』。6月24日(土)より有楽町スバル座にてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

悠久のメコンを行く
ルアンサイ・クルーズと古都ルアンパバーン8日間

タイとの国境の町ファイサイからルアンパバーンへ。大河メコンを下るパクウ号は、フランスとラオスの合弁会社によって運航される豪華ボート。乗客定員は20~40名、全長34m、ソファシートを配置したラウンジにはバーも備え付けられており、ゆったりとお過ごしいただけます。途中、停泊する河沿いの村では、生き生きと暮らす人々の生活や素朴な田舎の風景を垣間見ることができます。

残像

4c397ed1663c1f7b(C)2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Lodz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage- Fundacja Tumult All Rights Reserved.

配給:アルバトロス・フィルム

ポーランド

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Powidoki

監督: アンジェイ・ワイダ
出演: ボグスワフ・リンダ、ゾフィア・ヴィフワチほか
日本公開:2017年

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辿り着けなくても歩き続ける・・・ポーランドの名匠が最後に遺した不屈の道標

第二次大戦後、ポーランド中部・ウッチ。大戦前に名を馳せた前衛画家のヴワディスワフ・ストゥシェミンスキは、大学教授でもあり生徒たちに慕われています。しかし、芸術を政治に利用しようとするポーランド政府と対立し・・・

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2016年、惜しくも90歳でこの世を去ったアンジェイ・ワイダ監督の遺作となった本作は、映画そのものが残像を生み、心の中に光を残してくれます。タブーを描くことを恐れず、自由・抵抗を一貫して訴え続けたワイダ監督は、最後までその意志を貫いたメッセージを世界中の観客に残してくれました。

"Powidoki" 2015 rez. Andrzej Wajda Fot. Anna Wloch www.annawloch.com anna@annawloch.com Na zdj od lewej : Zosia Wichlacz, Adrian Zareba, Irena Melcer, Filip Gurlacz, Mateusz Rzezniczak, Tomasz Chodorowski, Paulina Galazka; tylem Boguslaw Linda

映画の舞台となったウッチという場所はポーランドの名匠たちを輩出した映画大学があり、第二次世界大戦で焦土と化したワルシャワの代わりに首都機能をしばらく担っていました。戦後に芸術の街として発展していったウッチで展開される本作は、自由・抵抗というワイダ監督ならではのテーマはもちろんのこと、「歩く」ということをストゥシェミンスキが描いた絵画のように、芸術的に表現しているように思えました。

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Zdjecia: Pawel Edelman
fotosy: Anna Wloch
www.annawloch.com
anna@annawloch.com

旅をすると色々な場所を歩きます。草むら、砂漠、岩場、雪原、道なき道。ストゥシェミンスキは、第一次世界大戦で右足・左手を失っていて、常に身体部位の不在を抱えています。もちろん片足を失っても足を踏み出すことはでき(また片手を失っても絵を描くことはでき)、劇中でもストゥシェミンスキは松葉杖を使って力強く移動しますが、両足がある場合とは全く違った足の踏み出し方になります。また、右足を踏み出すという行為は永遠に不可能です。

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私が「歩く」という行為をこの映画のキーポイントとして見出したのは、劇中に「足を踏み出すことができる」という自由が表された、非常に小さくも力強い演出があったからです。水たまりに、ストゥシェミンスキではない、ある人物が足を踏み出して靴が濡れてしまったことを実感するというだけのシーンなのですが、ストーリー展開ともあいまってとても美しい場面になっているので、見逃さないように登場人物の足元に時々気を払ってご鑑賞ください。

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芸術・自由とは何か・・・共謀罪法案が採決されたという最近のニュースとも関連性があり、ワイダ監督の力強いメッセージを受け取れる『残像』。6月10日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

恋恋風塵

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台湾

恋恋風塵

 

戀戀風塵

監督:ホウ・シャオシェン
出演:ワン・ジンウェン、シン・シューフェンほか
日本公開:1987年

2017.5.24

日本人だからこそピンとくる、古き良き時代の台湾の情景

舞台は1960年代の台湾。鉱山の村・九份で幼いころから兄妹のように育ったワンとホン。中学を卒業したワンは台北に出て働くことになり、ホンも1年後台北に出て働き始める。台北に出てからも互いに励ましあい、2人の間にはいつしか恋心が芽生える。そんなある日、ワンのもとに兵役の知らせが届く。ホンとの結婚を考えていたワンは、毎日手紙を書くと約束し、自分の宛名を書いた千通の封筒を託す・・・

ワンとホンの出身地に設定されている九份という場所は、『千と千尋の神隠し』(2001年)で主人公の千尋が滞在することになる旅館・油屋のモデルとして有名ですが、それより前にホウ・シャオシェン監督の本作と『悲情城市』(日本公開:1990年)で一躍有名になりました。

東京・神保町をメインロケ地とした『珈琲時光』(2004年)を監督するなど、日本との関わりも深いホウ・シャオシェン監督が描き出すゆったりとした情緒あふれる映像は、「旅」の雰囲気に満ちています。

本作で特に印象的なのは、電車・駅・線路など、鉄道に関わるシーンです。電車がトンネルを抜けていく、線路の上を男女が歩く、電車を待つ、駅で待ち合わせをする、信号が切り替わる、出発した駅に戻ってくる・・・そうしたフレーム内のささやかな運動の積み重ねが、深く大きい(「潮流」とも例えれるような)情感を映画にもたらしています。

台湾では日本の植民地時代に鉄道が整備されたこともあり、撮影当時の駅舎の雰囲気や電車の車両などに共通点を多く見つけることができます。そのため、駅に電車が入ってくるシーンなどは、まるで昭和の日本の映画を見ているような感覚になります。ホウ・シャオシェン監督は、『珈琲時光』など他の映画でも鉄道に関わる要素を多くストーリーの中に組み込んできましたが(『珈琲時光』では浅野忠信演じる肇が電車マニアの設定)、本作の劇中には特に日本人の観客に懐かしさを感じさせてくれる光景が広がっています。

ノスタルジックな気分に浸ってみたい方、栄える前の九份が見てみたい方、鉄道好きな方にオススメの一本です。

台湾最高峰・玉山(3,952m)登頂

コンパクトな日程で最高峰登頂と下山後の温泉も楽しむ旅 5日間コースでは九份も訪問。

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狭い路地の階段に沿って建つ建物に、提灯が灯る夕暮れ風景をお楽しみください。