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花咲くころ

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ジョージア

花咲くころ

 

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監督:ナナ・エクフティミシュヴィリ、ジモン・グロス
出演:リカ・バブルアニ、マリアム・ボケリアほか
日本公開:2017年

2018.1.31

長く暗い戦争のあと、誰がために花は咲く

1992年春、ジョージアの首都・トビリシ。1991年にソ連から独立を果たしたものの、少数民族問題をめぐる武装紛争が郊外では続いている。14歳の少女エカとナティアは幼なじみで、生活物資の配給を待つ騒がしく長い列の中で、おしゃべりをするのがささやかな楽しみだった。エカの父は刑務所に入っているが、理由ははっきりわからない。ナティアに思いを寄せる青年・ラドは彼女に弾丸1発の入った銃を護身用にと手渡す。希望と不安の間を揺れ動く彼女たちの日常は、しだいに不安の方に傾いていく。

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時代の変わり目は、時に花にたとえられます。キルギスのチューリップ革命、チュニジアのジャスミン革命、そしてジョージアにも2003年にバラ革命と呼ばれる政変がありました。

『花咲くころ』というタイトルの中で、「花」という言葉が示唆するものは何なのか。「花」は何色なのか。それは観客の想像に委ねられています。主人公である2人の少女たちと想像することもできますが、私は時代の流れそのものと感じました。

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この映画で描かれている1992年ジョージアの過渡期におけるもどかしさは、「もうすぐ〜ができる」「まだ〜ができない」という社会的な制約がまだある14歳という主人公たちの年齢によって、より際立った描写になっていると感じました。この映画が製作されたのは2013年ですが、2003年のバラ革命や2008年のロシアとの紛争を経て、約20年前の出来事を振り返る必要があったのでしょう。

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日本も例外ではありませんが、過去に起きた災いや悲劇の原因を根本的に問い直すことは、未来を形作ることにつながっていきます。そして、旅や映画鑑賞を通して様々な物事を目にすることは、過去を見つめ直す重要な手段のひとつです。

本作では、ある場面でのエカのダンスが、観客を揺さぶるひときわ強い力を持っています。誰にも向けられていないようで、強く誰かに訴えかけるような迫力のシーンから、私は赤い色の花を連想しました。

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見る人によって違った花の色を想像させてくれる『花咲くころ』は、2月3日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

コーカサスを陸路で巡る充実の旅、ジョージア軍用道路を走りコーカサスの高みへ。
18日間コースはスヴァネティ地方も訪問。コーカサス山麓に残る独自の文化と雄大な自然を楽しむ。

Tbilisi

トビリシ

クラ川に面したジョージア(グルジア)の首都。ペルシャ系、トルコ系、モンゴル系と様々な民族の侵略を受けて来た歴史を持ちます。市内を一望できる丘の上にはジョージア正教のメテヒ教会が建ち、旧市街の中にも数多くの教会やシナゴーグが建っています。

欲望の翼 デジタルリマスター版

5a64a17c3ef5d717(C)1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.

配給:ハーク

香港・フィリピン

欲望の翼 デジタルリマスター版

 

阿飛正傳

監督:ウォン・カーウァイ
出演:レスリー・チャン、マギー・チャン、カリーナ・ラウほか
日本公開:2018年

2018.1.24

たかが1分、されど1分・・・人生の流れを変える濃密なひと時

1960年、香港。ヨディはサッカー場で売り子をしていたスーに声をかけ、ふたりは恋に落ちる。

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しかしヨディは、自分が実の母親を知らないことに複雑な思いを抱えていた。スーと別れたヨディは、ナイトクラブでダンサーとして働くミミと一夜を共にする。部屋を出たミミはヨディの親友サブと出くわし、サブは彼女に一目ぼれする。夜間巡回中の警官タイドはスーに思いを寄せるが、スーはヨディのことを忘れられずにいた。そんなある日、ヨディは義母のレベッカから、実母がフィリピンにいることを知らされる・・・

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ウォン・カーウァイ監督の作品は、『ブエノスアイレス』『花様年華』を既に紹介しましたが、どれもこのコラムのテーマである「旅」と相性が良い物語です。映画は時間芸術と言われることがありますが、ウォン・カーウァイ監督の表現は特に時間に重きを置いており、そのため内容に関わらず「旅」の雰囲気が出るのでしょう。

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「1960年4月16日3時1分前、君は僕といた。この1分を忘れない。君とは“1分の友達”だ。」と、冒頭ヨディはスーに言い、時計が画面に大きく映し出されます。

あっという間の1分。地獄のように長い1分。時間の伸び縮みは、映画の中だけでなく私たちの日常にも存在します。原題の『阿飛正傳』は「チンピラの伝記」というような意味ですが、1960年4月16日の1分は、主人公のチンピラ・ヨディの体内で刻まれる時計の動力となります。

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「脚のない鳥がいるらしい。脚のない鳥は飛び続け、疲れたら風の中で眠り、そして生涯で唯一度地上に降りる。それが最後の時」。アメリカの劇作家テネシー・ウィリアムズの著作からの引用もまた、時間の流れが強く意識されています。

動力を失った時計は止まり、時は刻まれなくなりますが、時計自身は動力の源泉や時を刻みはじめた瞬間を、最後の最後まで覚えているのでしょう。そうした無常さを讃えるようなタンゴのメロディーも、本作をぜひ劇場で体験していただきたいポイントのひとつです。

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95分の間、映画という翼を得ることができる『欲望の翼』。2月3日(土)よりBunkamura ル・シネマにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

タシちゃんと僧侶

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配給:ユナイテッド・ピープル

インド

タシちゃんと僧侶

 

Tashi and the Monk

監督:アンドリュー・ヒントン、ジョニー・バーク
出演:タシ・ドルマ、ロブサン・プントソック他
日本公開:2017年

2017.12.13

ブータン・チベットの国境線に囲まれた、インドのある孤児院で・・・

ブータン・チベット・ミャンマーと国境を接する、インド北東部・アルナチャール・プラデーシュ州。アメリカでチベット仏教を伝導していた僧侶ロブサン・プントソックは、8年前に故郷であるこの地で孤児院を開く。84人の子どもたちが生活しているところに新しく加わったのは5歳の女の子・タシ。母を亡くし、アルコール依存症の父に追い出されたタシは新しい環境に順応できるのか・・・

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映画の冒頭で、ロブサンは「年々この孤児院で生活する子どもは増えているが、皆に共通しているのは見捨てられたか不必要とされたことです」という厳しい言葉を子どもたちに言い聞かせます。黙々と当たり前であるかのように子どもたちがそれを聞く様子から、各々にかつてどのようなことが起きたのかと想像せずにはいられません。

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まだ小さいタシは、その話の最中遊んでいて、話の内容を分かっていない様子がカメラにとらえられています。これから知らないことを知っていき、気付いていないことを気付いていく過程で味わう苦しみを乗り越えて、タシが将来強く成長することを願う気持ちが、映画を鑑賞しはじめてまもなく芽生えるでしょう。

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劇中では、舞台となっているジャムセ・ガッセル(どのような意味かはぜひ映画をご覧になってご確認ください)という孤児院がどこにあるかはあまり詳しく説明されません。アルナチャール・プラデーシュ州は古くから絹の交易のためにブータンとインドをつなぐ地でした。ダライ・ラマ14世がチベットから亡命した際に通過したルートとしても知られています。特徴的な髪型・民族衣装を着たモンパ族が劇中に登場することから、アルナチャール・プラデーシュ州でも西側の、ブータンの国境に近いタワン周辺であることが予想されます。

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島国・日本に暮らす私たちは、大陸に暮らす人々と比べると国境を意識する機会があまりありません。モンパ族と、隣接するブータン東部のブロクパという遊牧民は、非常に類似した文化・風習を持っています。このように、文化が触れ合う地というロケーション場所の特性も、タシを含めた子どもたちがどのような未来を歩んでいくのかに思いを馳せる上で大きな効果を持っていると私は感じました。

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39分という短い時間の中に上記のみどころが凝縮されている『タシちゃんと僧侶』。東京・長野・福岡ほか各地にて上映。その他詳細、自主上映会の問い合わせ方法は公式ホームページをご覧ください。

インド最果ての地 アルナチャール・プラデーシュ

北東インドに残るチベット世界、精霊とともに生きる人々に出会う旅

アルナチャール・プラデーシュと東ブータン

東ブータンから国境を越えてインド最果てのチベット世界へ

わたしは、幸福(フェリシテ)

dc0b065a26610751(C)ANDOLFI – GRANIT FILMS – CINEKAP – NEED PRODUCTIONS – KATUH STUDIO – SCHORTCUT FILMS / 2017

コンゴ

わたしは、幸福(フェリシテ)

 

Felicite

監督:アラン・ゴミス
出演:ヴァロ・ツァンダ・ベヤ、カサイ・オールスターズほか
日本公開:2017年

2017.12.6

「上を向いて歩こう」と口ずさみたくなる、コンゴの歌姫の勇姿

コンゴ民主共和国の首都キンシャサ。都会・スラム・自然が密集し、混沌と静謐が同居するこの町で、シングルマザーのフェリシテはバーで歌いながらひとり息子のサモを育ている。バーの常連・タブーは彼女が気になっている。ある日、サモが交通事故に遭い、フェリシテは多額の金を工面しなければいけなくなる。「幸福」という意味の名前を持つフェリシテは、自らの運命を切り開くべく、逆境に立ち向かっていく・・・

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海外旅行で空港ターミナルに入った瞬間、その国独特の匂いがしたという経験があるという方、あるいはそのような話を聞いたことがあるという方は多いと思います。キンシャサにはヌジリ国際空港という空港があるそうですが、この映画はキンシャサという町の人々・川・土・森・昼と夜など、様々な匂いを観客に想像させてくれる蒸気が漂っているかのような作品です。

◎サブ6_フェリシテ

この映画を見終わった後、頭の中で坂本九の『上を向いて歩こう』が繰り返し流れました。コンゴは独裁・紛争・虐殺など悲しい過去があり、アフリカが舞台の映画にはどうしてもそうした話題の作品が多いですが、そうした歴史に本作はあえて触れずに女性の強さという普遍的なテーマに焦点が絞られているからでしょう。

◎サブ2_フェリシテ

その「強さ」は、物語そのものだけでなく、音楽によってより豊かなものとして表現されています。フェリシテは歌手で、劇中でも心に響く歌声を聞かせてくれますが、コンゴの音楽はこの約10年で世界中に知れ渡りました。その立役者は、本作にも出演しているカサイ・オールスターズと密接に関係しているコノノNo.1というグループで、2004年にリリースされた『コンゴトロニクス』というアルバムは大ヒット作品となりました。アフリカの大地が鳴らしているかのような彼らの音楽は、遠く離れたアフリカの地を、日本人のリスナーの方へ大きく近づけてくれました。

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セネガル系フランス人のアラン・ゴミス監督も、ひとりのコンゴ人女性の物語によって、自身の中に根付くアフリカのイメージ像を、世界中の観客の心に描こうと試みたのでしょう。

まだまだ日本で見る機会が限られているアフリカ映画。「旅と映画」では、これまでにフランスに住むチュニジア移民の苦心を描いた『クスクス粒の秘密』(スタッフが本作の脚本協力で関わっています)、セネガルの巨匠ウスマン・センベーヌ監督が女性の強さを描いた『母たちの村』を紹介しました。

本作は、幻想的なシーンで重要な役割を果たす、「森の貴婦人」というキャッチフレーズで関東の動物園で人気のオカピや、アフリカでは珍しいオーケストラ(キンシャサ市民によるキンバンギスト交響楽団)など、アフリカに詳しい方もそうでない方も楽しめる見どころが満載です。

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『わたしは、幸福(フェリシテ)』は、12月16日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町にてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

アワーミュージック

1d1d3206e8ca429c(C)2004 AVVENTURA FILMS – PERIPHERIA – FRANCE 3 CINEMA – VEGA FILMS

ボスニア・ヘルツェゴビナ

アワーミュージック

 

Notre Musique

監督:ジャン=リュック・ゴダール
出演:ナード・デュー、サラ・アドラーほか
日本公開:2005年

2017.11.29

戦争の傷跡が残るサラエボで、世界的巨匠が希望の光を探し求める・・・

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都・サラエボ。内戦によって廃墟になったビルなど、戦争の傷跡が深く刻まれたこの町に住む大学生のオルガは、「本の出会い」というイベントに講師としてやって来る映画監督に自分の映像作品を渡そうとする・・・

1960年代から、既存の手法にとらわれず、常に斬新な表現で映画界をリードし続けてきた巨匠ジャン=リュック・ゴダールが、2004年に自らも出演して9.11テロ以降の世界を描こうと試みたのが本作です。

日本人にとっては情報が少ないバルカン半島の国々。町中を走るトラム、茶色や灰色を基調にしたレンガ造りの建物、ボスニア内戦中に破壊されたサラエボ図書館など、多くの景観を見せてくれる劇中の講義シーンでは、旅行のエッセンスと大きく関わりがあるこんな話が監督自身によってなされます。

量子力学の確立者として有名なハイゼンベルクとボーアが物理学を語りながら歩いていて、ハムレットの舞台になったエルシノア城に着いた時、ハイゼンベルクは「大したことないですね」と言った。それに対しボーアは「ハムレットが住んでいた城だ、それだけですばらしい」と反論した。現実におけるエルシノア城のイメージの不確実さと、ハムレットにおける想像上のイメージの確かさ。映画のカット構造にも関係がある、こうしたイメージの方向性の差が、監督によって説明されます。

私たちが旅に出る際、あるいは映画を見る際もそうですが、事前に情報を調べる場合もあれば、何も情報を頭に入れずに気の赴くままなこともあるかと思います。それぞれの楽しみ・発見があると思いますが、どちらにしても言えるのは、旅も映画も私たちの心の中で暗くなっていて見えない部分を照らしてくれるような作用があるということでしょう。

想像力の確かさにあふれた名作『アワーミュージック』は、サラエボの町並みだけでなく観光地として有名なモスタルの橋も見どころで、バルカン半島に興味がある方は特に必見の作品です。

ローマ帝国最後の統一皇帝 聖テオドシウスの生涯

ベオグラードからヴェネチアまで、テオドシウスゆかりの地を巡る10日間

プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード

e4c1dc4bcd1745bb(C)TRIO IN PRAGUE 2016

配給:熱帯美術館

チェコ

プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード

 

Interlude in Prague

監督:ジョン・スティーブンソン
出演:アナイリン・バーナード、モーフィッド・クラークほか
日本公開:2017年

2017.11.15

古都プラハの美しい町並みの中で、愛に悩むモーツァルト

1787年、プラハはオペラ『フィガロの結婚』の話題で持ちきりになっていて、作曲家のモーツァルトにも注目が集まっていた。ウィーンに住むモーツァルトは息子を失い、悲しみに暮れる日々を過ごしていたところに新作の依頼を受けて、プラハにやってくる。『フィガロの結婚』のケルビーノ役を演じるオペラ歌手・スザンナと出会い、モーツァルトは彼女の美貌に魅了されていく・・・

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本作はモーツァルトが名作オペラ『ドン・ジョヴァンニ』をプラハで初演したという史実から着想を得て、プラハの上流階級社会を舞台に、事実と大胆な想像が織り交ぜられて展開していく物語です。モーツァルトに関する史実や言い伝えを再現するようなシーンもあり、それは知っていてもそうでなくても楽しめる演出となっていますが、どのように『ドン・ジョヴァンニ』が作られたかという経緯に関しては、多くが原作者の想像によって描かれています。

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私は、本作がいざなう想像の旅路の途中で、ある旅の記憶を思い出しました。パキスタンのラホール博物館で、ヘレニズム文化と仏教文化が融合したガンダーラ美術の数々を目の前で見た時のことです。ガンダーラ美術はアレクサンダー大王の東征によってヘレニズム文化の影響があり芽生えた美術だと言われており、アレクサンダー大王はインダス河口あたりで西に引き返したと言われています。隆々とした筋肉の弥勒菩薩立像を見て「アレクサンダー大王は本当にこの辺りまで来たのだな・・・」と、数千年の歴史がその像に宿っているのを感じました。

本作の映像の中にも、それと同様に歴史の流れが宿っている被写体があります。それは、18世紀を現在の町並みでそのまま再現できるプラハの町そのものです。モーツァルトが曲を作った背景だけでなく、名作と言われる音楽・文学・映画にどれだけ深い感情が関わっているのかを観客に想像させてくれる普遍性は、重厚な歴史が織りなすプラハの圧倒的な雰囲気に支えられています。また、当時の上流階級の暮らしぶりが表現された素晴らしい美術や衣装にもぜひ注目してみてください。

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『プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード』は12月2日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。その他詳細は公式HPをご確認ください。

中欧地下世界
神秘の鍾乳洞群とヴィエリチカ岩塩坑

東スロバキアからタトラ山地を抜けポーランド、そしてプラハへ

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プラハ

世界で最も美しい町ともいわれる、チェコ共和国の首都

星空

a59ec4a06f064085(C)HUAYI BROTHERS MEDIA CORPORATION TOMSON INTERNATIONAL ENTERTAINMENT DISTRIBUTION LIMITED FRANKLIN CULTURAL CREATIVITY CAPITAL CO., LTD ATOM CINEMA CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED

台湾

星空

 

星空

監督:トム・リン
出演:シュー・チャオ、リン・フイミン、レネ・リウほか
日本公開:2017年

2017.10.11

旅先の星空のように、忘れられない思い出を求める少年少女の旅路

モネ・ゴッホなどの絵に囲まれて、台湾の都会で広々とした家に暮らす13歳の少女・シンメイはいつも孤独を感じていた。美術商の両親は出張で家を留守にすることが多く離婚寸前で、優しかった祖父も亡くなってしまったからだ。そんなある日、シンメイの学校にスケッチブックを抱えてさまよう不思議な少年・ユージエが転校してくる。

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孤独を共鳴させたシンメイとユージエは、この世でもっとも美しい星空を見るため、一緒に家出をする・・・

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日本でも素晴らしい星空に出会うことはありますが、海外の旅行先で出会う星空は、時に強烈に心に焼き付くものです。私がよく覚えている星空は、中国・青海省のまわりに何もないゴビ砂漠で見た満天の星空。そして、インドヒマラヤの懐深くに位置するザンスカールで、夕方から夜にかけて吹く谷風に吹かれる雲混じりの星空です。花火を間近で見た時のような、自分のところに降ってくるかのような大迫力の星空は、今でもはっきりと周囲の状況とあわせて思い出すことができます。

彗星群が近づいた時、花火を見る時・・・人々は足を止めて空を眺めます。地球が丸いとわかるずっと前から、人は夜・暗闇に畏怖の念を抱いていて、星空は守り神でした。『星空』の物語の中でも、現代社会の抱える孤独・不和・焦燥感・怒りを、星空がそっとかき消していきます。

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しかし、いくらきれいな星空を見て幻想的な気分になっても、必ず朝が来て現実に戻らなければいけません。そうした意味で、劇中で何気なく映し出される、シンメイが友だちとクレープを食べるシーンは印象的です。ただのファンタジー映画ですまさず、少女がクレープを食べるという日常のささやかな楽しみの中にも星空の美しさが宿っているということを伝えてくれる、とても美しいシーンです。

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日本から楽曲提供で参加しているworld’s end girlfriendと湯川潮音の、旅情をかきたてられる懐かしさを秘めたサウンドトラックも必聴の『星空』。10月28日(土)よりK’s cinemaにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

ソニータ

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イラン・アフガニスタン

ソニータ

 

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監督:ロクサラ・ガエム・マガミ
出演:ソニータ・アリダザー、ロクサラ・ガエム・マガミほか
日本公開:2017年

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「ツバメ」という名前を持つアフガン女性の生きる道

イランの首都・テヘランで難民生活を送る16歳のソニータは、タリバン支配下のアフガニスタンから逃れてきた。パスポートも滞在許可証もない状態で、ラッパーになることを夢見ながら、不法移民としてシェルターで心の傷を癒やすためのカウンセリングや将来のアドバイスを受けている。

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ある日、アフガニスタンに住む母親が、慣習に倣ってソニータを嫁がせようと話をしにやって来る。息子の持参金9000 ドルを払うための手段として自分を嫁がせようとしている母親の目論みに悲しみつつ、そのことをもラップにしてソニータは現実に抗おうとする。彼女が歌うことで人生を切り拓こうとする様子に、イラン人女性監督ロクサラ・ガエム・マガミ自身も心を動かされ始める・・・

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この映画は、私たちが日本人としてどのような「選択の自由」を持っているのかということを想起させてくれます。劇中、シェルターの先生とソニータの母が議論するシーンがあり、イランで結婚を決めるのは女性自身であると、先生はアフガニスタンの慣習を批判します。しかし、以前このコラムでもご紹介したイラン映画「私が女になった日」などで描かれている通り、イランにも婚姻に関して女性が自由な選択権を持つことに抗う慣習があります。

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「旅に出る」という選択ができることも大きな自由の一つです。ふつうの日本人であれば、旅先から家に戻ってきた時の安堵感や、旅の余韻にひたる瞬間があるでしょう。しかし、ソニータは不法移民という常に放浪している状態にあり、「旅に出る」という選択すらできなく、どこにいても心安らぐことはありません。

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ソニータは(おそらくアフガニスタンの公用語であるパシュトー語で)ツバメという意味だといいます。16歳でもう親鳥として巣にいるヒナたちにエサを与えることができる立場の彼女は、ラップという歌の力で人々に勇気を与えようと夢見ています。しかしその選択もまた、アフガニスタンとイランで女性による歌唱が禁じられているため認められません。

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(c)Rokhsareh Ghaem Maghami

私たち日本人は実に多くの選択権を持っています。「結婚する / しない」「旅に出る / 出ない」「投票する / しない」・・・思い起こすことは様々ですが、人生における選択は与えられるだけでなく自分で作り出すことができるのだと、苦しい中でも笑顔で状況を切り開いていくソニータが私たちに教えてくれます。

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『ソニータ』は、10月21日(土)よりアップリンク渋谷にてロードショーほか全国順次公開。10月13日までクラウドファンディングを実施中。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

笑う故郷

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アルゼンチン

笑う故郷

 

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監督:ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン
出演:オスカル・マルティネス、ダディ・ブリエバ、アンドレア・フリヘリオほか
日本公開:2017年

2017.9.13

故郷のことしか書けないノーベル賞作家の、アルゼンチン帰郷物語

アルゼンチン出身、スペイン・バルセロナ在住のノーベル賞作家・ダニエル。受賞後5年の間作品を発表せず、いまだに殺到する数々のオファーを断りながらも、故郷の田舎町・サラスへの招待にはピンときて、40年ぶりの帰郷を果たします。

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「名誉市民」の称号を与えられたダニエルは旧友らに歓待されるだけではなく、嫉妬・作品への批判を受けたり、富に群がってくる者も出てきます。昔の恋人とも再会し、いつの間にかダニエルの訪問は、故郷・サラスに思いもよらぬ感情の渦を生み出します・・・

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「どんな人でもかならず一冊は小説を書ける」、「事実は小説より奇なり」といった言葉がありますが、私たちが日々経験する出来事は、時に思わぬ行き先に人生を導き、それを文章や映像などで形にした際には力強い表現となることがあります。

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例えば、(手前味噌で恐縮ですが)私が監督した長編映画『僕はもうすぐ十一歳になる。』も、ブータン・インド・ネパール・チベットなどで私が実際に体験したことが大きくストーリーに反映されています。

本作の劇中で、ヨーロッパにいるものの故郷・アルゼンチン以外の話を書けない主人公・ダニエルは、想像上の設定・登場人物に共感したファンから、自分の親類を物語にしてくれたことに対して礼を言われます。ダニエル自身はそんなつもりはなかったのに篤く礼を言われてしまうという、ある種滑稽なシーンですが、私はこのストーリー展開から自作の上映時に経験した出来事を思い出ました。

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私の映画は死生観を描くことが多いですが、亡くなった誰かを思い出したとか、映画と全く同じような故人とのやりとりが一番の思い出だといった、ありがたい感想を観客の方から頂いたことが何度かあります。自分の書いたフィクションが現実の世界に出現したかのようで、そういう時には「映画を撮ったかいがあったな」と、この上なく嬉しい気持ちになります。

本作でノーベル賞作家・ダニエルは、はじめ鬱陶しくて無視していた読者からの言葉に迷いを見せ、自分自身を見つめ直していきます。自分の人生が他人に影響し、他人の人生もまた自分に影響を及ぼす。そうした手応えから、途切れていたように思えていた自分の人生が、アルゼンチンからスペインまでたしかに連綿と続いていたことをダニエルは実感していったのではないかと、細かな心の揺れ動きに思いを巡らせました。

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見事な脚本と演技で、観客自身の人生をも何かの物語であるかのように感じさせてくれる『笑う故郷』。9月16日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

SHIFT 恋よりも強いミカタ

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フィリピン

SHIFT 恋よりも強いミカタ

 

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監督:シージ・レデスマ
出演:イェン・コンスタンティーノ、フェリックス・ローコーほか
日本公開:2014年

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男性みたいな女性×女性みたいな男性 マニラに暮らす若者たちの世界

舞台はフィリピンの首都・マニラ。真っ赤な髪の少女・エステラは、シンガーソングライターになることを夢見つつ、コールセンターで働いている。女子高あがりのエステラは、大学に入って初めて男友達ができるものの、ボーイッシュすぎてなかなか恋人の対象として見てもらえない。

職場で遅刻ばかりしているエステラは、ある日自分の指導員となったトレバーと親しくなる。トレバーは、自分がゲイであることを家族に知られているが、腹を割ってそのことを話し合えずにいる。互いに過去を共有しあい、徐々にエステラはトレバーに心惹かれていくが、超えられない「性差」の壁が二人の間に立ちはだかる・・・

「行ってみないと分からない」ということは世の中に多く、それは旅の醍醐味でもあります。たとえば、日本のニュースで中東の国の名前が出てくる時と、北欧の国の名前(中東よりも遠く、かつ西欧よりも行く機会が一般的にないという意味で)が出てくる時、前者のニュースほうが内戦やテロなどといったネガティブな内容である確率は圧倒的に高いでしょう。たしかに、中東には実際戦闘が行われている地域や、行くことが困難な場所もあります。しかし、何千万人の人々がそこで日常生活を送っているということ、同国内や周辺の地域でもそういったこととは無縁で平和な場所もあるということは、情報の偏りの中でどうしても抜け落ちてしまいがちです。

この映画を私が2014年に見た時、私のフィリピンに対するイメージは、まるでマニラに実際「行ってみた」かのように大きく変わりました。それまで私が持っていたフィリピンのイメージは、経済発展をとげていることは知りつつも、比較的田舎で、タイ・ベトナムなど他の東南アジア諸国に比べて発展途上であるというようなイメージでした。

映画を見てまず感じたのは、マニラの都会的な光景、日本にもあるようなコールセンター、そしてそこで飛び交うクリアな発音の英語に対する新鮮味です。フィリピンでは学校の授業やニュースでもタガログ語とあわせて英語が日常的に使われていて留学しに来る人が増えていると聞いたことはありましたが、それも納得できる雰囲気が醸し出されていました(その後、フィリピンの映画監督たちと映画祭などを通じて出会い、この映画で描かれていた現代フィリピンの国際感覚の続きを見たような感覚になりました)

そして、LGBTに関して映画でオープンに語られる風土がある点にも一見の価値があります。東南アジアの爽やかな青春ドラマを見たい方、特にまだフィリピンに行ったことがない方にオススメの一本です。