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僕の帰る場所

f06c3bde76bcdc94(C)E.x.N K.K.

ミャンマー

僕の帰る場所

 

Passage of Life

監督:藤元明緒
出演:カウン・ミャットゥ、ケインミャットゥ、アイセほか
日本公開:2017年

2018.9.12

懸命に生きるミャンマー人家族の「今」が描く、見えない「未来」

東京にある小さなアパートに、難民申請中のミャンマー人家族が暮らしている。母・ケインは、幼いカウンとテッを必死に育てているが、夫のアイセが入国管理局に捕まり、一人で家庭を支えることになる。

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日本で育った子どもたちよりもたどたどしい日本語を話しながら、ケインは一日一日を乗り越えていく。将来に不安を抱くようになったケインは、故郷のミャンマーで暮らしたいという思いを募らせていく・・・

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日本における移民・難民問題は、あたかも存在していないように扱われるという意味で、「透明」という言葉を以って語られることがあります。その実像を描くために本作で採られた手法は、当事者の心の奥深くにまで潜り、問題の全容は観客の想像に任せる方法です。

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人は成長すると、「ただいま」や「行ってきます」と言うべきかどうか迷う時があります。縁のある地だけれども、暮らした記憶がない時。独り立ち、あるいは結婚した後に、里帰りする時。

幼い兄弟にとって、両親の故郷であるものの暮らしたことはないミャンマーは、「行く」場所なのか、それとも「帰る」場所なのか。それはもっと時間が経って、彼らが振り返った時にはじめてわかるのでしょう。

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特に、希望と不安が入り混じった状態でヤンゴンの地を主人公家族が一歩一歩踏みしめていく映画の後半は、「旅」の真髄を感じ取ることができます。二つの土地・国籍を揺れ動く感情は、いかにシステムが整おうと行き来をやめないでしょう。母国を持つ両親、確固とした土台を模索する少年たちの姿は、生きる力の源を観客に問い直させてくれます。

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2017年東京国際映画祭「アジアの未来」部門で、日本人監督初のグランプリ・監督賞の2冠を成し遂げた『僕の帰る場所』。10月6日(土)よりポレポレ東中野にてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

微笑みと安らぎの国・ミャンマー

旅の最後はミャンマー屈指の聖地・チャイティヨ山に宿泊、敬虔な人々の祈りにふれる旅

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ヤンゴン

黄金の仏塔が輝くミャンマー最大の都市。1755年に「戦いの終わり」という意味のヤンゴンと名付けられました。現在の街並みはイギリス植民地時代に建設された整然とされたものです。2006年にヤンゴンよりネピドーに遷都しました。

モアナ 南海の歓喜

c57b856f691f0ae0(C)2014 Bruce Posner-Sami van Ingen. Moana (C) 1980 Monica Flaherty-Sami van Ingen. Moana (C) (P)1926 Famous Players-Laski Corp. Renewed 1953 Paramount Pictures Corp.

サモア

モアナ 南海の歓喜

 

Moana

監督:ロバート・フラハティ
出演:サモアの人々
日本公開:2018年

2018.9.5

山彦のように響きを残す、
南海の孤島・サモアの安らかな一時

南太平洋の島国・サモア。畑で耕作をし、背の高いヤシの木に登って実をとり、森で狩りをし、海で漁をする・・・約100年前、人々は豊かな自然の中で、伝統を守って互いに助け合いながらのどかに暮らしていた。

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島に暮らす一家の長男・モアナには、ファアンガセという婚約者がいる。老若男女が集まり、盛大な挙式が行われる。

Date: 1926Location: Samoa In picture: Moana (Ta´avale) and Fa´angase (Fa´angase Su´a-Filo)

本作は1926年に製作された作品で、2014年に映像のデジタル化が行われました。「ドキュメンタリーの父」と呼ばれているロバート・フラハティが監督した作品で、本コラム「旅と映画」ではエスキモーの暮らしをとらえた1922年の作品『極北のナヌーク』を以前ご紹介しました。

ストリーミングの普及やモバイル機器の発達により、様々な映画を外出先などで手軽に見られるようになりました。そんな今だからこそ、一度映画の原点に立ち戻ることに価値が生まれています。

人間社会は約100年前と変わらず人間社会として存在し続けています。その中で、「変わったこと」もあれば「変わらないこと」もある。そのバランスをどう感じとるかによって、それぞれ違った物語を本作は観客の心の中に生み出します。

Date: 1926Location: SamoaIn picture: Fa´angase (Fa´angase Su´a-Filo)

また、本作の製作プロセス、そして被写体との関わり方は「旅」そのものです。監督の娘が1980年にサモアへ訪れて、現地の音・会話・民謡を録音して、もともと無声だった作品に音を加えました。

サモアの人々の人生という旅、フラハティ親子の2世代に渡るサモアへの旅、そして映画自体が今の私たちを目がけて旅をしてきている。時間と距離が複雑に絡み合い、3D・4D映画では再現できない立体感を感じることができます。

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『モアナ 南海の歓喜』は、9月15日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開(連日、1日1回『極北のナヌーク』も上映)。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

漂うがごとく

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ベトナム

漂うがごとく

 

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監督:ブイ・タク・チュエン
出演:ドー・ハイ・イエン、リン・ダン・ファムほか
日本公開:2016年

2018.8.29

ベトナムの湿潤な空気の中で、ゆっくりと熟成されていくひとときの迷い

ハノイで旅行ガイド兼通訳として働くズエンと、彼女より3才年下でタクシードライバーのハイは、出会って3ヶ月で結婚した。

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後日、ズエンは結婚式に来られなかった女友達・カムを訪ね、体調が悪いカムの代わりに手紙をトーという男に届けに行くことになる。ズエンは手紙を届けた時トーに襲われてしまうが、しだいにマジメでおとなしいハイとは真逆で野生的なトーに魅了されていく・・・

本作は、ベトナム本国では2009年に公開された作品です。公開されてからの約10年で、ベトナム社会はさらに大きく経済発展をとげました。題名に「ごとく」と入っているように、ハノイの町の様々な事物が比喩的に映されていきますが、特にズエンの夫・ハイが運転するタクシーがハノイの渋滞や洪水の中でも走り続ける様子からは、当時のベトナムの趨勢を感じることができます。

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経済発展による格差の拡大や倫理観の変容を描く一方で、このコラムで過去に紹介した『夏至』のように、ベトナムの湿潤な空気とその「温度」が映画全体に浸透しています。観光地として有名なハロン湾でのシーンは、登場人物たち自身が物理的に漂っているだけでなく、心の揺らめきが表されています。

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本作を見て私は「かたつむり そろそろ登れ 富士の山」という小林一茶が詠んだ俳句を思い出しました。主人公のズエンは自分がした「結婚」という選択についてゆっくりと考えを巡らせます。カメラ・写真・映像が近年手軽なものとなり風景までもが消費されてしまいがちですが、一茶の俳句のように、ズエンの漂流する心はいつのまにか景観の中に誘い込まれ熟成されていきます。

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自分の声にじっくりと耳を傾けてみることの価値を教えてくれる『漂うがごとく』は、9月から12月にかけて東京・神奈川・愛知・大阪で開催されるベトナム映画祭で上映後、各地劇場に配給予定。詳細は公式ホームページをご覧ください。

ビクトリア・エクスプレスで行く 少数民族の里サパとAUCO号で過ごす 世界遺産ハロン湾の旅

豪華客船と寝台列車で巡る優雅なベトナムの旅

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ハロン湾

ベトナム北部、トンキン湾北西部にある湾。大小3000もの奇岩や島々が存在する。中国がベトナムに侵攻してきた時、竜の親子が現れて敵を破り、口から吐き出した宝石が湾内の島々になったと伝えられている。

ベトナムを懐う

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ベトナム

ベトナムを懐う

 

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監督:グエン・クアン・ズン
出演:ホアイ・リン、チー・タイほか
日本公開:2017年

2018.8.22

雪降りしきるニューヨークで、いまだに広がり続けるベトナム戦争の爪痕

1995年、雪が降りしきるニューヨーク。旧正月テトを迎えようとする時、ベトナム難民である息子グエンに呼び寄せられていたトゥーは入居中の老人ホームを抜け出し、亡き妻の命日を共に過ごすため、息子と孫娘タムが住むアパートへと向かう。

その日アパートの部屋では、タムがボーイフレンドの誕生日を祝うべく準備していたが、突然現れた祖父にとまどうばかり。そこにトゥーの幼馴染ナムも来訪し、思い出を語り合うが、グエンは仕事で留守、アメリカ育ちのタムは見知らぬ文化風習に苛立ち、すれ違いは深まるばかり。

なぜグエンは祖国との縁を断とうとしたのか。その理由を知った時、タムはトゥーを、そして故郷を受け入れることはできるのだろうか・・・

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アメリカで生活する三世代のベトナム人家族を通し、それぞれの祖国観、価値観の不一致、家族愛が描かれる本作は、1990年代からベトナム国内外で演じ続けられてきた戯曲が映画化された作品です。原題”Dạ Cổ Hoài Lang(夜恋夫歌)”は、戦へ赴いた夫を待つ妻の切なさを歌う曲の題名でもあり、劇中でも繰り返し登場しています。

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時に人は、異国を訪れて郷愁の念を抱くことがあります。私たちにとって、のどかな田園風景の広がるベトナム・ブータンや、中国の中でもベトナムなどに近い雲南省は、「なんだか懐かしい」「昔日本もこんなふうな景色だった」という思いが湧きあがりやすい場所です。

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本作からはベトナムにルーツを持つ人々が、どのような望郷のイメージを持つのかを知ることができます。そして、稲の緑と水面がキラキラと輝くベトナムの農村を背景に語られるトゥーとナムの幼年期・青年期と、白い雪に埋め尽くされたニューヨークをさまよう現在のトゥーの姿との対比が、故国を遠く離れて暮らす者の郷愁と哀しみを一層引き立てています。

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『ベトナムを懐う』は、9月から12月にかけて東京・神奈川・愛知・大阪で開催されるベトナム映画祭で上映後、各地劇場に配給予定。詳細は公式ホームページをご覧ください。

ゲンボとタシの夢見るブータン

GenboTashi_B5_H1_N_ol(C)ÉCLIPSEFILM / SOUND PICTURES / KRO-NCRV 6

ブータン

ゲンボとタシの夢見るブータン

 

The Next Guardian

監督:アルム・バッタライ、ドロッチャ・ズルボー
出演:ゲンボ、タシ、トブデン、テンジン、ププ・ラモ
日本公開:2018年

2018.8.8

幸せの国・ブータン
次世代の幸せを担う子どもたちの葛藤

ブータン中部・ブムタン県の小さな村に暮らす16歳の少年・ゲンボは、先祖代々受け継がれてきた寺院の跡取りとして、父から期待されている。当のゲンボは、今通っている学校を辞めて僧院学校に行くという選択が正しいかどうか、迷いを捨てきれない。

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ゲンボが遠く離れた僧院学校に行くことに、15歳の妹・タシは反対している。ブータン初のサッカー代表チームに入ることを夢見ているタシは自分のこと男の子だと思っているが、父からは女の子らしく生きるよう諭されている。理解を示してくれるゲンボに離れてほしくないと、タシは思っている。

急速な近代化の波が押し寄せるヒマラヤの小国・ブータン。おだやかな風土の中で、世代間の価値観は静かに絶え間なく衝突している・・・

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ついに「旅と映画」でブータン映画を紹介する日が来ました!(西遊旅行に勤めている時、私はブータン等の南アジア担当でした)

ブータン映画(ブータン監督作品、ブータンロケ作品)は国際映画祭でも年々見る機会が増えており、中でも“Honeygiver among the Dogs”(主演は『セブン・イヤーズ・イン・チベット』でダライ・ラマ役を演じた ジャムヤン・ジャムツォ・ワンチュク)という作品のDechen Roderという女性監督は注目されています。

本作の監督はブータン出身のアルム・バッタライと、ハンガリー出身のドロッチャ・ズルボー。国籍の違う2人(アルム監督は男性、ドロッチャ監督は女性)の観点が融合し、今はまだ小さく視野が限られた子どもたちに寄り添い、共に見えない未来に手を伸ばしているような、優しさのある眼差しが本作の特徴です。

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少年のような妹・タシのことを、「この子は前世の影響で男の子のように育って・・・」と親が語るシーンは、私にとってとても懐かしい響きがしました。

チベット仏教文化圏の人と会話していると、輪廻転生があたりまえだという前提で会話が進んでいく時があります。それがブータンなどを旅する醍醐味だと思いますが、本作はそうした古来からの価値観・信念が、意外とあっけなく崩れ去ってしまう可能性があることを教えてくれます。

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おそらくハンガリーのドロッチャ・ズルボー監督の感性が捉えたのではないかと思いますが、髪を切るシーンが繰り返し入っているのが作品に心地よい小さなリズムを生み出しています。

日々の小さな行いややりとりの積み重ねが、価値観・信念を形作っていく。監督たちが、ブータン、ひいては世界のよりよい未来を願う気持ちが、シーンごとに積み重ねられています。

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ブータンに行ったことがある人は懐かしくなり、ブータンに行きたい方にとっては入門編としても最適な『ゲンボとタシの夢見るブータン』。8月18日(土)よりポレポレ東中野にてロードショーほか全国順次公開。詳細は公式ホームページをご覧ください。公開初日のskypeでの監督舞台挨拶ほか、各地でイベントが多数予定されています。

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ブムタン谷の祭りとフォブジカ谷
秋のブータンを撮る

フォトジェニック・ブータン のどかな2つの谷を撮る

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ブムタン地方

ブムタン地方は平均して標高約2,000mほどの高地。パロやティンプーでは稲作をしていますが、この地域はは寒冷な気候から稲作が定着せず、ソバや麦作り、ヤクや牛の放牧が中心となっています。ブータンに最初に仏教が伝わったのはこのブムタン地方。もともとこの「ブムタン」がブータンの宗教の中心地だったのです。

『祈り』三部作

4de755d517adaeb2(C)“Georgia Film” Studio, 1968 (C)RUSCICO, 2000

ジョージア

祈り 三部作

『祈り』『希望の樹』『懺悔』

Vedreba/ Drevo Zhelaniya/ Monanieba

監督:テンギズ・アブラゼ
出演:スパルタク・バガシュビリ/リカ・カブジャラゼ/アフタンディル・マハラゼほか
日本公開:2018年/1991年/2008年

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51年前放たれた祈りが、現代に届く
ジョージアの名匠 渾身の三部作

ジョージア山岳部に住むイスラーム教徒とキリスト教徒の対立をモノクロームの映像美で描いた『祈り』。20世紀初頭、ジョージアの農村を舞台に、革命前の社会における人々の動揺の中、村の掟や窮状によってある一つの愛が失われていく様を描く『希望の樹』。架空の地方都市で、独裁者による粛清が明らかになっていく『懺悔』。

51年前に製作された『祈り』は日本初公開。そして、『祈り』と同じく、徹底してヒューマニズムを描いた『希望の樹』『懺悔』があわせて上映されます。

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私がこの三作から強く受け取ったのは、それぞれの作品が作られた1967年、1976年、1984年という時代において、姿を変えながらジョージアに存在していた、目に見えない「権力」、そしてその恐ろしさです。

私は、現在イランと合作映画を作っていますが、イランでは政治・宗教上の表現や服装(特に女性に関わる物事)に関して規制があります。映画が作られるべきかの審査にも最低約1年を要し、その認可がない作品は国内の劇場で公開できません。しかし、そうした規制の中でも表現は生まれていき、時にそうした制限ゆえ、作品の力が強まることもあります。

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あることを描き、それとは全く違うことを言おうと試みる。これは演出の中で最も難しく、同時に美しい表現です。本三部作は、権力に屈することなく「映画言語」を新たに更新させようとしている、時代をいかに経ても色あせない瞬間に観客を立ち会わせてくれます。

例えば、『希望の樹』の冒頭で、赤い花が咲き誇る美しい花畑で、白い馬が今まさに死のうとしている場面があります。なぜ馬が美しい場所で、それも映画の冒頭で死を迎えなければいけないのか。本コラムで以前紹介したギリシャ映画『霧の中の風景』にも同じように、馬が路上で死に、「故郷」を求めて旅する少年・少女が為す術もなく立ち尽くすシーンがあります。人間にはどうすることもできないそうした無力感は、当時の混乱に対する怒りとつながっているのだと私は感じ、冒頭から強烈に惹きつけられました。

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現在、ポピュリズムが世の中を席巻し、単純で直接的な表現が世の中にあふれています。そうしたタイミングの今こそ、この一連の作品が価値を持つことにとても納得がいきます。

歴史の理解を深めるという意味では、特に旧ソ連圏を旅する上で、どのように権力が人に影響していたのかを、情報ではなくイメージとして理解する上でとても参考になる作品です。

『『祈り』三部作―『祈り』『希望の樹』『懺悔』』は8/4(土)より岩波ホールにてロードショーほか、全国順次公開。詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

コーカサス3ヶ国周遊

広大な自然に流れる民族往来の歴史を、コンパクトな日程で訪ねます。
複雑な歴史を歩んできた3ヶ国の見どころを凝縮。美しい高原の湖セヴァン湖やコーカサス山麓に広がる大自然もお楽しみいただきます。

民族の十字路 大コーカサス紀行

シルクロードの交差点コーカサス地方へ。見どころの多いジョージアには計8泊滞在。独特の建築や文化が残る上スヴァネティ地方や、トルコ国境に近いヴァルジアの洞窟都市も訪問。

英国総督 最後の家

51493169be3598fd(C)PATHE PRODUCTIONS LIMITED, RELIANCE BIG ENTERTAINMENT(US) INC., BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND BEND IT FILMS LIMITED, 2016

インド

英国総督 最後の家

 

Viceroy’s House

監督:グリンダ・チャーダ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジリアン・アンダーソン、マニーシュ・ダヤール、フマー・クレイシーほか
日本公開:2018年

2018.7.25

インドとパキスタン
分離独立の渦と、その中で芽生える愛

1947年、インドの首都・デリー。「最後のイギリス統治者」としてルイス・マウントバッテンが総督の家にやってくる。邸宅の中では500人もの使用人が働いていて、彼らはヒンドゥー教・イスラム教・シーク教などさまざな文化的背景を持っている。

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「インドの統一を保ち撤退せよ」と命じられていたマウントバッテンだったが、邸宅内では、独立後に統一インドを望む多数派と、分離してパキスタンを建国したいムスリムたちによる論議が続けられていた。一方、使用人の青年・ジートと、総督の娘の世話係・アーリアは、宗教・身分の違いを超えて惹かれあう・・・

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インドを旅していると感じる圧倒的な多様性。そして、パキスタンとの関係(例えば、クリケットでインド対パキスタンの試合がある時は、熱狂的な応援の様子を見ることができます)。両国のルーツは紀元前にまで遡りますが、1947年という年は、1945年が現代日本にとって境目の年であるように、現代インド・パキスタンの土台となっています。

今この2018年(本国での公開は2017年)に、インド・パキスタンの独立を振り返ることにどのような意義があるのでしょうか。

本作では、「ラドクリフ・ライン」と呼ばれる国境線が引かれ、大混乱をもたらし約100万人が亡くなったと言われている印パ独立の瞬間が描かれています。現代社会でもシリア騒乱やEU分裂など、国境線や人々の「居場所」に関わる問題が続いています。

インドにルーツを持ちながらイギリスで育ち、祖父母が分離独立によって大きな影響を受けたという監督は1960年生まれ。時に憎しみ渦巻くこのデリケートな題材を中立的な立場で描き、印パ独立の歴史から今でも学べることが多くあると観客に訴えかけています。

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ガンジー、ジンナー、ネルーなど歴史の教科書に出てくる人物たちのそっくりさもさることながら、本作は若い男女の愛を軸に、出来事の悲惨だけではなく、そうした状況の中でも芽生える希望・人間の強さに焦点が当てられている点が最大の特徴です。当時の様子を再現した、衣装や美術にもぜひご注目ください。

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印パ独立の歴史を詳しく知らない方でも物語にスッと入り込める『英国総督 最後の家』。8月11日(土)より新宿武蔵野館にてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

ナマステ・インディア大周遊

文化と自然をたっぷり楽しむインド 15の世界遺産をめぐる少人数限定の旅。

インドの優雅な休日

宮殿ホテルサモードパレスと湖上に浮かぶレイクパレスに滞在。

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デリー

「旅の玄関口」デリー。この都市は、はるか昔から存在した歴史的な都でもあります。 古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」では伝説の王都として登場。中世のイスラム諸王朝やムガール帝国などさまざな変遷の後、1947年にはイスラム教国家パキスタンとの分離独立を果たします。
現在ではインド共和国の首都として、その政治と経済を担い、州と同格に扱われる連邦直轄領に位置づけられています。

ポップ・アイ

8ce786be57d219e4(C)2017 Giraffe Pictures Pte Ltd, E&W Films, and A Girl And A Gun. All rights reserved.

配給 トレノバ、ディレクターズ・ユニブ

タイ

ポップ・アイ

 

POP AYE

監督:カーステン・タン
出演:ボン、タネート・ワラークンヌクロほか
日本公開:2018年

2018.7.18

ゾウを自由にしようとする、不自由さを抱えた中年男のロードムービー

人生に行き詰まりを感じている建築家のタナーは、ある日バンコクの街中で、幼い頃に飼っていたゾウのポパイを偶然見かけて、衝動買いする。タナーはポパイを故郷へ連れて帰るため、かつて一緒に育った農場を目指して旅に出る。道中で、様々な「停滞」「終わり」「始まり」を目にしながら、タナーとポパイは進んでいく・・・

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旅をすると何百年・何千年という歴史を持つ町や遺跡を訪れたり、何億年という時間を刻み込んだ自然を目にする機会があります。本作の主人公・タナーは中年の建築家で、彼の代表的建築が建て替えを余儀なくされるという状況の場面から始まるこの物語は、自然と人間社会のサイクルの相違をまず観客に示してくれます。

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近年、既存のものを新しく作り変えていくリノベーションやアップサイクルといった流れがある一方で、「作るより壊すほうが簡単」とばかりに、あっという間に壊され作り変えられてしまうものもあります。建築の寿命は時代によって左右され、今多くの人が住んでいる/使っている建築でも、長続きするかどうかは容易に予想できません。

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本作のもう一人(一匹)の主人公はゾウのポパイです。ゾウの寿命は70-80年と言われていますが、「人の一生」というスパンを物語で表現するのにとても有効なシンボルとして機能しています。

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ポパイを演じるボンの飄々とした表情が、人間の私たちを感情移入をさせてくれるのが本作の最大の魅力の一つといえるでしょう。海・山・太陽など、人間の寿命をはるかに越えて存在し続けるものに、私たちは憧れや畏怖心を持ちます。一方、カメ・クジラ・オウム・ゾウなど、同じ生物で人間と同じぐらい生きるものに、私たちはシンパシーを感じやすいのではないでしょうか。一体どうやって監督したのか、演出を理解しているかのように優雅に動き回るポパイの姿にどうぞご注目ください。

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動物好きな方が必見なのはもちろんですが、タイ・シンガポール(監督・プロデューサーはシンガポール人)など、東南アジアをリードする国々の経済発展が抱える矛盾が、人間と動物のやりとりを通して寓話的に描かれるユニークさをぜひ見て頂きたい『ポップ・アイ』。

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8月18(土)よりユーロスペースにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

馬を放つ

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キルギス

馬を放つ

 

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監督:アクタン・アリム・クバト
出演:アクタン・アリム・クバト、ヌラリー・トゥルサンコジョフ、ザレマ・アサナリヴァ他
日本公開:2018年

2018.3.7

誰よりもキルギスに誇りを持つ男が起こす、理由なき反抗

中央アジア・キルギスのある村。村人たちから”ケンタウロス”と呼ばれているものの、物静かで穏やかな男は、妻と息子の3人でつつましく暮らしている。

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ケンタウロスには、誰にも明かせない秘密がある。彼はキルギスに古くから伝わるある伝説を信じ、夜な夜な馬を盗んでは野に放っているのだ。次第に馬泥棒の存在が村で問題になり、犯人を捕まえる為に罠が仕掛けられる・・・

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国土の40%以上が高度4000m以上にあるキルギス。私はキルギスには行ったことがありませんが、天山山脈を隔てた中国・新疆ウイグル自治区のいくつかの都市に訪れたことがあります。映画の中の風景は、新疆側の天山山脈で乗馬をしたことや、バスや電車の車窓にひたすら広がる景色をずっと眺めていたことを思い出させてくれました。

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本作のストーリーには、キルギスにどのような価値観が存在しているのかという説明が分かりやすく組み込まれています。中東とはまた違った形で、土着のシャーマニズムと混じって根付くイスラーム文化。そして、キルギス人としての意識を村民たちが問い合う議論の場面など。現代キルギスに生きる人々の葛藤は、日本に生きる私たちとそう遠くないものなのだという普遍性を、観客に感じさせてくれるでしょう。

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加えて、はっきりと理由は説明されませんが、ソ連時代に映画館だった場所が、現在はモスクとなっているという、歴史の片鱗が見える場面があります。主人公・ケンタウロスの前職は映写技師の設定で、物語の中に登場する映画はキルギスの誇りを表現するのに一役買っています。

混在した価値観の中で何を掴みとっていくか。そうした葛藤を象徴するように、ある場面で馬がケンタウロスに砂埃を舞わせる様子を遠くから映すシーンが印象的です。一見正直すぎるともいえるケンタウロスの性格は、キルギスの人々が声を大にしてなかなか言えない気持ちが代弁されているのでしょう。

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雄大な自然だけでなく、キルギスの伝統・文化の未来に対する様々な憂慮が童話のような形でこめられている『馬を放つ』は、3/17(土)より岩波ホールほかにてロードショー。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

春のキルギスへ ワイルドチューリップを求めて

4月下旬から5月上旬にかけては野生のチューリップが花を咲かせる季節。まだまだ観光客が訪れる事は少ないサリチェレック自然保護区とベシュタシュ渓谷へ野生のチューリップを求めて訪れます。

キルギス・カザフスタン 天山自然紀行

壮大な天山山脈と草原に暮らすキルギス族、エーデルワイス咲く美しきシルクロードを行く

ナチュラルウーマン

75bbebdea025b354(C) 2017 ASESORIAS Y PRODUCCIONES FABULA LIMITADA; PARTICIPANT PANAMERICA, LCC; KOMPLIZEN FILM GMBH; SETEMBRO CINE, SLU; AND LELIO Y MAZA LIMITADA

チリ

ナチュラルウーマン

 

Una Mujer Fantastica

監督:セバスティアン・レリオ
出演:ダニエラ・ヴェガ、フランシス・レジェスほか
日本公開:2018年

2018.2.21

イグアスの滝のように・・・ありのままに強く生きようとする”ある女性”の姿

チリの首都・サンティアゴ。ウェイトレスをしながらナイトクラブのシンガーとして歌うトランスジェンダーのマリーナは、歳の離れた恋人・オルランドと暮らしている。オルランドの誕生日、イグアスの滝に行こうとオルランドとマリーナは盛り上がる。その深夜、オルランドは急に意識が遠のき、マリーナが必死で病院へ搬送したにもかかわらず亡くなってしまう。病院に行く前に転倒していたオルランドの遺体には外傷が残っていた。そのことによりマリーナに容赦ない差別や偏見がふりかかる。

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本作の主人公・マリーナは、自身もトランスジェンダーの歌手であるダニエラ・ヴェガによって演じられています。トランスジェンダーという言葉は、作品の中では一度も出てきません。マリーナは自らをマリーナと言い、そう認めない者は男性だった時のダニエルという名前で呼ぶか、蔑称でマリーナのことを呼びます。

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亡くなった恋人・オルランドとの関係を警察や病院で聞かれ、マリーナは最初の人に思わず「友だち」と言い、次の人には「恋人」と言いなおします。この描写によって、観客は悲恋な幕開けの中から、彼女の抱える葛藤を拾い上げることができるでしょう。女性であれば堂々と恋人と言えるのに、友だちと思わず口にしてしまった言動によって、トランスジェンダーと呼ばれる人々が感じている重圧を想像することができます。

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自分は一体何者なのか?旅をするとそう考える機会が時々訪れます。国籍、日本のこと、普段何をしているのか・・・そういったことを聞かれる中で、ふと気付きが訪れる瞬間があるのが旅の大きな醍醐味の一つです。

映画の中で、マリーナは「自分は女性なのか、男性なのか」という問いを飛び越えて「自分は一体何者なのか」と繰り返し自身に問い続けます。トランスジェンダーという言葉が一度も作中で使われないことが象徴している通り、性別に関係なく、人が信念を強く持った時の輝きを本作は私たちに示してくれます。

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『ナチュラルウーマン』は、2月24日よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

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サンティアゴ

チリの首都サンティアゴ・デ・チレ(通称:サンティアゴ)。雪に覆われたアンデス山脈とチリ海岸山脈に囲まれたチリ盆地にあります。