チャトラパティ・シヴァージ・ターミナス駅、タージ・マハル・パレス&タワー等、ムンバイとエレファンタ島の見どころをご紹介

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ムンバイとエレファンタ島

現在のムンバイは7つの島々から構成され、インドの中でも商業の中心地として発展してきました。その歴史は古く、最初に確認されている歴史は紀元前2世紀頃よりこの辺りには漁民が住んでいたと言われています。その後ヒンドゥー王朝、イスラム勢力の支配を受け、1543年にはポルトガルへと割譲されました。

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ムンバイ

かつてムンバイは「ボンベイ」と呼ばれていましたが、この「ボンベイ」という呼び名はポルトガル語の「良港=ボンバイア」に由来します。そして1661年にイギリスへと譲られ、現在のコロニアル風の町並みができ始めました。またムンバイはインド独立運動が盛んに行われた中心地であり、インド建国の父マハトマ・ガンディーも頻繁に訪れ”クイット・インディア=インドを立ち去れ”運動が繰り広げられました。インド独立後、ボンベイ州の州都となりますが言語の違いによりグジャラート州、マハーラシュトラ州に分割された後、マハーラシュトラ州の州都となりました。州都の公式名称がボンベイからマラーティー語のムンバイと変更されたのは、1996年のことです。現在、ムンバイはヒンディー映画産業の中心地・ボリウッド(ボンベイ+ハリウッド)として年間900本以上の映画が作成されていることでも有名です。
  • ムンバイの洗濯場 ドービーガード
チャトラパティ・シヴァージ・ターミナス駅  

○チャトラパティ・シヴァージ・ターミナス駅(旧ヴィクトリア・ターミナス)

今現在でも現役の駅で、一日の乗降者数が300万~350万人と言われています。インド鉄道の拠点の一つであるとともに、贅を尽くしたゴシック様式のその外観は、イギリス植民地時代に建てられた建造物の代表格ともいえる壮麗な造りです。遠景もさることながら、窓枠や屋根に施された装飾がとても緻密で当時の仕事ぶりに圧倒され、行き交う人の流れとは対照的な落ち着いた佇まいは、絶えず観光客を魅了しています。2004年にユネスコの世界遺産に登録されました。
インド門  

○インド門

ムンバイ湾に面して埠頭の先端に立つどっしりとした門。ムンバイ観光のハイライトの一つ・エレファンタ島への玄関口にもなります。インド門は1911年にキング・ジョージ5世の来印を記念して建造され、1924年に完成しました。かつて植民地支配の象徴だったインド門も今では、地元の親子連れやカップル達の憩いの場となっています。
タージ・マハル・パレス&タワー  

○タージ・マハル・パレス&タワー (通称タージ・マハルホテル)

インド門の脇に建つイスラム様式とルネッサンス様式が入り混じった壮麗なホテル。パルシー(拝火教徒)であるインド有数の財閥タタ氏が1903年に建てたものです。

エレファンタ島

エレファンタ島はムンバイの北東9km、ムンバイ湾の真ん中に浮かんでいます。島へはインド門裏手より船が出ており、約1時間の船旅です。潮風が心地よく、どんどん小さくなっていくインド門や行き交う大小の船を眺めているとあっという間に到着します。石窟入り口までは約100段ほどの階段を登っていきます。体力的に不安があれば籠を利用することもできます。石窟はヒンドゥー教の神シヴァを祀ったもので、16世紀に発見したポルトガル人によって残念ながら石窟の多くが破壊されています。しかし、第一窟は破壊を免れており、シヴァの結婚や踊るシヴァの像、巨大な三面上半身像を見ることができます。踊ったり、結婚式を挙げたり、さまざまな表情を持つシヴァの彫刻を見ていると、シヴァ神がとても身近に感じられます。
  • 三面のシヴァ神像(エレファンタ島)
  • 石窟の入り口
  • 踊るシヴァ神