| 真っ青な地中海、フェニキア・ローマの古代遺跡、雄大なサハラ砂漠、アラブの雰囲気を残す旧市街・・・ チュニジアの魅力は様々で、一言ではなかなか表すことができない。
これから夏にかけて、地中海沿岸部は天候が安定し、チュニジアンブルーと呼ばれる真っ青な世界が広がる日々が続く。1300kmに渡って続く地中海沿岸部には、古代から フェニキア人によってチュニスやカルタゴといった交易都市が建設された。2000年以上の歳月が経った今でも、町の重要性は変わっていないことに驚かされるばかりである。
カルタゴ海岸にはチュニジアの代名詞とも言えるカルタゴ遺跡、白壁とチュニジアンブルーの町並が美しいシディ・ブ・サイドの町が訪れる人々を魅了してやまない。カルタゴは チュニジアを代表するフェニキア人の都市で、名匠ハンニバルを輩出したことでも有名である。ローマとのポエニ戦争によって徹底的に破壊されたため、現在見ることができる ほとんどがローマ時代のものなのが残念だが、幼児を神々への生贄に捧げたという伝説が残るトフェの遺跡が数少ないフェニキア時代の名残を残している。五賢帝の一人 アントニヌス・ピウスによって建設されたローマ時代の浴場は、現在は基壇の部分しか残っていない。当時は2階建てで、30mもの高さを持つドームがあったと考えられている。 壁にはフレスコ画や彫刻、床には色鮮やかなモザイクが敷き詰められ、贅沢の限りが尽くされた。ここカルタゴが、ローマにとって北アフリカの重要な拠点であった事が伺える重要な遺跡である。
シディ・ブ・サイドでは真白な建物とチュニジアンブルーの窓枠がコントラストを成し、眼下に広がる地中海が町を一層美しく魅せている。15世紀、スペインから逃れてきたイスラム 教徒達によって建設されたため、アンダルシアの影響が色濃く残されている。そのため、小さな路地へ一歩足を踏み入れると、自分がアフリカにいる事を忘れてしまいそうになる。 数多くの芸術家達がこの地に滞在し、チュニジアで最も美しいと言われる、それがシディ・ブ・サイドと言う町である。
チュニス北西部の丘陵地帯に広がる見渡す限りの小麦畑を目にすると、チュニジアがかつて“ローマの穀倉”と呼ばれた事が頷ける。そんな小麦畑を見下ろす様に残るドゥッガ 遺跡はチュニジアに残る最も保存状態の良い遺跡と言えるだろう。町の中心に建てられたキャピトルと呼ばれる神殿にはかつてジュピター、ジュノー、ミネルヴァ等のローマの神々 が祀られ、今でもその存在感に圧倒される。遺跡を歩いていると、その昔マーケットには人々が行き交い、劇場では演劇やオーケストラが催され、全盛期には1万人を越える人々 が暮らす大都市であったことを想像するのは難しくなかった。これから夏にかけて遺跡の周囲にも緑豊かな景色が広がる。円形劇場に登ると「かつては見渡す限りが全てがドゥッガ だったのか」と当時の栄華に思いを馳せることができた。
チュニジアは早くからヨーロッパ人のリゾート地として開発された事もあり、趣向をこらしたホテルも整っている。“ただ泊まる”のではなく、“滞在を楽しむ”、それも旅行の楽しみのひとつ ではないだろうか。西遊旅行のツアーでは各地でホテルを厳選。カイラワンではオスマントルコ時代に造られた城砦を改造したホテル・ラ・カスバ、タメルザ渓谷では、オアシスを見下ろ すリゾート タメルザ・パレス、サハラ砂漠のクサールギレンではパンシー・キャンプに宿泊。サハラでのキャンプと聞くと、「テントの設営が不安」「シャワーに浴びれないのでは」など心配に なる人も多いかもしれません。しかし、ここパンシー・キャンプでは60もの常設テントが準備されており、テント内には電気はもちろんベッド、シャワー、トイレ、エアコンまでが完備、レスト ランやプールまで併設され、サハラ砂漠での快適な滞在を約束してくれるのです。中にはチュニジアに来たかったというより、パンシー・キャンプに泊まってみたかったのでチュニジアに来た という人もいる位のホテルなのです。
チュニジアに行くのであれば、是非クサールギレンまで足を伸ばし、パンシー・キャンプでの贅沢な時間を楽しんでいただきたい。 |