聖地・パワースポット案内人「金子貴一のマニアックな旅」

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金子貴一のマニアックな旅

2017年2月26日(日)出発
2017年5月6日(土)出発

金子貴一氏同行シリーズ
仏陀の道 〜拡大版〜

日数16日間 料金438,000円

世界各地の仏教徒が訪れる八大仏跡に加え、世界最大規模のケサリヤの大ストゥーパやナーランダ大学址、コーサンビーなど、八大仏跡には含まれない重要な仏跡、インド仏教最後の総本山ビクラムシラ僧院も網羅した16日間。

連載|第十四回

4200年前に開通した砂漠の隊商ルート


アブ・バラスには、古代エジプトのツボが散乱している。


アブ・バラスのツボ
(c)Mohamed M. Abdel Aziz


アブ・バラスの岩線刻画


普段はナイル川流域でしか見られない「シマヤツガシラ」。
(c)Mohamed M. Abdel Aziz


灼熱の砂漠にすむ「スナヒバリ」。(c)Mohamed M. Abdel Aziz


ギルフ・ケビール内のワディ・ハムラ(赤い谷)で出会った白ヘビ。「毒はないが、牙が長いので噛み付かれるとやっかいだ」という。
(c)Mohamed M. Abdel Aziz


砂漠に入って9日目。やっと、思う存分水を使うことができた。それまでは、1日2本のミネラルウォーターで、飲料、洗面などすべての個人的な水をまかなった。

その答えは、広大な西方砂漠の一直線上に点在する遺跡にあった。遺跡の名前は「アブバラス・トレール」。「壺の丘」を意味するアラビア語と、「踏み分け道」を意味する英語の合成語だ。


 私たちが立ち寄った2カ所のアブバラスは、両方とも、平坦な砂地に立つ岩山のふもとにあった。近くで見ると、壊れた素焼きのツボがたくさん転がっている。発見当時は、それぞれ70と100以上のツボがあり、トレール全体では約400のツボが見つかっている。最初にアブバラスが発見されたのは1918年までさかのぼるが、「いつ誰が何のために置いていったのか」は、長年謎に包まれていた。その真相が解明されたのは、つい最近の2002年のことだ。


 アブバラス・トレールは、古代エジプト王国の最南西に位置したダクラ・オアシスを出発して、ギルフ・ケビールに至る350キロの外交・貿易ルートで、開通したのは今から約4200年前。シリカガラスを身につけたツタンカーメン王戴冠式の約850年も前のことだ。


 その路上には全部で30ほどの「ターミナル」があった。私たちが見学した2カ所は、言わば巨大ターミナルで、皮で封印した水と食料を入れたツボが大量に貯蔵してあり、当時の駐在スタッフが焼きたてのパンと水、そして、ロバ用のエサである干し草と水を用意して待っていてくれた場所だ。隊商が通過したのは、気候が穏やかな冬から初春にかけてだが、夜間の冷え込みにそなえて薪も焚いてくれたという。これら巨大ターミナルの間には、岩陰などに作ったいくつかの小ターミナルがあり、さらに、隊商が道に迷わないようにと、路上には道路標識よろしく、こまめに石塚が築いてあった。私たちが今回移動したのも、まさにこの古代アブバラス・トレールだった。


 砂漠の隊商といえばラクダをイメージしがちだが、エジプトにラクダがもたらされたのはトレール開通の1300年も後のことで、当時はロバの隊商で砂漠越えをした。一つの隊商は50~100頭のロバで構成され、高さ50~60センチのツボや、30リットルの水が入ったヤギ皮製の水バッグ、または、食料、献上品などを満載して、1日25~30キロのペースで進んだと考えられている。つまり、毎晩、小ターミナルに宿泊して、3日目ごとに巨大ターミナルに到着したことになる。巨大ターミナル間の移動に要した「3日」とは、ロバが飲み水なしで移動できる最大限の時間だ。最終的に、ダクラ・オアシスからギルフ・ケビールまでは2週間ほどかかったことだろう。


 ターミナルの駐在スタッフは、隊商が来る時以外は、孤独で暇な任務だったに違いない。近くの岩肌には、滞在日数を数えた跡と考えられる多数の縦線や、自分が見た風景を描いたのだろう、弓矢を持ち犬を2匹従えたリビア人がガゼルを追う狩猟の様子が刻まれていた。さらに、石製のゲーム版も発見されている。


 ギルフからは、北西に向かって現在のリビア東部にあるクフラ・オアシスへ、または、南方のウワイナート山を経由して、現在のチャドやスーダンに行くことができたと考えられている。ギルフやクフラといえば、シリカガラス地区の「目と鼻の先」なのだ。ツタンカーメン王のシリカガラスが、アブバラス・トレールを通ってもたらされたとの直接的な証拠はない。しかし、同王が生きた第18王朝時代後半のツボは多数発見されており、トレールでの行き来が活発だったことがわかっている。


 アブバラス・トレールからは、古代エジプト、ローマ、イスラーム時代の遺物が発見されている。忘れ去られた時代もあるものの、この過酷な環境のなかで、実に3000年以上にわたって、人々に維持管理され使われてきた道だった。










※朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年4月21日掲載)から


1962年、栃木県生まれ。栃木県立宇都宮高校在学中、交換留学生としてアメリカ・アイダホ州に1年間留学。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、1988年、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒。在学中より、テレビ朝日カイロ支局員を経てフリージャーナリスト、秘境添乗員としての活動を開始。仕事等で訪れた世界の国と地域は100近く。
好奇心旺盛なため話題が豊富で、優しく温かな添乗には定評がある。

NGO「中国福建省残留邦人の帰国を支援する会」代表(1995年~1998年)/ユネスコ公認プログラム「ピースボート地球大学」アカデミック・アドバイザー(1998~2001年)/陸上自衛隊イラク派遣部隊第一陣付アラビア語通訳(2004年)/FBOオープンカレッジ講師(2006年)/大阪市立大学非常勤講師「国際ジャーナリズム論」(2007年)/立教大学大学院ビジネスデザイン研究科非常勤講師「F&Bビジネスのフロンティア」「F&Bビジネスのグローバル化」(2015年)

公式ブログ:http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

主な連載
・朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年4月~2011年3月)
・東京新聞栃木版「下野 歴史の謎に迫る」(2004年11月~2008年10月)
・文藝春秋社 月刊『本の話』「秘境添乗員」(2006年2月号~2008年5月号)
・アルク社 月刊『THE ENGLISH JOURNAL』
・「世界各国人生模様」(1994年):世界6カ国の生活文化比較
・「世界の誰とでも仲良くなる法」(1995~6年):世界各国との異文化間交流法
・「世界丸ごと交際術」(1999年):世界主要国のビジネス文化と対応法
・「歴史の風景を訪ねて」(2000~1年):歴史と宗教から見た世界各文化圏の真髄

主な著書
・「秘境添乗員」文藝春秋、2009年、単独著書。
・「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」学研、2007年、単独著書。
・「カイロに暮らす」日本貿易振興会出版部、1988年、共著・執筆者代表。
・「地球の歩き方:エジプト編」ダイヤモンド社、1991~99年、共著・全体の執筆。
・「聖書とイエスの奇蹟」新人物往来社、1995年、共著。
・「「食」の自叙伝」文藝春秋、1997年、共著。
・「ワールドカルチャーガイド:エジプト」トラベルジャーナル、2001年、共著。
・「21世紀の戦争」文藝春秋、2001年、共著。
・「世界の宗教」実業之日本社、2006年、共著。
・「第一回神道国際学会理事専攻研究論文発表会・要旨集」NPO法人神道国際学会、2007年、発表・共著。
・「世界の辺境案内」洋泉社、2015年、共著。

※企画から添乗まで行った金子貴一プロデュースの旅

金子貴一同行 恵みの島スリランカ 仏教美術を巡る旅(2016年)
金子貴一同行 十字軍聖地巡礼の旅(2015年)
金子貴一同行 中秋の名月に行く 中国道教聖地巡礼の旅(2015年)
金子貴一同行 南イタリア考古紀行(2014年)
金子貴一同行 エジプト大縦断(2013年)
金子貴一同行 ローマ帝国最後の統一皇帝 聖テオドシウスの生涯(2012年)
金子貴一同行 大乗仏教の大成者龍樹菩薩の史跡 と密教誕生の地を訪ねる旅(2011年)
金子貴一同行 北部ペルーの旅(2009年)※企画:西遊旅行
金子貴一同行 古代エジプト・ピラミッド尽くし(2005年)
金子貴一同行 クルディスタン そこに眠る遺跡と諸民族の生活(2004年)
金子貴一同行 真言密教求法の足跡をたどる(2004年)
金子貴一同行 旧約聖書 「出エジプト記」モーセの道を行く(2003年)
金子貴一同行 エジプト・スペシャル(1996年)