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異端の鳥

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チェコ

異端の鳥

 

The Painted Bird

監督: ヴァーツラフ・マルホウル
出演: ペトル・コトラール、ステラン・スカルスガルドほか
日本公開:2020年

2020.10.14

否定形で考える、ホロコースト・ポグロムの歴史

東欧のどこかで・・・。ホロコーストを逃れて疎開した少年は、面倒を見てくれていた叔母が病死して家も焼け落ちたことで、孤独な長い旅に出ることになる。

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惨憺たる光景や人間の醜悪さだけでなく、時に人の慈悲深さや自然の美しさを体験しながら、少年はなんとか生き延びようと必死でもがき続ける。

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本作は、ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した小説”The Painted Bird”(邦訳タイトル『ペイティッド・バード』 松籟社・刊)を原作に、チェコ出身の監督が映像化した作品です。私はジプシー音楽ゆかりの地を巡るために南仏・トルコ・ポーランドを含む東欧を旅したことがありますが、終始2つの記憶を往復しながらこの映画を鑑賞していました。

ひとつは、アウシュヴィッツで見たカバン・靴(遺留品)の山。もうひとつは、何かの写真集か本で見たイエドヴァブネ(1941年7月10日にユダヤ人の虐殺<ポグロム>があったとされるポーランドの町)の草原です。前者は「まだあって、見える」物事。後者は「かつてあったが、今は見えない」物事です。

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本作では冒頭に、通常の映画では夢の中の出来事であるかのような描写が続きますが、程なくして観客は「あ、これは夢の描写じゃないのか」と知り、その後起きることは全て現実だと理解し、圧倒的なリアリティの中に引き込まれていきます。

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ひとつ予備知識としてお伝えしておきたいのが、映画・映像演出をする際には否定形に注意する必要があるということです。たとえば、「机の上にコップがない」ことを示すには「机の上にコップがある」ことをまず示しておかなければありませんし、コップの中身が空っぽで水滴もついていないという描写だけでは「中身がない」のか「飲んだ後長い時間が経った」のかわかりません。必ず、前後の関係性の中で事実が立ち上がってきます。

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本作はフィクションなので実際にはなかった話が描かれています。そうではあるのですが、コップの例えを参考にしていただくと、「本当ではないこと」のまわりには「本当のこと」が必要であることがおわかりいただけるかと思います。

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言い換えるならば、この映画は否定形の構文で観客に語りかけているということになります。「このようなことは実際にはありませんでした」という否定から、肯定を伝える。このような伝達は映画だからこそ可能で、たとえば博物館・美術館で「あるもの」を見ること、そして人との関わりや自然・景観との関わりの中でわきおこってくる感情という「見えないもの」の尊さを、私たちに教えてくれるという波及効果があります。

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そうした映画企画は常に困難・リスクが伴い昨今ではなかなか実現しにくく、本作も完成までに11年の歳月が費やされたといいますが、その意味でも尊く稀有で、旅のあいだや日常における感受性を豊かにしてくれる作品です。

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言語構造を引き合いに出しましたが、スラブ諸民族間の共通言語であるインタースラビック(メジュドゥススロヴャンスキー)が採用されているという言語的特徴も注目の『異端の鳥』は2020年10月9日からTOHOシネマズ シャンテほか全国公開中。そのほか詳細は公式ホームページをご確認ください。

 

プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード

e4c1dc4bcd1745bb(C)TRIO IN PRAGUE 2016

配給:熱帯美術館

チェコ

プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード

 

Interlude in Prague

監督:ジョン・スティーブンソン
出演:アナイリン・バーナード、モーフィッド・クラークほか
日本公開:2017年

2017.11.15

古都プラハの美しい町並みの中で、愛に悩むモーツァルト

1787年、プラハはオペラ『フィガロの結婚』の話題で持ちきりになっていて、作曲家のモーツァルトにも注目が集まっていた。ウィーンに住むモーツァルトは息子を失い、悲しみに暮れる日々を過ごしていたところに新作の依頼を受けて、プラハにやってくる。『フィガロの結婚』のケルビーノ役を演じるオペラ歌手・スザンナと出会い、モーツァルトは彼女の美貌に魅了されていく・・・

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本作はモーツァルトが名作オペラ『ドン・ジョヴァンニ』をプラハで初演したという史実から着想を得て、プラハの上流階級社会を舞台に、事実と大胆な想像が織り交ぜられて展開していく物語です。モーツァルトに関する史実や言い伝えを再現するようなシーンもあり、それは知っていてもそうでなくても楽しめる演出となっていますが、どのように『ドン・ジョヴァンニ』が作られたかという経緯に関しては、多くが原作者の想像によって描かれています。

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私は、本作がいざなう想像の旅路の途中で、ある旅の記憶を思い出しました。パキスタンのラホール博物館で、ヘレニズム文化と仏教文化が融合したガンダーラ美術の数々を目の前で見た時のことです。ガンダーラ美術はアレクサンダー大王の東征によってヘレニズム文化の影響があり芽生えた美術だと言われており、アレクサンダー大王はインダス河口あたりで西に引き返したと言われています。隆々とした筋肉の弥勒菩薩立像を見て「アレクサンダー大王は本当にこの辺りまで来たのだな・・・」と、数千年の歴史がその像に宿っているのを感じました。

本作の映像の中にも、それと同様に歴史の流れが宿っている被写体があります。それは、18世紀を現在の町並みでそのまま再現できるプラハの町そのものです。モーツァルトが曲を作った背景だけでなく、名作と言われる音楽・文学・映画にどれだけ深い感情が関わっているのかを観客に想像させてくれる普遍性は、重厚な歴史が織りなすプラハの圧倒的な雰囲気に支えられています。また、当時の上流階級の暮らしぶりが表現された素晴らしい美術や衣装にもぜひ注目してみてください。

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『プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード』は12月2日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。その他詳細は公式HPをご確認ください。

中欧地下世界
神秘の鍾乳洞群とヴィエリチカ岩塩坑

東スロバキアからタトラ山地を抜けポーランド、そしてプラハへ

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プラハ

世界で最も美しい町ともいわれる、チェコ共和国の首都

プラハ!

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チェコ

プラハ!

 

Rebelové

監督:フィリプ・レンチ
出演:ズザナ・ノリソヴァー、ヤン・レーヴァイほか
日本公開:2006年

2017.2.15

「プラハの春」から生まれた足並みが踊り出す、青春ミュージカル映画

1968 年、チェコスロバキアのある田舎町。人気者の女子高生三人組・テレザ、ブギナ、ユルチャは素敵な恋愛に憧れていますが、クラスメートの男子たちは全く相手になりません。ある日彼女たちは、アメリカ亡命を夢見て軍から脱走してきた若い兵士三人組・シモン、ボブ、エイモンと出会い、恋に落ちていきます。

『プラハ!』はチェコスロバキアにとって大きな過渡期となった「プラハの春」のひと時を、歌と踊りをまじえて描いた作品です。1968年初頭、チェコスロバキア共産党が独自の民主化路線「人間の顔をした社会主義」を推進し、ミニスカートなど西欧の文化が流行し、自由化の波が起きました(映画ではそうした当時の様子が存分に再現されています)。しかし、同年8月にソ連・ブレジネフ政権が軍事弾圧に踏み切り、「プラハの春」の流れは断ち切られてしまいました。

ミュージカル映画の名作『シェルブールの雨傘』の根底にアルジェリア戦争への思いがこめられていたように、ハッピーな雰囲気で始まるこの映画も物語が進むにつれて当時の時代背景が見え隠れしてきます。

喜びと悲しみの関わりについて、夏目漱石も著作の中で引用した『ひばりに寄せて』という有名な詩では、このように詠われています。

「前をみては、後えを見ては、物欲しと、あこがるるかなわれ。腹からの、笑といえど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極みの歌に、悲しさの、極みの想、籠るとぞ知れ」

女子高生たちは「心からの笑いにも、苦しみが含まれている」とは夢にも思っていませんが、思えば、映画というのはただ楽しいだけでは物語が成立しません。ハッピーエンドになるにしても、通常そこに辿りつくまでには登場人物たちの葛藤が描かれます。

逆に、このコラムでも紹介させて頂いたギリシャのテオ・アンゲロプロス監督の作品のように、ひたすら悲しい映画というのは存在します。発展途上国の映画や苦境にある国の映画にパワーがあるように、映画というのは悲しさ・苦しさ・怒り・孤独などを大きな原動力にしているのでしょう。『プラハ!』はチェコを旅するだけではなかなか見えない、人々の心の奥底や国の記憶の中の暗い部分を、明るいストーリーの中で見せてくれます。

中欧の美しい街並みが見たい方、ミュージカル映画がお好きな方におすすめの作品です。