タグ別アーカイブ: インド

あまねき旋律(しらべ)

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インド

あまねき旋律(しらべ)

 

Up Down & Sideways

監督:アヌシュカ・ミーナークシ、イーシュワル・シュリクマール
出演:ナガランドの人々
日本公開:2017年

2018.9.19

秘境・ナガランドに響くやまびこ
郷愁を誘う、大地と人々の共鳴

インド本土から取り残されたような場所に位置する北東諸州。ミャンマー国境に接するナガランド州には大自然の中に棚田が広がり、村の人々が協力して農作業をすべて人力で行っている。

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作業の間、人々はひっきりなしに歌を歌う。掛け合いもまじえながら、女性も男性も一緒になって歌い、その響きは山々の四方八方に広がっていく。

人類社会の急速な変化の中で、ナガランドの人々は何を思い、そしてどのような未来に向かっていくのか・・・

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秘境を旅する魅力とは何か。それは、自分や他者の内なる鼓動に耳をすますことができる点にあると、私は思います。

本作の舞台であるナガランドの歌は、ポリフォニー(多声合唱)を基本としています。私はアルバニアなどバルカン半島の国々のポリフォニーが好きなのですが、ナガランドにそうした文化があるとは本作を鑑賞するまで知りませんでした。

農作業中に歌われる歌は、土・水・稲穂の音も人の声に加勢し、複雑で重厚感あるハーモニーを生み出します。

ナガランドはインドからの独立運動が長く続いている地域です。ナガランドやその近辺は、中国・インド・ミャンマー・バングラデシュ・ブータンの国境が複雑にからみあっています。第二次世界大戦中に日本軍が英領インドと激闘を繰り広げたインパールも近いですが、ナガランドの地は歴史的に不安定さを抱えてきました。

そうした緊張状態に太刀打ちするには、村で暮らす一人ひとりの鼓動を共鳴させる必要があるのでしょう。つらい歴史も語られますが、本作でとらえられる人々の表情の多くは、笑顔です。

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テクノロジーやスマホ・PC画面の中にばかり気を取られ、現代人は自らの内なる鼓動を失いがちです。それゆえに、大地と肩を組んでいるかのような歌声を人々が響き渡らせる様子は、多くの人の心を強く打つことでしょう。

棚田の模様や人々の農作業のリズムもあいまって、歌の響きは波を打っているかのように、視覚的に感じることができます。

田植えの準備をしている様子を俯瞰でひたすら映したショットを見て、それが当たり前の日常である村人たちを、私は羨ましく思いました。

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心の中にさわやかな波風をおこしてくれる『あまねき旋律(しらべ)』は、10月6日(土)ポレポレ東中野にてロードショー上映ほか、全国順次上映予定。詳細は公式ホームページをご覧ください。

ナガランド ホーンビル・フェスティバル見学

インド北東部・コニャック族とアンガミ族の里を訪ねて

インド北東4州を巡る

ナガランド、アッサム、アルナチャール・プラデーシュ、メガラヤ 知られざるフォー・シスターズへ

僕の帰る場所

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ミャンマー

僕の帰る場所

 

Passage of Life

監督:藤元明緒
出演:カウン・ミャットゥ、ケインミャットゥ、アイセほか
日本公開:2017年

2018.9.12

懸命に生きるミャンマー人家族の「今」が描く、見えない「未来」

東京にある小さなアパートに、難民申請中のミャンマー人家族が暮らしている。母・ケインは、幼いカウンとテッを必死に育てているが、夫のアイセが入国管理局に捕まり、一人で家庭を支えることになる。

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日本で育った子どもたちよりもたどたどしい日本語を話しながら、ケインは一日一日を乗り越えていく。将来に不安を抱くようになったケインは、故郷のミャンマーで暮らしたいという思いを募らせていく・・・

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日本における移民・難民問題は、あたかも存在していないように扱われるという意味で、「透明」という言葉を以って語られることがあります。その実像を描くために本作で採られた手法は、当事者の心の奥深くにまで潜り、問題の全容は観客の想像に任せる方法です。

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人は成長すると、「ただいま」や「行ってきます」と言うべきかどうか迷う時があります。縁のある地だけれども、暮らした記憶がない時。独り立ち、あるいは結婚した後に、里帰りする時。

幼い兄弟にとって、両親の故郷であるものの暮らしたことはないミャンマーは、「行く」場所なのか、それとも「帰る」場所なのか。それはもっと時間が経って、彼らが振り返った時にはじめてわかるのでしょう。

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特に、希望と不安が入り混じった状態でヤンゴンの地を主人公家族が一歩一歩踏みしめていく映画の後半は、「旅」の真髄を感じ取ることができます。二つの土地・国籍を揺れ動く感情は、いかにシステムが整おうと行き来をやめないでしょう。母国を持つ両親、確固とした土台を模索する少年たちの姿は、生きる力の源を観客に問い直させてくれます。

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2017年東京国際映画祭「アジアの未来」部門で、日本人監督初のグランプリ・監督賞の2冠を成し遂げた『僕の帰る場所』。10月6日(土)よりポレポレ東中野にてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

微笑みと安らぎの国・ミャンマー

旅の最後はミャンマー屈指の聖地・チャイティヨ山に宿泊、敬虔な人々の祈りにふれる旅

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ヤンゴン

黄金の仏塔が輝くミャンマー最大の都市。1755年に「戦いの終わり」という意味のヤンゴンと名付けられました。現在の街並みはイギリス植民地時代に建設された整然とされたものです。2006年にヤンゴンよりネピドーに遷都しました。

英国総督 最後の家

51493169be3598fd(C)PATHE PRODUCTIONS LIMITED, RELIANCE BIG ENTERTAINMENT(US) INC., BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND BEND IT FILMS LIMITED, 2016

インド

英国総督 最後の家

 

Viceroy’s House

監督:グリンダ・チャーダ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジリアン・アンダーソン、マニーシュ・ダヤール、フマー・クレイシーほか
日本公開:2018年

2018.7.25

インドとパキスタン
分離独立の渦と、その中で芽生える愛

1947年、インドの首都・デリー。「最後のイギリス統治者」としてルイス・マウントバッテンが総督の家にやってくる。邸宅の中では500人もの使用人が働いていて、彼らはヒンドゥー教・イスラム教・シーク教などさまざな文化的背景を持っている。

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「インドの統一を保ち撤退せよ」と命じられていたマウントバッテンだったが、邸宅内では、独立後に統一インドを望む多数派と、分離してパキスタンを建国したいムスリムたちによる論議が続けられていた。一方、使用人の青年・ジートと、総督の娘の世話係・アーリアは、宗教・身分の違いを超えて惹かれあう・・・

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インドを旅していると感じる圧倒的な多様性。そして、パキスタンとの関係(例えば、クリケットでインド対パキスタンの試合がある時は、熱狂的な応援の様子を見ることができます)。両国のルーツは紀元前にまで遡りますが、1947年という年は、1945年が現代日本にとって境目の年であるように、現代インド・パキスタンの土台となっています。

今この2018年(本国での公開は2017年)に、インド・パキスタンの独立を振り返ることにどのような意義があるのでしょうか。

本作では、「ラドクリフ・ライン」と呼ばれる国境線が引かれ、大混乱をもたらし約100万人が亡くなったと言われている印パ独立の瞬間が描かれています。現代社会でもシリア騒乱やEU分裂など、国境線や人々の「居場所」に関わる問題が続いています。

インドにルーツを持ちながらイギリスで育ち、祖父母が分離独立によって大きな影響を受けたという監督は1960年生まれ。時に憎しみ渦巻くこのデリケートな題材を中立的な立場で描き、印パ独立の歴史から今でも学べることが多くあると観客に訴えかけています。

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ガンジー、ジンナー、ネルーなど歴史の教科書に出てくる人物たちのそっくりさもさることながら、本作は若い男女の愛を軸に、出来事の悲惨だけではなく、そうした状況の中でも芽生える希望・人間の強さに焦点が当てられている点が最大の特徴です。当時の様子を再現した、衣装や美術にもぜひご注目ください。

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印パ独立の歴史を詳しく知らない方でも物語にスッと入り込める『英国総督 最後の家』。8月11日(土)より新宿武蔵野館にてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

 

ナマステ・インディア大周遊

文化と自然をたっぷり楽しむインド 15の世界遺産をめぐる少人数限定の旅。

インドの優雅な休日

宮殿ホテルサモードパレスと湖上に浮かぶレイクパレスに滞在。

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デリー

「旅の玄関口」デリー。この都市は、はるか昔から存在した歴史的な都でもあります。 古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」では伝説の王都として登場。中世のイスラム諸王朝やムガール帝国などさまざな変遷の後、1947年にはイスラム教国家パキスタンとの分離独立を果たします。
現在ではインド共和国の首都として、その政治と経済を担い、州と同格に扱われる連邦直轄領に位置づけられています。

タシちゃんと僧侶

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配給:ユナイテッド・ピープル

インド

タシちゃんと僧侶

 

Tashi and the Monk

監督:アンドリュー・ヒントン、ジョニー・バーク
出演:タシ・ドルマ、ロブサン・プントソック他
日本公開:2017年

2017.12.13

ブータン・チベットの国境線に囲まれた、インドのある孤児院で・・・

ブータン・チベット・ミャンマーと国境を接する、インド北東部・アルナチャール・プラデーシュ州。アメリカでチベット仏教を伝導していた僧侶ロブサン・プントソックは、8年前に故郷であるこの地で孤児院を開く。84人の子どもたちが生活しているところに新しく加わったのは5歳の女の子・タシ。母を亡くし、アルコール依存症の父に追い出されたタシは新しい環境に順応できるのか・・・

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映画の冒頭で、ロブサンは「年々この孤児院で生活する子どもは増えているが、皆に共通しているのは見捨てられたか不必要とされたことです」という厳しい言葉を子どもたちに言い聞かせます。黙々と当たり前であるかのように子どもたちがそれを聞く様子から、各々にかつてどのようなことが起きたのかと想像せずにはいられません。

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まだ小さいタシは、その話の最中遊んでいて、話の内容を分かっていない様子がカメラにとらえられています。これから知らないことを知っていき、気付いていないことを気付いていく過程で味わう苦しみを乗り越えて、タシが将来強く成長することを願う気持ちが、映画を鑑賞しはじめてまもなく芽生えるでしょう。

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劇中では、舞台となっているジャムセ・ガッセル(どのような意味かはぜひ映画をご覧になってご確認ください)という孤児院がどこにあるかはあまり詳しく説明されません。アルナチャール・プラデーシュ州は古くから絹の交易のためにブータンとインドをつなぐ地でした。ダライ・ラマ14世がチベットから亡命した際に通過したルートとしても知られています。特徴的な髪型・民族衣装を着たモンパ族が劇中に登場することから、アルナチャール・プラデーシュ州でも西側の、ブータンの国境に近いタワン周辺であることが予想されます。

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島国・日本に暮らす私たちは、大陸に暮らす人々と比べると国境を意識する機会があまりありません。モンパ族と、隣接するブータン東部のブロクパという遊牧民は、非常に類似した文化・風習を持っています。このように、文化が触れ合う地というロケーション場所の特性も、タシを含めた子どもたちがどのような未来を歩んでいくのかに思いを馳せる上で大きな効果を持っていると私は感じました。

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39分という短い時間の中に上記のみどころが凝縮されている『タシちゃんと僧侶』。東京・長野・福岡ほか各地にて上映。その他詳細、自主上映会の問い合わせ方法は公式ホームページをご覧ください。

インド最果ての地 アルナチャール・プラデーシュ

北東インドに残るチベット世界、精霊とともに生きる人々に出会う旅

アルナチャール・プラデーシュと東ブータン

東ブータンから国境を越えてインド最果てのチベット世界へ

裁き

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配給:トレノバ

インド

裁き

 

Court

監督: チャイタニヤ・タームハネー
出演: ビーラー・サーティダル、ビベーク・ゴーンバルほか
日本公開:2017年

2017.6.21

裁判所に渦巻く人間模様から浮かび上がる、インド社会の「分からなさ」

舞台はインドの大都会・ムンバイ。ある下水清掃人が死亡し、65歳の民謡歌手ナーラーヤン・カンブレが扇動的な歌で清掃人を自殺に駆り立てたという容疑で逮捕され、下級裁判所で裁判が始まります。そこには、人権を尊重する若手弁護士、古い法律を持ち出して刑を確定しようと急ぐ検察官、公正に裁こうとする裁判官、偽証する目撃者など、さまざまな人々が集い・・・

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私は添乗業務でインドに何度も行かせて頂きましたが、インドは行けば行くほど分からなくなる国だと常々感じていました。「分からない」というのはネガティブな意味合いではなく、むしろポジティブな、ディープで魅力的というようなイメージです。

インドの人口・国土は日本の約9倍。宗教・言語・カースト・移民事情(近隣諸国、あるいは特にムンバイに関しては近隣の州からも)・食習慣などを知れば知るほど、インド社会の複雑さ・多様さに直面することになります。

映画は裁判の行く末と同等に、弁護士・検察官・裁判官の私生活を覗き見るような一歩引いた視線で映し出していきます。電車通勤か車通勤か、休日はどこに誰と出かけるか、どのようなレストランで食事をとるか、どのような音楽を聞くか、何を生きがいとしているのか、どのような家でどのような家族と暮らしているのか・・・登場人物たちの何気ない習慣や生活環境から階級・モラル・思想の違いを描いていきます。

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本作の特筆すべき点は、計算されつくされた脚本とカメラアングルです。時に「なぜこんなシーンを入れたのだろう・・・」と思うようなシーンも挿入されます。

例えば、若手弁護士が日本にもあるようなオシャレなスーパーマーケットでワインなどを買って、車でジャズを聞きながら帰る場面。単体では不思議な存在のシーンで意図がつかみきれないまま次に進みますが、他の登場人物が全く違う生活を送っているシーンが始まった時にハッとさせられます。

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裁判所のシーンでいえば、本筋であるカンブレの裁判と全く関係ない件の裁判で、原告が裁判所にふさわしくない服装だと裁判官に言われて証言を聞いてもらえないという描写があります。モラルの食い違いを表した場面ですが、特にそれがミステリーを解く伏線であるというわけではありません。

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こうした細かいシーンの積み重ねは、「分からない」「理解し合えない」ということを前提にしていかないと、インド社会でのコミュニケーションは非常に難しいということを示唆しているように思えます。語りすぎない制作チームの語り口は、フレームの外側にある広大なインド社会に対する観客の想像力を最大限に広げてくれます。

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インド文化の奥深さが凝縮された『裁き』。7月8日(土)よりユーロスペースにてロードショーほか全国順次公開。その他詳細は公式ホームページをご覧ください。

スタンリーのお弁当箱

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インド

スタンリーのお弁当箱

 

Stanley Ka Dabba

監督: アモール・グプテ
出演: パルソー・A・グプテ、アモール・グプテほか
日本公開:2013年

2017.5.10

お弁当箱を開けるワクワク感のような、心優しきインド人少年の作り話

舞台はインド最大の都市・ムンバイ。Holy Family Schoolというキリスト教系の小学校に通っている少年・スタンリーは、作り話をしてクラスの皆を笑わせるのが大好きです。人気者のスタンリーですが、ある事情で学校にお弁当を持ってくることができない日々を送っていました。強がって水道水を飲んで空腹を満たしているスタンリーに、同級生たちは優しくお弁当を分けてあげます。しかし、他人のお弁当に執着を持つ一風変わった先生が、スタンリーにいちゃもんをつけてきて・・・

同じくムンバイを舞台にして、インドのお弁当の文化をストーリーに活用した映画に『めぐり逢わせのお弁当』がありますが、この作品は全く違ったアプローチでお弁当を物語に取り込んでいます。

日本でよく使われる「お母さんの愛情がたっぷりこめられたお弁当」というキャッチフレーズは(字幕で多少脚色されているかもしれませんが)インドでも変わらないようだということが、映画を見進める内にわかってきます。しかし、このフレーズはしばしば反発や苦悩を生むと聞いたことがあります。

まず、お弁当を作るのはお母さんでなくてはいけないのかということ。そして、お弁当を作れるには、それ相応の環境や時間が必要だということです。手作りではなく冷凍食品を使うこともあるでしょうし、大人がそうするように、お弁当屋さんやお惣菜屋さんでおかずを買うこともあるでしょう。つまり、「お弁当は愛情がこもっている」とされていることが、時にお弁当を用意する側の苦しみや悩みを生むということです。この映画ではそうした問題と近い切り口で、「全ての家庭がお弁当を作れる環境にあるわけではない」という視点からインドの社会を眺めています。

その張本人がスタンリーですが、映画に全く暗さはなく、むしろ彼の陽気な雰囲気が物語を引っ張っていきます。この映画の最も特徴的な点は、映画全体の流れよりも、今この瞬間を生きる子どもたちの感性のように、シーンごと、その場その場の臨場感や雰囲気が際立っている点です。

実は映画の撮影手法にその秘密があります。まず、監督は主人公・スタンリーを演じるパルシーくんの父親で、監督自身もスタンリーとお弁当を奪い合う変わり者の先生を演じています。もういくつか秘密がありますが、あとは本編をご覧になってから知るのが、充実した鑑賞体験のためによいかと思います。

少年たちの心洗われる優しさに触れたい方、ムンバイ市民の美味しそうなお弁当を覗き見たい方にオススメの作品です。(鑑賞前に、お近くのインド料理屋を調べておくことをオススメします)

ジプシー・キャラバン

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インド・マケドニア・ルーマニア・スペイン

ジプシー・キャラバン

 

When the Road Bends: Tales of a Gypsy Caravan

監督: ジャスミン・デラル
出演: タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、エスマ、アントニオ・エル・ピパ・フラメンコ・アンサンブル、ファンファーラ・チョクルリーア、マハラジャほか
日本公開:2008年

2017.2.1

千年にわたる旅路の中で紡ぎ出された、魂を揺さぶるジプシー音楽

インド北西部・ラジャスタンに起源を持つ移動民族・ロマ。約1000年前、彼らは西に向けて放浪の旅に出ました(旅に出た理由は諸説あり、定かではありません)。時に厳しい迫害や差別を受けながら、ロマはスペイン・アンダルシア地方までたどり着きました。道中に散り散りになったロマたちは、各地で独自の音楽を奏で、それを継承してきました。彼らの音楽は総称してジプシー音楽と呼ばれます。

この映画は、4カ国・5つのバンドが6週間かけて北米をツアーした「ジプシー・キャラバン」に密着し、さらにそれぞれの故郷を映し出していくドキュメンタリー映画です。

女装ダンサーが目にも留まらぬ速さの回転をみせるインドの「マハラジャ」。マケドニアの美空ひばりこと「エスマ・レジェポヴァ」。世界的なジプシー音楽ブームの火付け役であるルーマニアの「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」と、ジプシー・ブラスの代表格「ファンファーレ・チョカリーア」。ストイックさを突き詰めたスペインのアントニオ・エル・ピパ・フラメンコ・アンサンブル。

総勢35人のメンバーたちは、アメリカ各地を移動して寝食をともにする中で、音楽談義やお互いの故郷のことを話し合います。そしてそれぞれの違ったスタイルの中に、同じルーツを見出していきます。

私はタラフ・ドゥ・ハイドゥークスのコンサートを数回見に行ったことがありますが、毎回ステージ上での演奏後にコンサートホールのロビーで投げ銭を集めながらパフォーマンスを続けていました。彼らがお金を集めるのには理由があります。映画でも彼らの村の様子が映し出されますが、彼らの出身地・クレジャニ村の人々の生計はタラフ・ドゥ・ハイドゥークスの稼ぎで成り立っているのです。マケドニアのエスマ・レジェポヴァは約50人を養子として育ててきました。そうした演奏の場を離れた彼らの様子は、音楽の響きをより深みのあるものにしてくれます。

タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの大ファンであるというジョニー・デップのコメントも収録されている本作は、5グループの音楽を聞き比べることでロマたちの長い旅路が頭のなかにイメージできる、ジプシー音楽入門として最適な一本です。

チャーリー

B2 _ポスター_入稿配給・宣伝:CELLOID JAPAN & DOZO Films

(C)Charlie the Malayalam Film, DOZO Films & Celluloid Japan

インド

チャーリー

 

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監督:マーティン・プラーカット
出演:ドゥルカル・サルマーン、パールワティほか
日本公開:2016年

2016.9.21

海から山までかけ巡る マジカル・ミステリー・ツアー in 南インド

主人公はインドのシリコンバレーといわれているバンガロールに住む女性アーティスト・テッサ。うまくいっているように見えてどこか物足りない日々を送っていたテッサは、実家に戻った時に親が勝手に縁談を進めていたことで一気に旅心に火がつき、アラビア海に面する港街・コーチンへと旅立ちます。

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ヒッチハイクをしてたどり着いたコーチンのアパートで、テッサは不思議な漫画を見つけますが、気になるところで漫画は終わってしまっています。漫画を描いたという元住人のチャーリーを探す中で、テッサは様々な人々と出会っていきます。

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新しい場所に行くということだけでなく、ゆったりとした時間の中で自分の日常をじっくり見つめなおすことも旅の醍醐味かと思います。

人生が何かしらの形で停滞するということは、できれば起こってほしくありませんが、ある意味そうした行き詰まりは人生の魅力ともいえるのではないかと私はこの作品を見て感じました。インド映画らしい軽快なテンポでテッサは移動していきますが、新しい場所に移動していくというよりも、自分の頭のなかをぐるぐるまわっていくような印象で物語は進んでいきます。

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本作はケララ州の公用語マラヤーラム語で製作された作品(マラヤーラム語作品の日本でのロードショーは初!)で、「ボリウッド映画」ならぬ「モリウッド映画」と言われているそうですが、多少は踊りと歌が入るところはやはりインド映画です。現実と非現実がボリウッド映画よりも少しひかえめな形で融合していて、テッサの頭のなかをのぞいて思索によりそうようなムードで、自由を追い求める旅に観客を一緒に案内してくれます。

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また、映画の中に押し付けがましくない形でケララ州の文化・風習が織り交ぜられています。カエルのような強烈な顔のカタカリダンス役者、南インドの男性が日常的に着るスカートのような腰巻き・ルンギ、異なる宗教が共存している様子、爽やかな海辺や紅茶園など観光的な魅力も描かれています。

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マラヤーラム語映画界を数十年に渡り牽引してきたスターの息子という経歴を持つイケメン、ドゥルカル・サルマーン演じるチャーリーの飄々とした人物像も見どころです。

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映画は10/1よりキネカ大森他でロードショー。その他詳細は公式HPをご確認ください。

楽園の南インド

ベンガル湾に面した壮大なマハーバリプラムの遺跡群、南インドの信仰の中心象徴ともいえるマドゥライのミナークシ寺院、ハウスボートのバックウォータークルーズ、コロニアルなコチ、そしてニルギリ鉄道まで南インドを満喫していただきます。

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コーチン(コチ)

ケララ州にある観光客に人気の都市。特に見所としておすすめなのは、フォート・コーチンとマッタンチェリー地区。古くから香辛料貿易としてヨーロッパ人の来訪も多く、教会やユダヤ人地区など異国情緒が溢れます。

ビッグ・シティ

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インド

ビッグ・シティ

 

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監督:サタジット・レイ
出演:マドビ・ムカージー、アニル・チャタージーほか
日本公開:1976年

2016.8.17

美しいモノクロームに彩られた、
品性漂うインド映画

舞台は1953年、東がバングラデシュと接するインド・西ベンガル州の州都・コルカタです。

主人公のアラチは、銀行員である夫のシュプラトが稼ぎに苦しんでいるのを見かねて働きに出ることを決意します。主婦が働くということに不賛成なシュブラトの父の制止を振り切って、編み機を売って回る仕事にアラチは励みます。そして、会社の社長にも認められるほどの才能をアラチは発揮していきます。夫としてのプライドから段々とシュブラトはアラチに不満を抱くようになり、二人の関係に変化が生じてきますが、不運なことにシュブラトの銀行が倒産してしまいます…

監督のサタジット・レイはアジアの偉大な監督の一人として世界中に認知されていますが、日本の巨匠でたとえると黒澤明と小津安二郎の魅力を兼ね備えたような監督です。

この映画がつくられた1960年代前半のインドにおいては、女性は家を守り外では働かないという考え方がまだまだ揺るぎないものだったといいます。そうした時代に女性が積極的に仕事をして家の大黒柱になるという、ある種タブーに触れるようなストーリーを描きダイナミックな問題提起をするあたりは、原水爆問題に真っ向から立ち向かう黒澤明のスタイルのようです。

また、長らく英国統治下にあった大都会・コルカタは、1947年のインド・パキスタンの分離独立やインド・パキスタン戦争による大量の難民の流入により大規模スラムが発生しましたが、サタジット・レイはそうした貧困(主人公たちのレベルのではなく、もっと低層のレベルの意味での)については一切言及せずに、主人公のアラチの努力や女性としての品性に焦点をあてることに徹しています。この辺りは、キャリアのある時点から戦後の荒廃をあえて描かずに浮世離れした優雅なドラマを撮り、フレームの中の細かな美術ひとつひとつ、セリフの喋り方、細かな動作まで全てに品を求めた小津安二郎のようなスタンスを感じます。

サタジット・レイの鋭い洞察が反映されたこの映画は、時代を越えて「生きるとは何か」という普遍的なメッセージを私たちに訴えかけてきます。英領インド時代を感じさせるコルカタの街の雰囲気や、強い女性が活躍する映画を見たいという方に特にオススメの映画です。

ナマステ・インディア大周遊

文化と自然をたっぷり楽しむインド。15の世界遺産を巡り、ランタンボール国立公園でのサファリとケオラデオ国立公園の野鳥の観察も楽しむ。

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コルカタ

西ベンガル州の州都。イギリス統治時代は「カルカッタ」の名称で知られていました。この町を訪れると混沌とした熱気、町の雑踏を肌で感じることができるでしょう。

ラッチョ・ドローム

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インド・トルコ・エジプト・フランス・スペイン

ラッチョ・ドローム

 

Latcho Drom

監督:トニー・ガトリフ
出演:タラフ・ドゥ・ハイ・ドゥークス、チャボロ・シュミットほか
日本公開:2001年

2016.6.8

流浪の民たちの道筋を辿る旅へ思わず出たくなる、至幸の映像詩

自身がロマ(北インドのロマニ系に由来するジプシー)のルーツを持つアルジェリア生まれのトニー・ガトリフ監督は『ガッジョ・ディーロ』『トランシルヴァニア』など他にも多くのロマに関する映画を撮っていますが、その中でも特に代表作と言われているのが本作『ラッチョ・ドローム』です。題名はロマ語で「良い旅を」という意味で、映画はロマが元々住んでいたと言われるインド北西部のラジャスタンからスタートし、スロヴァキア、トルコ、ハンガリー、エジプト、南フランスなどを経て最終的にスペイン・アンダルシア地方にたどり着きます。各地で奏でられる音楽をひたすら映し出すというドキュメンタリーに近いタッチで描かれていますが、本作がドキュメンタリーと必ずしも言い切れないのは、その土地土地の日常の様子や街の音、そして音楽に聞き入る人々が醸しだす熱気が力強い物語を紡いでいる点にあります。特にジョニー・デップが「世界一好きなバンド」と公言しているルーマニアのタラフ・ドゥ・ハイドゥークスが地元のクレジャニ村で老若男女を巻き込んで演奏する風景や、ジプシー・スウィングの大御所チャボロ・シュミットが南フランスのサント・マリードゥ・ラ・メールの祭りの中で演奏する映像は圧巻です。私自身、この映画の影響でルーマニア・ハンガリー・ポーランド・南フランス・トルコなどを旅しました。

ジプシー音楽を知ってみたいという方、一気に魅力的な場所を多く見れるのでどこに旅行に行こうか考えていらっしゃる方におすすめの1本です。

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イスタンブール

ビザンツからオスマンまで、帝国の興亡を見つめてきた街。ボスポラス海峡を隔て、アジアとヨーロッパにまたがるトルコ最大の都市。首都はアンカラに遷都されましたが、現在でもトルコの文化、商業の中心です。